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白き剣姫の聖杯戦争 第一話 〜裏切りの魔女と朽ちた殺人鬼・後編〜
作者:たまも   2012/09/12(水) 14:00公開   ID:8YA7Hr6Ij6Y
「よし・・・・・・ふむ。私に出来るのはこれくらいか」

志保は、柳洞寺の客間で一つ息を吐いた。
志保の前には、柳洞寺の麓で倒れていた女性が、白い浴衣に着替えさせられ布団に横たわっていた。額には水で濡らしたタオルが乗せられている。
女性はまだ目が覚めないが、呼吸は安定しており安らかだ。尤も、元々彼女自身が怪我を負っていた訳ではなく、消耗していただけなのだから当然ではあるが。

「あとは、早く目を覚ましてくれればいいのだけど」

必要な処置は施した。万が一の時の為の布石も打った。志保が出来るのは、見守ることだけ。
部屋の外には葛木が待機しており、志保が扉を開けるのを待っている。
志保は葛木に、女性の処置は自分がする、個人的な事情もあるので、時が来るまでは外で待っていて欲しいと告げた。
葛木は素直にそれに従い、部屋の外で待機していた。
志保は志保で企みもあるし、葛木にも女性にも選択肢を増やそうとしたのだ。

「・・・・・・・・・」

時間は刻々と過ぎていく。
外ではまだ雨が降り続いているようで、雨粒が屋根を打つ音が響く。僧たちは既に寝静まっているのか、雨音以外の雑多な音は一切聞こえなかった。
志保は、女性の額のタオルを桶に汲んだ水に浸して絞りなおし、再び女性の額にそっと置いた。病気ではないし熱がある訳でもないが、気休めにはなるだろう。

それから、どれだけの時が経ったのか。

「ん・・・・・・うぅ、ぁ」

女性が、静かに薄っすらと目を開けた。

「こ、こは・・・・・・・・・・・・っ貴女は!?」

「良かった。目が覚めたのね・・・・・・・・・サーヴァントのお姉さん」

きょろきょろと部屋の中を見渡していた女性は、志保の姿を見とめた途端、警戒の色を示した。
女性は続く志保の言葉を聞いて、さらに視線を尖らせる。

「・・・・・・そう。やはり貴女も魔術師ということね」

「まあ、ね。私は三流だけど」

そう言って志保は苦笑する。
魔術師、それは人為的に神秘、奇跡をさせる者たち。
志保は自身を三流というが、魔術師として総合的に見て三流なのであって、得意分野でいえば、一流以上。戦闘であれば、一流の魔術師にも引けを取らない。

「今の自分の状態は、理解してる?」

「・・・・・・・・・・・・・・・貴女、私にパスを」

志保の問いに、女性は一瞬放心状態になるが、直後には志保を睨みつけていた。
女性はサーヴァントという一種の使い魔であった。
最高のゴーストライナー、英霊。
英霊とは、過去、現在、未来において偉大な功績をあげ、死してなお信仰の対象となった英雄がなるモノ。
彼等は冬木市の聖杯戦争と呼ばれる大儀式のために聖杯によって召喚される。
聖杯戦争とは、聖杯によって選ばれた七人の魔術師、マスターと七騎の英霊、サーヴァントの七組によって、聖杯を求めて繰り広げられる殺し合い。どんな願いでも叶えるという聖杯をめぐっての争奪戦。

女性も、そうして召喚されたサーヴァントの一人だったのだ。
何故女性が倒れていたのかといえば、原因は魔力の枯渇。
サーヴァントも使い魔の一種なのだから、魔力が尽きればこの世から去ることになる。
ならば、あとは簡単。魔力がないのなら、余所から持ってくればいい。
そう考えた志保は、自分と女性の間にパスと呼ばれる目に見えない路をつくり魔力を補給したのである。

ただパスを繋げた際、志保が女性の記憶を視てしまったりしたのだが、その事は流石に志保も話せない。内容が内容であったし、後の女性の選択次第では敵になることもある得るのだから。
正体を知ってしまったなどとは、口が裂けても言えない。

それ故、志保は内心冷や汗を流していた。
下手をすれば、その瞬間に八つ裂きにされても可笑しくはないのだ。第一、この対応事態が既に普通の魔術師からすれば間違っている。普通の魔術師ならば渡らない、愚かで危険な橋だ。
最低限の魔力しか与えていない以上、滅多なことは出来ない筈だが、相手は英霊。油断は出来ない。
それでも延命措置を施したのは、志保の我儘、志保の根幹を成す歪み故である。
その歪みが何であるかは、また後の機会に。

「何が目的?私を、どうするつもりなのかしら?」

女性は、油断無く志保を見据える。

「目的、ね。貴女の満足する答えは返せないと思うけど?」

「・・・・・・・・・」

女性は無言で志保に答えを求める。女性の視線は、何でもいいから早く話せと言っていた。
志保は、仕方ないとばかりに溜息を吐いて話し出す。

「はぁ・・・私は、ただ貴女を助けたかったから助けた。それだけ。何か裏があると勘繰るのは勝手だけど、嘘じゃない」

「貴女、それで私が納得すると思ってるの?」

案の定、女性は志保の言葉を信じずに睨む。
女性は、サーヴァント。志保もサーヴァントという言葉を知っていたということは、聖杯戦争についても知っている可能性が高い。となれば、助けたのには何かしらの思惑があると思うのは当然だった。

「思ってない・・・そうね、じゃあ少しでも信用してもらうために、少し昔話をしましょうか」

「・・・昔話?」

女性は訝しぶように志保を見つめる。
志保は目を閉じて淡々とした口調で語りだした。

「昔、十年ほど前、この冬木市で大火災が発生しました。あっという間に広がった火の海は、住宅街の一区画を全焼させてしまいました。炎に呑まれ、生き残ったのは、たった一人だけでした。いえ、生かされたのは、たった一人だけでした。二人で一人。火の原を歩いていたのは、一組の兄妹。彼等は力尽き、やがて死を迎えました。けれど、そこに二人の魔術師が現れました。彼等は、兄妹を救おうとしました。けれど、兄の身体は朽果て、妹の魂は既にこの世にありませんでした。ならばと、魔術師は未だ残っていた兄の魂を妹の身体に移し変えました。そうして、妹の身体を得た兄は、甦りました。一人で二人。二人分の生。それから女性となった兄は、生に執着しました。自分の命を粗末に扱ったりはしませんでした。命を軽んじることを許しませんでした。助けられる命があるなら、助けようとしました。それが、彼女にとっての在り様でした。救える命があるなら、どんなことをしてでも救う。それが彼女の正義でした・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、まあ、こんなところかな」

「貴女・・・」

女性は、信じられないとでもいう風に目を見開いた。

「・・・もし、これでも信じられないっていうなら、理由を付け足しますか。私には、ちょっとした企みがある。そのためには、少しでも戦力が欲しい。だから貴女を助けた。これでどう?」

「・・・・・・ええ、十分よ」

深く目を閉じて、女性は言った。
理由云々は関係ない。志保の語った昔話。その虚実は判らない。
けれど、そこに込められた想いは、嘘ではないと思った。信じてもいいと、そう思えた。
物語を紡ぐ志保の姿が、悲しく、尊く思えたから。

「それじゃ、信じてもらえた所で、聞きたいことがあるんだけど」

「・・・何かしら?」

「貴女は、キャスターのサーヴァント、で合っている?」

「ええ。私は、キャスターよ」

女性、キャスターは躊躇うことなく答えた。
七騎の英霊の一つ、魔術師の英霊、キャスター。
それが、女性の正体。
志保が女性をキャスターだと思ったのは、女性の華奢な体つきから考えて剣の騎士セイバー槍の騎士ランサー弓の騎士アーチャー騎兵ライダー暗殺者アサシンとは考えにくく、理性があることから狂戦士バーサーカーでもない。であれば、消去法で魔術師キャスターということになる。あとはもう一つ、女性の着ていたローブが神話の世界の魔術師のそれに似ていたからだ。

「そう。では、キャスター。貴女のマスターは?」

「殺したわ。令呪を全部使い切らせてね」

キャスターは表情一つ変えず、真直ぐ志保を見つめながら言った。
志保もその答えは予想していたので、表情が動くことはなかった。

令呪。
マスターがサーヴァントを従えるために必要不可欠なモノ。三つの絶対命令権。
そもそも、英霊が魔術師風情に従う義理はない。いくら使い魔として召喚したとて制御の出来る相手ではないのだ。
ならばと、無理矢理にでも従わせるために作られたのが令呪。聖杯戦争の重要なシステムの一つ。
令呪で命令されれば、どんなに意思が強い英霊であっても抗うことは出来ない。たとえ自身の意思にそぐわぬものであろうと、強制的に意思に関係なく身体が従ってしまう。自害させることも容易なのだ。とはいえ、命令によっては空間転移なども可能なので、有効活用すれば聖杯戦争を有利に進めることも出来る。

キャスターは、その令呪のシステムを逆手に取った。
令呪は全部で三つ。
ということは、その三つを使い切らせれば、自身を縛るものは無くなる。自由になる。
マスターとサーヴァントの利害が一致し、信頼関係が築かれているのなら令呪は不要だろうが、キャスターはそうではなかった。
キャスターはあの手この手を使って、全ての令呪を使用させ、隙をついてマスターを殺した。
キャスターのローブについていたのは、そのマスターの血だったのだ。

「・・・・・・こんな私を助けたこと、後悔してる?」

キャスターは、若干自嘲的な笑みを浮かべつつ、恐る恐る口を開いた。
マスター殺し。それを後悔してはいないが、志保に拒絶されることが、何故か怖かった。
そんなキャスターの心配を余所に、志保は柔らかな笑みを浮かべて告げた。

「まさか。令呪を使い切ったマスターが愚かだっただけ。信頼関係を気付けなかったほうが悪い。自業自得、同情の余地なしだよ。後悔なんて、する筈がない」

志保のバッサリした答えにキャスターは目を丸くした。
そして、志保の極上の微笑を前にして、キャスターは頬を朱に染め顔を逸らした。
神代の英霊が形無しである。

「・・・ところでそんなキャスターは、これからどうするの?」

「えっ?」

きょとん、とした表情で志保を見据えるキャスター。

「このまま聖杯戦争に参加せずにリタイアするか、それとも、誰か新たにマスターを見つけるか。差し当たっては、私と契約する、とかね」

「・・・・・・それは」

「因みに、私は聖杯戦争に参加するつもり。色々因縁があるからね。まだサーヴァントは召喚してないけど。キャスターが私のサーヴァントになりたいというなら拒まない。もちろん、無理強いもしない」

穏やかな口調で、ゆっくりと志保が言う。

「・・・本気なの?貴女は、私がどういう存在か知っているでしょう?」

キャスターは、少し咎めるような視線を向ける。
契約したからといって、令呪が現れるという訳ではない。キャスターには、もう縛る鎖が存在しないのだ。
それがどれほど危険な行為かは、志保も十分に理解している。
それでも構わないと、志保は言う。

「本気のつもりだよ。何となく、キャスターは信用できる気がするし、信頼してもらえるように頑張るよ。それに、何の対抗手段も無い訳でもないからね。まあ、キャスターが嫌というなら、私は引き下がるよ。戦力は多いほうがいいけど、無理をするつもりは無いから」

「っ・・・・・・」

柔らかな微笑を浮かべる志保を真正面から見つめて、キャスターはまたも頬を赤くした。先ほどよりも赤みが強い。
次第に激しくなる動悸を抑え、呼吸を整える。
瞳を閉じ、考えること数分。
キャスターは、意を決したように口を開いた。

「ごめんなさい。私自身どうしたいのか、よく分からない。でも、貴女と契約することは出来ないわ」

志保の昔話を聞いたからか、不思議とリタイアすることは最初から頭になかった。
戦力的に考えれば、キャスターは志保と契約するのに何ら問題はなかった。流れ込んでくる魔力に淀みはなく、量的に見ても申し分ない。新たにマスターを探すとしても、志保以上の適格者などそうはいまい。この時点のキャスターは知る由も無いが、今回の聖杯戦争に参加するマスターの中で、最も戦闘力が高いのが志保なのだ。近接戦闘に限って言えば、ほぼ無敵。つまり、相性は抜群にいいといえる。
だが、キャスターには志保の在り方が理解できなかった。いや、信じられなかったといったほうが正しいか。
志保と相対すると、頭では志保の言葉を否定しても、心の何処かでそれを肯定する自分がいた。どうしようもなく、心が揺らいだ。
志保と契約したい、という思いもあったが、理性がそれを拒否した。
キャスターには、志保の在り方が眩しく見えた。どうしようもなく歪んでいるが、どこか高潔さを感じる、尊い存在。
薄汚れた自分が触れてはいけない、そんな思考が頭を支配して、共にあることを拒んだ。

「うん。分かった。じゃあ、これ以上話すことはないかな」

そう言って、志保は立ち上がった。

「残念だけど、次に会う時は敵同士、か」

「あっ・・・」

少し寂しそうな表情の志保を見て、キャスターは胸を締め付けられるような心地になる。
キャスターも、志保を敵にしたくなかった。

「後のことは、葛木先生・・・・・・次に入ってくる男の人に任せるから。どうするかはキャスターの自由にするといいよ。あぁ、分かってると思うけど、このお寺の人達にはあまり手を出さないようにね。キャスターが寝ている間にちょっとした仕掛けをしておいたから、何かあれば私に伝わるよ。最悪、監督役が動くような事態は、キャスターも望んでないでしょ?まぁ、忠告はこれくらいかな。それじゃ、私はもう行くよ・・・」

志保は最後に脅しとも取れる言葉を残し、立ち去ろうとする。
志保とて、この処置が手緩いことなど百も承知だ。だがそれでも、パスを繋げた瞬間に僅かに垣間見たキャスターの記憶を考えると、非道なれど最良の手を打つことは出来なかった。
だから、これが限界。
それが、志保がキャスターにしてやれる精一杯の慈悲だった。

「ま、待って!」

キャスターは背を向ける志保に向かって叫んだ。叫んだといっても、まだ体力が回復していないため大した声量ではないが。
キャスター自身、自分の行動に驚いていた。自然に、躊躇う間もなく、志保を呼び止めていた。
キャスターがその行動を認め、理解し、受け止め、身を委ねるのは、聖杯戦争が始めってからのことになる。

志保はいきなりの大声に驚いて振り向いた。

「わっ!?・・・・・・えっと、何?」

「あの・・・誓うわ。忠告は、必ず守ります。だから、その・・・貴女の名前、教えてくれない?」

「・・・まだ名前言ってなかったっけ」

志保は、そういうことか、と苦笑した。
キャスターを見据え、視線を交錯させ、優しげに微笑んで言った。

「志保。衛宮志保、よろしく。本当はもう一つあるのだけど、それは今度会った時にね」

「・・・シホ」

「じゃ、またね。キャスター」

志保はそう言うと、颯爽と部屋を去って行った。




「それでは、葛木先生。キャスター、彼女は目が覚めていますから、存分にお話してください。私は、これで失礼します」

志保は、部屋の外に待機していた葛木に向かって言った。

「待て、衛宮」

「ああ、葛木先生。先生の選択次第によっては、私は先生の敵になるでしょう」

「・・・・・・どういうことだ」

葛木は、無表情で志保に問う。

「その辺は、彼女に聞いてください。ただ、決して油断だけはしないで下さいね。それでは、明日学校で」

そう言い残して、志保は柳洞寺を後にした。

裏切りの魔女、朽ちた殺人鬼、魔法使いの弟子。この出会いが、後の彼等の運命を大きく左右することになる。














NGシーン

「今の自分の状態は、理解してる?」

「・・・・・・・・・・・・・・・貴女、私に・・・・・・ナニをしたの!?」

「はい?」

「キスしたの?抱いたの?血を飲ませたの?口移し?それ以上?もう、私の寝込みを襲うなんて、今もう一度して頂戴!!」

バッと起き上がり、腰をくねくねさせるキャスター。

「・・・・・・・・・・・・・・・帰る」

バッと立ち上がり、踵を返す志保。

「え?いや、ちょっと待って。違う、謝るから!冗談だから、だから待ってえぇぇぇぇぇぇ!!」

「それ無理。桜予備軍とは付き合わないことにしてるから」

「誰!?」

「あ、葛木先生。この女性が私の貞操を狙っています」

「ちょっ!?」

「何?衛宮、私の後ろに」

葛木が志保を背後に庇い、キャスターを見据える。

「あれ?何、この展開!?」

「私の生徒に手を出すというなら、容赦はしない」

「厳密に言うと、私の担任ではないんだけどね。ってこれは野暮か」

「こ、こんなのFateじゃない〜〜〜。宗一郎様〜〜〜〜!?」

「・・・何を今更」

おわり。

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■作者からのメッセージ
なろうの方に残っていた分は削除済みです。

えー、あとNGシーンの方は以前掲載していた分は同様に投稿しますのであしからず。
テキストサイズ:12k

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