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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第7話:魔術師達の暗躍
作者:蓬莱   2012/07/10(火) 23:28公開   ID:.dsW6wyhJEM
暴走するバーサーカーによって、倉庫街が更地と化していた頃、その光景を見届ける二人組―――双眼鏡を持った、赤いコートを着た男と顔隠すようにフードを深く被った少女がいた。

「派手にやりやがったな…あのバーサーカー…駆けつけてきた警官まで皆殺しかよ」
「…」

赤いコートを着た男は、荒れ狂うバーサーカーが警官達を惨殺していく様を見ながら呟くも、フードを被った少女は、終始無言のままだった。
一応、雇い主から話は聞いていたが、赤いコートを着た男は、改めてサーヴァントの凄まじさを目の当たりにして、背筋を凍りつかせていた。
とここで、赤いコートを着た男の携帯電話に、雇い主からの電話がかかってきた。

『片は付いたか? 』
「…ああ、今、終わったところさ。サーヴァント達は全員逃げきったようだぜ。あんたが呼び出した警察の連中は、バーサーカーに皆殺しにされちまったよ」

まるで、雑務を終えたのを確認するかのような雇い主の言葉に、何か癇に障った赤いコートを着た男は皮肉を付けくわえつつ、報告した。
少しは、こっちの苦労も知りやがれ―――そう思いながら、電話越しの雇い主が、どのような反応をするのか期待していた赤いコートを着た男だったが、雇い主の返事は極めて簡潔なモノだった。

『そうか』
「それだけかよ…あんたが死地に行かせたようなもんじゃ…」
『駒がいくら壊れようと…まして、他人の駒が壊れた程度で騒ぐ必要がどこにある』

まるで警官達が皆殺しになるのを知っていたかのような雇い主の口ぶりに、戸惑う赤いコートを着た男だったが、雇い主は、冷徹さの塊のような言葉ともに電話を切った。
赤いコートを着た男は、雇い主の異常さを、改めて気付かされた。
恐らく、雇い主にとっては、自分達を含めた全ての人間が駒なのだろう。
だから、感情に流されることもなく、駒を捨てる時は容赦なく捨てる事が出来るのだ。
例え、それが、雇い主の右腕と称される直属の部下―――ここから銀時達のいた場所に発煙筒を投げ込んだ、フードを被った少女だったとしても、例外ではないだろう。

「…ふぅ、ほんと怖い雇い主だぜ。それじゃあ、お嬢ちゃん、さっさととんずらしようぜ? 」
「ええ、そうね…次の仕事が入ってきたしね、ルーキー」
「その呼び名は止めてくれ…隊長」

肩をすくめながら、赤いコートを着た男は、肉眼で倉庫街の様子を窺っていた、フードを被った少女を促した。
もっとも、お嬢ちゃん呼ばわりされたのが気に入らなかったのか、フードを被った少女は、最近になって神室町で雇われた元ヤクザ―――赤いコートを着た男に付けたあだ名を口にしながら頷いた。
赤いコートを着た男は苦笑いしながら、フードを被った少女と共にこの場を去って行った。



第7話:魔術師達の暗躍



冬木市ハイアットホテル最上階の一室にて、ケイネスは据え付けのワイドテレビにて、緊急ニュースを見ていた。
興奮をあらわにするレポーターは、冬木市湾岸地区の倉庫街にて原因不明の爆発が発生し、それに駆けつけた警官達も何者かの襲撃を受け、全滅した事を報じていた。
まさか、それが、たった一人の少年―――バーサーカーによってなされたことなど知る由もなく。

「なるほど…聖堂教会の手際も中々ということか…」

事の真相を知るケイネスは、監督役などと息巻く聖堂教会の隠蔽工作に感心しながらも、不本意極まりない結果に不満を抱かずにはいられなかった。
万全を期して挑んだ初陣は、望んだ成果とは程遠いモノだった。
バーサーカーという桁外れの怪物やキャスターのような最強の魔術師ならば、まだ分からないわけでもない。
だが、あの異形のゴーレムとそれを従える天パ―――セイバーと銀時に関しては、手心を加えられたにも拘らず、ランサーは仕留める事が出来なかったのだ。
これまで失敗や挫折を経験した事のないケイネスにとって、自分の目論見が外れるなど、言語道断だった。

「ランサー、出てこい」
「ん、何? 」

理不尽な状況に対する苛立ちを抱いたケイネスは、部屋の奥にいるランサーを呼び出した。
背後から聞こえる何とも気の抜けたランサーの返事に、ケイネスは、顔をしかめながら、振り向いた。

「今夜はご苦労―――」
「何よ? 固まっちゃって、どうしたの? 」

その瞬間、ケイネスは、目の前にいる服を脱ぎ捨て、タオルを首に掛けただけのランサーの姿を見て、先程の苛立ちも忘れて、呆気にとられた。
シャワーを浴びていたのか、固まったケイネスを見て、不思議そうに首をかしげるランサーの紅蓮の髪から水滴が滴り落ちていた。
やがて、ランサーの声に、この状況に気付いたケイネスは即座に座っていた椅子から飛び降りるように隠れた。

「ふ、服ぅ!! 服は、どうしたぁ!? 」
「ああ、服? 今、シャワー浴びていたところだったから、脱衣場に…」
「そういう問題ではない!! は、はしたないにもほどがある!! は、話は服を着てからじっくりするぞ!! うむ、そうすべきだ!! いや、そうすると決めたぞ!! 」

椅子の背に隠れたケイネスは、出来うる限り、ランサーの裸体を見ないように眼をつぶりながら、ランサーに向かって叫んだ。
それに対し、ケイネスの慌てる様に、訳が分からないランサーからは、見当違いな言葉が返ってきた。
なぜ、私が恥ずかしいと思うのだ? 普通は逆のはずだろう!!――――ケイネスは、そんな事を考えながら、女らしさなどない開けっぴろげなランサーの態度に、赤面しながら訴えた。
そんなケイネスの慌てぶりを見て、ランサーはようやく事情を察した。

「…結構、初なところあるじゃない、マ・ス・ター」
「き・さ・まぁ!! い、今すぐ、私が令呪を使う前に、早く着てこいいいいい!! 使うぞ、私は令呪を使うぞおおおおお!! 令呪を以って命ず…」
「はいはい…分かりましたってば」

そして、察したうえで、意地の悪い笑みを浮かべたランサーは、赤面するケイネスを思いっきりからかい始めた。
ランサーにおちょくられ始めたケイネスは、もはや令呪を使わざるを得ないと、恥ずかしさと焦りと怒りが入り混じっているのか、かなり冷静さを失いながら、ランサーに服を着るように叱咤した。
さすがにからかい過ぎたと思ったのか、ランサーは適当に返事をしながら、ケイネスが令呪を使う前に、脱衣場においてある服を取りに、奥へと戻って行った。

「ああ、まったく…ランサーめ…」
『すまぬ、マスターよ。あれが、マティルダの性分ゆえ許されよ…』
「ふん、謝罪の前にもう少しは、ランサーに淑女としての慎みを…いや…」

ぐったりと疲れたかのように椅子にもたれかかるケイネスに対し、机の上に置かれたアラストールは、申し訳なさそうに謝った。
ここのところ、ランサーに振り回されてばかりのケイネスは、アラストールに向かって嫌みの一つでも口にしようとして、ふと気付いた。
魔術師であるケイネスにとって、英霊を使役するサーヴァントという存在は、数ある礼装の一つという程度の認識だった。
だが、先程のランサーとのやり取りを思い返すと、ケイネスは、ランサーに対して、女性として接していたのだ。
なぜ、道具にすぎないランサーに、そのような態度を取ってしまったのか―――ケイネス自身も何故か分からなかった。

『む? どうかしたのか、マスター? 』
「…何でもない」

何かを考え込んでしまったケイネスに、不審に思ったアラストールは、何かあったのか尋ねた。
アラストールの問いに対し、ケイネスは、本心を隠しながら、そっけなく返事を返した。

「相変わらず、振り回されているようね、ケイネス…」
「ソラウ…すまなかった」
『奥方殿…許されよ。いささか、騒がしかったか…』

とここで、部屋の奥から燃えるような赤毛とキツイ眼差しをした女性―――ケイネスの許嫁であるソラウ・ヌァザレ・ソフィリアが呆れたように呟きながら、出てきた。
ソラウに自分達のやり取りを終始聞かれていた事を知り、ケイネスとアラストールは、ほぼ同時に申し訳なさそうに謝った。

「いいわよ。いつもの事だから、もう慣れているわ。でも、そっちは随分と派手な事になっているわね」

もっとも、ランサーとケイネスの漫才みたいなやり取りに慣れたのか、ソラウは、肩をすくめながら苦笑した。
ケイネスに召喚して以来、ケイネスとは漫才の様な付き合い方しかしていないランサーであったが、ソラウとの仲はそれほど悪くなかった。
むしろ、女同士で気が合うのか、ソラウから、積極的にランサーと一緒にいる事が多かった。
とここで、ソラウはテレビに映る光景―――バーサーカーによって壊滅した倉庫街の残骸を見て、厳しい表情で呟いた。

「魔力の枯渇などあり得ない無量大数の貯蔵魔力に、マスターを守るために強力な5体のサーヴァント…これほど、強力なサーヴァントは他にいないだろうな」
「桁違いの怪物ね…」
『付け加えるならば、その性格が下種の極みとなれば、最悪としか言いようがない』
「後…私が、今まで、戦ってきた中で、一番嫌な相手だったわ」

ケイネスとしても、マスターとしての透視能力と倉庫街の戦いを見た以上、バーサーカーの桁違いの強さは認めざるを得なかった。
人一倍自尊心の高いケイネスが認めざるを得ないほどの強さを持つバーサーカーに対し、ソラウは、思わず背筋に冷たいモノを感じた。
そして、ケイネスの言葉に続くように、怒気のこもった声で語るアラストールと服を着て、奥の部屋から出てきたランサーは、バーサーカーを紛れもない下種だと断じた。
ランサーもアラストールも、世界のバランスを保つために様々な敵と戦ってきたが、バーサーカーのような相手は初めてだった―――嫌悪感しか抱けない敵というのは。

「ランサー…貴様の持つあの宝具を使った場合、バーサーカーに止めを刺せると思うか? 」
「…もちろん。と言いたいところだけど、精々、傷一つ付ければ、良いところね」

とここで、ケイネスは、ランサーの持つもう一つの宝具について、ランサーに尋ねた。
ケイネスは、ランサーの持つその宝具の性質上、もしや、バーサーカーを倒せる切り札となるのではと思ったからだ。
だが、ランサーは、自信満々に答えようとしたが、ホライゾンやセイバーの宝具を受けても、無傷だったバーサーカーに致命傷を与えるほどの効果はないと、いつもの彼女らしからぬ厳しい表情で返した。

「あなたにしては、随分弱気じゃない、ランサー」
「まぁ、実際に戦ってみたからだけど、腕の一振りで負けたからね。生き残っている事自体が奇跡に等しいわ」

いつもは、逆境すらも楽しむランサーが見せた弱気な態度に、ソラウは意外に思いながら、言った。
ソラウの言葉に、ランサーは、バーサーカーとの戦闘で、桁違いの実力差で負けた事を思い出しながら、ぼやいた。

『けど…生き残れたのは、死んだ魚の眼をしていたあいつ―――銀時のおかげ、なんだけどね…』

そして、自分が生き残れたのは、玉砕覚悟で挑もうとした自分達を引きとめた銀時の発した檄のおかげであることも分かっていた。
とその時、何の前触れもなく、防災ベルの音が鳴り響いた。

「何? 何事? 」

ソラウが何事かと思い戸惑う中、部屋に備え付けられた電話のベルが鳴り始めた。
慌てる事もなく、ケイネスが受話器を取り、係員からの連絡を聞き始めた。
話を聞き終わる頃には、ケイネスのまなざしに、魔術師特有の怜悧な光を宿していた。

「ふん…下の階で火事だそうだ。小火程度だそうだが。まぁ、間違いなく放火だな」
「放火ですって? よりによって、こんな時に…」

受話器を置いたケイネスは、ソラウに係員からの連絡を告げながら、即座に放火であると判断した。
なんとも間の悪いという口調で語るソラウであったが、ケイネスとランサー、アラストールはこの小火騒動の真相を見抜いていた。

「多分、偶然じゃないわね。まぁ、無闇に無関係な人間を巻き込まない分別だけはありそうね」
「ああ、そうだろうな。敵とて魔術師…人目をはばかることなく戦うのを選択するだろう」

わざわざ此処に乗り込んできた猛者に、倉庫街の戦いでの鬱憤が張らせると、ランサーは感心しながら、楽しげに語った。
そして、ケイネスとしても、魔術師としての武功を挙げるまたとない機会に、武者ぶるいが身体を震わせた。

「ランサー、下の階に降りて、向い撃て。ただし、無碍に追い払うな」
「こっちの陣地に追い込ませればいいわけね」
「そうだ。ご客人には、ケイネス・エルメロイの魔術工房をとっくりと堪能してもらおうではないか。このフロアひとつ借り切って―――じゃ、行くわよ―――って、人の話を最後まで聞けぇえ!! 」

含みを持たせたケイネスの指示に、何かを察したのかランサーは軽く頷いた。
珍しく、素直なランサーに興が乗ったのか、ケイネスは、ロード・エルメロイの真の恐ろしさを徹敵的に理解させるために作り上げた自身の魔術工房の真髄を語り始めた。
だが、ケイネスの話の途中で、話に飽きてしまったランサーは、霊体化して、とっとと下の階へと降りて行った。
思わず、話を無視されたと思ったケイネスは怒鳴りつけるが、すでに、ランサーは下の階へと降りた後だった。

「全く…どうして、こう、落ち着きがないのか…」
「あら、それが、ランサーの良いところだと思うけど? 」
「まぁ…それはそうだが…あ、いや違う、違う!! 」

ここ最近、奔放なランサーの行動に振り回されているばかりのケイネスは、愚痴と共に疲れ切ったため息を漏らした。
普段見る事のないケイネスの様子を見ながら、何がおかしいのかソラウは笑いを堪えながら、ケイネスにむかって、ランサーを擁護した。
そんなソラウに対し、幾分か表情を和らげたケイネスは、思わず納得しそうになった。
だが、ケイネスは、自分がランサーを認めてしまった事に慌てながら、ソラウにむかって、憮然とした表情で抗議し始めた。

「ソラウ…君は分かっていない。あのランサーにどれだけ、私が振り回されて―――逃げるわよ、マスター、ソラウ!!―――のわっ!! 」
「ランサー!? どうしたの? 」
『話はあとで話そう!! 一刻も早くここらから脱出せねば…!! 』

日ごろの愚痴をぶちまけようとしたケイネスであったが、突然、下の階に降りていたはずのランサーが、炎の馬に乗りながら、大慌てで戻ってきた。
思わず驚くケイネスとソラウであったが、焦るアラストールに促されるように、最低限の物だけ持つと、馬に乗り込んだ。
そして、ランサー達を乗せた馬が走りだすと同時に、耳をつんざくような爆音があたりに響いた。


時はさかのぼること、冬木ハイアットホテルで小火騒動が起きた頃、一人の男―――小火を起こした切嗣が宿泊客に紛れるように、避難しようとしていた。

「…舞弥、そちらの様子は? 」
『異常ありません。いつでもどうぞ』

とここで、トイレに入った切嗣は、誰もいないことを確認すると携帯電話で監視ポジションにいる舞弥に連絡を取った。
現在、ケイネス達の様子を見張っている舞弥がいるのは、冬木市ハイアットホテルの斜向かいにある建設中の高層ビルの上階だった。
ケイネス達に動く気配がない事を確認した切嗣は、宿泊客達の避難が終わり次第、ビルを爆破させるために、あらかじめ仕掛けたプラスチック爆薬を起爆させるつもりだった。

「さて…ん? 」

後は、ホテルの係員に暗示をかけて、ケイネス達が避難したように見せかけるだけ―――そう考えていた切嗣は、ふと悪寒を感じた。
―――何かを見落としている
―――何か無視できないモノを見落としている。
何かを感じた気付いた切嗣は、徐にトイレのレバーを動かすが、トイレの水は全く流れなかった。
まさかと思い、切嗣は、備え付けられたタンクの蓋を慎重に開けた。

「なっ!? これは…!? 」

そこには、切嗣が用意したプラスチック爆薬の倍以上はある、トイレのタンクに収まるほどのプラスチック爆薬が仕掛けられていた。
しかも、そのプラスチック爆薬には、時限式の起爆装置が取り付けられており、起爆まで2分を切っていた。

「Time alter(固有制御)―――double accel(二倍速)!! 」

誰が何のために仕掛けたのかなど考える暇などなく、切嗣はすぐさま、魔術―――固有時制御を発動させた。
次の瞬間、眼にも映らぬ速さで、切嗣は避難する宿泊客達の間をすり抜けながら、一目散にホテルの外へと駆けだした。
固有時制御は、衛宮家が代々研究していた時間魔術をアレンジし、切嗣が、戦闘用に改良したものだった。
この魔術の効果として、自身の体を結界とする事で、時間経過速度を操作し、倍速化した場合は、高速で移動する事が可能なのだ。
しかし、解除後は、世界からの修正力により、身体に極度の負荷がかかるリスクもあるため、多用はできないという欠点もあった。

「…っ!? 」

爆破まであと数十秒を切ったところで、切嗣の眼に、母親とはぐれたのか、泣きじゃくりながら座りこむ幼い少女の姿が見えた。
このままいけば、あの少女は確実に爆破に巻き込まれ、がれきの下敷きになるだろう。
しかし、それを分かっていながら、無理矢理目をそむけた切嗣はそのまま、通り過ぎた。
爆破まで、残り数十秒となった今、あの少女を助けるようとすれば、切嗣の命を危険にさらすだろう。
それは、聖杯戦争という戦場に立った切嗣にとって、それだけは避けなければならなかった。
聖杯は世界を救う―――そのために、切嗣は聖杯を勝ち取らなければならない。
故に、今の自分に、あの少女を助ける余裕などない―――より少ない犠牲の道を選択する事で、割り切ろうとした切嗣は、そのまま、ホテルの外に飛び出した。

「え…? 」

と次の瞬間、不意に切嗣は、固有時制御で加速した自分と同じ速度で、何かとすれ違った事に気付いた。
思わず、切嗣が後ろを振り返ろうとしたその時、冬木ハイアットホテルのいたるところから、耳を抑えたくなるような爆音と身体を駆け抜けるような衝撃波と共に、次々と爆破され始めた。
やがて、逃げ遅れた宿泊客の悲鳴と断末魔をかき消すような轟音と共に、爆破を繰り返しながら、冬木ハイアットホテルは次々と崩れ落ちた。
生存者などいない、あの少女も助からないだろう―――そう割り切った切嗣はその場を後にしようとしたが、不意に背後から避難することのできた宿泊客達の歓声が上がった。

「はぁ…良かったぁ〜間にあった…」

そこには、先程の少女を抱えてへたり込むフードを深く被った少女の姿があった。
助かったのか―――思わず顔をほころばせかけた切嗣だったが、すぐさま、背を向けた。

「君、大丈夫かね!? どこか怪我は…」
「それにしても、間一髪だったな…まさに、奇跡だよ!! 」
「ありがとうございます!! ほんとうにありがとうございます!! 」
「えっと、その…」

人ごみにまぎれて立ち去ろうとする切嗣の耳に、現場に駆けつけてきた警官達に心配と称賛が入り混じった声や、我が子を助けてくれた少女に感謝する母親らしき声に、一躍英雄扱いされて、フードを取って、少女の戸惑う声が聞こえてきた。
そして…

「おい!! ちょっと待て!! そこのあいつ、様子がおかしいぞ!! 」
「っ…!! 」

この場から立ち去ろうとする切嗣にむかって指を刺しながら、怒鳴るように呼びとめる男の声も。
最初は、男の突然の怒鳴り声に、呆気にとられていた警官達であったが、背を向けて立ち止まった切嗣の姿を見て、すぐさま理由を察した。
誰もがこの爆発するホテルに注目する中で、人ごみに紛れるように立ち去ろうとする人間がいるとすれば、このホテル爆破した犯人である可能性は十分にあった。

「ちょっと、そこの君…話を聞かせてもらってもいいかな? 」
「…」

こちらに近づいてくる警官達に背を向けたまま、切嗣はゆっくりと懐に入れた閃光弾を手にした。
閃光弾で警官達の目をくらませて、その隙に逃げようとした切嗣が背後を振り向いた瞬間―――

「…え? 」
「あ…」

―――切嗣はあり得ないモノを見る羽目になった。
フードでよく見えなかった少女の顔が見えた―――かつて、子供だった切嗣がとある南の島で出会った一人の少女の顔そのものだった。
フードを被っていた少女もこちらに気付きながら、ポツリと呟いた。

「ケリィ…? 」

眼を見開いたまま、切嗣は、一瞬、体を硬直させて、呆然と立ち尽くした。
少女が口にした言葉は、もう知っている者などいないはずの切嗣の名前―――あの島で出会った少女が名付けた、発音の難しい切嗣の名を略称したものだった。
―――あり得ない。
―――彼女が生きている訳がない。
―――そもそも、彼女は!! 
何がどうなっているのか混乱する切嗣であったが、自分の置かれた状況をすぐさま思い出した。
すでに、閃光弾を投げる間もないほど、警官達はこちらに近づいている事に気付いた切嗣は、迷うことなく魔術を行使した。

「Time alter(固有制御)―――double accel(二倍速)!! 」
「なっ、ど、どこに逃げた!! おい、本部に連絡をとるんだ!! 」
「は、はい!! 」

固有時制御による効果で、常人の眼に映らぬ速さで逃げ出した切嗣―――警官達からすれば、突然、目の前にいた男の姿が消えたようにしか見えなかった。
警官達は、消えた切嗣に驚きながらも、このホテル爆破の犯人と思われる男を捜そうと、すぐさま動き出した。
その騒ぎの中で、先程のフードを被った少女も、すでにいなくなっていた事に気付く者は誰もいなかった。


「てめぇ、馬鹿か!? いくら、人間離れした身体能力しているからって、崩壊寸前のホテルに戻るか、普通!? というか、爆破した張本人が、あんな目立つ真似するか!? 」
「…ごめん」

ホテルから離れた茂みの中で、先程切嗣を呼びとめた男―――赤いコートを着た男が、項垂れながら謝るフードを被った少女を怒鳴りつけていた。
バーサーカーが倉庫街を廃墟するのを見届けた後、赤いコートを着た男とフードを被った少女は、冬木市ハイアットホテルに向かったのだが、予定外の事が起こった。
爆発するホテルの中を、男が止める間もなく、フードを被った少女が逃げ遅れた宿泊客らしき少女を助けに向かったのだ。
雇い主から目立つ真似はするなと言われていたのにかかわらず、思いっきり目立つ真似をしてしまったのだから、男が怒るのも無理はなかった。
そもそも、フードを被った少女の部下が、仕掛けておいた爆弾で、冬木ハイアットホテルを爆破したのであれば、余計な事をして、目立つなど言語道断だった。

「まぁいいさ…正直なところ、そんなに悪い判断とは思っちゃいえねぇよ」
「荒瀬…ありがとう」

とはいえ、自分を拾った雇い主からの指示とはいえ、男としても、このようなやり方は好きになれないところもあった。
だから、正直なところ、フードを被った少女の行動は間違っているとも思っていなかった。
ぶっきらぼうに宥める男に対し、フードを被った少女は、男の―――荒瀬和人の名を呼びながら、礼を言った。

「ところで、さっきの男だけど、あんたの顔見て、かなり驚いていたようだが…知り合いなのか? 」
「古い知り合いよ…生きていたなんて知らなかった」

それが少し照れくさかったのか、荒瀬は話題を変えようと、先程、フードを被った少女を見て驚いていた男―――切嗣のことについて尋ねた。
フードを被った少女は、少しだけ何かを思い出しながら、懐かしそうにして話し始めた。
忘れるはずはなかった―――まだ、自分が陽の光を浴びていた頃、家族のように思っていた少年の顔を。
フードを被った少女にとって、死んだと思っていた少年が生きていた事を喜ぶ半面、自分とは違い、少年が成長した事を思い知らされ、悲しくもあった。

「私が人間を止める前に、好きだった男の子がここにいたなんて…」

フードを被った少女に浮かんだ表情は、人間であることを止めざるを得なかった化け物達の見せる表情―――ひどく哀れな、弱弱しく泣き伏せる子供のような表情だった。


「はぁ…はぁ…ぐっ!? 」

なんとか、警官達から逃亡する事の出来た切嗣は、荒く息を吐きながら、物陰に隠れると、その場でへたり込んだ。
すでに、切嗣は、2回目の固有時制御を行使した事で、反動でもはや身体を動かす事もままならない状態だった。

「どうして…どうして…ここに、彼女がここに…!! 彼女はあの時…!! 」

だが、今の切嗣にとって、肉体以上に精神的なダメージを大きく受けていた。
あり得ない、彼女があそこにいて、生きているなどあり得なかった―――そう自分を納得させようとする切嗣であったが、その眼で見たモノを否定することなどできなかった。
見間違えるはずのなどない、何があっても見間違えるはずなどなかった。
あのフードを被った少女の顔は、紛れもなく、かつて、切嗣が犯した罪の証―――切嗣が、唯一、命の分別に掛ける事の出来なかった、ただ一人の少女そのものだった。

「シャーレイ…何故、君が…」

その少女の名前を呟いた切嗣は、涙を流しながら、嗚咽を堪えるように項垂れた。
今の、切嗣は、魔術師殺しの異名を持つ殺し屋などとは程遠い、非力で臆病な一人の男でしかなかった。
だからこそ、倉庫街の戦いから追跡してきた<水銀の蛇>に、切嗣は気付く事が出来なかった。

「あぁ、ご機嫌はいかがかな? まぁ、その様子では、聞く方が愚問というものか」

蹲る切嗣のすぐ真横に、桜を守護する為に現れた五体のサーヴァントのうちの一体―――ボロボロのローブを纏った、枯れ木のようにやせ細った変質者が、芝居がかった口調で喋りながら、そこに立っていた


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