右を見てもBETA、左を見てもBETA、後ろを見ても当然BETA、前を見ると言うまでもなくBETA。
ああ、世界はこんなにもBETAに満ちているというのに、どうして世界には争いが絶えないんだろう。
まあ、原因がBETAだからなんだが。
くだらないことをつらつらと考えつつ、左右の重機関銃を撃って撃って撃ちまくる。
あ、光線級めっけ。
情報収集、情報収集。
戦車級を足で蹴飛ばして光線級との間の射線を遮ると、そのまま一気に距離を詰める。
接近して状態を観察、ついでに気の性質も観察。気については他のBETA同様にへんてこな気だ。情報収集が完了したのちに、蹴りで粉砕する。
そうこうしているうちに、救援対象の戦術機大隊を発見。気の反応を探るが、先ほど観測した数から減ってはいない。
よし、何とか間に合ったか。
と思ったら無線から絶叫が聞こえてきた。
「ひいいいい!!BETAにとりつかれた、たすけ、助けてえ!」
「アルファ5!くっ、誰か、援護に回れる者はいないか!」
視界には戦車級にたかられるF−15イーグルの姿が。
他の機体が救援に回ろうとするが、要撃級の群れが邪魔をしてなかなか駆けつけることができない。
幸いこちらからは射線が通っている。いける。
「こちら支援者、これより支援を開始する。アルファ5、むやみに動くなよ」
声をかけると同時に、気の量を調節した重機関銃を的確に戦車級に向かって撃ち込む。
次々とはじけていく戦車級を見ながら、周囲の様子を見る。どうも、殆どの機体が弾薬が心許ないらしく、積極的な攻勢には出ていない。おかげでBETAに押し込まれている。
これはさっさと撤退させるに限るな。
いつまた戦車級に取り付かれる機体が出るとも限らない。日本の衛士なら長刀と短刀でうまい具合に戦車級の跳躍をさばけるのだろうが、国連軍にはちときついだろう。
「よし、排除完了だ、アルファ5、動いてもいいぞ」
戦車級を全て排除してから通信を入れると、先ほどまでぴくりとも動かなかった機体が再び動き出した。
おれの指示が飛ぶと同時に、すぐさま一切の動きを停止させたことから、かなりの胆力があることは伺える。そうでなければ、指示があったところでパニック状態のまま動き回っていただろう。
もっとも、上げた悲鳴は少々情けなくはあるが、そこはそれ人間だからしかたがない。
「アルファ1より、支援者へ。感謝する」
「気にするな、こっちも頼まれた以上は全力を尽くすさ。ブラボー7から連絡は入っているな?」
「ああ、最初は正気を疑ったものだが、実際に目にすると今度は自分の目を疑ってしまうな」
「気にするな、気にしたら負けだ」
「そ、そうか、そうだな。ブラボー7もそう言っていた」
感謝の言葉を贈ってきたアルファ1。おそらくこの大隊の隊長だろう。戦況を見ながら適切に中隊長へと指示を飛ばしている。それと同時に自分も戦闘をこなすのだから大したものだ。
それにしてもどんな伝言を送ったんだろう、ブラボー7。秘匿回線を使ったのか、こちらの無線には伝言が入ってこなかったのでよく分からない。
まさか悪口はいってないよな?大丈夫だろう、たぶん、うん、きっとそうだと信じたい。
「おれが殿を努める、全機撤退を開始してくれ。進路はおれが通ってきた道をそのまま辿ればいい。戦術マップへの反映はすでに行っている」
「アルファ1、了解した。聞いたか、全機撤退を再開しろ」
「「了解」」
一斉におれが送った進路情報を元に、戦術機が撤退を開始する。
おれはその前方を遮ろうとするBETAに対して的確に弾丸を撃ち込んでいく。
BETAなんだが、その種族により微妙に気の性質が違う。逆に言えば、同じ種族、闘士級なら闘士級でその身に宿す気は完全に同一だ。
今のところ見知らぬ気はないので、この場に要塞級、重光線級はいないようだ。とりあえず、光線級の気を最優先で探して排除している。
順調に撤退は進んでいるが、どうも胸騒ぎが収まらない。
なんだ、この感じは?
初めての戦場で気が昂ぶっている?否定はできないが、それとは違う。
支援砲撃をしながら、注意深く周囲を探る。気配察知とは違って、気の探索だ。気配察知は距離が近距離に限定されるが、相手の情報まで完璧に分かる精密なレーダー。気の探索はおおざっぱだが、遙かに離れた相手の気とその位置が分かるレーダーと考えれば間違いない。
備後、もといビンゴ!
ハイヴ方面の地下から気の固まりがこちらに向かって接近中だ。
これが噂の地下侵攻か。
しかもかなり侵攻速度が速い。
しかし、なんだこりゃ?
大きな気が、小さな気を中に入れて移動している?
もしかして地下搬送用のBETAが存在するのか?そんな情報はないが、戦場でその程度の出来事は想定の範囲内だ。
新種のBETAか。要チェックや!
「アルファ1より支援者へ、アルファ1より支援者へ。第76戦術機甲大隊の撤退は完了した。支援者も撤退に入ってくれ」
「いや、そいうわけにはいかないようだ」
「どういうことだ?」
なんかいちいち男前なやつだな。きっと彼女もいて、リア充ライフを送っているんだろうな。
もげてしまえ!
「地下侵攻の気配がある。それに備えておれは残る。お前達はさっさと撤退しろ!」
「地下侵攻?そんなことが分かるのか?」
「それについては機密だ。いいから早くここから逃げろ!」
当然の疑問だが、まさか気がどうのこうのと正直に答えるわけにはいかない。階級が不明なことをいいことにこちらの言い分を押し通した。
「わ、わかった。だが、そちらは?」
「こちらのことはいい。お前達はさっさと逃げろ、そして生きろ。進んだ先に、おれが救助した後方支援部隊がいる。たった3人だが生き残りがいる。出来れば救助してやってくれ」
「後方支援隊?無事に撤退できなかったのか?」
「どうもそうらしい。小型種にたかられているところを発見し、おれが救助した」
「そうか、すまない」
「気にするな。当然のことだろう?」
「え、あ、ああ、そうだな」
軽く答えるおれに、答えを濁す隊長。そりゃまあ、そうだろうな。戦場なんて非常識な世界で、日常の世界の常識を持ち出したところで納得されるなんてはなから思っていない。
戦場では己の身が第一だ。当然なんて理由で、自分の命を危険に晒して、他者を助ける酔狂なやつなんてまずいない。
「マイア軍曹、他二名は名前を知らないが、一応応急処置をしてある。その三名だ。」
「マイア?マイア・ロッシか?」
「ん?ああ、確かそいう名前だったような気がするが」
「おお、神よ」
なんかリア充が浸っている。その割には周囲のBETAを駆逐する手を止めるようなことはしない。うーむ、これがエース、か?
「神に感謝している暇あったらさっさと撤退しろ、こちとら忙しいんだ!」
「りょ、了解」
一目散に撤退していくアルファ1の姿を見ながら、リア充死ね、と思ったおれは決して悪くないと思う。
なんて考えていたのが悪かったのか、地中から近づいてくる気がどんどんと高度を上げてくる。
目指すは地表。すなわちおれの眼前だ。
後ろを確認すると、最後まで残っていたアルファ1がの後ろ姿を遠くに確認できた。
無事撤退は完了したようだ。
ならばあとはおれの独壇場だ。
だれ憚ることなく、実戦を楽しむこととしよう。
装備した強化外骨格はすでに悲鳴を上げている。
すまんな、もう少し辛抱してくれ。
眼前で地面が爆発する。
見知らぬ気が二つ。地下に一つ。
地下のはすぐに潜ってしまってよくわからないが、未確認のBETAがいることはとりあえず分かった。
ならば今すべきことは一つ、見知らぬ気、すなわち要塞級と、重光線級のデータ取りと駆除、そして残る有象無象の始末のみだ。
人目を憚ることがなくなったおれは、気を改めて強化外骨格に回す。
遠くの敵は両手にした重機関銃で、近くの敵は気を込めた強化外骨格の蹴りで、ことごとく粉砕していく。
だが敵はいっこうに減る様子を見せない。
立ちはだかる要塞級。
こちらに狙いを定める重光線級。
普通の衛士なら恐慌に陥るだろう光景を前に、おれは一人ほくそ笑んでいた。
ああ、今日は良い資料採集日になりそうだ、と。