「では、現状を説明する」
旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、一夏たち専用機持ち全員と教師陣が集められていた
第十九話
照明を落とした暗い室内には大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる
「二時間前、ハワイで試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」
「…………………」
その言葉に一夏の眼がすぅ…と細まる
その場にいた全員の顔つきが厳しいモノになっていた
「監視衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過する事が分かった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処する事になった」
淡々と続ける千冬
「教員は学園の訓練機を使用して空域および海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
つまり暴走した軍用ISを専用機持ちであるが、一介の学生である一夏達に任せようと言うのだ
現在、ISは専用機を除けば訓練機しかない。代表候補生の生徒よりも実力のある教員達が出撃できないのも仕方が無い
最新鋭の軍用ISに訓練機で挑むなど、ほぼ自殺行為に等しい
現状で対抗できる力を持っているのは一夏達しかいないのだ
「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手をする様に」
「はい」
早速、セシリアが手を上げた
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「分かった。ただし、これは二ヶ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏えいした場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視が付けられる」
「了解しました」
ちなみに二ヶ国の最高軍事機密と言う事でエレオノーレやベアトリスは、この場にはいない
ついでに参戦も不可能
ディスプレイに表示される福音のスペックを見て、一夏達は相談を始める
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……私のISと同じく、オールレンジ攻撃が粉得る様ですわね」
「攻撃と機動、両方に特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利。流石はアメリカってとこね」
「この特殊武装が曲者って感じはするね。丁度、本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」
「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルも分からん。偵察は行えないのですか?」
セシリア、鈴、シャル、ラウラの四人が真剣に意見を交わしている。
「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速二千四百五十キロを超えるとある。アプローチは一回が限度だろう」
「一回きりのチャンス……という事は、一撃必殺の攻撃力を持つ機体で当たるしかありませんね」
真耶の言葉に皆が一夏の方を見る
そんな一夏はシュライバーとディスプレイに映る福音のデータを眺めてから呟く
「機動性が高い相手なら、お前が適任だな」
「そうだね。どれだけ早くてもボクには追いつけない」
白騎士の恐ろしさを直に知っている一夏もといマキナだからこそ、シュライバーが居れば作戦など不要と信頼している
事実、一夏はシュライバーに攻撃を当てれた事が殆ど無い
「「「「って、おい!?」」」」
話を聞いていない、というより『作戦?細けぇ事は気にすんな!コイツが居れば何とかなる!』みたいな感じだった
「織斑、ちゃんと話を聞いていたか?」
何時になく真剣な様子で聞いてくる千冬に一夏は平然と返す
「問題ない、シュライバーが居れはアプローチなど何度でも出来る」
「シュライバー、お前のISの最高速度はどれ位だ?」
「ええっと……一応、表向きは三千キロ出せ……ますよ?」
やっぱりコイツも敬語が苦手な様だ
そして曖昧なシュライバーの言葉に千冬が尋ねる
「『表向きは』とはどういう事だ?」
これは冗談では済まない事態であり、曖昧な情報は命取りになる
「本当は僕のISに最高速度なんて無いんだ…です」
「どういう事だ?」
「だから、最高速度なんて存在しない。つまり無限って事」
「「「「「「はぁっ!!?」」」」」」
その場にいた千冬、一夏以外の皆が驚愕したように声を上げる
「そんなモノ有り得ないですわよ!?」
「有り得ない…ね。君達も持っているだろう?有り得ないモノをさ」
それが何を指しているか、皆は思い当った
「……創造か」
「正解♪」
ラウラの言葉にニコリと笑って返すシュライバー
「僕の創造の効果はね一言でいえば“絶対先制”分かるかい?」
「つまり、相手よりも必ず早く動ける……という事か」
千冬が即座に言い当てる
「正解正解、流石は『勝利の戦女神(ブリュンヒルデ)』」
そんな反則的な効果を持つ創造など聞いたことが無い
専用機持ち達の心境はこうであった
彼女等もシャルと箒を除いて創造を持ってはいるが、どれも武装が一つ増えるか、システムの一種、理論上で行える事
殆ど現実的なモノばかりであった
しかしシュライバーの創造は別物
既に格や次元が違う。そう言っても良い程の反則振りであった
「シュライバー、超音速下での戦闘訓練時間は?」
「ええっと………超音速程度なら散歩程度だから覚えてない位やってる」
「「「「「__________」」」」」
超音速を散歩程度って…どれだけチートなんだよコイツ
という視線がシュライバーに集まる
「ちなみに今まで経験したことある最高速度は?」
「第一宇宙速度だけど?」
「「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!??」」」」」」
最早、色々と常識を捨てないといけないらしい
第一宇宙速度とは時速約二万八千四百キロである
「第一宇宙速度出しただけで死にそうになるなんて……」
いや、おかしいから。色々と突っ込み所ありすぎるだろう!?
と心の中でツッコミを入れる皆
シュライバーは光速、神速の速さで戦って来たが、この世界では肉体が耐えられないという理由で第一宇宙速度が限界だった
「色々と突っ込み所が有り過ぎるが、シュライバーが適任__」
「待った待ーった。その作戦にちょっと待ったなんだよ〜〜!」
その声の発生源は天井から生えた束の首だった
「……山田先生、室外への強制退去を」
「えっ!?は、はいっ。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきてください」
「とうっ★」
くるりん、と空中で一回転しながら着地した束
“案外、運動神経がいいのか……?”
そう思わずにはいられない一夏であった
その後、束から紅椿が第四世代型ISで、展開装甲があって、スゲーんだぜ!?
って事を聞かされた後
シュライバーが
“数は多い方が良いでしょ?”
そんな事を言ったので皆も連れて行くことにした
シュライバーの様にある程度エイヴィヒカイトによる肉体強化を受けてはいるので、多少は肉体強度が強化されている
前世からの魂を少しだけ持越ししている一夏やシュライバーは超人レベルだが、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、箒の様な専用機持ちは、普通より少し頑丈レベルである
千冬は……とある理由で例外である
それぞれが三十分後に開始される作戦に向けて、準備し始める
一夏はシュライバーと旅館の中庭で、縁側に座って話をしていた
「そう言えばさ、マキナ」
「何だ?」
「キミは恋人とか作らないの?」
「何?」
突然の質問に一夏はシュライバーに目を向ける
「いやぁ、マキナってモテモテだからねぇ、気になったんだよ」
面白そうに聞いてくるシュライバーに一夏は答える
「セシリア、ラウラ、シャルからの気持ちには気づいている。だが、それは俺が初めて優しくされたり、強さを見せたりした事による憧れ等かもしれんだろう?」
いままで最悪の環境の中で、一つの救いを与えれば、簡単にソレに縋ったりするようになる。一種の刷り込みだ
それは本当に恋なのか?
「ふうん……ソレは難しいね。憧れとかを恋と勘違いして、行く所まで行って後悔させたくないって所かな?」
「ああ……それに俺自身も恋や愛がイマイチ分からん」
恋愛や心って難しいね…というシュライバーの言葉に同感する
「マキナは女の味を知っているかい?」
ニタリとシュライバーは笑って聞く
「覚えていないな……戦死した記憶と仲間との記憶を微かに覚えているに過ぎん」
するとシュライバーは意味ありげな表情で一夏に言う
「じゃあさ、ボクとエッチしてみる?」
「_______!?」
シュライバーからの唐突な言葉に固まる一夏
「………どういうつもりだ?」
警戒心むき出しで問う一夏
それに対してシュライバーは何事も無かったかのように言う
「いや、別にマキナをどうするつもりもないよ?ただ早めに処女を捨てておこうかなって思っただけさ」
「何故そうなる?」
「ただの思い付きだよ。別に嫌ならいいよ?」
「初めては好きな奴の為にとっておけ」
一夏は疲れた様な声で言う
「だってさぁ、抱かれても良いような男って今のご時世じゃ中々いないし、下手したら権力持った豚が初めての相手になるかもしれないんだよ?」
そう言われて“ふむ……”と一夏は考える。
“権力を持った醜い奴の餌食になるより自分に抱かれる方がマシと言う事か……”
「ちなみにボクがそう言う目にあったら、後で君の所為で初めてが下種の相手だって言い触らしてやるから」
退路を断たれた一夏
「だが、問題になるぞ?」
「大丈夫だって、責任取れなんてボクが言うと思う?」
「無いな」
更にシュライバーがビックリな事実を告げる。
「でしょ?それに今回みたいに学園外へ出る際には誘拐とか有り得るよ?現にザミエルが一攫千金狙った人身売買の裏組織の一員を始末したからね」
「何時の事だ?」
「ええっと、昨日の夜かな?」
自分達がゆっくりしている間に事件は起きようとしていたらしい
「帰りの車両も更識家がチェック入れたのが来るから大丈夫だと思うよ?」
「そうか………」
とりあえず安心して帰れるようだ。
そして本題に戻る。
「で、どうするの?」
「お前が後悔しないのならば好きにしろ」
「そう?じゃあ帰って、都合が付いたらね?」
「ああ……」
童貞をくれてやる相手がシュライバー………物凄く複雑な気分だった
前世では新兵の時に慰安婦とか抱いた事位は有るだろう
でなければ、本当に初めての相手はシュライバーとなる訳だが………
夜のティーガー、ロートス、アンナ、ベアトリス、ベルリンの赤い雨、ちょっと誰か、パンツァーファウスト持ってこい
何故にか、そんな単語を思い浮かんだ
「おーい、マキナ〜?」
「……何だ?」
気が付けば、考え込んでいたらしい
「この世界の神はどんなのだろうね?」
「さあな、クラフトよりはマシな奴だと思いたい」
「神様は意識の集合体で魂を管理したりする事しかしてないらしいよ?」
「「!?」」
突然、束が現れた
「それもクラフトの言葉かい?」
「うん、神様は生きている世界には殆ど興味無いらしいし、単に魂を管理するだけらしいよ」
なんとも雑である
「だって滅んでも作り直せばいいだけらしいし」
“成程、ある意味では神様らしい神ではあるな”
見守るのではなく、単に傍観するだけ
自由型の世界ではあるが、世界の管理を放棄した世界
「言っちゃえば、君達の知る座、永劫回帰みたいな世界だよ」
「それもクラフトが?」
「そう、この世界は輪廻転生の世界とは繋がっていない。君達は新しい画布に偶然落ちて来たに過ぎないんだから」
“画布の穴から塗料が垂れるか跳ねるかして、別の画布に付いた様なモノか?”
適当に安いイメージで完結しておく一夏
「あ、そろそろ作戦開始時間だからね。準備は良いかな?」
「ああ」
「うん」
束の言葉に一夏とシュライバーは立ち上がり、千冬達の元へと向かうのだった
「………私にも戦いの出番があるかもね」
余程の事で無ければ使う事の無い、彼女の首に掛けられていた時計の待機状態のISがチクタクと時を刻んでいた
「ね、『銀兎』」
彼女の声に応えるかのように銀色の時計がキラリと輝いていた