リアス達との交渉を終えてから数日後。
午後七時に近い時間帯に一誠は住宅街をアーシアを後部に乗せながら自転車でひた走っていた。
そして目的の民家に辿り着くと共に後部に乗っていたアーシアが民家のポストにチラシを投函する。
「イッセーさん、完了です!」
「よし!おりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
一誠はアーシアの言葉に頷くと共にべダルを踏み込んで、再び住宅街を爆走し始めた。
今一誠とアーシアが行なっているのは初心者悪魔として最初の仕事とされている『チラシ配り』
何故一誠だけではなくアーシアまでリアス達の仕事の手伝いをしているのかと言うと、お世話になっているお礼としてアーシアは一誠の手伝いをかって出てくれたのだ。
神と敵対している者を癒す力を持つアーシアも眷属にしたいと思ったリアスは、これ幸いとアーシアも一誠と同様に悪魔研修に参加させたと言う訳である。
一誠自身も金髪美少女であるアーシアと一緒に仕事が出来ると言う状況に喜び、やる気を出して此処数日はチラシ配りを頑張っていた。因みにオーフィスは悪魔としての仕事に興味が無いので、今は一誠の家に居る。
(ムフフッ!・・当分の間はフリート先生とブラック師匠の修行も免除になったし・・何よりも学園の憧れの二大お姉さまである部長と朱乃さんと一緒に部活動!そして今はアーシアと一緒にチラシ配り!最高だぜ!!)
「イッセーさん・・地図だと次の角を右みたいです」
「了解・・しかし、悪魔の最初の仕事がまさかチラシ配りだったとは・・・悪魔業界の厳しさを知ったぜ」
「私も驚きました」
一誠とアーシアはリアスから簡易召喚用の魔法陣が描かれたチラシを渡された時の事を思い出し、何とも言えない微妙な表情をする。
現代社会で悪魔の存在を知る者など限られている。それ故に昔のように一々魔法陣を書いて悪魔を呼び出す人間など、今のご時世では稀としか言えない。それ故に悪魔業界は簡易で自分達を召喚出来る魔法陣が描かれたチラシを作り出したのだ。
悪魔としての仕事はチラシを介して契約者となる人間の前に現れ、代価を貰って依頼を叶えると言うこと。因みに仕事にしても専門職があり、過度の厭らしい願いは担当の者が行なうようになっており、一誠達が研修を受けているグレモリー一族にはその手の依頼は来ないようにちゃんとなっているのだ。
「そういやアーシア・・うちの学校に通うことになったんだよな?」
「はい!来週から通うことになりました!私・・学校とかは初めてですから、楽しみです!言葉にしてもリンディさんから翻訳魔法の類を教えて貰ったんで大丈夫です!」
「そうか」
嬉しげなアーシアの様子に一誠も嬉しそうな笑みを浮かべた。
アーシアは最終的に駒王学園に通うことになった。世間知らずな面が在るアーシアの勉強の為とリンディは考え、リアスと話をつけたのである。
そのまま二人はチラシ配りを終え、二人はそのまま活動拠点である駒王学園へと戻って行った。
「ただいま、戻りました」
「チラシ配り全部終わりです」
「あらあら、ご苦労様ね。今お茶を入れますわ」
戻って来たアーシアを副部長である朱乃が出迎え、そのまま二人にそれぞれお茶が入ったカップを渡して行く。
「やぁ、二人ともお疲れ様」
「おう・・で、お前の方はどうなんだよ?契約はもうとったのか?」
「まだだよ。呼ばれてないからね」
近寄って来た木場祐斗と一誠は話し合う。
アーシアも隣に座って来た搭城小猫と楽しげに会話をして、二人は僅かな時間、休憩を取る。
そしてそろそろ休憩は終わりだと言うようにソファーに座っていたリアスが立ち上がり、一誠とアーシアに近寄って来る。
「二人とも、チラシ配りご苦労様。貴方達二人が来てからは、短時間でチラシ配りが終わるようになって楽になったわ・・それだけ鍛えているって事かしらね?」
「いやいや・・別にこの程度は苦じゃないですよ、部長」
「頼もしいわ・・それじゃ、二人とも・・今日から本格的な契約取りをして貰っても構わないかしら?」
「えっ!?私達がですか!?」
「えぇ・・実はリンディさんから貴方達が契約者の下に訪れるための召喚術式が届いたのよ。これで貴方達も私たちと同じようにチラシを介して契約者の下に行けるようになったと言う訳ね・・それにアソコに置いてある道具の数々は正直心配な部分が在るのよね」
リアスはそう言いながら部屋の隅に置いてある大きな風呂敷に顔を向け、一誠とアーシアもゆっくりと顔を向ける。
その風呂敷の中にあるのはフリートが作製した道具の数々。危険な物は無いようにリンディが確認し、道具の説明書と共にリアスの下に送られて来たのだ。本来ならば送り返したいところなのだが、リアスの兄であるサーゼクスから試してくれと指示が届いてしまったので送り返すのも出来ない現状だった。
「お兄様にも困ったものだわ・・商品になるかもしれない代物だから、サンプル代わりに使ってくれって事らしいのだけどね・・正直説明書を読んでも分からない点が多いのよ・・でも、イッセーなら」
「まぁ、俺なら少しは分かりますね・・分かりました。契約の時に使ってみますよ」
「お願いね。感想の方は依頼主さんに書いて貰って頂戴・・それじゃ、二人一緒に最初の依頼を頼むわよ」
『はい!!』
リアスの言葉にアーシアと一誠は頷き、一誠は背中に風呂敷包みを背負う。
ある程度の重量は在る筈の風呂敷を軽々と担いだ一誠の姿に、リアス達は内心で僅かに驚く。
丁度その時に魔法陣を管理していた朱乃が、魔法陣の一部に現れた悪魔文字を読んで微笑む。
「あらあら、丁度お二人にこなせそうな依頼が入ったみたいですわ、部長」
「そう、それじゃ二人ともさっそく行ってみて頂戴」
「分かりました・・それじゃアーシア行くか」
「はい!イッセーさん!」
一誠の言葉にアーシアは頷き、二人は魔法陣の中央に乗って依頼主の下に転移した。
自分達の体が何処かに移動したのを確認した一誠とアーシアはゆっくりと依頼主と思われる影の方に振り向く。次の瞬間、一誠は迷う事無くアーシアの肩を掴んで爽やかな笑みを浮かべながら声を掛ける。
「さぁ、アーシア。どうやら、転移に失敗したみたいだ。すぐに戻って依頼主の下に向かわないとな」
「イッセーさん。其処に居る人が依頼主さんなんじゃ?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!何を言っているんだい、アーシア・・誰も居ないじゃないか。そんな事よりもすぐにもど…」
「にゃ〜、悪魔さんかにょ?」
背後から聞こえて来た野太い声と口調に一誠の全身が鳥肌が走った。
もはや逃げることは出来ないのだと悟った一誠は改めて依頼主と思われる人物に目を向けて、即座にこの場から逃げたいと言う気持ちに心が支配された。
一誠とアーシアの目の前に居る人物は何処ぞの世紀末の覇者にしか見えない筋骨隆々の肉体を持って、如何見ても鍛えているとしか思えない体をしていた。これで胴着などの服装をしていたら、“普通”の依頼主だっただろう。
だが、目の前に居る人物は明らかに男性にも関わらず、サイズが全く合っていない白い『ゴスロリ服』を着込み、頭にはネコミミと思われるカチューシャが装備されていた。
絶対に一般生活でお近づきになりたいと微塵も思わない人物の姿に、アングリと一誠の口は大きく開いたまま固まる。
その間にアーシアが依頼主と思われる人物に近寄り、リアスから教えられた紹介を行なう。
「初めまして、グレモリーに連なる者です。この度はどのような願いの為にお呼びになったのでしょうか?」
「にゃ〜、『ミルたん』は魔法少女になりたいにょ。色々と試したけど、『ミルたん』は結局魔法少女になれなかったにょ・・ヒクヒク、異世界にも行ってみたけど、『ミルたん』は魔法少女になれなかったにょ」
(『ミルたん』って何だよ!?って言うか魔法少女になりたい!?いや、無理だろう!?つうか、異世界に行ったって!?・・こ、コイツ何者!?)
突っ込みどころが在り過ぎる『ミルたん』なる
漢が告げた事実に、一誠は口を大きく開けたまま内心で叫んだ。
どう考えても魔法を使うよりも、『ミルたん』の拳の方が明らかに強力としか思えない。それほどまでに『ミルたん』の肉体は鍛え上げられていた。
悪夢としか思えない相手との邂逅に一誠はその場に声も出せずに固まってしまうが、純真なアーシアは『ミルたん』の話を真剣に聞き続ける。
「そうですか。ずっと魔法少女になりたいと願って・・でも、叶わなかったら悪魔に願ったんですね、『ミルたん』さん」
「そうにゃ〜・・『ミルたん』はこの『魔法少女ミルキースパイラル』が大好きにょ。だから、ずっと魔法少女に憧れていたにょ」
『ミルたん』はそう言いながら、『魔法少女ミルキースパイラル』と題名が書かれているアニメDVDをアーシアに差し出した。
アーシアはその『ミルたん』の真摯な願いに心が動かされ、悪夢としか言えない光景に項垂れている一誠に声を掛ける。
「イッセーさん・・『ミルたん』さんの願いを叶えて上げましょう」
(アァァァァーーーシアァァァァァ!!!無理無理無理無理ッ!!!全身からしてもう無理だし、第一に性別が違うんだよぉぉぉぉっ!!!魔法少女なんて無理に決まってる!そ、そんな事をフリート先生でもむ・・・いや、あの人なら・・まさか?)
一誠は震えながらフリートが送って来た道具が入っている風呂敷に目を向ける。
あのフリートならば『ミルたん』を魔法少女にするのも可能かもしれない。まさかと思いながら、一誠は風呂敷を開けて中に入っている道具を調べて行くと、一つの錠剤が大量に入った小瓶を見つけ、ラベルを読む。
「『変身魔法簡易薬』・・・『使用上の注意。この錠剤を一粒呑めば、一時間望んだ姿になれます。性別も変わる優れ物ですが、飲み過ぎた場合望んだ姿には変身出来ません。また、一日二錠までしか飲んではいけません。使用には注意しましょう』・・・『ミルたん』・・これを飲めば魔法少女の姿にはなれるよ」
「にょ!!ほんとかにゃ!?」
「あぁ・・・少なくとも“姿”だけはなれる筈だ」
「ありがとうにょ!悪魔さん!!」
一誠の説明に『ミルたん』は嬉しそうな声を上げて、一誠が差し出した小瓶を掴み取った。
そのままキッチンに向かってドスン、ドスンと豪快な音を立てながら走って行き、水飲み場でコップに水を注ぐ。
『ミルたん』はゆっくりと小瓶の蓋を開け、錠剤を一粒取り出すと、水と共に錠剤を口の中に入れて流し込む。
「にょ!!にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!」
「『ミルたん』さん!!」
聞こえて来た『ミルたん』の叫びにアーシアは心配そうな声を出すが、『ミルたん』の叫びは徐々に治まって行く。
そして一分ほど経つと、ゆっくりと『ミルたん』が居た方からサイズが在った『ゴスロリ服』を纏った見え麗しい“少女”がアーシアと一誠の前に現れる。その様子に成功したのだとアーシアは笑みを浮かべると、アーシアの両手を少女『ミルたん』が掴んで“野太い声”のまま礼を告げる。
「まだまだ、魔法は使えにゃいけど、悪魔さん達のおかげで一歩前進したにゃ!!」
「良かったですね!『ミルたん』さん!!」
(声がそのままなんだよな・・・もしも変身したままの『ミルたん』に言い寄って来る男が居たら・・最大で一時間後には絶望か・・それって悪夢を通り越しているよな)
互いに喜び合うアーシアと『ミルたん』を眺めながら、一誠は何れ必ず訪れる何処かの人物の不幸を思い、人知れず目尻を服の袖で拭うのだった。
こうして最初の一誠とアーシアの依頼は無事完了した。因みに『ミルたん』から貰った代価は『魔法少女ミルキースパイラル』シリーズDVDのプレミア版だった。
そして依頼を完了したアーシアは満面の笑みを浮かべ、一誠はゲッソリと頬をやつれさせながらリアスに依頼に関する報告をしていた。
依頼の成功内容に問題は無いが、『ミルたん』が書いたアンケートの内容にリアスは難しげにソファーに座りながら首を傾げる。
「う〜ん・・初めてでの依頼の成功は喜ばしいけど・・『是非もう一度来て欲しい』と言うアンケートは初めて貰ったわね・・それにイッセー・・何でそんなにやつれているの?」
「聞かないで下さい、部長・・・俺は失敗したら末代まで呪われそうな悪夢を生み出してしまったかもしれないので」
「?・・良く分からないけれど・・例の道具の中に在った薬は何錠渡したの?」
「五錠です。『ミルたん』が悪用するとは思えませんけど・・万が一のことも考えて五錠だけにしておきました」
「そう・・それじゃ、二人とも今日はもう上がっても良いわ」
『はい』
リアスの言葉に一誠とアーシアは頷き、ゆっくりと帰る為の準備を進めて行く。
その最中に一誠は溜め息を吐くリアスの姿を目撃するが、この時は何も考えずにアーシアと帰路に着く。
「イッセーさん!明日も頑張りましょうね!!」
「あぁ・・・(もう、『ミルたん』みたいな奴はゴメンだけどな。まぁ、あんな相手そうそう居るわけ無いよな!ハハハハハハハハハハ)」
一誠は知らない。これから一誠が依頼をこなして行く多くの相手が、『ミルたん』並みに変わっている者達だと言う事を。ソレを知らない一誠は金髪美少女であるアーシアと楽しく話しながら自分達の家へと帰って行くのだった。
冥界のとある領地に在る切り立った岩山が数え切れないほどの建つ山脈。
その山脈の頂上付近にある巨大な岩の前に、活動的な服装をしている黒髪を短髪にした男が立っていた。
男はゆっくりと自身の前に在る巨大な岩を眺め、自身を右拳を振り被ると、目の前に在る巨岩石に全力で叩きつける。
「ハァッ!!!」
ドゴッ!ーーバコオオオオオオオオン!!
男の拳と巨岩石がぶつかりあった瞬間、巨岩石は轟音を奏でながら跡形も無く砕け散った。
しかし、巨岩石を破壊したにも関わらず男の顔は不満に満ちた表情に染まり、ゆっくりと巨岩石の破片を拾う。
「・・・駄目だ・・・こんな拳では・・“あの人”の拳に遠く及ばない・・まだまだ精進せねば」
『サイラオォォォーーグゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!』
「ハッ!!!」
山脈中に響き渡るほどの雄叫びに男-サイラオーグ-は顔を上げて辺りを見回す。
すると、先ほどの声量に負けないほどの声がサイラオーグの耳に届く。
『サイラオーグよ。グレモリーの下に向かえ』
「グレモリー?・・・リアスの下にですか!?一体何故!?」
『行けば分かる。恐らくは伸び悩むお前を奮い立たせる者と出会えるだろう』
「本当ですか!?」
『あぁ、間違いなくお前は己が奮い立つ者と出会える。この場で毎日岩を砕き続けるよりも有意義な出会いとな。この俺が保証しよう』
「其処までの言う者が居るので在れば・・リアスに会って参ります・・では、失礼します、師よ」
何処と無く楽しげな雰囲気を放ちながらサイラオーグは地面から立ち上がり、山を降りて行く。
それをサイラオーグが砕いた巨岩石よりも遥かにデカイ岩の上に座っていた日本で言う学ランを着た獣人は、己の教えを受けている弟子が向かうところの相手を思って口元を楽しげに歪める。
「ブラックウォーグレイモンとフリートの弟子である『赤龍帝』・・・・サイラオーグを必ず奮い立たせてくれるだろう。奴に今必要なのは、己と同等に近い実力を持ったライバルなのだからな」
そう獣人-嘗てブラック達と共に戦ったデジモンの一体、『バンチョーレオモン』-は、山を降りて行く己の弟子の姿を楽しげに見つめながら呟くのだった。