衛宮 士郎と遠坂 凛がこの並行世界に渡ったと同時期に、この日本にも厄災が降りたった。
“まつろわぬ神”である、女神が目指すは二人の魔王が邂逅する地――東京。
彼の女神は魔王の一人が持つ、権能に惹かれて進む。
「そうでした。名前が必要でしたね。やはり、私の事はハトホルと名乗るべきでしょうか。それとも、――――――と名乗った方が良いのでしょうか」
彼の女神は、進む。二人の魔王を目指して……。
――◆◇◆――
俺と凛の二人は、まず前の世界から持って来た貴金属を売り。それを元に生活をしながら、裏の世界の組織とコンタクトを取った。
コンタクトに成功し。政府の裏の組織である、正史編纂委員会の一員である――彼、
甘粕 冬馬と彼女、
沙耶宮 馨の二人と現在、ホテルの一室で対面している。
俺は自分がカンピオーネで在る証として、二人の前で権能を使用し。二人は俺の状態を確認した後に、こう言葉を続けた。
「如何やら、間違いなく彼は“神殺し”を成した王様みたいだね。何の神を殺めたのかは、分からないけど……祐理辺りなら、分かるんじゃなかな」
「では、彼は本当に八人目の王だと」
「そうみたいだね。僕でも、彼が王だと理解出来るんだ。彼を認めないほど、
正史編纂委員会は馬鹿じゃない。因みに何の神様を殺したのか、教えて来るかな」
「いいわよ、士郎が殺めた神の名は――古代ウルクの王、ギルガメッシュ。算奪した権能は“一定時間の巻き戻し”よ」
「はぁ、凄い権能ですね。時間の巻き戻しですか」
何故、彼らがこうして普通に話しているかと言うと――俺が二人に頼んだからである。
沙耶宮氏と対面した時、彼女は俺がこの世界に七人しか居ないと言われている王だと理解したらしい。
二人は敬意を払った言葉使いだったが、俺がその言葉使いに慣れず。俺が普通に話して欲しいと言いだした。
「驚いている処、申し訳ないが。この権能は、同時に制約も多い。まず、連続して使うことが出来ない。巻き戻せる時間も一時間以内が限界だ。それ以上の時間は、巻き戻すことが出来ない。また、権能を使えるのは一日一回。最後に、“まつろわぬ神”や他の王には効果が無いと思われる」
これは、彼らと接触するまでに調べて分かった事だ。また、魔術回路を閉じていれば――カンピオーネとしての力も感じないことから、推測するに他の同胞の王と接触しても知られる事は無いと思われる。
尤も、今回は俺が神を殺した者と言うことを知らせることが目的だった為に――魔術回路を閉じる事はしない。
「成程。それで……こうやって接触を図ったと言う事から、何かの目的が在ったんじゃないんですか?」
そう、俺達にとっては此処からが本題。
「ええ。私と士郎は知られていないけど、魔術師よ。それも日本の」
そう言って、優雅に俺の入れた紅茶を飲む凛。
「おや? 日本には、魔術師は居ない筈なんですがね。我々、正史編纂委員会がそう言った方々を管理している筈ですから」
「……そう。でも、私たちと言う魔術師が目の前に存在するわ。尤も、私たちは他の魔術師とも随分違うから知らなくても当たり前よ?」
そう言うと凛は、腕の魔術刻印を発動させて二人に見せる。
「これが、私たちの魔術師が使う魔術を形にしたモノ。分かり易く言うなら、生きた魔導書ね。士郎は……この魔術刻印こそ持っていないけど、私同様に魔術を使えるわ。実際、ギルガメッシュと戦う際に其れを使用してた訳だし」
此処で、凛は“殺す際”ではなく。“戦う際”と言った。殺す事と、戦う事は明確な違いが存在する。が、敢えて自分達の危機を招く必要も無いので俺も異論の言葉は無い。
「因みに言っておくが、私はその魔術を詳しく話そうと思っていない。出来れば、君たちの方からも聞かないで貰いたい」
「わかりました。他ならぬ、士郎さんの言葉ですから――我々も、貴方がたの事情は問う事はしません」
「済まない。それで、私達からの頼みごとだが……」
俺が言い淀むと、凛がその先の言葉を続けて言う。
「衣食住の確保と、戸籍の取得かしら。色々在って、今の私達は戸籍を持って無いの。その辺、用意できるかしら」
「その辺の事情は、聞いても良いかい?」
沙耶宮氏が訊ねて来るが
「残念だけど、その辺の事情は――士郎の魔術に関係しているから、話せ無いわ」
と答える。
この後も、暫く話は続き。結果として、俺と凛には――
城楠高校二年と言う学職と、浅草市内に住みかとして一軒家を得ることが出来た。
また、この城楠高校にはもう一人の神殺しが在籍している事も在り。魔術回路を閉じた状態で、接触した際に――俺がもう一人のカンピオーネで在ると言うことが、相手に理解されるかと言う事と調べる目的と、日本に居るもう一人の王を見極める目的もあって無理を言って通して貰った。
――◆◇◆――
その日も
草薙 護堂らは、屋上で食事を取っていた。しかし、いつもと違い。この場には、二人の上級性が居り。護堂たちの会話に参加していた。
「それじゃ、護堂は幼い頃から結構色んな国に行っていたのか」
「はい。士郎先輩も、色んな国に行っていたんですよね」
「ああ。でも、俺は在る程度大きくなってからだけどな」
何故、この場に部外者である上級生二人が居るかと言うと。いつもの様に昼食を屋上で取ろうと移動している際に、屋上へはどう行くかと尋ねられ。自分達も屋上に向うので、一緒に案内をすると言った経緯からだった。
「それにしても、とても美味しいですね。この煮付け」
万理谷 祐理がそう言って、凛に視線を向ける。恐らく彼女は、士郎の隣に居る――凛がこの煮付けを作ったと思っている様だが、彼女の口から肯定の言葉は出なかった。
「万理谷さん。申し訳ないのですけど、その煮付けを作ったのは――隣に居る士郎なんです。彼の日本料理には、私も敵いません。私が得意としているのは、意外かも知れませんが――中華料理なんです」
その言葉を聞いた、各々が驚きと賛辞の言葉を上げた。
「まぁ、一応……他の国の料理も幾つか作れるから。リクエストが在ったら、今度作って持って来るぞ」
この士郎の言葉に反応したのは、エリカ・ブランデッリ――彼女である。
「でしたら、シロウ先輩。何か、面白い料理を希望させて頂いても良いかしら」
「そうだな……エリカの言う面白い料理って言うが分からないと、コッチとしても困るんだが」
「それは、シロウ先輩にお任せします。シロウ先輩がどんな料理を持って来るのか、楽しみに待たせて貰います」
このエリカの言葉に溜息を吐きながらも、謝罪の言葉を述べるリリアナ・クラニチャール。
「申し訳ありません、エミヤ先輩。エリカの無茶な注文など聞かなくて結構ですので、エミヤ先輩の思う様に作られて下さい」
こうして、二人の魔王の最初の邂逅は雑談の内に終わりとなった。
一人の王は、身近にもう一人の王が居ると知らずに。もう一人の王は、身近な王を見極めるべく。この奇妙な邂逅は、暫く間続いた。
――◆◇◆――
俺たちがもう一人の日本の王――草薙 護堂と出会ってから数日か経ったある日。
正史編纂委員会の東京支部に属している、沙耶宮さんから連絡が入ってきた。
『やぁ、凛くん。悪いけど、士郎君は居るかな』
「居るけど、如何したのよ」
『この日本に“まつろわぬ神”の存在が確認されたんだ。もう一人の王には、祐理の方から連絡が行ってるけど。君たちの担当は、僕だからその事を伝える為の連絡だよ』
そう、この数日の間に沙耶宮さんが俺たちの連絡担当に決まった。
「わかったわ。それじゃ、士郎に代わるわね」
『僕としては、凛君のままでも良いんだけどね』
「下らない事を言ってないで、変わるから。本題に入って頂戴」
『つれないね、凛君は……』
そう言った声が電話口から聞こえて来る。
俺は、頭の中を戦闘思考に変えて電話を取る。
「沙耶宮さん。“まつろわぬ神”が何処を目指してるか、わかりますか?」
『いや。既に都内に入られているのが、確認されているだけさ』
「なら、俺と護堂が迎え撃つに丁度良い場所……。東京湾沿いの、貨物集積地に向う様に連絡してください」
『わかった。君の名前は、草薙さんに伝えておく?』
「いえ、今はまだ黙っていて下さい」
電話口で、沙耶宮さんは了解の意を口にする。
『それで、士郎君は如何するんだい。僕たちとしては、今回は草薙さんじゃなくて――君たちにこそ、相手をして欲しいんだけど』
「少なくとも俺は、何時でも動ける位置で構えています。護堂も彼女たちも、俺の大切な後輩ですから。それと、場所が決まったら連絡を下さい」
そう言って、電話を切り。凛と戦いに付いて話し合いを行う。
元より、“まつろわぬ神”を放っておけば――多くの命が危険に晒される可能性が在る。
衛宮 士郎は、正義の味方と言う理想を追っている。だからこそ、多くの命を危険に晒す“まつろわぬ神”を許すことは出来ない。
以上が、数時間前に行われた会話だった。
しかし、今、目の前で繰り広げられているのは――巨大な猪と牛の対決だった。
「……なんでさ」
【
魔王】と“まつろわぬ神”の戦いは、怪獣決戦の様に巨大獣対決が基本なのか?
思わず、昔の口癖が口から出て来る。
【
魔王】と言うのは、ああいった者を呼び出す
権能も在るのか。
其処へ、甘粕さんから電話が入る。事前に、俺の事はアーチャーと呼んで貰う様に伝えてあり。内容は、俺が頼んでいた“まつろわぬ神”の名前に付いてだ。
『あっ、し――アーチャー。分かりましたよ、名前。ハトホルだそうですよ』
ハトホル。確か……エジプトの太陽神ホルスの母で、時に妻とされる女神の名。故にホルスの母、イシスと同一神と考えられる。また、ギリシャではアプロディーテーと同一視されている神だった筈。更に、ハトホルには多様な性格が在り。その一つに、天の雄牛が存在したと――何かの書物に書いて在ったな。
そこで、俺は護堂を援護すべく――内から一つの宝具を取り出す。それは、あの雄牛を縛るに最も適した宝具。
「――天の鎖! 天の雄牛を縛れ!」
俺と護堂たちとの距離は約一キロ半。その距離から真名解放を行い、“まつろわぬ神”が召喚した牛――天の雄牛を捕縛する。
猪と天の雄牛の戦いは、終始――天の雄牛が勝っていたが、俺の介入によって天の雄牛はもがき苦しむ。
「甘粕さん、護堂に今の内に攻撃するように伝えて下さい!」
『……ッ! りょ、了解しました。草薙さん、今の内に攻撃をするようにと!』
しかし、事態は俺の予想としていない状況へと移り変わって行った。
――◆◇◆――
「何よ、アレ……」
私は目の前で起こっている事が信じられなかった。
士郎が強大な雄牛を天の鎖で縛った処までは良い。だが、同時に相手の“まつろわぬ神”と呼ばれる存在は――天の鎖を溶かし。幻想が形を保てなくなった結果、士郎の投影した天の鎖は現実に拒絶された。
向こうでは、護堂たちが突然の事に驚きを隠せていない声が此方にまで聞こえてくる。
「おい! あの鎖、霧みたいに消えて行ったぞ!?」
「そんな、アレは確かに神代の呪力を持った鎖だった筈です!?」
「うん。
恵那もあの鎖が途轍もない呪力を持っていた事は、わかるよ! でも何で、少し溶けただけで――霞の様に消えて行ったの!?」
「兎に角、護堂。此処は一旦、引きましょ!」
「草薙護堂、私もエリカの案に賛成です。私も此処は引き、あの“まつろわぬ神”の素性を調べた後に――挑むべきだと考えます」
そんなやり取りが行われているのを余所に、“まつろわぬ神”は言葉を続ける。
「あの鎖は、忌々しくも私を縛る対神宝具……。一体誰が!?」
アッチの神様は神様で、忌々しくも驚いた表情を浮かべている。如何やら、士郎の姿は相手から見えては居ないみたいね。
けど、士郎はこう言った隙を逃す程――甘くないわよ。
混乱が覚め止まない内に、“まつろわぬ神”に向けて幾つもの閃光が奔る。
「こ、今度は、なんだ!?」
「剣よ! 剣が、降り注いでいるのよ!」
「それも中には呪力を持った物が混じっています!」
「それ以前に、この剣は――何処から放っているのか、分からないよ!?」
「それらしい、機械なども見当たりません!?」
うわっ、凄い混乱している。って、それもそうよね。知らないと、混乱するわよね。知ったら知ったで、吃驚するでしょうけど。
対して、ハトホルと名乗る“まつろわぬ神”は盾と槍を取り出し。盾と槍を自在に使って、士郎の矢(剣)を防ぐ。
「――くぅ、姿を見せなさい!」
私はその隙に、護堂たちの元へと走る。
「甘粕、護堂たち連れて逃げるわよ! アーチャーが足止めしている、今ならそう難しくない筈よ」
護堂たちは急に現れた、私に驚きを隠せていない。
「色々、聞きたい事は在ると思うけど……。今は逃げる事を考えなさい!」
そう言うと同時に、護堂たちは――私が乗っている車に乗って来る。
「それで、し――アーチャーさんは何時まで足止め出来るんですか!?」
「まだ、暫くは持つ筈よ。今の内に急いで離れれば、アーチャーもデカイのを撃てるわ!」
「そこまで、大きいのを撃てるんですか!?」
甘粕の疑問に、頷きで返す。
そんな私たちの後方では、今なお轟音と金属同士の音が響いている。
「あの、甘粕さん。遠坂先輩は……八人目の羅刹王の関係者なのでしょうか?」
「ええ、そう。序でに言えば、士郎も関係者よ」
甘粕が目線で士郎が【魔王】で在る事を話して良いかと訊いて来たので、私が代わりに答える事で話さない様に伝える。
「じゃあ、先程のアーチャーと呼ばれる人が――八人目のカンピオーネなんですか?」
「そうよ、護堂。過去に古代ウルクの王、ギルガメッシュを倒し。その権能を得た、王よ」
尤も正確に言うなら、【英霊】エミヤ シロウになるんだけど。その辺の事情を説明する、必要も無い以上――こう言った言葉にしかならない。
「アーチャー……。なるほど、弓兵の名を名乗るのは伊達では無いと言うことかしら」
「残念だけど、エリカ。アンタが考えている様な、権能をアーチャーは持って無いわよ。アレは全部、アーチャーの技術よ」
私がその一言を瞬間、車内の空気は固まった。
――◆◇◆――
幸いにも、甘粕冬馬が我に帰るまでの時間は一瞬で済み。事故に遭う様な事は無かった。
次に停止していた思考が動いたのは、万理谷裕理。
「あの、どの位の距離から放たれていたのですか?」
裕理は、恐る恐る凛に訊ねる。しかし帰ってきた言葉は、またも護堂たちの予想を上回っていた。
「今回は、一キロ半の距離からよ。その気になれば、もっと遠くからでも中てられるわ」
「もっと遠くって……」
ここで、彼女は再び思考が停止した。
そして、万理谷裕理が思考を停止したと同時に――先程まで、護堂たちが居た貨物集積所辺りで轟音が鳴る。
「な、なに!?」
清秋院 恵那が驚きの声を上げる。
「アーチャーよ! 言ったでしょ、デカイのが撃てるって! 今のがそれよ!」
「アレで、“まつろわぬ神”も倒せるのでは……?」
リリアナが今起こった爆発の轟音を聞いて、思ったことを話す。
「如何かしらね。“まつろわぬ神”って、今ので倒れてくれるような相手?」
凛の言葉を聞き、護堂は思う。
まず、死ぬ事は無いだろうと。自分もそうだが“まつろわぬ神”と言う存在は、兎に角しぶとい。
(でも……死なないにしても、結構なダメージを与えたんじゃないのか?)
しかし、それすらも甘かった事を掛かってきた電話で知る。
「あっ、士郎先輩からだ」
『護堂か? 悪いが、後で凛に大切な話が在ると伝えくれ。それと……“まつろわぬ神”だが、先程の攻撃は防がれた』
「先程の攻撃って、あの爆発をですか!?」
『ああ。あの“まつろわぬ神”は、天の雄牛を前面に出す事で――あの一撃を防いだんだ』
「天の雄牛……。それが、あの、巨大な牛の名前なんですか?」
電話の向こうで、士郎は肯定の言葉を言う。
護堂は、自分の携帯を凛に渡し――考える。
先程の強力無比な一撃を防ぎ、尚且つ盾と槍を持って攻撃を防ぐことから武技にも長ける。そんな神が、ハトホルなのだろうか?
「もしかしたら、アイツ。ペルセウスの時と同じく、他の神様も混ざっているんじゃ……」
その護堂の呟きに、肯定の言葉を述べる者が居た。
「可能性は、在るわね。それなら、変身では無く。天の雄牛を呼び出した事にも、納得がいくわ」
「しかし、それなら一体何の神と習合しているのか調べないとなりませんね」
こうして、草薙護堂は“まつろわぬ神”ハトホルに対しての対策を練り始める。