帝国軍技術廠の奥まった場所に位置する特殊格納庫。
そこでおれは先進技術実証機撃震参型の製造指揮を執っていた。
なにせ部品が全て一品物なので、製造加工場である程度組み上がった部品を技術廠に運び込んで、そこで組み立てをしているだけなので、技術廠の設備だけで十分なわけだ。
「そのパーツは右足首の結合用関節パーツですね。あとそのカーボンチューブはその右足とつま先部分のパーツの関節保護機能及び衝撃吸収をもっているものです」
「わかった。ところでこの機関はいったいなんなんだ?」
ごついがたい揃いの帝国軍技術廠13特殊実証実験部隊のなかでも、格別のがたいといかにも職人と言った雰囲気を纏わせる安国整備班長が指し示したのは、重力偏差型機関だった。
簡単に言えば重力がある空間においてほぼ無補給に近い形での動力を得ることができるという反則級の機関だ。問題点としては、重力が少なくなれば少なくなるほど出力が下がっていくのだが、それについては特殊な触媒を使用することでカバーすることができる。
ぶっちゃっけ、先進技術実証機撃震参型は破格の能力を得る代わりに、通常の燃料電池式だと駆動時間が2〜3時間程度となるため、このような動力機関を導入する必要があるのだ。
「試作型のエンジンですよ。ブリーフィングで話したとおり、この参型は異常なまで能力を持つ代わりに、燃費が悪いんですよ。そのために、燃料電池ではなくてエンジンで駆動するんです」
「ほう、なるほどな。こいつがそのエンジンか。出力はどの程度なんだ?」
「一万馬力くらいですかね」
「ほう、一万馬力か…ん?一万馬力?」
「機体の重量とか考えると、まあこれくらいあれば十分かな、と思ったんですが。どうせなら10万馬力くらいはほしいですよね。アトム的に」
「ちょ、ちょっとまってくれ、立花訓練兵。一万馬力って、本当か?」
「いやだな、整備班長。嘘をつく意味なんてないじゃないですか」
「いや、それは確かだが。信じられん…撃震弐型の出力なんて、こいつに比べたら赤ん坊同然じゃないか」
呆然と呟く安国整備班長を横目に、おれは組み立ての指示を飛ばしていく。
まあ、考えて見れば前世での戦艦大和の主機関が15万馬力程度らしいからな。その15分の1と考えれば、破格だよな。
などと考えながら、だんだんとその姿を現しつつある先進技術実証機撃震参型を見つめた。
撃震弐型と比べると、一回りほど大きい印象を受ける。主機関を取り替えた事やら、気増幅機関を2機積んでいることを考えると、この程度ですんでよかったというところか。
ちなみに重量は40%以上増加しているが、主機の出力が半端じゃなく向上しているため大して問題になっていない。
推進剤の無駄食いとか気になるかもしれないが、あまった主機の出力を利用する改良型ターボファンエンジンとのハイブリッド型の跳躍ユニットを搭載しているため、航空機動時間の問題については解決済みである。
ぶっちゃけると、まりもとかだと気増幅機関を利用した飛翔術により、推進剤の消費なんて考えなくてもいいのだが、一般兵には無理な相談だ。
付け加えるなら、気増幅機関も本来なら必要のない機関だが、ここはそれ、初陣を迎えるまりものための機体なのだ。万全を期したものにしたい。
言ってみれば、身内びいきの機体なのだが、それ以外は構想にある撃震伍型とほぼ変わりない。
ちなみに、通常ペースで技術革新が進んでいったところで、この撃震伍型が作られるだけの技術蓄積ができるまでは20年以上かかるだろう。うーん、我ながら無茶苦茶だな。
そんなこんなで、先進技術実証機撃震参型の組み立てについてはある程度目処がついたので、おれは専用シミュレーターの設置と調整に向かった。
さすがのまりもでも、いきなり実機での演習は厳しいだろうからな。
というわけで、シミュレーターの設置完了。
え?早いって?
ちょっ、おまっ、それは思春期の男に言ってはいけない言葉だよ。
まあ、それはそれとして、まりもがわざわざ帝都まできたので、真面目にシミュレーション訓練はしないとな。
「と言う訳で、はい、これ」
おれが手に持っていた人の頭部大のものをまりもに渡す。
「あ、うん、って、なにがと言う訳なの?そもそもこれってなに?」
ちっ、状況に流されなかったか。説明するのめんどくさいから、なし崩し的に持っていきたかったのだが。
「それ、見覚えないか?」
「これ?」
まりもが手にした物体をまじまじと見つめ直す。
しばし考えた後、なにやら気づいたようにおれのほうを見つめた。
「これってまえに夕呼にあげた、量子電導脳?」
「おお、当たりだ。さすが、まりもん。もっとも正確には量産型戦術機搭載用量子電導脳だがな」
「戦術機搭載?」
「そう。本来であれば戦術機には、アビオニクス、戦術機用OS、各火器管制システムなどがつんであるんだが、それらを統合した機能をもたせてあるんだ」
「へえ、すごいのね」
手にした量子電導脳をまじまじと見つめるまりも。
「ちなみにMOSとよばれるシステムを積んでいる」
「MOS?」
「そう、すなわち、まりもんに(M)お仕えすることに喜びを見いだす(O)スレイブ(S)だ」
「ええ!?SLAVEって、奴隷?でもどうしてそこだけ英語?っていうか、なにそのMっぽい嗜好は?」
まりもが思った通りの反応を返してくれた。うんうん、やはりまりもを弄るのは楽しいな。
「なかなかナイスな突っ込みだな、まりもん。まあ冗談だ、気にするな」
「え?そうなの。よかった。私の名前がつくなんて心臓に悪いものね」
「気にするのはそこかよ。でも、まりもの名前はつくぞ。だって、正確にはまりもんを(M)お仕置きすることに喜びむせぶ(O)サディスト(S)が、正式名称だからな」
「いやー、お仕置きされるのはいやー」
まりもが拒絶反応を起こしている。うむ、若気の至りでいろいろといたした弊害だな。おれが言うお仕置きという言葉に異常に敏感な反応をするようになってしまった。
反省反省。
「あ−、冗談だ、冗談。本当は、マルチ(M)オペレーション(O)システム(S)だな。さっきも言ったとおり、複数の機能を一つのユニットに持たせたからな」
「…隆也くんの意地悪」
「ふははは、なにせまりもんだからな。弄らないと失礼だろ?」
「いや、その理屈はおかしい」
などと会話を交わしながら、おれはシミュレーターの設定を調整していく。
「でもこのMOS搭載の量子電導脳、どうするの?」
「ああ、説明がまだだったな。こいつは独立したユニットになっていてな。シミュレーターで再現するには処理能力などが高すぎるんだ。だから、そのユニットに関しては実機と同じで管制ユニットに設置して使うようになっている。ちなみに今のところそいつにかかっている制作費は1億くらいだから、取り扱いは慎重にな」
「い、1億!?」
急におっかなびっくりな手つきになったまりもを見つめながら、おれはまりも弄りの楽しさを再確認していた。
「さてと、初期設定は完了。まりもんはエロスーツに着替え済みと。それじゃ、早速シミュレーターの動作確認をするか」
「エロスーツじゃなくて、衛士強化装備!それに訓練生用の強化装備はもう卒業したんだから」
とおかんむりのまりも。そう、残念なことに訓練生から訓練兵になったときに、エロスーツがすけすけラップ仕様から、通常衛士仕様にかわってしまったのだ。ガッデム!
ちなみにすけすけラップ仕様のエロスーツは個人的に入手済みだ。なぜなら、夕呼に着させるという野望をまだ果たしていないからな!
初志貫徹だぜい。
「なにかまたエッチなこと考えてない?」
「え、ソンナコトハアリマセンヨ?」
「はぁ、まあいいんだけどね。隆也くんだから、言うだけ無駄だろうし」
「そこはかとなく厳しいご指摘ありがとう。まあ、おれも否定はしなけどな。よし、準備完了だ、まりもん、シミュレーションを開始する。準備をしてくれ」
「はい」
そそくさとシミュレーターに向かうまりもと入れ替わりに、小塚さんが入ってきた。
「小塚技術大尉」
敬礼をびしっときめる。伊達に軍隊の訓練はしていない。
「ごくろう。立花整備訓練兵」
答礼を決めた後、小塚さんは苦笑を浮かべながらぼやいた。
「規律とは言え、今更君に格式張った態度を取られると調子が狂うな」
「なれですよ、なれ。まあ、私的には鎧衣さんみたいに接するのもやぶさかではないんですが」
「ああ、あれはあれで心臓に悪いこところがあるからな。それなら、どっちかというと、今の方がいいな」
「了解しました」
というわけで、基本軍人の上官と部下の立場での付き合いを通すことに決定。
「それでは、これより先進技術実証機撃震参型のシミュレーションを開始します。よろしいですか?」
「ああ、頼む」
「こちら管制室より、フライヤー1へ。現在の状況を説明を頼む」
「こちらフライヤー1。量子電導脳のセッティング完了、着座調整完了。量子電導脳と各種制御ユニットとの接続を確認。いつでも起動できます」
きりっとした表情のまりもが、管制室のディスプレに浮かぶ。こうやってみると、普段のおっとり感が消えてちょっと厳しめの美人に見えるな。
「管制室了解した。ではこれよりシュミレーションを開始する。戦術機起動シーケンス完了と同時にシミュレーションを開始する」
「フライヤー1、了解」
「あ、そうそう、言い忘れていたけど、シミュレータの条件だけど、敵BETA軍は1個軍団規模。ランダムで大隊規模の地下侵攻あり。支援砲撃、及び僚機の援護なしの設定だ」
「「え!?」」
まりもと小塚さんの驚きの声が重なる。
「なに、先進技術実証機撃震参型は伊達じゃない。せいぜい暴れてくれ。補給は各ポイントで受けられるようになっているから、弾切れはあまり心配するな。というわけで、レッツゴー!」
言っておれはシミュレーションの状況を開始させた。
大丈夫、シミュレーションだから死にはしない。それに実機だと気増幅機関があるので、この程度はまりもには敵にならないだろう。
このシミュレーションの結果を正確に予測しているのは、この場ではおそらくおれ一人だろうな。
などと思いながら、おれに対する恨みをいいながら先進技術実証機撃震参型を駆るまりもの姿を見つめていた。
ちなみに小塚さんはまりものあまりの罵声の嵐に、完全にどんびきしていた。