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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第15話:捧ぐ愛と果たされた約束―後編―
作者:蓬莱   2012/08/25(土) 16:49公開   ID:.dsW6wyhJEM
一方、精神世界で繰り広げられる銀時とアーチャー達の奮闘を観る二人の男の姿があった。
とここで、玉座に座った、獅子の鬣を思わせる金色の長髪を靡かせた、黄金の瞳を持つ美丈夫―――“黄金の獣”:ラインハルト・ハイドリッヒが、おもむろに、玉座の隣にいる、この事態を生み出した元凶である変質者―――“水銀の蛇”:カール・クラフト=メルクリウスに話しかけた。

「カールよ…彼らはどうかな?」
「実にすばらしい、獣殿。彼らを試していたのに、思わず、私まで舞台に躍り出たくなってしまったよ」

ラインハルトの問いに対し、メルクリウスは笑みを浮かべながら、メルクリウスによって改竄された幻燈結界の中で、予想以上の奮戦を以て困難の乗り越えた銀時たちを掛け値なしに称賛した。
倉庫街での一件から目をつけていた銀時は、もちろんの事、アーチャーについても予想もつかない行動にて、メルクリウスの期待以上の働きをしてくれた。
ここにおいて、メルクリウスは、銀時たちをこの聖杯戦争の主役を演じるにふさわしい存在であると認めていた。

「だが、足りぬ。第六天を討つには未だ至っていない」
「然り…確かに、彼らは役者としての資質はある。されど、この歌劇において、未だ役者の足並みは揃っていない。これではいけない」

しかし、ラインハルトは、銀時とアーチャーだけでは、あのバーサーカーを討つには未だ力不足であるとみていた。
そして、メルクリウスも、ラインハルトの言葉に頷きながら、現在の聖杯戦争の現状を憂いていた。
本来ならば、監督役である聖堂教会からの指示で、各勢力はバーサーカー討伐の為に協力体制をとっているはずだった。
だが、実際は、私情でアーチャーを付け狙うキャスターや追加令呪の独占を目論んだケイネスのように、互いの足を引っ張り合っているのが実状だった。
最悪、もしこのまま、無用な同士討ちを続ければ、よくやったと嘲笑するバーサーカーに塵のように踏みつぶされるという事態になりかねない。
だからこそ、バーサーカーを倒すことは出来ないラインハルトたちに代わり、バーサーカーを除いた全サーヴァント達に、バーサーカーを倒してもらう必要があった。

「では、カール…後の事は卿に任せるとしよう。できれば、私も直接出向きたいところだが…さすがに、マスターを一人にするわけにはいかんからな」
「任されよ、獣殿。私も少々用事があるので、彼らのいる森へ、マルグリットと共に向かうとしよう。どうも、愚息が色々とやらかしてしまったようなのでね」

結局、この後の事をメルクリウスに任せることにしたラインハルトは、他のサーヴァントの襲撃を見越して、マスターである桜の護衛の為に間桐邸に残ることにした。
とはいえ、戦争英雄たちが集い、無限に戦い続ける世界―――“修羅道至高天”を司るラインハルトとしては、久方ぶりの戦場に出向けない事に残念そうではあるが。
そして、メリクリウスが、度重なる想い人のフリン行為に怒り心頭の愛らしい少女の姿を見られた事に悦を感じながら、アインツベルンの森へ出向こうとした。
とここで、ラインハルトはふとあることを思い出し、アインツベルンの森に出向こうとするメルクリウスを呼び止めながら、あることを確認した。

「ところで、カールよ? 先ほど、キャスターの魔術に仕掛けた仕込みは、あれで全てか?」
「無論…あっ…」

援軍として戒を銀時の精神世界に送り込んだ際、メルクリウスは面白半―――もとい、銀時たちの実力を試すために、キャスターの仕掛けた幻燈結界に小細工を施していた。
まぁ、自分が仕掛けた事と言えば、天人軍の増援を多少増やす程度の事と、銀時達と戦っていたある男の―――あれ?
とここで、メルクリウスは自分が仕掛けた小細工がまだあった事を思い出した。
しかも、下手をすれば、銀時の心を殺しかねない代物だった。

「カールよ…」
「…少々急ぐとしよう」

ジト目でこちらを見るラインハルトに急かされるように、メルクリウスはすぐさま、アインツベルンの森へと急いで行った。



第15話:捧ぐ愛と果たされた約束―後編―



もはや、何度殺されたのか、何度復活したのかも分からなくなるほど、キャスターは、自身を加速させて、斬撃の嵐をまき散らす青年と戦い続けていた。
だが、それでも、キャスターは負けを認めるのはもちろんの事、退却しようともしなかった。

「負けるものか!! 誰に否定されようと、誰に阻まれようと…私は人類鏖殺の救世を、それを願ったヴェラードの望みを叶えるまで―――!! それこそが…私のヴェラードに捧げる愛だ!!」
「…」

激情に身を任せながら戦い続けるキャスターは、それが―――人類鏖殺という願いをかなえることが、キャスターの愛する男に捧げる最大の愛だと言い放った。
傷だらけの身体で訴えるキャスターの言葉に対し、青年は何故か攻撃の手を止めて、悲しげにその表情を曇らせた。
―――ああ、分かるよ、その想いは。
―――俺もそうだった。
―――もう、誰もいなくなってしまった第六天の世界で、何千年も生き恥をさらしてでもやらなければいけない事があったから。
―――けれど、いや…だからこそ、俺はお前を止めなければいけないんだ!!
何かを思い出したかのように逡巡したのもつかの間、青年はそれでもキャスターとの戦いを続けた。
このままいけば、知らぬうちに第六天の走狗に成り果てるであろうキャスターの目を覚まさせるために!!

『おい、てめぇ…何、馬鹿言ってんだ…』
『…』

それと同時に、青年の中にいる仲間―――自分こそが青年の一番であると言い張る二人の男が、青年とは対照的に、キャスターの言葉に激しく怒り狂っていた。

「お前ごときに邪魔など―――本当に…いい加減にしやがれ、この馬鹿娘っ!!―――っぁあああ!!」

とここで、キャスターが青年に向かってなおも言葉をつづけようとした瞬間、青年の中から、聞き覚えのない男の―――ブチ切れたように怒りを込めた声と共に怒りの拳が飛び出してきた。
思いもよらぬ攻撃にキャスターは対応できずに、飛び出してきた拳を顔面からまともに受けた。
何が起こったのか分からないまま、キャスターは鼻っ柱を叩き折られて、鼻から血をながしながら、青年のほうを見た。

「って、司狼、ミハエル!! お前ら、いきなり、何で…!?」
「横から割り込んで、悪ぃな、蓮…けどよぉ、いい加減腹立って仕方ねぇんだよ。この馬鹿娘を見てるとよ…!!」
「一応、止めはしたがな…だが、気に入らんのは、俺も同じだ」

そこには、先ほどまでの超然とした姿とは程遠い、人間のように驚いた表情を見せる青年と、青年の中から飛び出してきた二人の男―――当世風の衣装をまとい、まるで人を喰ったような表情を浮かべる軽薄そうな男と、それとは対照的に、筋骨隆々とした体に、かつて、キャスターもよく目にしたドイツ第三帝国の軍服を着た、寡黙な男がそこにいた。
二人の名前を口にしながら、驚きを隠せない青年に対し、軽薄そうな男―――司狼と寡黙な男―――ミハエルは、青年―――蓮に詫びを入れながら、キャスターを睨み付けた。
ここにおいて、司狼とミハエルは互いに反目しあい、語る言葉は違えど、共通の思いはあった。
すなわち、第六天の真似事をしようとするお前ごときが、俺のダチ(戦友)を汚すような言葉を口にするな!!という、キャスターに対する怒りだった。

「おい、馬鹿娘…いつまでも、いじけた根性見せやがって、本気でブチ切れるぞ、てめぇ!! ベラベラと男の名前を口にして、そいつをダシに使って言い訳なんかするんじゃねぇよ!!」
「がっ!? き、貴様っ…!!」

まず、キャスターの顔面を殴った司狼は、立ち上がろうとしたキャスターの服の襟を掴みあげた。
そして、頭突きをするような勢いで、お互いの額を押し付けた司狼は、もがくキャスターに向かって捲し立てるように罵声を浴びせた。
一方的に罵声を浴びせられたキャスターも負けじと、司狼を睨み付けようとするが、それでも司狼の言葉は止まらなかった。

「ちょうど良いから、この際はっきり言ってやるよ!! てめぇが意固地になって、惚れた男の夢を必死になって叶えようとするのは―――」
「や…止めろぉおおおおおおおお―――!!」

勢いに任せるようにして言葉を吐く司狼は、蓮がキャスターとの戦いで気付き、キャスター自身がそれを自覚するまで戦い続けようと黙した事実―――キャスターが人類鏖殺というヴェラードの夢を聖杯にて叶えようとする本当の理由を言わんとした。
司狼の言葉に致命的なものを感じたキャスターは、悲鳴じみた絶叫を上げていた。
―――聞きたくない、聞きたくない!!
―――聞けば、■■を思い出してしまう!!
キャスターは、司狼の言葉をきっかけに生じた雑音を振り払うように魔法弾を放ち、拳を振り上げる司狼を止めようとするが、もはや手遅れだった。

「―――何百年も生きたてめぇには、てめぇの生き方を認めることができるもんが、もうそれしか残っていなかっただけだろうが!!」
「あっ―――!?」

次の瞬間、司狼の振り上げた拳は、放たれた魔法弾をかき消したまま、キャスターを殴り飛ばしていた。
マリグナント・チューナー・アポトーシス―――神の玩具として翻弄されてきた司狼が抱いた渇望である<真面目に生きていない者を認めない。現実が嫌になったからって、神様に甘えるな>を元に生み出された能力で、相手の宝具や特殊能力、サーヴァントとしての力などの異能として判断された能力を完全に無効化することができるのだ。
すなわち、この異能殺しの能力を発動する司狼の前では、キャスターの魔術はすべて無効化され、司狼の攻撃を受ければ、<虚無の魔石>による再生能力も発揮できなくなるのだ。
だが、キャスターにとっては、司狼の叩き込んだ拳が魔法弾を無効化した事よりも、司狼が指摘した言葉に、思わず言葉を失うほど衝撃を受けていた。
かつて、キャスターは、愛する男の願い―――ヴェラードが夢想した人類鏖殺による魂の救済という願いを叶えるためだけに生きていた。
そう、もうそれだけしか、キャスターが数百年間生きてきた人生を認めることができるものが残されていなかった。
だから、キャスターは蓮と何度も殺され、何度も復活しながら、勝ち目などまったくない戦いを続けた―――ヴェラードの願いを否定する蓮から逃げてしまえば、負けを認めてしまえば、キャスター自身の人生を否定しまうことになるから。
―――否、すでに、他ならぬ■■■■■自身が、私を■■■ようとしていた。
―――事実、■■■■■の■■■といえる存在によって、私は全てに■■して、■された。
―――私が本当に願うべきなのは…。
また、雑音がっ!!―――雑念を振り払うかのように立ち上がろうとするキャスターであったが、ますます雑音はキャスターの意識を苛ませながら、徐々に増殖を始めていた。

「それこそが、お前の全てか―――自死さえできない小娘の戯言だ」
「違う…戯言などではない!! この望みは、この願いは…!!」

だが、立ち上がろうとするキャスターを見下ろすミハエルは、そんなキャスターの生き方を死ねない自分が生き続けるための逃げ道であると断じた。
―――ただ、■■ではないと言い張り続けただけだった。
―――そうしなければ、あまりにも■■すぎたから…
キャスター自身の人生を否定しようとするミハエルに、募る雑音に対するいらだちと共に、キャスターは怒りをあらわにしながら訴えた。

「愛する者の願いを叶える為だけに生き続ける。お前のそれとよく似た戦友がいたからよく分かる…だが、貴様のそれはせいぜい第六天を嗤わせ、喜ばせるだけだ。到底、認めることなどできんよ」
「くっ…沸騰する混沌より冒涜の光を呼び寄せん!! 原初の闇より生まれし万物を、今、その座に還さん!!」

だが、ミハエルは、なおもキャスターの願いを理解しつつも、否定し続けた。
かつて、何千年にも及ぶ第六天と鬩ぎ合いを続けた戦友―――蓮も愛する女の為に戦い続けていた。
そして、ミハエルを輝く(せつな)だと言ってくれた蓮の為に、自身の死を願っていたミハエルも、まつろはぬ化外に成り果てようとも、己の矜持を捻じ曲げてでも、戦友と認めた蓮と共にあり続けた。
だからこそ、蓮と同じく愛する者の為に戦いながらも、やろうとしている事は第六天の真似事であるキャスターに対して、戦友の生きざまを汚すなと怒りを覚えていたのだ。
揺らぐことなく静かに言葉を淡々と放つミハエルに、脅威を感じたキャスターは即座に魔方陣を展開し、最大の威力を誇る暗黒魔術を放った。
キャスターによって撃ちだされた生きとし生きるものを形作る力を侵食し、分解する究極の暗黒魔術に対し、ミハエルは―――

「…俺の戦友を無礼るな、小娘」
「な、ん、だと…!?」

―――キャスター自身の持つもう一つの願いを指摘しながら、放たれた暗黒魔術を拳ひとつで粉砕した。
人世界・終焉変生(ミドガルズ・ヴォルスング・サガ)―――唯一無二の死を求めるミハエルの渇望から生み出されたもので、拳に触れたものが誕生して1秒でも経過していれば、物質や非物質はもちろんのこと、概念さえも強制終了させ、破壊することができる能力なのだ。
欠点としては、拳に当たらなければ効果を発揮しないという事だが、ミハエル自身が極限の体術と経験値を有しているので、逃げ切ることなどまず不可能だった。
そして、当然のことながら、<虚無の魔石>により不死の身体を持つキャスターといえど、ミハエルの拳を受ければ、問答無用で即死し、宝具の力で復活することもできなくなるのだ。

「喜べよ、馬鹿娘!! 俺はてめみたいに真面目に生きてない奴を認めねぇ!! てめぇのちんけな小技は、俺の前じゃ、無意味だからな!!」
「さぁ、その死を自覚しろ…俺が貴様の幕を引いてやる、唯一無二の死を以て…!!」
「お前ら、たく…さぁ、無尽蔵の魔力供給も不死身の身体も意味をなくしたぞ。それでも、まだやるつもりか、キャスター!!」

異能殺しの司狼、一撃必殺のミハエル、そして、時間を操る蓮―――この規格外の力を有する3体のサーヴァントを前に、キャスターは、もはや自分に対抗する手段などないことを認めざるを得なかった。
相手の魔力切れを狙おうにも、司狼の異能殺しによって、魔術はおろか、頼みの綱である宝具<虚無の魔石>の力を発揮することはできない。
同時に、ミハエルの一撃必殺の拳を受ければ、即座に死ぬしかないし、今のキャスターに、ミハエルの拳から逃げられる術はない。
もはや、詰んでいる―――そう考えた蓮は、呆然としながら立ち尽くすキャスターにむかって負けを認めるように呼びかけた。

「…ごめんなさい、ヴェラード。私は―――」

やがて、降伏による敗北か自身の死による敗北の二つしか選択肢がない事を悟ったキャスターは、静かにうつむきながら、震えるような声でつぶやいた。
この時、打ち震えるキャスターを静かに見据えていた蓮は、キャスターがどちらの選択肢を選ぶかは、ある程度分かっていた。
そして、蓮の予想は的中していた。

「―――あなたの願いを叶えたかった…あなたの愛に応えたかった…!!」
「馬鹿野郎…!!」

溢れんばかりの涙を流し、ここには居ない、愛する男に謝りながら、キャスターは、魔法陣を展開させた。
キャスターは、蓮達と戦うことを、すなわち、愛する男―――ヴェラードの想いを貫くために、自身の死による敗北を選んだ。
―――捨てられるはずがない。
―――私は、■■■■■が■■っていないことを■■■欲しいから。
―――負けを認められるはずがない。
―――私が、■■■■■の■■を■らさないといけないから。
―――それだけは決してできない…私は、こんな事しか出来ないし、ほかの何も知らないから…!!
―――全ては■■■■■が誰よりも■■を■■ていた事を■■する為なの!!
―――お願い…譲れないの…これだけは譲れないのっ!!
もはや、絶え間なく思考に割り込む雑音に耐えながら、キャスターは、誰にも見せたことない姿で―――人と世界に復讐を望む悪辣な魔女ではなく、愛する男に恋い焦がれる女として戦おうとした。
死ぬことさえいとわず戦おうとするキャスターを前に、蓮は目をつむりながら、いかにもやりきれないという口調で吐き捨てるように叫んだ―――キャスターがその選択を選ぶことは、蓮自身がここにいる誰よりも一番分かり切っていたはずなのに。
銃を構え、拳を構え、刃を構えながら、爆音とともに襲いかかる三体のサーヴァントを前に、キャスターが死を覚悟した直後―――

『大丈夫だよ。泣かないで…私が抱きしめるから…』
「え…!?」
「マリィ…!? 何で、ここに…!!」

―――まるで、泣き続けるキャスターを慰めるように抱きしめようとする優しい少女の声がこの場に響いた。
まるで敵意など一切ない慈愛の声に、悲壮な覚悟を抱いたキャスターは、思わず力が抜けたかのように呆然としたまま、立ちすくんだ。
そして、キャスターに襲いかかろうとしていた蓮は、声の主である少女の―――愛する女の名を口にしながら、間桐邸にいるはずのマリィが、ここに現れたことに驚きを隠せなかった。
やがて、時間の凍結したアインツベルンの森に、マリィの出現により新たに流れ出した理が宝具として発動されようとしていた。
―――幸せになってほしい。
―――大丈夫だよ、私が抱きしめているから、あなたは立っていける。
―――今がどれだけ理不尽で辛くても、いつか必ず幸せになる明日が来るから。
“全てを抱きしめたい”という渇望から生み出された慈愛の理の名は―――

『Amantes,amentes(すべての想いに)―――Omnia vincit Amor.(巡り来る祝福を)』

―――黄昏の女神:輪廻転生と呼んだ。
アインツベルンの森にいる全ての者が、自分たちに対し、暖かく、優しさにあふれた癒しの波動が抱きしめるような安らぎを感じた。
そして、蓮には―――

「フリン…駄目、絶対!!」
「うぼぉあぁ!!」

―――抱きしめる前に、とりあえず、浅間の尻もんで、乳をガン見したお仕置きを兼ねて、その場に現れたマリィからの全力ビンタ(リザ直伝)を叩き込まれていた。



一方、精神世界のほうでは、アーチャーらの援護を受け、セイバーを装甲した銀時が、松陽のいる処刑場を目指していた。
すでに敵の艦隊ははるか後方まで引き離し、辰気加速により高速飛翔する銀時たちを止めるものなどもはや誰もいなかった。

「見えてきたわよ、銀時!!」
「ああ…ここからでも見えるぜ、先生の顔が…!!」

そして、銀時らは、数々の障害を乗り越えて、眼前に見える処刑場に辿り着こうとしていた。
とここで、セイバーの呼びかけに応じた銀時は、腐食毒の津波によって処刑場に一人取り残された松陽の姿を見つけていた。
ようやく助けられるぜ、先生っとそう思った銀時が急いで松陽のもとに駆けつけようとした瞬間―――

「まだだぁ!! まだ終わらんぞ、白夜叉ぁ!!」

―――アーチャー達が来る直前、銀時らと戦っていたあの陰鬱そうな男―――この後に、とある事件において、江戸城にて再会し、銀時と再び、死闘を繰り広げる事となる、天照院の首領である朧が、処刑場に飛び込むように駆け抜け、松陽の元に迫ってきていた。
実は、アーチャー達が銀時らの精神世界へと張り込んだ際に、朧はすぐさま、処刑場に取り残された松陽を始末に向かっていたのだ。
もっとも、朧にとっては、これは賭けのようなもので、あたり一面に広がった腐食毒を避けて行かねばならず、辰気加速で高速移動する銀時たちよりも早く処刑場に辿り着くことはできないと思っていた。
だが、銀時たちを妨害するかのように現れた天人軍の艦隊と処刑場までの最短ルートには腐食毒がまったくなかったことにより、朧は一足早く処刑場に辿り着くことに成功していた。
もちろん、全部、あの変質者が、銀時たちが波旬を倒すのに相応しい主役であるかを判断するために仕掛けた小細工である。

「何で、てめぇがここに…!!」
「言ったはずだ…!!  いくら喚こうと、いくら叫ぼうと、お前達の慟哭など天に届きはしない!! 見ているがいい―――貴様が救おうとした者を失い、何も護ることもできず、壊れていく様を!!」

ようやく、松陽を助けられる直前で現れた最後の障害―――朧の出現に、銀時は驚く銀時であったが、身動きの取れない松陽に襲いかかろうとする朧を見て、すぐさま、朧が何をしようとするのか気付いた。
もはや、幕府と天人達の連合軍は、戒やアーチャーらの介入により、この戦の敗北は確実だった。
ならば、朧は銀時たちの目的である松陽の奪還を阻止する事で、銀時たちにとって、この戦の勝利を無意味なものにしようともくろんでいたのだ。
そして、必殺の威力を秘めた朧の凶手は、銀時たちが辿り着く前に、松陽のすぐそばまで迫ってきていた。

「まだだ…!! まだ、終わっちゃいねぇ!! 失っちゃいねぇ!! セイバー、辰気加速だ!!」
「駄目…!! 魔力の消耗が激しすぎて、これ以上の使用は…!!」

セイバーに辰気加速を使用するように叫ぶ銀時であったが、先ほどの天人軍との艦隊と遭遇した際に、辰気加速と磁装・負極の連続使用により魔力をかなり消耗していた。
今、辰気加速を使用すれば、セイバーは、魔力の枯渇により騎航する事さえ出来なくなってしまう。
―――後少し、少しなんだよ!!
―――届いてくれよ!!
―――二度も、先生を失うところなんて、もう見たくなぇんだよ!!
銀時は、ようやく手が届くところまで助けられるはずの松陽を助けられないのかと心の中で絶叫する直前―――

「―――銀時、高度を下げろ!!」
「…っ!!」

―――銀時の耳に、背後から自分に向かって叫ぶ正純の声が聞こえてきた。
何故、ここに、正純が…っと思うよりも早く、銀時は本能的に、正純の言葉通り、高度を下げた。
これを見た朧は、松陽を助け出すことができないと理解した銀時が、自身の敗北を悟ったのであろうと思い、密かにほくそ笑んだ。
もし、ここにいたのが、後に江戸城にて銀時と再戦した後の朧ならば、即座に違うと判断したであろう。
なぜなら、銀時という男は、どれだけ困難と障害が立ちはだかろうと、救いを求める者を、護り抜くと誓った者を助けるのを決して諦めない男なのだから!!
そして、松陽にあと十歩と近づいた朧は、銀時という男を見誤った代償を支払うことになった―――

「何!?」
「正純君…狙いのほうは?」
「ああ、大丈夫だ。色でよくわかるから狙いがつけやすい!!」
「そうか―――なら、乃神夜良比爾夜良比賜也<かむやらひにやらひたまひき>!!」

―――銀時らのすぐ背後にいたナイトの操縦する木箒の先端にて、背中にしがみつく正純の指示で、松陽に襲いかかる朧に向けて、銃身へと変化した大剣を構える戒によって!!
予想もしなかった戒の登場に驚く朧であったが、朧が姿を消したことにいち早く気付いた戒は、現時点においての敵がとる行動を推測し、朧の思惑をすぐさま見抜いていた。
その後、援護として正純を連れてきた戒は、高速移動が可能なナイトの力を借りて、朧の企みを阻止すべく、銀時らに追いついたのだ。
今、戒の背中にいる正純は、ルビーの力を使って、射撃系統に特化した平行世界の正純の力を使い、朧を撃たんとする戒に狙撃への指示を出していた。
そして、正純の指示で標準を合わせた戒は、銃身へと変化した大剣から、腐食毒の弾丸を朧へと発射した。

「な、にぃ…ぁああああああああああああああああああ!!」

朧に命中した腐食毒の弾丸は、即座に効果を発揮して、朧の身体を爆発するかのように侵食していった。
朧は松陽に近づこうとしたが、歩を進めようとした脚に力は入らなかった―――すでに筋肉が腐食して、ボロボロに切れていたから。
両腕を伸ばそうとしたが、もはや松陽に届かなかった―――骨だけとなった両腕が腕の付け根から腐り落ちていたから。
銀時らのいるはずの天を見上げたが、何も見えなかった―――すでに眼球がドロドロに腐ってしまい、地面に流れ落ちていたから。
ここで、腐食の毒に侵されながら、死にゆく朧ができたことは、結局一つだけだった。

「あばよ…とりあえず、ここでは先に地獄に、奈落に行ってろ」
「…し、じろ、ややや、じゃあああああ、あああああああぁ!!」

両腕でしっかりと松陽の身体を抱えながら、朧に対し捨て台詞を吐いて、“武蔵”へと飛び去っていく銀時に向かって、朧は、舌の根が腐り果てるまで、断末魔の絶叫を上げる事しかできなかった。


その後、松陽を助け出した銀時は、前方を飛ぶナイトやナルゼ、再びパンツ姿となった正純に抱えられた戒らと共に夕焼けに染まる空を飛びながら、アーチャー達の待つ“武蔵”へと戻ろうとしていた。
もはや、天人軍の大艦隊は武蔵勢の猛攻によって壊滅した後で、わずかに生き残った天人軍の戦艦も宇宙へと敗走していた。
地上では、この戦に参加した攘夷志士達が攘夷戦争において類を見ない大勝利を得たことに喜び合う姿が見えた。
その光景を空から見下ろしていた銀時であったが、ふとここで、セイバーの腕に抱えられていた松陽が優しい笑みを浮かべて、銀時に尋ねてきた。

「銀時ですね…」
「…約束守ったぜ、先生」

この時、松陽は、空から現れた鎧武者から聞こえてきた教え子の―――必死に自分助けようとする銀時の声を聞き、自分を助け出したこの鎧武者の中にいるのが銀時であることにうすうす気付いていた。
そして、銀時は返事こそしなかったものの、左手の小指を立てる事―――かつて、松陽と交わした約束を示しながら、松陽との約束を果たしたことを伝えた。

「そうですね…少し時間がかかってしまいましたが、私もちゃんと約束を守れてよかったですよ」
「あぁ…たくっ、約束<ゆびきり>なんざ気軽にするもんじゃねぇよな」

そんな銀時の声を聞いた松陽は、少しだけ苦笑しながら、小指を立てると、セイバーの装甲した銀時の小指に交わした。
かつて、松陽が幕府に捕らえられた際に交わした銀時との約束は、時間を超えて、ここに果たされることとなった。
とここで、ようやく見えてきた“武蔵”の甲板に、銀時達を出迎えに来たアーチャー達が歓喜の声を上げているのが見えた。

「おや、これは…? ところで、随分と助けてもらったようですが、あの子達は銀時の仲間ですか」
「そんなんじゃねぇよ…」

その中でこちらにむかって手を振りながら、満面の笑みを浮かべる全裸の少年―――アーチャーの姿を見つつ、松陽は途中で宙を舞っていた白い何かをつかみながら、セイバーの中で苦笑いしているであろう銀時にむかって尋ねた。
そして、松陽の予想通り、セイバーの中で苦笑していた銀時は、頼むから、服着ろよ、全裸!!と心中でツッコミながら、ぶっきらぼうに答えを返した。
本来ならば、アーチャーは仲間どころか、現実世界に戻った後は、聖杯を奪い合う敵同士のはずだった。
だが、アーチャーは、精神世界に囚われた銀時とセイバーを助け出しただけでなく、松陽を助ける銀時らの援護の為に、切り札である宝具まで使用していた。
馬鹿なのか、凄いのか、アーチャーという男は、今一つ判断しづらいものはあるが、銀時に分かるのはただ一つ―――

「…ただ、目の前に困っているやつがいたら、ほっとおけないお人好しな大馬鹿野郎なだけさ」

―――こいつを倒すのは、俺には無理そうだな。
やれやれといった表情で独り言のように呟いた銀時は、ホライゾンの拳によって股間の紳士を殴られ、膝から崩れ落ちるアーチャーの姿を見て、心底そう思ってしまった。


その後、“武蔵”に戻った銀時たちは、助け出した松陽を預けるべく、勝利の歓喜に沸く桂達のところに戻ってきた。
初めは、桂達も“武蔵”の船体に驚いていたが、“武蔵”から降りてくる松陽の姿を見た瞬間、すぐさま、桂達は、我先にと松陽の元に駆け寄ってきた。

「先生…先生ぃ!! 無事でよかった…本当に良かった…!!」
「松陽先生!! すまねぇ、助けるのが遅くなっちまって…」

―――五体満足で戻ってきた松陽の前で、歓喜の涙を流す桂。
―――松陽を抱きしめながら、謝るように咽び泣く高杉。
そして、この場にいた皆それぞれが、無事に戻ってきた松陽を取り囲むようにして、仲間と共に笑い、喜びの涙を流しながら、喜び合っていた。
ただ一人、この世界が、自分の精神世界であることを知る銀時を除いて。

「…良いのかよ、銀時?」
「あぁ、あんまり長くいても辛いだけだからな」

松陽を救い出した英雄というべきである銀時は、松陽を取り囲む仲間たちの輪から少し離れたところで、その様子を見つめていた。
とここで、股間のダメージから立ち直ったアーチャーが、いつものように笑みを浮かべながら、銀時のところにやってくるとおもむろに、松陽たちのいる方向を指さしながら、尋ねてきた―――おめぇも、仲間と一緒に喜んでこなくて、松陽って先生ともっと話さなくていいのかよ?というように。
お前って、何で空気は読めないくせに、こういうところだけ気が利くんだよ…っと思いながら、銀時は首を横に振りながら、何か吹っ切れたかのように呟いた。
銀時の生きる現実世界では、この戦争において、銀時たちは幕府と天人との連合軍に敗北し、護ろうとした多くの仲間と松陽を失っていた。
そして、この一件で、銀時と桂、高杉はそれぞれが袂を分かち、銀時と桂は、世界そのものを憎む高杉と敵対していくこととなった。
だから、松陽を救いだし、仲間たちの多くも生き残ったこの世界を―――

「全裸…俺は、もう充分いい夢が見られたんだ。だから、そろそろ、夢から覚めねぇとな」

―――銀時は、ただの一夜、それだけで満足できる最高の夢だと割り切った。
けれど、どんなに楽しい夢であっても、覚めない夢などないのだ。
たとえ、辛く厳しい現実に向き合わなければならないという事であっても、銀時はそこから逃げ出すようなことはしたくなかった。

「それに、俺には色々と面倒な連中だけど護らなきゃならねぇ奴らがいるからよ」
「そっか…じゃあ、仕方ねぇか」

なぜなら、現実世界にて多くのモノを失った銀時だが、失ったモノより見劣りをしない―――絶対に護り通すと決めた、大切な仲間達がいた。
だから、どんなに優しい夢であろうと、銀時は、そんな仲間達と出会えない世界にとどまり続けることなどできなかった。
そして、軽く憎まれ口を挟みながらも、照れくさそうに笑う銀時を見て、少しだけ寂しそうに笑ったアーチャーは納得したように頷いた。

「んじゃ、あのおっかないネェちゃんのところにでも―――銀時!!―――先生?」

とりあえず、未だに幻燈結界に囚われているであろう第一天を助けに行こうと、隣にいるアーチャーに声をかけようとした。
その直後、立ち去ろうとする銀時らの姿を見ていた松陽が、慌てて銀時らのところに駆け寄ってきた。
何事かと首を傾げる銀時だったが、少しだけ息を切らした松陽は、おもむろに小指を立てながら、この世界から出て行こうとする銀時に向けて笑みを浮かべて、言った。

「私からの最後の約束です。これからも、銀時を支えてくれる仲間を、銀時の抱える大切な者を護ってあげてくださいね!! 約束…ですよ」
「…あぁ、約束だぜ、先生!!」

現実世界に戻る銀時への激励を込めた指切りをかわそうとする松陽に対し、優しく笑みを浮かべた銀時は、自分の小指を立てた。
そして、銀時と松陽は、互いの小指を絡ませながら、最後の約束―――どんな過酷な困難であろうと決して破られることのない指切りを交わした。


 
―――オマケ―――


「あっ、それと、銀時に抱えられているときに拾ったので、持ち主に返しておいてくれませんか。多分、誰かの洗濯ものじゃないかと思うのですが…」
「ん…こりゃ…随分と趣味のいいパンツ…って、何で、こんなもんを戦場で拾ってんの、先生!? つか、色々と台無しだろ!?」

とここで、銀時と指切りをした松陽は“武蔵”に戻る途中である物を拾ったことを思い出すと、銀時にそれを―――紐式の女性用パンツを手渡した。
とりあえず、手渡されたパンツをじっくりと見ていた銀時であったが、感動の別れの余韻を見事にぶち壊した松陽にツッコミを入れた。

「持ち主に返しとけって…いったい、どこの誰だよ? あれ、でも…これ、少し湿っているような…ん?」

一応、松陽に頼まれた銀時であったが、このパンツの持ち主の名前も書かれていないし、そもそも、この戦場で呑気に洗濯ものをするような奴など普通はいないはずだ。
まだ、生渇きなのか、少しだけ湿っぽいパンツを弄りながら、途方に暮れる銀時であったが、ふと何やら向こうのほうで誰かが騒いでいる事に気付いた。

「あ、あの…そろそろ、背中から降りてくれると助かるのだけど…」
「いや、ちょ、ちょっとだけ、もうちょっとだけ、人が居なくなってから、降りよう!! じゃないと、い、色々と大変なん事になるから!!」
「怪我でもしたのかい? それなら早く手当を…」

そこにいたのは、困り顔で背中にいる正純に話しかける戒と、その戒の背中に必死にしがみ付く正純の姿があった。
何やら、尋常ではない正純の様子に、心配になった戒は、正純を背中から降ろそうと手をまわした。
とここで、銀時はある事―――戒の背中に乗っていた正純がパンツ姿であることを思い出した。
―――そういえば、あの時、俺たちの前をあいつらが飛んで…!?
この時、銀時は気付いてしまった―――このパンツが湿っていたのは、生渇きしていたからではなく、先ほどまで穿かれていたものであることに!!
そして、このパンツの持ち主が、戒の背中にしがみつく正純のものであることにも!!
すなわち、今の正純が―――!!

「あ、あいつを止めろぉおおおおおおおおお!! 確実にジャンプ的にアウトになるうううう!!」
「あれ? どうし―――ムニュv―――えっ?」

最悪の事態を回避する為に、正純のパンツを握りしめた銀時は、背中に手をまわそうとする戒に向かって、大惨事を食い止めようと必死になって叫んだ。
だが、銀時の制止もむなしく、戒は背中に手をまわしながら、正純を降ろそうとして、両の手で柔らかい何かを掴んでしまった。
最初は、訳が分からない戒であったが、顔を真っ赤にしながら、こちらを見る正純を見て、ようやく自分が触ってしまったものが何であるかを悟った。
そして、何もかもが手遅れであったことを悟った銀時は、滝のように汗を垂れ流す戒にむけて、沈痛そうな顔もちで尋ねた。

「…感触は?」
「とっても…柔らかかったです…」

その直後、“い”から始まる正純の悲鳴と共に、本日二度目のメギドラオンが炸裂した。


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