それなりに豪勢な外見の馬車。
屈強な紳士風な御者と、白とほんのわずかな赤を基調にした室内のレイアウト………レイアウト?はなかなかにおしゃれである。
そんな中で柔らかなクッションに包まれて寝そべる俺は、まあ何かとうらやましい存在なのだろう。
だが俺は今、今生で初めて具合が悪い。
それも尋常ではないほどに、だ。
それは誰かのせいという訳ではなくただの体質による問題なのだが、その体質が曲者だった。
電気もガス灯も無いから工学技術が発展してないのは分かっていたさ。
家中何処を見てもバネらしきものがなかったから、こうなるだろうとは思っていたさ。
とはいえ、貴族の所有物なのだから少し位快適なものだと思ってたんだ。
なのに…………なんでサスペンションが付いてないんだこの馬車は!!
魔法が有るから技術が進歩してないのは分かってたさ、あぁ分かっていたともさ。
そもそも中世にバネがあったかすら知らないが、それでも衝撃を吸収する素材ぐらい付けといてくれ、貴族だろ!!
身体鍛えまくってた前世の時だって乗り物酔いが半端じゃなかったんだよ?
克服の為に毎年夏休み中は船暮ししてても駄目だったんだよ?
普通の5歳児の身体で堪えられる訳がないだろ…………………常識的に考えて!
「おいおいどうしたレオナルト。もうヘロヘロじゃないか」
「この子は馬車なんて始めてですもの。酔っても仕方がないでしょう?」
呆れたようにいう父と取り成す母。
いやいやきっと百回乗っても酔うよ、俺。
きたいにそむくようだけどさ。
あ、だめだだるくてところどころ普通に話せん。
というか魔法で空を飛ぶんじゃなかったのか?
よくわからないが早いんだろう?
そっちで行こうぜー……………
なんでこんな不快な旅をしないといけないんだっつーの。
あぁ馬車じゃなくて馬なら乗れるのに…………こっちじゃまだ触れ合ったことがないから、詮無きことあんだけどさ。
だがほんとうに乗り物はいやだった。
ほんと帰りたい……………
「レオナルト様、良しければ御背中でもお擦りしましょうか?」
おねがいするミナ…………あぁ気持ち良いよありがとう、でも擦りっぱなしは疲れるだろ?
程々にね…………
両親のお気に入りメイド、ミナ(澄んだ銀髪を持つ赤眼の超美人。クールな敬語キャラということもあり、クーデレ好きの俺にはたまらなく魅力的に見える)がかいがいしく面倒を見てくれるからなんとか耐えられる。
本名がミレイナどうたらうんたらという長いものであるらしいから、おそらくどこかの貴族の令嬢が行儀見習いをしに家に来ているのだろう。
それにしては長い間家にいるのだが、実家との兼ね合いが悪いのか?
少なくとも生まれてすぐにはいるよな?
「それにしても唸るだけで文句を言わないのは立派だぞレオナルト。我慢すればそのうち慣れる、確実にな」
そういって俺に笑いかける父上はやはりイケメンである。
歳は随分行っているはずなのに若々しいのは、この名門の当主らしからぬ雰囲気があるからだろう。
ただこの人は少し勘違いをしている。
俺が文句を口に出さないのは一端出すと止まらなくなるからであり、そうするとあら不思議、すぐさまスラングやら放送コードに唾を吐き捨てるくらいの雑言がこの空間を埋め尽くすのだ。
好きな人間たちの穏やかなモノを壊すなんてことは嫌だから、俺は酔いの元である馬車にたいする文句なんて言わない、あぁ言わないとも……………と内心ブーブー言ってるのも十分性格悪いみたいで嫌いなんだが、乗り物だけは駄目駄目駄目。
内心の愚痴くらい許してほい。
「そろそろ着くからもう少し我慢しろ。向こうで部屋を借りるからな」
お優しい台詞だが、そろそろってどれぐらい?
家を出るときは30度の所にあったはずの太陽がもう真上………を少し下り始めてるんだけど?
「本当にそろそろだ。な、リーリア?」
「そうね………私と父上が喧嘩して仲直りする間位の時間よレオナルト」
ふたりが仲直りまでの時間か。
そうか、それくらいか………………ってあれ?
喧嘩……………………あれ?………………………………………………………………………………………………ん?………………………………………………………んん?………………………………………父上と母上が喧嘩した事なんてあったかな?
少なくとも俺が意識を持ってから一度も無い筈だが?
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、擦りを止めて俺の頭をやさしく撫ぜるミナだった。
「お言葉を返すようですが奥様。私が屋敷に行儀見習いとしてお世話になり始めましてから十年、一度もそのような事は無かったはずです」
十年って…………どんだけ家にいるんだ?
ほとんど家令クラスの長住じゃないか。
てか、確かに父上達の仲は良いけど一度もって事は無いだろ……………いやあるのか?
あるんだろうな、ミナが言うんだから。
「なら直ぐって何時だろリーリア?」
「さぁ?」
「さぁってお前な…………」
「事実分かりませんもの。ねぇミナ、どうなのかしら?」
「私も初めてですので分かりかねますが、地図や太陽の位置、馬の歩速。諸々から見ればあと一時間半ほどでしょうか」
すごいなミナは、貴族のメイドはこんなことまで分かるのか………………
レベル高いな、まったく。
「リシュリュー家の一員たるもの、このくらい当然です」
!?
読唇術か!!本当レベルが高いぞ!!
「まぁ、まだそんなにかかるのね。そうだレオナルト、今のうちにお休みしたらどうかしら。寝たら酔いも良くなるわよ」
「本当ですか?」
「えぇ」
まるで根拠のない言葉でも母上の笑顔がプラスされると、途端に真実味を帯びてくるから不思議だ。
そしてそんな言葉は俺の心に暖かな安心感をもたらし、幼い五歳児の身体に眠気を運ぶ。
物心着いたころから親を知らず、厳格と酷いの区別を間違えていた爺の下で暮らしていた前世では、ついぞ感じることの無かった暖かみ。
似た感覚はあっても、これを感じられたことはなかったのだ。
だから思う。
月並みだが、家族ってのはすばらしい。
これを感じられないやつは人間じゃねえ、敵だ。
無論、俺のな。
敵なら倒す。
邪魔だし、存在を認めるような価値はなさそうだからな。
なんて暗いことを考えていると、先ほどの暖かさのせいで俺の意識はそのままをブラックアウトしていく。
そのとき、感覚の外で三人がなにやら話を始めたのだが、睡魔に両足を引きづられていた俺の頭は、その内容は掴むには至らなかった………