「というのが、アタシの今考えている理論よ」
夕呼がつらつらと述べた理論を頭の中で整理してみる。
「ふーん、なんかいろいろと難しいこと考えてんだな」
「あんたにいわれたくないわね。裏ではアタシのおよびもつかないことを考えて、いろいろと画策しているくせに」
「なんのことやら?」
「ふーん、とぼけるわけ」
「別にとぼけてるわけじゃないんだがな。っと、あぶないあぶない、今のは良いタイミングだったぞ、まりもん」
「ほめられても嬉しくないわよ。だって、隆也くん、片手で相手しているじゃない」
着地したまりもは不満げな顔でぼやいた。
ちなみに今は並列思考のうち二つを使用中で、一つは夕呼との会話、一つはまりもとの修行用に使っている。というわけでかたやまりもと組み手、かたや夕呼と理論談義などを行っているわけだ。
「そこはそれ、実力の違いってやつだ」
「もう、すぐに追いついてやるんだから」
まりもはぐっ、と力をためると再びこちら向かって突っ込んできた。
「っ!?」
おれがものの見事にカウンターを決めると、まりもは派手に後方に吹っ飛んでいった。
まりもの場合、攻撃が良くも悪くもまっすぐなんだよな。一応フェイントとかは入れているんだけど、長年の付き合いのせいか、それともまりもの性格のせいか、やはりどこかまっすぐ一本芯が通っているため、割と見破りやすい。
そんな光景を呆然と見つめているのは、マブレンジャーに加入したての武と純夏だ。
「おーい、ちゃんと見とけよ。これも見取り稽古っていって、りっぱな修行の一つなんだからな」
「お、おう、あたりまえだぜ、師匠」
「う、うん、当然だよ、師匠」
ちなみに2人には、ほかの隊員と同じように、「思考制御」「思考高速化」「思考並列化:LV2」を取得済みだ。
武についてなんだが、Exの属性が生かされずに結局おれと同じだけの経験で特殊技能を取得する必要があることが分かった。
ふふ、ざまあ見ろ。別世界とは言え、主人公だったならさぞかしいい目を見ただろう。ちったあ苦労というものをしるがよい!
「いいか、さっきも言ったように、瞑想しながら、おれとまりもんの組み手を見るんだぞ。二つのことを別々に処理する。これが基本だ」
そう、武と純夏には、瞑想と同時に見取り稽古をやらせている。これがまた難易度が高いのだ。子供故の好奇心で、どうしても動き回る方に思考が引っ張られるのだが、それをぐっと堪えて、片方の思考を瞑想に向ける。
これは思考並列化を自在に操るためには必須な技能だ。
「それにしてもまりも、派手に吹っ飛んだわね。大丈夫なの?」
「ああ、あれか。あれは半分はまりもんがわざと衝撃方向に向かっていったからだよ。たぶんダメージは殆どないはずだ」
「はあ、あんた達の組み手を見てると、まりもがいかに授業中に気を使っているかがよく分かるわね」
「そりゃ、そうだろう。まりもんが本気出したら、体育教師が発狂しちまう」
「それを片手であしらうあんたが言うと、説得力があるわね」
そうこうやっているうちに、まりもが立ち上がりダメージを確かめるように身体を動かしている。
きれいに決まったし、まりもの衝撃の反らしかたも申し分がなかった。ダメージはほぼ0だろう。
「隆也くん、もう一回行くよ」
「おう、こいや」
おれは思考の一つを対まりも戦用に、もう一つを対夕呼用に切り替えた。
「ところで、ゆうこりん、さっきのおまえの理論なんだが、おれはちょっと違う考えをもってるんだがな」
「へえ、それって?」
夕呼の目が怪しく光る。これだよ、この妖艶さがまりもには足らないんだよな。
あ、そうそう、ゆうこりんってのは、夕呼の呼び方だ。最初は盛大に反対されたんだが、なし崩し的に正式な愛称になった。
「たとえば、さっきの話だと、平行世界の概念ってのは無限に広がる可能性、ってことになるんだが」
「ええ、そうね」
「おれの考えだとそうはならないな。平行世界は有限だ、ただし」
「ただし?」
「うぉっと、まりもん、木を利用した必殺三次元殺法にでやがった」
眼前には木の幹のしなりを利用して、加速度を上げていくまりもの姿が。
ちなみに、まりもレベルになると、木の枝だと強度が足りなくなくて、木の幹を利用している。
「そんなことは、どうでもいいから、続きを言いなさいよ、続きを」
「どうでもいいって、おまえ、痛いのはおれなんだぞ?」
「そうよ、痛いのはあんたなんだから、べつにいいじゃない」
「くそっ、この横暴大魔王め。ただし、一つの主軸をベースに、分岐した平行世界。それが無数に存在するという概念をおれは支持する」
まりもの動きは鋭さをましていく。見習い弟子はすでに目を回さんばかりの速度だ。だがしかし、おれにとっては、止まって見える。
「なるほどね、世界の軸になり得る世界がある、それも複数、という考えた方ね」
「そうなんだけど、さらにひねりが加わるな。そこだ、まりもん!」
「え?」
超高速でおれの脇を通過しながら、一撃を当てようとしたまりもを、いとも簡単にはたき落とす。
「いたーい」
「おれの心も痛むのだよ、まりもん」
「もう、うそばっかり」
おかんむりな様子なまりもんをなだめながら、武たちの様子を見るように指示すると、そこはさすが先生希望なだけあってかいがいしく面倒を見始める。
「で、さっきの話のつづきなんだがな、一つの幹をベースに枝分かれする世界が複数ある。だが、その世界を統括する階層が存在するという考えだ」
「階層?世界を生み出した神でもいるっていうの?」
「概念的にはな。例えばだ、おれたちの今いる世界が、上位の階層による創作の世界だとしたら?そしておれたちの世界で創作されたものが、下位の階層に存在する世界だとしたら?」
そう、ここが肝なのだ。例えばおれが前世で生きた世界、そしてこの世界、それが誰かの創造によるものだとしたら?当然、それを創造した世界というのが必要なってくる。そしてさらに、その世界を創造した上位の世界が存在するとしたら?
「興味深い考えだけど、それだと、上も下もきりがないわね」
「そうだ。そこでウロボロス蛇っていうのがでてくる。どこかの階層で、無限に続くかと思われる世界がループするという考えだ」
そう、己のしっぽを己で飲み込むウロボロスの環。卵が先か、鶏が先か?無限につながる世界、永遠に終わらない循環する世界。
「生み出した世界が、結局は自分たちを生み出す世界の元になる?」
「そういうこと。まあ、おれの勝手な考察だけどな」
そう、全ては勝手な憶測に過ぎない。転生したから普通とは違ったアプローチでの考察が出来るだけの話だ。
「そういうことなら、こういうアプローチも、いえ、でもそうなると…」
おれの言葉を無視するように自身の思考に没頭する夕呼。最近よくみる光景だ。
なんでも因果律量子理論とかいうものを完成させるためにいろいろとがんばっているらしい。
夕呼に言わせると、あと一歩のところまで来ているらしい。いわく、あんたのおかげで、3年は研究が進んだわ、らしい。
まあ、おれにとってはどうでもいいことだ。
ちなみに本日の対戦者同士の状態は以下の通りだ。
基本情報
名前:立花 隆也
性別:男
年齢:14歳
身長:165cm
体重:54kg
身体能力情報
筋力:4692(312+6000)
体力:4844(320+6000)
俊敏:4627(313+6000)
器用:3837(301+6000)
感覚:923(759+600)
知力:1211(1028+300)
精神:1149(1158+300)
気力:4932(332+6000)
通常技能情報
・剣術:899
・近接格闘術:821
・気放出:2171
・気混入:2033
・飛翔術:807
基本情報
名前:神宮司 まりも
性別:女
年齢:14歳
身長:147cm
体重:乙女の秘密により検閲されました
身体能力情報
筋力:1238(307+3000)
体力:1306(316+3000)
俊敏:1299(426+3000)
器用:975(311+3000)
感覚:587(317+300)
知力:270(318)
精神:572(319+300)
気力:1410(312+3000)
通常技能情報
・近接格闘術:762
・剣術:703
・小刀術:634
・気放出:608
・気混入:487
まあ、歴然とした実力差が分かるだろう。
ぶっちゃけ、これで負ける方が問題ありだ。
それにしてもまりもも、成長したな。
今のところ人類での序列2位だぞ、たぶん。
ちなみに1位はおれな。
がちでノーマル撃震とやり合って見事に白星を勝ち取ったのは、おそらくおれだけだろう。まあ、脳内シミュレーションでの話ではあるが。
その肝心要のまりもを見てみると、なにやら武と純夏と3人で戯れている。
あれほど、修行をしろといってあるのにな。
ま、いいか。
戦士にも休憩は必要だ。
おれは無邪気に戯れる3人の姿を眺めていた。後ろでは、ものすっごい形相で考え込んでいる夕呼がいたが、気にしない気にしない。