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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第1話:戦争前夜
作者:蓬莱   2012/07/09(月) 00:17公開   ID:.dsW6wyhJEM

「いや、さぁ…これ、思いっきり場違いだと思うんだけどね」

白髪天然パーマの男―――坂田銀時は、ため息をつきながら、愚痴をこぼした。
たまたま、今週号のジャンプを買いに出かけた銀時は、その帰り道、バナナの皮に足を滑らせて、川に転落―――気がついた時には、見知らぬ場所に―――アインツベルン城にいた。
恐らく、銀時は、召喚に用いた聖遺物の影響で、聖杯戦争に参加する深紅の色をした蜘蛛型ロボット:セイバーの仕手として呼ばれた―――アイリスフィールから説明を受けた銀時は、予想外の事態に頭を抱えるしかなかった。
その後、しばらく城の中で退屈そうに過ごしていた銀時であったが、切嗣らが日本へ行く前日、アインツベルンの当主からの呼び出しを受け、切嗣らと共に銀時もアインツベルン城にある礼拝堂に赴いた。
そこには、この城の主であるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン―――通称:アハト翁が、侍女であるホムンクルスを従えて、待ち受けていた。

「魔術師殺し:衛宮切嗣よ。よくぞ、期待通りのサーヴァントを召還してくれた。後は、分かっておるな」
「はっ…十分に心得ております」
「すみませーん。すげぇ面倒くさいんですけど」

アハト翁は、一応、形だけの賛辞を切嗣に送ると、いつものように強烈な眼光で切嗣を見据えた。
妄執ともいえるアハト翁のプレッシャーに辟易しつつも、切嗣は、固く無表情を装ったまま、深々と頭を垂れた。
空気を読まずに、銀時は、鼻をほじくりながら、本当にめんどくさそうに愚痴を言った。

「アイリスフィールよ、器の状態は? 」
「何の問題もありません。冬木の地でも機能するものと思われます」
「問題ありまくりだから。ていうか、あんたら、さっきから俺のこと、無視してねぇか? 」

だが、何時もの様に、アハト翁は、銀時の事を無視しつつ、アイリスフィールの方に視線をうつした。
今回の聖杯戦争において、聖杯を完成させるために必要な『器』を預かる役を任せられているアイリスフィールは、よどみなく返答した。
それに対する銀時は、無視されたことに苛立ちながら、ワザとシカトをしているのか睨みをきかした。

「うむ…今度ばかりは、ただの一人も漏らすな。六のサーヴァントを狩り尽くし…第三魔法<ヘブンズフィール>を成就せよ!! 」
「「御意に」」
「…」

だが、アハト翁は、またもや、銀時の言葉を無視して、呪詛めいた激情を込めた勅命―――聖杯戦争に勝利し、アインツベルンの悲願である第三魔法の成就を、切嗣達に命じた。
切嗣とアイリスフィールは、声をそろえて返答した瞬間、銀時は無言のまま、おもむろにアハト翁のところまで、近づくと―――

「おい、爺よぉ。何、人の言葉無視して、色々と勝手に決めってんだ、このやろー」
「いだだだっ!! ちょ、髭、髭!! その引っこ抜けるか抜けないかの力加減で、わしの髭を引っ張るのはよせぇえええ!! おい、早くこいつをなんとかせんか!! 」
「いい加減うっとおしいから、抜いちまえよ、その髭」
「メイド、てめえええええええええ!! 」

―――アハト翁の髭を思いっきりつかみ上げながら、だるそうに言った。
これには、さすがのアハト翁も無視などできるはずもなく、銀時に髭を掴まれたまま、痛そうな悲鳴を上げながら、もがいた。
アハト翁は隣にいた侍女は助けを求めるが、侍女はアハト翁を助けるどころか、一瞥しただけでどうでもよさそうに言うだけだった。

「ちょっと、駄目よ、銀時!! いくらお爺様が、近くにいる人の声が聞こえないほど呆けてきたといっても、老人虐待はよくないわ!! 」
「おいいいいいい!! 今まで、そう思ってたのか!? なんじゃ、わしは、まだ、ぼけ、いでええええええ!! 」

これには、アイリも慌てて、最近になってお爺様呆けてきたんだなぁという事をバラしながら、銀時を止めようとした。
まさか、アイリスフィールからも、ボケ爺呼ばわりされたことに激高するアハト翁であったが、その間にも、次々と髭が引き抜かれていった。

「はぁ…セイバー、頼む」
「…了解したわ。ねぇ、銀時…」
「あ、何だよ? 俺はいやだぞ。俺は、万事屋だけどよ、わざわざ殺し合いの依頼を請け負うつもりなんて…」

仕方ない―――これ以上はさすがにまずいと思ったのか、切嗣は何時もの様に、セイバーに、銀時を止めてもらう事にした。
何で、私が…と不満そうな声で了承したセイバーは、銀時に呼びかけた。
一方、銀時も、ブラブラとアハト翁の髭を掴みながら、聖杯戦争に参加するのを拒否しようとしたが―――

「…足でイかすわよ(裏スキル―――足技:A」
「…喜んで付いていきます。つか、ソレだけは勘弁してください」

―――すぐさま、アハト翁を放り棄てて、冷や汗を滝のように流しながら、その場で土下座した。
ごめんなさい、調子乗りすぎました、それだけは勘弁してくださいなどなど、銀時は明らかにおびえていた。

「では、アハト翁…行ってまいります」
「なぁ、ちょっと、何で、俺、縛り付けられてるのおおおおお!! 」
「念のためよ。逃げ出すとも限らないから」

そして、セイバーの吐き出した糸に雁字搦めに拘束された銀時は、切嗣やアイリスフィールと共に日本へ行くため、引きずられるようにして連れ去られていった。
そして、切嗣達の姿が見えなくなった後、アハト翁の隣にいた侍女がおもむろに口を開いた。

「本当によかったのですか、アハト翁…?」
「仕方あるまい…うっかり、渡すべき聖遺物を間違えたなどと言えん」
「どーなってもしらねぇからな、私は」
「どうなるかの前に、せめて敬語使えよ、このアホムンクルス!! 」


第1話<戦争前夜>


時は戻って、冬木市のとある空地で、サーヴァントの召喚したウェイバーは、現われた偉丈夫の青年に、呆然としつつ、腰を抜かせていた。
とここで、ウェイバーの様子に気づいた青年は、心配そうな顔で、ウェイバーに近づいてきた。

「おや、驚かせてしまったようだなぁ。ますたぁ、大丈夫か? 」
「え? あ、ああ…だ、大丈夫だ!! え、えっと、ぼ、僕が、いや私が、お前のマスターの、ウェイバー・ベルベットですって、じゃなくてなんだ!! 」

青年の問いかけに、呆然としていたウェイバーであったが、見っともない醜態をさらしていたことに気づくと慌てて飛び起きた。
もはやいまさらという感じではあるが、ウェイバーは、精一杯の虚勢を張りながら、目の前の青年に向かって、自分がマスターであることを主張した。

「はははは。なら、契約は完了という訳だな。それがし、徳川家康―――こたびの聖杯戦争にライダーとしてともに、絆の力で聖杯を勝ち取ろう!! 」

そんなウェイバーの姿を見た青年は、面白そうに笑いながら、頷いた。
そして、青年―――ライダーは自身のクラスと真名を告げるとともに、ウェイバーと共に聖杯戦争への参戦する事を宣言した。
だが、ここで、ウェイバーは、ライダーの真名を聞いた瞬間、思わず凍りついた。

「え、徳川…家康…? え、アレキサンダー…イスカンダルじゃ…ないの? 」
「ん? 」

ウェイバーが用いた聖遺物は、マケドニア縁のもの―――本来なら、『征服王』イスカンダルが召喚されるはずなのだ。
だが、現われたライダーが告げた真名は、徳川家康という明らかに東洋―――日本人の名前だった。
まさかと思いながら、ウェイバーは、ほぼ確信めいた不安で呆然自失寸前になりつつ、首をかしげるライダーに尋ねた。

「配送する側が、聖遺物自体を間違えるなんて、何考えてるんだよ!! ちくしょー!! なんだって、こんな事に…!? 」
「まぁ、ますたぁ、そう悲観することともないと思うぞ。要するに、ますたぁが、聖遺物を盗んだおかげで、恩師には本来の聖遺物を届けられたということだ。考えようによっては、良い事をしたじゃないか」
「全然よくない!! ああ、もう、終わった…完全に終わった…」

ひとまず、ライダーは、日本が戦国時代だったころの戦国武将である事や召喚に用いた布がライダーの家紋を記した旗であることを、ウェイバーに話した。
ここに来て、事の真相に気づいたウェイバーは、渡すべき聖遺物を間違えた配送者やそもそも聖遺物についてよく調べなかった間抜けな自分自身に対し腹立たしげに頭を抱えた。
そんなウェイバーに対し、ライダーは気楽に宥めるが、ウェイバーにとっては気休めにもならなかった。
出だしから躓いた事で落ち込むウェイバーであったが、とここで、ライダーは追い打ちをかけるような事を言い出した。

「それと、これは、わし個人の方針なのだが…できれば、殺し合いは避けたいと思う」
「え、はあああああああ!! 何言ってるんだよ、お前!! 聖杯戦争で殺し合わないでどうするのさ!? 」

事もあろうにライダーは、魔術師とサーヴァントによる殺し合いである聖杯戦争に召喚されながら、殺し合いを避けようと宣言しだしたのだ。
あまりの理不尽な展開に頭を痛めていたウェイバーは、声を上ずらせながら、逆上した。
だが、ライダーは、ウェイバーの言葉に臆することなく、真正面から向き合いながら、静かに微笑みながら、告げた。

「わしは、<力>ではなく、<絆>の力でこの聖杯戦争に挑もうと思う。できることなら、他のサーヴァント達とも絆を結びたいとも思っている。わしの望みは聖杯を奪うためではない。わしは―――絆の力によって、この聖杯戦争を制し、聖杯を得たいのだ。だから、そのために…ますたぁ―――うぇいばぁ、力を貸してほしい」
「…勝手なことばかり言って!! 絆、絆っていうけど、もし、戦いになったら、何か勝算でもあるのか!? 」

<絆>の力で、聖杯戦争を終わらせる―――確固たる意志を持ったライダーの宣言に、わずかな間、ウェイバーは言葉を失いながらも、思わず頷いてしまった。
だが、自分がライダーの言葉にうなずいた事に気づいたウェイバーは、マスターとしての立場を思い出し、半ば当たり散らすようにライダーを詰問した。

「…それだけ言うなら、その絆の力ってやつを僕に見せてみろよ」
「そうだな…確かに、戦いを避けられぬ場合もあるかも知れん。力なき者の言葉など、誰ひとり認めない。無論、そうなった時は、わし自身が、<絆>の力で闘うつもりだ。そのために、<本多忠勝>―――出陣だぁ!! 」

確かに、ライダーの能力値は優れているが、それだけでは聖杯戦争に勝ち残れるほど甘くはないと、ウェイバーは納得しかねていた。
それに、あくまでマスターである自分が主導権を握っているのだと主張したいウェイバーは、必要以上に挑発的な言葉で、精一杯の空威張りでライダーをにらみつけた。
対するライダーは、微塵も揺らぐことなくウェイバーを見据えながら、闘うべき時には闘う事を告げた―――この時、ウェイバーには、ライダーの瞳に悲しげな翳をたかのように見えた。
そして、ウェイバーに<絆>の力を見せる為に、ライダーは、星以外何もない空に向かって、声をあげた。

「本多…忠勝…? 誰だよ、それ…? 」

聞いた事もない名前に怪訝な顔を浮かべるウェイバーであったが、空を見上げた瞬間、ある異変に気づいた。
突如として、夜空に瞬いていた星の一つが流れるように、落ちていったのだ。

「流れ星…? いや、この音は…こっちに近づいてきてる!? 」

最初は、ただの流れ星だと思っていたウェイバーであったが、それは唸りを上げる轟音とともに、こちらに向かってきていたのだ。
そして、青白い爆炎と唸りを上げる轟音と共に飛来したそれは、ウェイバーとライダーの間に割って入るように、着地した。

「うわ、わわわわわあわ…!! ろ、ロ、ボボ…ット…!! 」
「…」
「これが、英霊となった後も、わしと深き絆で結ばれた家臣―――戦国最強・本多忠勝だ」

現われたそれを見た瞬間、驚きでろれつの回らない言葉を喋りながら、ウェイバーは再び腰を抜かした。
だが、それは無理からぬことだった。
胸も、脚も、腕も、頭も、常人に数倍する身体に、その体を隙間なく覆った黒鉄の重装甲。
巨大な腕に握られているのは、ドリルを取り付けた槍。
そして、鉄鹿角の大脇立―――これこそ、英霊となったライダーとの深い絆で結ばれた徳川軍の守護神にして、戦国最強の異名を持つ本多忠勝だった。
さして自慢する風もなく紹介するライダーであったが、ライダーが長年共に過ごし、ともに闘ってきた証なのか誇らしげな笑みを浮かべていた。

「とはいえ、わしの宝具はもう一つあるのだが…まぁ、それはおいおい機会があれば、見ることもあるだろう」
「…」

そう告げるライダーを前に、ウェイバーは畏怖の目で眺めながら、言葉を失った。
魔術師であるウェイバーだからこそ、この本多忠勝の破壊力は理解できた。
対人・対軍・対城―――その全てに対応できる力をこの本多忠勝は秘めているのだ。
もはや、ライダーは、ウェイバーの望みいる最強のサーヴァントと呼ぶにふさわしかった。

「では、早速、絆を結びにいこう、ますたぁ」

そんな事を考えながら、腰を抜かしたままのウェイバーに、ライダーはいつもと変わらない太陽のような笑顔を向けて、手を差し出した。
もっとも、その数十秒後、家康と共に、空を飛ぶ忠勝の背中に乗ったウェイバーの絶叫が、冬木市の空に響き渡るのであったが…



まず、桜に呼び出されたサーヴァント―――バーサーカーが感じたのは不快感だった。

「…」

ただ一人になりたかった―――バーサーカーの願いはただそれだけで、だからこそ、想像を絶する域でそれだけを願い続けていた。
そして、ようやくそれが得られると思った瞬間、バーサーカーはここに呼び出されていた。
やっと得られる筈だった平穏を奪われたバーサーカーは、苛立ちをあらわにしながら、目の前にいる塵共を見つけた。

「雑音雑音、雑音雑音雑音雑音雑音雑音!! 雑音雑音雑音、雑音雑音雑音!!(見事じゃ、これほどのサーヴァントを呼び出すとはのう!! 勝ったぞ、この聖杯戦争!!)」

その塵共の中で、何やら一番臭い塵が、訳のわからないことを囀っていた。
煩い、消えろ、俺の平穏を汚すな―――そう思ったバーサーカーはゆっくりと立ち上がりながら、一番臭い塵の後ろに立った。

「雑音、雑音雑音雑音…(さて、早速令呪の移し替えを…)」
「塵が…うるさい」

うるさく囀り続ける一番臭い塵を、煩いと思ったバーサーカーは、ただ腕で払いのけた。
ただ、それだけで、一番臭い塵は、上と下に千切れた。
一番臭い塵は、払いのけられた上半身を壁に叩けられて染みとなり、下半身はどす黒い液体をまき散らしながら、崩れ落ちた。
唖然とする残りの塵どもだったが、尚もバーサーカーの苛立ちは収まることはなかった

「ああ、臭い、臭い、臭い!! 俺の体に、塵の臭いがあああ!! 増えるな、纏わりつくな!!穢らわしいぞ、消えてなくなれ!! 」

一番臭い塵から飛び散った血がこびり付いた事に苛立つバーサーカーであったが、その不快感は一気に増していった。
一番臭い塵―――臓硯の肉体が破壊されたために、肉体を再生させようと、蟲蔵にいた蟲達がはいずり出てきたのだ。
塵が、塵が、塵が―――塵が消え失せろよ!! 

「滅尽滅相っ!! 」

そして、バーサーカーは躊躇うこともなく、自分の中にある塵―――宝具を発動させた。
浮かび上がるのは、バーサーカーの背後で、後光のごとく輝く卍曼荼羅―――そこには八つの蓮座に座る七人の男女が描かれていた。
それは、かつて、己の渇望する法を流し、その法によって森羅万象を司るという場所―――<座>にいたバーサーカーが受け継いだ、歴代の座を治めていた者たちの残滓だった。
バーサーカーは、歴代の座を治めていた者たちの残滓を、使い捨ての宝具とすることで、彼らの能力を再現・行使することが可能なのだ。
これこそが、バーサーカーの持つ宝具<大極―――大欲界天狗道>だった。

「アクセス―――我がシン」

そして、蟲達を駆逐しようとするバーサーカーによって紡がれた言葉によって、卍曼荼羅から呼び出されたのは、哲学者めいた若い男の姿だった。
それは、人間ならば誰しもが持つはずの原罪(よくぼう)を否定し、機械のように整然とした合理性と数式の世界―――天道悲想天を統治していた者の残滓だった。

「まず感じたのは<悲嘆>―――求めしものは救世。なぜ奪い、なぜ殺し、なぜ憎む人の子よ。ああ、なぜ、私はこんなに罪深い。ならば清めん…原罪浄化せよ―――悲想天!! 」

故に、臓硯の悪性ともいえる蟲達を消し去るのに、もっとも相応しいとも言えた。

「―――ケララー・ケマドー・ヴァタヴォー・ハマイム・ベキルボー・ヴェハシェメン・ベアツモタヴ」

哲学者めいた男の口から紡がれる呪文とともに、蟲達は慌ただしげにうごめき始めた。
一刻も早くここから逃げなければ―――身の危険を感じた蟲達であったが、時すでに遅かった。

「されば六足六節六羽の眷属、海の砂より多く天の星すら暴食する悪なる虫ども。汝が王たる我が呼びかけに応じ此処に集え」

呪文が紡がれるとともに姿を見せたのは、ここにいる蟲達を上回る数の、それこそ海の砂を思わせるほどの蝗の大群だった。
蟲蔵のいたるところを埋め尽くし、六枚の翅を慌ただしく羽ばたかせた蝗の大群を前に、逃げ場を失った蟲達に為すすべなどなかった。

「そして全ての血と虐の許に、神の名までも我が思いのままとならん。喰らい、貪り、埋め尽くせ―――来たれゴグマゴグぅ!! 」
「――――――!! 」

そして、哲学者めいた男が呪文の結びを口にすると同時に解き放たれた蝗達は、声なき断末魔の悲鳴をあげる蟲達と襲いかかった。
浄化せよ、浄化せよ、お前はこんなに罪深い―――悪性を喰らい尽くさんと蝗の大群は、飢えた暴食の具現として、蟲達と次々と貪り喰らっていく。
やがて、蟲蔵にいた蟲達全てが駆逐されると同時に、役目を終えた哲学者めいた男の姿が砕け散った。
ようやく煩わしい塵が消えたと喜んでいたバーサーカーであったが、すぐさま、それを見つけた瞬間、不快感へと変わった。

「何だ…まだ、塵がいたのか」

バーサーカーの目の前には、ボロボロの塵が、小さな塵を大事そうに抱えていた。


蟲達を貪りつくした蝗の大群から守るように桜を抱えていた雁夜は、目の前で起こった出来ごとにただ驚愕していた。

「宝具を…使っただと…!! 」

本来、サーヴァントにとっての最終武装である宝具を、バーサーカーは、いらぬ塵を投げつけるように使用したのだから、雁夜が驚くのも無理はない。
付け加えて、本来、バーサーカーとして呼ばれたサーヴァントは、固有スキルである<狂化>によって理性を奪われているはずなのだ。
だが、桜の呼び出したバーサーカーは、会話が成立しないことを除けば、理性が奪われているようには見えなかった。
とここで、雁夜は、すぐさま、自分が抱えている桜に目を向けた。
マスターの消耗の激しいバーサーカーがあれほどの宝具を使用したのだ―――当然、桜の魔力回路が持つはずがない!!

「さ、桜ちゃん、大丈夫かい!? 桜ちゃん!! 」
「ん…雁夜、おじさん…?」
「良かった…桜ちゃん、大丈―――」
「…あ」

いつの間にか意識の失っていた桜に、最悪の事態を想像した雁夜は、必死になって呼び掛けた。
だが、雁夜の声に気付いたのか、桜はまるで何事もなかったかのように意識を取り戻した。
安堵の笑みを浮かべる雁夜であったが、桜は雁夜から離れると、バーサーカーの前に立って、尋ねた。

「…私は、塵ですか? 」
「臭いぞ、鼻が曲がる―――塵屑が消えてなくなれよ」
「ああ…」

自分を卑下するかのような桜の問いに、令呪を通じて、桜が自分と触れている事に苛立つバーサーカーは、桜の言葉に耳を貸すことなく断言した。
先ほどの臓硯と同じく桜を払いのけようとするバーサーカーを見て、桜は心の底から笑顔を見せ、安堵のため息を漏らした。
この人は躊躇いもなく、自分を殺してくれる―――桜は、死ぬ事すら許されない地獄のような人生を終わらせてくれるバーサーカーに感謝さえしていた。

「…さっきの塵の臭いがする。こんな塵なんかに触りたくない」
「え…? そんな…!? 」

だが、桜の意に反して、バーサーカーは、不意に桜を払いのけようとした腕を止めた。
それは、桜の態度に不信に思ったわけでも、まして、桜に情けをかけたわけでもなかった。
ただ、先程の臓硯と同じ臭い―――臓硯の一部である蟲達に体を犯されたために蟲の臭いがこびり付いた桜に触りたくないという極めて自分勝手な理由だった。

「そんな…!! 殺してくれるって…そんな…嘘だった…」

バーサーカーの言葉を聞いた瞬間、安堵の笑みを浮かべていた桜の顔は、涙を流し、困惑と絶望に満ちた悲哀の表情に変わった。
桜は、絶望と諦観という鎧によって精神を麻痺させることで、間桐家の魔術修行という名の虐待の苦痛から、自分の心を護っていた。
だが、バーサーカーによって、死という希望を与えられかけたことで、桜の心を護っていたその鎧は奪い去られてしまった。
故に、自分の死が叶わないことを知った桜の心身は、その反動で壊れかけようとしていた。

「塵が煩わしい、気持ちが悪い!! でも、塵の臭いを俺の体につけたくない!! あぁ…!! 」

しかし、バーサーカーは、自分のマスターである桜の心情に一切構うことなく、自分のままならない状況に当たり散らすように声を荒げた。
―――自分にへばりつく、この塵をどうにかして消したいが、臭いがこびり付くから触れない!! 
―――ああ、俺を勝手に呼び出して。俺の平穏を乱すな、塵が!! 
―――聖杯戦争? くだらん願いを叶える為に、塵同士の争いに俺を巻き込…ん?
とここで、バーサーカーは、聖杯が万能の願望機であることを思い出した。
俺は俺だけで満ちているからそんなものには欠片も興味はないが―――ちょうどいい。

「そうだ…アレを、あのガラクタを使えばいいんだ…なぁんだ。簡単じゃないか」
「…? 」
「俺にお前のような塵屑などいらない。だが、俺は、お前のような臭い塵に触りたくもない。だから―――」

独り言を言いながら下種な笑みを浮かべるバーサーカーに、泣き続けながら桜は首をかしげた。
そして、バーサーカーが聖杯に叶える願いを口にした瞬間、再び、桜は笑顔を取り戻した。


どうして、こうなったんやろなぁ―――それが、関東に拠点を置く広域暴力団<東城会>傘下の真島組組長:真島吾朗が、自分の置かれた状況に対する感想だった。

「まぁ、何や…こら予想外ちゅうかなぁ」

真島は、首をかしげて、ぼやきつつ、これまでの経緯を思い出していた。
切っ掛けは、真島が、冬木市に居を構える藤村組への用事を済ませ、ホテルに帰ろうとした時のことだった。
ふと、帰り道にすれ違った無気力そうな青年とすれ違った瞬間、その青年からここ最近真島が嗅ぎ慣れている臭い―――こびり付いた血の臭いを感じたのだ。
最初は気のせいかと思った真島であったが、嫌な予感がしたため、先程の青年を探し回った。
結局、真島は、とある民家で、青年を見つける事が出来た―――家人思しき者の血で書かれた魔法陣のような模様の前で、青年が生き残りである少年を脅して、ケタケタと笑っている時に。

「とりあえず、あのイカレしばき倒して、坊主を助けたんやけど…」

すぐさま、真島は、問答無用で、青年を顔の形が分からなくなるほど殴り倒した。
ひとまず、青年を縛った真島が生き残った少年を話しかけようとした瞬間、真島は、右手の甲にするどい痛みが走ったかと思うと、刺青のような模様が刻まれていた。
それと同時に、真島の背後にあった血で描かれた魔法陣も輝き始めていた。
次々と起こる不可思議な現象に驚く真島に対し、生き残った少年は怯えるようにして、真島が殴り倒した青年が悪魔を呼び出そうとしていたこと話した。
それを聞いた真島は、すぐさま、生き残った少年を逃がすと、なんと青年が呼び出した悪魔を闘おうとしたのだ。

「…正直な話、ワクワクしたんやで。そらそうやろ、本物の悪魔とタマの取り合いやらかせるんやからなぁ」

生粋の武闘派極道である真島は、普通の人生ならばあり得ない状況に興奮しながら、悪魔が姿を見せるのを待った。
とりあえず、角とか蝙蝠の羽を持っているのか確認してから殴ろうか―――そんなことを考えながら、真島はその凶暴な暴力衝動を開放しようとしていた。

「せやけど…出てきたんは―――」

だが、現れた悪魔を見た瞬間、テンションが最高潮に達していた真島は拍子抜けすることになった。
その直後、逃がした少年が呼んだのかパトカーのサイレンが近づいてくるのに気付いた真島は、出てきた悪魔を抱えると、その場から立ち去って行った。
そして、街の裏路地に逃げ込んだ真島は、気落ちした声で、連れてきた悪魔を見た。

「随分な言いようね、マスター…」
「―――こないな女子やからなぁ」

見るからに真島の想像した悪魔の姿とは程遠い、長い銀髪と碧の瞳を持つ、黒いドレスを着た少女―――青年の魔法陣で呼び出されたサーヴァント:キャスターだった。
とはいえ、すっかりやる気をなくした真島であったが、キャスターが、ただの少女とは思っていなかった。
姿かたちは少女であったとしても、真島はキャスターの仕草や目から、彼女が人を惑わし、破滅させる妖女の類であると直感で理解していた。

「んで、その聖杯戦争ってのは、なんやねん? 」
「…どうやら、本当に何も知らないみたいね」

とここで、真島は、キャスターが呼び出された際に言った<聖杯戦争>という事について問いかけた。
真島の問いに対し、キャスターは、自分を召喚したマスターである真島が、魔術の知識のない一般人であることを悟り、聖杯戦争についての一通りの説明をした。

「つまり、英雄集まって喧嘩ちゅうこっちゃな!! なんやごっつ楽しい祭りやないか!! そら、参加せな、損やな!! くぅ〜たのしゅうなってきたで!! 」
「…魔術の知識のない一般人が参加するつもりなの? 」
「ドアホ!! 魔術やらなんか知らんけど、そないなもんビビって、極道やれるかちゅうや!! 」
「はぁ…」

そして、キャスターから聖杯戦争について説明を聞き終えた真島は、先程までの落胆ぶりが嘘のように無くなり、興奮のあまり喜びの声を上げるほど、テンションが上がっていた。
英霊という喧嘩し甲斐のある連中と命をかけて闘える機会を、狂犬と称されるほど好戦的な真島が見逃すはずもなかった。
あまりの乗り気振りに若干戸惑うキャスターであったが、真島は意に返すこともなく、まだ見ぬ英霊たちとの本気の喧嘩に、気持ちを高ぶらせていた。

「典型的な戦闘狂ね…でも、暗示の手間は省けたわ」

そんな真島を冷めた目で見ながら、キャスターはいらぬ手間をせずに済んだことに安心した。
―――一応、マスターは魔術の知識のない一般人ではあるが、戦闘能力はそれなりにあるようだ。
―――この男なら、自分の持つ宝具を使えば、サーヴァント相手でも、ある程度は善戦できるだろう。
―――魔力の供給も期待できないだろうが、自分の宝具ならば、戦闘に何の支障もない。
そんな事を考えながら、キャスターは聖杯に託す願いに思いをはせた。

「今度こそ、今度こそ…貴方の望みは叶うわ―――ヴェラード」

そう呟いたキャスターの姿は、普段の人を惑わす妖女ではなく、まるで想い人に恋焦がれる一人の少女だった。



―――とある空港

「ここが、切嗣の生まれた国…銀時もこの国の出身だったわね? 」
「ん、まぁな…けど、俺のいた世界とはだいぶ違うみてぇだけど」

飛行機から降りてきたアイリスフィールは、生まれて初めて見る本物の景色に目を輝かせながら、続けてタラップから降りてくる銀時に問いかけた。
一方、銀時は、あまりに自分のいた日本とは違いすぎている為なのか、さして懐かしむわけでもなく、いつもの調子で、そっけなく答えた。

「ところで、セイバーはもう降りてきたかしら? 」
「んーもう、降りてきているはずだぜ―――」

とここで、アイリスフィールは、一緒にこの飛行機に乗ってきたであろうセイバーの事に気付いて、銀時に尋ねた。
体をほぐすように、背伸びをしていた銀時は、アイリスフィールに対し、飛行機から降りてきたセイバーを、親指を立てながら、後ろ向きで指差した。

「―――貨物室から」
「よく考えれば、霊体化すれば良かったのよね」

―――より正確を記すならば、他の荷物とともに運ばれていくセイバーの入ったコンテナをだが。
運ばれていくセイバーの入ったコンテナを見ながら、今更のように、アイリスフィールはポツリと呟いた。

「荷物扱い…この勢洲右衛門尉村正が荷物扱い…うう…景明ぃ…」

そのコンテナの中で、セイバーは、かつての仕手であった男の名前を呟きながら、荷物扱いされた我が身に対し、涙を流していた。


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