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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第9話:バーサーカー包囲網
作者:蓬莱   2012/07/10(火) 23:39公開   ID:.dsW6wyhJEM
まず、眼にしたのは、日が紅く染まった夕暮れ時、あらゆるところに兵士達の死体が転がっている荒野だった。
そして、視線の先には、二人の男―――輝く太陽を思わせるような金色の青年と、それとは対照的に、闇色の閃光を思わせるような紫の青年が闘っていた。

「許さない…私は貴様を許さないっ!!」
「―――!!」

神速の速さで刀を抜くと同時に斬り付けながら、紫の青年は、金色の青年に向かって、あらん限りの憎悪の声で吼えた。
この金色の青年が殺したいほど憎い―――それが、何もかも失った紫の青年に残された唯一の感情だった。
そんな紫の青年に対し、金色の青年は必死になって、紫の青年の名を呼んだ。

「どんな強固な軍を束ねようと、どんな綺麗事を語っても…私はこの目で見ている。貴様の罪を!!」
「戦は終わった!! この戦の勝敗はすでに決したのだ!! もう止めよう、―――。もう一度―――」

ただ、ひたすらに自分を責める紫の青年に向かって、何度傷つけられようとも、金色の青年は説得しようとした。
かつて、金色の青年は、紫の青年にとって唯一無二の主を手にかけていた。
―――力のみで全てを治めようとする男によって、世界を、この日の本の国を戦果に晒したくなかった。
―――これ以上、誰の手も血で染めさせたくなかった。
―――紫の青年に自分の為に生きてほしかった。
それでも、いかなる理由はあれど、金色の青年は、紫の青年の主を殺した事に変わりはない。
復讐に燃える紫の青年を説得しようとする金色の青年が一番分かっている事だった。
だが、例え、遅すぎようと、無駄であろうと、金色の青年は語り続けなければならなかった。

「わしと絆を―――黙れぇ!!―――、―――!!」

絆を結んでほしい―――金色の青年が続けようとした言葉を、紫の青年は、血の涙を流すほどの絶叫をあげて遮った。
そして、紫の青年の名を呼ぶ金色の青年にむかって、紫の青年は、刃のように鋭い視線をぶつけるように睨みつけた。
もはや、激しい怒りと憎しみを抱くこの紫の青年には、金色の青年の言葉は何一つ届いていなかった。

「貴様は、昔からそうだ!! 己の野望を絆という言葉で飾り立て、秀吉様の天下を汚したのだ!! …貴様はそれで満足だろう!! だが、私は、貴様に全ての絆を奪われた!! 私の絆を奪いながら、訳知り顔で絆を説く!! 答えろ、この矛盾の行方を!!」

神として崇めていた主を殺した裏切り者―――もはや、紫の青年にとって、かつての盟友である金色の青年は復讐の対象としか映っていない。
許さない、認めない、殺してやる!!―――そう吼える紫の青年を見て、金色の青年は今更ながらに思い知らされていた。
もう何もかもが手遅れであり、紫の青年とは絆を結べない事を。
そんな金色の青年の思いとは裏腹に、紫の青年はあらん限りの憎悪をたぎらせながら、斬りかかってきた。

「家康ぅううううううう!!」

紫の青年は、迎え撃とうとする金色の青年の―――徳川家康の名を叫び続けながら闘いは続けられた。

「…」

寝巻を汗で濡らせたウェイバーが眼を覚ましたのは、ちょうどその時だった。
金色の青年と紫の青年の死闘は、それほどまでに、ウェイバーにとって強烈なモノだった。
まるで、ウェイバーが、実際にその現場を間近で見ているような感覚だった。
というか、あれは…
とここで、ウェイバーは、いつも隣で寝ているはずのライダーの姿がない事に気付いた。
まさかと思いながら、ウェイバーが一階へと降りると、すぐにライダーの姿を見つけた。

「おぉ、ますたぁ。おはよう」

2階から降りてきたウェイバーに、ライダーは・いつものように笑顔で挨拶した。
ただ違うのは、ライダーの着ている服が白いワイシャツに黒のスーツ、そして黒いネクタイを締めた服装―――喪服ということだけだった。

「お前、何で、2階から降りてきたんだ…というか、その格好は何だよ? 」
「ん、ああ…マッケンジー殿に頼んで、ご子息の礼服をお借りしたのだ。マッケンジー殿達には、わしの事をますたぁの友人と言う事で通してある。あぁ、ますたぁの方も、用意してあるから、使ってくれとのことだ」

いつもとは違う服装のライダーに、ウェイバーは、露骨に怪しむような顔をしながら、尋ねた。
ウェイバーの問いかけに対し、ライダーは、筋肉質な肉体がうっすら見えるピチピチのスーツを見せながら、マッケンジー夫妻が用意してくれた喪服を手渡した。
どうやら、自分が眠っている間に、ライダーが、マッケンジー夫妻と鉢合わせしいたようだが、とりあえずは誤魔化せているようだった。
予想外の事態にウェイバーは、思わず頭を抱えそうになったが、それよりも気になる事があった。

「いや、それより、いったい、そんな恰好をして、どこに出歩くつもりなんだよ? 」
「…わしらを助けてくれた者たちの所にだ」

この聖杯戦争の最中に喪服を着てどこにでかけるというのか?―――ライダーの行動が分からないウェイバーは、より一層怪訝な表情で尋ねた。
そんなウェイバーに対し、ライダーはいつもの笑顔ではなく、ひどく悲しそうな顔をしながら行き先を告げた。



第9話:バーサーカー包囲網



その後、ウェイバーは、ライダーに連れられて、聖杯戦争において、最初の戦闘が起こった場所―――バーサーカーによって破壊しつくされた倉庫街へとたどり着いた。
すでに警察は現場検証を終えてのか、辺りには、人の姿が全くなかった。
あるのはただ、破壊の痕跡が生々しく残る一角に、犠牲となった警察官たちの遺族達によって手向けられた幾つかの花束が添えられていただけだった。

「…あの後、ここに応援に駆け付けた者たちも、海に投げ出されて助かった一人以外は、全て殺されていたそうだ」
「…」

事件の顛末を語りながら、手を合わせ、殉職した者達を弔うライダーの背中を見ながら、ウェイバーは無言のままだった。
あの後、監督役である聖堂教会の隠蔽工作によって、この倉庫街の一件は、冬木ハイアットホテルの一件と合わせて、警察からは都市ゲリラによる連続爆破テロであると発表されていた。
無論、真実が違う事を、当事者であるウェイバーが知らないはずはなかった。
少なくとも、この倉庫街の一件については、バーサーカーの暴走によって引き起こされた惨劇だった。

「惨い事をするものだ…あれは、人の道に反する…あの場所にわしらがいれば、或いは…」
「仕方がないだろ…あの時、忠勝が、僕達を抱えて、逃げ出してくれなきゃ、僕らが死んでいたんだ。あのバーサーカーの力は尋常じゃなかったんだから」

何度も踏みつぶされ、何度も叩きつけられ、何度も引き千切られながら殺されていった警官達の死を、ライダーは心の底から悔やんでいた。
そんなライダーの言葉に対し、ウェイバーは憮然とした表情で呟いた。
実際、あの場に残ったとしても、精々、死体が一つ増えるだけだった。
だからこそ、忠勝は迷うことなく、ライダーとウェイバーを抱えて、離脱したのだ。
どうしようもなかったのだと諦めるように語るウェイバーに対し、ライダーは花束と一緒に添えられていた遺族の子供たちが書いた手紙を見ながら、首を横に振った。

「それでも、わしらが、あの子たちの絆を奪ってしまった事には変わりない。自分やますたぁ達が生き残るためだったとしても…許される事ではないんだ」
「…お前、本気で―――よぉ、お前らもきとったんか―――え…!? 」

自分達が殺したのだと言い始めそうなライダーの様子に、ウェイバーは思わず声を荒げそうになったが、突如割り込んできた声に思わず言葉が止まってしまった。
不意にウェイバーが後ろを振り向いた瞬間、そこにいたのは花束を手にした喪服姿の真島だった。

「お、お前、何で、ここ―――静かにせぇや、兄ちゃん―――は、はい…!! 」
「真島殿…貴殿も、この者達に? 」
「おう、形はどうあれ、わしらが生き残れたんわ、こいつらのおかげやからのう…今日だけ、喧嘩はなしや」

思わぬ形で出くわすことになった敵のマスターである真島に向かって、驚きを隠せないウェイバーは、大声で叫びそうになった。
だが、真島の小さく静かだが、従わずにはいられない威圧感を込めた声に委縮したウェイバーは何も言えなくなった。
それに対し、ライダーは真島の姿を見て、この警察官たちを弔いきたのかと尋ねた。
真島はすぐさまそれを肯定すると、ライダー達と戦うつもりはない事を告げ、花束をささげると手を合わせた。

「あの胸糞悪い糞餓鬼…随分派手にやったもんやな」
「真島殿。キャスター殿は来ておらんのか? 」
「まぁな。あいつは、こないなところに出てくる奴やないからのう」

弔いを終えた後、真島は、バーサーカーによって破壊しつくされた倉庫街の様子を見ながら、忌々しげに毒づいた。
とここで、ライダーは、真島のサーヴァントであるキャスターの姿がない事に気がついた。
そのライダーの言葉に対し、真島はあっさりとこの場にキャスターがいない事を教えた。
実は、昨日の一件から全裸―――アーチャーを目の敵にしているキャスターは、そのアーチャーの居所を探るために大量の使い魔を放ちながら、アーチャーの行方を捜索しているらしいのだ。
どうやら、あのナニを使ったちょんまげネタに、キャスターのトラウマを抉られたらしいが…

「今頃、必死こいて、あの全裸の兄ちゃん捜しとるで…相当切れとったからのう」
「はははは…アレは少々きつかったからなぁ」

激高するキャスターの様子を思い出しながら、面白そうに笑う真島に対し、破天荒なアーチャーの行動を見ていたライダーは苦笑するしかなかった。
とここで、今まで黙っていたウェイバーが突然背を向けると、ライダーに向かって一言だけ告げた。

「…先に帰っているからな」
「ますたぁ? さすがに一人で帰るのは、危険すぎないか? わしも一緒に…」
「…要らない」
「しかし…」

不機嫌そうに帰ろうとするウェイバーを心配し、ライダーも一緒に帰ろうとするが、ウェイバーはそれを拒んだ。
だが、尚も食い下がろうとするライダーに対し、勢いよく振り返ったウェイバーは顔を真っ赤にさせながら怒鳴り付けた。

「要らないって言っているだろ!! 大事な聖杯戦争の最中に、こんなところに連れてきて!!そんなに感傷に浸り立ちなら、好きなだけ浸っていればいいだろ!! 僕は、勝手に帰っているからな!!」
「ますたぁ…」

―――暢気に弔いなんてしている場合じゃないのに、何を考えているんだ!!
―――今は、そんな事をより、やるべき事があるだろうが!!
そんな事を考えながら激高したウェイバーは、これまで溜めていた不満を洗いざらいぶちまけると、ライダーを残したまま、一人で帰ってしまった。
これには、ライダーも、マスターであるウェイバーを怒らせてしまったかと肩を落とした。

「なんや、あの坊主…反抗期かいな?」
「まぁ、ますたぁが怒るのも無理はないだろうな。大事な戦の最中、わしの我儘につき合わせてしまったのだからな」

突然、怒って帰ったウェイバーに対して、真島は首をかしげながら、呆れるように呟いた。
しかし、あくまで自分に否があると思ったライダーは、ウェイバーのフォローをしながら、真島に向かって、力なく苦笑した。
仮にも自分と殴り合ったライダーの情けない姿を見た真島は、やれやれと言った口調で忠告しておく事にした。

「あんま抱え込むやないで」
「え?」
「なんや気付かんと思ったんか? その湿気た面みれば、嫌でも分かるわ」

それまで苦笑していたライダーであったが、真島の言葉に、図星を突かれて驚きを隠せなかった。
一方、驚くライダーの様子を見た真島は、やっぱりなぁと思いながら、ため息をついた。
形はどうあれ、ライダーは、自分達の戦い―――聖杯戦争に無関係の人間を巻き込んでしまった事に責任を感じているのだ。
ライダーは、自分が殺してしまったのも同然だと思っているのだろうが、真島すれば、それは大きな間違いだと思っていた。

「間違えるんやないで…こいつらを殺したんは、あのバーサーカーとかいう腐れ外道や。わしらが殺したなんて、考えるのは筋違いちゅうんや」

真島は、東城会の若頭兼真島組組長―――何より極道に身を置く者として、ライダーに対して諭すように語った。
確かに、自分達の喧嘩に無関係な人間を巻き込んでしまったのは事実だろう。
だが、その無関係な人間を容赦なく殺害した責を負うべきなのは、バーサーカーなのだ。

「今のわしらに出来るんは、あの糞餓鬼をぶっ倒して、こいつらの仇を取る事なんやからな。それとも、ふぬけた面を一発殴って、喝入れたろか? 」
「ああ…大丈夫だ、真島殿。ここで投げ出すわけにはいかない。わしは戦う…わしがこれまで犠牲にしてきた人々の為にも…!! 」

バーサーカーとの再戦を語りながら、真島は、ライダーに向かって拳を構えながら、軽口をたたいた。
ライダーは真島の心遣いに感謝しながら、堂々と胸を張って宣言した。

「徳川家康!! この聖杯戦争によって失った絆の為に戦おう!! 」
「そや、それでええんや!! お日さんがしょげとったら、話にならんからのう!! 」

覇気を取り戻したライダーの笑顔を見ながら、真島は同じように笑いながら返した。



一方、倉庫街を立ち去ったウェイバーは、昼間なのに、何故か人通りがまったくない海浜公園の道を歩いていた。

「まったく、聖杯戦争の最中だって時に…!! そもそも、無関係な人間が死んだからって、敵のマスターと一緒に手を合わせるなんて…何を考えているんだ!!」

周りに人がいない為か、ウェイバーは、人目を気にすることなく、ここぞとばかりにライダーに対する愚痴をこぼした。
ウェイバーとしては、一人になれば少しは気も晴れると思っていたが、いくら口を吐きだしても、ウェイバーの気持ちは一向にはれる事はなかった。
それどころか、逆に胸の内に何か澱のようなものが溜まりながら、ウェイバーの中で、さらなる苛立ちを募らせるだけだった。

「くそっ…!! 何で、こんなにイライラしているんだよ…!!」
「そりゃ、君だって、同じ気持ちだからに決まっているからだよ」

一向に収まる事の知らない苛立ち抱えたウェイバーは、忌々しそうに愚痴を吐き捨てた瞬間、ウェイバーの背後から聞き慣れぬ少女の声が聞こえてきた。
聞かれてしまった―――人がいる事に気付かず、ライダーに対する愚痴をこぼしてしまったウェイバーは、慌てて背後を振り返った。
もっとも、ウェイバーとしては、無関係な人間に聖杯戦争に関する情報を洩らしてしまった事より、他人に自分の愚痴を聞かれてしまった事への羞恥が重要だった。
そして、ウェイバーの振り返った先には、ピョコンとはねたアホ毛が特徴的な、まるで太陽を思わせるような明るく人懐っこさそうな笑顔を向けてくる少女がいた。

「…って、誰だよ、あんた?」
「名前? まぁ、通りすがりの陽だまり娘ってことで、よろしくね」

思わず見とれてしまったウェイバーであったが、首を振りながら、慌てて気を取り直した。
ウェイバーは、いつでも少女に暗示をかけられるように、周囲を警戒しながら、少女の名前を聞いた。
そんなウェイバーの気持など露知らず、陽だまり娘と名乗った少女は、はぐらかす様に誤魔化しながら、楽しげに返答した。

「…見ていたのかよ」
「一応ね。自分だって負い目を感じているんでしょ。でも、あの人や他の人が見ている前で、そんな弱みを見せたくない。だから、怒って逃げ出しちゃったんだよね、意地っ張り君?」
「い、いきなり、何言っているんだよ!! 初対面の人間に向かって、失礼だろ!!」

ウェイバーは、あまりの敵意のなさに半眼になりながら、陽だまり娘に倉庫街での一件を見ていたのか尋ねた。
陽だまり娘はあっさりと認めると、ウェイバー自身もライダーと同じく無関係な人間の死に責任を感じている事や、ライダーや真島にそんな弱い自分を見られたくなくて、怒りを装って逃げ出した事をきっぱりと言い切った。
陽だまり娘の言葉にウェイバーは、怒りを心頭させながら吼えた―――自分の心中を見抜かれて、図星を突かれたのを誤魔化す為に。

「でも、実際、そうなんでしょ? それに、君って、自分はすっごく優秀だと思っている自信家なんだけど、才能が全然追いついていないんだよね。未熟なくせに、やる気だけが空回りしているヘタレ野郎って言われても仕方ないかな」
「お前…!!」

だが、陽だまり娘は、ウェイバーの怒りを軽く流しながら、ズケズケと自分から見たウェイバーの人物像を言い始めた。
器を知らない口先だけの無能者―――かつてケイネスとの一件で、時計塔に籍を置く者達からそう揶揄された事を思い出したウェイバーは、見知らぬ少女にまで侮辱されたという怒りにまかせて、陽だまり娘を睨みつけた。

「でも、そんな君みたいな人間を、あの人は、君をそんな風に一度でも見下した事はある? 駄目な奴だと見放した事はある?」
「あっ…」

だが、陽だまり娘の言葉に、不意に倉庫街でケイネスにむかって一喝したライダーを思い出したウェイバーの高ぶっていた怒りは一気に冷めた。
―――わしは、ますたぁの危機とあれば、全力で、守り抜くつもりだ!!
―――例え、それが、ますたぁの師であろうと、この絆を断ち切らせたりはさせない!! 
マスターとしての資質はケイネスと比べれば、ウェイバーは遥かに劣っている。
だが、ライダーは自分のマスターとして―――共に絆を結ぶ相手として、ウェイバーを認めてくれたのだ。
他人に自分の価値が認められた―――それは、ウェイバーの人生にとって初めての事だった。
ただ、認められた事が嬉しい半面、それを素直に出す事が出来ない―――ライダーに認められたウェイバーとしては、複雑な心境だった。

「いい加減気付いた方がいいよ、自分は恵まれているって。あんな面倒見のいい人達は滅多にいないよ」
「…うるさい!! そんなこと分かっているよ…」

そんなウェイバーの心情を見抜いているかのように、陽だまり娘は、ウェイバーを窘めるように諭した。
それに対し、弱弱しく反論しながら反発するウェイバーであったが、半ばこの少女の言葉を受け入れ始めていた。
もしも、これが、ケイネスであったならば、プライドの高いウェイバーは自分の才能に嫉妬しているのだと思いこみ、その言葉に耳を貸すことなどなかっただろう。
だは、この少女には敵意がない―――この陽だまり娘と名乗る少女は、本気でウェイバーを慮ったうえで、色々と忠告しているのだ。
まるで、ウェイバーが道を誤らないように、優しく照らしだす日の光のように―――

「もう少し、君は素直になった方がいいかもね。多分、あの人―――家康さんは、君の気持ちをちゃんと受け止めてくれると思うから。だけど、それに甘えるだけじゃ何にもならないよ。多分、あの人も大きな傷を抱えているはずだよ。家康さんが絆を結ぶ事を大切にするってことは、家康さん自身もその絆を壊してしまったからだと思うよ」

あの夢のようにってことか―――少し悲しげに語る陽だまり娘に対し、ウェイバーは、自分が見た夢―――金色の青年と紫の青年との死闘を思い出さずにはいられなかった。
いつの間にか、尚も話を続ける陽だまり娘の言葉に、ウェイバーは、一言も聞き逃さないように聞き入っていた。
それほどまでに、この陽だまり娘の言葉は、ウェイバーにとって何かを変えるような意味を持っていた。

「それと、未熟者って言ったけど、君にしかできない事、才能はちゃんとあるんだから。しっかりと自分を見つめ直して、自覚しなきゃ駄目だよ、ウェイバー・ベルベット君」
「あ、うん…って、ちょっと待てよ!!」

まるで、ウェイバーを励ます様に締めくくりながら、陽だまり娘は明るい笑みを洩らしながら、背を向けて去って行った。
それをウェイバーは苦笑しながら背を向けた瞬間―――今更ながら、ハッと自分の馬鹿さ加減に気付いた。
―――何で、この少女―――陽だまり娘は、ライダーの真名や名乗ってもいない僕の名前を知っているんだ!?
慌てて陽だまり娘を呼びとめようとするウェイバーであったが、突如として何かが破裂するような音が、ウェイバーの耳朶を打ち付けた。
だが、これは空気の振動を聴覚が感知したのではなく、魔術師であるウェイバーの霊感を刺激するものだった。

「何だ? 今のは…教会の方か…? 」

何事かと思ったウェイバーが、音のした方向を見た先には、魔力を込められたと思われる煙の様なものがたなびいていた。
いつの間にか、陽だまり娘と名乗った少女の姿は、そこになかった。

夕暮れが落ちた頃、冬木教会の薄暗い信徒席に、各陣営のマスターから送られた使い魔などが集まっていた。

「どうやら集まってもらったようだが…」
「ういっす〜どうも〜」

教会からのマスター招集の信号を出した璃正は、集まった使い魔達がいる信徒席を見まわした。
さすがに、無防備に堂々と姿を見せるマスターは一人もおらず、5体に使い魔とアインツベルン陣営のサーヴァントらしき男―――信徒席にだらしなく座りながら、鼻をほじって、ジャンプを読んでいる銀時が差し向けられていた。
とりあえず、全員が全員、教会に対する敬意は意中になく、ただ話だけを聞いておこうという魂胆だろう―――アインツベルン陣営については話を聞く以前の問題だが。

「礼に適った挨拶をする者は一人もいないようなので、単刀直入に入らせてもらう」

一先ず、銀時のことは頭の片隅に置いとく事にした璃正は、皮肉な前置きを言いながら、さっそく本題に入る事にした。
何となく、あの天パとは関わりたくない―――銀時に対する苦手意識を感じたのもあったのか、用件を手早く済ませようと、璃正は信徒席にいる使い魔達と銀時にむかって語り始めた。

「現在、聖杯戦争は、いま重大な危機に見舞われている。倉庫街の一件において、バーサーカーの狼藉を知らぬ者はいないだろう」

使い魔達に何の反応も示さないが、主であるマスター達にしてみれば、倉庫街の一件を苦々しく感じている事だろう。
暴走したバーサーカーによって、駆けつけた警察官たちは一名を除いて皆殺しにされ、倉庫街も更地へと化してしまった。
聖堂教会の隠蔽工作で事なきを得たが、再び、バーサーカーによって、このような事件が再発生するのは、誰の目にも分かる事だった。
それが、魔術の秘匿を重んじる魔術師としてどれほど危険なことかもわからない者はいるはずもなかった。

「この重大な違反行為によって、一時は国家権力の介入を招くと言う結果をもたらした事―――これはゆゆしき事態である」
「おいおい、ホテル爆破テロかよ…物騒な世界だなぁ」

動揺しているであろうマスター達の反応を想像しながら、璃正は念を押す様に、聖杯戦争の進行において、バーサーカーの危険性を訴えた―――璃正の話を聞く気がないのか、勝手に持ち出した新聞を読んでいる銀時は、無視しつつ。

「バーサーカーはもはや、聖杯の招来そのものを脅かす危険因子である。よって、私は、非常時における監督権限を発動し、暫定的ルール変更を設定した。全てのマスターはただちに戦闘行為を中止し、各々、バーサーカー討伐に尽力してほしい」

バーサーカーの討伐―――この呼びかけに応じるマスターはごく僅かであろうと、璃正は考えていた。
確かに、バーサーカーが危険な存在なのは分かるが、倉庫街の一件で、5体のサーヴァントを蹴散らすバーサーカーの桁違いの強さも、マスター達は知っているのだ。
如何に監督役である璃正の指示とはいえ、何のメリットもなしに、マスター達が、あのバーサーカーに挑むなど出来るはずもなかった。

「そして、見事バーサーカーを討ち取ったものには、報酬として…」

故に、璃正は、マスター達をバーサーカー討伐に参加させるための報酬を用意していた。
とここで、璃正は、カソックの右袖をまくりあげると、信徒席にいる使い魔や銀時らに、自分の右腕を掲げた。

「…監督役たる私が持つ予備令呪を、追加の令呪を受け渡そう。バーサーカーを討伐した者は当然だが、他者との共闘の場合には、その全員に令呪を渡そう」

使い魔達に見せつけるように語る璃正の右腕には、肘から手首にかけて、びっしりと令呪が刻み込まれていた。
これが監督役である璃正が管理する、過去の聖杯戦争で未使用のまま持ち越した令呪だった。
使い魔達は沈黙しているが、使い魔達からの情報を得たマスター達を傾注させるには、十分なモノだった。
確かに、サーヴァントに対する制御装置としての役割を持った令呪が追加されるのは、マスター達にとって大きなメリットだった。
それほどまでに、追加令呪という報酬は、マスター達をバーサーカー討伐に赴かせるほど魅力的なものだといえた。

「さて、何か質問は? できれば、人語を介してほしいが」

再び、カソックの袖を戻した璃正は、皮肉めいた笑みを浮かべながら、人語を話せない使い魔達に尋ねた。
だが、璃正は忘れていた―――ここに一人だけ人語を話せる者がいることを。

「あ、ちょっと質問なんだけど…要するに新聞沙汰になるような事した奴を、皆でタコ殴りにするわけなんだよな、爺さん?」
「まぁ、乱暴に言えば、そうなるだろうな」

とここで、それまで新聞を読みながら、璃正の話を聞いていた銀時が手を挙げて質問した。
最初から話を聞いていなかった奴が、今更、何を聞きたいのか―――うんざりした心中を隠した璃正は、渋々ながら、銀時の質問に答えた。
それに対し、うんうんと頷いた銀時は、さきほど読んでいた新聞のある記事を見せつけるように掲げた。

「じゃあ、さぁ…この全裸は良いのかよ? つか、下手すりゃ、あの三つ目のおっかない糞野郎より目立ってね? ほら、新聞に載っているんだぜ、写真付きでデカデカと」
「なっ!? 」
『ぶほぉ!! 』

半目になった銀時が指差した記事を見た瞬間、璃正と一匹の使い魔―――時臣の使い魔が声をあげて、驚愕した。
そこには、季節外れのストリートキング出現という見出しと共に、市街地を全裸で歩く少年の姿―――紛れもなく時臣のサーヴァントであるアーチャーの写真がデカデカと掲載された記事が書かれていた。
あれだけ、時臣君から全裸で街中歩くなって言われていたのにいいいいいいい!!―――まさかの事態に、内心で驚愕しながらも、璃正は必死になって動揺を隠そうと努めた。
さすがに、監督役である璃正も、倉庫街での一件に気を取られていたために、全裸に関する隠蔽工作をうっかり失念していたのだ。

「さすがにこいつはアウトだろ。目立つのが、駄目なら、こいつだって一緒じゃん」
「ま、まぁ、た、確かにそうだが…バーサーカーに比べれば、大きな危険とみなせるものでは…」

予想外の銀時からの追及に、あれほど堂々としていた璃正もしどろもどろにあいまいな返事をするしかなかった。
確かに、新聞に載ってしまった全裸について、セーフかアウトかと言われれば、間違いなくアウトだろう。
だが、遠坂陣営を応援する璃正としては、何としてもアーチャー討伐だけは避けなければならなかった。

「危険に大きいのも小さいのもねぇだろ。小さな心配りから大きな事故を未然に防ぐんだから」
「い、いや…そ、それは…」

だが、曖昧な返事をする璃正を許すことなく、璃正に向かって、全裸の写真が載った記事を見せつけるように近づけた銀時はさらに追及を強めた。
すでに、他のマスターの使い魔達も、狼狽する璃正に注目していた。
このままでは、他のマスター達に、遠坂陣営と聖堂教会が手を組んでいる事がばれるのは、何としても避けなければならなかった。
そして、何よりも―――

「そこのところをハッキリさせるべきじゃねぇの? あんた、監督役なんだろ。あの全裸だけ、特別扱い…」
「…が悪い」

―――こんな人生を舐め切ったいい加減な男に屈することなど断じて許せない!!
すでに璃正を言い負かしたつもりなのか、憎たらしい顔で調子に乗る銀時の態度に、段々と腹が立ってきた璃正は、ここで勝負に出る事にした。
恐らく、この手を使えば、璃正は監督役として威厳は全て失うだろうが、遠坂陣営への援護と銀時にひと泡を吹かせる為ならば、全てを投げ捨てても惜しくなどなかった。
ここで、腹をくくった璃正は、銀時に聞こえるか聞こえないかの声でポツリと呟いた。

「え、何、どしたの? なんか、聞こえなかったんだけど…」
「―――全裸でいる事の何が悪いぃ!! 」

そして、耳に手を当てて、聞き返してくる銀時にむかって、璃正は腹の底から力を込めて、堂々と全裸派であると叫んだ。
そして、唖然とする一同を畳み掛けるように、璃正は熱く語り始めた。

「服を脱ぐ事の何が悪いというのか!! そもそも、我らが祖たるアダムとイブも、葉っぱ一枚で生活していたのだ!! 私達も人間としてあるべき姿に戻って、何が悪い!! 」
「いや、でも、法律的アウトだろ…!! ってか、何で、脱ぎだすんだよ、爺ぃ!! うわ、無駄に筋肉すげぇな、おい!? 」

すでに恥も外聞も投げ捨てた璃正は、銀時や使い魔達に向かって、力の限り全裸について熱く主張した。
あまりの璃正の熱狂ぶりに、銀時が若干引き気味になった瞬間、璃正は纏っていたカソックを脱ぎ捨て、八極拳で鍛え上げられた肉体を惜しげもなくさらした。

「人の作った法律など、神の定めし法の前では、唯の文字の羅列に過ぎない!! それなのに、世間一般の者達は、ただ全裸であるだけで、我らを白い眼で見て、迫害する!! なぜ、誰もが、全裸の―――神の定めたあるべき人の姿に戻る事の良さを知ろうとしないのか…!! 」
「知るかあああああ!! というか、あんたのところの神さんは、全裸推奨してねぇだろ!! ってか、あんた、本当に神父か!? 変態と言う名の神父の間違いじゃねぇか!? 」

肉体美を晒しながら、全裸について熱く説く璃正を前に、もはや形勢は逆転していた。
まさかの監督役の全裸発言に、ドン引きした銀時はツッコミをいれるが、さしたる効果はない事は明白だった。
他のマスター達についても、すでに全裸が新聞沙汰になったことなど忘れてしまうほどの、衝撃を受けていた。

「…ともかく、監督役である前に、全裸を愛する者として、バーサーカーの討伐を終えるまで、アーチャーの討伐を断じて認めるわけにはいかない!! 他のマスター達も、それを肝に銘じておくように!! 」
「…は、はい」

そう話を締めくくった全裸神父―――璃正に対し、もはや関わりたくない銀時は素直にうなずくしかなかった。
他の使い魔達についても、鬼気迫るほどの璃正の気迫に観念したのか、足早にその場から去って行った―――監督役も全裸派だったのかと思いつつ。
そして、無人の礼拝堂に独り立ちつくす璃正の背後に、綺礼はそっと近づいて行った。

「…父上」
「何も言うな、綺礼…何も言うな…!! 」

静かに呼びかける綺礼に対し、璃正は背を向けたまま、綺礼を制した。
そして、綺礼も、また、璃正の後ろ姿を見届けながら思った。
―――父上…何かに目覚めたかのような、満足そうな顔していませんか?っと



一方、冬木教会からアインツベルン城へと戻った銀時は、アイリスフィールらに、璃正の語ったバーサーカー討伐の特別ルールについて説明した。

「…と言うわけで、一旦、バーサーカーの糞野郎を倒すまで、喧嘩はご法度だとよ」
「そうなの…」

一応、一通りの説明をした銀時に対し、短く相槌を打ったアイリスフィールは心細そうに顔を伏せていた。
あの野郎、まだ帰ってねぇのかよ―――アイリスフィールの様子を見た銀時は、未だ合流していない切嗣に苛立ちを覚えていた。
本来ならば、切嗣と本拠地であるアインツベルン城で合流する手はずだったが、どういうわけなのか、切嗣が来る気配は全くなかった。
ただでさえ、倉庫街での初戦でかなりの心的負担を抱えているはずのアイリスフィールには、切嗣の不在はかなり酷な状況だった。

「…で、銀時。これは、どうかしら?」
「お帰りなさいませ、ご主人さまぁv …中々良くね、アイリ?」
「うん。すっごく似合っているわ、アーチャーv じゃ、次はこれに着替えて…」

って、まったく堪えてねぇえええええええ!!―――メイド服に着せ替えさせて、ノリノリでポーズを決めるアーチャーを褒めるアイリスフィールを見て、銀時は心中で思いっ切りツッコミを入れた。
アインツベルン城まで連れてきた後、アーチャーを一先ず監禁していたのだが、銀時が冬木教会から戻ってくると、アーチャーとアイリスフィールによる盛大なファッションショーが繰り広げられていた。
しかも、何処から用意していたの、黒髪の鬘を被ったアーチャーは、黙っていれば、普通に女だと騙されかねないほどの女装美人だった。
とここで、用意してあった着替えの服をアーチャーに着せ始めるアイリスフィールを見ていた銀時は徐に立ち上がると、隣にいるセイバーの頭に軽く手を置いた。

「じゃ、セイバー…ここは、任せたぞ。俺はジャンプ読むのに忙しいから―――待ちなさい!!―――ごはぁ、何しやがるぅ!!」

後の事は任せたと格好よさげに去ろうとする銀時に向かって、セイバーは勢いよく体当たりした。

「放しやがれぇ!! どうリアクション取れって言うんだよ、この状況!! っていうか、無駄に美人だな、おい!!」
「知らないわよ!! というか、私より綺麗になっているから、本気で落ち込みかけたわ!!」

ツッコミで過労死しかねない状況に、必死になって逃げ出そうとする銀時に対し、セイバーも比較的ツッコミが出来る道連れを逃すまいと抑え込んだ。
どうやら、監禁していたアーチャーが囚われのお姫様と設定で女装していたのがきっかけだった。
そして、たまたま、それを見たアイリスフィールも、武蔵菌&銀魂ウィルスに感染した影響なのか、アーチャーと共にノリノリで着せ替えショーを始めてしまったというわけなのだ。

「お願い止めて、私の為に喧嘩しないで!! …アイリ、これって、どうよ?」
「きゃー!! 最高よ、アーチャーv 私の服もとっても似合ってるわv」

ギャーギャーと縺れ込みながら暴れる銀時とセイバーに対し、銀髪の鬘をかぶって、アイリスフィールの持ってきた服をきたアーチャーが、女言葉で止めに入った。
どうやら、アーチャー的には、自分を求めて争う幼馴染二人を止めに入る恋人という設定で演じているらしく、アーチャーは、アイリスフィールに向かって、ドヤ顔を見せた。
そして、テンションの上がったアイリスフィールも、そんなアーチャーに黄色い悲鳴を上げて、思わず抱きしめながら、褒めちぎった。

「よぉし…ちょっとばっかし、この女装馬鹿をシメたいけど、どうする?」
「意見が合うわね。多分、善悪相殺的に、変態なら斬っていいと思うから、斬るわね? 斬るべきよね? 斬らないとダメよね? 斬りましょうか?」
「おいおい、まさかのヤンデレENDかよ!? ツッコミがうちより過激だなぁ、ここ!!」

だが、盛り上がるアイリスフィールとは対照的に、銀時とセイバーのテンションは、アーチャーに、ツッコミという名の殺意を覚えるまでに冷えきっていた。
とりあえず、木刀片手に殺す笑みを浮かべる銀時と待機状態である蜘蛛の姿から深紅の鎧武者となったセイバーが顔を見合わせながら、アーチャーに詰め寄った。
まさかの展開に笑いながら軽口をたたくアーチャーに対し、銀時とセイバーが盛大にド突きまわそうとした瞬間、不意に部屋の扉が勢い良く開かれた。
何事かと、扉に注目した一同の視線の先には、舞弥に肩を貸してもらいながら、覚束ない足取りで歩く切嗣の姿があった。

「…」
「あ、切嗣…!! どうしたの、何かあったの!?」
「おいおい、何だよ、その顔は…まるで死んだ魚の様な眼じゃねぇかよ」
「あんたが言えた台詞じゃないわよ?」

水銀の蛇との邂逅により、自身の根幹を打ち砕かれた切嗣は、精神的にもはや瀕死の状態だった。
だが、夫の異常を察し、駆け寄るアイリスフィールの声も、普段から死んだ魚の様な眼をしている銀時から死んだ魚の眼みたいだという声も、銀時にツッコミをいれるセイバーの声さえも、呆然と立ち尽くす切嗣には何も聞こえていなかった。
もはや、眼の輝きや生気を失った切嗣の姿は、満身創痍と成りながらも、かろうじて立っているという有様だった。
とその時、それまで呆然としていた切嗣が銀色の髪を見た瞬間、迷うことなくその銀髪の持ち主―――アイリスフィールに駆け寄ると弱弱しく抱きしめた。

「アイリ…僕は、僕は…!!」
「…おい、切嗣」

この場にいる全員の目を気にする余裕さえないほど追い込まれていた切嗣は、今にも泣き出しそうな声で呟きながら、自分が抱きしめた相手―――アイリスフィールにすがりついた。
そんな無様とさえ言える醜態をさらす切嗣の姿に、黙ってそれを見ていた銀時は、切嗣の本当の姿を見たと思った。
そこにいたのは、魔術師殺しと称された冷酷な暗殺者などではなく、アイリスフィールにすがり付く衛宮切嗣という臆病で無力な男でしかなかった。
そして、銀時は、アイリスフィールに縋り付きながら抱きしめる切嗣にむかって、ある事実を告げた―――

「…それ、アイリじゃねぇぞ。いや、女装している全裸だぞ、マジで」
「…え?」
「おいおい、おっさん。俺、男に抱き締められる趣味はないぜ」

―――実は、切嗣が抱きしめているのは、アイリスフィールと同じような銀髪の鬘を被った全裸と言う名のアーチャーだという事を。
思わず、銀時の言葉に間の抜けた声を出した切嗣は、自分の抱きしめている相手の顔を良く見た。
そこには、銀髪の鬘を取り外した全裸が少し困った表情で、切嗣にむかって場違いな台詞をほざいていた。
よりにもよって、妻であるアイリスフィールと敵のサーヴァントである全裸を間違えた―――その事実が、切嗣の中で、切れてはいけない糸が断ち切られた音が聞こえた。

「…切嗣?」
「…僕は、屑だ!!」

多少戸惑ったアイリスフィールは、硬直したままの切嗣にむかって、心配そうに声をかけた。
だが、次の瞬間、大声で自分を卑下した切嗣は、ボロボロの身体を無理矢理動かして、この部屋の窓をあけると、フラフラと片足を窓の外に出した。
ちなみに、ここは城の上層階である―――当然、そんなところの窓から外に出ようとすれば、確実に死ぬわけで…

「と、止めろおおおおおおおおお!! あいつ、飛び降り自殺するきだああああああ!!」
「ちょ、マスターの自殺で脱落なんて、冗談じゃないわよ!!」
「き、切嗣!! 落ち着いて!! 別にアーチャーのが、切嗣より大きかっただけなんだから!!」
「そうです。切嗣の大きさでちょうどいいです」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 」
「それ、説得じゃないよな!! お前ら、絶対に説得するきねぇだろ!? 二人とも説得に見せかけて、止め刺してんじゃねぇよ!?」

すぐさま、切嗣の自殺しようとしている事に気付いた銀時とセイバーは、窓の外へと I CAN FLY!!しようとする切嗣を羽交い絞めにした。
アイリスフィールや舞弥も必死になって切嗣を説得しようとするが、どう考えても、説得に見せかけた止めの一撃としか思えない事実―――全裸のナニより切嗣のナニが小さいという事を暴露していた。
しかも、効果は抜群だったらしく、説得役であるアイリスフィールと舞弥にツッコミを入れる銀時に羽交い絞めにされた切嗣は、力の限り叫びながら、窓の外へと飛びたたんと暴れだした。
もはや、アインツベルン陣営は、聖杯戦争序盤から脱落の危機に瀕していた。



そんな中、アインツベルンの森の中を突き進みながら、混乱の坩堝と化したアインツベルン城を目指す1体のサーヴァント―――戦装束に身を包んだ女丈夫の姿があった。

「あそこか…水銀や黄金、黄昏、そして、刹那も、あの男に何かの期待をしている」

はるか先に見えるアインツベルン城を見据えながら、女丈夫は後輩達が一目置いている男―――銀時のことを思い浮かべていた。
一見すれば、無気力でだらしのない駄目人間の代表格にしか見えなかったが、あのバーサーカーにあれだけの啖呵を吼えた事は紛れもない事実だった。
はたして、この戦争において、銀時が善となるか、悪となるか―――女丈夫は知る必要があった。
故に、この女丈夫は、銀時を試す為に、マスターである桜の許可をもらい、身内に内緒で、こっそりとここに赴いていたのだ。

「…私が見極める必要がある」

そう呟きながら、<座>において、世界を善と悪二つに分けた女丈夫―――はじまりの神と称される第一天は、アインツベルン城へと足を向けた。


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