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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第8話:暗殺者のお節介と水銀の蛇の説教
作者:蓬莱   2012/07/10(火) 23:37公開   ID:.dsW6wyhJEM
切嗣が変質者と遭遇していた頃、斜向かいのビルにて、ケイネスらを監視していた舞弥は、爆破と共に崩れ落ちる冬木ハイアットホテルを見届けていた。

「そんな馬鹿な…」

だが、舞弥の表情は、いつもの冷静な彼女らしからぬ、困惑と驚愕に満ちたものだった。
今、冬木ハイアットホテルで起こった爆発は、明らかに、舞弥が仕掛けた爆薬の位置とはずれているし、爆発の規模も残骸をまき散らすほどすさまじいモノだった。
何が起こっているのか、切嗣はどうしたのか―――すぐさま、切嗣と合流しようとした舞弥であったが、不意に立ち止まった。
何かがいる―――兵士として過ごした舞弥の直感がそう告げていた。

「―――察しがいいな、女」

そして、立ち止まった舞弥の背後に、冷やかな男の声が聞こえてきた。
次の瞬間、舞弥は迷うことなく、声の主を敵と判断し、振り向くと同時に、銃を構えた。

「ふん、それに覚悟もいいか」
「言峰、綺礼」

そこにいたのは、夜の闇に溶け込むような僧衣に身を包んだ、言い知れぬ威圧感を放つ長身の男がいた。
言峰綺礼―――切嗣がもっとも警戒していたマスターだった。
小馬鹿にしたような含み笑いを加えながら喋る長身の男の名前を、舞弥は思わずくちばしてしまった。

「ほう、君とは初対面のはずだが…それとも私を知るだけの理由があったのか? ならば、君の素性にも…」

自分の名前を知っていた舞弥にさして驚く事もなく、語り続ける綺礼に対し、舞弥は即座に銃を撃った。
だが、銃弾は言峰に命中することなく、コンクリートの壁にめり込んだだけだった。
舞弥が照準を合わせて、引き金の引くまでの間に、言峰は、すぐさま弾道を見切り、銃弾を回避したのだ。
それはもはや、常人の域ではなく、魔術師や死徒と戦い、歴戦の代行者として高い実力を誇る綺礼だからこそなし得る芸当だった。

「動きは悪くない。相当仕込まれているようだが…」
「くっ…」

そして、付け加えるなら、言峰は、反撃として投げつけた、柄が極端に短い細剣―――聖堂教会に属する代行者の使用する投躑武器<黒鍵>によって、舞弥の左手を浅く割き、銃を落とさせていた。
もはや丸腰同然となった舞弥に、攻守逆転した言峰はゆっくりと近づいて行った。
言峰としては、ここで舞矢を始末するつもりなどなかった。
あくまで、綺礼の目的は、切嗣の居場所を知る事だった。
そのため、綺礼は、舞矢を質問に答えられる程度に生かして捕らえるつもりだった―――まぁ、口さえ利ければいいので、手足を斬り落とす程度のことは考えていたが。
勝敗は決したと思っていた綺礼であったが、それ故に気付くのに遅れてしまった。

「むっ…何…!? 」
「…」

すでに、この場に第三者―――顔を防毒マスクで隠した忍び装束の小柄な男が背後から切りかかってきた事に!!
とここで、こちらに向かってくる影に気付いた言峰が、すぐさま、後ろに向かって、手にしていた黒鍵で斬り払った。
辺りに金属がぶつかり合う音が響くと同時に、忍び装束の男は空中を一回転すると、舞弥を庇うように、立ちはだかった。

「…逃げろ」
「あなたは…」
「なに…あんた達のファンだよ」

ここからの逃亡を促す忍び装束の男に対し、予期していなかった増援に戸惑った舞弥は思いがけず尋ねた。
だが、忍び装束の男は、はぐらかす様に答えを返すと同時に、あらかじめ男が身体に仕込んでおいた軍用発煙筒から大量の煙幕が噴き出してきた。
言峰が気付いた時には、この階層一帯が煙幕に覆われ、舞弥と忍び装束の男の姿を完全に隠してしまった。
やがて、煙が薄くなった頃、すでに舞弥と忍び装束の男はすでに逃げ出していた。

「…逃げられたか」

舞弥と忍び装束の男がいなくなっている事を知った綺礼は、さしたる感情のないまま、事実だけを呟いた。
衛宮切嗣に関わっているであろう女―――舞弥に逃げられたのは残念だったが、綺礼にしてみれば、切嗣に縁のある者がいた事がわかっただけでも十分な収穫だった。
とその時、綺礼の懐にしまってあった携帯電話のバイブが作動し始めた。

『よぉ、綺礼。アーチャーの居所が分かったぜ』
「そうか…で、場所は? 」

電話をかけてきたのは、時臣からの指示で、連れ去られたアーチャーの捜索を任されていたアサシンからだった。
元々、諜報活動に特化した能力を持っていたアサシンは、僅かな時間の間に、アーチャーを捜しあてる事が出来た。
綺礼はすぐさま、一時、切嗣の事は保留し、気持ちを切り替えると、アーチャーのいる場所を尋ねた。
だが、アサシンはしばし答えるべきか迷ったものの、渋々答えた。

『セイバー達のいるアインツベルンの拠点に好き勝手している…つか、これ捕まっている感じじゃないぞ』
「…何をいまさら」

アサシンが、アインツベルン城に潜り込んだトランプを通して見えた先には、アイリスフィールの持ってきた服を貸してもらいながら、ノリノリで女装するアーチャーの姿があった。
何か心なしか、アイリスフィールもノリノリで着せ替えを楽しんでいるの見て、アサシンは思った―――ああ、感染したのかと。
アーチャーの様子から見ても、敵に捕まったというより、思いっきり遊んでいる風にしか見えなかった。
呆れるようにして呟くアサシンに対し、綺礼はいつもの事なのであっさりと流した


第8話:暗殺者のお節介と水銀の蛇の説教


『そうか…アーチャーが見つかったのか…見つけてしまったんだな…なぜ、見つけたんだ…』
「師よ…かなり間違った方向で落ち込んでいませんか? 」

拠点である教会にて、父である璃正とともに、綺礼は、アーチャーの居場所について、時臣に報告していた。
魔道通信機を介しての時臣の口調は、かなり落ち込んだ様子だった―――できれば、アーチャーが見つからない方が良かったのにというような感じであったが。
普段からストレスが貯まっているのだろうなと思いながら、ツッコミを入れる綺礼であったが、時臣の気持ちも分からないでもなかった。
いくら、何でも、幼女の頭にナニ乗せるようなサーヴァントを従えているなんて知られれば、敵対するマスターに色んな意味でドン引きされるのは、眼に見えていた。

「まぁ、不幸中の幸いと見るべきところでしょうが…」
「ですが、これはかなりまずい事態です」
『うむ…こちらにとっては、人質を取られたもの同然だからね』

アーチャーが生かされていた事に安堵する璃正であったが、綺礼や時臣の言葉通り、遠坂陣営にとってかなりまずい事態となっていた。
本来、敵対関係にある他のサーヴァントを助けたセイバー陣営とはいえ、そのまますんなりと返してもらえるとは思えなかった。
未だに、アインツベルンからの連絡はないが、即座にアーチャーを殺さない以上、アインツベルンの陣営が、何らかの要求を持ちかけてくるのは明白だろう。

『一応、正純君とその護衛を、アインツベルン城に交渉しに向かわせる予定だ』
「交渉ですか? 」

時臣の言葉に、首をかしげる言峰だったが、無理もなかった。
現在、アーチャーの呼び出したサーヴァント達のうち、バーサーカーとの戦闘で、戦闘面に秀でたメンバーを四人も倒された事で、大幅に戦力を低下させることになった。
その為、時臣は、出来うる限り戦闘を避けるために、アインツベルンとの交渉役として、武蔵では、他国との交渉で活躍していたという本多・正純を向かわせる事にした。
そして、その護衛役として、ズドン巫女な浅間・智と何故か名乗りを上げたアーチャーの姉である葵・喜美の2名が選ばれた。

『だから、ホライゾン嬢、その物騒なモノを降ろしてほしい…さっきから、ホライゾン嬢がアーチャーを取り返しに行くと言いだしてね。今も、私の背後で宝具を構えているんだ…今、交渉を進めるから、ホライゾン嬢、お願いだから落ち着いてほしい』
『Jud.極めて平静であると判断します』
「…上手く事が運べばいいですね」

魔道通信器を通して聞こえる時臣とホライゾンの会話を聞きながら、笑いそうになるのを堪えながら、綺礼は気の毒そうに、返事をした。
この時、時臣と綺礼、璃正の知らなかった―――正純は確かに交渉役として有名だった。
最終的に、他国と戦争になってしまう交渉役としてだが。
一応、アーチャーについての事は、正純たちに任せる事にして、綺礼はもう一つの最重要案件についての報告を始めた。

「それともう一つ…バーサーカーについてですが…」
『…アレか』

珍しく、言い淀んだ綺礼の言葉に、時臣は顔をしかめながら、忌々しげに呟いた。
倉庫街での戦闘において、バーサーカーは、海に落とされた事で命拾いした刑事を除いて、応援に駆けつけた警官達を皆殺しにするという蛮行に及んでしまった。
結果として、聖堂教会が即座に隠蔽工作に走る事になったのだが、一歩間違えれば、聖杯戦争そのものを中断せざるを得ないところだった。

「…いったい、何を考えているんだ? 間桐の者たちは…!! そもそも、間桐の翁は何をしているのだ!? 」
「どうも、諜報活動に向かったアサシンや点蔵の情報から察するに、バーサーカーによって間桐臓硯は殺害されたようです」
「…!? 」

同じ魔術師として道を志す者として、時臣は、バーサーカーのマスターであろう間桐のもの達、その長である臓硯に対し、怒りをあらわにしながら、声を荒げた。
だが、綺礼の報告から、臓硯がすでにバーサーカーによって殺された事を知った瞬間、思わず時臣は押し黙ってしまった。
マスターによる制御が不可能なサーヴァントなど、すでに動く災害以外の何物でもなかった。
そして、そのようなサーヴァントを、よりにもよって、始まりの御三家の一つである間桐家が呼び出してしまった事に、時臣は深い憤りを感じずにはいられなかった。

「これは放任出来んでしょう、時臣君。今回のバーサーカーの行動は、明らかに聖杯戦争の進行を妨げるものだ。ルールを逸脱して余りある」

そして、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、口をはさんだ璃正としても、バーサーカーの行為は容認できるものではなかった。
隠蔽工作は間にあったものの、今後、バーサーカーが戦闘するたびに、周囲一帯にいる人間を見境なく殺そうとする危険性が極めて高かった。
人間とサーヴァントの区別がつかず、己以外の人間を殺し尽さんとするバーサーカーは、聖杯戦争そのものをぶち壊しかねない危険因子そのものだった。

「もし、バーサーカーが街中で敵対するサーヴァントと遭遇した場合、最悪の事態を引き越しかねません。父上、早急に手を打つ必要が…」
「うむ。すでに警告や罰則程度ですまされる問題ではない。バーサーカーは排除するより他あるまい」

進言する綺礼の言葉通り、バーサーカーの行動を見る限り、街中でも憚ることなく、戦闘をすることは明白だった。
もはや、聖杯戦争に関係なく、バーサーカーは即座に排除しなければならない。
そう結論付ける璃正に対し、綺礼は、璃正がこれまであえて口にしていなかった事をあえて尋ねた。

「父上…排除の対象は、バーサーカーのマスターもですか? 」
「綺礼!! 時臣君の前で…!! 」
『…大丈夫です、璃正神父』

バーサーカーのマスターの処遇を尋ねる綺礼の言葉に、璃正は思わず叱咤するように制した。
バーサーカーのマスターと思しき少女―――間桐桜は、間桐に養子に出したとはいえ、時臣にとっては、実の娘なのだ。
確かに、バーサーカーのマスターも排除すべき対象だが、実の娘を殺さなければならない時臣を思って、あえて、璃正はバーサーカーのマスターについては言及していなかった。
だが、当の時臣は、極めて冷静な口調で、綺礼を叱る璃正を制した。

『まだ、幼いとはいえ、桜は間桐の魔術師として、マスターとなったはずです。聖杯戦争に参加する以上、こうなる事は覚悟の上でしょう』
「しかし…」
『今は、聖杯戦争に勝利することのみを考えるべきです』

父親である前に魔術師としての立場に立つ時臣は、言い淀む璃正に対し、実の娘とはいえ魔術師として聖杯戦争に参加する以上は敵であると断じた。
いずれ、こうなる事は覚悟していた―――時臣が、桜を間桐に養子に出した時から分かっていた事だった。
『根源』への道を志すならば、遠坂家と間桐家は相争う事になるのは避けられない事だった―――間桐へと養子に出された桜であったとしても。
今回は、ただ、相争うのが、姉と妹ではなく、父と子である事だっただけなのだ。

「…分かりました。若干のルール変更は監督役である私の権限です。一先ず、尋常なる聖杯争奪を保留し、バーサーカー討伐に動員しましょう」

もはや、揺るがない決意を固めた時臣に、亡き朋友―――時臣の父の面影を見た璃正は、苦笑しながら、折れるしかなかった。
璃正は、聖杯戦争の監督役として責務と、不屈の覚悟を見せた遠坂家の当主に対する援助として、バーサーカー討伐を決定した。
そんな時臣と璃正のやり取りを、後ろで控えていた綺礼は黙って聞き入っていた。


その後、部屋に戻った綺礼を待っていたのは、情報収集を一通り終えたアサシンだった。

「随分と遅かったな、マスター」
「…アサシンか」

軽い返事で出迎えるアサシンに対し、綺礼はテーブルの上に置かれた幾つかの空き瓶に眼をとめた。
どうやら、綺礼が戻ってくるまで暇だったアサシンは、綺礼が集めていた酒の何本かを、ボトルのまま、直接飲んでいたようだ。
もっとも、綺礼にしてみれば、ただ集めただけの酒など飲まれてもかまわなかったが。

「別に…ただ、バーサーカー討伐が決定しただけだ。父上は、報酬として、戦局を有利に進めるためのアドバンテージを用意するようだ」
「もちろん、バーサーカーのマスターであるあの子供もその対象なんだな。確か、時臣の娘なんだよな」

とくに話す事もないのか、事務的に話を進める綺礼に対し、アサシンはバーサーカーのマスターである桜も排除対象である事を聞き始めた。
生前、色々と汚れ仕事を請け負ってきたらしいこのサーヴァントにも情と言うものがあるのか―――普段は見せないアサシンの姿に、綺礼は少しだけ意外に思った。

「自分の娘をねぇ…」
「魔術師として聖杯戦争に参加した以上、そこに親子の情を挟む余地などない。時臣氏はある意味で、もっとも魔術師らしい魔術師だろうな」
「そうか…」

何かしら思う事があるのか、呆れるように呟くアサシンに、綺礼は時臣の姿を魔術師としての典型的な姿だと言いきった。
この現代において、時臣のように、あれほど魔術師としての王道を貫く者などそうはいない。
愚直なまでに、『根源』に到ると言う唯一つの理想の為に突き進む時臣こそ、魔術師の鑑であると綺礼は思った。
そう語る言峰の言葉に、アサシンは耳を傾けながら、先程、トランプを通して見ていた時臣とのやり取りの中で気付いた事を指摘した。

「だけどよぉ、何で、お前は、その時、笑っていたんだ? 」
「…!? 」

突如、突きつけられたアサシンの言葉に、綺礼は驚きのあまり、思わず言葉を失った。
だが、綺礼が驚いたのは、アサシンが時臣との会談を盗み見ていたからではない。
綺礼にとって、自分が無自覚に笑みを浮かべていた事に驚きを隠せないでいた。
そもそも、あの場で笑みを浮かべるような事などなかったはずのなのに…

「気付いていなかったみたいだな。それとも、まだ、無自覚なだけなのか? いずれにしろ、相当、てめぇも歪んでいるみたいだな」
「私は…」

驚愕する綺礼を見ながら、アサシンはやはり気付いていなかったと思った。
アサシンは、綺礼に気付かれないように、こっそりとトランプを介して、綺礼の行動を見た中で、気付いた事があった。
それは、綺礼という男も、かつての自分と同じく心に空洞を抱えているのだと言う事に。
虚を突かれて、口ごもる綺礼に対し、余裕を持ったままアサシンは話を続けた。

「お前は言ったよな。自分には叶えるべき望みはないって…そりゃおかしくないか? 」
「確かにな…私には成就すべき理想も、遂げるべき悲願もない私が、聖杯に選ばれるなどありない…はず…だ」

かつて、自分が召喚された際の事を思い出しながら、アサシンは、その時感じた疑問を綺礼にぶつけた。
アサシンが召喚した際に、綺礼が聖杯に叶えたい願いを尋ねると、綺礼は戸惑いながら、こう告げた。
―――叶える願いなどない、と。
本来、聖杯にマスターとして選ばれるのは、聖杯を欲するに足る者だけのはずなのだ。
だが、今もアサシンの前で語るように、綺礼には聖杯を求めるだけの目的意識がまったくないのだ。
理想も悲願もない者が聖杯に何を求めるのか―――アサシンは、綺礼の持つ歪みの断片を見たうえで、忠告しておく事にした。

「綺礼。もし、このまま、自制していられるなら、それを通しておけ。もし、一度、それを自覚したら、後戻りはできなくなる。それこそ、バーサーカーと同じくらいの吐き気を催す邪悪にな」
「何を…言っている…!? 」

迷いと葛藤を持ったままでいろ―――アサシンの言葉に、綺礼は思わず怒りをあらわにしながら、立ち上がった。
それは、自分の抱える歪みに対する答えを求めるために、この二十年余りを費やしてきた綺礼の人生を否定するものに他ならなかった。
そして、その答えを知れば、あの極大の下種であるバーサーカーと同列になるなどと言われれば、綺礼が激怒するのも無理はなかった。

「人間のままでいたいなら、それに越した事はないってことだよ。言っても無駄かもしれないが…お前は答えを見つけない方がいい」
「…」

止められないか―――怒りに震える綺礼に対し、アサシンは心の中でため息をつきながら、できる限りの忠告をした。
同族を憐れんでいるだけなのかもしれないが、それでも、アサシンは捨て置く事は出来なかった。
―――自分にとっての勇気が何なのか知ること―――それを一生かかって探っていくのが、全ての人に課せられた宿命なんだ。
アサシンという男に恥という感覚を覚えさせた<あの方>の言葉を借りるなら、綺礼にとっての勇気とは、己の抱える歪みを抑える勇気ことではないのか。
そして、それこそが、アサシンとして召喚された自分の役割ではないかと思ったところで、アサシンは思わず苦笑いをした。
ま、お節介になったもんだな、俺も―――そんな事を思いながら、黙した綺礼を部屋に残したまま、アサシンはその場を後にした。

「それが出来ていたなら、私はこの二十年間答えなど求めてなどいない…」

一人残った綺礼は、そう呟きながら切に願った―――綺礼の欲する答えを持つ唯一の男との邂逅を。


その頃、綺礼が邂逅を望む男―――切嗣は覚束ない足取りで、裏路地を進みながら、舞弥との合流場所を目指していた。
如何に、聖堂教会が隠蔽工作してくれているとはいえ、切嗣がビル爆破の一件で警察に眼を付けられた以上、表通りを歩くのは危険だった。
すでに固有時制御の肉体的なダメージはある程度回復しているとはいえ、警察に見つかった際に、切嗣が逃げ切れる保証など何処にもなかった。

『ああ、つまるところ、君にとっての最大の不幸は、そこなのだろうね』
「ぐっ…!! 」

唐突にあの変質者―――水銀の蛇と名乗った男の言葉を思い出した瞬間、切嗣は吐き気を抑えながら、壁に頭を打ち付けた。
それほどまでに、水銀の蛇によって注入された猛毒は、切嗣の精神に致命的ともいえるダメージを与え続けていた。
会話を思い出すだけで、切嗣の精神を犯し続ける毒は、忘却しようとする切嗣を容赦なく責め立てた。

『確かに、この世界に存在する命は、犠牲と救済の両天秤に掛けられたものだ。決して片方の皿を無くすことなどできない。ああ、誰もが知っている世界の理とでもいうべきかな。それを己の使命と盲信する姿は、正義の味方―――いささか陳腐な物言いだが、見事と言えるだろう』

そう、だからこそ、切嗣は、犠牲と言う皿に乗る人間を出来うる限り減らし、犠牲となる小数の人間を殺し続けてきた。
人の世の理を超えた理想―――正義の味方を求め続けた切嗣の選んだ道だった。
そんな切嗣の姿を芝居がかった言動で称賛する水銀の蛇であったが―――

『だが…自らの宝石を捨ててまで、路傍の石くれを救いあげる事に、何の意味があるとはたして言えるだろうか 』

―――唐突のその猛毒の牙を、切嗣に突き立てた。
路傍の石―――切嗣が愛してきた人たちを犠牲にしてまで、救ってきた者達を、水銀の蛇はそう断じた。
これまで自分が救ってきた多くの命に価値など無いとする水銀の蛇の言葉に、切嗣は、怒りを通りこして、驚きのあまり愕然としたまま、言葉を失った。
だが、水銀の蛇は、切嗣に構うことなく、牙から滴り落ちる毒を流しこむように話を続けた。

『私も少々他人の人生を左右してきたが、幾ばくかの迷惑をかけただろうね。まぁ、そこに別段感じる事はなかったと思うが…いや、どうでもいいと言い切るべきだろうか。あの極大の下種野郎のようでいささか不愉快ではあるが』

自分を呼び出したバーサーカーを忌々しげに吐き捨てながら、考え込むようなそぶりで語る水銀の蛇であったが、切嗣はこの男に底知れぬ不快感を覚えた。
この男―――水銀の蛇は、芝居がかった口調と仕草で、策謀と暗躍を繰り返しながら、多くの人間の人生を狂わせてきたのだろう。
そして、今、水銀の蛇は、切嗣もその毒牙で侵そうとしているのだ。
何故、そんな事が出来る!? 何故、僕の救ってきた人達を石くれと言いきれる!?―――このままでは、この毒蛇に飲み込まれると察した切嗣は、疲労しきった精神を奮い立たせながら、怒りをあらわにして訴えた。

『何故? ああ、実に、簡単なことだとも…私にとって唯一愛すべき既知(ほうせき)は、マルグリット唯一人―――それ以外の雑多な石くれなどと、どうして、同列に出来ようか』

だが、水銀の蛇は、あっさりと己の愛する女以外は、石くれ同然だと言い切った。
まぁ、獣殿も愛する朋友ではあるがねなどと嘯く水銀の蛇を前に、切嗣は思わず呟いた。
狂っている、正気じゃない―――ただ、一人の女の為に、この男は、どれだけの人間を犠牲にしてきたと言うのか。
恐らく、水銀の蛇が天秤の測り手であったなら、全世界の人間の命すら犠牲にしても、迷うことなく愛する女唯一人を選ぶのだ。
常人にとって、まして、多数を生かすために小数を殺し尽してきた切嗣にとって、目の前の男は紛れもなく最悪の狂人だった。
だが、水銀の蛇は―――

『狂っているか…だが、それを言うならば、君もまた、私と同じ存在と言えるだろうね』

―――切嗣も、また自分と同じ存在であると断じた。
なぜ、そんな事が言い切れると激高しようとする切嗣であったが、此処に到って、水銀の蛇の狙いに気付いてしまった。
―――この男は、僕が、これまで見なかった、見ない振りしてきた事実を突きつけようとしている!!
愕然とする切嗣の考えが正しい事を証明するかのように、水銀の蛇は話を続けた。

『私が、路傍の石くれ達を捨てながら、唯一無二の宝石であるマルグリットを選び続けるように、衛宮切嗣…天秤の計り手たる正義の味方よ…』

―――耳を貸すな、聞いてはいけない!! 
―――もし、この男の言葉を最後まで聞いてしまったら、僕は…!!
今になって、この場から逃げ出そうとする切嗣であったが、固有時制御の使用によって傷ついた身体は動かない。
そんな切嗣を面白げに眺めながら、水銀の蛇は止めを刺してやる事にした。

『常に、己の宝石たる者達を殺し続け、雑多な石くれを救い続ける君と何が違うと言うのかね? 』

そして、水銀の蛇の放った言葉を聞いた瞬間、これまで、衛宮切嗣を支えていた何かが無残に砕け散った。

『ようやく気付いたようだね。君があるいは、血も涙もない機械であったなら、まだ良かった。だが、残念なことに、君はあまりに人間でありすぎた。己の宝石を捨てた事は無価値でないと言い張る為に、また、己の宝石を捨てながら、雑多な路傍の石くれを拾い上げるほどに…』

そう、つまるところ、水銀の蛇の言うように、選ぶべき対象が唯一人の女か多くの人間というだけで、切嗣はある意味で、水銀の蛇と同類なのだ。
切嗣は、多くの人間を救うために、愛する人達を殺していった自分の行動を呪い、怒りを覚えていた。
だが、切嗣は、そこに到るまでの犠牲を無駄にしたくないという一心から、多くの人を助け、そのために人を殺し続けた。
水銀の蛇が、多くの人間を犠牲にし、数え切れぬ失敗を繰り返しながらも、唯一愛した大菜の為に、自分の望む結末―――愛する女の胸に抱かれて死ぬために、何度も世界を繰り返したのと同じように。

『まぁいい…今日のところは、私のマルグリットが守ろうとする少女を撃たんとした事に対する、ちょっとした仕返しを兼ねた説教だと思ってくれたまえ』

もはや眼から生気を失ったかのように、崩れ落ちた切嗣に見切りをつけると、水銀の蛇は意地の悪い笑みを浮かべながら、その場を去ろうとした。

『あぁ、そうそう…君が聖杯に求める世界だがね。欲望と言う原罪無き世界―――天道悲想天と言ったかな。ああ、至高の未知が欲しかったので…』

その去り際に、水銀の蛇はある事を思いついた。
徐に、切嗣の頭に手をかざした水銀の蛇は、切嗣の願いである『恒久的な平和』をとりあえず諦めてもらうために、一つ実体験を見せてやる事にした。
欲望を抜き取られ、苦しみもなく、人々が永劫穏やかに暮らせる、聖杯の奇跡にすがってまで切嗣が望んでやまなかった平和で幸福な世界を―――

『…私が壊してしまったよ』
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 」

―――自分が壊したのだと言いながら。
次の瞬間、頭の中で反芻される水銀の蛇の言葉に、眼を血走らせた切嗣は狂ったかのように叫んだ。
いっそ、狂人の語る与太話、幻であると思えたなら、どれだけ幸せだっただろうか。
だが、あの時、水銀の蛇が見せた記憶は、紛れもなく本物なのだろう。
例え、どれだけ平和で幸福な世界であろうと、外的要因―――水銀の蛇のような存在にあっさりと滅んでしまったのだ。
聖杯の願いで、切嗣の願いがかなったとしても、それでは何の意味もないのだ。

「…誰か、僕を助けてくれっ」

己を支えてきたモノを打ち砕かれ、望んだ願いも無意味と知った正義の味方の声が、嗚咽と混じりながら、吐き出された。




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