ツォルフェアアイン炭鉱業遺産群に近い廃村の一つ、其処では“まつろわぬオーディン”と八人目の王――衛宮 士郎――が戦いを始めていた。
“まつろわぬオーディン”が手にする神槍を、士郎の急所へ向けて放つ。
対する士郎は、手にする干将・莫邪で神槍を捌く。
オーディンの放つ槍の速さこそ、聖杯戦争に参加したランサーに及ばないモノの――その槍捌きは、戦神の名に相応しい槍捌きだった。
しかし、目の前に居る王――衛宮 士郎――は、その槍捌きを確りと眼で捉えていた。
「はははっ! もしやと思ったが……神殺しよ、我が槍をその眼で捉えておるのか!」
「ああ、確かに貴方の槍捌きは凄いの一言に尽きるだろう。しかし、私は以前――貴方以上の速さを持った、槍使いの戦いを見ていた。彼に比べれば、この程度……如何と言う事は無いさ」
「何と、ワシ以上の槍使いがおると言うのか!?」
オーディンのその驚愕の一言と共に放たれた一撃を弾き、共に一度距離を取る。
「ああ。最も……彼は【英霊】をクラスと言う枠に当て嵌めて、召喚されたが」
士郎のその言葉を聞き、オーディンは一際大きな声を上げて笑いだす。
「ははははははっ! なるほど、通りで納得がいったわ。ワシらは他の伝承を習合する関係上、如何しても【座】に居る本体よりも劣る」
そこまでオーディンは言うと、同時に士郎に向けて問う。
「しかし、そうなると同時に解せん事が在るのぉ? 幾ら、クラスと言う枠に収めたとは言え――何処で、何と、如何いった【英霊】の戦いを見た?」
これに対する士郎の返答は、少しの沈黙の後に
「…………。昔住んで居た街で、同様にクラスに当て嵌められた英雄と、アイルランドの光の御子の戦いを見たよ」
と言葉を返す。
その言葉を聞き、“まつろわぬオーディン”は実に愉快そうな顔を作り
「して、その時に光の御子が相対した【英霊】は誰じゃ? 有名所では、アーサー王か? または、我が北欧神話に出て来る者か?」
と訊ねる。
「確かに、アーサー王と刃を交えていたのは当たっているが。たった数合だけだ。私が見たのは、むしろ守護者よりの無銘の英雄だ」
「ほぉ、その無銘の英雄の名も相当な実力を持つ様だのぉ」
オーディンの言葉を聞き、士郎が僅かに苦笑いを浮かべる。
その理由は――アルトリアが今の言葉を聞いたら、実に嬉しそうな表情を浮かべていたに違いないと思ったからだった。
――◆◇◆――
現在、私たち三人は……廃村の中で何処からか湧いた兵士の集団の相手をしている。
此処に来る前に立てた事前の作戦は、士郎とアルトリアの二人が攻撃の主軸となり、私とルディアが二人のサポートと牽制を行うと言うモノだった。
しかし、いざ廃村に辿り着いてみれば――そこは既に武装した兵士達が待ち構えていた。
「如何やら、此方の作戦は“まつろわぬオーディン”に読まれていた様だ」
ルディアは自分の持つ戦斧を自在に振り回して兵士を切り裂く。
「如何やって、“まつろわぬオーディン”は私達の作戦を知ったって言うのよ!?」
私は、手にした宝石を兵士に向けて放つ。
「わかりません。ですが、この作戦が相手に知られている以上――士郎の方も苦戦が予想できます」
アルトリアが手にしているのは、士郎が投影した『
勝利すべき黄金の剣』。
これはアルトリアの宝具である為に真名解放が可能である事と、アルトリアの手に一番馴染む剣だろうと言う理由から士郎が投影した贋作の剣。
「凛、真名解放を行います!」
既にかなりの数の兵士を倒しているが、一向に減らないのを見てアルトリアが声をかけて来た。
「駄目よ、アルトリア! 此処で真名解放なんてしたら、“まつろわぬオーディン”を相手にするとき如何するの。逸る気持ちはわかるけど、此処は抑えて」
「……くっ。しかし、凛。此処を如何にかしなければ、士郎の元へ向かう事も出来ません」
それは分かっている。けれど、ここで真名解放などを行うと言う事は――『
勝利すべき黄金の剣』と言う、切り札を失う事を意味している。
それはアルトリアの持つ魔力量の絶対量云々では無く、『
勝利すべき黄金の剣』の強度の問題。何故なら、投影された宝具を調べられると不味いので、真名解放一回分の強度しか持たせていない。
だからこそ、ここで『
勝利すべき黄金の剣』と言うカードを切る訳にはいかない。
「大丈夫よ、アルトリア。士郎はもう、聖杯戦争当時の士郎じゃないんだから。その実力は、アルトリアも知っているでしょ」
私の言葉で、アルトリアは士郎との模擬戦を思い出したのか
「……そうでしたね、凛」
と言葉を返す。
しかし、次の瞬間――アルトリアは私の方に向けて駆け出し、私を抱えてその場を離れる。
「急いで、そこを離れろ!」
ルディアの声が聞こえたのは、その直後の事だった。
「ちょっ、何よ、アルトリア!」
「アレは、スレイプニル!!」
私もアルトリアの顔が向いている方向を見ると、そこには八本の足を持つ魔馬が居た。
――◆◇◆――
アルトリア達が八本足の魔馬と対峙した頃、士郎と“まつろわぬオーディン”の戦いは更に激化していた。
攻めるオーディンの一撃を、士郎がその鷹の目と真眼を持って防ぐ。
是は変わらなかったが、攻撃の合間に投影した剣とルーン魔術が二人の間を飛び交っていた。
「
停止解凍――
全投影連続層写!」
士郎の投影した剣がオーディンに向って走り、オーディンはルーン魔術を使って放たれた剣を防ぐ。
士郎もこれを見越して、剣が放たれると同時にオーディンに向って駆けていた。
「中々やるのぉ、神殺し」
その言葉と共に放たれた突きは、士郎の急所を貫こうとしていた。
それは、何度も繰り返された槍と双剣の攻防。
その攻防は、士郎と“まつろわぬオーディン”が共に離れる処まで続いた。
そして“まつろわぬオーディン”は一度大きな笑い声を上げ
「実に愉快、ならばこそ、我が必殺の呪力を込めた神槍を防いでみよ――神殺し!」
と叫び、手にした神槍に魔力を注ぐ。
士郎もそれに無言で答え、自身の内から尤も信頼を寄せる楯を剣の丘から引き上げる。
「…………I am the bone of my sword」
“まつろわぬオーディン”の手にした神槍は、宝具のそれと見間違うばかりの魔力を纏う。
強力な魔力を纏った神槍を手に、“まつろわぬオーディン”は士郎に向けて投げ放つ。
「――――――
熾天覆う七つの円環!」
士郎の掲げた右手から、七枚の花弁が展開される。
花弁の楯と強力な魔力を纏った神槍、二つは此処に激突し――七枚の花弁を削って行く。
しかし、楯が一つ消し飛ぶと共に神槍の纏う魔力は失しなわれて行き。
六枚の楯を破壊するも、遂に――七枚目の楯を貫く事は出来なかった。
“まつろわぬオーディン”はその光景を見て、
「なんと、我が神槍を防ぎおったか、神殺しよ!」
と驚きの声を上げた。
「驚いたのは、此方だ。まさか宝具の真名解放まで出来るのか、君達は?」
「それこそ、まさかじゃ。今のは、神殺し――お主を貫くと言う一点のみに絞り、真名解放と同程度の威力を持たせた筈なんじゃがのぉ。それをまさか防がれるとは、思っても見なかったわ。ハハハハッ!」
「つまり、こうして私の手に
大神宣言が在ると言う事は――」
「そうじゃ、神殺し。お主の考えている通りじゃ。ワシは神殺しを貫くと言う事のみに魔力を注いだ結果、それを防がれたり、貫いた後にワシが神槍を取りに向かわねばならんと言う事じゃ」
士郎はその言葉を聞き、“まつろわぬオーディン”に訊ねる。
「返しても良いが、その代りに私の質問に答えてくれないか?」
「ふむ、良いじゃろう。して、ワシに訊ねたい事とは何じゃ?」
「何、この
大神宣言は、オリジナルと違いは在るのかと言う事だ」
そう言って、士郎は手にした
大神宣言を見る。
「その神槍に対しては、オリジナルとそう変わりわせん。しかし、数多くの伝承から形成された“まつろわぬ神”の場合――その手にした武器も、オリジナルから離れて行くぞ」
「なるほど。君達が単一に近い形で顕現すれば、宝具もオリジナルに近づき。複数の伝承の影響を受けて顕現すれば、宝具もオリジナルから遠く離れると言う訳か」
「理解が早くて、何よりじゃ。では、我が神槍を返して貰えるか」
「ああ、済まなかったな」
そう言って、士郎は手にした大神宣言を“まつろわぬオーディン”に向けて投げ返す。
――◆◇◆――
魔馬スレイプニルが唸り声を上げて、三人の元へ駆ける。
「二人とも、散って!」
凛の言葉と共に、三人はスレイプニルの進路上から別々の方向へ走る。
そして一瞬の後、凛たちが居た場所には凄まじい豪風を伴った魔馬が駆け抜けた。
「――くっ、流石、北欧の軍神だ。兵士たちの相手で此方を疲弊させ、魔馬の相手をさせる。これでは、シェロの元へ向かう事が出来ない」
ルディアはその武器の都合上、戦斧では自由に動けない。それを早々に理解し、回避に専念している。
魔馬スレイプニルが咆哮を上げて、再び三人の元へ駆ける。
魔馬の狙いは、剣を持つ少女――アルトリア。
「アルトリア、狙われているわよ!」
「わかっています、凛!」
アルトリアは魔力をブーストとして使い、魔馬スレイプニルの突撃を回避する。
「Ms,トオサカ! 何か、動きを封じる手は無いのか!」
「在っても、速過ぎて当たらないのよ! しかも数が限られているから、無駄撃ち出来ないのよ!」
魔馬スレイプニルはその勢いのままに空を駆け、目標を凛へと移して突撃を開始した。
「ッ、凛!」
アルトリアの言葉で、今度の狙いが自分だと理解すると大急ぎでその場から駆けだす。
迫る魔馬を避ける為に、幾度と繰り返された回避方法――着地の事は考えずに、頭から飛び退く――を取る。
回避した直後、魔馬スレイプニルの駆けた豪風によって凛の体が地面を転がる。
「――ッ」
「凛、無事ですか!?」
「Ms,トオサカ、無事か!?」
「コッチは大丈夫! それよりも、スレイプニルから目を離さないで!」
既にアルトリアの中では、魔馬スレイプニルを倒す為に『
勝利すべき黄金の剣』の真名解放をする事を決めていた。
「くっ。ライダーのペガサスより劣るとは言え、今の状態では」
確かに勢いこそ、ライダーの宝具に劣るとは言え――空を、地を、自由に駆け回れていては、一撃を加える事は難しい。
また、アルトリアの魔力量も時間と共に減っており――真名解放を考えるなら、そう長くない内に凛たちと同じ回避方法を取らねばならなかった。
今の状態が続いているのは、一重にアルトリアの魔力放出による所が大きい。
何故なら、誰か一人でも魔馬スレイプニルの直撃を喰らえば――この現状は変わるからだ。
その事態を避ける為にアルトリアは何度か、強引に魔馬スレイプニルの前に出て囮役をしている。
「アルトリア、魔力の残りはどのくらい残ってるの!?」
此処で凛の聞いている魔力の残量とは、カリバーンの真名解放を除いた残量の事。
「残りも極僅かです、凛! 出来るなら、そろそろ此方から仕掛けたいのですが」
「それは私も同じよ! でも、一瞬でも良いから動きが止まらないと、抑えられないの!」
既に凛も此処で『勝利すべき黄金の剣』と言う、カードを切る事に決めていた。
凛は魔馬スレイプニルの動きが一瞬でも止まれば、その瞬間に瞬間契約レベルの魔術を使用して動きを封じる事が出来る自信が在った。
だが、その一瞬が遠く、何より難しい。
魔馬スレイプニルの咆哮が届く、狙いは囮となったアルトリア。
アルトリアは、自分ならその一瞬を作り出す事も出来るが同時に――それを行った場合、真名解放が不可能になる事も理解していた。
その後もスレイプニルの突撃を回避し続ける三人。
しかし、それは唐突に終わりを迎える。
魔馬スレイプニルがルディアに狙いを定め、ルディアが回避に成功したと同時に赤い流星が魔馬スレイプニルに向って奔る。
魔馬スレイプニルもその赤い流星に気付いて回避を始めたが、赤い流星は進路を変えて追撃を始めた。
「なんだ、あの歪な形をした物は……」
その流星を誰よりも近くで見たルディアは、確りと流星の正体を見た。
ソレは歪な形をした何か。敢えて口にするなら、それは歪な矢だった。
赤い流星はスレイプニルとの距離を縮めて行き、スレイプニルは赤い流星を引き離そうと空を駆け抜ける。
「アレって……まさか!?」
凛は一瞬、士郎かとも考えたが同時に在り得ない事に気付いた。
まず、士郎なら“まつろわぬオーディン”を相手にしながらこんな事はしない。
次に、“まつろわぬオーディン”を倒したのならば魔馬スレイプニルが存在しないのでこれも在り得ない。
そして、残る可能性は一つ。
「アーチャー……“まつろわぬエミヤ”」
――◆◇◆――
“まつろわぬオーディン”を相手に戦いを繰り広げていると
「なんと! 我が|戦死者《エインヘイリャル》のみならず、我が愛馬までもが打ち倒されたかの!?」
と、突然叫び出した。
「ふっ、如何やら貴方は彼女達を見くびって居た様だな」
「うぅむ。この目にその風景を見れんのが残念だ。しかし、主との一戦もまた――心躍る故に然したる問題も在るまい。さて、今度は何を見せてくれる……神殺しよ」
その言葉には、嬉々とした感情が含まれ。“まつろわぬオーディン”が今までの激闘を愉しんでいた事を露にしていた。
「悪いが私の方としては、向こうが片付いた以上――此方も早々に終わらせなくては、私の立つ瀬がないのでね。この辺りで終わりにしようと考えているんだが」
「ほほほ、愉快愉快。では、名残惜しいが決着を付けるとするかのぉ」
そうして再び始まる剣と槍の攻防。その中でオーディンが放った一撃が、士郎を遠く吹き飛ばす。
「むぅ? 自分から後ろに下がるだと?」
しかし、それは違い。実際は、オーディンの一撃を利用して遠く離れたに過ぎない。
そしてそれをオーディンも見抜いていた。
「悪いが、この距離が欲しかったのでね。貴様の一撃を利用させて貰った」
その言葉が紡がれると同時に、士郎の手には一本の紅い魔槍が投影され。四肢を獣の様に地面に付き、魔槍を片手に地面を物凄い勢いで駆けだす。
「何をする気じゃ、神殺し?」
「この一撃、手向けとして受け取れ!」
助走のち、高々と飛び上がり。その真名を開放する。
「
突き穿つ―――――
死翔の槍」
その一撃は、放てば必ず心臓を貫くとされる魔槍の一撃。
「なんじゃと!?」
オーディンも残る魔力を槍に込め、放つが――魔槍の一撃を防ぐ事は叶わず。
突き穿つ死翔の槍の一撃により、周囲には炸裂弾の様な音と共に無数の鏃を撒き散らした後だけが残っていた。