「くるな、くるな、よるんじゃねえ!」
「ブラボー4、落ち着け。むやみに発砲しても敵には当たらない」
「けどよう、けど、こいつら、倒しても倒しても湧いて出てくるんですよ。ああ、もう残弾が」
「チャーリー4より、チャーリー1へ。だめです、これ以上は弾薬が持ちません」
「わかっている。今撤退経路を探っている。それまで何とか持ちこたえろ」
「アルファ1より大隊各機へ。このBETAどもの包囲網からの撤退ルートが出た。戦術マップに送る。確認しろ」
「了解」
戦域通信網から声が聞こえてくる。どうやら撤退のめどがついたらしい。
こりゃ、助けに行くまでもないかな?
と思ったら甘かった。
「ブラボー1よりアルファ1へ、大変です、撤退ルート上にBETAの地下侵攻です」
「なっ!?」
「撤退ルートが完全にふさがれています。しかも突出していたブラボー7とブラボー8が、完全に孤立してしまいました」
「くそっ、なんでこんなタイミングで」
へいへい、そんなこったろうと思ったよ。
ちょうどおれの認識範囲内にBETA特有の気と、人の気が2つ入ってきた。
こいつがブラボー7と8か。
もう少しだ、もう少しだけ持ってくれ。
最後の加速をかける。
前方に見える戦闘は一方的な蹂躙劇へと姿を変えかけていた。
かろうじて冷静な射撃を行っていたブラボー7が射撃を行わなくなったことが原因だ。おそらくは弾切れだろう。
ところが意外と冷静な声が聞こえてくる。
「ブラボー7、残弾ありません。これより近接装備のみで戦闘行為を継続します」
「ふざけるなよ、こいつら相手に銃なしで戦うなんて正気じゃないぜ」
こっちはブラボー8か。ブラボー7と比べて偉く動揺している。まあ、エレメント組んでいる片方の銃弾がなくなったと言うことは、射撃による支援が期待できなくなることを意味するからな。動揺するのも無理はないか。
「それならあなたは、そのまま銃を撃ち尽くしたら大人しく殺されるつもり?そんなつもりはないでしょう。それなら最後まであがきなさい。できるだけ支援はするわ」
ようやく視界に移ったその機体はF−15イーグル。なかなかいい機体に乗ってるじゃないか。
残弾0になった突撃銃を破棄し、近接長刀を抜いてBETAと対峙するブラボー7。それを支援するブラボー8。
だが銃なしでは圧倒的に手数が足りない。ましてやこれほど大量の敵に囲まれている状態だ。一瞬にして劣勢に陥る2機の戦術機。
それにしてもあれが大型種か。
突撃級の姿はちらほら見られるが、要撃級の姿の方が圧倒的に多いな。
それにしても趣味が悪いよな、BETA。造形といい、色彩といい。まあ宇宙人に美的センスを求める方が酷なのはわかっているんだが。
「背後から2つ。ブラボー8、回避を」
「くそっ、援護が受けられないからってそう簡単にやられてたまるかよ!」
ブラボー7はよくやっていると思う。銃での援護が出来ないのを埋め合わせるように、ブラボー8の安全を確保するような立ち位置を常に確保し、奮戦する。
先ほどの会話から見るに、精神的にもブラボー7は優れている。戦術機の操作技能も一級品だろう。
だが先ほども言ったとおり、手数が圧倒的に足りない。その上で相手の侵攻を食い止めるポジションに立ち続けることは、まさに目隠しで綱渡りをするに等しい行為だ。
当然そんなことが長時間維持できるわけはない。
要撃級の一撃がブラボー7の肩をかすめる。バランスを崩した戦術機がオートシーケンスで足を踏ん張ろうとする。
あ、やばい、それでは。
予想通り動きが止まったその一瞬のタイミングを計ったように、別の要撃級の一撃がブラボー7の胴体、管制ユニット付近に向かって振り下ろされる。
「あぁ」
こぼれた声には絶望が混じっていた。悲鳴を上げないのは強靱な意志のたまものか、それとも諦観故か。
だが次の瞬間、炸裂音とともに、管制ユニットに向かって振り下ろされていた要撃級の前腕が砕け散る。モース硬度15を誇る要撃級の前腕がだ。それはもう見事なまでに粉々に砕け散った。
うん、我ながらナイスショット。
「ぼさっとするな、さっさと動け」
とりあえず発破をかけながら、強化外骨格の両腕に構えた重機関銃をBETAに向けて構える。
「えっ、えっ?」
先ほどの凛々しさを欠片も感じさせない間の抜けた声が答える。
それに構わずおれは気を込めた重機関銃を、的確に要撃級の胴体にぶち込んでいく。
気を込めた重機関銃の一撃は当たった瞬間爆発し、要撃級を容赦なく葬り去っていく。一撃必殺。我ながら反則な威力だな。その代わりこちらの気も消耗するのと、当たり所が悪いと一撃で仕留められないのが難点なんだが。
「ほら、相方のブラボー8が危ないぞ、早く支援してやれ」
いいながら今度はブラボー8を背後から襲おうとしている要撃級の胴体に一撃を打ち込む。
「あ、わ、わかったわ、でも、その銃は?それに、強化外骨格?」
そりゃ確かに疑問を感じるよな。でも今はそれどころじゃないだろうが。まだ動揺を引きずっているのか?
「詮索はあとだ。気持ちを切り替えろ、今は生き残ることを考えろ」
「っ!わかりました。援護に感謝します」
切り捨てるように言うと、ようやく今の状況を思い出したのか、先ほどから通信で聞こえてきたのと同じ冷静な声が帰ってきた。
ちなみにおれの声はボイスチェンジャーで変えてあって、ぶるぅぁあ、って叫びそうなおっさんなみに渋い声になっている。
すぐさまブラボー8のバックアップに戻ったその姿を見ながら、おれは網膜投影機構を積んでいないことを激しく後悔していた。
だって、あれ、絶対美人だよ。しかもクールビューティーっぽい美人だよ。それがきょどった顔なんてレアもの、それが見られないなんて。
あー、なんかテンションさがるわ。
大型種を打ち倒すとあっという間に視界が埋まってしまうのでちょこまかちょこまかと位置を変えながらBETA狩りを行う。
おれに注意が移り始めたのか、ブラボー7、8への圧力はかなり弱まっている。
これ幸いにと、一体一体的確に仕留めながら、戦域へと意識を向ける。
まだBETAの群れの中に取り残されているのが21ほどか。
大隊だったことを考えると、13機ほど足りない計算になる。
13人、この状況で考えるとまだ損耗は少ないほうなのだろう。
だがそう簡単に割り切れないのが人間だ。
こちらが払った血の代償、100倍返しにしてやる。
「こちらブラボー8、残弾0だ、くそったれ、これより近接装備による戦闘行為に移る」
「ブラボー7了解。これからはお互い距離を取らないようにしましょう。でないと支援ができない」
「ブラボー8了解。背中は頼むぜ」
「ええ、まかせて」
ついに、両機とも飛び道具がなくなったか。
おれがサポートしないとやばいんだろうが、こちらもあいにくと手一杯だ。
両手で構えた重機関銃を単発でBETAに向かって打ち続ける。今のところほぼ命中率は90%以上をキープしているんだが、相手の数が多すぎる。一体に3発以上打ち込むことはないが、それでもこの調子だと弾薬がもたないぞ。
まあ、それを考慮してしこたま武器弾薬は背負っているのだが、おちおちと換装する暇がないんだよな。
「なあ、ブラボー7、あれって強化外骨格だよな?」
「そうね」
「なあ、ブラボー7、あれって重機関銃だよな?」
「そうね」
「そうね、じゃねえよ、なんであれで、要撃級が倒せるんだよ。あいつ、明らかにおかしいだろう?」
「そうね」
「え?あのブラボー7さん?」
「どうしたのブラボー8、後ろ気をつけて」
「とっ、悪い。それであそこで暴れている強化外骨格なんだけど」
「そうね」
「…」
などという心温まる会話を聞きながら、突撃級の後方から一撃を撃ち込む。
しばしBETAを狩っているとおれ宛に通信が入ってきた。
「ブラボー7より支援者へ、ブラボー7より支援者へ」
支援者っていえばおれのことだろうな。
「こちら支援者、なんだ?さっきも言ったが余計な詮索なら後にしろ」
「いえ、こちらのBETAはあなたのおかげでかなり減ってきました。突撃銃の残弾がなくなりはしましたが、しばらくの間なら持ちこたえられるはずです。あなたにはその間に、本隊の支援を行ってもらいたいのです」
なるほど、言われてみればだいぶ減ったな。ちなみにおれは要撃級56、突撃級7、戦車級374を撃ち殺している。戦車級に弾を使ったのは勿体なかったが、こいつらを放置していると、射撃兵装を持っていないブラボー7、8が危険にさらされる。
射撃主体の戦闘を行う国連軍に、飛びかかってくる戦車級を切り落とすのは少々難易度が高い要求だろう。前線で戦っているからにはそれなりに使えるだろうが、あくまで補助兵装の域をでないだろうからな。
「その後合流して、戦域を離脱、といったところか?」
「はい、無茶な要求だとは思いますが、あなたの戦いを見ていると、それしか手が思い浮かびません」
まあそれが最善だろうな。
「わかった。しばらく持ちこたえてくれ。すぐに戻ってくる」
「え、あの、本当にいいのですか?」
「なにが?」
「あなた一人を危険に晒すことになるんですよ」
「確かにここに留まるよりは危険が大きいが、戦場にいる限り結果は、生き残るか死ぬかの二つに一つだ。気にすることはない」
「わかりました、ご協力、感謝します。援護が行くことは伝えておきます」
「ああ、頼む」
おれは手に持った重機関銃を装填し直し、取り残されている機体の救出へと全速力で向かっていった。
「なあ、ブラボー7、あの強化外骨格って突撃級より速いよな?」
「そうね」
などといった会話を聞きながら。