1992 晩冬 アラスカ
ロシア租借地としてロシアの支配下に置かれたアラスカ。
その中にあって、特に厳重な警戒区域に立てられた建物がある。
ソ連が世界に誇る偉大なる技術開発局が管理する建物だ。
もっとも、自身が盛大に称える実績と世界からの評価が一致しているかどうかは甚だ疑問である。
その一室。豪奢ではあるが、決して華美ではないその一室に二人の男がいた。
一人は30代半ばの精悍な顔つきをしており、鍛え上げた肉体をソビエト連邦の軍服に包んでいる。ただ身に纏う雰囲気は、軍人と言うよりは、裏の仕事に手を染めた者特有の空気だ。
一人は50代ごろだろうか。肥満体を絵に描いたような体つきをし、豪華イスに窮屈そうに身体を押し込んでいる。有り余る贅肉のおかげで、首が見えないほどだ。
「では同志バザロフ、未だに日本帝国の撃震弐型の鹵獲は行えていないということか?」
「はい。撃震弐型についての技術情報は、日本帝国が積極的に提供していることから問題はありませんが、肝心の実機となると入手は困難を極めます。ここは日本帝国と正式に技術提供交渉を行った方が良いのではないかと」
バザロフと呼ばれた男の声は、前の豪華な席に座るでっぷりと肥えた男の声により打ち消される。
「同志バザロフ、それは非常に問題だ。我々が東洋の猿に技術的に遅れを取っているのは耐え難い屈辱なのだ。その状況で、やつら相手に教えを請う?君には誇りというものはないのか?一度シベリアの最前線で自分を見つめ直してくることを薦める」
「っ!申し訳ありません。口が過ぎました。ですが、このままでは、現在のジュラーブリクの強化プランの進捗に大幅な遅れが発生することは必至です」
顔色を変えたバザロフが先ほどの失言をわびるのを、でっぷりとした男は粘つくような目で見つめていた。
Su-27 ジュラーブリク、今年の配備が決定しているソ連の新型戦術機である。
本来であれば、自信を持って世に送り出されるべき機体であったが、日本帝国の撃震弐型よりも配備が遅いにも関わらずに、有視界戦闘でのジュラーブリクと撃震弐型のキルレシオは5:1と決定的にまでに戦闘能力が劣っていた。
この事態を憂慮したソ連上層部が慌ててジュラーブリクの強化プランを指示したのは当然の流れである。ちなみにジュラーブリクには、撃震弐型の技術はあまり採用されていない。
唯一積極的に採用されたのが管制ユニット周りの技術だが、逆を言えばそれ以外は純国産品である。それはソ連の大国としての驕りであり、意地でもあった。
その結果が、さきほど言ったような圧倒的な性能の差としてあらわれたのは皮肉としかいいようがない。
現場においては早々に独自の改修による性能向上をあきらめ、撃震弐型の技術を採用することで強化を図ろうとした。日本帝国は人類の戦力の底上げとして、格安で技術提供を行っているが、表だって技術協定を結ぶことは上層部が許さない。
困った開発部隊は、撃震弐型の鹵獲を画策したのだが、これが思わしくない。
戦場での撃震弐型の撃墜率が恐ろしく低いのだ。おまけに破棄された機体については、各国がこぞって争奪戦を繰り広げているので、結果的に手に入るのはぼろぼろのパーツが良いところだ。
状態のよい撃震弐型を手に入れるには、正式に日本帝国に打診するしか今のところ手がない。
日本帝国は先ほども言ったように、人類全体の戦力の底上げを図っているため、政治的な軋轢さえなければ最新技術の固まりであることを考えれば格安といっていい価格での購入が可能なのだ。
「同志バザロフ、君は柔軟性が足りない。確かに上層部は日本帝国との技術交渉などは行わないだろう。だが、他の国はどうだ?日本帝国ほどガードが堅くなく、それでいて日本帝国からの技術供与を受けている国など探せばいくらでも見つかるだろう?」
その言葉にはっ、とバザロフが男と目を合わせた。にちゃり、とした笑みを男は浮かべた。
そう、日本が無理なら、別の国から強奪すればいい、と言っているのだ。
「はっ、仰るとおりです。さっそく手配いたします」
「ああ、期待しているよ、同志バザロフ。全ては偉大なる祖国のために」
「偉大なる祖国のために!」
白々しい台詞は、しかしこの国に籍を置く者たちにとっては、ある種の呪縛でもあった。
偉大なる祖国のために、全ての手段は正当化される。人類存亡の危機を前にしてもなお、人々は一つにはなりえないのだ。
1992 初春 ラングレー
「ベケット長官就任、おめでとうございます。」
「ありがとう。これもG弾などという、人の手に負えない兵器を平然と使用しようとする愚か者達が大人しくなったおかげだな」
ベケットCIA長官は、大統領の交代により今の地位に抜擢された。
大統領の交代劇の裏ではG弾派と反G弾派の経済界、軍需産業などを巻き込んだ激しい得票争いがあったのだが、それを一般人が知ることは一生ないだろう。
「ところで我らが親愛なる同盟国、日本帝国の様子はどうなっている?」
「はい、反G弾派が政権をとったこと、また日本の榊外務大臣のおかげで、スムーズに情報を入手出来ています。ここ最近で一番注目すべきことといえば、来年行われるであろうスワラージ作戦において、二個連隊の戦術機甲大隊を派遣することと、試作型の兵器の実戦テストを行うと言うことでしょうか」
「ほう、スワラージ作戦に参戦するか。後方支援国家でありながら、十分な戦術機を持っている日本帝国だからこそできることか。しかし、なによりも気になるのが試作型の兵器だな。情報はどうなっているのか?」
「はい、電磁投射砲、レールガンだそうです」
「レールガン?それはどのような兵器なのだ?」
ベケットはもともと諜報畑の生え抜きの男なので当然兵器には詳しくない。ましてや、実用化は遥か先だろうと言われていたレールガンのことなど知らなくても無理はない。
「レールガンとは…」
しばらく説明がつづくと、そのベケットは納得したように頷いた。
「なるほど、それほど。だが話を聞く限りでは、技術的な問題点が数多くありそうだが、それはどうやったのだ?」
「申し訳ありません。それについては、現地に調査員を派遣して探ってはいるのですが」
「日本帝国を覆う帝国の霧か。あの国の異常なまでの諜報対策能力については、ぜひ我が国も学びたいものだな」
ここ数年、日本帝国の防諜能力が格段に高まってきた。以前なら簡単にできていた程度のレベルの情報収集も、今では莫大な資金と時間を費やしてようやく入手できるといった案配だ。
各国の諜報員はそのあまりの防諜能力に、帝国の霧と呼んでいる。
この話には裏があって、立花隆也が諜報員の諜報能力を片っ端から上げているという裏技があったりするのだが、当然そんことを知るものはいない。
帝国のエージェント達もまさか新規カリキュラムで徹底的に鍛え上げられている隙に、隆也が自分の能力に細工をしているなどとは夢にも思っていないだろう。
「とはいえ、やはり手をこまねいているわけにはいかない。日本帝国は決して嫌いではない。むしろ、私は好ましく思っている方だが、だからといって、情報収集をおろそかにするような愚は侵したくない」
「わかっております。監視レベルは常に最高基準に設定してあります。在日米軍にも最大限の注意を払わせています」
「そうか、ならば問題ない。しかしレールガンか。さて、どれほどの物なのかね。そうえいば、この間の会談でこちらから渡すことになったHI−MAERF計画の産物なのだが、あれを日本帝国はどうするつもりなのだろうかね?」
「G弾誕生のきっかけとなった兵器です。いろいろと気にしているのでは?」
ベケットは首を振り、それを暗に否定する。
「それだけに不釣り合いな交換条件だったよ。F−4Jセカンド、いや撃震弐型の実戦運用情報と、ライセンス生産の許可。確かに今の日本帝国の生産能力では殺到する撃震弐型の受注には堪えられないだろうが、それにしてもあますぎる。XG−70a、確か駆動にはG元素がいるはずだったな。なるほど、今回のスワラージ作戦は、G元素確保の側面もあるということか」
「ですがあれは欠陥機のはずですが?」
「そこは、あの日本帝国、小塚三郎技術大尉がいる国だ。先ほどの報告にあったレールガンしかり、XG−70aの欠点についても案外簡単に解決するかもしれない」
そう言ってベケットはテーブルの上に散らばる資料に目を落とした。
ここ数年のBETA大戦は、全ては日本帝国の技術を中心にして回っているといって過言はない。反G弾派であるベケットのもとには、マクダエル・ドグラム社と日本帝国とのM01爆弾に関する情報も上がってきている。
その日本帝国がわざわざ求めたXG−70a。願わくば、それが米国にとって致命的な過ちとならないように願うだけだ。