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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第12話:戦場の乱入者たち
作者:蓬莱   2012/07/13(金) 23:03公開   ID:.dsW6wyhJEM
―――女が泣いていた。
自分にとって見覚えはないはずなのに、どこかで会ったはず女だった。
その女は普段の姿からは想像できないほど、置いてかないで、捨てないでと泣き続けていた。
馬鹿野郎、いつまでも昔の男引きずってんじゃねぇよ―――いつものように憎まれ口を叩くきながら、泣き続ける女を立ち直らせようとした瞬間―――

「…い、おい、起きろ!! いい加減起きろ、銀時!!」
「ん…あ、おい、ヅラじゃねぇか!? 何で、お前が居るんだよ? つか、他の連中は? そもそも、何処なんだよ、ここ?」

―――眼を覚ました銀時の前にいたのは、先程泣き続けていた女ではなく、戦装束に身を包んだ桂小太郎だった。
寝ていた自分を起こそうとした桂であったが、イライラしているところを見ると、中々呼びかけても起きない銀時に苛立っていたのだろう。
とここで、銀時はここにいるはずのない桂がいる事やセイバー達の姿がない事、そして、ここが先程までいたアインツベルンの森ではなく、どこかの戦場に設けられた陣地であることに驚きつつ、呆れたように銀時を見る桂に尋ねた。

「ヅラじゃない桂だ。まったく、こんな時に何を寝ぼけているんだ…松陽先生を助ける最後の機会だというのに…」
「え、お前…何言って…」

銀時がまだ眼がさめていないと思った桂はため息を吐きながら、こんな調子で師である吉田松陽を助けられるのかと愚痴をこぼした。
だが、銀時にしてみれば、桂の方こそ寝ぼけているとしか思えなかった。
なぜなら、自分達の師である吉田松陽は攘夷戦争時代に―――。

「何してんだぁ、ヅラ、銀時。皆、準備は整ったぜ」
「高杉…!?」

とここで、銀時達を呼びに来た高杉晋助までもが現れた事に、銀時は思わず驚きの声を上げた。
何で、紅桜の一件で袂を分かったはずのお前までいるんだ!?―――次々と起こる異常事態に銀時は何かがおかしいと思った瞬間―――

「わ、悪い…ちょっと寝ぼけていたみてぇだわ」

―――何かがその違和感を無理矢理抑え込み、銀時はこれが現実なのだと受け入れていた。
何故かは分からないが、銀時は、異世界で聖杯戦争という怪しげな戦いに参加していた夢を見ていたのだと思い始めていた。
まるで、この攘夷戦争まっただ中の今が正しいのだと言うように。

「まったく…さぁいくぞ、銀時!!」
「早く、先生を助けようぜ」
「あ、あぁ…」

傍から見れば緊張感のない銀時の態度に呆れながら、桂と高杉は、無理矢理銀時を立ち上がらせると、強引に仲間達の待っている場所へ向かって行った。
今一つ釈然としないまま、桂と高杉に促されながら、銀時は戸惑い気味に返事を返すと、夢の中で最後に出てきた女の姿を思い出しながら歩き始めた。

「ありゃあ…夢だったのか…」

そう呟いた銀時は、腰に下げてある攘夷戦争時代に持っているはずのない洞爺湖の銘が入った木刀に気付かなかった。
そして、洞爺湖の存在こそが、銀時が現実だと思いこまされたこの世界がキャスターの宝具<幻燈結界>によって生み出された幻である証に気付くことなく。



第12話:戦場の乱入者たち




一方、銀時らを宝具<幻燈結界>で戦闘不能に追い込んだキャスターであったが、その顔に勝利の余裕など全くなかった。
むしろ、キャスターとしては、全裸のナニを頭の上に乗せられたドS幼女という不名誉極まりない呼び名が定着しつつある事に苛立ちを隠せなかった。

「くっ…何故、この私がこんな扱いを…!!」
「そりゃ可哀想になぁ。まぁ、そんなに落ち込むなよ」

貴様のせいだろうがぁああああああ!!―――そう叫ぶ代わりにキャスターは、軽い感じで慰めようとするアーチャーに向かって魔法弾を叩きこんだ。
とはいえ、キャスターとしては、アーチャーをすぐに殺すつもりなど毛頭なかった。
その為に、キャスターは、本命であるアーチャーを<幻燈結界>の対象からわざと外したのだ。

「…あの邪魔な連中のように幻覚の中で楽に死ねると思わない事ね。ゆっくりと時間をかけて、ジワジワと嬲り殺してあげるわ。そして、死の間際にこのバビロンの魔女を敵に回した事を後悔しなさい!!」
「おいおい、ガチキレてんなぁ、あのドS幼女…余裕ねぇのかな」

これまでの鬱憤を晴らすかのように、キャスターは自らの手で倉庫街でのトラウマを払拭せんと次々に魔法陣を展開させ、ボケ術式のおかげでほぼ無傷で立ち上がったアーチャーにむかって大量の魔法弾を一斉に発射した。
次々と襲いかかる魔法弾の弾幕に、キャスターの怒りようにぼやいていたアーチャーは慌ててギャから始まる奇声を上げながら回避しようとした。
キャスターが魔法弾の威力そのものは限りなく低く抑えてあるため、ボケ術式の加護もあってかアーチャーに致命傷になることはなかった。
だが、当たると結構痛いのか、アーチャーの体に魔法弾が直撃するたびに、あで始まる何か色っぽい奇声を上げた。

「思ったとおりね。確かに、貴様の相方らしき女の宝具は凄まじかったけど、貴様自身はそれほどの脅威となる宝具を持っていないようね」

とここで、アーチャーの奇声に若干引いたキャスターは、魔法弾に一方的に蹂躙されているアーチャーの様子を見て、確信した。
倉庫街での戦いで、アーチャーの傍にいた自動人形―――ホライゾンの使用した宝具は、バーサーカーにダメージを負わせる事はできなかったが、対城クラスの宝具であることは容易に想像できた。
ここで、キャスターが警戒したのは、ホライゾンが強力な対城宝具を持つサーヴァントである以上、アーチャー自身も強力な宝具を備えているのではという可能性だった。
一応、キャスターは、自身の宝具<虚無の魔石>により不老不死となっている。
とはいえ、アーチャーが、もし、不死殺し関する宝具を持っていた場合に思わぬ反撃を受けてしまうかもしれない。
そこで、キャスターは鬱憤を晴らすついでに、アーチャーが宝具を使用させるまで追い込み、アーチャーの持つ宝具について探りを入れてみたのだ。
結果として、キャスターは、戦うことなく逃げ続けるアーチャーの様子を見て、危険と成りうる宝具をもっていないと確信した。
そうと分かったキャスターがアーチャーを思う存分嬲り殺そうとした瞬間、アーチャーは不敵な笑みを浮かべながら、キャスターを指差した。

「何勝手に決め付けているんだよ。それに俺ができなくても、俺が出来ると信じている連中がいるぜ」
「何?」

アーチャーの言葉に怪訝な表情となるキャスターに対し、アーチャーはボロボロになった服を脱ぎ捨てながら、笑みを浮かべていた。
確かに、キャスターの言うように、アーチャー自身の宝具を含めて、アーチャーは戦闘面に於いて役立つようなサーヴァントではない。
だが、俺は何も出来ないけど、俺の仲間達は何でも出来る!!―――まともに戦えないアーチャーには、一人では何もできない自分を、何でも出来るように助けてくれる仲間達がいた。

「おぅい、ちょっと手伝ってくれよ!!」

アーチャーは手を二度叩きながら、仲間を呼んだ。
しかし、何も起こらなかった!!(ポ○○ン風)

「あっれ〜? おぅい!!…おっかしいな。普通、ノリとしたらここで誰か来るはずだろ」
「見苦しいわね…時間稼ぎのつもりなの?」

アーチャーは首をかしげながら、また手を叩くが、しばらく待っても何の反応もなかった。
誰も助けに駆け付けてこない事に、アーチャーは首をかしげながらぼやいた。
一方のキャスターは、そんなアーチャーの時間稼ぎともとれる行動に呆れながら呟いた。
もう攻撃しようかしらとキャスターが考えていると、アーチャーは表示枠を開きながら誰かと話し始めた。

「―――あ、セージュン!? 手配とかねぇのかYO!! って何だよ、逆切れすんなよ!! あ、ちょっと待ってくれねェか、キャス子? あ、こっちの話だよ、セージュン。ところで、今何処なんだよ?」

時間の無駄ね―――そう思ったキャスターは、未だに表示枠を開いて話し続けるアーチャーにむかって先程と同じく魔法陣を展開した。
わざと威力を抑えてあるとはいえ、キャスターの魔法弾が命中しても、アーチャーの服をボロボロにしただけだった。
よって、キャスターが先ほどよりも威力を高めた魔法弾を放とうとした瞬間―――

「すぐ近く? キャスターの後ろだって?」
「えっ―――<騎士団>!!―――があぁつ!?」

―――聞き捨てならないアーチャーの言葉に驚くと同時に、背後から迫ってきた炎の騎士達の槍衾がキャスターの身体に次々と突き立てられた。
全身を穂先の群れに貫かれた事で身動きのとれなくなったキャスターは、かろうじて首だけを動かし、口から血を飛ばしながら、自分の背後からこの攻撃を仕掛けてきた張本人の名を叫んだ。

「ら、ランサぁあああああああああ!! 何故ここに!!」
「おー赤い髪のねぇちゃんじゃん。あ、セージュンとうちのねぇちゃんも一緒かよ」
「ん、成り行きってやつかしらね。まぁ、とりあえず、間にあったようだけど」

眼を血走らせながら叫ぶキャスターの視線の先には、宝具<騎士団>を発動させたランサーと、ランサーと共にやってきた正純、喜美の姿があった。
一方、窮地を助けられたアーチャーは助太刀に現れたランサーに軽く驚きながら、駆けつけてくれた正純や喜美に手を振った。
今ひとつ緊張感のないアーチャーの行動に、ランサーはやや拍子抜けしながら苦笑いした。
とここで、喜美がアーチャーの所まで歩み寄ると、アーチャーの頬を軽く平手打ちをした。

「この私によくも心配をかけさせてくれたわね、この愚弟。他の有象無象の連中も随分心配していたわよ」
「何だよ〜皆して、そんなに俺の事を心配してくれていたのかよ」
「もちろん決まっているじゃない…セイバー陣営に迷惑かけてないか、皆心配していたわよ!!」
「おいおい、そっちかよ!! 俺の心配じゃねぇのかよ!?」

色々と狂っているけど、いつも通りだよなぁ―――若干呆れながら正純は、相変わらずのアーチャーと喜美の笑みでのやり取りを見ながら思った。
とここで、ランサーの手に付けられたアクセサリー―――アラストールから正純に向かって質問が入った。

『…いつもああなのか?』
「できれば聞かないでください…」
「結構面白いじゃない。私としては嫌いじゃないけど?」

何か色々とずれているアーチャーと喜美のやり取りに、アラストールは若干引きつつ尋ねた。
正純は言葉を濁しながら、アラストールを誤魔化しつつ、外道共に染まってきた自分に軽くショックを受けていた。
とここで、未だ身動きの取れないキャスターが、アラストールに軽口をたたくランサーにむかって憎々しげに言った。

「ランサー…何のつもりかしら?」
「何って決まっているでしょ。アーチャー陣営と一時的に共闘する事にしたのよ」

怨みのこもった言葉をぶつけるキャスターに対し、ランサーはあっさりとアーチャー達との共闘したことを明かした。
正純達と最初に遭遇した際、ランサーは、セイバーとアーチャーの助太刀として、正純達に共闘を持ちかけたのだ。
もっとも、これは、セイバーというか、銀時との決着は自分でつけたいというランサーの我儘から出てきた提案なのだが。
このランサーからの申し出に対し、正純は多少戸惑ったものの、結果としてアーチャー達を助ける事につながると判断し、ランサーからの申し出を受ける事にしたのだ。

「で、見たら、アーチャーをいびっていたあんたがいたから攻撃したというわけよ。あの時は、ライダーとバーサーカーが横槍を入れたせいで、どっちも不完全燃焼で終わったけど…三度目はさすがにないわよ」
「戦闘狂風情が…だが、もはや、セイバーらは既に我が宝具によって精神を狂わせた。己にとって忌まわしき幻の世界に閉じ込められた以上、奴らにもはや逃れるすべなどないわ!!」

ここで倉庫街での続きをはたさんと獰猛な笑みを浮かべるランサーに対し、キャスターは毒づきながら、すでに手遅れだと言う事を分かっていないランサーらを嘲った。
キャスターの宝具<幻燈結界>は、本来、時間や空間、並行世界に干渉する事の出来る魔法と呼んでも差し支えない魔術だった。
だが、キャスターがサーヴァントとして召喚された際に弱体化した影響で、もう一つの使い方のみを発揮する宝具となった。
しかし、弱体化したとはいえ<幻燈結界>は、人の心の傷や決して越えられない過去の記憶を引き出し見せる事で、それを突きつけ相手の心を殺す恐るべき宝具であることに変わりはなかった。
この宝具が発動した以上、自らの心の闇に飲み込まれた銀時らが自力で打ち破るなどあり得ない―――

『ぬふふふ…それはどうですかねぇ?』
「何?」
「ん、私じゃないわよ」
「くくく…もちろん、私じゃないわよ」
「姉ちゃんってば、笑い声が紛らわしいぜ!!」

―――快活な少女の声で不気味な含み笑いを洩らす例外を除いてだが。
聞き覚えのない何者かの声に一同は、それぞれ顔を見合わせるが誰も知る者はいなかった。
何か張り合うように含み笑いをする喜美はさておき、一同は最後に残った正純の方を一斉に見た。

「わ、私でも無―――さすが、時臣坊ちゃん。中々いい人選していますねぇ。弄られ―――じゃなくて、素晴らしい素質の主と契約できそうです―――って、マスターから貰った箱から声が…!!」

一同の視線に慌てて手を振りながら否定する正純であったが、突然正純の持っていた箱の中から先程の声が聞こえてきた。
何事かと驚く正純を尻目に、その声の主が箱の中から飛び出してきた。

「お呼びとあれば私、参上v 悪(私にとって)あるところがあるならば、並行世界でも駆けつける!! 毎度お馴染み愛と正義の魔女っ子カレイド・ステッキ―――ルビーちゃんで〜すv」
「…何の冗談だ、これは!?」

その見た目を一言で表すならステッキだった―――しかも、どこぞの魔法少女がもっていそうな怪しげなステッキだった。
しかも、まるで意思を持っているかのように自己紹介をするステッキ―――ルビーを見て、正純はこの場にいない時臣にむかって叫ぶように突っ込んだ。




時を同じくして、アーチャー達のいる森の東側から正反対に位置する森の西側からアインツベルンの城を目指す一人の男―――言峰綺礼の姿があった。

「アサシン、城の状況はどうなっている?」

先程、偵察に向かわせたアサシンの情報によると、襲撃を仕掛けてきた第一天に対し、アイツベルンの城からサーヴァントのみを戦いに赴かせたことが分かった。
そのため、綺礼は切嗣が城に残っていると判断し、このチャンスを逃すまいと、切嗣との対面の為にアインツベルンの城へと向かっていた。
他にも、アサシンからランサーのマスターであるケイネスもアインツベルンの城を目指しているとの報告を受けたが綺礼は躊躇する事はなかった。
ただ、ケイネスの手によって切嗣が命を落とす可能性もあったので、念の為に城の様子をアサシンに逐一報告するよう指示を出していた。
とここで、アインツベルンの城を偵察しているはずのアサシンに、綺礼は戦場となっているであろう城の状況はどうなっているのか尋ねた。

『…すまん。実はこっちも見えていない状態なんだ』
「何を言っている。貴様の宝具ならば見えているはずだ。報告しろ」

だが、アサシンは、綺礼に対し言葉を濁しながら、城の状況を偵察できない状態だと言いだした。
それに対し、いつになく余裕のないアサシンを不審に思った綺礼はすぐさま、アサシンが何かを隠していると感づくと口調を強めにしながら報告を促した。
やがて、しばしの黙考の後、アサシンは諦めたかのように綺礼に対しある条件を出した。

『一つだけ約束しろ、綺礼。俺が何を言っても、何を言っているんだ?とか、大丈夫か、お前?とかいう類の話は止めてくれ。正直、俺でさえ頭がどうにかなる寸前なんだよ』
「…分かった。で、城の状況はどうなっているのだ?」

いつになく真剣な口調で念を押すアサシンに対し、何事かと首をかしげながら綺礼はすぐさま了承した。
再度、言峰からの報告を促され、アサシンはしぶしぶながら、アインツベルンの城で繰り広げられている状況を見たまま率直に伝えた。

『…今、城の中を、魔法少女みたいなコスプレをした男―――多分、衛宮切嗣だと思うが、ランサーのマスターを追いかけまわしている最中だ』
「…何を言っているのだ、アサシン? 大丈夫なのか、主に頭の方面が?」
『予想より言葉がきついぞ、おい…』

次の瞬間、アーチャーの馬鹿が感染したのかと思うほどふざけた報告をするアサシンを、綺礼はバッサリと辛辣な言葉で切り捨てた。
衛宮切嗣がそのような奇行に走るなど断じてあり得ない、というかあって良い筈がない!!―――綺礼は自身の想像する切嗣の人物像を頑なに守ろうと必死だった。
とここで、だから言いたくなかったんだよ!!というアサシンの愚痴を聞き流しつつ、臨戦態勢に入った綺礼は突然の殺気に感づくと、すぐさま反応した。
とっさに綺礼が身を屈めると同時に、綺麗の頭上を無数の弾丸が轟音と共に掠めていった。
不意を突かれた綺礼であったが、すぐさま、状況を把握した綺礼は、銃声のした方向へ、取り出した黒鍵を投躑した。
しかし、綺礼の投げつけた黒鍵は敵を捕らえることなく、木の幹へと突き刺さった固い音だけが聞こえてきた。
不審に思った綺礼がまたもや殺気を感じた瞬間、先程の銃声がした場所の反対側から銃弾が掠めていった。
すぐさま、綺礼は銃声のした方向へ黒鍵を投げつけるが、やはり手ごたえはなかった。

「…幻術か。」

とここで、移動したにしてはあまりにも早すぎる二度目の銃撃に対し、黒鍵を新たに携えた綺礼は、狙撃手が幻術で位置を悟らせないようにしている事に気付いた。
こうなった以上、綺礼は、術を破る糸口を見つけるまでは、敵のペースで踊るしかなかった―――

『アサシン…狙撃手の位置はどこだ?』
『すぐ背後だ。相手は、あのハイアットホテル爆破で見かけた女だ』

―――そう、見えざる狙撃手のいる場所が、アサシンの宝具によってすでに特定されていなければの話だが。
この見えざる狙撃手を見つけたであろうアサシンへと念話を送ると同時に、すぐさま、敵の位置を特定したアサシンが綺礼に狙撃手―――綺礼の背後にいる舞弥の居場所を伝えた。
そして、綺礼は徐に振り向くと、両腕で頭をガードしながら、舞弥のいる場所へと一気に突進していった。

『駄目!! 舞弥さん、見破られている!!』
「…見破られた!?」

これに驚いたのは、幻術でサポートしていたアイリスフィールと背後から綺礼を狙撃しようとした舞弥だった。
術を破られるような糸口など無いはずなのに!?―――そのような疑問が頭をかすめるが、舞弥達にそれを考えるような余裕などなかった。
すぐさま、舞弥は綺礼むかって、手にした短機関銃を発砲するが、僧衣に仕込んである防弾性に優れた繊維と教会代行者特製の防護呪札によって尽く弾丸を防がれた。
無論、弾丸が命中した際の衝撃はあるのだろうが、鍛え上げられた筋肉の鎧によって骨と内臓を完全に守り切っていた。

「―――ならば!!」

綺礼が防弾仕様の装備で挑んできたと分かると、舞弥はすぐさま銃を投げ捨て、サバイバルナイフを太ももから取り出した。
もはや、銃が通用しない以上、舞弥にとって投擲に特化した黒鍵が不利となる接近戦で勝機を見出すしかなかった。
弾幕が途切れたところで、綺礼は両手に一本ずつ黒鍵を抜くと左右から十文字に斬りかかった。
だが、舞弥は分厚いナイフの刀身で、黒鍵の連続攻撃をはじき返した。

『―――ここだっ!!』

舞弥は一気に踏み込みをかけると、黒鍵で攻撃を防ぐことが難しい間合いに入らんと、綺礼にむかって猛然とナイフを突き立てた。
対する綺礼も右手に持った黒鍵で舞弥に突き立てるが、あらかじめそれを予期していた舞弥は僅かに首を逸らすだけで回避し、そのまま綺礼の懐に入り込んだ。

「―――っ!!」

次の瞬間、勝利を確信していたはずの舞弥は受け身を取る間もなく地面へと叩きつけられていた。
地面に叩きつけられた衝撃と肋骨を砕かれた激痛によって、全身がしびれて身動きの取れない舞弥に対し、窮地に陥っていたはずの綺礼は悠然とそこに立っていた。
一瞬にして舞弥を戦闘不能にした綺礼は、すみやかに止めを刺そうとするが、眼を疑うような展開―――木陰から姿を現したアイリスフィールに思わず固まってしまった。
そして、驚いたのは綺礼だけでなく、舞弥も同様だった。

「マダム、いけない!!」

舞弥は傷の痛みに耐えながら、アイリスフィールにこの場から逃げるように、必死になって叫んだ。
相手は教会に敵対する魔術師や死徒を狩る事に特化した歴戦の代行者に対し、アイリスフィールは、錬金術に特化するあまり戦闘魔術が不得手であるアインツベルンの魔術師なのだ。
舞弥から見ても、どうあがいても勝ち目のない相手であるのは明白だった。
とはいえ、綺礼としてもこの展開はいささか理解に苦しむものだった。
先の倉庫街での戦いに於いて、アサシンの宝具により、綺礼はアインツベルン陣営のマスターが衛宮切嗣であることは知っていた。
恐らく、アイリスフィールを仮初のマスターに仕立て上げる事で、切嗣は他のマスターから自身の存在を隠す事が目的なのだろう。
だから、マスターを演じるために、アイリスフィールは何が何でも逃走しなければならないはずなのだ。

「―――女よ。意外に思うかもしれないが、私の目的はお前ではない」
「分かっていますとも、言峰綺礼」
「…!?」

ひとまず、綺礼は一刻も早く切嗣の元へ行く為に、無駄を覚悟で交渉を試みた。
綺礼としては、すでに自分達の目論見を看破されていると知れば、アイリスフィールも引きさがるのではと思っていた。
だが、アイリスフィールの返答は、より綺礼を混乱させるものだった。

「あなたの目的は衛宮切嗣なのでしょ? でも、私達が此処であなたを阻む以上、それは叶わぬ相談です」
「…」

困惑する綺礼の表情を見たアイリスフィールは、それを勝機だと感じた。
恐らく、アインツベルンの魔術師の特性を知っている為、戦闘的な魔術を備えていないと油断しているのだろう。
そう判断したアイリスフィールは、袖口に仕込んでおいた得物―――細く柔軟な針金の束を取り出した。

「逃げてください、マダム!! この男は代行者です!! ただの魔術でどうこう出来る相手では!!」
「大丈夫よ…私が切嗣に教わったのは―――」

地面に倒れたまま、無謀な戦いをしようとするアイリスフィールにむかって叫ぶ舞弥に向かって、アイリスフィールは静かにほほ笑んだ。
アイリスフィールは針金に魔力を通わせながら、切嗣が教えてくれた事を思い出していた。
ただの<道具>として生きていくはずだった自分に、猛獣や悪量が渦巻く極寒の雪山の中で置き去りにされた自分を助けに来てくれた切嗣は喜怒哀楽によって彩られた人としての生を―――生きるという意味を与えてくれた。
そして、それは―――

「―――あの人共に生きて、共に生き抜く為に戦う術よ!!」

――――アイリスフィールにとって、切嗣と共に戦いの人生を歩み、生き延びるという決意の訓示でもあった。
その為に、切嗣の障害となるであろう綺礼にたいし、アイリスフィールは持てる魔術を攻撃として応用する戦闘としての心得を発揮した。

「shape ist Leben(形骸よ、命を宿せ)!!」

アイリスフィールが二小節の詠唱で、魔術を紡ぎあげた瞬間、魔力と通わせた針金は瞬く間に、巨大な鷹を模した、針金細工へと形を変えた。
そして、軋むような甲高い嘶きを立てた針金の鷹は、アイリスフィールの手から飛び立つと、弾丸を思わせるような速度で、綺礼にめがけて襲いかかった。
予想外の速さで襲ってくる針金の鷹の嘴を、綺礼はとっさに仰け反ってかわした。
初撃をかわされた針金の鷹は即座に旋回すると、今度は両脚の鉤爪を突き立てながら襲いかかってきた。

「なるほど…ふん」

だが、歴戦の代行者である綺礼とて防戦一方ではなかった。
小さく鼻を鳴らしながら呟いた綺礼は、軌道を変えることなく、急降下してくる針金の鷹にむかって力任せの裏拳で殴りつけた。

「甘いわよ!!」
「何!?」

しかし、次の瞬間、アイリスフィールがありったけの魔力を注ぐと、針金の鷹は姿を変えて、蛇のように綺礼の両腕に絡みつきながら拘束し、近くにあった木へとからみついた。
そして、そのまま、バランスを崩した綺礼を引きずるよう木の幹に巻き付きながら、遂には綺礼の両手首を樹幹に縛り付けた。
完全に動きを封じられた綺礼であったが、アイリスフィールも、綺礼の鍛え上げられた拳の筋肉によって針金がブチ切れてしまわないように、綺礼を拘束する為にありったけの魔力を動員せねばならず、身動きが取れなかった。

「舞弥さん…早く…!!」

アイリスフィールは、身動きの取れない綺礼に止めを刺す事の出来る唯一の人物―――舞弥に向かって振り絞るように叫んだ。
幾分かダメージの回復した舞弥は地面を這いずるように進みながら、放り投げた短機関銃の元へとにじり寄った。
あと、数秒の時間を稼ぐ―――それだけで、先程のように防弾服の袖で頭を庇う事など出来ない以上、むき出しとなった綺礼の頭を撃ち抜くだけで、綺礼を―――切嗣にとっての最大の脅威を排除する事ができる。
そう―――

「え?」
「何…だと…!?」

―――言峰綺礼が聖堂教会代行者にして、先程舞弥を打倒す際に、瞬時に八極拳の極意である『六大開・頂肘』を叩きこむほどの中国拳法の使い手でなければの話だが。
ばぁんと耳をふさぐような轟音に、アイリスフィールと舞弥は唖然としてしまった。
見ると、綺礼を捕らえてある木の幹が震動し、またもや辺りに打撃音が響き渡ると、みしり、と何かが軋むような音が聞こえてきた。
まさかと思いながら、アイリスフィールが針金の触覚を確かめると、綺礼の両手が縛られている真下あたりの、木の幹に大きなひびが入っていた。
そう、綺礼は手の甲が木の幹に密着した状態で、両脚や腰、肩の動きなどの全身の瞬発力を動員し、幹に渾身の拳撃を叩きこんでいたのだ。
俗に『寸頸』と呼ばれるこの絶技によって、三度目の打撃音が響くと綺礼を拘束する針金の支点となっていた木は音を立てて倒壊した。
そして、綺礼が両手を縛りあげる針金をバラバラに引き裂くと同時に、術を破られたフィードバックで身体の力が抜けたアイリスフィールはその場に崩れ落ちた。

「貴様…!!」

立ち上がれないまま憎々しげに呻く舞弥を、綺礼は即座につま先で舞弥の腹をけり上げた。
身体を回転させながら、悶絶する舞弥であったが、やがてピクリとも動かなくなった。

「―――女よ、一つ問う。お前達二人は、衛宮切嗣を護る為に私に挑んだようだが―――それは誰の意思だ?」
「…」

そして、綺礼は無表情とさえいれる冷淡な眼差しで、アイリスフィールへとゆっくりと歩みだしながら、話を切り出した。
それでも、頑なに押し黙ろうとするアイリスフィールに対し、綺礼は、さらなる追及の為にアイリスフィールの喉を掴もうとした瞬間―――

「何…!?」
「えっ?」

―――殺気に気付いた綺礼がとっさに避けると同時に、何者かがアイリスフィールと綺礼の間を割り込むような形で飛び込んできた。
突然の事に困惑しつつも、すぐさま、綺礼は舞弥達以外にも、伏兵がいたのかと推測した。
だが、アイリスフィールも同様に困惑しているところを見ると、正体不明の人物がアインツベルン陣営の協力者である可能性は極めて低かった。
さらに不可解だったのは、その乱入者の奇抜な服装にもあった。

「さすがに、代行者相手だと一撃必殺というわけにはいかないか」

そこにいたのは、黒のワンピースに、白のエプロン―――通称:侍女服を着た少女だった。
一応、顔の部分は白い鉄仮面で覆われていたので表情は分からないが、ポニーテールにまとめた髪をいじる仮面を被ったメイドの少女―――メイド仮面は奇襲が失敗に終わった事を、攻撃が当たる直前で回避した綺礼にむかって残念そうにぼやいていた。
だが、綺礼にとって何よりも問題だったのは、このメイド仮面から発せられる気配が、自分にとって馴染みの深いモノである事だった。

「この気配…貴様は死徒か…!!」
「死徒ですって!?」

代行者として活動していた綺礼は、このメイド仮面が死徒―――世間で言うところの吸血鬼である事にいち早く気づいた。
予想外の綺礼の言葉に、アイリスフィールは、死徒という予期せぬ乱入者の登場に驚きながらも、事成り行きを見守るしかなかった。
どうやら、このメイド仮面は綺礼を狙っているようだが、死徒の天敵である代行者を排除する為に襲いかかってきただけなのかもしれない。
このメイド仮面が、敵か味方か分からない以上、アイリスフィールとしては油断できない状況だった。

「なぜ、死徒がここに…否、なぜ、何の目的で、私と戦おうとする!?」

衛宮切嗣との邂逅を阻むかのような展開に苛立ちながら、綺礼は目の前にいるメイド仮面にむかって語気を荒げながら詰問した。
そんな綺礼を見据えたメイド仮面は静かに拳を構えながら、この場にやってきた理由を告げた。

「…ケリィを護るためよ」

アイリスフィールらが聞き慣れない名前―――一人の例外を除いて、メイド仮面以外しか知らないであろう名前を口にしながら、メイド仮面は、完全にこちらを敵と判断した綺礼に立ち向かった。



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