現在、ドイツの小さな飲食店で“まつろわぬオーディン”を打倒した士郎と魔馬スレイプニルから生き延びた凛たちが集って遅い夕食を取っていた。
士郎は夕食の席で“まつろわぬオーディン”を打倒した事を話し、凛たちは魔馬スレイプニルとの戦いに於いて“まつろわぬエミヤ”と思われる存在が介入した事を話した。
「……なるほど。それで、アーチャーの姿は確認できたのか――アルトリア」
「いえ、無理でした」
あの赤い閃光にも似た“矢”の軌道を追って、アルトリアはすぐに駆け出していた。
何故なら、アーチャーこそ――アルトリアが愛した衛宮 士郎で在る可能性が高いと考えたからである。
士郎がアーチャーとの戦いに於いて、断片的に見せられた記憶の中に――黄金の朝日の中へと消え行く自分の姿が在った事を聞き、自分の愛したシロウで在る可能性が高い事を知った。
同時にその話を聞き、酷く自分も責めた。
何故なら、彼が無限地獄へと歩む原因の一因になってしまったのではないかと言う考えが頭に出来たからだった。
故に、士郎との戦いに於いてシロウが救われた事を知り――嬉しさと恩義を目の前に居る士郎に抱いた。
「シェロ、我々《赤銅黒十字社》に命令を頂ければ――《赤銅黒十字社》は、全力を持って“まつろわぬエミヤ”に関する情報を集めるが如何する?」
ルディアが士郎に向けて、自分の所属する組織の力を使う様に進言した。
その進言に対して凛が
「その見返りとして、今回士郎の得た“権能の情報”或いは“魔術の情報”が欲しいと言った所かしら――ルディア」
と訊ねる。
「Ms,トオサカ、誤解されては困る。確かにそう言う風に捉えられてしまったのは此方の落ち度だった、此処に謝罪しよう。しかし私が言いたいのは、王からの命令と在れば是非もなく――王の助力となる様に全力を尽くすと言う事だ」
勿論、これは赤銅黒十字社にとってもメリットが在る。
何故ならば、これを機に【魔王】衛宮士郎の庇護を得られると言うのであれば、多少のリスクを冒してでも赤銅黒十字社にとって得たい物でも在るからだ。
現在、【魔王】衛宮士郎の庇護下に置かれていると思われる組織は日本の正史編纂委員会のみで在り。ルディアゼリッタ・エーデルフェルトを通して赤銅黒十字社の願いが通ったのも、旧知の人物――アルトリア・コーンウォール――の協力が在ったからと認識されている。
しかし実際は、助けを求められれば助けになろうとするのが衛宮士郎の人と成りだった。
だが、情報の少ない今現在に於いてはそう言った人と成りが組織に於いて何かしらの裏が在ると思わせている。
故に日本の正史編纂委員会に情報を求めるも、日本の正史編纂委員会は【魔王】衛宮士郎の情報は士郎及び遠坂凛とアルトリア・コーンウォールの許可なく提示すなと言う命を受けており、只でさえ少ない情報を得る事が出来ずにいた。
勿論これを考えたのは凛であり、この命令によって士郎の安全を考えたのだった。
宝具と言う巨大な力を持ち、慨知の魔術に当て嵌まらない魔術を使う騎士で在り、常識を持った数少ないまともな王にして、自身と周りの情報を外部に漏らさない王。
それが今、組織が抱く衛宮士郎と言う人物像だった。
士郎が前の世界と同様に動くと仮定しても、士郎の情報は少ない方が良いと考えたからで在った。
同時に、凛は他の【魔王】についての情報も集めていた。
その理由は少なくとも幾人かの【魔王】と会い、友好な関係或いは不可侵の関係を築けたらと考えているからだ。
これにより、士郎が孤立する事態を避けられる様にし――士郎の安全を図ろうと考えていた。
その計画に於いて、少なくとも凛は日本の【魔王】――草薙護堂と、有効な関係を持てたと思っている。
あちらの方も、彼の自称愛人を語っている――エリカが、護堂を中心とした独自の組織をいずれ起こそうとしている。
それを上手く援助成り、手助けする事が出来れば――貸しを与える事も出来る上に、信頼を得る事も可能かもしれない。
尤も、中心と成る護堂はその事を知らずに居るのだが……。それはまた別の話である。
故に、結社が士郎に対して敬意を払っているとしても、凛は組織に於いて一定以上の信用は置かず居る。
そして、この凛の考えこそ――結社を悩ませている原因だった。
結社は、如何にかして士郎の庇護が欲しく。その為に如何すれば、信用が取れるかで悩み。
凛は、士郎が結社に利用されるのではと言う懸念が離れずにいるので信用を置く事が出来ずにいた。
「…………そうね。後で、士郎とアルトリアと私で話し合ってみるわ。その結果云々によっては、協力をお願いしようかしら」
「そう言って貰えた事だけでも、此方には幸運だ」
それは、繋がりが出来るかも知れないと言う事でも在った。
そして、彼女の言葉が終ると同時に一人の男性の声が掛かる。
―――◆◇◆―――
その日も草薙護堂は、賑やかな一日を終えてノンビリとしていた時だった。
自分の携帯に電話が掛かり、相手を確認して電話を繋ぐ。
「こんな時間に一体何の用だ、エリカ」
『こんばんは、護堂。たった今、良い情報が入ったわ』
護堂は電話向こうの相手の顔を想像しながら、訊ねた。
『シロウ先輩が、ドイツで“まつろわぬオーディン”と交戦して権能を手に入れたわ』
「オーディンって、あの……ゲームなどに良く出て来る奴か?」
『ええ、そうよ。北欧神話に出て来る、隻眼の神様』
「へぇー。やっぱり、士郎先輩って強いんだな」
護堂は電話をしながら、先の“まつろわぬハトホル”との一件を思い出す。
『そうね、それは間違いないと思うわ。でも、私が貴方に伝えたい情報はそれでは無いのよ』
そのエリカの言葉で、疑問を抱き訊ねる。
「それじゃ、何を伝えたいんだよ」
『ふふ。“まつろわぬオーディン”との交戦の最中に、現れたそうよ――“まつろわぬエミヤ”……シロウ先輩が』
エリカの言葉に息を呑む護堂。
『ルディアからの報告だと、今現在“まつろわぬエミヤ”の顕現を知っているのは三人。護堂、貴方とシロウ先輩。そして、イギリスの結社《王立工廠》を率いる――【魔王】アレクサンドル・ガスコイン』
「士郎先輩は分かるけど、何でそこにイギリスの神殺しの名前が出て来るんだ?」
『さあ? その辺の情報は、私には来ていないの。ルディアも今回の一件で、シロウ先輩側に引き抜かれたみたいで《赤銅黒十字社》側には、大した情報が来ていないわ』
そうして、少しの間を開け
『……それに、シロウ先輩の指示で“まつろわぬエミヤ”が顕現した事実は極秘にされたわ。だから、これはチャンスよ護堂。“まつろわぬエミヤ”を倒して、その権能を手に入れられれば――シロウ先輩に対しても、有効なカードを手に入れられるわ。もしかしたら、“まつろわぬエミヤ”を倒して得られる権能は――宝具の複製の可能性も在るわよ』
と言葉を続けた。
そのエリカの言葉を聞き、護堂は興奮と謂いも言われ無感情を抱く。
伝説に残る数々の武具を再現できるともなれば、少なからず誰でも興奮するだろ。
しかも持ち歩くしか方法の無い天乃叢雲剣と違って、銃刀法を犯す事が無い。
しかし、同時により自分の出鱈目さに磨きが掛かるのも理解していた。
―――◆◇◆―――
彼が顕現した地は、ドイツの在る結社が重要視している地だった。
彼がこの地に顕現したのは、幾つモノ条件が揃っていたのが理由。
一つ、彼はこの地と関係の深い英雄。
二つ、この地に彼と同一の存在が来た。
三つ、彼と関係の深い女性が居る。
他にも、幾つかの条件は在るが大きな理由は上の三つだろう。
そして、彼は自分の存在がどんなモノか理解した。
「…………なるほど。私はこの世界で、害悪と成る神殺しを殺せば良い訳か。存在が、害悪なら
正義の味方も心を痛める必要は無いな。しかし、
奴が世界に害悪としかならない神殺しになるとは因果なものだ」
そう言う、彼の顔に浮かぶ笑みは苦笑とも取れる笑みだった。
彼は顕現したその足で、同一の存在が居る場所へ向かう。
しかし、彼の足を止めたのは三人の少女達だった。
「ふん、害悪になぞ成った奴より――此方の方を優先すべきか」
彼の目には、六本足の魔馬と死闘を繰り広げる凛・セイバーにの少女・ルディアの姿が映っていた。
「I am the bone of my sword」
手にするのは、赤き魔剣。
剣を矢をとして、弓に番える。
この時点で、矢と成った剣は六本足の魔馬に中っている。
「赤原を駆けろ、
緋の猟犬!」
真名と共に放たれる一射、それは目にも止まらぬ速さで魔馬へ迫る。
彼こそ、未来の英雄にして異端の“まつろわぬ神”。
未来の英雄故に詳細な伝承を持たず、純粋な【英霊】に近い形で顕現させた。
彼の複製する魔術は、彼に許された魔術の副産物。
何より、彼の特異性と未来の英雄と言う特異が――“まつろわぬ神”としての彼に、宝具の発動を可能としていた。
彼は、魔馬が消滅したのを確認すると
「毒も使い方次第か。まぁ、いい。今回だけは見逃そう――剣製の王、衛宮 士郎」
そう言って、その場を離れた。
もし、彼がこの場に少しでも長く留まって居たのならば――彼は、長き時を経て彼女と再会を果たしていただろう。