1991年 初春 日本帝国柊町
「今年の新入学生、一体何人当たりがいると思う?」
高田正一が、校門をくぐってくる新品の制服に身を包んだ少年少女達に目をやりながら聞いてくるのに、隣にいる畑山道江は素っ気なく答えた。
「当たり、というのは、綺麗どころの女子が入ってくるか、ということだろ?そういうのは、個人の好みによるからね。まあ、君は守備範囲が広いからそれなりにいるんじゃないかな?」
「そうかー、そうだといいな」
「やれやれ、現実も大切だが、私たちにはもっと崇高な役割があることを忘れてはいけないよ?とはいえ、新しい素材だ。私もしっかりと見ておかないといけないね」
短く刈り揃えた髪と鋭い柳眉からどこか冷たい印象を抱かせる畑山が、高田が見ていた新入生の群れに目を向ける。
少しつり上がり気味の目。その鋭い眼光は獲物を狙う猛禽類のそれに近い。
「ふむ、相変わらず男が多いね。でも毎度の事ながら美形の割合が多い。これは新しいカップリングの可能性が増えるね。それと女の子は少ないが、粒ぞろいだ。ふふふ、これはこれで使えそうだ」
舌なめずりしながら目を細めている畑山。黙っていれば、ボーイッシュな美女なのだが、今は常人が近づきがたいオーラを放っている。
「そ、そうか。流石は、我らが非現実創作部の副部長だな。いろんな意味でやばいやつだぜ」
彼女は男女を分け隔てしない。ノーマルでも男×男でも女×女でも、さらに付け加えるなら無機物×無機物だろうとどれでもいける、ハイブリッド型だった。言い換えると廃ブリッドだ。
基本的にノーマルしか受け付けない高田にとって、この畑山はある意味理解しがたい存在であった。
というか、以前彼女の創作物の一つであるH−MANGAに上級生(男)とのカップリングで登場させられたことから、苦手意識さえ持っている。だが、それらを差し引いても、彼女の才能は素晴らしかった。
こんこんとわき出る泉のように、素晴らしい発想の創作物を作り上げていく彼女。非現実創作部の理念である、常識に囚われるな、現実を超える虚構、己の仲に眠る欲望を解き放て、それらを全て実践している。
しかもその作品が素晴らしいとくれば、もはや文句のつけようがない。
普段どころか、一度もその姿を見せたことがない部長に比べると人望も人気があまりにも違いすぎる。
「そうだ、高田くん。先日部長から連絡が入ってね。新人の確保を依頼されたよ。技術よりも情熱を優先して選別してくれ、とのことだった。今は私たち2年の7人しかいないからね。君もがんばってくれたまえよ?」
そう、この日本帝国軍所属高等部の非現実創作部昨年一人の漢の手により立ち上げられた。設立1年しか立っていない部なのだ。そしてその部活動内容を知る教員はほんの一握りに限られている。
内容とはすなわち、アングラに蔓延るMANGAの製作だ。しかも通常の漫画だけではなく、H−MANGAと言われる青少年にとって非常に目の毒な漫画までも手がけている。
しかもそのジャンルは、多岐にわたる。ノーマル、ガチホモ、BL、レズ、百合、無機物カップリング、etc。
そんな憲兵に見つかればただではすまない創作活動を、なぜ帝国軍所属の高等部が認めているか。それはすなわち、この部の創設者であり部長である一人の人物の手腕に他ならない。
副部長である畑山以外誰も知らないその人物は、性別、所属学科などすべてが謎に包まれている。
「部長はやっぱり出てこないのか?」
「ああ、あの人は忙しい人だからね。その程度の些末なことなど、我々がやればいいことさ」
「でもよう、どう考えてもおかしいぜ。仮にも部長だろ?新入部員の選考くらいは手伝ってくれてもいいだろ?」
「まあ、君の言うことも一理あるけどね。でも、部長は私に全てを任せるといってくれた。それにそもそも、私以外の部員は私が集めたんだよ?だから選考については問題ないさ」
「そうなんだけどな…」
「もしかして、なにか部長に不満でもあるのかい?」
畑山の目がすっ、と細められる。
「確かに部長に会ったことがない君たちにはわからないかもしれない。けどね、あの人は本当に偉大な人なんだよ。私にMANGAの書き方、そして様々な種類の物語、性癖、状況を教えてくれた。私がやっているのは、あの人が生み出したものの模造品を作っているにすぎないんだよ」
「な、そんなことはねえよ!おまえの描くMANGAは最高だよ。まあ、俺を登場させるのはいただけないけどな…でもまあ、わかったよ。副部長がそこまで言うんだもう言わないよ」
「そう言ってくれると有難いね。さて、それじゃ、早速新入生の情報を集めるところから始めようじゃないか」
アングラから解き放たれたMANGAが世に出るときに、黄金世代と言われる作者群がいる。その中に全方位完全対応畑山という名とドエロス高田という名があるが、それはまた別の話である。
1991年 初夏 インド戦線
インド戦線の最前線基地にある食堂。祖国にハイヴを建設され、国土を蹂躙されつつあるインド軍兵士だが、その士気は非常に高かった。
理由としては幾つかあるが、まず第一の理由は戦力が十分に残されていることだ。
これは敵BETA群の総数に加え、地下侵攻の情報を早期に得ることが出来たため、効率的な撤退戦を行うことができたからである。
民間人の避難はすでに完了しており、いかに現有兵力を温存しつつ、BETAに打撃を与えるかを念頭に置いた指揮のおかげでもある。
確かにBETAの侵攻に屈しはしたが、致命的なダメージは受けていない。いくらでも挽回できる、その希望が彼らの士気を押し上げている一因である。
さらにM−01型ミサイルの存在である。世界各国からの発注を受けているせいで、前線国家でも十分な数を保有することが出来ないでいる現状だが、インド戦線には比較的優先的に回されることになったのだ。
これは原因が不明ながら、一時期高まっていたBETAの東進の気配が最近まったく見受けられなくなったため、東アジア戦線の供給優先順位が下がったためだ。
インド軍および国連インド方面軍の計画では、間引き作戦をおこないつつ、ハイヴ攻略に向けてのミサイルの備蓄を行うのに2〜3年ほどの時間が必要となっている。
逆に言えば、2〜3年の内にインド奪還作戦が決行されるということになるのだ。
「うー、早く2年たたないかな」
「まあ、そう焦るなよ。それに、ハイヴの間引き作戦が上手くいってないと成立しない作戦なんだ。今の任務をおろそかにするわけにはいかないだろう?」
「そうなんだけどなー。理屈ではわかっててもなー」
衛士用の食堂ではそんな会話がよく聞こえるようになった。
そんな会話を聞きながら、同じ食堂で食事を取っていたシェンカー少佐は目の前の相手の観察を怠っていなかった。
目の前の相手、小塚次郎少佐だ。
彼は隣に竹中大尉を座らせて、食事を行っている。
「おまえらいちゃつくんなら、どっかよそ言ってメシ食えよ」
と言わんばかりの周囲の視線はもちろん無視だ。
竹中もそんな視線は気にしないらしく、平然と食事を続けている。
「日本帝国の技術は素晴らしいですね。ほんの少し前までは、合成食材と言えばペットフードと大して変わらない味だったというのに、今ではきちんと料理として食事を楽しむことが出来る」
噛んでいたステーキを飲み込んだシェンカーが小塚次郎に語りかける。
「お褒めにはずかり恐縮ですな。とはいえ、がんばっているのは技術陣で、私はしがない戦術機乗りなんでね」
軽く肩をすくめると、小塚は魚のフライにかぶりつく。
「それをいったら、私も単なる戦術機のりですよ」
「ご謙遜を、国連軍所属地獄のシェンカー大隊といえば、インド戦線で知らない者はいませんよ?」
「それをいったら、アジア戦線で日本帝国死の第13大隊の名を知らない衛士はもぐりですよ」
シェンカー少佐率いる国連軍所属第76戦術機甲大隊は、確かに有名だ。数年前に東アジア戦線で二個連隊を投入した間引き作戦の中で、突然の地下侵攻により多くの大隊が無残にも壊滅した中で奇跡的に半数以上の衛士を生き延びさせた。
それ以降、進んで前線での作戦行動を買って出ては、大きな戦果を残している。衛士の生存率も年間で約87%と上位に入る。ちなみに平均的な衛士の年間生存率は75%前後だ。
86式兵装の導入、新CPUユニットの換装などで、ここ数年間衛士の生存率は劇的に向上している。
「さて、腹の探り合いもいいですが、そろそろ本題にはいりませんか?」
3人の皿が空になったのを確認してから、小塚は普段のふざけたような態度を引っ込めると、目の前のシェンカーを見つめた。
「そうですね」
ちらっ、と目を竹中に向けるシェンカー。それに気づいた小塚は、分かった、と頷くと竹中に退席を促した。
「すまいないが、さしでの話をお望みらしい」
「わかりました」
竹中は頷くとそのままトレイを持って立ち去っていく。
「彼女は小塚少佐の副官ですか?」
「いや、大隊付きのCPですよ。とはいえ、一応私の婚約者でしてね。手出しはご無用でお願いしますよ」
「ははは、ご安心を。私には妻も子もいますので」
「そりゃよかった。で、お話とは?」
「これを」
シェンカーは胸ポケットに忍ばせていた写真を取り出すと、小塚の前に差し出した。
画像が荒いことから、動画から切り出したものだろう。
重機関銃を構えた強化外骨格の姿が写されていた。しかしよく見るとなにかおかしい。その違和感がなんなのかを小塚はしばし考える。その違和感がなんなのかに気づいた小塚は、それをそのまま質問とした。
「シェンカー少佐、この写真はどこで?」
「戦場です」
「それはおかしな話ですな。こいつは強化外骨格だが、見たところ作業用で戦闘用じゃない。ついでにいえばベイルアウトした際の管制ユニットと一体型のタイプでもない。それがこんな大型種が入り乱れている戦場にいるわけがない」
「ええ、本来ならそうでしょう。ですが、これは紛れもなく本物の写真です。合成でもなんでもありません」
「それならこいつは大型種と戦術機が入り乱れる戦場に、作業用の強化外骨格でかちこんできたと?おまけに武器は重機関銃で?」
「ええ、事実です。小塚少佐は聞いたことはありませんか?戦場に現れる謎の支援者の噂を。壊滅寸前の大隊を単騎で助ける強化外骨格の話を」
「ああ、あれですか。数ある戦場の与太話の一つだと思っていましたが、まさかこいつが?」
小塚の目に強烈な興味が浮かぶ。与太話の中には、重機関銃で要撃級を吹き飛ばしたとある。よくよく見れば、写真の中に明らかに120mmでも36mmでもない弾痕がついている要撃級が見て取れる。
もっとも、画質が粗いので目の錯覚の可能性もあるが。
「ええ、そして、噂の出所は私たちが所属している大隊ですよ」
「それをなぜ私に?」
シェンカーが何を考えているのかが読めない。もしシェンカーが話していることが事実だとすれば、これは驚くべき事実だ。だがそれは公表されていない。ということは、機密扱いの情報になっているはずである。
「ご安心を。一応機密扱いの情報ですが、佐官以上には閲覧権限がありますので、罪に問われることはありませんよ」
「顔にでていましたかね?」
「ええ、わりと」
はぁ、と小塚はため息をついた。常日頃から竹中大尉に言われているのだが、自分は考えていることが顔に出やすいらしい。そもそも腹芸には向いていないのだ。
「それと先ほどの質問ですが、あなたが小塚三郎技術大尉の兄だからです」
「なるほど、シェンカー少佐はこれが日本帝国、それも私の弟が関わっていると読んでいるわけですか。もし仮にそれが事実だとして、それを私が話すとでも?」
「いいえ、ただ私はお礼を言いたいだけなんですよ。あのとき助けてくれてありがとう、と」
「お礼、ですか」
「ええ、私たちを助けてくれた彼は死んでしまいましたが、彼が操った兵器の開発に関わった人々はまだ生きているかもしれない。それならお礼をいいたいのですよ。伝わらなくてもいい、自己満足でもいい、少しでも伝わる可能性があるのならそれにかけてみたい」
穏やかなシェンカーの目には、嘘は一切なかった。技術が欲しいとか、情報が欲しいとか、そんなことは全く考えていないのだろう。
「なるほど。気持ちはわかりますがね。でもソ連とか中華統一戦線とか、可能性は他にもあるでしょうに。どうして日本帝国だと?」
「ああ、これは報告に挙げていないんですがね、そのときの生き残りの一人が日系人で、彼の英語に日本人特有のなまりがあった、と言っているんですよ」
「ほぅ…」
「それでは、私の用件は以上です。お時間を取らせてしまい、すみませんでした。お詫びと言ってはなんですが、その写真は差し上げますので、どうぞご自由に」
そう言って去っていくシェンカーの背中を眺めながら、小塚は考えを巡らしていた。
兄弟とは言っても軍務に関わることは当然お互い触れないようにしているし、機密保持もおろそかにはしていない。
三郎が密かにこのような兵器を作っていたとしてもおかしくはない、しかし強化外骨格で大型種を倒すことが出来るとなれば、戦況にすら影響する。
それが全く耳に入ってこないことから、日本帝国は関わっていないのではないか、とは思う。
だが、自分の弟ながらここ最近の異常なまでの技術開発能力は、確かに不可能を可能にするという幻想を抱かせる。
「とはいえ、考えてもしかたがないか。機密扱いなら探りを入れるだけ無駄だし、どっかの国が独自に開発しているんなら、そのうち戦場でお目に掛かるだろう」
ぼやいて思考を放棄した小塚だが、この時の彼は数年後にその強化外骨格とご対面することになるとは夢にも思っていなかった。