「行きますよ、紅い神殺し!」
“まつろわぬ神”が叫ぶと同時に、剣が飛び、矢と成った剣が射られる。
護堂は、その光景に驚きを隠せなかった。
それはエリカ達も同じで、唯一の例外は――士郎と共に並行世界へ移動して来た凛だけが、冷静にその光景から自分が打てる手を考えていた。
何故なら、士郎は事前に凛へ
一つの宝具を渡していた。そう、いざと言う時の切り札とする為に……。
目の前では、七人に別れた“まつろわぬ神”がそれぞれに向けられた宝具を弾き、逸らし、いなし、かわして行く。
そして剣の群れは一柱の“まつろわぬ神”の足を止め、手にした弓の宝具が“まつろわぬ神”を射抜く。
「残り六柱か。護堂、呆けている暇は無いぞ」
士郎はそう言うと同時に手にした弓を使い慣れた双剣――干将・莫邪――へと変えて、“まつろわぬ神”に斬りかかる。
その剣戟をかわし、“まつろわぬ神”の一柱が言葉をかける。
「今度は、双剣ですか。紅い神殺し、貴方は一体幾つの宝具を有しているのですか?」
“まつろわぬ神”の声こそ、落ち着いていたが――その声には驚きと、不可解な事を目撃した疑惑の感情が見て取れた。
「さて、君も【英霊】の存在を知っているのだろ。ならば、何を驚く事が在る? 【英霊】が持ち得る宝具は、一つだけでは無い事を……。ならば、宝具を譲り受けた可能性も在って然るべき筈だ。いや、そもそもこれが宝具とは限るまい。宝具の贋作かもしれんぞ。なにしろ私は、
贋作者なのだからな」
「戯けた事を……。是だけ真に迫った、宝具が贋作足りえる筈ないでしょ。仮にそうだとしても、古今東西の分別無く、時代も関係無しに宝具の贋作を製作できる者が居るものか!」
そう、常識的に考えて“まつろわぬ神”の言う通り。その様な者が居る筈が無い。
もし居るとすれば、その存在は有史以前からすべの宝具に関わり。尚且つ、今日に至るまで生き続けた存在かその血縁。その様な存在ならば、贋作を創り出すことも可能だろう。
しかし、その様な存在は先ずあり得ない。
時代が違えば、宝具を製作した人も異なる。同じ時代に生きて、別々の場所で製作された宝具に関わったとしても、その製法が一ヵ所に集まる事など奇跡に等しい事からだ。
「それは、早計過ぎると言うモノだ。何事にも始まりが在れば、終わりも在り。時代が経てば、偽物が生まれる。私の持っている物が本物では無く、偽物だとしたらなにも可笑しく在るまい」
士郎はそう言いながら、手にした干将・莫邪で攻撃を受け流し。ワザと隙を作り出して、多数から責められる攻撃箇所を限定して流して行く。
「それが、戯けた事と言うのです! これだけの宝具が全て贋作と言うのですか! そんな事が、在りえる筈が無い! ならばこそ、これらは真作。故に、これらの宝具を何処で手に入れた!!」
“まつろわぬ神”攻撃を限定して、受け流し、かわし、いなす。
その動きはまるで才能を感じさせないながらも、人を惹き付ける。
それは才能が無い故に辿り着いた、一つの頂き。故に人を惹き付ける。
士郎は再び幾つかの魔剣・名剣の類をその頭上に浮かべ、“まつろわぬ神”に向けて放つ。
しかし、宝具で無い名剣・魔剣の類では大した効果を与える事は無理だった。
「――チッ! 護堂、聞こえているのか! 私が“まつろわぬ神”の動きを止める、その隙に“剣の言霊”で斬り裂け!」
その一声で、護堂と“まつろわぬ神”の戦いが再開される。
「良いでしょう、もう一人の神殺し。貴方もこの場で、紅い神殺しと一緒に屠って差し上げましょう」
言葉と同時に、三柱の“まつろわぬ神”が護堂に向って襲いかかる。
しかし、その“まつろわぬ神”を止める為に同時に士郎は真名を開放する。
「言った筈だぞ、“まつろわぬ神”。私は、君の動きを止めると――縛れ、
天の鎖!」
士郎の真名解放と共に天の鎖が“まつろわぬ神”を縛る。
――◆◇◆――
「――くっ!? 宝具の縛りを変えたのですか!」
「ああ、その通りだ“まつろわぬ神”。君の神格の一つを縛っても無駄だというのなら、君と言う神を縛れば良い。ほら、それだけでも前回よりは効果が在ると見える」
今度の真名解放は特定の神に対して行ったモノではなく、純粋に
神を縛ると言う事柄に対しての真名解放を選択した。
尤も、この場合――令呪同様に効き目は薄い筈だが、効果を見る限り。十分な効果が伺える。
それは“まつろわぬ神”が複数の神性を持つ故に、個体の神を縛るのと同じ効果を出していた事を裏付けている。そして、その事実故に護堂の方に向かった“まつろわぬ神”の三柱が身動きをとる事が出来ない。
俺は護堂に身動きの取れない“まつろわぬ神”をその“剣の言霊”で切り裂く要に伝え。
護堂も“剣の言霊”を持って三柱の“まつろわぬ神”を切り裂く。
切り裂かれた“まつろわぬ神”は、その存在がサーヴァントの消滅と同じ様に塵の様になって消えていった。
“まつろわぬ神”の表情が苦々しいモノへと変わり
「紅い神殺しの宝具に、私を切り裂く言霊を持つ神殺し……。なんと、厄介な組み合わせでしょうか」
と、その苦々しい表情のまま呟く。
「ならば、コレを防いで見せなさい――神殺し共!」
そう言って“まつろわぬ神”達の手には、作り出された光の球。それを凛たちに向けて放つ。
それは“まつろわぬ神”にとって、俺と護堂の行動を制限させる為の攻撃。
しかし俺は素早く干将・莫邪を破棄して、一つの弓を投影する。
投影した弓は丹弓、その丹弓に
矢を番える。
既に頭の中には、光の球を射抜くイメージが出来ている。
ならば、この矢が外れる事は無い。
弓の弦を引き絞り、真名を解放する。
「
太陽を射落とす弓」
放たれた矢は、黒く染まり。光の球に当たって行き、矢が貫いた所から黒い孔が死を連想させる熱量を奪ってゆく。
その光景に息呑むエリカたち。
凛は凛で、
「後で、覚えておきなさい士郎!」
と叫んでいる。
その僅かな隙に、俺は頭の中に新しい剣の図面を描く。
「
全行程完了――」
その言葉と共に、再び頭上に二十もの神殺しの特性を持つ武器が投影される。
「くっ、未だ傷が癒えていませんが――天の雄牛よ、その姿を現しなさい!」
“まつろわぬ神”は俺の状態に気付き、天の雄牛を呼び寄せる。
しかし、それよりも俺の方が早い。
「――
全投影連続層写!」
剣が“まつろわぬ神”に向けて、空を駆ける。
手にした盾は宝具の神秘に押し負け、砕け、割れ、貫かれる。
そして“まつろわぬ神”の残りは二柱へと減る。
――◆◇◆――
「――チッ、天の雄牛を呼ばれたか」
士郎の舌打ちと同時に護堂は我に返り、猪を呼ぶ。
そして、状況は昨日と同じ事を繰り返すかと思われた。
しかし昨日と違い、天の雄牛は猪に対してやや押された現状と成っていた。
それは昨日、護堂たちが“まつろわぬ神”から離れている内に放たれた幾つモノ宝具の贋作によって出来た傷と、その宝具を爆発させたモノによって、天の雄牛はその全ての力を出すことは出来なかった。
護堂は士郎に向って叫ぶ。
「士郎先輩、俺があの天の雄牛の相手をします! だから、今の内に“まつろわぬ神”を倒してください」
それに応える様に士郎は、投影した干将・莫邪を複数――“まつろわぬ神”に向けて投げる。
既に、護堂の剣の言霊によって“まつろわぬ神”の数は残り二柱へと減ってる。
幾つモノ干将・莫邪は“まつろわぬ神”を覆う様に回り続け、士郎の言葉と共に幻想が爆発する。
「――
壊れた幻想」
爆発の中でも士郎は気を緩めず、一人自己の内側へと意識を潜る。
「I am the bone of my sword」
士郎は一人自己の内側に潜り、一つの剣を投影し始める。
それは、爆発が治まるまでのわずかな時間。
その僅かな時間に士郎は
――創造の理念を鑑定し
――基本となる骨子を想定し
――製作に及ぶ技術を模倣し
――成長に至る経験を共感し
――蓄積された年月を再現し
――全ての工程を凌駕し尽くし
「――此処に幻想を結び、剣と成す」
士郎が蒼い麗美な装飾の施された剣を投影し終わる頃には、爆発の煙は大分薄まっていた。
それは士郎が、凛が、尤も信頼を寄せる少女――騎士王、アーサー王の選定の剣。
前の世界で士郎は、幾つモノ宝具を投影していた事実を知る彼女もその剣を初めて見た。しかしそれは仕方のない事、彼女はずっと士郎の傍には居なかったのだから。
故にその剣の存在を知らなかった。
だが、同時にその剣を見て気付く。
士郎内には、彼女の鞘が在る。
ならば当然、彼女の剣が剣の丘に在って不可思議では無い事を。
だが、同時に何処で彼女の
勝利すべき黄金の剣を見たのか。疑問が湧く。
凛は、後でその経緯について士郎に問い質す事に決めた。
エリカ達はその剣に魅せられ、言葉を失う。
既に彼女達の士郎に関する認識は、武器に関してならば――ほぼ何でも在りと言う認識に移っていた。
士郎は手にした
勝利すべき黄金の剣を横一文字に振い、真名を口にする。
「
勝利すべき――
黄金の剣」
「――ッ!」
驚愕に見開かれる“まつろわぬ神”。
それは二重の意味で驚きを隠す事が出来なかったからだ。
一つは、その聖剣を見て。
もう一つは、士郎の魔力量が在りえぬ程に戻っていた点。
そう。士郎はギルガメッシュより算奪した権能を使って、自身の魔力量を一時間前に戻した。
これによって、強化と幾つかの投影した剣と二度に渡って行った真名解放分の魔力量が巻き戻され。カリバーンの真名解放を可能としたのだ。
昨日の内に消費した魔力と、此処までに使用した魔力で本来なら士郎の魔力量は底を尽きかけていた。故に、魔力量が足らず――本来なら真名解放は不可能だった。
しかし足りないのなら、在る所から持ってくればいい。凛とのラインを通じた魔力供給は、いざと言う時の切り札とする為に札は切らず、凛以外の魔力在る時間から持って来る事にした。
そう。一時間前の士郎ならば、真名解放も可能な魔力量を有していた。
しかし、それでも二柱の内の一柱は消滅せず。満身創痍、いや、体は死に体の状態で存在していた。
“まつろわぬ神”の体は血だらけで、右腕は切断され、右腹部にも大きな切り傷が残り、今にも消滅しようとしていた。
しかし、“まつろわぬ神”である彼女は見た。
黄金の剣撃の中で、赤い剣の大地に立つその男の姿を……。
その男の姿を見た時、彼女は全てと言わずとも理解した。
彼は英雄。赤い大地に立ち、見渡す限りの剣が突き刺さる世界の王。
その世界を見る事が出来たのは、彼女が生と死――運命を告げる神だからこそ、見る事が出来た光景。
黄金の剣撃に包まれた時に知った、彼は同類なのだと。
“まつろわぬ神”が死に体となった影響は、猪と戦っていた天の雄牛にも現れ。天の雄牛は、その姿が、その存在が希薄となって行く。
「……まさか、只の一撃でよもや私の写し身と私自身を消滅まで追いやったその威力、それは誠に称賛に値します。ですが、同時に貴方が何者か理解しました――錬鉄の英雄、アラヤの守護者」
“まつろわぬ神”は、たった一つの目的の為にその消滅を自力で抑えていた。
それは一つの神託を唱える為、世界に一つの存在を認可させる為に言葉を紡ぐ。
「私は、運命を告げる神! 彼の存在は、炎と地獄から生まれ。その身に世界を宿し、神秘を宿す! その身は大地の化身、赤き龍を従え、七騎の戦争に挑む! 彼の者は、剣を持つ英雄。彼の者は、剣を宿す英雄。彼の者は、数多の道と選択を選ぶ者! 彼の鋼の英雄神を、私は神託を持って世界に呼び寄せましょう!」
その言葉を紡ぎ、“まつろわぬ神”は消滅してゆく。
――◆◇◆――
此処は、並行世界の過去。
カムランの丘で一人の少女が、静かに息を引き取る。
少女は、死した後に理想郷へと渡ると言われている王。
彼女にとっての理想郷とは何か、それは僅かな時間ながらも共に過ごした少年と少女と一緒に居た時間だろう。
それを知って一人の老魔術師が、眠った少女の前で笑う。
「なかなか、面白い夢を見られましたな王――いや、アルトリア。死後の理想郷が妖精郷では無く、僅かな時間を共に過ごした少年と少女と共に居た時間とは……面白い。ワシが貴女の理想郷に連れて行きましょう。ただし、其処で出会えるかは貴女次第ですが……」
そう言うと老魔術師は何か呟きながら、姿を消す。
それは少女を少女の理想郷へと送る準備をする為、老魔術師は再び姿を消す。
これが、後に少女にとって再会であり初めての出会いとも言える運命が回り出した瞬間だった。
その王の名は、アルトリア――アルトリア・ペンドラゴン。
――◆◇◆――
「士郎さん、貴方は一体どれだけの宝具とやらを持っているのですか?」
甘粕が、険しい顔で士郎に訊ねる。
「まぁ、十や百は軽く超えていますね。尤も全て贋作ですけど」
対して、士郎は苦笑いを浮かべながら答える。何しろ、あの金ぴか王との戦いで見た武器全てが士郎の心象風景である剣の丘に登録された事を考えれば、士郎の言葉は事実だ。
だけど、私には納得できない事が一つある。
『
勝利すべき黄金の剣』
――アーサー王伝説に於ける、王を選定する剣。
そして、セイバーの手から失われた聖剣。
聖剣のランクとしては『
約束された勝利の剣』より劣るだろうけど、それでも十分な威力を持っている。カテゴリーとしては、対城宝具くらいは在りそう。
私が事前に手渡された宝具も、切り札としてはかなりの品物だ。特に呪いに関しては、これ以上ないくらい効果が在る。
士郎は護堂たちに向って
「明日なら俺達の事を幾つか話す」
と、約束をかわして私に声をかけた。
「凛、これからの事で話したい事も在る」
士郎の言う、これからと言うのはすぐに理解出来た。
「わかったわ、家に帰ってから話し合いましょう」
こうしたやり取りを経て、私と士郎は家の居間で現在話し合っている。
まぁ、話し合うと言っても護堂たちに何処まで話すかの確認程度でしかないが。
それよりも私は、士郎が投影した『
勝利すべき黄金剣』に付いて話を聞かないといけないと思っている。
「まず、護堂たちに話す内容だが……。聖杯戦争の概要と、俺達の参加した第五次聖杯戦争の大筋、それと場合によっては召喚された【英霊】の真名を話すだけにしようと思う」
「それが良いでしょうね。下手に前回の結末なんて教えたら、私達の存在が元々この世界に居ない人物だって知られるでしょうから。第五次聖杯戦争の結末も、適当にはぐらかしましょ」
士郎は頷きを返す。
「それで、衛宮君。私、あなたが『
勝利すべき黄金の剣』を投影できるなんて知らなかったわ。一体、いつの間に『
勝利すべき黄金』なんて投影できる様になったのかしら」
私が士郎に『
勝利すべき黄金』の事を訊ねると、士郎は見るからにうろたえる。
そして、士郎の口から
「投影できる様になったのは、今から八年以上前だ」
と言う、言葉が出た。
私は一つ嘆息を付くと、
「なんで、投影出来た時に話さなかったのよ」
と士郎に向って言う。
それに対して、士郎は『
勝利すべき黄金』が投影できる様になった経緯を話し始める。
「始めは、夢の中に出て来た朧げな剣の形をしたイメージしかなかったんだ。だけど、その夢が何度も繰り変えて見て行く内に、朧げなイメージは少しずつ確かなモノに変わり始めた。俺は、そのイメージを元に何度も投影を繰り返した。最初こそ、中身の全くない空っぽな剣が出来たけど。そうやって投影を繰り返して行く内に、夢の中の剣のイメージが確りしたモノと成って、投影した剣の精度が上がっていったんだ。で、精度が上がると同時に夢の中に出て来る剣のイメージも解析できる様になって――」
「『
勝利すべき黄金』を投影できる様になったという訳ね」
「ああ、そうだ。多分だけど、俺の中に在るセイバーの鞘が原因で選定の剣が夢の中にイメージとして出て来たんだと思う」
「そうね。その可能性は在るかも……」
何しろ、士郎の属性は剣だ。もしかしたら、セイバーとの契約が原因で鞘が士郎を鞘におさめる剣と認識したのかも知れない。もしくは、鞘を通して聖剣のイメージが士郎に流れた可能性も在る。
どっちにしても、結局は仮定の話でしかない。
こうして、始めての“まつろわぬ神”との戦いが終った。