「小塚技術大尉、いろいろと兵器の改修案を考案してみたので是非見て頂けないでしょうか?いかんせん思いついたものを片っ端から資料に起こしたもので、独りよがりのものになっているのではないかと心配で。そこで是非、第三者からの意見を聞いてみたいのです」
例によって例のごとく、いつの間にやら小塚の執務に現れた隆也は、そういって資料の束を小塚の机の上に置いた。
「ふむ、それでは見せてもらおうか」
本能がひっきりなしに警告を告げる。だがここで負けるわけにはいかない。そう心を決めて、小塚は目の前にうずたかく積まれた資料を手に取った。
ぺらぺらと目を通していく。少々気が抜ける思いだったが、それは至極まっとうな提案書だった。
なるほど、これはいい。
はじめに手に取ったその資料に記されているのは、後方支援車両の改修案だった。とくに走行速度の向上に関するものがメインとなっている。緊急離脱用に走行車両用の跳躍ユニットを取り付ける案もいい。
だがこれはなんだろう?
配備されるミサイル弾頭。それについて、少々不穏な気配を感じる。
「立花くん、少々聞きたいのだが?」
「はい、なんでしょうか?」
「この対レーザー属種用多弾頭ミサイルのことなんだが」
「それですか。仕組みは簡単で、レーザー照射の初期段階における微弱なレーザー波を検知し、空中で複数の弾頭を分離、照射元に対して不規則な機動をえがきながら目標を駆逐する。言ってみれば、後の先を取ることに主眼を置いたミサイルですね」
「…そんなことが可能なのか?」
「はい、レーザー照射の初期段階に出されるレーザー波については、重光線級、光線級ともにサンプルは揃っているので、まず間違いない働きをしてくれるはずです。それに複雑な機動についても、人が乗っていないために、レーザー照射を振り切るほどの無茶な機動を取らせることも可能になっています。問題は、レーザー波の感知機構の開発が難しいことですね。もっともそれについては、基本設計は出来ているので大した障害にはならないでしょう。あとは、特殊な推進剤を使用することになるため、そのコストがどれだけかかるかが不明瞭なところですね。もちろん量産化することになれば、それによってコストダウンも可能になるでしょうが」
「レーザー波のサンプル?」
「え?あ、まあ、ちょっとした伝手がありまして」
露骨に目線をそらす隆也。本当はいろいろと突っ込みたいところだが、ここで追求したところで隆也は決して口は割らないだろう。
仕方なしに、小塚は資料に目を戻した。と思ったら、途端に目を隆也に向けた。
「なあ、立花くん」
「はい、なんでしょうか?」
「この地下震動探知機の改修案のところなんだが、地下侵攻用のBETAを検知するためとかかれているんだが?」
「あ、あー、それですね、はい。それも伝手からの情報です。なんでも地下を移動するBETAの存在が観測されているらしいんですよ。しかもその大きさから考えて、BETAの搬送用としての役割を果たしている可能性が大きいらしいのです。そのことから、そのBETAが地下を移動する際に発生する特定の振動波形を感知するように改良を加えるというところが目的です。それにより大規模な地下侵攻を事前に察知することが可能になり、奇襲を受ける可能性を大きく減らすことできるはずです」
小塚は少々考える。わかっている、わかってはいるのだ、突っ込んだら負けなのだと。だからあえて無視する。技術者としてどうなんだ、と技術者魂がわめくが、それを己の心の平常心のためと無理矢理押さえつける。
「なるほど、それにしてもすごいな、それは。未だにどこの国も、そのようなBETAについての情報を手にしていないというのに。それだけすごい伝手なのだ、これからも大切にしておいてくれるとありがたい」
「はい、お任せください」
二人とも作り笑いを浮かべて笑いあっていた。じつに白々しいやりとりだった。
その後も小塚がぺらぺらと紙を捲る音が室内に響く。それを注意深く見守る隆也。
かなりの頻度で小塚から隆也へと質問が飛ぶが、それにすらすらと答えを返す隆也。
その回答に無理矢理納得した様子の小塚が再び資料を捲る。
3時間、すべての資料の概要に目を通した小塚は、ぐったりと背もたれに身を預けていた。
「小塚技術大尉、お疲れのところ申し訳ないのですがどうだったでしょう?ちなみ、これなんかは私のお勧めなんですが」
いって隆也が積まれている資料の一枚を取り出した。
『S−11にかわる新規の高性能爆薬およびそれを利用した陸戦兵器の弾頭改修』
小塚は目頭を軽く揉むと、隆也に顔を向けた。
「立花くん」
「はい?」
「S−11は決戦兵器の一種で、普段は厳重に管理されている。かくいう私も実物を見たのは数える程度で、その作成方法などについては全くしらない」
「なるほど。どこでS−11の組成式を手に入れたかが問題になってくるということですか?」
「というより、あれ以上の高性能爆薬なんて作ったら、米国が黙っていない」
「それでは、米国に作らせるというのはどうでしょうか?」
「な!?」
驚く小塚に、なんてことのないように隆也は続ける。
「要するに彼らは、自分たちが一番の威力を持つ兵器を持っていないという状況が気に入らないのでしょうから、その作成は彼らに任せる。それでいいんじゃないでしょうか」
「だがしかし、これはそんなに簡単に渡していいようなものではないのだよ?」
「そのことですね。大丈夫です、爆薬の高性能化というのは、十分な資金と時間さえあればなんとでもなりますから」
「いや、その金と時間というのが最大のネックなんだが」
軽く言う隆也に、若干引いた様子で小塚が突っ込みを入れる。
それにいたずらっぽい笑みを返す隆也。
「それに…G弾、聞いたことはあるでしょう、小塚技術大尉?」
「!?どこでその情報を?」
一瞬、小塚の顔に驚愕が浮かぶ。
「鎧衣さんから少々」
「鎧衣係長にも困ったものだな。その情報は極秘情報の中でもきわめて重要度の高いものだ。私だったからいいようなものの、他の人間に聞かれたらその場で憲兵を呼ばれても文句は言えないところだよ?」
「どうやらそうらしいですね。それよりもG弾です。情報によれば米国にもG弾の使用に慎重な派閥、いわば反G弾派がいるわけなんですが、彼ら反G弾派はG弾に対抗するだけの兵器の提示が出来ない」
「そのための新しい高性能爆薬の開発か?」
「そういうことです。さきほど話した多弾頭式ミサイル、あれの標的への到達率は80%前後となっています。ちなみに重金属雲なしの晴天下、まったくの支援砲撃なしでの100発一斉発射という条件下でのシミュレーション結果ですが」
「80%だと!?」
その数字にも驚いたが、隆也のいうシミュレーション結果という言葉にも驚いた。隆也の作る兵器の完成度の高さから実施検証などは行われているだろうとは思っていたのだが、彼の口からシミュレーターについての言及があったのはこれが初めてだった。
「そうです。その弾頭に新型の高性能爆薬を積んでおけばどれだけの戦果が挙げられるか。反G弾派へのてこ入れとしては十分ではないでしょうか?」
「むぅ」
小塚の口からうなりが漏れる。G弾。その詳細までは詳しくは分かっていないが、核と同等、あるいはそれ以上に深刻な後遺症を使用された地域にもたらすという情報は掴んでいる。
今はまだ主戦場が日本から離れているからまだいいが、自国の近くで使われるとなるとどんな弊害があるかわからない。日本帝国を守る意味でも、反G弾派へのてこ入れは無駄ではないだろう。
「だがそのシミュレーション結果というはあてになるのか?」
愚問と思いつつも聞いてみる。その精度は彼の今までの実績が物語っているのだ。今更確認するだけ無意味だ。だが、それほどのシミュレーターの存在など聞いたことがない。
「間違いはないと思います。撃震弐型などの検証にも使用しているものですから」
「もしそれが本当だとしたら、それだけの性能をもつシミュレーターだ、是非我が技術廠にも導入をしたいのだが」
小塚が食らいつくが、当然それは隆也にとっては無理な要求だった。なにせ彼の言うシミュレーターとは、脳内シミュレーターのことだからだ。まさか自分の頭を貸し出すわけにもいかない。
「それなんですが、いろいろと事情がありまして。他への提供はできないことになっているんです」
「どうしてもかね?」
「申し訳ありませんが、こればかりは私の力ではどうにもならないのです。変な期待を持たせたのならお詫びいたします」
「いやいい。君には君の都合があるのだろう。充分恩恵は受けているし、お礼をいうことをはあっても、謝罪を受けるいわれはないよ」
小塚の顔に落胆の色が浮かぶが、それはそれ、とすぐさま頭を切り換える。
「わかった。高性能爆薬とミサイル技術の件に関しては上層部に掛け合ってみる。もっともことがことだけに情報省の主管となることは確実だがね」
「それでいいと思います。餅は餅屋といいますし、その手の工作は情報省に任せたほうがいいでしょう。米国は高性能爆薬、日本帝国はそれを運用するのに最適なミサイル技術を獲得する。おまけにG弾派への牽制にもなる。欲を言えばきりがないですからね、この辺が妥当な線引きだと思います」
「そうだな。そう言えば総評を忘れていたが、この提案書の数々は素晴らしいの一言に尽きるな。提案だけでなく、すぐにでも実用可能なレベルにまで技術的案件を落とし込んでいる。しかもかなり有用性の高い改修案、新規兵装の提案ばかりだ」
それを聞いて隆也の顔に笑顔が浮かぶ。
「そうですか、専門家の小塚技術大尉にそう言ってもらえたら大丈夫ですね。ではそれは小塚技術大尉にあずけますので、あとはお願いします」
「え?」
「え?」
小塚の驚いた声に、隆也が驚いた声を返す。
「いや待ちたまえ。君はこれがどれほどの宝の山か分かっていっているのか?」
「一応分かっているつもりですが。そもそも私が持ってても宝の持ち腐れですよ。これは小塚技術大尉のような人間が手にし、そして実用化してこそ意味があるものです。それに、そうすることで少しでもBETAの被害を減らすことができる」
「その通りだが、だが何度も言うようだがそれでいいのかい?これらはすべて君の功績だ。この技術により命を救われたらその感謝は君に注がれるべきなのだ。それの権利を放棄するというのか?」
「そんなことは小さなことですよ」
隆也の微笑みは自然なものだった。当たり前のことをいっているだけ、そんなふうにとれた。
「大切なのは人の命を救うこと、BETAを一刻も早く地球から追い出すこと。それ以外、私にとっては些事でしかありません。もっとも、例外も存在しますが」
「そうか、そこまでいうのなら、この提案書は私があずかろう。だが私だけは忘れない。この提案が君のものであると言うことを」
「はい、ありがとうございます。それでは次は、第三世代戦術機に関する技術提案書と、戦術機のコアモジュール構想に関する概念説明書なんですが」
といいつつ、隆也はどこからともなく取り出した山のような書類の束を、小塚の机の上にのせた。
「え?あ、いや、ちょっとまってくれ。これは一体?」
「以前小塚技術大尉から相談されていた件です。私なりに考えてみたものをまとめてみたんですが、それがなにか?」
「確かその話は先週したばかりと記憶しているのだが?」
「ええ、その通りですね。ですがそれがなにか?」
小塚は頭を抱えたと思うと、無言で机に突っ伏した。
内心で隆也の非常識ぶりに対しての文句を盛大にわめき散らしながら。
「あれ?小塚技術大尉、どうしたんですか?頭でも痛いのですか?」
「ああ、ちょっとね。すまないが今日はここまでとしないか。君からもらった資料については後で読んでおく」
ふらふらと頭を上げた小塚の顔色は、お世辞にも良いとは言えなかった。
「分かりました。それでは、今日のところはこれでおいとまします。ゆっくりと養生してください」
頭痛のタネは当然自覚がないまま小塚の執務室を去っていった。
部屋から隆也の気配が完全に消えてから10分近くたったころだろうか。小塚がおもむろに口を開いて愚痴を言い出した。
「ありえんだろう、ほんとうに。日本帝国を代表する企業や技術者が頭を捻って捻って、それでも解決しない問題の技術提案をたった一週間で作っただあ?勘弁してくれよ、もう」
小塚の愚痴はそのご1時間近く延々とその口から漏れ出ていたという。