ついにこの日が来た。
この日、マブレンジャーたちが身体強化を取得する。
今までの苦労を思い出すと、目から涙があふれ出てくる。
だって、やつら、おれの言うことを全然聞かないんだよ。千鶴と慧は喧嘩ばっかりするし、美琴は人の話を聞かないし、壬姫はすぐ泣くし、おれの心の支えは冥夜だけだった。
まあ、わかるんだよ。精神と感覚の強化の訓練なんて、退屈で詰まらないだけだって。それが遊びたい盛りの子供に、どれだけのストレスになるかも分かってはいるんだけど。
そう言う意味で言えば、こいつらって凄いのかもしれないな。文句はいいつつも、なんだかんだで特訓をやり遂げたんだから。
それでもさあ、少しはおれもおいしい思いしてもいいじゃないか。
なのにあいつら、滝行の際に、
「師匠、スケベな目で見ないでください。あっちいってください」
「あの、師匠、恥ずかしいので見ないでいただけるとうれしいのですが」
「エロ師匠、ロリコンははんざいですよ?」
「お師匠〜、なんか視線がねっとりしてますよ。壬姫、そう言う視線おぼえがあります。確か、近所でも有名な変態さんが」
「あはは、師匠の目つきなんかやらしいね」
て言って、おれに見せてくれなかったんだよ。水に濡れて肌に白襦袢が張り付く姿を。
あ、何度も言うようだがロリじゃないですよ、紳士です!
それにしても9歳で気強化を取得するに至るか。
まりもといいこいつらマブレンジャーといい、ある意味才能だよな。
ちなみにおれはいろいろとずるだから比較対象にはならないんだけど。
武と純夏についても順調で、あいつらもつい最近身体強化を覚えたばかりだ。実を言うと、マブレンジャー京都部隊に比べると、成長率がよかったりする。
原因はたぶんまりもだろうな。過去に自分が苦労しているだけあって、武達がどこで伸び悩んでいるかについてもよく分かるらしく、その際の対応の仕方というものを分かっている。
でもそれ以上にあいつ、物事を教えるの上手いんだよ。さすがは教師志望だっただけはあるよな。
はあ、はやくまりもが教師になれる日が来るといいんだが。
それはそうと、武達との成長差があまりに離れると、教師まりもの招集を考えた方が良いかもしれない。
特に気については、まりももその取得に苦労していたからな。
飛翔術の訓練がてら一緒にくるのも良いかもしれないな。
〜〜〜
「というわけで、まりもんに出張教師をお願いしたいんだけど」
おれは正座しながらまりもにお伺いをたてていた。
なぜ正座かというと、まりもから説教を受けていたからだ。
なぜ説教を受けていたかというと、この間の衛士適性検査試験、潜入がばれていました。
おそるべし、女の勘。
ちなみに教師については、あの後軽く気を込めた一撃を頭に当てておいたので短期記憶は飛んでいるはずだ。
その後、データの改ざんを行ってふう、と一息ついて後ろを振り向くと、いましたよやつが。
ものすっごい、良い笑顔で。
「隆也くん、あとでお説教ね」
「はい…」
なんで良い事したのに説教を受けないといないんだろう。まあ、確かにやっていることは限りなく犯罪チックだけどさ。
そういえばまりもがたたき出した適正数値についてなんだけど、平均を百だとすれば二千程度だった。
平均の20倍ってどんだけだよ。一応改ざんして、百五十程度にはしておいたけど。補足だけど日本帝国での最高は二百五十くらいらしい。
うーむ、まりもも大概人外だよな。いやまあ、分かっちゃいたんだけど。
ちなみにおれは計ったことがない。戦術機に乗るのに興味がない訳じゃないんだけど、今は戦術機を弄っている方が楽しいんだよな。
あとあの衛士強化装備は微妙に恥ずかしいし。あるんだよ、おれにも羞恥心って言う物が。まあ、普通の人に比べるとやや少なめで、かつずれていることは否定しないけど。
「そういえば武くんと純夏ちゃんたちみたいに、帝都でも鍛えている子供達がいるんだったわね」
「そうそう、そこで教師の才能があり、かつ先達でもあるまりもんの出番ですよ」
「もう、おだててもなにもでないわよ。それより移動はどうするの?帝都までとなると、鉄道代もバカにはならいんだけど」
「そこはそれ、2人で飛んでいけばいいじゃないか。これも飛翔術の訓練の一環だと思えばいいし。それと疲れたらおれが負ぶっていくからさ」
「え、ええ?お、負ぶってくれるの?」
「そりゃ、こっちの都合で振り回すんだから、それくらいするさ。それにまりもんだったら軽いもんだ」
「隆也くんにおんぶしてもらえる。しかも隆也くんと久しぶりに2人きりになれる。最近いつも武くん達が一緒にいて2人きりなんて滅多になかったし、これは受けるべきね」
なにやらぶつぶつと呟いたと思うと、まりもはなぜか笑顔で快諾してくれた。
なんだろう、やけにうれしげだったけど?
やっぱり教師役ができるのがうれしいのかな。こっちは助かるからいいけど。
「それで、そろそろ足を崩したいのですが、どうでしょうかまりもさま?」
「え?あ、そうね。もういいわよ。それと、今後はこんな事をしないように!」
「極力前向きに検討する方向で調整を行いたいと思う次第であります」
「はぁ、もう、いいわよ。隆也くんだからね…」
完全に諦めた顔で遠くを見つめるまりも。失敬な、と言えないのが辛いところだな。
〜〜〜
「というわけで、今日からたまにだけどあなたたちの特訓の手伝いをすることになった神宮司まりもよ。みんな、よろしくね」
マブレンジャー京都組とまりもの初対面だ。あ、冥夜は前に一度会っているか。でもあのときはろくに挨拶もしてなかったしな。実質初対面みたいなもんか。
なごやかに進むかと思った挨拶だが、なぜかマブレンジャーたちの態度が硬い。緊張しているのか、と思ったがそう言うわけでもないようだ。
「はじめまして榊千鶴です」
「ごぶさたしております神宮司殿。あらためまして、御剣冥夜です」
「彩峰慧。よろしく?」
「はわわ、玉瀬壬姫です〜」
「鎧衣美琴だよ、神宮司さんって、胸おっきくて、師匠が好きそうだね」
美琴の最後の一言で、さらに場の緊張感が高まった。
なぜだ?
「神宮司さん、一つ聞きたいのですが」
「いいわよ。千鶴ちゃん」
「師匠とはどういった関係ですか?」
千鶴にしては珍しく食って掛かるような言い方だな。
まりももちょっと戸惑っているような感じだ。
「隆也くんとはお友達よ。あ、でももうずいぶんと長いわね。幼なじみっていったほうがいいかも」
とりあえずまりもの口から出たのは普通の回答だった。ふー、おれセーフ。
例によって、あなたたちと同じように、隆也くんに弄ばれた仲よ、とか言われた日にはおれの信用度は限りなく0になってしまう。
まりも、ぐっじょぶだ!
「「「「「幼なじみ!?」」」」」
あれ?マブレンジャーたちの反応がおかしいな?
そこは軽くスルーするところだろうに。
「お、幼なじみ同士と言えば、花村隆一原作、竹中重兵太作画のMANGAに出てくる鉄板のカップル!」
「むぅ、千鶴も知っておったか。かくいう私もその作品の愛読者なのだ」
「おなじく」
「壬姫もだいすきです」
「ぼくも読んでるよ。あれって、並み居る恋敵を押しのけて、幼なじみが男の人と結ばれるんだよね。凄いよね、まさに熱愛だよね」
お?ちびっ子達にもおれの仕掛けた漫画による文化侵略の影響が出ているのか。うむうむ、良いことだ。
ちなみにMANGAは、おれが娯楽をもたらすために昔から地道に活動している漫画作品の出版物の名称のことだ。
画才があるやつをひっつかまえては、漫画流の絵の描き方を一から教育してやり、それをアングラに流している。というのも、武家なんぞがはびこっているからわかるように、過激な描写とかが禁じられているから、どうしてもアングラでの活動にならざるを得ないのだ。
ちなみにおれの得意分野は、青年誌が主体だから当然武家どもには嫌煙される類のジャンルと言うことになる。
子供の頃施設にいた女の子が集めていた少女漫画をまねて作った作品も幾つかある。作画が竹中重兵太ということは、おそらく「幼なじみぱにっく」のことだろう。
「ということは、神宮司さんは、目下わたし達よりも一歩リードしている位置にいると言うことに」
「むぅ、たしかに。これは由々しき事態。さっそく姉上にも知らせなければ」
「年の功よりも、今は若さが売りですよ?」
「はわわ、壬姫は争いは良くないと思います」
「ははは、大丈夫だよ、師匠、ロリコンだから」
あれ?今美琴がさらっと、傷つくような台詞を言わなかったか?
ち、違うんだ、おれはロリじゃないんだ、紳士なんだ。
マブレンジャーたちのよく分からない会話を聞きながら、心にぐさっとくる台詞だけは敏感に聞き取ったおれは、1人広場の隅っこでうずくまっていた。
「あらあら、うふふ、こんなところにライバルがいたなんて、思いもしなかったわ」
背後で笑っているまりもんがどす黒いオーラを放っていることに、そのときのおれは気づく余地もなかった。