昨日の“まつろわぬ神”との戦いから一夜明けた今日、正史編纂委員会から譲り受けた家の居間に護堂たちと甘粕さんに俺達の担当となった沙耶宮さんが集まっている。
俺は、聖杯戦争の説明を凛に任せて温め直した人数分の紅茶を居間へ運び――聖杯戦争の概要を語る。
「まず、俺達が参加した魔術儀式の名称は“聖杯戦争”と言う――もっと正確に言うなら、第五次聖杯戦争だな。この聖杯戦争は、サーヴァントと呼ばれる使い魔を用いた――七人の魔術師と七騎の使い魔の殺し合いの儀式だ」
護堂たちが、新たな言葉――サーヴァントと言う言葉と、殺し合いと言う言葉に反応する。
「サーヴァントの正体は、先の“まつろわぬ神”が言った【英霊】よ。それと、聖杯と名が付くだけ在って――本来なら、召喚不可能な存在である【英霊】をクラスと言う枠に当て嵌める事で召喚可能にしたわ」
俺の言葉に驚きの声が上がった。
そして、逸早く我に返った馨が凛に訊ねる。
「つまり、凛君に士郎君。君達は【英霊】にクラスと言う役割を与えて、殺し合いをしていたのかい」
「そうよ、馨。私は、アーチャーを。士郎は、セイバーを。それぞれ召喚して、戦ったわ。それこそ中には、反則級の強さを持った奴だって居たわ」
凛の答えに、護堂たちがまた驚きの表情を浮かべる。
恐らく、俺と凛が殺し合いをしていたと思ったのだろう。
「先に言っておくけど、私と士郎は殺し合いをしてないわよ。だって、私達の経験した聖杯戦争は――今までに行われた、どの聖杯戦争より過酷なモノだと思うから」
「如何いう意味ですか?」
裕理がその言葉の意味を訊ねて来た。
「俺と凛が経験した聖杯戦争では、裏切りに暗躍が横行した」
恵那と呼ばれた少女が、意味が分からず首を傾げる。
「本来、サーヴァントがサーヴァントを召喚する事は不可能に近い。けれど、俺達の経験した聖杯戦争では――キャスター、魔術師のサーヴァントがアサシン……暗殺者のサーヴァントを召喚し。俺のサーヴァントのセイバーを、自分の宝具を使って従え。凛のサーヴァントであるアーチャーが、自分の目的の為に凛を裏切り。本来、中立の筈の監督役がサーヴァントを従え暗躍。そして、前回から現界を続けていた英雄王――ギルガメッシュが参戦した事で、聖杯戦争が従来通りに行われる事は無かった」
その言葉を聞き、護堂たちは驚き。甘粕さんと沙耶宮さんは、疑問の表情を浮かべる。
「士郎さん。貴方はギルガメッシュより、権能を算奪された。つまり、人に身でありながら――“まつろわぬ神”と同等の力を持つサーヴァントに挑んだと」
「ええ。ギルガメッシュの宝具――『
王の財宝』と、俺の切り札は相性が良く、戦う事が出来ました」
「シロウ先輩、その切り札とは……」
「“Unlimited Blade works”――無限の剣製。今言えるのは、これだけだ」
エリカの問いに、俺は名前だけを答える。
いずれバレにしても、今此処で話す必要は無い。それに知っている者が少なければ、少ないほど――切り札と言うのは効果が高い。
「……無限の剣製」
エリカやリリアナは、少しでもその言葉から推測できるモノを考えているのだろう。
そんな時、恵那と呼ばれる少女が
「あのさ、紅い王様。もしかして、恵那の相棒だった天之叢雲剣とか作れる?」
と、訊ねて来た。
『作れる』と言って来たのは、剣製と言う言葉から推測して言って来たのかも知れない。
俺は、凛に目で如何答えると問う。
それに対する凛の返事は
「可能な筈よね、士郎」
だった。
「ああ、可能だな」
そう言って俺は、一振りの剣を投影する。
それを見て、護堂が胸を押さえ始めた。
「如何した、護堂!?」
まさか、投影した天乃叢雲剣が護堂に悪影響を与えたのかと思った。
「いえ、気にしないで下さい。その、俺の中に居る天乃叢雲剣が反応しているだけですから」
「如何いう事だ?」
そこで、護堂は語る。自分が前に天乃叢雲剣と戦い、その身に権能を宿した事を。
「なるほど。それで護堂の中に居る、天乃叢雲剣はどんな反応をしているのかしら?」
凛が興味深そうに、護堂に問う。
「えっと、言葉にし辛いですけど。なんて言うか……その剣を求めている反面、凄く否定している感じです」
「なるほどね。士郎のソレは、真作と言っても良い程の精度。でも、贋作と理解出来る分、より強くその存在を否定しているって訳か」
「遠坂先輩。今、真作と言って良い程の精度と仰いましたが。まさか……」
凛は少し考えた後、
「まぁ、この位は言って良いかな。そうよ。士郎の作った贋作はモノにもよるけど、大体がなんら真作と変わりは無いわよ」
そう答える。
その言葉に馨さん、裕理、リリアナ、恵那の四人が驚きを隠さずに表情に出し。
護堂とエリカに甘粕さんは、その言葉の意味を理解し驚愕する。
「神代の武具を完全に再現したというの……」
「だが、それなら同時に理解出来る。アレ程の呪力を内包していたのも」
「しかし、人の身には過ぎた奇跡の筈」
「ですが、馨さん。目の前にはソレが存在します」
「案外、他の物も作り出せたりして」
恵那の言葉に凛を除く全員が、まさかと言う表情で俺の方を見る。
対して俺は、
「剣から遠くなれば、造るのも大変だが……可能だ」
とだけ答える。
実際には、完全に再現できないモノも存在する。その最たる物が、エクスカリバーだ。
アレは、俺には負荷が大き過ぎる。アーチャーの奴も言っていたが、自壊覚悟で投影すれば真に迫った物は出来るだろう。だが、俺が持たない。
いや、一つだけ可能な方法が在る。
それは、エクスカリバーを投影した直後に算奪した権能“シール・イッサヒル・アメール”を自身に使用する事だ。
そうすれば、自壊は免れる。しかし、この方法は相当なリスクを負う事になるだろう。
「はいはい、話が逸れ始めてるわよ」
「ああ、そうだったな凛」
いつの間にか、話が聖杯戦争から俺の投影に変わり始めていた。
確かに凛の言うとおり、此処で話を聖杯戦争の事に戻そう。
――◆◇◆――
話が士郎の事から、聖杯戦争に戻すべく。凛は、聖杯戦争で召喚される七つのクラスを説明する。
「聖杯戦争で召喚されるのは、全部で七つのクラス。私が召喚した弓の騎士アーチャー。士郎が召喚した剣の騎士セイバー。それ以外だと、槍の騎士ランサー、騎乗兵ライダー、暗殺者アサシン、魔術師キャスター、狂戦士バーサーカーの合わせた七つのクラスが基本ね。それ以外にもイレギュラークラスと言うのも在るわ。この内、前回から現界を続けていた英雄王――ギルガメッシュもアーチャーのクラスに当て嵌まるわ」
「凛先輩と士郎先輩は、どんな【英霊】を呼んだんですか?」
護堂の言葉を聞き、士郎と凛は顔を向い合わせ苦笑いをすると自分が召喚したサーヴァントの名前を話しだす。
「俺が召喚したのは、アーサー王で――」
「私が、未来の英雄――【英霊】エミヤ シロウ。隣に居る士郎の可能性の一つだけど」
凛の言葉を聞き、今度こそ全員が大声を上げた。
「え、え、ええ、衛宮先輩がアーサー王を英雄で!?」
「シロウ先輩が、未来の英雄……」
「エミヤ先輩がアーサー王を従え、未来の英雄に……」
「これはまた、凄い人物の担当になったモノだ」
「サインとか、貰っておくべきかな?」
「護堂さん、それは何か違いますよ。ここは握手では?」
「紅い王様。この天乃叢雲剣、貰っても良い?」
その様子を見て、凛は一人
(うん。実に良く、混乱している)
と思った。
何より、裕理、エリカ、護堂、甘粕の四人の言っている事が少し可笑しい(ただ一人、恵那だけはマイペースの様に見えるが)。
この後、士郎と凛の二人は護堂たちが落ち着くまで待ち。全員が落ち着いたのを見計らって、自分達の知っている残りのサーヴァントの真名を話す。
「他に知っているサーヴァントの真名は、バーサーカーがギリシャの大英雄ヘラクレスで。キャスターがコルキスの王女メディア、ランサーがアイルランドの光の御子クー・フーリン、アサシンが佐々木小次郎だったな。ライダーの真名は、不明よ。知る前に倒されたから」
「それと、アサシンのサーヴァントだが。キャスターがルールを破り、召喚したせいか佐々木小次郎と言う架空の存在が呼ばれたらしい。それでも剣技だけでセイバーを抑えていた処から、その実力は言うまでも無いだろう」
全員、士郎が言わんとしている事が理解出来たらしい。
「何とも豪華なメンバーですね」
「あれ? そう言えば、未来の士郎先輩の目的って」
「護堂、アーチャーで良い。ややこしいからな」
「はい。それで、アーチャーの目的って何だったんですか?」
護堂の疑問に、士郎は静かに答える。
「自分殺し。過去の存在である、俺の抹殺」
瞬間、空気が凍る。
「奴は、英雄と成り。“【英霊】の座”に迎え入れられた後に絶望し、俺を殺す事で自分の存在の抹消を考えた。アイツの自身で、最後は絞首台だと言った。実際に俺も、アーチャーの奴と戦いでその最後を見た」
士郎はそこまで言うと、手にした紅茶に口を付け
「この話は、余り良いモノじゃない。此処までにしよう」
と、話を終わらせる。
それに誰もが口を出せないまま、凛が聖杯戦争の続きを話しだす。
「まぁ、アーチャーの話は置いておいて。私と士郎はバーサーカーと対峙して、同盟を結ぶ事にしたわ。その後にキャスターの襲撃を受けて、士郎のサーヴァント――セイバーが、キャスターの手に落ちる。この後、私は士郎に聖杯戦争から降りる様に言ってキャスター達を襲撃するも……」
凛が言い淀んだ先を士郎が語る。
「アーチャーがそこで、凛を裏切りキャスターの陣営に加わる。この時は、俺もその現場を居合わせた。後、この時はアーチャーの言葉で見逃された。そして俺と凛は、バーサーカーのマスターに協力を仰ぎに行き。そこで前回から現界を続けていた英雄王――ギルガメッシュとバーサーカーの戦いを見る事になる」
今度は、凛の代わりに士郎の表情が浮かないモノとなる。
「ギルガメッシュの目的は、バーサーカーのマスターの心臓。目的のモノを得ると、ギルガメッシュは上機嫌になって私達を見逃したわ。因みに、この時に士郎が挑んでも――ギルガメッシュ相手に勝機は無かったわ。勝機を得る為には、アーチャーとの戦いは士郎にとって必要だった。って、話が少し逸れたわね。バーサーカーのマスターの居城から出ると、ランサーが力を借してくると言って来たわ。私と士郎は、その申し出に応えてキャスター達に勝負を挑んだ」
「では、その時にエミヤ先輩とアーチャーは戦われたのですか? それに何故、ギルガメッシュは心臓を?」
「いや、残念だが違う。俺はキャスターのマスターと、凛はキャスターと戦い。アーチャーは、ランサーと戦っていた。後、ギルガメッシュの目的は後で説明する」
「わかりました。しかし、それではアーサー王は……」
裕理が疑問を口にし、士郎が答える。
「セイバーはその時、キャスターの命令に必死に贖っていた」
「私たちはセイバーが戦いに参戦までに決着を付ける必要が在って、私がキャスターに肉弾戦を仕掛けて追い詰めるんだけど」
「俺がキャスターのマスターを抑えきれず、キャスターのマスターが加勢してしまった」
「で、結果から言うけど。キャスターは、アーチャーに討たれたわ。全ては、キャスターを討つ為のアーチャーの策略だった訳。そして、そこからアーチャーは自分の目的の為に行動し始めた」
「アーチャーはセイバーのマスターとなった凛と交換条件に、俺と戦う事を要求し。俺もそれに応じて、凛に手を出させない事を約束させてから場所を指定した。指定した場所は、バーサーカーのマスターの居城。翌日、そこで俺とアーチャーは戦い――俺が勝利を収め。その直後に、ギルガメッシュの攻撃から俺を庇って消えた。アーチャーは消える直後に、アレはお前が倒せと俺に伝えたていた」
護堂たちは士郎の話の中でアーチャーが何故、殺したい自身にその様な事を言ったのか疑問を抱いた。が、事前に『余り良モノではない』と言われていたので聞く事を躊躇った。
「それで、ギルガメッシュの目的だけど――ギルガメッシュは、その心臓を使って不完全な聖杯を作る事だったの」
「そして、その不完全な聖杯は世界に破滅を齎すモノだった。だからこそ、俺たちはギルガメッシュの作った聖杯を破壊する事にし。セイバーは聖杯の破壊を、凛は心臓を埋め込まれた俺の友人の救出を、俺はギルガメッシュを相手に戦いを挑み。それぞれの成すべき事を成功させた。これが、俺達の参加した聖杯戦争の内容だ」
話の内容を聞き、誰もが理解している。士郎と凛は真実を話したが、全てではない事を。
その証拠に【英霊】足るサーヴァントを如何やって従えたか? 士郎と凛が参加したのは五回目だが、そ以前の結果は? 監督役とは何処の組織のモノなのか、疑問は尽きない。
しかし、士郎も凛もこれ以上は語る気が無い事を雰囲気が物語っていた。
――◆◇◆――
その少女はイギリスに現れた。少女の年齢は十五〜六歳。
少女の一人旅にしては、やや若過ぎる。
しかし彼女はイギリスを歩き、倫敦に辿り着いた。
「弱りました。まさか此処で、資金が尽き様とは……」
目指すべき場所は未だ遠く、頼れる者も居ない。
しかし、目的の場所に辿り着けなければ意味が無い。
「おや、これはまた珍しい人物だね」
そんな少女に声をかけて来たのは、紅い衣服に身を包んだ一人の女性。
女性は少女を眺め、言葉を続ける。
「“
まつろわぬ神”かと思ったが、違うようだ。興味が湧いた、貴女の名前は?」
「私ですか、私の名はアルトリア・ペン――いえ、アルトリア・コーンウォールと申します。
魔術師、貴女の名は」
「私か、私はルディアゼリッタ・エーデルフェルト。《赤銅黒十字》に身を置く、騎士だ。宜しければ、目的地まで案内するよ」
「それは助かります、ルディアゼリッタ」
「それで、目的地は?」
そしてアルトリアは『時計塔』と答え、道すがら話を続ける。
しかし、話を聞いて行く内に齟齬が生じ始め。
それならば、と知人の人物である二人の名を上げる。
今度はそれを聞いたルディアゼリッタが驚きの声を上げ、知人に確認したい事が在ると言う。
そして、数十分の後。
「失礼、アルトリア。先に言った人物は居たが、この言葉に聞き覚えは在るか。聖杯戦争、セイバー、アンリ・マユ」
「何故、貴女がそれを!?」
「如何やら、間違いないようだね。失礼致しました、アルトリア。まさか、八人目の【
魔王】の知人とはいざ知らずお許しを」
「如何いう事ですか、ルディアゼリッタ。訳を話して欲しい」
アルトリアの言葉に、一言わかったと答え。ルディアゼリッタは、事情を説明した。
「そうでしたか。気にしないで頂きたい、ルディアゼリッタ。私はこの出会いに感謝こそしている。だから、私に敬語を使わず友人の様に接して頂きたい」
「そう言って、頂けると助かるよ――アルトリア。それで、申し訳ないが――私も君の知人、特に衛宮 士郎様に頼みごとが在る。その辺に、君からも助力をお願いして貰いたい」
「シロウに頼み事ですか。恐らく、大丈夫でしょう。シロウは女性に甘い所が在りますから」
「そうか。アルトリア、君にそうって貰えるなら助かる」
「では、共に日本に向いましょう」
こうして、過って騎士王だった少女は嘗ての主でも在った少年と出会いと再開を果たす