ライザーとのレーティングゲーム終了後の翌日。
冥界のとある医療施設で治療を受けたグレモリー眷属は、メイド服姿のグレイフィアに『使い魔の森』に行ったきり戻って来ない一誠のもう一人の師である『フリート・アルハザード』を捜索して来る理由の説明を受けていた。
「と言う状態にお嬢様と塔城様は在りますので・・色々と不安は在りますが、兵藤様の師の一人であるフリート様を『使い魔の森』で捜索しなければならないのです」
個室の中で説明を聞いていたリアス、朱乃、祐斗、小猫、アーシア、オーフィスはグレイフィアの説明に納得したように頷いていたが、一誠だけは絶望に染まったような顔をしていた。
そのまま一誠は病室から飛び出そうとするが、グレイフィアがその襟首を瞬時に掴んで逃走を阻止する。
ーーーガシッ!
「何処に行かれるのですか?兵藤様?」
「グレイフィアさん!!お願いですから逃げさせて下さい!!やばい!本当にあの人は不味いですって!!グレイフィアさんだって知っているでしょう!?」
「その気持ちは充分過ぎるほどに分かりますが・・・お嬢様と塔城様のお体に傷痕などを残さない為には・・・フリート様に頼むしかないのです・・・凄まじく不安と遺憾な念は在りますが」
「だったら!!リンディさんに頼んだらどうなんですか!?」
「その件は既に私の方からお伝えしたのですが・・・『ゴメンなさい、一誠君に任せるわ』と言うお言葉が返って来ました」
「おぉぉぉぉまぃぃぃぃがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!」
フリートに対する絶対的な抑止力であるリンディからの伝言に一誠は心の底から絶望に染まった声を上げて、項垂れながら床に両膝を着いた。
そのライザーに対しても果敢に挑んだ時と明らかに違う一誠の様子に不安を覚えたリアスは、恐る恐る椅子に座ってドーナッツを食べているオーフィスに質問する。
「ねぇ、オーフィス?」
「何?」
「・・・イッセーのもう一人の師ってどんな人なの?」
「楽しい。見ていて飽きない。特にリンディとの掛け合いは何時も楽しい」
そうオーフィスは自身が抱くフリートに対する考えをリアス達に告げるが、リアス達は疑問だけが募る。
絶望している一誠の様子から考えればとんでもない人物なのは分かるが、それがどう言う形なのかが全く分からない。伝え聞く一誠からの情報では地獄に等しい訓練を課している人物らしいのだが、その人格像が全く分からないのだ。実際に説明出来る人格像でもなく、また説明したくも無い人格を持っているが、一言でフリートを表すならば“研究狂”。それが最もフリートの人格を表せる言葉だった。
「アーシアはそのフリートって人には会った事無いの?」
「はい、私が良く会うのはリンディさんだけで・・たまにですけど、ルインフォースさんって言う人に会うぐらいです。フリートさんって言う人とは会ったことは在りません」
「本当にどんな人なのでしょうかね?」
「一誠君・・どうしてそんなに絶望したような顔をしているんだい?」
「先輩?」
それぞれが抱いた疑問の答えを求めるように一誠に目を向けると、一誠は青褪めた顔をしながら説明する。
「俺の先生・・フリートさんは冥界で簡単に言えば、“プライベートの時の四大魔王様が常に暴走状態で暴れているような人”なんです」
『・・・・・・・・えっ?』
プライベートの時の四大魔王の酷いぐらいの軽さを知っていないアーシアを除いたリアス達は信じられないと言うように声を上げ、グレイフィアに目を向けると、グレイフィアは一誠の言葉に同意するように深々と何度も頷いていた。
「フリートさんの性格は一言で言えば『研究狂』。欲望とかが全部研究に向いている人で、常識を理解しても真っ向から粉砕する人なんです」
「加えて言えば、魔王様方の個人的な欲求にも進んで協力するような人物で、一番酷かったのは『セラフォルー・レヴィアタン』様の願いを叶えた時でした。その時は妹君である『ソーナ・シトリー』様が三日三晩寝込んだほどです」
「・・そ・・そう言えば・・一時期ソーナが学校を三日休んだことが在ったわね。あの厳格で規律を重んじるソーナが休んだほどだったから何か在ったとは思ってたけど・・まさか、一誠のもう一人の師が関係していたなんて」
「その他にも彼女は色々と各勢力に対して動いている人物です。一部の者からは『暴雨風を巻き起こす天災』とまで言われている人物なのです。とは言っても性格には非常に難が在る人物ですが、腕は超一流なのは間違いありません。兵藤様を鍛えたのは紛れも無く彼女なのですから」
大変遺憾ながらもグレイフィアはフリートの実力を認めていた。
色々とプライベートではリンディと同じように困らされているが、フリートのおかげで環境の問題は出来るだけ早期に解決し、農作物などの発展にも助けられている。とある最上級悪魔であるドラゴンは、フリートから提供された情報のおかげで『ドラゴンアップル』と呼ばれる果物の人工栽培が進んだ。
その他にもフリートは医療関係に協力している。このおかげでレーティングゲームで怪我を負った時に早期治療も飛躍的に向上した。
「今回のお嬢様と塔城様の怪我を完治させるには、やはりフリート様の協力が必要なのです」
「あ、あの!私の力じゃ、駄目なんですか?」
「通常の怪我ならばアーシア様のお力で完治出来ますが・・・今回は『赤龍帝』と言う伝説のドラゴンの力が関わっています。治療を行なって完治出来たとしても痕が残る可能性が高いと判断されました」
「そ、そうなんですか」
「アーシア・・落ち込むこと無い。今回は特別なだけ」
自身が力になれない事に落ち込んでいるアーシアを元気付けるようにオーフィスは声を掛け、アーシアの顔に僅かに元気が戻った。
そして一誠も自身の力でリアスと子猫がそのような状態になった事を理解し、フリートを捜索するしかないのだと悟った。
「俺の力のせいだし・・・分かりました、フリートさんを捜索して来ます」
「イッセー君、なら僕も行くよ」
一誠の言葉に続くように全身に包帯を巻いている祐斗が椅子から立ち上がって声を掛けた。
「僕の傷はアーシアさんのおかげで殆ど完治しているし、『使い魔の森』には獰猛な生物も居るからね」
「私も参りますわ。少し筋肉痛が在りますけど、戦えないほどでは在りませんから」
祐斗に続くように朱乃が椅子から立ち上がった。
限界を超えた力の強化でダメージを負った朱乃だが、今はアーシアの治癒の力のおかげで回復している。ベットに横になっている小猫も行きたそうな顔をしているが、一番この場で重傷のままなのは小猫であり、今もベットから起き上がることが出来ない。故に小猫は一緒に行くのを我慢した。
そしてアーシアとオーフィスも付いていくというように椅子から立ち上がって意思を示す。
残されたリアスとしては自身の眷属である小猫の事も在ってついて行きたいのだが、自身も小猫と同じように右腕に『聖水』を浴びたので病院から出る事は出来ない。
「・・祐斗、朱乃、アーシア、オーフィス、そしてイッセー・・今回はお願いね」
『はいっ!!」
「ん、任せる」
リアスの願いに一誠達は頷きながら答え、そのままフリートが居る筈である『使い魔の森』へと向かったのだった。
うっそうと茂った深い森。背の高い木々が多く、日の光も余り届かないために人間である一誠とアーシアは懐中電灯を持ちながら辺りの木々を見回していた。
「く、暗いですね」
「悪魔である私達は困りませんけど、一誠君とアーシアちゃんには確かに光が必要ですわね」
森の暗さに不安になっているアーシアは一誠の上着を掴みながら体を震わせ、朱乃は森の木々を見回しながら森についてアーシアに説明する。
「この森には私達悪魔の使い魔となる生物達が沢山住んでいますの、私と祐斗君もこの森で使い魔を手に入れましたわ」
ーーーポン!!
朱乃はアーシアに説明しながら自身の右手に手品のような音と共に、自身の使い魔である手乗りサイズの小鬼を召喚した。
それに続くように祐斗も自身の肩に小鳥を出現させ、朱乃の小鬼と共に森の中に放つ。『使い魔の森』はかなりの大きさを持ち、同時に深い。その場所から一人の人物を探し出すのは難しいので、少しでも捜索の手助けと思い二人は使い魔を呼び出したのだ。
「確か、蒼い髪をポニーテールにして纏めている赤い瞳の女の人だったよね?」
「あぁ、そうだ・・後、何時も白衣を好んで着ているぞ」
「とは言っても特徴が在ったにしても、『使い魔の森』の中から探し出すのは難しいですわね。イッセー君、オーフィスちゃん、何かそのフリートさんと言う人物と連絡を取るか、呼び出す方法は在りませんか?」
「在るには在るんですけど」
「今回はリンディが駄目って言ったから無理」
フリートを呼び出すのは実際のところ凄まじく簡単だった。ただ『リンディが怒っている』と叫ぶだけで、フリートは一瞬で一誠達の前に現れるだろう。だが、今回はその手段が使えなかった。
何せリンディから絶対にその手段を使うなと厳命されているのだ。リンディを怒らせることだけは絶対にしたくはない一誠とオーフィスは即座に頷いて了承した。故にフリートを呼び出す手段が今回は使用出来ない。
それ故に当ても無く使い魔の森の中を捜索するしか方法が今回は無いのだ。その為には少しでも情報を集めるしかないと判断したオーフィスは、抱いていたベルフェモンをアーシアに預けて地面に手をついて小さな蛇を十匹ほど呼び出す。
ーーーポン!!
「我も力を貸す・・フリート捜索、行く!」
オーフィスの指示に即座に蛇達は頷き、森の奥の方へとそれぞれ散って行った。
それをオーフィスの代わりにベルフェモンを抱きながら見ていたアーシアは、オーフィスにも使い魔らしき者が居た事に驚く。
「オーフィスさんも使い魔が居たんですか?」
「似たようなもの」
アーシアからベルフェモンを受け取りながらオーフィスは答えた。
ともあれ、少しでもフリートの捜索の助けが増えた事実に一誠達は喜びながら深い森の中を進んで行く。
「・・・・しかし、木場も朱乃さんもどうやってこんな深い森の中で使い魔を手に入れられたんだ?悪魔だからって、こんなに暗い森の中じゃ生物を見つけるのも大変だぞ?」
「僕らの時は案内役の人がいたんだよ」
「『ザトゥージ』と言う方でして、使い魔マスターを目指している悪魔ですわ。この森の案内役の方としては助けられていますの。ただ困った面も在りまして、自分でも手に入れられない使い魔を進めて来ます」
「ヒュドラとか、龍王の一角『
天魔の業龍』のティアマットとかね」
「ブゥッ!!」
祐斗が告げた名前に一誠は噴き出した。
ヒュドラと言えば悪魔さえも殺す猛毒を持っている上に、凄まじい獰猛さを持っている蛇。もう一体の方の龍王の一角『
天魔の業龍』のティアマットはどう考えても魔王級の力を持っているドラゴン。どちらも危険極まりない生物である。
特に『
天魔の業龍』のティアマットの方は一誠にとってかなり不味い。何せ以前一誠はそのティアマットが内に居るドライグを嫌っていると言う話を聞いたことが在った。出会えば確実に襲われると感じた一誠は絶対に近寄らないと決意するが、オーフィスが何かに気がついたように顔をとある方向に向ける。
「あっ、蛇の一匹が巣で寝ているティアマットを見つけた・・起こしてフリートの事を知らないか聞いてみる」
「止めて!!止めて!!オーフィス!!俺襲われるから!!龍王に名を連ねているドラゴンに襲われるなんてやだから止めて!!」
出会いたくない龍を呼ぼうとしているオーフィスを一誠は必死に止めた。
最強のドラゴン
『無限の龍神』であるオーフィスは気にしないが、一誠は龍王に追われるのは絶対に嫌だった。故に必死にティアマットと会話しようとしているオーフィスを説得し、最終的にティアマットには触れない方向で決まった。
祐斗と朱乃にしても流石に龍王に話を聞くと言う勇気は湧かず、オーフィスの説得に成功した事に安堵の息を漏らすが、同時にやはりオーフィスは伝説の
『無限の龍神』では無いのかと考える。
(でも、伝承とは全然違う性格な気がするけど)
(こればかりは本人に出会った事が無い私達には分かりませんわね)
そう一先ずオーフィスに対する判断を保留にして一行は森の中を進んでいると、祐斗の小鳥が森の奥から飛んで来る。
「ん?おい、木場・・アレってお前の使い魔じゃないか?」
「間違いないね。何か見つけたのかもしれない」
漸く手掛かりらしきものが得られたかもしれないと一誠達は喜び、祐斗の使い魔である小鳥の後を足元に注意しながら追いかける。
そして茂っている草木を掻き分けながら進んでいると、岩陰に隠れるように潜みながら何かを行なっている女性的なシルエットの影を一誠達は見つける。一誠達はその影を警戒するように木々の間に身を隠しながら相手の正体を探ろうと真剣に影の行動を見つめる。
「・・イッセー君。もしかして」
「いや、違うな・・フリートさんだったら俺とオーフィスの接近に気がつかない筈が無い」
「では、一体誰なのでしょうか?」
「・・・・堕天使」
『ッ!!』
オーフィスが呟いた言葉に一誠達は目を見開き、更に注意深く相手の姿を確認すると、確かに背中から堕天使である事を示す黒い翼らしきものが確認出来た。
その事実に祐斗、朱乃は警戒心を強めた。『使い魔の森』は悪魔の領土内。その領土内に敵勢力で在る堕天使が紛れ込んでいる。見逃す事の出来ない事実に祐斗、朱乃はそれぞれ即座に動けるように構える。
一誠の服を握っていたアーシアも、嘗て堕天使の勢力に一時的に身をおいていたので心配そうに堕天使と思われる影を見つめていたが、その後ろ姿に何処か見覚えが在ることに気がつく。
「アレ?」
「どうした、アーシア?」
「い、いえ・・何となく何ですけどね・・何処かであの後ろ姿を見たような気がするんです」
「何だって?」
「とにかく、もう少し近づいてみよう。此処からだと姿も良く確認できないからね」
そう祐斗が全員に向かって提案すると、それぞれ同意するように頷き、気配を出来るだけ押し殺しながら堕天使と思われる影の方へと距離をつめる。
距離が近づいたことによって徐々に堕天使の姿は確認できるようになり、堕天使がゴスロリ服を着ている金髪の女性で在ることが確認出来て、ハンディカメラと思わしき物を片手に持ちながら透明度の高い泉を監視していた。
「全く、何でうちがこんなことをしなくちゃならないのよ」
「ミッテルトさんッ!?」
「ワァッ!!」
背後からの突然の声に金髪の女性堕天使-『ミッテルト』-は驚き、慌てて背後を振り向いてみると、一誠、アーシア、朱乃、祐斗、そしてオーフィスとベルフェモンが自身を見つめていることに気がつく。
「ア、アーシア!!そ、それに!!あん時の小娘と変な生物!!!」
「?・・・・・誰?」
「ふざけんなだし!!アンタのせいで私らはこんな生活を!?」
小首を傾げるオーフィスに完全に自身の事を忘れているのだと理解したミッテルトは、怒りを顕にしながら右手を掲げる。
その様子に朱乃、祐斗、一誠が身構えた瞬間、ミッテルトの左腕に嵌めてある腕輪が輝き、ミッテルトに凄まじい電流が襲い掛かる。
ーーービリビリビリビリビリッ!!
「ギャバァァァァァァァァァァァッ!!!」
『えっ?』
突然ミッテルトに襲い掛かった電流に一誠達は唖然とするが、電流は構わずにミッテルトを襲い続け、数十秒後に漸く止まると共にミッテルトは地面に膝をつく。
ーーードサッ
「・・・ケホ・・・・・・ヒック!ウクッ!!もうやだし!!こんな生活!!帰りたい!!帰りたいよぉぉぉ!!『
神の子を見張る者』に帰りたいし!!フェェェェェェェェェン!!!」
地面に顔を押し付けながらミッテルトは大声で泣き出し、一誠達は困惑したように顔を見合わせる。
そして漸くミッテルトの精神が落ち着いて話を聞いてみると、悪魔の管轄地で勝手な行動を行なっていたミッテルト、ドーナシーク、カラワーナ、レイナーレの四人はフリートの治療を受けた後に堕天使の幹部達の前に連れて行かれ、其処で四人の処罰が取り決められた。
「内容で言えば・・『
神の子を見張る者』から永久追放も在りえたんで、あたしらそうなったら路頭に迷うの嫌だからもう一つの処罰の方を選んだし・・そしてその処罰のせいで今の生活を送っているわけ」
ミッテルトを含めた四人が選んだ処罰の内容は『一年間、フリートの手足となって働く』。
正直言えば、一年間フリートの言う事を聞いていれば晴れて無罪放免になるのだからそっちの方が良いと軽はずみでミッテルトを含めた四人は処罰を選んだ。だが、その結果は言うまでも無く地獄の日々と言う言葉が正しい日々だった。
この『使い魔の森』に発生した大量のスライムを駆逐する為に女性で在るミッテルト、カラワーナ、レイナーレの三人は餌として使用され、更にはフリートの怪しげな薬や道具の実験体。果てには身体検査と言う名の体の調査の日々を送っていた。因みに『使い魔の森』に堕天使を連れて来ることもサーゼクスから許可を貰っている。
「ヒック・・ウクッ・・あの女は悪魔や堕天使なんかよりも悪じゃん・・・シク・・もうお嫁にいけないし・・あたしらもう嫌だよ・・でも、逃げたらこの腕輪から電流が流れる仕組みになっていて逃げられないの」
「アーシアを殺そうとした罰。自業自得」
話を聞いていて漸くミッテルトの事を思い出したオーフィスは、アッサリとミッテルトの泣き言を切り捨てた。
オーフィスにとってアーシアは今では大切な友達である。その友達を殺そうとしたミッテルト達に対して同情すると言う気持ちは無い。寧ろ一年間後には自由になるのだから、精神的な面を除けば破格の条件と言って良いだろう。最もその精神的な面こそがフリートと付き合って行く上で最も重要なことなのだが。
とにかく漸くフリートに繋がる人物と接触出来たのでミッテルトに案内を頼もうとするが、ミッテルトは首を横にふって断る。
「悪いけど・・あたし、此処で精霊の調査をしているところだから案内なんて出来ないからね」
「精霊ですか?」
「そう・・水の精霊ウンディーネのね」
「何ッ!?ウンディーネだって!?」
ミッテルトの告げた精霊の名前に一誠は僅かに喜びを含んだ声で叫んだ。
水の精霊ウンディーネといえば、人間界のゲームやアニメなどでも美人や可愛い女の子として描かれる存在。かなり昔の悪魔が描いた書物にも、美しく清らかな乙女の精霊と称されている。
その精霊を見ることが出来るかもしれない事実に一誠は興奮し、アーシアも書物の中でしか知らない精霊と出会えるかもしれない事実に興奮していると、ミッテルトがハンディカメラを持ちながら監視していた泉が輝き出す。
ーーーポワッ!
「アッ!!ウンディーネが来るし!!」
ウンディーネが現れる兆候が出たことにミッテルトは慌ててハンディカメラを構え、一誠とアーシアも泉に目を向けて見ると光が溢れる。
そして光が消えた後には幻想的にキラキラと輝く水色の髪と透明な羽衣を纏い、馬鹿げた筋肉の上腕に太い足、そして鉄板を仕込んでいるような傷だらけの顔をした巨躯が泉に立っていた。
ーーーゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシッ!!
余りにも幻想的と言う言葉が相応しくない巨躯の出現に一誠は何度も目を擦って、目の前に広がる現実を否定しようとするが、現実は全く変わらなかった。
「なんじゃ!!ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ウンディーネよ。因みに女性体の」
「いやいや、堕天使さん。幾ら何でもそれは嘘ですよね?如何見てもアレは水浴びに来た格闘家でしょう?ウンディーネって言うのはアーシアのような可愛い女の子で、乙女で清く美しい娘でしょう?」
「何時の話をしているのよ?って言うか、ウンディーネがあんな風になったのあんたら人間のせいなんだからね?人間界の自然環境がかなり激変したから、透き通った泉なんて殆ど無くなって、水の魔法も使い難くなったから、打撃力に秀でるしかなかったってわけ」
「ばかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
知りたくも無かった事実を知った一誠は、地面に両膝をつきながら慟哭した。
フリートからかなり昔の悪魔が従えていたと言うウンディーネの姿が映った絵を見せて貰った時、一誠はウンディーネに心の底から幻想を抱いた。しかし、今その幻想は儚いと言う言葉が相応しいほどに粉砕された。
しかも憧れていた幻想を破壊したのは自身と同じ人間達の行為。悔しさから一誠は涙を流しながら何度も地面を左手で叩き、朱乃、祐斗、アーシア、オーフィスは一誠を慰めるように肩に手を置く。
唯一ベルフェモンだけは落ち込んでいる一誠に向かって楽しげに目を細めていたが、自身の視界の中に更に光が入って来る事を確認すると同時に鎖で無理やりに一誠の顔を泉に向ける。
ーーーガチャッ!!
「何をするんだ!!ベルフェ・・・モ・・」
いきなりのベルフェモンの行動に一誠は叫ぶが、その言葉は途中で途切れた。
何故ならば何時の間にか泉には、一体目と同質の体を持った二体目のウンディーネが互いに闘気を溢れさせながら睨みあっていたのだ。
本当に目の前に居る存在は水の精霊ウンディーネである事を理解した一誠は、悲しみに満ち溢れた涙を目から零して嗚咽を漏らす。
「うぅ・・うぉぉぉぉぉん・・・うぅぅっ」
「イッセー君・・何も泣くことは無いんじゃ?」
「木場!!俺は幻想的なファンタジーに憧れていたんだ!?それなのに!?何だよアレは!?何で一番幻想的な美に結びつくはずのウンディーネが漢になっているんだ!?『ミルたん』より酷いぞ!?うおぉぉぉぉぉんっ!!」
「だいじょうぶ。夢が叶うファンタジーもあるよ、きっと」
「ヒック・・グス・・・だったら質問だけど?」
「何かな?」
「有名な雪女は美女だよな?」
『・・・・・・・』
一誠の質問に対して祐斗、朱乃は何も答えずに即座に首を横に向けた。
その反応に自身が望むファンタジーはこの世には無いのだと悟った一誠は更に深く落ち込んでいると、一誠の耳に打撃音らしき音が聞こえて来る。
一体何なのかと一誠が打撃音の方に目を向けて見ると、二体のウンディーネが互いにぶっとい腕で殴り合っていた。太い腕から繰り出される拳は相手の腹部に突き刺さり、或いは突き上げたアッパーが顎を打ち貫く。太い足から繰り出されるローキックが相手の太ももに爆音を鳴らしながら叩き込まれ、愚直なまでの正拳突きが顔面に食い込むと共に互いの穴と言う穴から血が噴き出す。
神秘的だった精霊の泉は、一転して血の香りがする闘技場に変貌していた。
「何してるの?あのウンディーネ達は?」
「縄張り争いよ。或いは溜まっているストレス発散じゃないの?」
「ストレス発散ですか?」
「そう・・アンタらは知らないだろうけど、一時期この森にはスライムが大量発生して、他の生物達のストレスになっていたって訳・・おかげであの女は生物達の治療で忙しくて連絡も取れないのよ」
「フリート・・遊んでたんじゃなかった」
「以外だぜ。てっきり、遊んでいると考えていたのに」
「イッセー君、オーフィスちゃん・・・それはあんまりと言うものでは」
予想が外れて心の底から驚いている様子のオーフィスと一誠の様子に朱乃は困ったように手を頬に置くが、一誠とオーフィスからすれば当然の考えだった。
フリートが連絡を寄越さない時は大抵自身の趣味に没頭している。故に今回もその類だと考えていた為に一誠とオーフィスは心の底から驚いていた。
そしてミッテルトからフリートが生物達の治療を行なっている簡易住居の場所を聞いて、ウンディーネの格闘戦を撮影しているミッテルトと分かれ、一誠達はミッテルトが示した方向に在る筈の簡易住居に向かう。
「それにしても、まさか、アーシアさんに関わっていた堕天使と会う事になるとわね」
「基本的にあの人は悪魔も天使も堕天使も関係ない人だからな。受けた依頼の内容は分からないけど、人手が必要だったからこれ幸いと思ったんだろうぜ」
「後、序でに自分の研究の為。フリートは色々なモノに興味を持っている。堕天使もその一つ」
「最近だとどんな事を調べているんだい?」
「あ〜・・・確か」
「『聖剣』」
『ッ!!!』
オーフィスが告げたフリートの興味対象に朱乃、アーシア、祐斗は目を見開いた。
特に祐斗からはレーティングゲームの時ほどではないが殺気さえも一誠とオーフィスは発していることに気がつく。
ゆっくりと祐斗は何時も口元に浮かべている笑みで自身の殺気を隠し、フリートが居ると思われる森の奥の方に目を向ける。
「へぇ〜・・少し話がしてみたくなったよ、イッセー君の先生とね」
「木場・・言っておくけど、あの人が『聖剣』に興味を持ったのは此処最近だぞ。お前が望む情報を持っている可能性は低いからな」
「分かってるさ・・・それでも僕は少しでも『聖剣』の情報が欲しいんだ」
(やっぱり、『聖剣』絡みで何かあったな木場の奴・・・親しい友人でも殺されたのか?)
悪魔と『聖剣』は最悪の相性を持つ物。『聖剣』に触れただけで悪魔はその身を焼かれ、斬られればその身は消滅してしまう。正に悪魔に対しての究極兵器。『
神器』の中でも『聖剣』ほど悪魔に対して有効な効果を持つ物は限られている。
最も使いこなせる人間は数十年に一人出るか出ないかなので、使い手は殆ど居ないと言うのが現状である。
祐斗の『聖剣』に対する何らかの執着と憎しみは、何か『聖剣』絡みであったのだと一誠は推測しながら前へと進んでいると自身の服を握っていたアーシアが何かに気がついたように声を上げる。
「アッ!!イッセーさん!!あそこ見てください!」
「ん?」
巨木の上の方を指差しながら叫んだアーシアの様子に、一誠はアーシアの指差した方に目を向けてみる。
朱乃、祐斗、オーフィス、ベルフェモンも気になってアーシアが指差す方を見てみると、つぶらな瞳をして輝く蒼い鱗を持ったオオワシぐらいの大きさの生物が巨木の枝の上で羽を休めていた。
「あら?・・・もしかしてアレは『
蒼雷龍』じゃないかしら?」
「間違いない・・『
蒼雷龍』の子供」
朱乃の言葉を肯定するようにオーフィスが頷きながら答えた。
珍しいドラゴンの子供の姿を一誠達が眺めていると、何処からともなく女性と思わしき声が森の奥の方から響いて来る。
『ア〜ア〜〜ア〜〜〜ッ!!!』
「今の声は!?」
「間違いなく・・フリート・・何かして遊んでる」
森の奥の方から聞こえて来た声に一誠とオーフィスは顔を見合わせ、祐斗、アーシア、朱乃は辺りを警戒しながら森の中を見回す。
そして全員が『
蒼雷龍』から目を逸らして辺りを警戒していると、突然に幾つモノ木々から何かが連続して移動しているような音が鳴り響く。
ーーーザザザザザザッ!!
「この音は!?」
「気をつけろ!木場!あの人が近くに居るとしたら、絶対に碌でもない事が…」
「シクシク、そんな風に思われていたなんて・・フリートさん、悲しくて泣いちゃいますよ、一誠君」
『ッ!!!』
突然に聞こえて来た聞き覚えの無い声に祐斗、朱乃、アーシアが目を向けて見ると、自分達の真ん中でハンカチで涙を拭っている蒼い髪に赤い瞳を持って白衣を纏った女性-『フリート・アルハザード』が立っていた。
自分達に全く気がつかれずに接近していたフリートに対して朱乃、祐斗、アーシアが驚きで体が膠着した瞬間、フリートの体が一瞬ブレると共に朱乃、アーシア、祐斗は頭に僅かな痛みを覚える。
ーーープチッ!!
『イタッ!!』
僅かな頭の痛みに祐斗、アーシア、朱乃が頭を手で押さえながらフリートに目を向けて見ると、フリートの手の中には三人の髪の毛らしきモノが握られていた。
それをフリートは白衣の中から取り出した薬品らしき物が入った三本の試験管の中に入れて、何かを確かめるように試験管を振るって反応を確認する。
「ん〜?・・・・・なるほど、なるほど・・・面白い子達みたいですね」
「いきなり何してるんですか!?フリート先生!?」
「見て分からないんですか?髪の毛を抜いたんです」
「そうじゃなくて!!何で木場に朱乃さん!それにアーシアの髪の毛を抜いたんですか!?」
「備えの為です。今この森にはとんでもなく厄介な生物が居るんですよ」
フリートはそう一誠に説明しながら三本の髪の毛が入った色が変わった試験管の薬品をスプレー缶のような物の中に注ぎ、即座にそれぞれの髪の毛を混ぜた薬品を祐斗、朱乃、アーシアに振り掛ける。
ーーープシュゥゥゥゥッ
「これでOK!・・全く、来るのなら事前連絡が欲しいところですよ・・リンディさんも一体どうしたんですかね?」
「あの〜・・・先ほどから一体何を?」
「説明はします、とにかく私が用意した簡易住居に向かいましょう・・・あぁ、そう言えば名を名乗っていませんでしたね・・私の名前は『フリート・アルハザード』。一誠君の先生をやっています!」
そうフリートは朱乃、祐斗、アーシアに向かって楽しげな笑みを浮かべながら自己紹介を行なったのだった。