「でもなあ、わざわざ脳の仕組みを忠実に再現する必要なんてあるのか?」
「当たり前じゃない。人間の意識を再現するためには、脳の仕組みをそのまま再現する必要があるに決まっているでしょ」
「決まっている、ねえ」
まりもとの訓練が終わった後、おれは夕呼と話し込んでいた。
まりもはいつものように、武と純夏の特訓を見ている。
今は基礎固めの段階なので、まりもで充分だと判断してまりもに任せている。実際のところ、教えるのうまいんだよな、まりも。
「ちょっと、発想を変えたらどうだ?」
「どういうことよ?」
夕呼が探るような目でおれを見る。
「例えば戦術機だ。確かに人型をしてるが、あれって人の仕組みを再現しているか?」
「…してないわね」
しばし考えて答えが返ってくる。
しかし、戦術機の仕組みなんていつの間に知ったんだ、こいつ?一応、軍事機密のはずなんだが…
まあ、夕呼だから、の一言ですむと言えばすむんだが。
「だろ?それで戦術機の機動が人間に劣るかと言えば、そうじゃないだろ?むしろ人間には出来ない機動を可能にしている。もっとも、人間が中に入って操る必要はあるんだがな」
「つまり、忠実に機能を再現するだけがいいとは限らない、ということ?」
「おれはそう思うね。しかも、ゆうこりんの考えるのは、人間の意志を量子電導脳に持たせたものだろう?人の脳の仕組みを忠実に再現しただけじゃ足りないだろうに」
「そうね、だとすれば肝心なのは、人の意志を再現すること?」
「そういうことだな。形から入るのが悪いとは言わないが、今の技術水準じゃゆうこりんの考える方法じゃ少々無理があると思うな」
などといいつつ、実はおれの頭の中には量子コンピュータの基礎理論が完成している。試作品は脳内シミュレーターで絶賛作成中である。
この理論があれば、夕呼のいうところの量子電導脳は再現可能なのだが、今のところ秘密だ。
「それにそもそも人の頭なんて一つだろ?それを無数の半導体を詰め込んだ物で再現しようなんて無茶もいいところだろうに。もちっと別のアプローチを考えるべきだと思うんだけどな」
「!?そう、それよ!」
「ん?どれだ?」
「そういうぼけはいらないわよ!そう、それだわ。人間の脳なんて所詮は一つじゃない!」
「はあ、確かにそうは言ったが」
「これは使えるわ。となると…」
ぶつぶつと呟きだした夕呼を眺めつつ、良くも悪くも天才ってのはわからんなあ、と思う今日この頃だった。
それよりも、おれも色々と考えをまとめないとな。
考えるのはもちろん実戦を経験して得た物についてだ。
まずはBETAについの情報。
各種属については脳内シミュレーターで現在鋭意解析中だ。ただおれの推測になるんだがあいつらって、有機体で作られた機械みたいなもんじゃないかと思っている。
正確なことはこれからの解析結果待ちだが、推測はおそらくあたっているだろう。
なんせ個性ってものがまるでないような奴らだしな。複雑な思考をするような頭脳も持ち合わせていないだろう。
気の性質からいっても、間違っても自我なんて持っていないに違いない。
それより問題なのは、地中にいるBETAについての情報がとれていないことだ。ただ、未確認の地下侵攻用BETAが存在するというのは、それだけで重要な価値のある情報だ。
地下侵攻を予測する際に、こいつの存在が明らかになっているのとなっていないのとでは雲泥の差がある。
今まで使っていた振動計を改良して、地下侵攻用のBETAが動く際の特有の波長とかを検出できるようにするか?
それだけでもだいぶ違ってくるはずだな。なにせ地下からの奇襲を未然に防ぐことが出来るようになるんだから、生存率の向上にも役立つだろう。
それよりも問題なのはあの圧倒的なまでの数だな。
BETAの制圧地域にまで潜り込んで戦闘を実施できるのは今のところ戦術機ぐらいのものだ。支援車両なんかは、突撃級に追いかけられたらひとたまりもないしな。
従って戦術機の現行武装の強化は必須だろう。装弾数を増やすのは当然の処置として、あとは強力な戦域制圧用の武装も考えた方がいいな。
支援砲撃もレーザー級のせいでうまく機能しない場合が多いだろうし。とはいえ、あまり重いとデットウェイト化して、回避率に影響してくるからな。最初に一発かまして、その後はパージするような兵装を考えるか?
いやそもそも、戦術機はハイヴ制圧用を主眼に置いた兵器だよな。ということは、地上のBETA掃討は衛星軌道上からのレーザー照射とかでもいいんじゃね?
もしくは宇宙からの質量兵器投下とか。
うーん、アイデアは湧いてくるんだがな。宇宙関係となると米国の独壇場なんだよな。さて、どうするべかな?
独壇場で思い出したんだが、戦術機のOS。あれも今は米国製の独壇場なんだよな。
あれって実は結構致命的な欠点を抱えているんだよな。世界中の衛士が欠点と認識していないところから、おれだけが感じる欠点なのかな?
なにが欠点かというと、オートシーケンスだ。あれが作動中は衛士の操作を一切受け付けない。ブラボー7の場合がいい例だ。転倒防止の動作が自動で発生し、その間戦術機は完全に無防備になる。乱戦中においては致命的な隙と言える。
これを改善するのは必須だな。
あとは動作の中断だな。第76戦術機甲大隊の戦いを見て思ったんだが、例えば長刀を振り下ろすというコマンドを一度戦術機が受け付けると、その動作を途中で中断することが出来ないのだ。おれの支援砲撃で何とか無事だったんだが、危うい場面が何度か見られた。
銃をばんばん撃っている時はあまり気にならないんだが、近接戦闘中で言えばかなり致命的な弱点だと言える。
これも併せて修正すればかなり使い勝手が良くなるはずだ。
問題は現行CPUユニットだと処理速度に問題があることなんだが、それについてはおれが作ったCPUユニットを提供すればいいか。
CPUユニットの換装と、OSの書き換え、これだけでもかなり違ってくるはずだ。
手間も費用もそんなに掛からないし、かなりお得な強化プランだと思う。
などといろいろ考えていると、急に側から雄叫びがあがった。思わずびくっとなる。
「そうよ、そうだわ。これよ、これならいけるわ!そうと決まれば、さっそく帰って論文にまとめないと」
目をらんらんと輝かせた夕呼がそこに立っていた。その圧倒的なまでの狂気とさえ言える迫力に、おれだけじゃなく、まりも達も思わず引いている。さすが狂気の科学者、まじぱねえぜ。
「というわけで、アタシは帰るわね。それじゃ」
言って颯爽と立ち去っていく夕呼。
あいつ、一体何を思いついたんだんろう。ろくでもないことじゃないといいが。
それよりも小塚さんから相談を受けていたな。何でも耀光計画とかいう純国産の第三世代機の開発計画の担当者たちの精神状態がかなりやばい状態らしい。
なんでもおれが純国産機なんぞ知ったことか、とばかりに撃震の魔改造に走っているせいで、当然純国産の第三世代に要求される性能がうなぎ登り状態らしい。
当然それに応えるべく担当者達はがんばっているんだが、いかんせんおれの頭の中にはすでに量産型撃震肆型までの構想が練られているからな。
ちなみに量産型撃震参型で、世間一般で言うところの第三世代の水準はクリアする予定だ。
撃震っていうのはあれで、かなりの潜在能力と拡張性をもっているのだ。従って弄り方さえ間違えなければ、それだけの性能をたたき出せると言うことだ。もっとも、そのためには段階を追って改修をかけていく必要があるのだが。
まあつまるところ技術レベルの問題になってくるんだが、今の技術水準の生産設備でいきなり量産型撃震肆型を作らせようとすると、間違いなく不良品が山と出来上がる。
そもそも技術者達がいきなりの技術革新についてこれない。というわけで順をおってリリースをかける必要がある訳だ。
そんなこんなで、耀光計画になんとかてこ入れしてもらえないか、というのが小塚さんの相談内容だ。
まあ、BETA用の戦力が増えるのに異議はないんで協力するにはやぶさかではないんだが。
そうだ、いっそのこと前々から考えている構想をぶちまけてやるか?
戦術機のモジュール化構想。核となる管制ユニットをのぞいた各パーツをモジュール化し、自由に換装可能にする機構。要するにフロント○ッションとかアーマー○コアみたいに、戦況に応じて柔軟な運用が可能な戦術機の作成だ。
うん、そうと決まればさっそく草案を考えねば。
やることは山ほどある。だが時間は有限。そして残された時間も有限。
まず手始めに、小塚さんへの技術提供の速度を上げる。宇宙進出も考えると、米国企業への接触も考えないといけないか。
さてさて、どれだけのことがおれにできるのか。せいぜい足掻かせてもらいますかね。