【グリニッジ賢人議会宛てのレポート。一部――八人目の【魔王】、衛宮 士郎に付いての報告より抜粋】
過日、日本に於ける新たな魔王が誕生した。新たな王の名は、衛宮士郎。
彼が打倒したのは――古代ウルクの王、ギルガメッシュである。
また、このギルガメッシュに於いては“まつろわぬ神”では無く。【英霊】と呼ばれる“まつろわぬ神”と同意の存在と思われるモノを打ち倒し、八人目となった経緯を持つ異色の王である。詳しくは、別紙に書き記した『聖杯戦争』をご覧頂きたい。
同時に聖杯戦争の経緯から彼――衛宮 士郎――自身もまた、“まつろわぬ神”となって誕生する可能性を持つ王であり。
八人目の王である、彼の切り札兼宝具で在る名を《無限の剣製》と言う。
この無限の剣製が如何いったモノであるか現在知り得る可能性を持つ者は、八人目の王と常に行動を共にしている遠坂 凛のみで在る。
更に、衛宮士郎と遠坂凛の両名は我々とは違う形式の魔術を扱う――魔術師である。
遠坂氏の魔術は未だ判明していないが、八人目の王――衛宮 士郎――が使用する魔術の判明した部分を此処に記す。
彼の王の魔術は、複製の魔術と考えられ。衛宮士郎本人の口から、真作と何ら変わりの無い贋作を作り上げられる事が語られた。
また、その贋作に於いても別紙の『英霊と宝具』をご覧に頂いた上で下記を検閲して頂きたい。
複製の魔術は、他の【英霊】の宝具を複製しきる事が可能であり。
この事実により、彼の王は神代の武具を再現可能な王と言える。
また、ギルガメッシュ王と対峙をした際――彼の王の切り札であり宝具である《無限の剣製》を持ってこれを殺めたモノと推測できる。
ギルガメッシュ王より算奪した権能は『一定時間の巻き戻し』であるという。
しかし、思うに彼の王の恐ろしさは――権能よりもその魔術や宝具の類と言えるだろう。
――◆◇◆――
日本に家屋の門前にて、二人の少女が並び立つ。
一人は白いブラウスを着た、十五〜六歳の年齢と思われる少女。
もう一人は、やや赤みを帯びたコートを纏い。麗美な衣服に身を包んだ、女性らしい凹凸を持つやや長めの髪の少女。
「如何した、アルトリア?」
「いえ、大した事ではないのですが。この屋敷が以前住んでいた日本屋敷に似ていると思いましたので……」
「そうか。しかし、何時までも此処に居る訳には行かないだろ」
「そうですね。行きましょう、ルディア」
しかし、次の瞬間――屋敷を異常な魔力が覆い。それを二人が感知する事になる。
「――ッ!?」
「ルディア。申し訳ありませんが、暫く此処で待って居て頂きたい。私が屋敷の中の様子を見てきます」
「わかった、気を付けろ――アルトリア」
アルトリアはルディアの言葉に頷きを返し、異常な魔力に覆われた屋敷の中に入って行く。
彼女は屋敷の中を慎重に歩いて行くと、少し離れた所から二人の男女の声が聞こえて来る。
「……バカバカ言うが、凛。君が言い出した事だぞ」
「分かってるわよッ! それにしても、何よこの魔力の量は……」
「やはり、屋敷の結界に使用する魔力は君の方が適任だ。今の俺が結界に魔力を注ぐと、本末転倒になってしまう」
「……はぁ、そうね。それに、これだと結界以前の問題だわ」
その話の内容と声を聞き、アルトリアの心と足は逸る。
そして、屋敷の角を曲がると其処には懐かしい人物たちが居た。
「お久しぶりです、凛。そしてアーチャー、貴方は現代の英雄だったのですね」
「えっ、セイバー!? 如何して此処に? それにアーチャーって!?」
驚く凛とは裏腹に、アーチャーと呼ばれた士郎の表情は何か信じられないモノを見た顔だった。
「それは……、シロウに逢いに来たのです。詳しい事は、シロウを交えてお話します」
「何言ってるの、セイバー? 士郎なら、此処に居るじゃない?」
「はっ? 何処にシロウが居ると言うのですか?」
その言葉に、何か気付いた士郎が声をかける。
「少し待て、凛。それとセイバー、少し良いか? 君は私の事をアーチャーと呼んだが、君は私の真名を答えられるか?」
「何を言っているのです、アーチャー? 私が貴方の真名を知る機会は無かった筈です。いえ、それ以前に――何故、貴方は私を知っているのですか?」
凛はこの言葉を聞いて、初めて目の前に居る彼女――セイバー――が自分達の知る人物で無い事を理解した。
「そう、そう言う事か。はぁ、良いセイバー。私達は貴方の知る遠坂凛とアーチャーじゃ無いわ。私達は、貴女とは別の可能性を辿った遠坂凛と衛宮士郎よ」
その言葉に訝しくアルトリア。
「つまりだ、セイバー。君の経験した聖杯戦争と俺達の経験した聖杯戦争は別で在って、君と俺達は並行世界の存在という事になる。そして聖杯戦争に参加していたアーチャーの正体は、恐らく理想の果てに世界と契約を結んだ俺――衛宮士郎だろう」
その言葉を聞き、アルトリアは驚愕し。一つの答えが浮かんだ。
アルトリアは苦味潰した顔をしながら、凛と士郎に言葉をかける。
「凛、それにシロウと言うべきなのでしょうか。貴方達の経験した、聖杯戦争を教えて頂きたい。代わりに私の経験した聖杯戦争もお話しましょう」
「ええ、その方が良いわね。でもセイバー、少し待って貰えるかしら――先に、用が在るお客様を待たせる訳には行かないから」
そう言って、アルトリアの後ろを睨む凛と士郎。
「えっ!?」
アルトリアが振り返ると、そこには難しい顔をしたルディアゼリッタ・エーデルフェルトが佇んでいた。
「アルトリアが何時までも来ないから、何か在ったのかと思って来たが……もしかして私はタイミングを見誤ったか?」
「ルディア! 凛、シロウ、彼女は敵では在りません。彼女の名前は――」
「ルディアゼリッタ・エーデルフェルト。エーデルフェルト家の当主の片割れかしら?」
凛の言葉に驚きの表情をするルディア。
しかし、士郎や凛からしてみれば――前の世界とは言え、ルヴァアから彼女の写真を見せて貰っていた。それなので、彼女が誰なのかはすぐに理解出来た。
「え、ええ。ですが、私はあの家の肩苦しさに嫌気が差しまして。自由気ままに放浪の果て、
現在はイタリアの結社《赤銅黒十字》に身を置く一騎士です。この度は、八人目の王――エミヤ様にお願いが在ってまいりました」
ルディアの言葉を聞き、士郎は思考を戦闘兼交渉用のソレに切り替えて問う。
「私に頼み事だと」
「はい。先日、ドイツにて異常な呪力の高まりを感知しました。そこで我々は、貴方様を含め――世界に八人しか居ない王に、助力を求める事にしました。しかし、同時にどの王に助力を求めるべきかと言う問題が起こりました。そんな時、エミヤ様の知人であるアルトリア様と出会い――王の人柄を見込んで、貴方様にこの件をご依頼しようと思いました」
「なるほど、君が此処に来た経緯は理解出来た。それで、その異常な魔力の高まりが何を示唆しての事か教えてくれるかね」
「はい。その異常な呪力の高まりはいずれ、“まつろわぬ神”となって顕現する可能性を持っています」
――◆◇◆――
俺たち四人を乗せた飛行機は無事、ドイツに辿り着き。この地の魔術師と、空港で落ち合う事になっている。
あのアルトリアが来訪した日の夜、アルトリアと話を行い。俺や凛の予想通りに、彼女は俺達とは別の聖杯戦争を潜り抜けて来たセイバーである事が解り。互いの経験した聖杯戦争を話し合った。
結果、聖杯戦争序盤の流れこそ同じだったが僅かながらの差が在り。それは聖杯戦争が進むと同時に、大きく異なった流れとなって行った。
まず、ライダーの結末が異なる。
アルトリアの経験した聖杯戦争では、アルトリアが
宝具を持って打ち倒した。
次にバーサーカー戦も異なり。アルトリアの聖杯戦争では、アーチャーの奴がバーサーカーを六度殺し。その上で当時の並行世界の俺が『
勝利すべき黄金の剣』を投影して、それによってバーサーカーが敗れる。
因みに、このアーチャーがバーサーカーを六度殺したという事実には俺達も大いに驚いた。
更に大きく違うのは、キャスターの登場とギルガメッシュの登場で在った。
キャスターはバーサーカーが敗れたのを確認した上で衛宮邸を襲撃したが、それを後から登場した英雄王ギルガメッシュがキャスターを衛宮邸で倒している。
そして、此処まで流れが違えば当然――最終決戦も異なり。
アルトリアの経験した聖杯戦争では、アルトリアvsギルガメッシュ。当時の並行世界の俺vs言峰綺礼と、総合して――俺達の経験した聖杯戦争よりも、従来通りの形に近い聖杯戦争だと言えた。
また、アルトリアは俺達の経験した聖杯戦争を聞き。
その内容に驚きを隠せず、特に俺――アーチャーの真名を聞かされた時
「私は聖杯戦争で、バーサーカー戦と言い、シロウの在り方と言い、
貴方に助けられてばかりだったのですね」
と、言葉を漏らしたほどだった。
しかし、そのアーチャーの目的を聞くと同時にアルトリアは酷く沈み込んだ。
それでも話を聞く内に、アーチャーの奴が再び正義の味方を目指したのが嬉しかったのか
「シロウ、ありがとうございます。貴方はシロウを救ってくれたのですね」
そう言って、本当に心の底から嬉しそうに感謝の言葉を言って来た。
記憶が記録に変われば、それは意味の無い事なのかも知れない。しかし、目の前に居るアルトリアはそうは思っていない。
なら、
当事者で無い俺はその思いが届く事を願う他はない。
彼女が俺の事を士郎と正しく発音するようになったのは、アルトリア成りのケジメなのだろうと推測できる。
実際、俺と凛にとってのセイバーが彼女だけの様に。異なる流れから、別たれたアルトリアもアルトリアでしかない。
そう。俺と凛にとって、セイバーと呼ぶ少女は――聖杯戦争を共に駆け抜けた彼女だけの様に……。
だからこそ、彼女の事をアルトリアと呼ぶ様にした。
「士郎、如何かしたのですか?」
「いや、何でも無いよ――アルトリア。それにしても、遅いな。ルディア、現地の人物とは本当に此処で合流する事になっているのか?」
「ああ。聞いた話だと、時間に確りした人物の筈だが」
「それにしては、時間にルーズね。何か、不測の事態でも起こったのかしら?」
「だとしたら、既に連絡が来ている筈だが。相手方の結社も王が来られた以上、無礼を働く事は先ず在り得ない」
そうなって来ると、可能性は二つ。
不測事態に陥ったか、組織内でのイザコザを未だ抱えているか。そのどちらかしか、無い。
ルディアに聞いた限りの情報では、後者の可能性が高いな。
「大体ねぇ、他国に自国内の問題を依頼する組織が何処にあるのよ。ドイツの結社って、そんなに結束が無いの?」
「全てがそうではないが……事、今回は運が悪かったとしか言いようが無い。何処の国も、過去の栄光に縋る組織と言う物は存在する。今回……呪力の高まりを観測した地域が、過去の栄光に縋りついていた結社で無ければ、こんな事にはならなかったろうな」
ルディアは何処か呆れた表情を浮かべて語る。
「今回、異常な呪力を検知した地域を管理している結社は、既に途絶えたアインツベルンと言う家系に系譜を並べている上層部が多いんだ。遥か昔に、アインツベルンの家系から【魔王】が誕生し、彼らは本家の血筋が途絶えた今もその栄光に縋って頑なに他の結社を認めようとしない」
今、ルディアが何気なく語った言葉の中にアインツベルンと言う言葉を聞いて――俺達が息を呑んだのは仕方ない事だろう。
「シェロ、如何した?」
「いや、何でも無い。話を続けてくれ」
「あ、ああ。まぁ、良く在る話だが、自分達一族こそドイツを含む周辺一帯を治めるに相応しい一族は無いと公言している。尤も、その結社も――一歩内側に入れば、権力と利権を如何やって一人占めするかと言った、思惑が蠢いているがね」
「因みに聞きますが、系譜に名を連ねていると言いましたが……本家筋の者が残っているのですか?」
アルトリアが恐る恐るでは在るが、ルディアに訊ねる。
「何に動揺しているかは理解出来ないが、本家筋の者は残って居ないだろうね。傍流の傍流も良い所だ、今となっては本当にアインツベルンの系譜に名を連ねた家が残っているのかも怪しい」
それを聞いて、凛が俺を引っ張り。小さい声で話す。
「一寸、士郎。是でアンタの素性を更に知られる訳に、余計いかなくなったわよ」
「そうは言うがな、凛。俺は、どちらかと言うと衛宮に名を連ねている方だ。大体、その衛宮だって――前の世界ではアインツベルンが、認めなかったんだぞ。それをこの世界の奴が信じると思うか?」
「真偽なんて、こう言った奴らには如何でも良いのよ。要は、士郎がアインツベルンに名を連ねる意味が在るかが重要なのっ! 大体、並行世界とは言え――士郎はアインツベルン本家に関わる家の養子なのよ。それを知ったら、そこの奴ら狂喜乱舞するわよ絶対」
「そうだよな、絶対するな」
幾ら養子とは言え、俺は衛宮 切嗣の息子である事に変わりは無い。
そして、切嗣の妻の名は――アイリスフィール・フォン・アインツベルン。
こうなると、聖杯戦争でイリヤスフィールの名前を出さなかった事が幸いに思える。
凛は、一つ嘆息を吐き。
「……はぁ、頭が痛いわね」
と、誰にも聞えないほどの声で呟いた。
――◆◇◆――
ドイツ北西にて、高まった呪力が一つに集まり――“まつろわぬ神”として、その身を顕現化した。
“まつろわぬ神”の容姿は、隻眼で長いひげを持ち。つばの広い帽子をかぶり、槍を手にして顕現した。
「ほう、この地には
如何な神殺しが居るのか。一つ、競い合うか。歳がいも無く、血肉湧き起こるのぉ。はははっ!」
しかし、そんな“まつろわぬ神”を取り囲むように現れる複数の男たち。
「なんじゃ、お主らは?」
この場に現れたのは、我こそは新たな神殺しと血気盛んに挑む青年達だった。
「ハハハッ! 実に愉快、神殺しとの前哨戦として相手をしよう」
そうして始まる、青年達の無謀な戦い。
“まつろわぬ神”が詩を歌えば、風が起こり――何人もの男が吹き飛ぶ。
風に吹き飛ばされずに近付く者は、手にした槍に貫かれる結果となる。
結果、“まつろわぬ神”を取り巻いていた青年達が全て死に絶えるまでに十分と時間はかからなかった。
顕現した“まつろわぬ神”は、北欧神話に記される――最も古い戦いの神、詩の守護神、嵐の神。そう、ドイツ北西に顕現したのは“まつろわぬオーディン”であった。