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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第2話:聖杯戦争、開幕
作者:蓬莱   2012/07/09(月) 00:24公開   ID:.dsW6wyhJEM

「ふむ、そうか…アインツベルンも、冬木市に到着したか」
『はい。アサシンからの報告によれば、アインツベルンのマスターは、サーヴァントと共に、冬木市の市街地にいるとの事です』

綺礼からの報告を受け取った時臣は、今後の計画について、しばし考え込んだ。
本来なら、綺礼の召喚したアサシンに、他のマスターやサーヴァントの情報を収集させる手はずであった。
しかし、綺礼の呼び出したアサシンは、とある方法で敵の位置を予言する宝具を除けば、ステータスや気配遮断スキルが低く、お世辞にも戦闘どころか、諜報活動にさえ役に立つとは思えないサーヴァントだった。
一応、敵の位置さえわかるならば、情報を収集できる術を、時臣のサーヴァント―――アーチャーが持っていた事は幸いだった。

「…分かった。では、アサシンには引き続き、他のマスター達の居場所を探ってもらいたい。こちらも、増援を出そう」
『了解しました』

ひとまず、考えをまとめた時臣は、綺礼に指示を出した後、やれやれと席を立った。
とここで、時臣は、砕け散った化石を目にとめると、思わず深くため息をついた。

「ふぅ…まさか、これほど計画が狂うとは…」

まさか、自分の娘に出鼻を挫かれるとは、時臣は考えもしていなかった。
仕方なく、時臣は、璃正神父が代わりに用意した聖遺物で、アーチャーを召喚することができた。
だが、時臣にとって、ここでも誤算が生じることになった。
呼び出された少年―――アーチャーと少女型自動人形ことホライゾン・アリアダストは、一人と一体で、一体のサーヴァントという変則的なサーヴァントだった。
両者共にステータスこそ低いものの、ホライゾンは強力な対城宝具を所持していた。
また、アーチャーも戦闘支援という意味では強力な宝具を有していた。
だが、それを帳消ししてしまうほどの弱点を、アーチャーは抱えていたのだ。

「悲しみの感情を得た瞬間に消滅する―――これほど、扱いづらいサーヴァントを選んでしまうとは…」

悲しくなれば、消滅する―――強力な宝具を使用する為に、アーチャーに課せられた代償だった。
そして、時臣にとっても、アーチャーに課せられた代償はデメリットが大きかった。
苦渋の決断だったが、時臣は、当初の計画を大幅に変更せざるを得なかった。
しかし、時臣も、ただ、それを嘆くだけの男でもなく、即座に、アーチャーの持つ別の宝具を活用することで、時臣は新たな計画を作り上げたのだ。
常に余裕を持って優雅たれ―――遠坂家の家訓に忠実であり続けた時臣だからこそ、為し得た事だった。

「ふっ…そう、遠坂家の家訓を担う者として…」
「あっ、トッキーじゃん。どうしたんだよ? 」
「少しばかり相談があるのだが…その前に、アーチャー、何をしているのかね? 」

自身の矜持を再確認し、気を持ち直した時臣は、アーチャーのいる部屋に入った瞬間、思わず固まった。
そこには、いつも笑顔で時臣に軽い調子で返事をしながら、エロゲーをプレイしているアーチャー(全裸)がいた。
まぁ、全裸については、何時も通りなので、あえて突っ込まない時臣であったが、どうしても聞かねばならない事があった。
時臣は、そのディスプレイに映る画像―――時臣の妻である遠坂葵によく似たキャラを指差した。

「ん、いや…これから、聖杯戦争始まるまで、奥さんと娘さんと離れ離れじゃん。だから、トッキーが寂しいといけないと思ってよ。奥さんをモデルに自作のエロゲーを徹夜で作ったんだぜ。今、試しプレイしているんだけど、結構いい出来だぜvこれで、独りの夜には、役立ててくれよ」
「アーチャー…」
「ん、どうしたんだよ、トッキー? 」

次の瞬間。
たまたま、遠坂邸を通りがかったとある女子高生は、二階の壁を突き破って、全裸が外に投げ出されるのを目撃した。


第2話<聖杯戦争、開幕>


その後、時臣は、アーチャーを即座に回収し、目撃者である女子高生に暗示をかけて、記憶を消した。
後始末を終えた時臣は、気絶するアーチャーを地下工房まで連れて行き、深いため息をついた。

「私とした事が、この程度の事で取り乱すとは…まだまだ未熟ということか」
「…まぁ、そんなに落ち込むなよ、トッキー」
「…それは、君が言って良い言葉じゃないと思うのだが? まぁ、それはともかく、アインツベルンのマスターが冬木市に到着したようだ」

遠坂家の家訓に反する事をし、自己嫌悪に陥る時臣を、アーチャー(服着用)は、いつもの調子で笑いながら、慰めるように時臣の肩を叩いた。
固有スキル:ボケ術式の恩恵なのか、全然ダメージのないアーチャーに対し、時臣はもう一発ぶん殴ろうかなという感情を抑えつつ、あくまで余裕を持って優雅に、綺礼からの情報を教えた。

「ってことは、これで、聖杯戦争の参加者全員が冬木市に来たってことか」
「ああ、そうだ。マスター達の居場所についてはアサシンの能力で特定できた。だが、アサシンの能力だけでは、状況の把握に今ひとつ不安が残るのが現状だ。そこで、アーチャー…君の持つ宝具が、今後の戦局を握る事になる」
「Jud.任せてくれよ、トッキー。んじゃ、聖杯を取りに行こうか、皆―――頼りにしてるぜ? 」

聖杯戦争がいよいよ始まる事を知ったアーチャーに対し、時臣はいつにもまして真剣な顔つきで、アーチャーを見据えた。
確かに、アーチャーは、字名を<不可能男>と称するように、サーヴァントとしての能力はかなり低い。
だが、アーチャーは、その不利を覆す宝具を有していた。
アーチャーが、誰かに始まりを伝えようとする言葉を言った瞬間、アーチャーの背後に眩い光が迸った。

「「「「「「「Jud.」」」」」」」

そして、光がおさまると同時に、アーチャーの背後に、彼らは声を揃えながら姿を現した。
―――金の六枚翼を持つ金髪少女と黒の六枚翼を持つ黒髪少女。
―――帽子を目深に被った犬臭い少年と、彼に寄り添う全身に傷跡がある金髪巨乳な少女。
―――背中に鋼の翼を持った機械の竜と、両腕両脚を機械の義肢として黒の長髪を流した長髪の女。
―――小さなアリクイを肩に乗せた男装した長い黒髪の少女と、槍を手にした、武人としての凛々しさ漂わせる黒髪ポニーテールの少女。
―――弓を手にした長い黒髪をリボンで結った黒と緑のオッドアイの巫女と、腕を組みながら、笑みを浮かべる茶色いウェーブヘアの少女。
その他、バケツヘルメット被った大男やカレーを持ったインド系の少年、スライムなどなど―――かつて、アーチャーと共に駆け抜けた仲間たちがここに集結していた。
これが、アーチャーの持つ第一の宝具―――アーチャーの仲間たちをサーヴァントとして召喚する宝具:<境界線への走者達>だった。

「皆、来てくれたんだな。んじゃ、点蔵、出番だぜ」
「まずは、自分の出番でござるな、マスター殿」
「そうだ。君には、綺礼とアサシンと共に、敵のサーヴァントについての情報を収集してほしい」
「Jud.」

集結した仲間たちを一人一人見まわしたアーチャーは、帽子を深く被った少年―――諜報担当の点蔵・クロスユナイトの名を呼んだ。
名を呼ばれた点蔵は、時臣の指示―――綺礼とアサシンとの共同作業の任を受けると、即座に行動を開始しようとした。

「なら、ついでに、今週発売のエロゲー関連の雑誌もよろしくな」
「この世界の市場経済についての雑誌も頼む」
「あ、インク切れちゃったから、買ってきてね」
「私も…葵と凛の様子も見てきてほしい。まぁ、余裕があればだが…」
「ぱ、パシリ…!! この世界でも、自分、完全にパシリ扱いでござる!! って、マスター殿まで、自分をパシリ扱いで御座るか!? 」

が、アーチャーを筆頭に、仲間たちは次々と買い出しヨロシクーと、点蔵をパシラせようとしていた。
そして、時臣も、凛と葵の事がやっぱり気になるのか、皆の声に紛れるような声で呟いた。
もしかして、自分のサーヴァントとしての称号はパシリでござるか―――あまりのパシリ扱いに、点蔵はそう思わずにはいられなかった。

「んじゃ、しばらく、トッキーは引き籠っているわけだな。トッキー、ヒッキーになるってわけか」
「ああ、そうだ。だが、ヒッキーは止めてほしいところだが…」
「ト、アーチャー様、そろそろよろしいでしょうか? 」

そんな点蔵をスルーしたアーチャーは、時臣が工房に籠り、情報収集に徹することを確認した。
時臣も方針そのものについては肯定しつつ、少し先の未来で、不名誉な呼び名になりそうな言葉についてはやんわりと拒否した。
とここで、アーチャーの真名を呼びそうになった少女の姿をした自動人形―――ホライゾンが、工房に入ってきた。

「ああ、いいぜ。んじゃ、トッキー。俺、いつものところに、ホライゾンと出かけてくるから。後、よろしくなー」
「では、行ってまいります、マスター」

ホライゾンが工房に入ってきたと同時に、アーチャーは、すぐさま、ホライゾンに返事を返した。
そして、時臣に行き先だけ告げると、後の事は、時臣と仲間たちに任せ、アーチャーは、ホライゾンと共に工房を出て行った。

「ふぅ…また、外に出かけて行ったのか」

ホライゾンと共に出掛けて行ったアーチャーを見送った後、時臣は遊び癖のあるアーチャーの行動にため息をつきながら、肩を落とした。
一応、魔力供給の経路を通じて、時臣は、アーチャーの居場所などはある程度把握できるが、街でのアーチャーの奇行など正直あまり知りたくない事のほうが多かった。

「アーチャーは、よっぽど気にいったようだな…あのたい焼き屋」

その中で、アーチャーが外に出かける際に、必ず、公園にて、出店を開いて、たい焼きを売っている老人のところに立ち寄っていた。
最初に、アーチャーが外に出かけた際に、公園で知り合ったのが切っ掛けで、立ち寄るようになったらしい。
実は、時臣も、そのたい焼き屋の老人については、一度だけ出会った事があった。
以前、結婚前に、葵に連れられて、このたい焼き屋のたい焼きを食べた事があったのだ。
おのれの世界以外興味のない時臣であったが、思わずに美味しいと思わず口にしてしまったのは良い思い出だった。

「…まぁ、警察には気をつけてほしいな」

そして、時臣は、この前、アーチャーが全裸で街に出ようとした時の事を思い出しながら、呟いた。
―――街中で全裸になるとか、奇行に走らなければ、他に何も望まない。
そんな事を考えながら、時臣は、主にアーチャーが警察の御厄介になる事がないように、切に願った。



銀時とアイリスフィールが、冬木市にたどり着いたのは、夕日が西の空に浮かび始めた頃だった。

「凄い活気ねぇ…」
「そうか? まぁ、あの城に比べたら、確かにそうだけどな」

家路を急ぐ者、友達と遊びに出かける者、夕飯の買い出しに出かける者―――慌ただしく動く街の雑踏の様子に、アイリスフィールは、目を輝かせて、驚きの声を漏らした。
もっとも、隣に立つ銀時の方は、別段珍しくもないのか、アインツベルン城にいた頃を比べながら、そっけなく答えるだけだった。

「…んで、この後はどうするんだよ? 」
「そうねぇ…切嗣と合流するまでは、当面は状況に応じて、臨機応変に対応していこうかしら」
「つまり、何もすることはねぇんだよな」
「うん…そうなんだけど…」
「しゃーねぇなぁ…」

ひとまず、今後の予定について尋ねる銀時であったが、アイリスフィールは、切嗣との合流まで何もすることがないと答えた。
できれば、さっさと街のはずれにある城で休みたいと思っていた銀時だったが、アイリスフィールは、ちらちらと周囲の雑踏を横目で見ながら、言葉を濁した。
―――まる分かりだっての、そんな顔してれば。
きまり悪そうにうつむくアイリスフィールを見ながら、そう思った銀時は、やれやれといった様子で頭をかいた。

「なら、ちょっと街中をぶらぶら歩きながら、下見でもしようぜ」
「え…!? ちょ…良いの、銀時? 」

そして、銀時は、アイリスフィールの手をつかむと、冬木市の街中に向かって、歩きだした。
予想外の銀時の行動に、てっきり反対されると思っていたアイリスフィールは驚き、一緒に歩きながら、思わず銀時に尋ねた。

「良いも悪いもねぇよ。あんたが子供みたいに目ん玉輝かせて、街を見て、はしゃいでいるんだぜ。そんなんで、嫌だって言えねぇっての。ま、旦那じゃないのは悪いけどよ」
「…ありがとう、銀時」

アイリスフィールの問いに対し、銀時は、仕方ないという言い方ではあるが、言葉ほど嫌がるそぶりもなく、むしろ楽しげに軽く答えた。
そんな銀時の心遣いに感謝しながら、アイリスフィールは手を握りかしながら、礼を言った。
もっとも、二人のやり取りに対し、一人―――正確には、一体だけ不満に思っているものがいたが。

『随分と楽しそうね…私には周囲の警戒やらせといて…後、荷物扱いして』
『仕方ねぇだろ。まぁ、今日ぐらいは、楽しませてやってもいいじゃねぇか。後、荷物扱いは悪かったって言ったじゃんかよーしつけぇての』

とその時、心の底から恨みがましそうに毒づくセイバーの声が、銀時の頭の中に響いた。
比較的探索能力のあるセイバーには、霊体化させて、周囲の警戒を任せてあるのだが、その声は、明らかに機嫌が悪そうだった。
セイバーの声を聞いた銀時は、渋い顔をしながら、投げやりに謝った。
おそらく、霊体化しているのだろうが、嫌みを含んだセイバーの言葉から察するに、荷物扱いされた事を根に持っているようだった。

「どうかしたの、銀時? 」
「いや、何でもねーよ。それより、食事はどうすんだ? 」
「それなら―――」

いきなり、顔を歪ませた銀時に不安そうに尋ねるアイリスフィールだったが、銀時は、すぐさま、表情を元に戻しながら、大丈夫だと答えた。
とりあえず、話の話題を変えて、気分を持ちなおそうとする銀時と、どこか行き先を提案するアイリスフィールは、冬木の街中を歩いて行った。

「…見つけた、マスター」

―――タイルの隙間から、小さな手足の生えたトランプカードのようなモノが、銀時とアイリスフィールの姿を見ていた事に気付かず。



その後、銀時とアイリスフィールは食事や市井の遊びに興じつつ、冬木の街中を歩きながら、楽しいひと時を過ごした。
そして、人気もまばらになり、夜も更けてきたころ、海が見たいというアイリスフィールの提案で、二人は広い海浜公園を散策していた。

「どうだったよ、今日一日? 」
「ええ、とても楽しかったわ。ありがとう、銀時」
「別に良いっての。でも、あんただって、本当は旦那と一緒のほうが良かったんじゃねぇのか? 」

人気のない歩道を歩きながら、今日一日の感想を尋ねる銀時に、アイリスフィールは子供のような満面の笑みで答えた。
アイリスフィールの笑顔を見た銀時は、照れ隠しのように顔をそむけながら、いつものように軽口を叩いた。
だが、銀時の言葉を聞いたアイリスフィールは、顔を曇らせながら醒めた微笑を浮かべた。

「ううん…駄目よ。辛い想いをさせてしまうから」
「そんな事ねぇだろ。いくら、切嗣でも…ひょっとして、女に興味がない? つか、男に目覚めたとか!? うわ、俺、もしかして、貞操の危機にあったの!! 」

悲しげにそう言うアイリスフィールに、銀時は、思わず首をかしげるが、ふと何かに気付き、愕然とした顔になった。
―――まさか、切嗣の野郎…こんな美人の奥さんいるのに、男色だったのか!?
―――俺の穴、もしかして、あの城にいる間、ずっと狙われていたのかよ!!
予想もしてなかった切嗣の性癖に気付いた銀時は、思わずドン引きしながら、怯えるようにガクガクと震えた。

「そうじゃなくて!! 多分、切嗣も、私と同じくらい幸せを感じてくれると思うの。ただ、あの人は幸福を苦痛に感じてしまうほど、自分自身を罰しているの…」
「自分自身をねぇ…」

さすがに、自分の夫を男色家扱いされるのは我慢できなかったアイリスフィールは、銀時にむかって頬を膨らませながら、否定した。
そして、再び、アイリスフィールは顔を曇らせながら、最愛の夫である切嗣について語った。
―――自分の幸せを苦痛と感じてしまうほどの罰を背負った男。
アイリスフィールから語られたその言葉に、銀時は何やら複雑な事情がある事を感じた。

「理想を追いかけて生きるなら、もっと冷酷にならなきゃいけないのに…」
「…」

今もこの街のどこかにいる切嗣の事を想いながら、アイリスフィールは遠いまなざしで夜の海を見つめた。
そんなアイリスフィールの姿を見た銀時は、ここにはいない切嗣に対して、少しだけ苛立ちを覚えた。
―――切嗣…てめぇの事を大事に思っている奴ぐらい、ちゃんと自分で背負えよ、あのヤロー。
とその時、周囲を警戒していたはずのセイバーの声が、銀時の頭の中に響いた。

『銀時…敵のサーヴァントよ。これは、こっちを誘っているわ』
「了解…アイリスフィール、そろそろ始まりそうだぜ」

セイバーからの念話を聞いた銀時は、自分の得物である木刀を手にしながら、アイリスフィールに注意を促した。
しかし、敵のサーヴァントは、まるで挑発するかのように気配を放ちながらも、銀時たちに近づくのではなく、ゆっくりと遠ざかり始めていた。

「律義なのね。戦う場所を変えて、真っ向勝負とみるべきかしら」
「ま、とりあえず…誘いに乗ってやりますかねっと」

これが敵の誘いである事を知ったアイリスフィールは、少しも慌てることなく、銀時の方を見た。
戦争が始まるって時に、自分たちを信頼してくれるアイリスフィールの期待に応えるべく、銀時はいつものように面倒くさそうに言いながら、気配のする方向へ向かって、歩きだした。



ちょうど、その頃、海浜公園から少し離れた場所にある冬木大橋のアーチの頂には、その鉄骨の上に座って、眼下を見下ろすライダーと忠勝の姿があった。

「うむ…どうやら、誘っているみたいだな。ああやってあからさまな気配を出していれば、いずれ仕掛ける者も出てくるだろう」
「…」
「ああ、おそらく、腕によほどの自信があるのだろう。クラスは、ランサーかセイバーあたりと見るべきだろうな」

まだ見ぬ、絆を結ぶ相手となるであろう気配の主に、ライダーは声を弾ませながら、無言で立つ忠勝に話しかけた。
敵との接触する為に、ウェイバーと共に、市街地を歩きまわっていたライダーが、このサーヴァントの気配に気付いたのは、西の空に夕日が沈もうとする頃だった。
しかし、ライダーは遠巻きに監視する事に徹し、手を出すようなことはしなかった。
ライダーは、このサーヴァントが誘いをかけている事を見抜き、他のサーヴァントが誘いに乗るのを待つことにしたのだ。
確かに、わざわざ誘いだと知りながら、このサーヴァントに挑むなど、下策である。
むしろ、この誘いに乗った別のサーヴァントと戦って、互いに消耗したところを襲いかかった方が、はるかに効率がいい。
そう考えたウェイバーは、ライダーの提案に乗り、このサーヴァントを追跡していたのだが…

「ら、ライダぁああああああ!! こ、ここ、高すぎる!! は、早く降りよう!! 」
「あははははは!! さすがに、ますたぁにはきつかったか。忠勝、ますたぁを抱えてやってくれ」
「…」

敵を監視するためとはいえ、さすがに、ウェイバーも命綱なしで鉄骨の上にしがみ付くはめになると思っていなかった。
もはや威厳もなにもない声を出しながら、ウェイバーは半泣き顔になっていた。
そんなウェイバーに対し、ライダーは暢気に笑いながら謝ると、すぐさま忠勝にウェイバーを抱えるように頼んだ。
忠勝は、ライダーの命を聞き、機械音と共に頷くと、鉄骨にしがみ付くウェイバーを優しく持ち上げると、赤ん坊を抱くように両腕でしっかり抱えた。

「うぅ…帰りたい…イギリスに帰りたい…」
「焦りは禁物だ、ますたぁ。今は、待つことが必要だ。動かざる事、山の如し―――揺るがず待つ事が、絆を結ぶ第一歩だからな」

忠勝に抱えられて、多少は落ち着きを取り戻したウェイバーであったが、泣きじゃくりながら、聖遺物を間違えて盗んでしまった事を後悔し始めていた。
そんなウェイバーを宥めながら、ライダーは、焦る事もなく、再び状況が動くのを待つ事にした。

「むっ…!!」
「え、どうしたんだよ、一体…? 」

とここで、ライダーは、眼下の海浜公園の方を見て、何かに気付いた。
何が起こったのか分からないウェイバーは、忠勝の腕にしがみ付きながら、ライダーに尋ねた。

「どうやら、先程の誘いに乗った者がいるようだ。気配を隠さない事を見ると、わしらの追っていた者に近づいて、場所を港に移すつもりだろう」
「…」
「ああ、どのような相手なのか、楽しみだな、忠勝」

動き出した二つの気配を感じながら、ライダーは、ウェイバーに、女王今日が動き出した事を説明した。
とここで、無言でライダーに視線を送る忠勝に気付いたライダーは、忠勝に顔を向けて答えた。
そのライダーの顔は、これから強敵と戦いに行く険しい顔ではなく、まるで会った事のない友と語り合うのを楽しみにするような満面の笑顔だった。
そして、ウェイバーはどうでもいいから、もう地面に降りられるなら、それでいいと思っていた。


一方、海浜公園の隣にある倉庫街へとたどり着いた銀時とアイリスフィールは、自分たちを誘った敵のサーヴァントと対面していた。

「へぇ、よく来てくれたわね。今日一日、街を歩いたけど、なかなか用心深い連中ばかりで退屈していたのよ」
「そりゃ、どーも…つうか、俺が関わる女って、どうして、こうおっかない連中が多いのだよ…」
『どういう意味かしら、銀時? 』
「…銀時。それって、私も入っているの? 」

誘いをかけていたサーヴァント―――中指の付け根に黒い宝石を意匠された指輪をはめ、紅蓮に燃える炎を思わせるような髪と眼を持ち、きつく跳ね上がった眉が特徴的な女丈夫は、誘いに乗ってくれた銀時達を前に楽しげに語った。
そんな女丈夫を見て、銀時は、これまで自分の関わった女達を思い出しながら、頭をかいた―――余計なこと言ったせいで、恨めしそうに念話を送るセイバーや、怖い笑顔で頬をつねるアイリスフィールをスルーしながら。

「あははははははは!! うん、面白いわね、あんた。お互い、簡単に名前を名乗れないのが残念だけどね」
「ま、俺の場合は、別に問題ないけど…一応、銀時とでも呼んでくれよ」
「へぇ…銀時か。なら、私は…まぁ、一応、ランサーって事になるのかな…」

そんな銀時とアイリスフィールとのやり取りを見ていた女丈夫は笑いながら、互いに真名を名乗れない事に不満を漏らした。
とはいえ、普段から、真名を名乗っている銀時には関係のない話なのであっさりと自分の名前を告げた。
あっさりと名乗った銀時に対し、女丈夫は、少し考えた後、自身のない口調でクラス名―――ランサーを名乗った。
とここで、ランサーのはめた指輪に宿る意思の声が、ランサーの頭に届いた。

『マティ…ランサー、気をつけろ。どうやら、もう一体のサーヴァントは姿を隠しているぞ』
「ええ、こちらの様子を窺っているみたいね」
『どうする? 』
「傍観に徹するなら、無視するわ。仮に横やりを入れてきたなら、目の前にいるセイバーとまとめて倒せばいいだけよ」

思わず、ランサーの真名を喋りそうになった威厳のある重く低い声が、ランサーに、もう一体サーヴァントがいる事を伝えた。
ランサーも、それに気付いていたらしく、声の主に対し、即座に答えを返した。
―――大丈夫。
―――私達は、共に生きて、此処に在るから…共に勝ち抜こう!!
戦える事が幸せな事―――それこそが、ランサーが戦う理由であり、聖杯に対する願いだから!!

「さて、始めましょうか―――戦いを」
「はぁ…何で、そんなに目を輝かせてんだよ…一昔前の、ジャンプキャラか、コノヤロ―」

そう告げるランサーの広げた掌に、紅く燃える炎が湧き上がり、炎は戦斧へと形を作られて、強く握られた。
ここに来てしまった時点で、戦闘は避けられない事を分かっていた銀時は、うんざりしながらも、得物である木刀を手にした。
英霊という未知の敵を相手に、どこまで戦えるか不安だったが、銀時としては、出来うる事なら、セイバーに戦わせたくなかった―――戦わせるわけにはいかない理由があった。

「まぁ、やるしかねぇか」

そして、相変わらずやる気のない銀時の言葉を合図に、銀時とランサーは同時に動いた。
ここに、第四次聖杯戦争における最初の戦闘が幕を上げた。




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