一誠とアーシアがリアス達の手伝いとして悪魔の仕事を始めてから数週間が経過した。
その間にも一誠とアーシアは共同して依頼をこなして来たが、世間知らずの面があるアーシアはともかく、一般常識を持つ一誠には精神的に疲れる依頼ばかりだった。
『ミルたん』を始めとして一誠とアーシアを呼び出す依頼主の殆どは変わり種ばかり。一番まともと言える人物に関しても、世間的にはオタクとして分類される人種。特に酷かったのは一誠とアーシアの仕事振りを確認しに来たリアスを加えた依頼の時。
『鎧武者スーザン』。明らかに生まれる時代を間違ったとしか思えない人種の人物で、リアスに『人間にしておくには勿体無い』とまで言われる人物だった。
その他にも一誠とアーシアを呼び出す人物達は変わっている者が多く、一誠は自身が住んでいる日本と言う国にそう言う者達が居る事を知ってショックだった。
「ハァ〜」
「疲れているようだね、一誠君」
「あぁ・・・そりゃ疲れるさ。なぁ、木場・・この前テレビのニュースでやっていた怪奇特集を見たか?」
「確か『○○市に夜な夜な現れる鎧武者と甲冑騎士』だったけ?」
「そう、それだよ・・・その『鎧武者』が俺とアーシアの依頼人だったんだよ。テレビで見た時は思わず噴いたぜ」
「ハハハハ、それは知りたくもなかっただろうね」
祐斗はぎこちない笑みを浮かべた。
一誠はそんな祐斗に対して力無く頷き、ゆっくりと顔を上げて物思いにふける様に溜め息を吐いているリアスを目撃する。
「なぁ、木場・・・最近部長どうしたんだ?何か殆ど毎日溜め息を吐いているように見えるんだが?」
「う〜ん・・多分グレモリー家に関わる事だと思うよ。一誠君も知っているだろうけど、部長の家は『七十二柱』だからね」
「あぁ、そう言えば確かその『七十二柱』の悪魔の家系は、戦争のせいで半分がもう無いんだったよな」
一誠はフリートから教えられた悪魔に関する事項を思い出し、何度も頷く。
その昔、悪魔同士で戦争が起きた事がある。現魔王政府と旧魔王政府の戦争。その戦争によって悪魔の中で有名な家系の多くが途絶え、同時に多くの悪魔達が死んで行った。
木場、朱乃、子猫などはその戦争の後に作られた『
悪魔の駒』の力によって『転生悪魔』となった者達。言うなれば新鋭の悪魔達。
そしてリアスは先の戦争を生き残ったグレモリー家の純血の悪魔。古くからの悪魔の血を持つ者なのだ。
「って事は、もしかしてそれ関係の悩みなのか?」
「う〜ん・・そうかもしれないね。朱乃さんだったら知っていると思うけど・・・でも、良く部長の悩みが分かったね?」
「いや・・・実はな。フリート先生からとある悪魔の縁談を破談にしろって言われた事があったんだ」
「ほんとかい!?それは!?」
「あぁ・・・・思い出したくも無いぜ、アレは・・・その件の依頼主の婚約者に指定されていた奴なんだけど、最悪な奴でな。人間の女の子を攫って弄んでやがったんだ。しかもかなりの人数を・・・で、当然そう言う奴だったから黒い噂も絶えないから調べてくれって依頼だった訳だ」
「それで、その相手はどうなったんだい?」
「当然、事実を近くに住んでいた魔王様に報告して、早急にその悪魔は逮捕って流れになったんだ。最もこれは一般だったから、部長の事情とは比べモノにならないけどな」
「そんな事があったんだね・・やっぱり、一誠君は僕らの下に手伝いに来る前にも色々と依頼をこなしてきたのかい?」
「まぁ、それなりにな。危険な依頼もかなりやらされたな・・・最も危険な依頼は率先して俺の師匠がやってるぜ。あの人はそう言う依頼が大好きだからな」
「一誠君の師匠か・・・どんな人なのか会って見たいね」
「止めとけ、木場・・・あの人は何処までも戦うのが大好きな人だ・・正直俺はあの人との訓練の度に死に掛けたぞ。マジで」
一誠は自身の師であるブラックの事を思い出して、思わず体を震わせる。
容赦と言う言葉が無意味としか思えないブラックとフリートの訓練。実力は確実に上がるが、三途の川を数え切れないほど往復しなければならない。しかも、三途の川から戻って来る度にまた三途の川へと舞い戻る。
いっそ死に逃げたいと一誠が思っても、フリートの手によって強制的にあの世から帰還させられる始末である。
「木場・・言っておくけど、強くなりたいと思っても俺の師匠に頼むなよ。もう色々と“壊れるから”」
「ハハハハッ・・・肝に銘じておくよ」
虚ろな瞳をしながら告げた一誠の様子に、木場は乾いた笑いで返した。
その様子を見ていた小猫が一誠に近寄って来て、何処と無くソワソワしながら一誠に声を掛ける。
「兵藤先輩・・・あの、オーフィスさんはどうしているんですか?」
「オーフィスか?・・・アイツならちょっと出かけているんだよ。多分、明日には戻って来るだろうけど」
「そうですか」
「どうしたんだい、小猫ちゃん?オーフィスに何か用事があるのかい?」
「はい・・・この前、オーフィスさんが部室に来た時にお土産に持って来てくれたシュークリームを売っているお店の場所を教えて貰いたかったんです。とても美味しかったので」
(あぁ、あのシュークリームか・・でも、アレは流石に買いにいけないよ、子猫ちゃん・・・だって、異世界の地球の物だから)
一誠はそう小猫を見つめながら内心で呟いた。
小猫が言っているのはつい先日オカルト部に遊びにオーフィスが訪れた時にお土産として持って来た『翠屋』のシュークリームの事である。オーフィスが特に気に入っているお菓子であり、今も『翠屋』に向かう為にこの世界から離れているのである。
その事を知っている一誠は流石に小猫を異世界の地球には連れては行けないと思いながら、立ち上がり、魔法陣のチェックをしていた朱乃に声を掛ける。
「朱乃さん。今日の依頼はもう終わりですか?」
「えぇ、終わり見たいね。イッセー君とアーシアちゃんは上がっても大丈夫よ」
「それじゃ、上がらせて貰います」
「はい。お疲れ様でした」
「お疲れ様です、アーシア、家に帰ろう」
「はい!イッセーさん!!」
一誠の呼びかけにアーシアは応じ、二人はそのまま自分達の家へと帰って行った。
溜め息を吐いていたリアスの事を一誠は僅かに気にしながら。
オカルト部から家へと戻って来た一誠は自室のベットの上で寝転がりながら、アーシアがお風呂から上がるのを待っていた。
そして一誠が考えているのは此処最近ずっと何かを悩んでいるリアスの事。木場祐斗のおかげでリアスの事情は大体は予測出来たが、自身ではリアスの悩みを解決する事は出来ないとも悟っていた。
今の一誠の立場はあくまでリアスの眷属悪魔候補と言う身分。『アルード』に所属していると言っても、『アルード』はあくまで依頼を受けて解決する『何でも屋』でしかない。お家同士の問題に干渉する権利は無い。前回の時は依頼が在ったから介入することが出来たから問題は無かったが、今回は依頼も無く、一誠の立場は現在は『アルード』ではなくリアスの眷属悪魔候補なのだから、尚更に介入出来る身分では無いのだ。
「ハァ〜」
(随分とあのリアス・グレモリーの事を気にかけているな、相棒)
(ドライグ・・・・いや、折角部長や朱乃さんのような美少女達と一緒に居られるんだから、もっと明るく楽しみたいと思ってな)
(だからと言って相棒。現在の相棒の立場ではリアス・グレモリーの問題をどうする事も出来んぞ。フリート達にしても依頼が無い。更に言えば例えリアス・グレモリーが頼んで来たとしても、依頼としては認める事は無いだろう。前の時はあくまで“片方の両親”からの依頼だったから動いたのだからな)
(分かってるって)
(それにリアス・グレモリーの悩みが相棒の予測通りだとすれば、婚約者側が何かしらの動きを見せるだろう。リアス・グレモリーの様子と性格を考えれば、何かしらの策を講じて来るのは間違いない・・・・・・噂をすればか)
「ん?」
ドライグの言葉と自身の部屋に魔力の流れを感じた一誠はベットから起き上がり、自身の部屋の床に目を向ける。
すると、床に光が走り、光が円状に展開され、見覚えのある図柄が円の中に描かれる。その図柄に一誠は見覚えが在った。『グレモリー眷属の魔法陣』。
誰が転移して来るのかと一誠が魔法陣を見つめていると、紅の髪の女性のシルエットが出現する。
「部長?・・・・」
魔法陣の光が消えた後には、何かを思いつめているような表情をしたリアス・グレモリーが立っていた。
そして一誠の姿をリアスは確認すると、ズンズンと一誠に詰め寄り、凄まじく衝撃的な事を一誠にリアスは告げる。
「イッセー・・・わ、私を抱きなさい」
「ハッ?」
「わ、私の処女を貰って頂戴・・し、至急で頼むわ」
(・・・・・・フゥ〜、やっぱり連日の衝撃的な依頼人達との出会いで俺、疲れてるのかな?)
一誠はいきなりのリアスの頼みに現実逃避した。
しかし、リアスは現実逃避をしている一誠に構わずに自身が着ている制服のスカートを脱ぎ捨て、純白のパンツと見事な脚線美を一誠の前に晒す。
ーーーバッ!!
「ぶ、部長!!ちょ、ちょっと待って下さい!!」
「時間が無いのよ!さっ!早くしましょう!!」
「ブホッ!!」
上着を脱いでリアスが晒したブラジャーに包まれた白く豊かな膨らみを見た一誠は、鼻から勢い良く出そうになった鼻血を止めようと手で押さえる。
その間に下着姿になったリアスは息を整えながらゆっくりと一誠に近寄って、話しかけて来る。
「色々と考えたんだけど・・こ、これ以外の方法が無いのよ。既成事実さえ作ってしまえば問題は解決するはずよ」
「ぶ、部長!!何となく今の言葉で理解出来ました!!で、でも!こ、こう言うのは!こんな形は不味いですよ!!!」
リアスの言葉で一誠は何を考えてリアスが今行動しているのか完全に悟った。
つまり、婚約から逃れる為にリアスは我が身を傷物にしようとしているのだ。その相手として身近に居た自身が選ばれたのだと一誠は悟った。同じ男性でリアスと親しい祐斗では性格からして難しい。
逆に一誠はスケベな面をリアス達に見せているので、自身を抱いてくれるとリアスは考えてこの場に訪れたのだ。一誠としても初体験の相手がリアスのような美少女であることは嬉しいが、同時に今回のような形は不味いと理解していた。
こんな形での初体験など互いの為になる筈が無い。そう言う点を理解している一誠は何とかしてリアスを止めようと手を伸ばすと同時に、再び部屋の中にグレモリー眷属の魔法陣が出現する。
「・・・一足遅かったわけね」
(た、助かった・・・・・アレ?もしかしてこの気配って?)
身に覚えの在る気配に一誠が魔法陣を見つめていると、銀色の髪をしたメイド服の年若い美女が魔法陣から現れる。
その姿を認識したリアスは苦い表情をし、一誠は一瞬にして顔色が青褪めた。メイド服を纏った女性をリアスと一誠は互いに知っていた。特に一誠は目の前に現れた人物がリンディと、とても親しい間柄と言う事を知っている。
そして現れた銀髪の美女メイドは呆れたような顔をしながら、リアスに声を掛ける。
「こんなことをして婚約を破談に持ちこもうとした訳ですか、お嬢様?」
「こうでもしないと、お父様とお兄様も私の意見を聞いてくれないでしょう、グレイフィア」
「ハァ〜」
銀髪のメイド美女-グレイフィア-は溜め息を吐きながら、リアスが脱ぎ散らかした服を拾い上げてリアスにかける。
「何はともあれ、貴女はグレモリー家の次期当主なのですから、余り殿方に肌を晒すのは止めて下さい。ただでさえ、事の前なのですから・・・・・最もどうやら相手の方も事情を理解してくれたようですが」
「ハハハハハハハッ・・・お、お久しぶりです・・グ、グレイフィアさん」
「お久しぶりです、兵藤様」
乾いた笑い声を上げる一誠にグレイフィアはニッコリと微笑みながら丁寧に挨拶を返した。
リアスはグレイフィアと一誠が知り合いだと言う事に僅かに目を見開くが、すぐに『アルード』で知り合ったのだと察する。
「この度はお嬢様がご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」
「い、いえ!!全然迷惑じゃありませんから!!あ、安心してください!!・・(部長の下着姿を見られたんだから、寧ろ役得だしな・・そ、それにしても危なかった・・もしも理性を無くして部長を抱いていたら、グレイフィアさんと戦う事になっていたかもしれないからな。そ、それだけは絶対に勘弁だ)」
目の前に居るグレイフィアの実力を知っている一誠は、心の底から安堵の息を漏らす。
グレモリー家のメイド長グレイフィア。魔王サーゼクス・ルシファーの『
女王』で在ると共に、冥界最強の『
女王』。そしてサーゼクスの妻であり、リンディの親友で在る人物。
言うまでも無く、グレイフィアの実力は一誠よりも遥かに上。真正面から戦って勝てる相手では無いのだ。
「兵藤様は、今回の件に関しては言うまでも無くお嬢様の暴走ですので・・・『アルード』が動く事態では無いと理解して頂きたいです」
「も、もちろんです!!!お、俺個人はともかく!どうもリンディさん達も別の依頼で忙しいみたいですから!」
「そうですか・・・・では、お嬢様。これ以上は兵藤様のご迷惑になりますので、一先ずはお嬢様の根城に戻りましょう」
「・・・分かったわ・・だけど、朱乃も同伴させて貰うわよ」
「私は構いません。上級悪魔たる者『
女王』を傍らに置くのは常ですので」
「それじゃ、戻りましょう・・その前に、イッセー」
「はい!!」
呼ばれた一誠はリアスに返事を返して顔を向けると、一誠の頬にリアスの唇が当たる。
ーーーチュッ!!
「えっ?」
「迷惑をかけたお詫びよ。今日はごめんなさいね。明日、部室で会いましょう」
そうリアスは一誠に告げると、グレイフィアと共に魔法陣の中に入り、一誠の部屋から転移して行った。
残された一誠は呆然としながらリアスにキスされた頬を手で押さえ、アーシアが呼びに来るまで呆然と固まったままなのだった。
翌日の放課後。
一誠は祐斗、アーシアと共にオカルト部の部室を目指していた。その間に一誠は昨夜リアスが訪れ、グレイフィアが連れ戻しに来た件を二人に説明していた。
「ってなことが在ったんだが、木場・・部長の婚約者相手って何処の悪魔か知っているか?」
「ん〜・・・・残念だけど僕は知らない・・だけど、部長の家のグレモリーと並ぶ家だとすれば、間違いなく七十二柱の何処かのお家だと思うよ」
「そうか」
「昨日そんな事が在ったなんて知りませんでした」
昨夜リアスとグレイフィアが来た事を知らなかったアーシアは、僅かに驚いたような顔をしながら一誠の顔を見つめる。
そして三人が並んで部室に向かって歩いていると、丁度オカルト部の部室に向かって居るベルフェモンとお菓子が入っていると思われる箱を持ったオーフィスを発見する。
「アッ!!オーフィスさん!!帰って来ていたんですか!?」
「ん・・ただいま、アーシア・・皆へのお土産持って来た」
アーシアに振り向きながらオーフィスは手に持っていたお菓子が入った箱を掲げる。
「オカルト部の部室に行くのか?」
「そう・・・・皆の分入っている。我のお気に入り」
質問して来た一誠にオーフィスはそう告げ、四人はそのままオカルト部の部室へと向かって行く。
そして部室の扉の前に辿り着くと、一誠と木場の顔は僅かに強張り、オーフィスとアーシアは二人の様子に首を傾げる。
「・・・僕が此処まで来て漸く気配に気づくなんて」
「いや、それだけあの人が気配を抑えているだけだろうから、気にするな、木場」
「どうしたんですか?イッセーさん、木場さん?」
事情が分かっていないアーシアは二人の様子に疑問を覚えて質問した。
そしてアーシアと共に首を傾げていたオーフィスも二人の様子に疑問を覚えるが、その理由はアーシアとは違っていた。
「イッセー?ただ、グレイフィアが居るだけ、何で顔を強張る?」
「えっ!?イッセーさんが言っていたグレイフィアさんが居るんですか!?」
「居る・・・・・ちょっと困った」
「そうだよな、絶対に何かあ…」
「シュークリームの数が足りなくなる」
「そっちかよ!!!」
ずれたオーフィスの発言に一誠はツッコムが、オーフィスは本当に困っていると言うように、箱を開けてシュークリームの数を確認する。
「我、イッセー、小猫、リアス、祐斗、アーシア、朱乃、ベルフェ・・・・やっぱり数が足らない。グレイフィア我慢して貰う」
「いや、オーフィス!普通に冥界に居る筈のグレイフィアさんが此処に居る疑問は無いのか?」
「?・・・・・・グレイフィア・・グレモリーのメイド。別に気にすること無い。イッセー、何故グレイフィアが居る事に疑問が在る?」
「いや、確かにそうなんだけど・・・」
天然が僅かに入っているオーフィスにどう説明したら良いのかと一誠は悩む。
その様子に祐斗は苦笑を浮かべ、部室の扉を開けて中に入って行く。一誠、アーシア、オーフィスもその後に続き、部屋の中にいる不機嫌そうな様子のリアスと、いつも通りニコニコ顔だが何処か冷たいオーラを発している朱乃に、部屋の隅で椅子に静かに座っている小猫、そして僅かに目を開いてオーフィスを見つめるグレイフィアの姿を確認する。
グレイフィアはオーフィスを僅かに警戒するように見つめるが、オーフィスは構わずにベルフェモンを抱えながら小猫に近寄ってシュークリームが入った箱を差し出して話し始める。
その様子に部屋の中に張り詰めた雰囲気が僅かに減り、グレイフィアは一誠に近づくと、そのまま小声で尋ねる。
「彼女が戻って来ていたのですか?」
「えぇ、まぁ・・と言うか、サーゼクスさんに聞いて無いんですか?確かオーフィスが戻って来た事は説明したってリンディさんが言ってましたよ?」
「聞いておりません・・・サーゼクス様には後で“尋ねます”」
(ウワ〜・・グレイフィアさん・・かなり怒っているよ・・多分驚く顔が見たくて黙っていたんだろうけど・・サーゼクスさん・・本当にご愁傷様です)
不機嫌な顔になったグレイフィアの様子に、一誠は内心でサーゼクスの冥福を祈った。
そしてリアスは全員が揃った事を確認すると、椅子から立ち上がって口を開く。
「全員集まったわね。では、部活を始める前に少し話をするわ」
「お嬢様、私からお伝えしましょうか?」
「いえ、これは私が話す事よ・・実は…」
「何か来る」
『ッ!!』
何かに気がついたかのようなオーフィスの言葉と共に、部室の中に描かれていた魔法陣が光り輝いた。
オーフィスとグレイフィアを除いた全員がその魔法陣を見つめていると、魔法陣に描かれていたグレモリーの紋様が変化し、別の紋様に変わる。
「・・・フェニックス」
変化した紋様の正体に気がついた木場がポツリと呟くと共に、ボウッと魔法陣から炎が巻き起こる。
それぞれが魔法陣から発生した炎に対して身構え、不安そうにしているアーシアを背後に庇いながら一誠が魔法陣を見つめていると、炎の中で佇む男性の姿を目にする。
現れた男性は腕で炎を薙ぎ、周囲の炎を振り払って自身の姿を一誠達に晒す。
「フゥ〜、人間界は久しぶりだな」
魔法陣から現れた男性は赤いスーツを着崩しながら、部屋の中を見回し、リアスの姿を捉えると、嬉しそうに口元を歪めて、馴れ馴れしくリアスの腕を掴む。
「愛しいリアス。会いに来たぜ」
「離してちょうだい、ライザー」
低く迫力が篭もった声を出しながら、リアスは男性-ライザー-の手を振り払った。
明らかに怒っていると言う様子のリアスに、ライザーは苦笑を浮かべながら部屋の中を見回し、一誠と、一誠の背後に隠れて様子を伺っているアーシアの姿を捉える。
「ん?・・・リアス・・質問だが、何故人間が此処に居るんだ?」
「一誠とアーシアは私の眷属候補よ」
「ならば、何故眷属にしないんだ?『
悪魔の駒』は充分に持っている筈だろう?」
「私はそう言うやり方は嫌いなのは知っているでしょう、ライザー」
「フッ、そう言えばそうだったな」
(なるほどな・・・コイツが部長の婚約者か・・確かに上から人を見下すような態度・・・あんまり好きになれそうにないな)
リアスとライザーの会話を見ていた一誠は、ライザーこそがリアスの両親が決めた婚約者なのだと悟った。
それを確かめるようにグレイフィアに僅かに視線を向けると、グレイフィアは僅かに一誠に向かって頷く。一誠はそれを目にすると、不安そうにしているアーシアの頭を撫でながら再びライザーとリアスに目を向け、二人が向き合うように座って朱乃が入れた紅茶を飲んでいた。
「とにかく、ライザー。私は貴方と結婚する気は無いわ。冥界にさっさと帰って頂戴!!!」
「そう言うわけには行かないな・・・リアス・・俺もフェニックス家の看板を背負った悪魔だ。この名前に泥を塗るわけには行かないんだ。それに今回の件は君のご両親も納得している事だぞ?」
「それは分かっているわ・・・・私はちゃんと家を継ぐ気も在るし、婿養子も受け入れる気よ」
「そうか・・なら、さっそく、俺たちの結婚式を…」
「だけど!貴方とは結婚しないわ!!私の結婚相手は私自身が決めるわ!!!それだけは譲る気は無いのよ!!」
そのリアスの宣言にライザーは不機嫌そうに目を細め、ゆっくりと右手を掲げると共に自身の周囲に炎を発生させる。
ーーーボウッ!!
「リアス・・・それ以上我が侭を言うなら、俺は君の下僕達を焼き尽くしてでも冥界に君を連れて帰るぞ!!!」
ライザーの宣言と共に部屋の中を殺意と敵意が覆い尽くした。
その敵意と殺意に一誠の後ろに隠れていたアーシアは怯えて一誠の腕に抱きつき、朱乃、祐斗、小猫は臨戦態勢に入れるように身構え、リアスも全身から紅いオーラを発した始めた瞬間、ライザーの顔の横を通り過ぎるように一本のスプーンが壁に突き刺さる。
ーーードスッ!!
『ッ!!』
壁に突き刺さったスプーンに一誠を除いた誰もが目を見開き、全員がスプーンを投げたオーフィスに目を向ける。
オーフィスは不機嫌そうな面持ちでライザーを見つめ、ゆっくりと手に持っていたお菓子が入った箱をライザーに見せる。
「これ以上部屋が暑くなったら、シュークリームが悪くなる。早く火を消す」
「何だ?小娘・・俺に指図をする気か?」
「我、この場所気に入っている。壊す気なら、我も動く」
(不味い!!)
何時に無く不機嫌な様子のオーフィスの姿に一誠は焦りを覚えた。
このままでは確実にオーフィスが動くと察した一誠は、即座にオーフィスを止める為に動こうとするが、その前にグレイフィアがオーフィスとライザーの間に入り込む。
「其処までにいたして下さい・・・これ以上やるのでしたら、私も黙っている訳には行きません。ライザー様・・彼女はリアスお嬢様の客なのですから・・そうですね、リアスお嬢様?」
「えぇ、そうよ、グレイフィア。彼女、オーフィスは私の客よ」
「オーフィスだと?・・・いや、まさかな・・『
無限の龍神』がこんな狭くてボロい建物を気に入る訳が無いか・・運が良かったな、小娘。リアスとサーゼクス様の『
女王』に感謝しておくんだな」
(運が良かったのはお前の方だよ、ライザー・フェニックス)
動くのが遅れた一誠は、この場で本当に運が良かったのはライザーの方だと理解していた。
オーフィスもグレイフィアの介入に毒気を抜かれたのか、ゆっくりと椅子に座りなおして、自身の腕の中に居るベルフェモンにシュークリームを食べさせる。
グレイフィアはその姿に内心で安堵の息を漏らしながら、ゆっくりとリアスとライザーに顔を向ける。
「どうやら話し合いでの解決は無理なようですね。こうなるということは既にグレモリー家の者も、サーゼクス様も、そしてフェニックス家の方もご理解していました」
「どう言うことなの、グレイフィア?」
「お嬢様、どうしてもご自身の意思を貫くのならば、『レーティングゲ−ム』で決着をつけたらどうでしょうか?」
「ッ!!そう、そう言う事なのね」
(おいおい・・レーティングゲームって確か・・悪魔の同士で戦う事だったよな?)
話を聞いていた一誠は自身の知る知識を思い出し、リアスとライザーの顔を見回す。
『レーティングゲーム』。爵位持ちの悪魔が自身の眷属である『
歩兵』、『
僧侶』、『
騎士』、『
戦車』、『
女王』の下僕を用いて戦いあう悪魔同士のゲーム。冥界で大人気とされているモノである。
本来ならば成人した悪魔しか参加出来ないモノだが、公式ではなく非公式ならば成人した悪魔も参加出来る。そして大抵の場合非公式で行なわれる時は、身内同士か、御家同士の問題の時に行なわれるのだ。
「お父様方は私が拒否した時も考えて『レーティングゲーム』も考えていた訳ね」
「はい・・お嬢様・・参加する気は在りますか?」
「在るわ。確かにこのまま不毛な話し合いを行なうよりも、ゲームで決着をつけた方が話は早いわ」
「フッ・・俺としても構わないが・・・・リアス?俺に勝てると思うのか?俺は既に成人している。当然ながら公式の『レーティングゲーム』にも参加しているし、何よりも下僕の数が足りないぞ?正式な君の下僕は『
女王』の『雷の巫女』に、『
騎士』が一人、『
戦車』が一人だ。君を含めた四人だけで俺達に勝てると思って…」
「なら、俺が参加させて貰おうか」
「イッセー!?」
ライザーの言葉に割り込むように一誠が声を出した。
リアスは一誠を驚いたように見つめるが、ライザーは可笑しそうに笑いながら一誠に目を向けると、一誠はライザーの顔を睨みながら声を出す。
「俺は部長の眷属候補だ。確かに正式な部長の眷属悪魔じゃないけど・・・参加しても構わないだろう?」
「ほう・・人間風情が良く言うな。リアスが眷属悪魔候補にしている事から察するに『
神器』持ちなんだろうが・・悪魔の戦いに入り込めると思っているのか?お前なんぞ、一瞬で炭化するぞ?」
「なら、参加しても問題ないよな、フェニックス?」
「イッセー勝手に話を進め…」
「良いだろう」
「ライザー!?」
ライザーの発言にリアスは目を見開くが、ライザーは見下すように一誠に目を向けると、指を鳴らしてフェニックスの紋様が描かれている魔法陣を展開する。
ーーーパチン!!
「リアス。これはハンデだ。何せ俺の可愛い下僕達と君の眷属の数じゃ合わないからな」
そうライザーが告げると共に魔法陣の中から十五人のライザーの眷属悪魔である少女達が現れる。
鎧を着込んだ女性。フードを深く被って顔を隠している魔導師らしき女性。チャイナドレスに身を包んだ女の子。獣のような耳を生やした女の子が二人。双子と思われる同じ顔の女の子。服を上からでも分かるナイスバディな女性が二名。その手の趣味の方なら萌えるロリっぽい女の子。着物を着た大和撫子な女性。踊り子のような服を着た女性。剣を背中に背負ったワイルドな女性。顔を半分を仮面で隠した女性。そしてドレスを着た西欧のお姫様を思わせ、何処となくライザーに似ている印象を感じる女の子。
総勢十五名の美女と美少女軍団がライザーの周りに現れ、一誠は全身に電撃が走るのを感じながら後退る。
「ば、馬鹿な!?」
「フッ、どうした?言葉も失ったか?」
「クッ!!・・・ま、まさか!?部長!!!」
「何、イッセー?」
「悪魔ってハーレムを作っても良いんですか!?」
『ハッ?』
いきなりの一誠の発言にリアス達は呆気に取られたような声を上げ、何処となく楽しげな顔をしている一誠を見つめる。
その一誠の様子にオーフィスとグレイフィアはリンディ達が一誠に全力で隠して来た事実が知られてしまった事を悟り、二人は頭を押さえながら一誠を見つめる。
「不味い・・知られた」
「リ、リンディに謝らないといけないわね」
オーフィスとグレイフィアは頭痛を覚えるが、一誠は構わずにリアスに詰め寄って質問の答えを求める。
「部長!!どうなんですか!?ハ、ハーレムはOKなんですか!?」
「えぇ、確かにライザーの様に女の子だらけの眷属悪魔は大丈夫よ」
「そうですか・・・(俺悪魔になろうかな。てっきり女性ばかりに手を出している奴らは、犯罪者なのかと思ってたけど・・悪魔社会だと自然な事だったのか・・知らなかった)」
(相棒!!止めろ!!悪魔になったらフリートの実験室行きになるぞ!!!)
(ドライグ・・・俺は・・俺は!ハーレム王になりたいんだ!?)
(グオォォォォッ!!ライザー・フェニックス!?貴様のせいで!!!)
一誠の内に居るドライグは、リンディ達が必死に一誠に隠していた事実を知る事になった原因であるライザーに恨みの念を抱いた。
リンディ達が悪魔社会ではハーレムを作ることが出来ると言う事実を一誠に隠していたのは、知れば後先考えずに一誠は悪魔になると分かっていたからだった。女性に対して凄まじく邪で、在る意味純粋な一誠ならば確実にハーレムを作れる悪魔に迷う事無く転生すると分かっていたからこそ、一誠には隠し続けた。ドライグもその辺りを理解していたのでリンディ達の考えに納得して、一誠には隠し続けたのだが、遂に一誠は自身の夢の一つを叶えられるかもしれない場所を知ってしまった。
ゆっくりと一誠は窓枠の方へと歩いて行き、そのまま窓を開けて青空を眺める。
「アァ・・・・・今日は素晴らしく晴れ晴れとした気分だ・・こんな日が来るなんて夢にも思ってなかったな」
「リアス・・・アイツ大丈夫か?」
心の底から嬉しげに青空を眺めている一誠の姿に、マジで引いているとしか思えない表情をしながらライザーはリアスに質問した。
リアスも困ったように一誠の背を見ていると、一誠は真面目な顔をしながら振り返り、ライザーとその眷属の女の子達に目を向ける。
「ライザー・フェニックス!!理解したぞ!!やはり、貴様は部長には相応しくない!!!」
「何だと?」
「ハーレムを既にお前は作っているにも関わらず、部長に手を伸ばしている!つまり、お前!部長と結婚しても他の女の子とイチャつく気だろう!?」
「英雄、色を好む。人間界の諺でも在るだろう?」
「だから!お前は部長に嫌われているんだ!!お前は部長をリアス・グレモリー個人として見ていない!!グレモリー家の次期当主として見ているんだろうが!?」
「クッ、言わせておけば!」
「ライザー様。其処の無礼な人間の言葉を聞く必要は在りません・・人間、それ以上ライザー様への無礼は流石に赦しませんよ」
自身の主であるライザーへの言葉を聞き耐えかねたのか、武道家が使うような長い棒を持った小柄な女の子が、手に持っている棍の先を一誠に向けて構える。
ライザーはその姿に頷くと共に、一誠に向かって棍を構えている女の子に指示を出す。
「ミラ・・其処の人間に悪魔と人間の違いを教えてやれ」
「はい、ライザー様ッ!」
ライザーの指示と共にミラと呼ばれた少女は、一瞬にして一誠の前に移動し、無防備としか思えない一誠の胴体に向かって棍を突き出す。
しかし、棍が一誠の体に当たろうとした瞬間、まるで最初から分かっていたかのように一誠の右手が棒の横に触れて軌道を逸らす。
ーーートン!
「えっ?」
呆気の無いほどに自身の一撃がずらされた事実にミラは呆然とした声を上げ、突き出した体勢のまま一誠のわき腹の横を通り過ぎている自身が握っている棍を見つめる。
一誠はそのままミラが握っていた棍を盾にするように動かして、自身のわき腹の横から棍を移動させるとライザーに目を向ける。
「人間を舐めるなよ、ライザー・フェニックス。必死に努力すれば、悪魔にだって勝てるぜ」
「お前・・・なるほど・・リアスが眷属悪魔候補に選ぶだけあって、ただの『
神器』持ちの人間じゃないようだな」
自身の下僕の中では一番弱いとは言え、それでも洗練された動きで攻撃を逸らした一誠の様子にライザーは僅かに警戒するような瞳を向けた。
その視線はゆっくりとリアスに向き、何かを考え込むようにライザーは顎に手をやる。そして考えが纏まったのか、ライザーはリアスに提案する。
「リアス・・『レーティングゲーム』は十日後の夜に行なおう」
「ハンデのつもりなの?」
「屈辱か?リアス、俺と君では『レーティングゲーム』での経験が圧倒的に違う。何よりもだ。今すぐ初めていきなりだったから負けたなんて言い訳は聞きたくない」
「つまり、十日と言う時間は私に言い訳をさせない為の時間と言う訳ね」
「そう言う事だ。それと其処に居る金髪の眷属悪魔候補も『レーティングゲーム』に参加させて構わない。俺は君が本気で欲しいからな・・負けた時の言い訳など絶対にさせないぞ。それじゃ、十日後に決着をつけよう」
ライザーはそうリアスに告げると共に自身の足元に魔法陣を展開させ、眷属の悪魔達と共に冥界に戻って行った。
それを確認したグレイフィアも頷くと共に十日後の『レーティングゲーム』について考え込むリアス達に気がつかれないようにしながら、オーフィスに近寄って質問する。
「オーフィス様・・・・まさかと思いますが?」
「我は参加しない・・・・さっきのフェニックス気に入らないけど・・イッセーが動くなら我は動かない」
「それを聞けて安心しました」
オーフィスの実力を知っているグレイフィアは、最大の懸念だったオーフィスの『レーティングゲーム』の参加が無い事を知って安堵の息を漏らした。
今回の『レーティングゲーム』はリアスが何とかして勝たなければ意味が無い。一誠の参加は予想外だったが、元々ライザーとリアスでは経験でも下僕の数でも圧倒的に差が在る。一誠一人が加わっても、その差は簡単には覆らないだろう。
何よりも一誠は理解している。リアス・グレモリーが勝たなければ、今回の『レーティングゲーム』は意味が無いと言う事を。その事を悟ったグレイフィアは策を考えているリアスの様子を優しげに眺め、オーフィスはそんなグレイフィアに質問する。
「グレイフィア・・・リアスの婚約反対?」
「お嬢様には幸せになって貰いたい・・それが私個人としての意見です、オーフィス様」
「そう」
グレイフィアの発言にオーフィスは納得したように頷きながら、椅子に座ってライザーとの『レーティングゲーム』に関して考えているリアス達を眺めるのだった。