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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第11話:混沌の戦場
作者:蓬莱   2012/07/13(金) 23:58公開   ID:.dsW6wyhJEM
一方、アインツベルン城に残ったアイリスフィールは、セイバーを纏った銀時と第一天との戦いの様相を、水晶玉を通して見守っていた。

「セイバー、銀時…」

銀時らを信頼して送り出したアイリスフィールであったが、不安もあった。
クラス特性として、直接的な戦闘を得意とするセイバーにとって真っ向勝負は望むところだった。
だが、第一天はあの規格外の怪物であるバーサーカーが呼び出した正体不明のサーヴァントなのだ。
如何にセイバーといえど、未知数の敵を相手に一筋縄でいくとは思えなかった。

「アイリ、舞弥…状況はどうなっているんだ?」
「切嗣…どうして、ここに!? まだ、休んでなきゃ駄目よ!!」

とその時、つい先ほど目を覚ました切嗣が着の身着のままでサロンに入ってきた。
一応、最低限の武器だけは用意してきたのか、切嗣はキャレコ短機関銃と切嗣の礼装であるコンテンダーの収まったケースを手にしていた。
しかし、切嗣の体調は万全と言い難く、まともに戦闘を行えるとは思えなかった。
まだ、身体をふらつかせながら歩く切嗣の様子に、アイリスフィールは思わず駆けよって、ふら付く切嗣の体を支えた。

「今、銀時達がバーサーカーの仲間と思しきサーヴァントと交戦に入りました」
「そうか…なら、そろそろ他のマスター達もここに来るころだな」

とここで、切嗣の様態を気にすることなく極めて冷静な口調で舞弥がセイバーと第一天との戦闘を簡潔に伝えた。
傍から見れば、冷淡であると思わざるを得ない舞弥の行動だが、舞弥としては自身の役割―――衛宮切嗣を殺人機械として滞りなく動作させる役割を果たしただけなのだ。
その効果はすぐに現れ、舞弥の報告を聞いた切嗣は、すぐさま思考を切り替えると、舞弥に向かって指示を出した。

「舞弥、アイリを連れて城から逃げてくれ。銀時達とは逆方向に」

切嗣の指示に、舞弥は躊躇なく頷いたが、アイリスフィールは動揺を隠せなかった。
ただでさえ、精神的に追い詰められていた切嗣の姿を見た手前、アイリスフィールとしては、切嗣と別行動を取る事に不安を感じずにはいられなかった。

「ここにいては…駄目なの?」
「恐らく、セイバー達が居ない以上、この城も安全じゃないだろう。それに僕と同じことを考える奴だっているはずだ」

アイリスフィールは、無理を承知で切嗣に尋ねるも、切嗣はアイリスフィールを諭すように語りながら、首を横に振った。
切嗣の言う通り、サーヴァントが別行動を取っている間に、城に残っているマスターを狙おうとする輩はいるかもしれない。
これまで多くの魔術師を屠ってきた切嗣の経験を考慮したうえでも、この城から離れる事は適切な判断と言えた。

「…分かったわ」

仕方がない。こうして合流できたこと自体がイレギュラーなのだ―――そう割り切ろうとしたアイリスフィールは、悄然としながら頷いた。
とここで、切嗣が着の身着のままだった事に気付いたアイリスフィールは、切嗣の為に用意した着替えの入った包みを手渡した。

「ここに着替えを用意したから…気を付けてね…」
「分かった、アイリ…ありがとう」

切嗣からの感謝の言葉に、少しだけ顔をほころばせたアイリスフィールは、護衛役の舞弥に付き添われながら、名残惜しそうにその場を後にした。
だが、この時、アイリスフィールは致命的ともいえる間違いを犯していた。
そして、サロンに一人だけ残った切嗣がそんな事など知るはずもなく、アイリスフィールの用意した包みの中を見た瞬間、思わず身体をこわばらせた。

「アイリ、あの…これを着ろって!? いや、ちょっと待って!! 無理!! 無理だから!! これは…さすがに…!! 怒っている? 全裸と間違えちゃったの怒っているの!? 」

包みの中に入っていたモノを前に、切嗣が困惑するのは無理もなかった。
なぜなら、アイリスフィールが手渡した包みのその中身は、本当ならアーチャーに渡されるはずの衣服だったのだから。
そんな真相など知るはずもない切嗣は、さきほどの殺人機械として自分を見失い、この場にいないアイリスフィールに対して謝るほど混乱することとなった。


第11話:混沌の戦場


一方、アインツベルン城で、切嗣が色々と葛藤している頃、セイバーを装甲した銀時と第一天との戦いは続けられていた。
だが、意外にも倉庫街でのセイバーとランサーが闘っていた時の様な拮抗状態ではなく、一方的ともいえるセイバーの終始優勢ともいえる状態が続いていた。

「ちっ!!」
「どうしたのかしら、正義の味方? 大口を叩いた割には劣勢のようだけど?」

その最中で、高所より攻めたてるセイバーの木刀とそれを追う第一天の剣がぶつかり合った。
次の瞬間、高い位置から攻撃を仕掛ける事で位置エネルギーを運動エネルギーと上乗せする事で攻撃力を高めたセイバーに力負けした第一天は勢いよく押し飛ばされた。
何とか崩れかけた体勢を整えながら、すぐさま剣を構える第一天に対し、セイバーは先程の鬱憤を晴らすかのように皮肉を言った。

「あの第一天のねぇちゃん、強いちゃ強いんだけど…何か変じゃねぇか?」
「さぁ、どうかしらね? 案外口先だけかもしれないわよ」

とここで、銀時は、息を切らしながらこちらを見据える第一天に違和感を覚えた。
確かに、ここにいたるまで、終始第一天に対し優位に戦闘を進めていた。
―――まるで、台本通りにそうなる事が当然のように。
―――銀時達に何一つ苦戦や逆境など無い事が当たり前のように。
だが、善悪相殺を嫌う銀時の甘さが出たと思ったセイバーはさして気に留めることなく、この異常な戦いを続けようとした。

「銀時、このまま押すわよ」
「おう…だけど、殺すんじゃねぇぞ。そこの全裸を切り殺すなんざ、俺はごめんだぞ」
「私もいやよ、変態切るなんて。それに、同盟を結ぶかもしれない相手のサーヴァントを殺したら、色々とまずいでしょうし」

再び、木刀を構えて戦おうとするセイバーに、銀時は第一天を殺さないように釘を刺した。
もし、この場で第一天を斬り殺せば、善悪相殺の誓約に従い、味方となる予定のアーチャーを斬り殺さなければならなくなる。
いずれ雌雄を決する相手とはいえ、それはバーサーカーを討伐してからの話だ。
当然、セイバーもそのことは理解しているし、さすがに全裸の変態を斬るのは嫌なのか不承不承頷いた。

「まぁ、このままいけば、早く片は付きそうだけど!!」
「くっ…!!」

ただ、殺さずとも戦闘不能にまでは追い込めばいい―――弱り切っている第一天を前にセイバーは侮辱とも言える言葉を口にした。
一方、悪を討つ力が及ばない事に歯がゆそうに第一天は、木刀を構えるセイバーを睨みつけた。
だが、第一天にとってセイバー―――善悪相殺という邪悪に負けるわけにはいかなかった。
否、負けることなど絶対にあり得ない事だった。
なぜなら、悪に蹂躙させながらもあがき続けようとする善―――それこそが第一天の宝具を発動させる最後の条件なのだから。

「負けぬ!! 断つべき悪を前に屈するものか!!」
「なっ!!」

次の瞬間、気力を振り絞るように吼える第一天の声と共に、第一天の振るった剣がセイバーを吹き飛ばした。
息を切らすほど疲労していたはずの第一天の反撃に、思わず銀時は声を上げて驚いた。
先程まで劣勢に追い込まれていた時と比べて、第一天のステータスが格段に上がったかのような感覚だった。

「覇権を狙う者は悪だ。善とは敗北の淵であがき続ける光だ…!! なればこそ―――我が討ちし者は悪しき者!! 滅ぼされてしかるべき邪な者!! 故に我は正義なり!!」
「がっ!! どうなっていやがるんだ!?」
「分からないわ!? ただ、敵の力が強化されただけじゃない…こちらも弱体化している!! これは奴の宝具なの!?」

自らを正義と謳いあげるように斬りかかる第一天を前に、防戦を強いられる銀時とセイバーは訳も分からず困惑するしかなかった。
突然、ステータスが強化されたかのように攻めたてる第一天に対し、逆にステータスが弱体化したように先程までの勢いを完全に失ったセイバー―――この異常の原因と考えられる可能性は一つ。
それが、第一天の宝具によって引き起こされたものであることが極めて高かった。

「悪である貴様では勝てない。なぜなら、善と悪を分かつ―――それが私の望んだ理だからだ」

そんなセイバーらの疑念に応えるような形で、第一天は勝利宣言とも言える言葉を吐いた。
かつて、バーサーカーと同じく座を支配する者であったころ、ある法則を元に世界を作った。
―――我が討ったのは悪しき者であり、滅ぼされてしかるべき邪悪なのだ。
―――故に我は正当なり。
己の善である事を信じるために、殺し滅ぼしてもよい邪悪を求めた第一天は、座の力を持って、人を善と悪の二つに分け、善と悪が未来永劫の闘争を続ける世界を作ったのだ。
この為なのか、第一天がサーヴァントとして召喚された事で、はからずもこの第一天の生み出した法則が、敵のサーヴァントの属性が悪である事と第一天自身が絶体絶命に追い込まれる事を条件に発動する宝具<二元論>として再現された。
そして、宝具<二元論>の効果とは、第一天のステータスを上昇させるとともに、悪の属性を持つサーヴァントである場合に限り、強制的にステータスを引き下げるものだった。

「さぁ、悪鬼よ…今こそ、その首を断たん!!」
「このぉ!!」
「おいおい…ひょっとしてやばいんじゃねぇか…!!」

宝具の恩恵により力を得た第一天が斬りかかるのに対し、弱体化された状態で戦う事になったセイバーはと銀時は防戦を強いられた。
―――セイバーと第一天との戦いを監視しながら、戦いの行方を窺う敵に気付くことなく。


一方、アインツベルンの城を目指していた正純達は、セイバーと第一天との戦いが始まった事に驚きを隠せないでいた。

「まさか、アインツベルンとの同盟を結ぶ前に、もう戦闘が始まっているなんて…!!」


各陣営がバーサーカー討伐の名目で休戦となったことに油断していた正純は自分のうかつさに苛立ちを隠せなかった。
しかも、アーチャーから、セイバーらと一緒に迎撃に向かったとの連絡を受けていたので、なおさらだった。
とりあえず、アーチャーらと合流するために、正純達はセイバーと第一天の戦っている場所を目指していた。

「仕掛けているのは、誰なんでしょうか?」
「フフフ…それを私に尋ねるのね。決まっているじゃない。私に分かるわけないでしょ!!」
「それって、自信満々に言う台詞じゃないですよね!? というか即答にも程がありますよ、喜美!!」

とここで、浅間はふと思い浮かんだ疑問―――セイバーらと戦っている相手が誰なのかということを口にした。
現在、監督役である全裸神父からの提案で、バーサーカー陣営を除いたほぼ全てのマスターが、バーサーカー討伐のために休戦状態となっているはずなのだ。
そんな浅間の疑問に対し、喜美は余裕の笑みを浮かべながら分からないと即答した。
や、役立たず…役立たずって言って良いですよね!?―――心の中でそんな事を思いながら、喜美にツッコミを入れる浅間に対し、ネシンバラからの通神が入った。

『多分、このタイミングで仕掛けてくるとしたら、バーサーカー陣営だろうね』
「…あいつか」

セイバーらと戦っているのがバーサーカー陣営であると考えているネシンバラの意見に、正純は思わず顔をしかめながら考え込んだ。
現在、全裸神父こと璃正神父はバーサーカー討伐を行うに伴い、マスター達にとって魅惑的ともいえる追加令呪を報酬として提示した。
だが、今後の戦闘を考えるなら、マスター達にしてみれば、他のマスター達が令呪を得ることも避けたがるはずだ。
よって、自分だけが追加令呪を独占しようと、互いに妨害工作で足を引っ張り合う可能性は極めて高かった。
時臣や協力者である璃正神父はそれを狙って、最後にアーチャーに漁夫の利を得させる腹積もりなのだろう。
だが、正純達としては、バーサーカーを本気で討伐しようと考えるならば、時臣らの策は甘過ぎると言わざるを得なかった。

「もし、バーサーカー本人だとすれば、かなり不味いぞ…」
『現時点で、こちらは戦力の大半をあいつにやられている。しかも、頼みのホライゾンの宝具は全く効かない。はっきり言って、バグチートも大概にしろって言いたいよ』

正純やネシンバラとしては、もし戦っているのがバーサーカー本人ならばこちらに勝ち目などまるでないと考えていた。
現に倉庫街での戦闘において、バーサーカーは、他のサーヴァント4体や、こちらの戦力の要であるミトツダイラやウルキアガ、成美、二代を一瞬で戦闘不能に追い込んだ。
しかも、バーサーカーはホライゾンやセイバーの宝具の直撃を受けても無傷という絶対的な強度を誇っていた。
まさしく、バーサーカーは、この聖杯戦争において極めて異常なまでの戦闘能力を持った危険な敵だった。

「でも、ここでアーチャーを見捨てるわけにはいけませんよ」
「そうだな。一応、私の為に、マスターが用意してくれた護身用の魔術礼装は持ってきたんだが…」

とはいえ、三つ折り状態から展開した弓<片梅>を装備した浅間の言う通り、アーチャーがセイバーらの付いて行ってしまった以上、応援に駆け付けないわけにはいかなかった。
何しろ、正純達が現界しているのは、アーチャーの宝具があってこそ可能なのだ。
ここで、もし、アーチャーが倒されれば、その時点で正純達は文字通り消失してしまうのだ。
正純としても、何とかアーチャーだけは助けるために、セイバー達が闘っている場所に向かわざるを得なかった。
とここで、正純は念の為に、時臣から手渡された魔術礼装―――翼を付けた円の中に☆が刻まれた紋章がある長細い箱を見ながら、首をかしげた。
―――戦闘に関しては門外漢である自分に何故、マスターである時臣はこんなものを渡したのか?
時臣の意図が読めずに考え込む正純であったが、その答えを知る間もなく、予期せぬ遭遇者と出くわすことになった。

「ねぇ、そこのあなた達、ちょっといいかしら?」
「あなたは…ランサー!?」
「まさか、こんな時に…!!」

正純達にむかって気軽にあいさつするように呼びとめたのは、燃える炎のような赤い髪と眼を持った女―――倉庫街の戦いでセイバーと戦ったランサーだった。
思わぬ敵との遭遇にとっさに身構える正純達であったが、ランサーとしては別に正純達とは戦うつもりなどなかった。
アインツベルンの城に向かったケイネスと別れた後、ランサーはセイバーとバーサーカーの呼び出したサーヴァントらしき女―――第一天が戦っている場所に向かっている途中だった。
自分との決着を付ける前に、銀時が倒されるのは我慢できない―――自分本位で闘う事が好きなランサーらしい理由で、セイバーの助太刀に行くつもりだったのだ。
その途中で、明らかにサーヴァントらしき複数の気配を感じたランサーは気配のする方向へ寄り道すると、正純達に偶然出くわしたというわけなのだ。

『落ち着かれよ。我らはそなたらと戦うつもりはない』
「それより、ちょっとお願いしたい事があるんだけど―――」

一先ず、ランサーに代わって、アラストールは身構える正純達に向かって、この場で敵対するつもりがない事を伝えた。
監督役である聖堂教会からバーサーカー討伐の間は、各陣営は休戦状態となっている事見越しアラストールは、正純達との無用な戦闘を避けようと考えていた。
とここで、不意に何かを思いついたランサーは正純達に向かって、凄みを利かせて笑いながら、ある提案をした。


一方、ランサーと別れたケイネスは、アインツベルンの城へとたどり着いていた。
当初、ケイネスが、サングラスとマスクで変装をした第一天を街で見つけたのは、まったくの偶然だった。
この時、ケイネスは、第一天がバーサーカーについての情報を知っているのはと考え、ランサーを伴って即座に追跡を開始したのである。
その後、ケイネスとランサーが、アインツベルンの森にたどり着いた頃には、すでに第一天がセイバーとの一騎打ちが始まっていたが、そこにセイバーのマスターの姿はなかった。
そこで、ケイネスは、ひとまずランサーに第一天への攻撃を命令すると同時に、第一天から得られる情報を独占する為に、ケイネス自身がセイバーのマスターを排除しようと考えたのだ。
先のホテルの爆破によって多くの魔道器を失ったケイネスだが、最強の切り札たる礼装―――地面にめり込んだ大きな壺があれば、戦力に不足など無かった。

「Fervor,mei sanguis(沸き立て我が血潮)」

ケイネスが術式機動の呪文を唱えると同時に、壺の口から大量の水銀があふれ出してきた。
壺からあふれ出た水銀は、まるでアメーバのように壺の外へと流れ出ると、小刻みに震えながら球状の形に変形した。
これがロード・エルメロイ称されるケイネスの誇る最強の礼装<月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム>だった。

「Automatoportum defensio(自律防御): Automatoportum quaerere(自動索敵):Dilectus incursion(指定攻撃)」

ケイネスが呪文を唱えると同時に、水銀の塊は表面を震わせながら、城の扉に近づくケイネスの足元を追うように移動し始めた。
流体操作の術式を得意とするケイネスは、魔力を充填した水銀に多種多様な行動パターンを記憶させ、状況に応じた最善の反応を取るように設定した戦闘魔術を編み出した。

「Scalp!!」

ケイネスがそう一喝すると同時に、球状となった水銀の一部が細長い帯状の形に変形し、次の瞬間、鞭のように唸りを上げて城の扉に叩きつけられた。
しかも衝撃の直前、水銀の鞭は厚さを刃のように薄く硬化することで、閂ごと分厚い扉をやすやすと両断した。
行く手を阻むものが失せたところで、ケイネスは悠然と場内のホールに踏みこむと、堂々と胸を張りながら、無人のホールにて名乗りを上げた。

「アーチボルド家九代目頭首、ケイネス・エルメロイがここに推参仕る!! アインツベルンの魔術師よ!! 求める聖杯に命と誇りをとして、いざ尋常に立ち会うがいい!!」

もっとも、形式通りの決闘など期待していなかったケイネスの予想通り、ケイネスの呼びかけに応じる者はいなかった。
そのまま、ケイネスはやれやれと嘆息しながら、まるで罠を気にする風でもなく、ホールの中央まで進んでいった。
と次の瞬間、ホールの四隅に置かれた4つの花瓶が轟音と共に、舞弥によって花瓶の中に仕掛けられクレイモア対人用地雷の七百個もの鋼鉄球が四方から扇状に一斉にまき散らされた。
並の人間ならば、逃げる事も出来ずに一瞬のうちに挽肉へと変えるだろう―――そう、相手が魔術師でなければの話だが。
合計二千八百発もの鉄球がケイネスに殺到した瞬間、ケイネスの足元を移動していた水銀の塊が瞬時にケイネスを覆うようにドーム状に変形した。
厚さこそ薄いものの、魔力により強化された水銀の被膜は、ケイネスに傷一つ付けることなく、クレイモア地雷の鉄球を尽くはじき返した。
これこそが、ケイネスに対し危害を加えようとする事象に対し、即座に防御幕を展開する月霊髄液の自律防御システムだった。
変幻自在な水銀は、まさに攻防一体の兵器として、ケイネスの剣でも鎧でもなりうる代物だった。

「ふん…からくり仕掛けか。アインツベルンめ、そこまで堕ちたか…」

防御膜を解かれた後、ケイネスは仕掛けられていた罠が魔術的なものではない事を知り、その悪辣さを鼻で嗤った。
同時に、仮にも名門と知られるアインツベルンの魔術師が下劣で品性のない手段を取った事に対し、ケイネス魔道を志す者として怒りよりも嘆きさえ感じていた。
恐らく、ケイネスらの拠点としたホテルを爆破したのも、アインツベルンの仕業なのだろう。
3度までの失敗に血迷ったのか、どこぞの殺し屋辺りを雇い入れたのだろうが、ケイネス個人、否、魔術師として断じて許されるものではなかった。

「よろしい!! ならば、これは決闘ではなく…」

そして、殺意を新たに、ケイネスはホールの奥へと踏み込んでいった。

「…誅伐―――ガァン!!―――おごぉ!!」

―――その直後に、金属製のタライがケイネスの頭に直撃しつつ。

「な、何だ、これは!! いや、それより…!?」

金属製のタライを頭から叩きつけられたケイネスはその場で蹲るように悶えていたが、ハッとしてある事に気付いた。
明らかにケイネスを狙った罠だというのに、金属製のタライがケイネスに落ちてきても、月霊髄液の防御システムが発動しなかった。
月霊髄液の自律防御は、ケイネスに危害を及ぼさんとする事象に反応して防御する為、この金属製のタライについても防御されるはずなのだ。
だが、月霊髄液は水銀の被膜を張るどころか、球体から何の変化のないままだった。
そんな予期せぬ事態に戸惑うケイネスを容赦なく二つ目の罠―――生クリームをたっぷりと乗せた皿がケイネスの顔めがけて投げつけられた。

「ぶぼぉ!? 何を、何をしかけたんだ、アインツベルンは!! 」

顔面から皿をまともに受け止めたケイネスは、顔中を生クリームまみれにされながら、またもや月霊髄液の防御システムが発動しない事に混乱するしかなかった。
水銀に対する魔力は十分に補充してあるし、クレイモア地雷に対する防御には反応したことから、水銀に記憶させた行動パターンの誤作動などあり得ない。
また、ケイネスを襲った金属製のタライや生クリームを乗せた皿には、月霊髄液の自律防御に対する妨害魔術などはいっさい施されている様子はなかった。
では、何故、月霊髄液はケイネスを守ろうとしなかったのか?

「こ、この私が何故、このような―――バシャァ!!―――ぎゃあ!?」

この時、立ち上がろうとして、氷水の入ったバケツを頭上からぶちまけられたケイネスは知る由もなかった。
月霊髄液が反応しなかった罠全てが、舞弥の手伝いと称して、アーチャーとそれに悪ノリした銀時とアイリスフィールによって仕掛けられたものだった。
あくまで、アーチャーらが悪戯感覚で仕掛けたため、罠自体は致命傷を与えるものではないが、これが思わぬ効果をもたらす事になった。
月霊髄液が自律防御は、ケイネスに対し危害を及ぼす事象に対し発動される。
だが、アーチャーらの仕掛けた罠は悪戯という範囲のものでしかなく、クレイモア地雷のような殺傷能力のある罠でない為、ケイネスに危害を及ぼすものではなかった。
つまり、このアーチャーらの仕掛けた悪戯に対し、月霊髄液は即座に最善の―――自律防御を行わないという反応を取っていたのだ。

「くっ、くだらない小細工を仕掛ける―――ズルっ―――どべぇえええええええ!!」

そう、人間風に言うなら、笑いの為に、月霊髄液は場の空気を読んでいたのだ!!
それを証明するかのように、銀時の捨てたバナナの皮に足を滑らせて尻から階段を落ちていくケイネスに対しても月霊髄液は自律防御を発動させなかった。


一方、サロンにいた切嗣は、もはやコントのような有様となっているケイネスの姿をホールの物陰に設置した隠しカメラから観察していた。

「とりあえず、妨害にはなっているようだな。まぁ、これはこれでいいか…僕の方も着替えは済ませたけど…」

致命傷を与えてはいないものの、一定の成果を上げているアーチャーの悪戯に呆れながら、切嗣はサロンに立てかけられていた大鏡を見た。
それを見た瞬間、切嗣は思わず吐き気を覚えた。
その大鏡に映っていたのは、アイリスフィールの用意した衣装に着替えた切嗣自身の姿だった。
一応、多少なりとも魔術的な防護を施された衣装であったので、切嗣は無理矢理に自分を納得させながら、アイリスフィールの用意した衣服に着替えたのだが―――

「無いよなぁ…これは無いよなぁ…」

―――鏡に映った自分の姿を見た切嗣は思わず肩を落としながら脱力した。
いくら何でも酷過ぎし、こんな怪しい奴に出くわしたら迷いなく射殺ものだな―――身につけてしまった後では仕方がないとはいえ、今の自分の姿に対して、切嗣はそう思わずにはいられなかった。
少なくとも、娘であるイリヤスフィールに見せようものなら、大号泣間違いなしの代物だった。

「とりあえず、他に替えの服がないか探さないと…!!」

しかし、何時までもそうしている訳にはいかないので、切嗣はすぐさま着替えを取りに行こうとサロンから出ようと扉に向かった瞬間、思わず立ち止った。
扉の鍵穴から水銀の滴が垂れながら、扉の表面を滴り落ちていた。
やがて、切嗣の目にとまった瞬間、滴り落ちていた水銀の滴は急に静止し、勢いよく鍵穴へと逆戻りしながら跡形もなくなった。

「…なるほど。自動索敵か」

切嗣が苦々しく呟いた直後に、サロンの中央の床を銀色のひらめきが貫いた。
そして、間を空けることなく、部屋の中央の床が円形に切り取られて下の階へと落ちていった。
やがて、床に空いた穴の中から現れたのは、クラゲのような形をした月霊髄液とその上に仁王立ちしながらこめかみをひくつかせるケイネスの姿があった。
アーチャーらの仕掛けた罠に尽く引っ掛かったのか、ケイネスの姿はロード・エルメロイとは思えないほどの酷い有様だった。
―――バリエーションが豊富なのか、ケイネスが着こんだ服のあちこちにクリームや芥子などがこびり付いていた。
―――冷水を何度もかけられたのか、いつもは丁寧に整えた髪もずぶ濡れで垂れ下がっていた。
―――後、相当尻を中心にダメージを受けたのか、ケイネスが痛みを我慢しているのが分かるほど、両足が小刻みに震えていた。
その他にも、もろもろの悪戯に苦闘した跡が幾つか見られるケイネスの姿は、思わず切嗣でさえ憐れむほどの悲惨なモノだった。

「み、見つけたぞ、溝ネズ…ミっ?」
「いや…その…」

もはや疲労が最高潮に溜まった身体を無理矢理奮い立たせたケイネスは悪辣な罠を仕掛けたであろう下手人―――衛宮切嗣へと眼を向けた。
そして、ケイネスが切嗣の姿を見た瞬間、思わず言葉の途中で固まってしまった。
女子高生服を思わせるジャケットとブラウスに、フリル付きのプリーフスカート、模様入りタイツと長い黒髪の鬘、そして、左手に装着された紫色の宝石の付いたアクセサリー―――アーチャーに渡されるはずだった魔法少女を模した女装用の衣装を着た切嗣の姿があった。
―――何だ、これ?
予想の斜め上をいく展開に唖然とするケイネスであったが、思わず何か言い訳をしようとする切嗣に対し、この状況下ですぐさま最善の行動を取った。

「…失礼した」
「あ、いや、ちょ…」

ケイネスは踵を返して階下へと飛び降りると、再び球状形体となった月霊髄液と共に全速力で走り去って行った。
これには、思わず切嗣もただケイネスを見送るしかなかったが、すぐさま、今の自分が置かれている状況に気付いた。
アレ? もしかしなくても、今、変質者扱いされた?―――このままでは確実にアーチャー並の変質者として言いふらされると察した切嗣は、誤解を解くのと、最悪の場合は口封じのために慌ててケイネスの後を追った。

「まっ、待てぇえええええええええええええ!!」
「来るなぁああああああ!! 何だ、何なのだ、アインツベルンの連中は!! どうなっているのだ!?」

アインツベルン城の廊下を全力で追いかける切嗣(魔法少女)と必死になって逃げようとするケイネス。
もはや、此処に置いて、狩る者と狩られる者の立場は完全に逆転していた。
だが、切嗣もケイネスもお互いにこの状況に対しこう思っていた―――どうして、こんな展開になった!?と。

「こんなの…こんなの絶対おかしいよ!!」
「おかしいのはお前の姿と頭だぁあああああああああああ!!」

もはや魔術師殺しの面影など微塵もない口ぶりで嘆く切嗣に対し、ロード・エルメロイの威厳など完全に失ったケイネスは声を張り上げるようにツッコミを入れた。
第4次聖杯戦争におけるアインツベルン城の死闘はまだ始まったばかりだった。


一方、セイバーと第一天との戦いはまるで勧善懲悪を題材とした台本通りのような展開になっていた。

「…立場が逆転したな、悪鬼」
「この、何で…!?」

先程までの劣勢を覆し、堂々と立ちながら。剣を突きつける第一天に対し、剣先を突きつけられたセイバーは装甲のいたるところに損傷を負いながら膝を屈していた。
時間がたつごとに、強化されていく第一天の猛攻に、弱体化していくセイバーは為すすべもなく打ちのめされていた。
もはや理不尽とも言えるような第一天の逆転劇に、敗北寸前のセイバーは納得できずにいた。

「簡単なことだ。私と相対した時点で、貴様に勝機など一片のかけらもなかったということだ。悪である貴様に、私が負ける道理など何処にもない。否、あってはならないのだ」

だが、第一天にしてみれば、セイバーが敗北寸前に追い込まれる事は当然の結末でしかなかった。
なぜならば、第一天の宝具が展開される限り、善が悪に負ける事など無いし、第一天がセイバーに勝てないという事など絶対にあり得ないのだ。
そして、ここで滅ぼされるべき悪は善悪相殺という邪悪な理を持つセイバーであり、故に自分は善であると第一天はそう信じ込んでいた。

「なぁ、第一天のねーちゃん…何でそんなに善悪に拘るんだよ?」
「何?」

とここで、この戦いの見届け人となっていたアーチャーが、己を善と言い続ける第一天にむかって唐突に尋ねた。
突然の横槍に不愉快そうに顔をしかめる第一天であったが、アーチャーとしてはどうしても口を挟まずにはいられなかった。
アーチャーのから見れば、己は正義だ、善だと主張する第一天の姿が、痛々しいぐらい必死になって自分を騙しているようにしか見えなかった。

「そこの全裸の言う通りだぜ。自分が善だ。相手は悪だ。必死こいて色々と決めつけてんじゃねぇよ。それじゃあ、まるで…てめぇが悪くないって、誰かに言い訳しているみたいじゃねぇか」
「…黙れ」

そして、それは、直接第一天と戦っていた銀時も思っていた事だった。
この戦いの中で、第一天は異常ともいえる執拗さでセイバーを悪だと主張し続けていた。
だが、銀時には、その第一天の姿に自分が犯した罪から眼をそむけて、相手を悪とする事で自分が善であると思いこもうとしている風にしか見えなかった。

「てめぇ騙すような奴に負けられるかよ…そんな奴に俺は絶対に負けるつもりなんざねぇよ」
「黙れと言っている!!  貴様らぁ!! 何が、お前らに何が分かる!! 我が私がどんな思いでアレについたかも知らないで!!」

そんな自分さえを偽るような第一天に対し、銀時は断じて負けるつもりなどないと啖呵を切った。
次の瞬間、堰を切ったかのように第一天は抑え込んでいた感情をあらわにしながら、剣の切っ先を突きつけたままセイバーを装甲した銀時やそれを見守るアーチャーにむかって叫んだ。
―――認めることなど出来るはずがない。
―――認めてしまえば、二度と自分を許すことなど出来なくなる。
―――認める事が出来ないからこそ、善と悪に分かれた世界<二元論>を生み出したのだ。
そんな第一天にとって、銀時やアーチャーの言葉を認めることなど出来るはずもなかった。
それほどまでに、銀時とアーチャーに心を乱した第一天は感情をむき出しにするほど余裕をなくしていた―――この時を狙っていた襲撃者に気付く間もなく。

「なら、自分の犯した罪と向き合いなさい」
「ん?」
「え!?」

不意に聞こえていた第三者の―――妖艶さを漂わせた少女の声音に、銀時や第一天は思わず声のした方向に顔を向けてしまった。

「自らの心で滅びなさい―――幻燈結界(ファンタズ・マゴリア)!!」
「貴様は―――!!」
「くっ、しまった!!」
「て、てめぇは…!!」

次の瞬間、銀時達の眼に映ったのは、少女の叫びと共に展開された魔法陣だった。
ここに於いて、相手の罠にかかった事を察した銀時らであったが、アーチャーを除いた全員がなすすべもなく意識を失ったかのように倒れた。
そして、意識を失う寸前の銀時が眼にしたのは―――

「全裸のナニを頭の上に乗せられたドS幼女かよ…!!」
「待ちなさい!! 心の闇に落ちる前に訂正しなさい!! 何で、私のクラス名で呼ばないの!! 何で、よりによってそれなの!! わざと? わざとなの!?」

―――意識を失おうとする銀時に向かって、必死になって訂正を求めるキャスターだった。


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