食糧事情の改善と言っても今ところの案としては大きく分けて二つある。
一つは、合成食材の改良による味の向上。
一つは、天然食材の品種改良と栽培設備の整備による収穫高の向上。
おれ的には天然食材の案を推したいのだが、前線国家の事情も考えると、合成食材の案も無碍にはできない。
と言うわけで、両方を推進することにした。
伊達に脳内シミュレーターを持っている訳じゃない。普通なら、予算と人員の都合で躊躇する計画の同時並行も実現可能だ。
というわけで、まずは情報収集、情報収集。
小塚さんの知り合いで農水省に勤務している人から幾つかの企業を紹介してもらい、見学に出向く。
大手の合成食材作成メーカーと、天然食材の卸問屋、天然食材の栽培プラントを研究している会社等々。
いやいや、大変勉強になりました。
まさか案内した設備全てがおれの脳内シミュレーター内で再現されているとは、企業の人々も夢にも思うまい。つーか、これって普通に産業スパイだよな。ま、いっか。
そこからおれの食物大研究が始まるわけですよ。
合成食材については、その栄養価などについては申し分がないできとなっている。これはこれである意味完成した食材ではあるのだが、いかんせんうまみが足りない。
世界情勢のせいか、それとも技術的な問題かはしらないが、味に関する研究がとことん不足している。
前々から思っていたんだが、この世界は妙なところで凝っているくせに、重要なところに無頓着だったりする。おれが手がけた案件で言えば、戦術機の制御OSの機体硬直とかだ。生存率が5割も上昇したのだからその効能は言うまでもないのだが、不思議なことにおれが発案するまで誰もそれを欠点だと思っていなかったのだ。まあ今まで生きてきた世界観の違いといえばそれまでなんだが。
前世の世界に、この世界の人間が転生したら、全く同じ感想を抱くかも知れないしな。こればっかりは、神のみぞしるってやつか。
というわけで、まずはうまみに関する成分の研究から始めた。
もちろん元になるのは天然食材だ。その成分を徹底的に解析し、より安価で安定した添加物の開発を行う。
それを合成食材の作成段階で混合させて、どのような味になっているか見る。
うん、脳内シミュレーターで良かった。実際にこんな激マズなもん食ったら、その日一日の食欲を無くす。失敗は成功の母とはいうが、できるなら失敗なんてしたくはないな。
思い出しただけで、口の中に嫌な味が広がるような気がしてきた。
とはいえそんな試行錯誤も、数日で終わりが来る。本来なら十年単位の時間をかけて研究する内容なはずだが、おれの持つ能力を使えばそんな常識も軽く覆る。
合成食材に混ぜる味調整用の添加物、完成!
肉、魚、野菜、全てにおいて、本物並の味を再現できることに成功しました。問題は食感の再現がまだできていないことか。
やはりやるからには完璧を目指さないと。
と言うわけで、まだまだ完全なる完成とはいかない。道のりは長く険しいが、おれは胃袋を満たすためにやり遂げてみせる。
なにせおれはようやく登り始めたばかりばかりだからな、このはてしなく遠い究極の合成食材完成坂をよ…
未完
正直調子に乗った。反省はしていない。
とまあ、ネタはこの辺りにしておいて、同時並行で進めていた天然食材の品種改良だ。
この辺りは、前の世界での話題になったが、遺伝子組み換えが一番手っ取り早いという結論に至った。
交配による品種改良も考えたんだが、いかんせん時間が掛かりすぎる。それならば、遺伝子組み換えのほうが確実だ。健康への影響についても調査、実験しておけば問題ないだろう。
まず目をつけたのは当然お米である。日本人ならお米だろう、お米。
基本は作付面積あたりの収穫高の向上だろう。次に味。いや、味は重要ですよ。で、その次が冷害やら干ばつに対する耐性、そして病気に対する抵抗力の向上と。
ぶっちゃけ、合成食材よりも手間がかかる。
病気に対する耐性なんてへたをすれば、毒性を生み出しかねないし、味が良ければ虫などの被害が大きくなる。
自然環境で育てる作物の品種改良は、遺伝子組み換えをもってしても結構時間がかかる、というのが感想だ。
品種改良は継続して研究していくとして、考えて見ればなにも栽培を農地で行う必要はないな。
栽培プラントとか作って完全に管理された環境での農作物のとかどうだろうか?これなら収穫高と味の向上だけに集中できる。
と言うわけで作ってみました栽培プラント。もちろん脳内シミュレーター内の話ではあるのだが。
ちなみに栽培プラントの元ネタはシム○ティ4のmodパッチで出てくるピラミッド型の建物だ。
天日を利用するために天井は光を透過する素材を利用、運用する電力についてはまあ原子力発電でいいか。
そういえばこの世界、化石燃料が慢性的に不足がちなんで、原子力発電に関する技術はかなりすごいことになっている。だからわりと簡単に原子力発電設備とかが作れたりする。
栽培プラントについてはいろいろと試行錯誤を重ねているが、どうしてもコストがネックになってくる。
なにせ、建物の建設費用、管理するためのシステム費、面倒を見る人の人件費、光熱費、あとはその他諸経費。
これらを価格に転嫁すると、かなり高額な商品になってしまう。
いかん、それではだめだ。庶民が楽しめなくては意味がない。
なんとかならないか、と考えた結果が、種付けから収穫までの完全オートメーション化だった。この辺りは、今まで研究していたAI技術と、機械工学のおかげだ。
これで、普通の農家レベルの価格に抑えられる計算になる。
よしよし、なかなかに良い感じだ。
次は動物の養殖があるのだが、これまた遺伝子組み換えでなんとかするか。
この場合どのパターンが一番良いんだろうか?
種の保存的観点から行くと、やはり多種多様な生物を養殖するのがいいんだろうが、そうなるとコストが高くなる。広大な土地があれば話は別だが、生憎とここは日本なんで家畜の大量飼育には向いていない。
となると、味よし栄養価よしの新種を作るか?そうすればいろいろと便利が良い。逆に、伝染病などにかかると被害が甚大になるな。うーん、植物はよかったが、動物は難しいな。
などと二週間近く食べ物関係に時間を割いてしまった。
もちろんマブレンジャーたちの訓練、まりもの訓練、自己鍛錬などはしっかりと行っている。
なにせ脳内シミュレーター内での出来事なので、現実世界を過ごす際のかせとはまるでならないのだ。これも並列思考様々だ。
合成食材、天然食材、共に基礎研究は終わった。動物系の天然食材についてはまだ課題は多いが、ある程度の成果をだせる段階まではいっている。
というわけでさっそく小塚さんに相談に行ったら、ずいぶんとひかれた。
「あれからまだ二週間ほどしかたっていないと思ったのだが、私の勘違いだったか?」
「いえ、確かに二週間ほど前だった記憶していますが?」
「そうか、そうだな、そうだったな…」
なんかうつろな目でぶつぶつと呟いていた。はっきり言って怖い。
なんだかんだで、持ってきた資料は農水省の知人に渡してくれるという話にまとまった。
去り際に後ろから、
「戦術機などの機械工学だけではなく、農業、遺伝子工学、建築学、いったいどれだけ引き出しがあるんだ…」
などという小塚さんの呟きが漏れてきたが、気にしない気にしない。
なぜならば、おいしいは正義だからだ!