「それで、調査結果は?」
ラングレーの中でも、もっとも厳重な防諜対策が施された部屋。
その中に響く声にはいらだちが籠もっていた。
それに気づいたのか、報告を告げるためにこの部屋を訪れた男の顔に怯えが走る。
「いえ、それが進捗ははかばかしくなく…」
「ふざけるなっ!」
大きな声が響く。声を出したのこの部屋の主、CIA長官だ。
その苛立ちの原因はひとえに、日本帝国の軍事技術の諜報活動に関する報告によるものだ。
日本帝国の軍事技術部門への諜報活動の強化を命じ、巨額の予算と人員を割いて得られた結果が、進捗がはかばかしくなく、の一言なのだ。CIAの面目丸つぶれである。
「いったいお前達極東支部へ、どれだけの資金と人員をつぎ込んだと思っているんだ!それが進捗がはかばかしくない、の一言ですまされると思っているのか!」
「も、申し訳ありません。ですがまったく動きがないのです。あの帝国軍技術廠13特殊実証実験部隊は異常なのです。特にそのトップに位置する小塚三郎技術大尉については、もはや天才か、奇才かとしかいいようがありません」
「どういうことだ?少しはまともな弁解を聞かせてもらえるのだろうな?」
長官は冷静さを取り戻すように大きく深呼吸をし、自らの席である長官用のイスに座り直した。
「は、ここ数ヶ月の調査内容から察するに、日本帝国における開発の成果はこの小塚三郎技術大尉によってもたらされたものと考察されます。」
「なにを言うかと思えば気でも狂ったか?たった一人の人間にできることなどたかがしれている。それにだ、実戦検証はどうなのだ?その動きすら貴様らは掴めていないではないか!」
「それが、先ほど報告した内容の意味です。『特にそのトップに位置する小塚三郎技術大尉については、もはや天才か、奇才かとしかいいようがありません』これは比喩でもなんでもなく、事実です」
「どういうことだ?」
意味が分からない、といったCIA長官の顔を見て、さもありなんと報告を行った男は頷いた。
「つまり全ての開発を小塚三郎技術大尉が行っていると言うことです。しかも、実施検証なしに」
「バカな!ありえん。そんなことが可能な人間いると、本気で思っているのか!?」
「落ち着いてください長官。我々もそれについてはさんざん議論してきました。ですが、その議論の結果、もたらされた結果こそが今報告した内容なのです」
事実、彼の元に集まった資料はそのことを裏付けていた。突然湧いて出てきたような技術は全てこの小塚三郎技術大尉が発信源となっている。しかも彼は自身の執務室に閉じこもって作業を行っている。極秘裏に外部との連絡を取っているのではとの推測の元、様々な諜報活動を行ったが結果はシロ。彼は独力で今までの技術を開発したことになる。実地検証さえせずにだ。
ここまで条件がそろえば、もはや疑いようがない。彼は天才だ。いや、天才という言葉さえ彼には生やさしい。奇才、そうまさに奇才としか言いようがない。
そのことを一心に訴える男の様子に、長官の険しい表情も徐々にだが和らいでいく。そう、彼は小塚三郎技術大尉と言う男が、人類史上まれに見る奇才と認識したのだ。
当然この会話を本人が聞いたら、即座に否定することは間違いない。だが、客観的事実は彼らの言うとおりであった。
どの諜報組織の網にも引っかからずに警戒厳重な技術廠に自由に出入りする所属不明の少年の姿など、完全に彼らの思慮の埒外であった。
「それほどの男を、日本帝国は従えていると言うことか。どうにかならないのか、その男?」
「は、兄弟が他に二名おりますが、両者とも帝国に深く関わっているため、容易に手出しはできない状況です」
「女はどうだ?」
「それが、あまり興味を示さないようで。色町に出かけたという報告はありますが、特定の個人に入れあげているという報告もありません」
「ならば用意すればよい。技術者の知的好奇心を満たすに得る女をな」
CIA長官の口元に下卑た笑みが浮かぶ。男、しかも三十前後の男など、御するにたやすい、そうその笑みは言っていた。
「はい、すでに手配は済ませ、アプローチも行っています。また、周囲の切り崩しも同時に進行しています」
「そうか、それならばいい。すまないな、声を荒げてしまって」
部下の報告に、先ほどとは打って変わって穏やかな声をかけるCIA長官。
「いえ、お気になさらないでください」
報告した男は、緊張を解きながらCIA長官の言葉に答えを返す。
「すべてはこれからです。小塚三郎技術大尉を籠絡し、そのたぐいまれなる能力を我々のもとする、そのためには」
「うむ、期待しているぞ」
ラングレーでの密談は続く。巻き込まれる小塚三郎技術大尉にはご愁傷様としか言いようがないが、盛大な勘違いをしたまま。
「この傷口は一体…」
「先生、血液の数値が異常な値を示しています、こんな数値、見たことありません」
ここ国連軍東アジア方面軍野戦病院において治療を受けている患者、その異常な容体に対応に当たった医師と看護婦は目を白黒させていた。
突っ込みどころはいろいろあるが、そもそも上半身に大きな破損を受けている患者。
まずその傷口が異常だった。
まるで何らかの医学的処置を施したとした言いようがないほどの回復を遂げている。しかもそれがほんの数時間前に負った傷だとは誰も思わないだろうほどだ。
血色も良好だ。これだけの傷、間違いなく大量の血が失われたに違いない。にも関わらずにこの患者には貧血などの症状は一切見られなかった。
それどころか血液検査の数値が異常な値を示している。それが意味するのは、異常な臓器の活性化。
通常それほど異常な活性化は、何らかの疾患を意味しているのだが今回のそれは意味が違った。つまり、身体を回復させるために一時的に臓器が活性化しているのだ。
従来の医学ではあり得ない現象に、担当医は己の正気を疑い、そして患者の状態を疑い、最後に検査結果の値を疑った。それも何度も何度もだ。
だが現実は変わらずにそこにあった。
これが患者一人だけの現象であれば、人体の神秘でごまかせたのかもしれない。確かに戦場にはその手の逸話が尽きない。
死んだと思った患者が息を吹き返す、完全に手遅れだと思った傷を負った兵士が奇跡的に後遺症もなく現場復帰するまでに回復する。
だが、それが三人同時となると話が違ってくる。
明らかに人為的な、あるいはなんらかの意志が働いていることは難くない。
医療を実践する者として、また一人の医師としての好奇心からこの患者らについての詳細を上層部に訪ねた彼に帰ってきた答えは、簡単にして非情な一言、『軍機に付き詳細の公表は不可能』だった。
無事に疑似生体移植を完了して野戦病院を去っていく女軍曹にさりげなく聞いたところ返ってきた答えは、医師に取って理解しがたい答えだった。曰く、
「変な装備を身に纏った兵士が助けてくれたの。それも私だけでなく、私の大切な人も一緒に。彼には返しきれない借りががあるのに、彼は死んでしまったらしいわ。私の大切な人と、その仲間を守るためにBETAの軍勢の中、一人踏み留まったらしいわ」
「ばかな、なんだこれは、ねつ造ではないのか!?」
「ねつ造などではありえません。戦術機の記録装置に残されていた正真正銘の現実の画像です」
「ありえん、なんだこの強化外骨格は!?」
国連軍東アジア方面軍の大隊長以上が出席するブリーフィングは荒れに荒れていた。
原因は国連軍東アジア方面軍12軍所属の第76戦術機甲大隊からもたらされた戦況映像だった。
「重機関銃で大型種を駆逐するだと!?」
「いや、それ以上にあの動きだ。強化外骨格にあのような柔軟な動きは不可能なはずだ」
飛び交う怒号は、半分悲鳴じみたものだった。
無理もない、第76戦術機甲大隊を率いるシェンカー少佐は内心のため息をそっと押し殺した。
自分の目で見てさえ信じられないのだ。記録映像を見ただけでは到底納得いかないだろう。
だが、事実は事実だ。
この作業用強化外骨格は、颯爽と戦場に姿を表し、的確な援護射撃であと一歩で壊滅するであったであろう第76戦術機甲大隊の撤退を助けてくれたのだ。
しかも最後には文字通り身体を張って退路を確保してくれた。
戦域マップから彼の存在を表すマーカーが消滅した時に胸に去来した衝撃は、未だに胸のうずきとなって彼をさいなむ。
「この画像は事実です。それは戦術機の戦闘記録、およびその他の戦域記録を見て頂ければおわかりになると思います」
シェンカー少佐の声は、混沌の極みにあったブリーフィングの中でよく通った。
「だがしかし、だがしかしだよ、君。この強化外骨格は作業用だ。しかも壊滅した237補給部隊所属の物だ。つまり、なんら特別な改修を施されていないものなのだ。それがこのような活躍をするなどありえん。しかも武器についても通常の12.7mm重機関銃にしか見えない。それが大型種をすら駆逐している。それが意味することを分からない君ではあるまい!?」
一瞬は静まった会場から、その反動のように反論の声が上がる。
「おっしゃりたいことはわかります。ですが、さきほども申し上げたように、この画像は事実を写しています。そして、戦域記録は、彼が勇敢に最後までBETAと戦って散っていったことを記録しています。つまり、この場でいかに議論しようとも、本人がBETAにやられてしまった以上、どのような追求を行っても意味がないと言うことです」
「むっ」
シェンカー少佐の冷静な物言いに、反論の声を上げた者も声を潜める。
「彼が一体何者だったのか?彼の使用した兵装が一体何であったのか?確かに我々には分からないことだらけです。しかし、彼がいなくなってしまった以上、そこに時間を割くのは愚作でしかないと小官は愚考いたします。もし我々ができることがまだあるのだとすれば、彼に助けられたこの命をもって、より多くのBETAを駆逐し、少しでも多くの民間人を助けること、それだけだと思っております」
シェンカー少佐の想いが籠もった言葉により、今回のブリーフィングでは謎の救援者の追求は有耶無耶になった。
もちろん助けた本人が未だに生きているなどとは誰一人想いもせずに。