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IS インフィニットストラトス〜黒騎士は織斑一夏〜 第二十一話
作者:AST   2012/07/16(月) 15:11公開   ID:GaMBFwOFFuY
 「……………」

 旅館の一室。壁の時計は四時前を指している

 ベッドに横たわる一夏は、三時間以上目が覚めないままだった

 その傍らで控えている箒はずっと項垂れていた

 “私の所為だ………”

 ISの防御機能を貫通して届いた熱波に焼かれて、一夏の体の至る所には包帯が巻かれている

 “私がしっかりとしないから、一夏がこんな目に__!!”

 ぎゅう、と拳が白くなるほど力強くスカートを握りしめる

 “私は………どうして、いつも……”

 いつも力を手に入れると流されてしまう

 それを使いたくて仕方が無い

 沸き起こる暴力への衝動を、どうしてか抑えられない瞬間がある

 “何のために修行をして……!”

 箒にとって剣術は己を鍛える物では無く、律する物だった

 自らの暴力を抑え込むための抑止力、枷

 しかし、それは僅かな事で壊れてしまう

 “私はもう………ISには……”




                第二十一話




 箒が決心しようとした時、突然ドアが乱暴に開く

 バンッ!という音に一瞬驚いた箒だが、その方向に視線を向ける気力は無い

 「あ〜、あ〜、分かりやすいわねぇ」

 遠慮なく入って来た女子は、項垂れたままの箒の隣までやって来る

 声の主は鈴だった

 「…………」

 「あのさあ」

 話しかけてくる鈴に、箒は答えない、答えられない

 「一夏がこうなったのって、あんたの所為よ?」

 ISの操縦者絶対防御、その致命領域対応によって一夏は昏睡状態になっている

 この状態はISによる補助を深く受けた状態になる為、ISのエネルギーが回復するまで操縦者は目を覚まさなくなる

 「…………」

 「で、落ち込んでますてポーズ?______っざけんじゃないわよ!!」

 烈火の如く怒りを露わにした鈴は、項垂れたままだった箒の胸倉を掴んで無理やり立たせる

 「やるべき事があるでしょうが!今!戦わなくて、どうすんのよ!」

 「わ、私……は、もうISは……使わない……」

 「ッ___!!」

 バシンッ!!と頬を打たれ支えを失った箒は床に倒れる

 そんな箒を鈴は締め上げる様に振り向かせた

 「甘ったれてんじゃないわよ………。専用機持ちっつーのはね、そんな我儘が許される立場じゃないのよ。それともアンタは___」

 鈴の瞳が箒の瞳を真っ直ぐに直視する

 そこにあるのは真っ直ぐな闘志。怒りにも似た、赤い感情

 「戦うべきに戦えない、臆病者か」

 その言葉に箒の瞳、その奥底の闘志に火が付いた
 
 「__ど……」

 口から洩れたか細い言葉はすぐさま怒りを纏って強く大きく変わる

 「どうしろと言うんだ!もう敵の居場所も分からない!戦えるなら、私だって戦う!」

 やっと己の意志で立ち上がった箒を見て、鈴はふうっと溜息をついた

 「やっとやる気になったわね………あーあ、めんどくさかった」

 「な、何?」

 「場所なら分かるわ。今、ラウラとシュライバーが__」

 言葉の途中でちょうどドアが開く。そこに立っていたのは真っ黒な軍服に身を包んだラウラとシュライバーであった

 「出たぞ。ここから三十キロ離れた沖合上空に目標を発見した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていない様だ。衛星による目視で発見したぞ」

 ブック端末を片手に部屋に入ってくるラウラとシュライバーを、鈴はニヤリとした顔で迎える

 「流石はドイツ軍特殊部隊。やるわね」

 「ふん……お前の方はどうなんだ。準備は出来ているのか?」

 「当然、甲龍の攻撃特化型パッケージはインストール済みよ。シャルロットとセシリアの砲こそどうなのよ」

 「ああ、それなら__」

 ラウラがドアの方へ視線をやると、ドアが直に開かれた

 「たった今、完了しましたわ」

 「準備オッケーだよ。いつでも行ける」

 専用機持ちが全員揃うと、それぞれが箒に視線を向けた

 「で、あんたはどうするの?」

 「私……私は___」

 ぎゅうっと拳を握りしめる箒

それは先程までの後悔とは違う決意の表れだった

「戦う……戦って、勝つ!今度こそ負けはしない!」

「決まりね」

ふふん……と鈴は腕を組み、不敵に笑う

「じゃあ作戦会議よ。今度こそ確実に墜とすわ」

「ああ!」

“鈴は指揮官適正があるようだね……”

シュライバーはふと思った






“ここは……?”

一夏は気が付けば何もない静寂の空間に居た

まるで時間が止まったかの様に停滞している世界

唯一人、その世界で立ち尽くしていた

すると

「情けないモノだな」

「お前は…」

「俺はお前だ。」

一夏の前に現れたのは嘗ての姿をした自分自身

「女を守り、仲間を、友を守る?そんな風に他力に頼った結果がその様だ」

軽蔑したように言うマキナ

「………」

「他力などに頼るな。女や友など軟弱なモノなど総て捨てされ、己の力のみで進め。それでこそ俺の英雄譚(ウォルスング・サガ)は完結する。」

それが『鋼鉄の英雄』マキナ

今の一夏は『織斑一夏』にも『マキナ』にも成りきれ無い中途半端な存在だ。

しかし

「肯定しよう。確かに、今の俺は歪んでいる」

自らの弱さを認める。

「だが、俺は『マキナ』であり『織斑一夏』でもある。」

だからこそ一夏は戦う

「俺はお前とは違う」

「何?」

「俺は、嘗ての様に死ぬ為に戦うのでは無い、総てを守るために戦う」

それは『織斑一夏』としての想いであり、その為に『マキナ』としての力を振るう

「どんな結果であろうとも俺は自分の進んできた道に後悔など無い」

「そうか……………」

その言葉を『マキナ』は唯聞いていた。

「ならば自分の選んだ道を行け、そしてお前の英雄譚を作るがいい」

そう言って幕引きの拳を振り抜いてくる『マキナ』

「ッ!!」

即座に己の拳で対抗する一夏、彼の手も幕引きがあった

「成程、即死の一撃を即死させる事で回避したか……」

お互いに幕引きの拳を構える

「敗北(なっとく)させてみろ、この俺を!」

「ああ……」

互いの誇りを乗せた拳が交錯しあう

「「______行くぞ!!」」









海上200メートルで『銀の福音』は胎児の様な格好で静止していた

不意に福音が顔を上げる

“……………?”

次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした




「砲弾命中。続けて砲撃を行う!」

五キロ離れた場所に浮かんでいるIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とラウラは、福音が反撃に移るよりも早く次弾を発射した

その姿は通常装備とは異なり、八十口径レールカノン『ブリッツ』を二門左右に装備している

更に遠距離攻撃に対する備えとして、四枚の物理シールドが左右と正面を守っている

砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備したシュヴァルツェア・レーゲンだった

“敵機接近まで……4000……3000……くっ!予想よりも早い”

あっという間に両者の距離が縮み、福音がラウラの元へと迫る

その間にもラウラは砲撃を行ってはいるが、半数以上を撃ち落としながら福音は接近してきている

「ちぃッ!!」

砲戦仕様はその名の通り砲撃戦で使われる装備だ

つまり、より早く目標に当てるかが勝負の砲撃戦で機動性よりも安定性や防御性を取るのは必然と言えよう

しかし相手は機動に特化した機体

300メートルにまで接近した福音は更に急加速を行い、ラウラへと右手を伸ばす

しかし、ラウラはニヤリと口元を歪めた

「__セシリア!!」

福音が伸ばした腕は上空から垂直に降りてきた機体によって弾かれた

セシリアがIS『ブルー・ティアーズ』によるステルスモードから強襲したのだ

六基のピットはスカート状に腰部に接続され、砲門はスラスターへと変わっている

その代わりに失った火力を補う為、彼女の手には大型のBTレーザーライフル『スターダスト・シューター』があった

高機動型強襲用パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したセシリアには時速500キロ以上で行動する反応を補う為、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』が頭部に装着されていた

其処から送られてくる情報を元に、最高時速から反転したセシリアは福音を捉えて撃った

『敵機Bを認識。排除行動へと移る』

「遅いよ」

セシリアの射撃を避ける福音に別の機体が襲う

それは先程、強襲したセシリアの背に乗っていた、ステルスモードのシャルロットだった

ショットガン二丁による射撃を背に浴び、福音は姿勢を崩した

しかし、一瞬で体勢を立て直し、『銀の鐘』で反撃を開始する福音

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』はその位じゃ、墜ちないよ」

ラファール・リヴァイヴ専用防御パッケージは実体シールドとエネルギーシールドによって福音の弾雨を防ぐ

防御の間もシャルロットは得意の『高速切替』によってアサルトカノンを呼び出し、タイミングを計って反撃を開始する

セシリア、ラウラ、シャルロットの連携射撃の前に福音も消耗を始める

『……優先順位を変更。現領域からの離脱を最優先に』

全方向にエネルギー弾を放つと、全スラスターを開いて強行突破を計る福音

「させるかッ!!!」

そこへ海面から『紅椿』を纏った箒と、彼女の背に乗った『甲龍』を纏った鈴が襲い掛かる

「離脱する前に叩き落とす!!」

福音へと突撃する箒、その背から飛び降りた鈴は、機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態へと移行させた

両肩の衝撃砲が開くのに合わせ、増設された二つの砲口がその姿を現す

四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた

『!!』

肉薄していた紅椿が瞬時に離脱すると、その後ろから衝撃砲の掃射が降り注ぐ

それも、いつもの弾丸では無く真っ赤な炎を纏っていた

「やりましたの!?」

それやってないフラグ!!

「まだよ!!」

心の内と口で叫ぶ鈴

衝撃砲の掃射を受けても、福音はその機能を停止させていなかった

『『銀の鐘』最大稼働__開始』

両腕を左右いっぱいに広げ、翼も外側へと向ける

刹那、眩い光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉射撃が始まった

「くっ!」

「箒、僕の後ろに!!」

前回の失敗をふまえ、箒は展開装甲の多様によるエネルギー切れを防ぐ為、機能限定状態にして、防御時に自発作用しない様にしてある

「それにしても……これはちょっと、きついね」

防御専用パッケージであっても、福音の異常な連射を避け続ける事は危うかった

しかし、誰か一人忘れていないだろうか?

最速の白騎士の事を………

「シュライバー!!」

成層圏より一直線に福音へ目掛けて、突撃してくる機影があった

余りの速度にソニックムーヴと大気の摩擦熱を纏った機体

シュライバーのIS『暴風纏う破壊獣(リングヴィ・ヴァナルガンド)』だった

その速度は既に時速3000キロ所か、5000……6000……7000と上昇し続け

時速10000キロに達していた

それは正に流星だった

「Niflheimr Fenriswolf!!(死世界・凶獣変生)」

凄まじい速度で一直線に向かってくるシュライバーに福音が反応する

しかし反応した所で既に遅い

シュライバーの右手に装備されたトンファーが福音の頭部へと叩き込まれた

凄まじい衝撃音と共に、海面へと叩き付けられる福音

単純な威力ならば要塞であろうとも消し飛ぶだろう

「やった!!」

鈴が歓喜の声を上げる

「流石にあの一撃を受けて、無事では無いだろう」

「福音が粉々になっちゃってたりして……」

「それは不味いかも……」

シュライバーは多少痺れる腕をブンブン振っている

「〜〜〜〜〜ッ!」

「なんにせよ、これで___」

“私たちの勝ちだ”箒がそう言おうとした直後

海面が強烈な光の珠によって吹き飛んだ

「!?」

球状に蒸発した海の中心、そこに蒼い雷を纏った『銀の福音』が自らを抱くかのように蹲っていた

そして悍ましい声が響く

『ふふふふ………実に素晴らしいかったよ』

「「「「「ッ!!?」」」」」

「クラフト…………」

シュライバーが憎々しげにその名を言う

『君達がここまでやるとは思っても見なかった……しかし、この恐怖劇(グランギニョル)の幕引きには早すぎるのでね』

すると、理解不能な言語が響き渡り、福音に変化をもたらす

「これは……!?」

「!?不味い!これは____『二次移行(セカンドシフト)』だ!」

ラウラが叫んだ瞬間、福音が顔を向ける

『では、後半の始まりだ。はははははははは』

哂いながら水銀の気配は消える

『Ahhhhhhhhhhhhh!!!!』

獣の様な咆哮を発し、福音はラウラとシュライバーへと飛びかかった

「なにっ!?」

「くっ!」

余りに早い動きにラウラは反応できずに足を掴まれる

そして叩き壊された頭部からエネルギーの翼が生えた

「「ラウラを離せぇッ!!」」

シュライバーとシャルロットが近接ブレードとトンファーで攻撃を仕掛けるが空いた手の方で受け止められた

「よせ!逃げろ!こいつは__」

ラウラはエネルギーの翼に抱かれる

刹那、ゼロ距離でエネルギーの弾雨を喰らい、全身をズタズタにされたラウラは海へと墜ちた

「ラウラ!よくもっ……!!」

「劣等が!!殺す!!」

シャルロットがブレードを捨てて、ショットガンを呼び出し、福音の顔面へと銃口を当て、引き金を引いた

シュライバーが超加速で福音に襲い掛かる

しかし体中からエネルギーの翼を生やした福音が二人を纏めて吹き飛ばした

「な、何ですの!?この性能……軍用とはいえ、余りに異常な__」

再び高機動射撃を行おうとしたセシリアの眼前に福音が迫る

両手両足の四か所のスラスター同時着火による『瞬時加速』だった

「くっ!?」

距離を置いて銃口を上げようとするが、その砲身を蹴られてしまう

次の瞬間、両翼からの一斉射撃で撃墜されるセシリア

「私の仲間を___よくも!」

急加速によって接近した箒は、続けざまに斬撃を放ち続ける

展開装甲を局所的に用いたアクロバットで敵機の攻撃を回避すると同時に不安定な格好からの斬撃をブーストによって加速させる

「うおおおおおおオオオオッ!!」

互いの回避と攻撃を繰り出しながらの格闘戦

徐々に出力を上げて行く紅椿に福音が押され始める

“いける!これならっ!!”

必殺の確信を持って、日本刀型ブレードの『雨月』の打突を放つ

しかし、そこでエネルギーが切れた

「なっ!またエネルギー切れだと!?___ぐあっ!」

その隙を見逃さず、箒の首を掴む福音

そしてゆっくりとエネルギーの翼が箒を包み込んでゆく

“すまない、一夏……!”








一夏とマキナの死闘は激しさを増していた

お互いに幕引きの拳を繰り出し、戦う

しかしお互い同じ存在である為、どうしても拮抗してしまう

一夏がその俊敏さを生かし、翻弄しながら戦えば

マキナはそれを迎撃せんと巨体に見合わぬ俊敏さを以って反撃する

互いに一撃当てれば、終わりだと言うのに

その終わりが果てしなく遠いモノに感じられた

「オオオッ!!」

一夏が飛び出し、側頭部へと拳を振るう

「温いぞ」

まるで何処に攻撃が来るのか分かっている様に左腕で即死の一撃を即死させると、右手の一撃を一夏へと振るう

「させん!」

その一撃を同じ様に即死させる事で一夏は回避する

お互いに千日手だ

“……どうする?俺とアイツは同じだ”

即死の一撃を放ちあう中で一夏は考える

このままではマキナを倒す事が出来ない

同じ存在であるのならば、勝つことも負ける事も出来ない

これでは織斑一夏である事を証明できない

“…………思い出せ、織斑一夏を”

一夏の脳裏に浮かぶのは織斑一夏として生まれ育った記憶

一夏は気づく

“俺(一夏)にあって、奴(マキナ)にないモノ……”

一夏はマキナへと『瞬時加速』の如き動きでマキナへと突撃する

「何度やっても無駄だ!」

その動きを読んでいたかのように拳を一夏へと振るうマキナ

迫り来る一夏へと向けてカウンターで放たれた拳

防ぐにはこの一撃を即死させるしかない

それはマキナであった場合だ

瞬間、一夏は叫ぶ

「来い!白式ッ!!」

幕引きの拳が変化し、一夏の全身を纏う鎧となる

「これが、俺とお前との違いだ……俺の仲間を、相棒を舐めるな」

IS『白式』を纏った一夏の手にある雪片弐型が、幕引きの一撃よりも早くマキナを貫いていた

「…………………………」

「俺の………勝ちだな、ミハエル」

「ああ、そうだな………お前の勝ちだ、織斑一夏」

そう言葉を残して、マキナは微かに笑うと跡形も無く消えて行くのだった

「終わったか………」

ざぁ、ざざぁん……と、さざ波の音だけがその場に響き渡る

すると一夏の前に現れたのは白き甲冑を纏った女性と白いドレスを着た少女

女性は一夏に問う

「力を欲しますか……?何の為に」

「この刹那を守る為」

一夏はただ言葉を紡ぐ

「仲間を、共に刹那を掛ける戦友を守る為に俺は戦う」

「そう………」

女性は静かに答えて頷いた

「だったら、行かなきゃね」

白いワンピースを着た少女が、無邪気そうな笑顔で一夏の手を取る

「ほら、ね?」

「ああ……そうだな」

彼は感じていた。

箒達がまだ戦っている事に

“戦友がまだ戦っている。ならば俺だけ眠るわけにはいかんだろう。この身もまた、彼女等にとって大切だと想ってくれるのなら尚更に”

すると世界が眩いほどの輝きを放ち始める

“行ってらっしゃい、マキナ”

そんな言葉と共に、彼は背後で抱擁を感じた気がした








「ぐっ……うっ……」

ぎりぎりと締め上げられ、圧迫された喉からは苦しげな声が漏れる

福音の手は箒の首を掴んで離さず、更にエネルギー状へと進化した『銀の鐘』が紅椿の全身を包んでいた

“これまでか……情けない……”

一斉射撃への秒読みが始まる中、箒の脳裏にはただ一つの事だけが浮かんでいた

___一夏に会いたい

___すぐに会いたい。今会いたい

___ああ、ああ、会いたい

「いち、か……」

知らず知らずに、箒の口からは一夏の名を呼ぶ声が出ていた

「一夏……」

輝きを増す翼に、箒は覚悟を決めて瞼を閉じる

福音は突然、箒を掴んでいた手を離した

「!?」

箒が瞳を開くと、目に飛び込んできたのは強力な荷電粒子砲の一撃を受けて吹き飛ぶ福音の姿だった

“な、何が起きて___”

彼女の耳にずっと思い願った声が届く

「これ以上はさせん……」

その声の方向へ箒が視線を向けた先

そこに黒き輝き、まるで虎を模した甲冑の様な機体があった

「あ………あ、あっ……」

箒の目に涙が浮かぶ

彼女の瞳に映るのは、白式が第二移行した姿『白式・大嶽』を纏った一夏だった






「一夏っ、一夏なのだな!?体は、傷はっ……!」

慌てて声を詰まらせる箒の元へ一夏は飛ぶ

「待たせた」

「よかっ……よかった……本当に……」

「泣くのは後だ」

「な、泣いてなど無いっ!」

ぐしぐしと目元をぬぐう箒に一夏は優しく頭を撫でた

「心配かけたな。もう大丈夫だ」

「し、心配してなどっ……」

強がりを言う箒に、一夏は撫でている彼女のストレートヘアーを見る

「丁度良い」

「え……?」

箒に持って来た物を渡す

「り、リボン………?」

「お前の誕生日だ」

「あっ………」

七月七日、この日が箒の誕生日

一夏は密かにプレゼントを用意していた

「折角だ、使え」

「あ、ああ……」

そして一夏は箒へと告げる

「行って来る。後は任せろ」

「あ…………」

儚く優しげな笑み

この時浮かべた一夏の微笑を箒は一生忘れないだろう



一夏はスラスターを噴かして急加速し福音へ突撃した

すると福音に潜むモノの声が響く

『フ……ふふふふ……ははははははは!!素晴らしい!何という奇跡!想いが奇跡を呼ぶ!何と心打たれる事か!』

水銀が不快な歓喜の声を上げる

「黙れ、彼女の想いを汚すな」

一夏は福音の内に潜む水銀へと目を向ける

『では……劇の終幕といこうか』

福音のエネルギーの翼が形を変える

それは嘗て、彼の兄弟ともいえる存在が見せた流出に近い創造の姿

涅槃寂静・終曲(アインファウスト・フィナーレ)の姿だった

「………」

何も言わず一夏は拳を構える

虎を模した黒い兜の目が紅く輝く

「___ッ!!」

右手に持った雪片弐型で切りかかる一夏

それをエネルギーの刃翼で受け止めた福音へ向かって、新兵器を呼び出す

「行け」

それは三つ首を持った虎の様な自立兵器だった

その口から福音へ向け、三本の荷電粒子砲が放たれる

咄嗟に回避する福音だが、三つの内の一撃がその片翼をもぎ取る

『ここまでとは……流石と言うべきか』

福音がエネルギー刃翼を展開させ、胴体から生えた翼を伸ばす

そして次の回避の直後に、一斉掃射を放ちながら刃翼が一夏を切り裂かんと襲い掛かる

「無駄だ」

両腕の手甲を突出し、福音の刃翼を破壊し弾雨を消滅させてゆく

「____ハァッ!!」

強化され、大型四門のスラスターが備わった『白式・大嶽』は、二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)を容易にしている

『ふむ……では、これはどうかな?』

水銀が言うと、福音は差し出された両手を包み込むように刃翼を固める

__Ira furor brevis est
__怒りは短い狂気である

__Dura lex sed lex
__厳しい法であるが、それでも法である

福音の掌に強大なエネルギーが凝縮してゆく

「_____ッ!!」

それは超新星爆発の一撃

嘗ての様な威力は無いが、それでも周囲を一瞬にして蒸発させるには十分な火力である

「させん!!」

幕引きの一撃が、事象を消滅させるべく振るわれる

爆発が打ち消され

しかし一夏の体には疲労が蓄積していた

“く……流石に病み上がりの連戦は辛いか”

精神世界の様な所で戦い、肉体精神共にダメージが溜まっている状態での激しい戦いは予想以上に一夏を疲弊させていた

“く……視界が霞む”

すると

Dans ton coeur dort un clair de lune,
___きみの心の中には月の光がまどろんでいる

Un doux clair de lune d'été,
___おだやかな夏の月の光だ

Et pour fuir la vie importune,
___人生の気がかりから逃れて

Je me noierai dans ta clarté.
___ぼくはきみの光の中に溺れよう

J'oublierai les douleurs passées,
___過去の苦しみは忘れてしまうんだ

Mon amour,quand tu berceras
___恋人よ、きみが癒してくれるから

Mon triste coeur et mes pensées 
___ぼくの悲しい心と思いとを

Dans le calme aimant de tes bras.
___きみがその腕で抱いてくれることで

Tu prendras ma tête malade,
___ぼくの痛む頭を支えて

Oh! quelquefois,sur tes genoux,
___おお、ときにはきみの膝の上に寝かせて

Et lui diras une ballade 
___きみは歌を歌ってくれ

Qui semblera parler de nous;
___ぼくたちのことを歌っているような歌を

Et dans tes yeux pleins de tristesse,
___きみの悲しみに満ちた眼から

Dans tes yeux alors je boirai 
___きみの眼からぼくは飲み干すのだ

Tant de baisers et de tendresses 
___たくさんのくちづけと優しさを

Que peut-être je guérirai.
___そうすることで、たぶんぼくは癒されるのだから

___Création 
___創造

Le monde tranquille Clair de lune de la guérison
___静寂世界・治癒の月光

その詠唱が完成した瞬間、ヘドロの様に溜まっていた疲労が一夏から消え去った

「シャルロット……」

「大丈夫、僕が癒してあげる」

振り向けば、彼女が柔らかな笑みで居た

シャルロットのリヴァイヴは各所ボロボロではあるが、他と比べると損害が少ない様に思えた

「シュライバーが咄嗟に庇ってくれたんだ」

一夏の疑問に答える様にシャルロットは答えた

現在、ラウラに抱えられているシュライバーは怪我が酷かったようだが、今はそれ程でも無い

「これがお前の創造……」

それは“誰かに必要とされたい”

その渇望から生まれた治癒の創造

何時になっても必要とされるのは、医療である

どの時代でも国でも常に必要とされ続ける治療

彼女は己が触れた相手の肉体を癒す

これ程、心強い創造は無い

「でも……もうエネルギーが限界……」

「感謝するぞ、シャルロット」

「後は任せたよ、一夏」

「ああ……」

そしてシャルロットは後退してゆく

一夏は福音を見据える

「終わらせるぞ」





一夏が駆けつけてくれた

その事は箒にとって嬉しさを飛び越え、心が躍動する

そして彼女は強く願う

“私は共に戦いたい、。あの背中を守りたい!!”

その思いは強く、熱く、強烈な渇望となる

一夏への激烈な感情が彼女の胸の内を焼き焦がす

幼き頃に燃え続け、別れてからも想いを忘れず燻り続けた

そして再会して再び燃え上がった想い

今、この瞬間に爆発的に高まる

その思いに応える様に、紅椿の展開装甲から赤い光に混じって黄金の粒子が溢れ出す

「これは……!?」

ハイパーセンサーからの情報で、機体のエネルギーが急速に回復してゆくのが分かる

___『絢爛舞踏』発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築………完了

項目に書かれているのは『単一使用能力(ワンオフ・アビリティ)』の文字であった

“まだ、戦えるのだな?ならば__”

一夏から渡されたリボンで髪を縛り、気に引き締めて福音を見る

“ならば行くぞ!紅椿!!”

赤い光に黄金の輝きを得た真紅の機体は、夕暮れの空を裂くように掛けた

その口から詩を詠いながら




「おおっ!!」

両手の拳から出現した光刃がエネルギーの刃翼を断つ

しかし片方だけしか断てず、もう片方から反撃の彗星群が放たれる

「ッ!!」

直撃コースの彗星を打消し、それ以外は合間を縫って回避する

“どうしたのかね?早くしなければ時間切れになってしまうぞ?”

「黙れ」

嘲笑してくる水銀を睨み、一夏は駆ける

エネルギー残量、残り20%、予測稼働時間3分

“時間が無い”

相手は水銀が操るISだ

エネルギーは実質無限と考えて良いだろう

それに対し自分の機体は稼働限界時間が近づいている

焦りが一夏の心を焼いてゆく

その時、彼の耳にソレは聞こえた



Ach,wer bringt die schönen Tage,
___ああ、あの美しい日々を誰が取り戻してくれるのか

Jene Tage der ersten Liebe,
___初めて恋をしたあの日を

Ach,wer bringt nur eine Stunde
___ああ、たったひとときだけでも

Jener holden Zeit zurück!
___あの素晴らしい時をふたたび取り戻してくれるのは!

Einsam nähr' ich meine Wunde,
___私はただひとり、自分の傷を癒す

Und mit stets erneuter Klage
___絶え間なく襲ってくる悲しみと共に

Traur' ich um's verlorne Glück
___失われた幸せを夢みつつ

Ach,wer brigt die schönen Tage,
___ああ、あの美しい日々を誰が取り戻してくれるのか

Wer bringt die holde,süße,
___誰があの素晴らしくも甘い

liebe Zeit zurück?
___初めて恋をしたあの時をもう一度?

Briah 
___創造

Liebe zu dir Ich bin unvergeßlich
___忘れ得ぬ貴方への想い

「一夏ッ!」

「箒……」

「これを受け取れ!」

箒の纏う紅椿の手が、一夏の纏う白式に触れる

その瞬間、一夏の全身に電流の様な衝撃と灼熱の様な熱さが体中を駆け巡り、視界が大きく揺れた

「エネルギーが回復した………」

「行くぞ!一夏!」

「ああ」

両手の拳を強く握り締め、拳から光刃を出す

「ハァッ!!」

福音は横薙ぎを縦軸一回転して回避し、反撃の刃翼を向けてくる

「箒!」

「任せろ!!」

一夏へと向けられた刃翼を紅椿の二刀流が叩き斬る

それ所か、赤熱した二振りのブレードは燃え上がり炎剣となっていた

「逃がすかァッ!!」

更に脚部展開装甲を開放し、急加速の勢いを乗せた回し蹴りが福音の本体に入った

予想外の攻撃に大きく姿勢を崩した福音を一夏は両手の刃で残りの刃翼を消滅させる

『……ふ』

そして止めを刺そうとする一夏へ向け、福音は超新星爆発を放つ

だが、それは箒から放たれた業火が押し返した

一夏は箒の創造を称賛した

“これがお前の創造か……見事だ”

想いが燃え上がるかの如く、爆発的な出力を発揮し、剣からは業火を放つ

“その想い……確かに伝わった”

「これで幕引きだ」

一夏は箒の想いを受けて、福音へと幕引きの一撃を叩き込んだ

アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちて行く

「ちッ!」

「____ったく、詰めが甘いわね」

ダメージが回復したらしい鈴が海面接触ギリギリで受け止めた

同じくラウラも無傷とはいかないまでも無事な様だった

「終わったな………」

「ああ……やっと、な」


一夏は箒と肩を並べて、夕暮れの空を見た

肉体的な疲れはシャルロットの創造で回復しているが、精神的な疲れは抜けていなかった

「それにしても……疲れたな」

「そうだな……」










「作戦完了____と言いたい所だが、お前達は独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐに反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

「……はい」

戦士たちの帰還は、それはそれは冷たいモノだった

腕組みで待っていた千冬に一夏達はキツく言われ、正座をさせられている

セシリアなど顔が真っ赤から真っ青だ

「あ、あの、織斑先生。もうそろそろその辺で……け、怪我人もいますし、ね?」

「ふん……」

怒り心頭と言った千冬の様子に対して真耶はおろおろ、わたわたしている

皆はとりあえず水分補給をする事にした

「…………」

「姉さん?」

ジィィィと一夏の方を睨んでいたので、つい一夏は口を開いていた

「織斑先生だ……しかしまあ、良くやった。全員良く無事に帰って来たな」

「ああ……」

何だかんだで自分たちの身を案じてくれている自分千冬に一夏は感謝するのだった





一夏は食事の後、旅館を抜け出して夜の海へと繰り出していた

満月の夜空は海を明るく照らしている

“幕引きはまだ使えるが、使えなくなるのも時間の問題かもな”

マキナは死ぬ為、至高の死を求めて戦っていた

だが、マキナと違うと言った以上、その渇望も弱まるだろう

創造を使えたとしても一撃必殺では無くなるだろう

“至高の死は終焉……ならば、それ以外も至高を目指してみるか”

「い、一夏……?」

微かにそう思った一夏は、突然名を呼ばれて振り返る

そこに月明かりに照らされた水着姿の箒が居た

「…………」

まるで女神の様に美しいと感じた一夏はつい見惚れてしまった

「あ、あんまり見ないで欲しい……お、落ち着かないから……」

「すまん」

一夏は体の向きを元に戻した

箒にしては珍しく、白いビキニタイプの水着を着ていた

どこか扇情的でいて美しさを感じさせるソレは魅力的だった

“……落ち着かん”

いつも動じる事の無い一夏であったが、今だけは年相応の少年らしさがあった

あの戦いで箒の想いは理解してしまった

そして箒達と共に戦いたいと言う思いがあった

ふと、一夏の脳裏に恋という言葉が思い浮かぶ

“まさか……これが恋だというのか?”

外見では落ち着いているように見えて、内面では思いっきり悩んでいる一夏

「………………」

「………………」

「……むぅ」

「えっと……」

一夏は何を話せばいいのか分からない

「その水着、似合っているな」

「っ……」

びくりと箒が身をすくませる

「こ、こ、これは、その………勢いで買ってしまって………い、いざ着ようとすると恥ずかしくて………だな……」

初日の自由時間に見かけなかったのも、そう言う理由らしい

「………箒」

「な、なん……です、か?」

「何だその敬語は?らしくない」

「う……男はおしとやかな女がいいのだろう?」

「別にそうでもない」

世の中に多くの好みがある

強気な女がいい男、女王様な女が良い男、無邪気な女が良い男と様々だ

「お前は自然体でいい、それの方がお前らしい」

「う……む」

渋々と言った様子で、箒は元の感じに戻る

「こ、これでいいか?」

「ああ、その方がお前らしい……それと誕生日、おめでとう」

「う、うむ………あ、あ………ありが……とぅ…」

最後の方はかなり小さな声になっていたが、一夏にはしっかりと聞こえていた

“可愛らしいな……”

視線が合ってしまい、視線を逸らす箒を可愛らしく思う一夏

父性と愛情が入り混じった感情だった

「その……怪我は大丈夫なのか?」

「ああ、よく分からんが治っていた」

「なに?」

見て見ろと箒に背中をしっかり見せる一夏

そこに傷など全くなかった

「消えている……どういう事だ?」

「知らん。だが、気にする必要も無い」

「よ、良くない!私のせいで、お前が……一夏が怪我をしたと言うのに」

「いつまでも気に病むな」

「そんな風に簡単に許されるなど、困るのだ……」

しょんぼりする箒に一夏は困った

“罰が欲しいのか……どうする?”

そこで一夏は思い付いた

「なら、お前は強くなれ」

「え?」

「お前は創造を手に入れた。ならば紅椿と共に使いこなせるようになれ」

それがお前の罰だ

そう言って一夏は箒の頭を撫でる

「な……その程度の事でいい訳が無いだろう!?」

箒は一夏に詰め寄った

「お前が総て使いこなせた時、その時は俺と共に肩を並べて戦おう」

「!!」

その言葉に箒の瞳が大きく見開かれる

「いいな?」

「……ああ!」

箒は目尻に涙を浮かべて答えた

「とりあえず離れろ。当たっている」

「えっ?……あっ!?」

かなり密着していたので箒の豊満な胸が一夏に当たっていたのだ

彼女は慌てて一夏から離れた

「その……なんだ……い、意識するのか……?」

「俺も男だ。意識はする」

「あの日、私の裸を見ても動じなかったでは無いか!?」

「あれは触れてないからだ。見た所で触れなければ意識しない」

「で、では……」

ガシッ!と箒は一夏の腕を掴み、その豊満な胸の谷間に引き寄せた

「こうすれば私を異性として意識するのか?」

「………ああ」

心なしか一夏の表情が赤らんでいるように見える

それを見た箒は内心で狂喜乱舞していた

“あの一夏が顔を赤らめている!!”

よく見ないと分からないレベルだが、箒には分かっていた

ギュインギュインギュィィィィィン!!と箒の中で恋心は爆発的に燃え上がる

今なら、全身から炎を噴いて地球を一周できそうな気がする

それ程までに箒の恋心は燃えていた

「そうか……そうなのだな……」

にへら……と緩みそうになる頬を必死で抑える箒

口の端から涎も零れそうな感じである

内部で色々と台無しな箒だった

月明かりに照らされた箒に見とれてしまった一夏も悩んでいた

“これは不味いな”

主に下半身が……

二の腕に感じる柔らかさについつい幼馴染を女として意識せざるを得ない

“落ち着け、落ち着くんだ”

一夏が自分にそう言い聞かせていると

「せ、セシリア!?何でこんな所にいるのよ!?」

「鈴さんこそ!か、勝手に旅館を抜け出して、怒られても知りませんわよ」

「さて、一夏はと……」

「え、ラウラに……鈴とセシリア?な、何でここに居るの……」

「やっほ〜、僕も来たよ〜」

________ッ!!!!?

一夏は珍しく慌てた

箒と二人きりで密会みたいな事をしていたなんて知られれば、嫉妬で殺される

「箒、向こうへ行くぞ」

「え?きゃっ……」

表情は変わりなかったが声に焦りをにじませた一夏が箒の手を引く

直ぐ近くまでやって来た声から逃げる様に一夏は箒と共に岬の方へと向かった

大きな岩石の上を二人は渡って行く

“少し隠れていれば大丈夫だろう……”

「い、一夏……いきなり、だな……その、人気の無い場所に連れて………わ、私とて、困る……」

箒がぼそぼそ言っていたので、一夏が箒の方へと向くと

「ん………」

「ッ!?」

凍り付いた

箒は目を閉じて、やや唇を上向きに突き出していた

「……………」

静かに待っている箒は美しかった

“不味い……不味いぞ……”

そう分かっているのに引き込まれるように、箒へと顔を近づけている

一夏の手が肩に触れると、ピクンと箒が一度震える

それから改めて身を預けてくる箒に、一夏はゆっくり顔を近づけ




そして唇に箒の柔らかい唇の感触が感じた訳では無く

ごつっ!という何か堅い感触が額に感じた

「む……?」

何だと思って目を開くと

待っていたのはフィン状の物体

その先端が四角いスリットになっている

「………ブルー・ティアーズ」

それが砲口を一夏に押し付けている

「____ッ!!」

間一髪、BTレーザーがのけ反った一夏の髪を焼き切った

「ほう……」

「____よし、殺そう」

「一夏、何をしてるのかな?」

「ふふっ、うふふふふっ」

回避行動で振り向いた一夏を待っていたのは、ラウラ、鈴、シャルロット、セシリア、四人の視線

“不味い……シュライバー!!”

シュライバーに助けを求めて、視線をやると

「…………………………むぅ」

白い目で頬を膨らましたシュライバーがいた

“お前までどうしてそんな目で見る!?”

悟った一夏は撤退を選んだ

「箒、逃げるぞ」

「逃げないでよ、ボクと一杯ヤりあった仲じゃないか?」

その言葉に箒の表情が恐ろしい物へと変わってゆく

「ほう……どういう事だ?一夏……」

激情の業火を纏っている箒

「ま、待て、箒。それは誤解だと」

「「「「「「死ねぇェェェェェェッ!!!!!!!」」」」」」

「________________ッ!!!!???」

悪鬼羅刹と化した六人が黒騎士へと襲い掛かった

“………これが俺の幕引きか”

その刹那、一夏は走馬灯を見るのだった









「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても42%かぁ……まぁ、こんな所かな?」

空中投影のディスプレイに浮かび上がった各種パラメーターを眺めながら、その女性は無邪気に微笑む

まるで子供の様に。天使の様に

月明かりが照らすその顔は、いつもと変わらない

いつだって何処か退屈そうな顔の、篠ノ之束その人だった

「んー………ん、ん〜」

鼻歌を奏でながら束は別のディスプレイを呼び出す

そこには白式・第二形態の戦闘映像が流れていた

それを眺めながら束は岬の柵に腰掛けながら足をぶらぶらさせる

すると彼女の元に二人の女性が現れる

「篠ノ之束、貴様を保護しにきた」

「……それはお断りだよ、エッちゃん」

「その名で呼ぶな」

エレオノーレとベアトリスが束を捕獲せんと立ちふさがる

「メルクリウスなら私のどこに居るか知らないよ?」

「だが、貴様はあの詐欺師と関わっている。それにお前は均衡を崩しかねん」

「あらら……」

束は困った様に呟く

「仕方ない、実力行使だ」

「無駄だと思うけど、おいで赤騎士さん?」

二人は己のISを纏い束を拘束せんと突撃する

対する束もドレスアーマー型のISを纏って迎え撃つ

「はぁぁぁっ!!」

ベアトリスの剣戟を紙一重でふらりふらりと回避し、海上へと向かう束

「逃がさんぞ!」

エレオノーレがパンツァーファウストやシュマイザーの掃射を束へと放つ

それをまともに受ける束だったが、彼女には傷一つなかった

「うわぁ……危ない危ない」

「ちっ、駄目か。やはり詐欺師の関係者である事だけはある!」

エレオノーレが憎々しげに言う

「束さんを捕まえようなど、まだまだ早いよ。せめてちーちゃんからハル君を取り戻さないとね」

その言葉にビギィ!!とエレオノーレの顔が引き攣る

「貴様……」

「お、落ち着いて下さい!!大佐」

慌ててベアトリスがエレオノーレを宥める

「ああ、私は至極冷静だぞ?キルヒアイゼン」

「目が据わってます」

更に束は言う

「哀しいよね、ラブレターを読まれたのに、寝取られるなんてさ」

ブチィ!!とエレオノーレの中で何かが切れた

「……キルヒアイゼン、私ともあろう者が任務を諦めそうだ」

「……えっと、大佐?」

「捕獲では無く、抹殺してしまうかもしれんが良いな?」

「完全に切れてる!?」

「あの忌々しい詐欺師が関わっているのだから、手加減する必要も無い」

エレオノーレは珍しく、本気で剣を抜いた

Echter als er schwür keiner Eide;
___彼ほど真実に誓いを守った者はなく

treuer als er hielt keiner Verträge;
___彼ほど誠実に契約を守った者もなく

lautrer als er liebte kein andrer:
___彼ほど純粋に人を愛した者はいない

und doch, alle Eide, alle Verträge,
___だが彼ほど総ての誓いと全ての契約

die treueste Liebe trog keiner wie er
___総ての愛を裏切った者もまたいない

So-werf' ich den Brand in walhalls prangende Burg.
___我はこの荘厳なるヴァルハラを燃やし尽くす者となる

Briah
___創造

Muspellzheimr Lævateinn
___焦熱世界・激痛の剣

海であった辺り一面が砲身内部の灼熱世界へと変化する

「ああ、もう仕方ないですね……」

やれやれとベアトリスも本気を出す

War es so schmahlich―
___私が犯した罪は

ihm innig vertraut-trotzt'ich deinem Gebot,
___心からの信頼において あなたの命に反したこと

Wohl taugte dir nicht die tor ge Maid,
___私は愚かで あなたのお役に立てなかった

Auf dein Gebot entbrenne ein Geuer;
___だから あなたの炎で包んでほしい

wer meines Speeres Spitze furchtet, durchschreite das feuer nie!
___我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ!

___Briah
___創造

Donner Totentanz―Walkure
___雷速剣舞 戦姫変生

彼女の全身が雷へと変化する

その速度、肉体、総てが雷へと化し束へと襲い掛かる

「流石だねぇ……」

時速十万キロの猛攻撃と、必中の砲撃が束へと放たれる

しかし束の表情が変化する事は無い

その口からは世界法則を変化させる詩が詠われる

Wer wird von der Welt verlangen 
___この世間に対して誰が期待するというのだ

Wer wird von der Welt verlangen,
___この世間に対して誰が期待するというのだ

Was sie selbst vermißt unt träumet,
___世間が自分で勝手になくしてしまった、夢のようなものを

Rückwarts oder seitwards blickend,
___振り返ったり、よそ見をしたりして

Stets den Tag des Tags versäumet? 
___来る日も来る日も常にだらけている世間に?

Ihr Bemühn,ihr guter Wille 
___世の中の努力も どんな善意も

Hinkt nur nach dem raschen Leben,
___このすばやい人生にとってはいつも後の祭りだ

Und was du vor Jahren brauchtest,
___お前が何年も前に必要としていたものを

Möchte sie dir heute geben.
___ようやく今日になって与えてくれるのだ

___Briah 
___創造

Tiefe Enttäuschung Die leere Welt  
___失望深き空虚世界

その瞬間、砲撃は放たれる事無く、灼熱の世界が消え失せた

「なッ!!?馬鹿な!!?」

更にベアトリスの雷光が消え失せた

「そんなッ!!?」

驚愕を隠せない二人に束はつまらなそうに告げる

「だから言ったでしょ?無駄だって?」

「馬鹿な、私の渇望が貴様に負けたと言うのか!?」

「いやいや、単に力の差だよ」

「力の差だと!?」

そこにある事実を束は告げる

「エッちゃん達が使っているISのコアには簡易版エイヴィヒカイトが仕込まれている」

でも、と束は続ける

「私のIS『銀兎』は世界に四機しかない第零世代機の一つ」

「第零世代機だと!?」

「そう、君達第三世代や箒ちゃんの第四世代機とは違って単純にエイヴィヒカイトの力や純粋な性能を突き詰めた機体だよ。その性能は次元が違う」

つまり第零世代機は最強のISとしてコアにメルクリウスが直々に手を加えた機体なのだ

一般的なISコアの魂の保有量は数万位だとすると第零世代の保有量は数百万クラスに及ぶ

それだけの力の差があると言う事だ

「くっ!」

「それでも退く訳にはいきません!!」

二人が仕掛ける

しかし束が手を振るっただけで海面へと叩き落とされる

「第零世代機は同じ第零世代機でないと倒せない、そういう事だよ」

そう言い残し、束は消えて行くのだった……


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