小塚さんに渡すための資料を持ってくるという口実でいったん柊町に戻ったおれは、とりあえず公園でぼけーとしていた。
資料、頭の中にはあるんだけど現物がないんだよな…
やっぱり手書きか、手間がかかるな。
あれだけの資料を書き出すとなると2〜3日はかかるよな。なにせ改良案だけではなく、それを作るための工作機械の改良案もついでに出さないと、量産への道筋が見えないからな。量産体制が整っていない一品ものの兵器なんぞ、飾り物にしかならないし。
問題は今後の技術供与をどうするか、だよな。
小塚さんに言った、今出せる技術ってのは、あくまで現行の技術水準の延長線上であって、出そうと思えば、そのはるか先にある技術まで提供できる。
『現実世界脳内再現』っていうのは、いろんな意味で凶悪だ。なにせ『思考高速化』の影響なのか、通常よりも時間がたつのがはるかに早い。ちょっとした精神と時の部屋だと思ってもらえばいいだろう。
おまけに『現実世界脳内再現』中で、スーパーコンピュータによるシミュレーターでの実験なんかをやっている。言ってみれば裏技的な使い方なんだが、利用できるものはなんでも利用しないとな。
というわけで、『現実世界脳内再現』の中では現行の最高性能を誇るスーパーコンピューターの4〜5世代先の処理能力を持つスーパーコンピューターが、実に65536個も常時フル稼働中という非常識な状態になっている。実際に揃えるとなると一台100億円として、655兆3600億円必要になる計算だ。
ぶっちゃけると、おれの持つ理論だけでも機械工学なんかはすでに十年単位で先を行っている自負がある。そのため、どの技術をどのタイミングで出すかが非常に悩ましい。
あまりに先進的な技術を提供すると、本来その技術を取得する課程で副産物として生まれてくるかもしれない技術が失われてしまう可能性だってあるからだ。
かといって、あんまり呑気に構えてBETAの侵攻を許したんじゃ本末転倒だ。
あー、めんどくせえ。
こんなこと考えるのは本来なら、おれの仕事じゃないんだがな。
「…ちゃん、まってよ〜、おいてかないでよ〜」
「うるさいな、おまえが勝手について来てるんだから、しらないよ」
目の前を赤い髪をした少女が、茶色の髪の少年を追いかけていく。
何でもないような平凡な風景。それを見つめながらつらつらと考えを巡らせていく。
なにはともあれ、目の前のこの光景を守るためにおれが出来ることはしないとな。
というわけで今日は、マブレンジャーに追加人員が2人発生した。
追加要員はいうまでもなく、おれの目の前を横切っていった子供2人だ。
まずマブシルバー。
やんちゃ盛りな男の子を絵に描いたようなやつだ。ちなみに紳士は男には容赦しない。それがたとえ子供でもな!
白銀武。
特殊技能情報
・恋愛原子核(Ver.Ex)
・恋愛原子核(Ver.AL)
・機動戦闘適正
特殊属性
マブラヴExメインヒーロー
因果導体の素体
AL支配因果律規定事項
・1998年 死亡確定
ヒーローだと?ってことは、こいつ主人公か?
むう、なんといううらやましい。だってExの世界限定だろうけど、女の子をより取り見取りなんだぞ。とはいえ、ALではなんの属性もないな。
ただ気になるのが、この「因果導体の素体」ってやつだ。なんだ、因果導体って?特殊属性に書かれているところを見ると、この世界でのなんらかの鍵のひとつなのは確かなんだろうが。うーむ、わからん。
おまけに他の人間は死亡日付まで確定しているのに、こいつだけ年での確定となっている。死亡時期にぶれがある?許容される死亡タイミングが大きいということなのか?
まあ、男のことで頭を悩ませるのも馬鹿らしいので、次ぎ行ってみよう。
マブパープル。
武ちゃん大好きっこの明るく元気なアホ毛少女
鑑純夏。
特殊技能情報
・アホ毛(Ver.Ex)
・アホ毛(Ver.AL)
・00ユニット適正
特殊属性
マブラヴExメインヒロイン
マブラヴALメインヒロイン
00ユニット素体
因果導体の導き手
AL支配因果律規定事項
・2001年12月11日 生物的機能停止
・2001年12月11日 00ユニット新生
・2002年1月1日 00ユニット機能停止
うん、相変わらずVer付きの特殊技能は訳分からん。確かに、純夏といえばアホ毛って感じなくらいアホ毛がぴょこぴょこ動いているけど。
しかしついにでたな、メインヒロイン。冥夜と違ってExでもALでも両方メインヒロインだ。
それにしてもまた出てきたな、因果導体。「因果導体の導き手」っていうのもなにやら意味深だ。なにせExで主人公をやっている武の特殊属性が「因果導体の素体」だ。
そこに何らかの関係性があると考えるのは当然の考えだろう。
次に問題なのは00ユニットってキーワードだ。語感からするとサイボーグかなにかの類か?例えばロボコップとかのような。ただそれだと、生物的機能停止っていうのと辻褄があわない。
死んでから何かに憑依する?うーん、なんか違う気がする。そも00ユニット新生ってことは生まれ変わり?存在の転写か?
あーそういえば、魂って存在するのかな?存在しないと仮定して、自我こそが自身を自身たらしめるとすると、自我を移動させれることが出来れば、それが本人になる?
でもなんでわざわざ移動元である本人が機能停止、つまり死亡する必要があるんだ?移動じゃなくて転写でもいいじゃね?
あれか、同一性存在が同一時間軸において同時に存在すると、世界が崩壊するとか言うSF的な理由か?
それともたんに生存できないほど身体にダメージを負って、緊急回避的に00ユニットとかになるっていう王道パターンか?
いかん、これも考えても答えが出てこない。
まあいいか。おれの目的はこいつらの救済であり、下らん因果の破壊だ。
最初はまりもさえ救えればいいと思っていたのに、いつの間にやらずいぶんと欲張りなことになったな。
でもまあ、それでいい。
おれはおれの意志で、おれの目的を果たす。
確定された因果を壊すことで多くの命が失われようと、おれはまりもを、そしてこいつらマブレンジャーどもを守ってやる。
わかっているさ、これが単なる自己満足であることは。
だけどしょうがない。おれは知ってしまったのだから。
まりもの温かさを、優しさを、その存在を。
だけどしょうがない。おれは知ってしまったのだから。
マブレンジャーどもの、生き生きとした表情を、明日を生きる力強さを。
後悔はするだろう。
だが何もせずに後悔することなどはしたくない。
せいぜいあがいて、その後に後悔しよう。
あのとき、もっとうまくやっていれば、と。
もっとなにか出来たんじゃないかと。
「と、いうわけで、諸君らは今日からおれの弟子だ。なにか依存はあるか?」
「あるに決まってるじゃないか!なんだよ、それ。なんでおれたちがお前のいうことを聞かなくちゃいけないんだ」
「たけるちゃん、かっこいい」
「ん?そうか?ははは、まあな」
おれは無言で武にチョップをかます。
「あいたあ!な、なにするんだよ、年上のくせにぼうりょくでくるのかよ!」
「いいや、いまのは単なる突っ込みだ。まあ、紳士黙示録第一章には、汝男に遠慮するなかれ、と書かれているからな。次からは本気でいこうか?」
「え、あ、えと、ごめんなさい」
ぺこりと、素直に頭を下げる武。うむ、正直者は許すべし、これもまた紳士黙示録に書かれている内容である。許そう。
「えー、たけるちゃん、かっこわるい」
「う、うるさい、すみかのくせにだまってろ」
「あいたっ、もう、すぐに怒るんだから」
ぺしっと、純夏の頭をはたく武。本来なら、紳士黙示録に書かれているように、汝女人に暴力を振るうべからず、の教訓をたたき込むのだが、どうやらこの2人のそれはコミュニケーションの一環のようだ。見逃してやるか。
「で、どうする。ぶっちゃけ、強制はしたくない。でもな、おまえらこのままじゃ離ればなれになっちまうぞ?」
事実を一部伝える。なにせ、武の方は放っておくと1998年に死亡確定だからな。
「「え?」」
2人の口から同時に言葉が漏れる。それは想像もしていなかった現実を突きつけられた反応に他ならない。
「ど、どういうことだよ?」
「ど、どういうこと?」
「言葉通りの意味だ。このままじゃ、おまえら2人は、離ればなれになる。だが、おれの弟子になればそれはなしになるかもしれない。それだけだ」
ぶっちゃけ、六歳程度の子供に言う言葉じゃないのはわかっているが、今が分岐点だ、とおれの勘が告げていた。だからこそ、押す。こちらは少したりとも引きはしない。
「ほ、ほんとうかよ?」
「あ、あたしたけるちゃんとはなれるのはいやだようぅ」
「わ、わかってるよ。よし、にいちゃん、言うことを聞く。だからすみかを泣かせんなよ!」
答えは出ていた。意地が悪いようだが、ここは観念してもらおう。なにせ、メインヒロインと、別世界のヒーローだ。こちらもおちおちと見過ごすわけにはいかない。
だが、さすがだな武、腐っても男だ。その意気やよし。
いいだろう、鍛えてやろうじゃないか。おまえらがその因果を打ち砕くそのときまで。