オカルト部の部室。
その場所で先ほどの急なリンディの悪魔としてのリアスに対する依頼に関して、リアス、朱乃はリンディと話し合っていた。
小猫、一誠、アーシア、オーフィス、そして依頼の中での重要人物で在る祐斗は別室で待機してもらっている。先ずは祐斗の主である自身と『
女王』である朱乃がリンディから詳しく話を聞くべきだとリアスは判断し、互いに椅子に座って向き合っていた。
「それで・・リンディさん・・先ほどの急な祐斗に対する依頼・・・一体どう言うお考えなのかしら?」
「そうね・・・理由は幾つか在るけれど・・一番の理由は・・“邪魔が入ったら危険なのよ”」
『ッ!!』
僅かに冷徹さを込めたリンディの瞳と言葉を聞いたリアスと朱乃は目を見開く。
だが、リンディが祐斗に対して依頼として協力を頼んだのは、リアスと朱乃が告げた理由が一番だった。先ほどのゼノヴィアとの戦いを見ていたリンディは、祐斗が抱いているエクスカリバーに対する憎しみは凄まじいものだと判断した。
その祐斗が街の中にエクスカリバーが在る事を分かっていて止まる筈がない。間違いなく主であるリアスが命じたとしても、祐斗は動く。例え『はぐれ』になると分かっていても、祐斗は動くだろうとリンディは察した。
「彼の抱いている憎しみは、例え主である貴女が止めたとしても止まらないわ・・・もしも今回の件にエクスカリバーが関わっている事を知らなければ止められたでしょうけど」
「・・祐斗は知ってしまった」
「えぇ・・・間違いなく彼は動くわ・・『はぐれ』になったとしてもね」
「ッ!!・・・・そうね・・今の祐斗なら確かにその可能性も在るわ」
リンディの言葉にリアスは悲しそうにしながらも同意し、朱乃も顔を下に俯ける。
二人とも、先ほどのゼノヴィアとの決闘で益々祐斗が抱いていたエクスカリバーに対する憎しみが上がった事が分かっていた。リンディの言うとおり、もはや祐斗は止まらず、例え何が在ってもエクスカリバーを破壊する為に動く。
そうなった時にリンディとしては下手に動かれて自分達の策を潰されるのは不味いし、何よりもブラックが戦っている時に乱入でもすれば、その時に待っているのは祐斗の死しかないのだ。
(ブラックが戦っている時に横槍なんて入れたら、確実に怒るわ。そうなったら大変どころの騒ぎじゃすまない・・被害を最小にする為にも彼の動きは把握して於かないと不味い・・・もしもブラックが戦っている場に何の対処も行なわずに入り込んだりしたら・・・確実に彼は死ぬ・・それだけは絶対に阻止しなければならない)
「・・つまり・・・先に祐斗にエクスカリバーに関わる道を与えて出来るだけ憎しみを制御しようと言う事かしら・・リンディさん?」
「それが正解よ、リアスさん・・・・最もそれだけでは無いけどね」
「どう言う事でしょうか?」
意味深なリンディの言葉に朱乃は不機嫌そうにしながらも質問し、リアスも僅かに興味を覚えたようにリンディに視線を送る。
「・・・・・・・・・今回の件には彼の直接的な仇と呼べる者が関わっているの・・・嘗て『聖剣計画』の被験者だった者達を殺すように命じた張本人が」
『ッ!!!』
告げられた事実にリアスと朱乃は驚愕に目を見開いた。
祐斗を含めた『聖剣計画』の被験者達を殺すように命じた張本人。もしもその者が本当に関わっていると言うのならば、その相手こそエクスカリバー以上の祐斗が憎しみを晴らすべき相手。
一体誰なのかとリアスと朱乃はジッとリンディの言葉を待っていると、リンディは口を開いてその者の名を告げる。
「『皆殺しの大司教』バルパー・ガリレイ・・・その男こそ、『聖剣計画』に於いての最大の悲劇を命じた者。教会から異端の烙印を押されて追放され、今は堕天使コカビエルの下で活動中よ」
「・・・なるほどね。何でコカビエルの下に本来なら使う事が出来ないエクスカリバーを使用できる者が居るのか疑問だったけれど・・これで全部繋がったわ」
「教会から追放されながらも、堕天使の下で研究を続けていたと言うわけですのね?」
「そう・・堕天使の下であの男は研究を続けていた。簡単に言えば、教会の処罰ミスが巡り巡ってとんでもない事態に発展したと言う訳ね」
「・・・・・困ったものだわ」
リアスはそう苦虫を噛み潰したような声を出し、朱乃も怒りを堪えているかのように表情を険しく歪めていた。
教会の身内に対する甘さが、時間をかけて三勢力に影響を及ぼすほどの悪意を育ててしまった。もしもバルパー・ガリレイが追放ではなく処罰を受けていたら、聖剣を巡る戦いは起きなかったかも知れない。
堕天使コカビエルの問題はともかく、エクスカリバーの問題は間違いなく教会の身内に対する甘さが引き起こした事件だった。
「・・・教会は私達を、悪魔を邪悪な存在だと言っているけれど・・・人間の悪意こそが、もしかしたらこの世界で一番の邪悪なのかもしれないわ」
「・・私もそう思いますわ」
リアスの考えに朱乃も自身の過去に起きた出来事を思い出し、憂いを帯びた表情をしながら顔を下に俯けた。
リンディもリアスの意見には自身の過去での出来事を思い出して、内心で同意をしながら話を進める。
「・・リアスさん・・・エクスカリバーが手の届く場所に在る事が分かっている木場祐斗君は、このままだと確実に動くわ」
「・・・・・・分かりました・・・・祐斗の件は依頼として受けます」
「ありがとう」
「リンディさん・・・どうか、祐斗をお願いします」
「私からも・・祐斗君の事をお願いします」
リアス、朱乃はそう告げながらリンディに向かって深々と頭を下げるのだった。
リアス、朱乃がリンディと依頼の件について話し合っている部屋とは別室。
その部屋の中では依頼の件での話が終わるのを一誠、小猫、アーシア、オーフィス、そして祐斗が待っていた。
小猫とアーシアは先ほどの決闘の件が心配なのか、何かを考え込みながら目を閉じている祐斗を心配そうに見つめ、一誠は椅子に座りながらドライグと今後の自分達の行動について考えていた。
(ドライグ・・・・やっぱり、部長は木場の『アルード』への協力を認めると思うか?)
(認めざるをえないだろう。リアス・グレモリーは自身の『
騎士』を『はぐれ』などにしたくは在るまい。勝手に動いて『はぐれ』に成られるよりも、リンディの依頼としての方ならば自分達の利益になるからな・・その辺りも見越してリンディは動いたのだろう)
(流石リンディさんだよな・・・これで俺も少しは動き易くなるぜ・・とは言っても、どうやったらエクスカリバーを木場が破壊出来るかだよな?)
(うむ・・・俺の見立てでも今の木場祐斗の実力では、エクスカリバーを破壊するのは難しい。『
破壊の聖剣』、『
擬態の聖剣』、そしてこの地に在る残りの三本・・・例え一度打ち砕かれ、七つに別れた聖剣だとしても、それぞれの強度はかなりのものだ・・・今の奴の『
魔剣創造』で生み出した魔剣では破壊することは不可能・・・・奴自身の手で破壊出来る可能性が在るとすれば)
「一誠君・・・聞きたい事が在るんだけど?」
何かを考え込んでいた祐斗が目を開けると共に、一誠に顔を向けて質問した。
一誠はその声に祐斗の方に顔を向けて質問を聞くと言うように頷くと、祐斗は口を開く。
「・・・君はどうやって『
禁手』に至ったんだい?」
「・・・やっぱ、それか・・それは俺に聞くよりも、ドライグに聞いてくれ」
予想していた祐斗の質問に答えると共に、左手に『
赤龍帝の籠手』を具現化して籠手に宿っている宝玉を祐斗に向けた。
一誠は『
禁手』に至っているとしても、その理論をフリートやドライグのように知っている訳ではない。その点、ドライグは『
神器』に長い年月宿り、歴代の所有者達が『
禁手』に至る瞬間を何度も見て来たので、『
神器』を解析したフリート以上に説明が出来る。
どんな言葉が来るのか祐斗は静かにドライグの言葉を待ち、小猫、アーシアもドライグの言葉を待っていると、宝玉からドライグの声が響く。
『木場祐斗・・・・・お前が考えていることは大体分かる。確かに『
禁手化』さえする事が出来れば、今の七本に別れたエクスカリバーを破壊出来る可能性は高い。現に相棒が『
禁手化』すれば、現在のエクスカリバーならば砕けるだろう』
「ならっ!」
『・・・・・残念だが木場祐斗・・・・俺の見立てでは今のお前では『
禁手』に至ることは出来ない』
「ッ!!」
『・・嘗て俺が宿る『
赤龍帝の籠手』の所持者達は短期間で『
禁手』に至った。それが当然の事なのだと、俺は考えていた。だが、その考えは今代の宿主である兵藤一誠によって間違った見識だったのだと理解した』
「・・・そのな木場・・歴代の赤龍帝の先輩方は短期間で『
禁手』に至ったけど・・・俺が至ったのは・・少し恥ずかしいんだけど・・・『
赤龍帝の籠手』を使用出来るようになってから『三年後』だったんだ」
『ッ!!』
一誠から告げられた事実に祐斗だけではなく話を聞いていた小猫、アーシアも驚き、頬を恥ずかしそうに掻いている一誠を見つめる。
彼らの考えでは一誠が『
禁手』に至ったのは、早い期間だと思っていた。それだけの実力を一誠はライザー・フェニックスとのレーティングゲームの時に見せたのだから。
『相棒は歴代の赤龍帝の中で、最も才能が無い』
「ひょ、兵藤先輩に才能が無いって、嘘ですよね!?だって!?」
「・・・小猫ちゃん・・本当の事なんだよ・・俺はさ・・フリート先生やブラック師匠が鍛えた人達の中でも、一番に才能が無いんだ。自分でもそれを嫌ってほどに理解させられた」
『塔城小猫・・・相棒には木場祐斗のような剣の才能も、お前のような格闘技の才能も、そして魔力の才能も無い・・その相棒が今の実力を得られたのは、必死と言う言葉では足りないほどの努力を行ない、過酷と言う言葉がダース単位ぐらい必要な訓練を乗り越えたからこそだ。『
洋服崩壊』にしても、相棒はあの技以外に使用絶対禁止を受けている技以外は、殆ど『
赤龍帝の籠手』の力を借りなければ発動さえも出来ない。相棒には本当に才能が無いのだ・・・・・さて、話は戻すが、相棒と出会う前の俺は『
禁手』に至る理由には才能の面も大きく関わっていると考えていた・・・・・だが、『
禁手』に至る為にはそれだけでは足りない。もっと決定的なモノが必要なのだと俺は知った』
「それは何だい?」
自身が『
禁手』に至るに必要なモノの話に進んだことに、祐斗は険しい視線を『
赤龍帝の籠手』の宝玉に向け、ドライグは僅かに声を低くしながら話を続ける。
『・・・知っているだろうが、『
神器』は持ち主の想いを糧に変化と進化を行ないながら強くなっていく。だが、その領域とは別の領域が在る。『
神器』の所有者の想いが、願いが、世界に漂う『流れ』に逆らうほどの劇的な転じ方をした時に『
神器』は『
禁手』に至る。だが、この劇的な転じ方こそが一番の難問なのだ・・・何せ今抱いている感情が劇的に変わらない限り、『
神器』に変化は起こらない』
「・・・つまり・・もしも今僕が『
禁手』に至ることが出来るとしたら」
『そうだ・・・お前が抱いている憎しみを超えた別の突発的な世界の『流れ』に影響を及ぼすほどの感情が生まれる以外に無いだろう。既にお前の『
神器』は憎しみと言う感情を理解している。もはや憎しみと言う感情では、『
禁手』に至れる可能性は低い。お前の憎しみはかなりのものなのに、『
神器』は『
禁手』に至る様子を見せていないのだからな』
ドライグが告げた事実に祐斗は苦虫を噛み潰したような顔をする。
胸の内に宿っている憎しみを捨てるか、何かしない限り、祐斗が『
禁手』に至る可能性は低い。『
神器』の『
禁手』と言う事象自体が、稀有なのだ。裏技や外法と言う手段も確かに在るが、その手段で『
禁手』に至る為には何らかの代償を支払うか、命を賭けなければならない。
それだけ『
禁手化』と言う現象は難しいのだ。嘗てドライグが宿る『
赤龍帝の籠手』の所有者達は一誠よりも才能が在ったのも理由の一つだが、何よりも時代が違うせいで世界の『流れ』に影響を及ぼすほどの感情が発生し難い。一誠が三年ほど『
禁手』に至れなかった原因は其処にある。
『
神器』が『
禁手』に至る為には才能だけでは足りない。世界の『流れ』に影響を与えるほどの切っ掛けが最も重要なのだ。
『相棒が『
禁手』に至ったのは、絶対的な死を前にしても生き延びようとする意思が切っ掛けだった』
「絶対的な死?・・イッセーさんは、そんな危機を乗り越えてあの力を・・す、凄いです」
「はい・・・・尊敬します」
「いや・・その・・・アハハハハハハッ!!」
アーシアと小猫の尊敬が混じった眼差しに、一誠は乾いた笑い声を上げた。
尊敬してくれるのは嬉しいのだが、実際のところは一誠が絶対的な死を前にしたのは完全な自業自得。スケベ心に負けて絶対に裸にしてはならない相手を『
洋服崩壊』を使用し、相手を裸にしてしまった結果、一誠は『
禁手』に至ったのだ。経緯を考えれば歴代最低の『
禁手』までの流れだった。
その事実は絶対に知られてはならないと一誠と、『変態龍帝』の称号だけは絶対に逃れたいドライグは事実は隠しておこうと心に誓うが、その願いはオーフィスの腕の中に居るベルフェモンによって破られる。
「ソイツね・・・・女の人を裸にして怒らせて、『
禁手』に至ったんだよ・・・・最低の変態だよ」
「テメエ!起きてたのかよ!!」
「スピ〜・・スピ〜・・・スピ〜〜」
「コラァーー!!!!」
知られたくなかった事実だけを告げて眠りについたベルフェモンに一誠は怒りの叫びを上げるが、既にベルフェモンは深い眠りの内についていた。
その事実に一誠は怒りを深めるが、すぐさまベルフェモンへの怒りよりも気になることが在って振り返ってみると、先ほどの尊敬の眼差しとは打って変わって軽蔑の眼差しを向ける小猫と、頬を膨らませているアーシアを目にする。
「・・尊敬したのは間違いでした・・最低です」
「一誠さん!どうしてそんなにスケベなんですか!?」
「ゴメンなさい!!」
一誠は迷う事無く小猫とアーシアに深々と頭を下げながら謝罪した。
祐斗はその様子に苦笑を浮かべ、オーフィスは何時もの事だと思いながら腕の中で眠りについたベルフェモンの頭を優しくなで、ドライグは最悪な称号が広まり始めた事実に涙を流す。
そんな風に先ほどまでの暗い空気が一転すると、部屋の扉が開き話し合いを終えたリアス、朱乃、リンディが室内に入って来る。
ーーーガチャッ!
「・・全員居るわね・・・それじゃ結果を話すわ・・今回のリンディさんからの依頼を受けることにしたわ」
「部長!!」
「ただし祐斗!貴方は今回の依頼に関してはリンディさんの指示に従うこと!それと・・・一誠と一緒に動くようにしなさい!」
「俺もですか!?」
元々自身も加えて貰おうと考えていた一誠だが、リアスからの言葉に思わず自身を指差してしまう。
その様子にリアスは僅かに不満が在るような顔をしながら、一誠に対して頷き、その理由を話し出す。
「今回の件に対しては私達に直接的に害が無い限り動けないわ。リンディさんの依頼に関しては、悪魔としての仕事として誤魔化せるけれど、大人数で動くのは無理よ・・だけど、一誠は元々『アルード』に所属している者だから動けるわ」
「だ、だったら!私も!」
「アーシアちゃんは残念ながら駄目ですわ・・先ほどの教会の二人の行動から考えて、アーシアちゃんは彼女達からすれば残念ですけれど、殺す対象として見られています」
「そうなれば、彼女達は私達の敵よ・・私は自分の友達が殺されて黙っていられる性格じゃないわ」
「私も・・そうなったら、彼女達と戦います」
朱乃の意見に続くようにリアスと小猫はそれぞれの意見をアーシアに伝えた。
先ほどのゼノヴィアとイリナの行動から見て、教会は『魔女』と認定したアーシアを殺すことに躊躇う様子は無い。彼女達からすれば、アーシアもまた異端の存在。殺すことに何の躊躇いも抱かないだろう。
「彼女達には一応警告はして於いたけれど、彼女達がその警告を聞き入れてくれる保障は何処にも無いから・・やっぱり、アーシアちゃんは待機ね」
「リンディさん・・そう言えば気になっていましたけれど・・教会側の上位の者達は今回の件の解決を貴女達に依頼はしませんでしたの?『アルード』なら、彼女達以上に早急に動けたと思うのですけれど?」
「・・・・残念だけど、教会側の上位の者達の殆どは私達、『アルード』を嫌っているの。理由は幾つか在るけれど、私達が彼らの神を信仰していない事が大きいわ。教会からすれば自分達にとって重要な代物のエクスカリバーに部外者の私達に関わって欲しくないと言う事よ」
「そう言う理由でしたのね・・納得がいきましたわ」
リンディの説明に朱乃は納得が行ったと言うように何度も頷いた。
それを確認したリンディは関われないことに落ち込んでいるアーシアを一瞥すると、そのまま祐斗と一誠に目を向ける。
「二人には危険だけれども、エクソシストの神父に化けて囮をやって貰うわ。連中の行動範囲は大体絞り込めたから、明日の夜にでもやるつもりだけれど」
「構いませんよ」
「俺も構わないです」
「そう言って貰えて助かるわ・・・それじゃ、明日の夕方頃に迎えに来るから、それまでに準備をしておいてね」
『はいっ!』
リンディの言葉に祐斗と一誠は即座に返事を返し、リアス、朱乃、アーシア、小猫は不安に思いながらも二人が無事に帰って来てくれる信じるのだった。
翌日の昼頃。リンディの指示で一誠は街中に居るであろうゼノヴィアとイリナの捜索を行なっていた。
その目的は決闘の時にリンディがイリナの白いローブに付けた発信機がちゃんと機能しているかどうかの確認の為だった。何せちゃんと発信機をリンディはイリナの着ていたローブに仕込んだ筈なのに、その発信機の反応が昨晩街の公園から出ていた事が判明し、ちゃんと機能しているのかどうか不安に思ったリンディが一誠に調べるように指示を出したのだ。
一誠は渡された機械の液晶画面を見ながら、発信機の反応が出ている商店街辺りを目指していた。
(しかし、本当にどうなってるんだろうな?極秘任務なんだから、ちゃんと費用とか出されてる筈だろう?幾ら合流する予定のエクソシストが殺されているからって、二人にも活動資金は渡されてるだろうに・・・何で公園で反応が出たんだ?)
(分からん・・・もしやホテルに泊まった時の襲撃を恐れたのか?・・しかし、昨日の決闘での二人の性格では、そんな事を気にするようには思えなかったが?)
(あぁ・・俺もそんな気がする)
昨日の決闘とその前の話し合いでゼノヴィアとイリナの性格を、おおよそ一誠とドライグは悟っていた。
それ故に二人が公園で寝泊りするとは考えられなかった。街に在る教会は襲撃の危険が在ると判断して近づかないのは分かるが、それでも公園で寝泊りするのは明らかに可笑しい。まさか、既に敵に襲撃されてエクスカリバーが奪われたのかと心配したリンディが、一誠に確認の指示を出したのだ。
アーシアもついて来たそうだったが、昨夜の話の件で自身が近づいたら話が抉れるかも知れないと心配して、今はオーフィスと共に家で一誠の帰りを待っている。
とにかく二人の確認を急ごうと一誠は足早に商店街を進む。その途中で商店街に買い物に来ていた小猫が一誠に声を掛けて来る。
「あっ・・兵藤先輩」
「小猫ちゃんか・・此処で会うなんて偶然だね」
「はい・・私は買い物に来たんですけれど・・兵藤先輩はどうしたんですか?」
「いや・・ちょっとね」
流石に今回の件に深く関わる事をリアスから駄目と言われた小猫に事情を説明する訳にはいかないので、一誠は言葉を濁した。
その様子に小猫はエクスカリバーの件だと悟り、何かを悩むような顔をしながらも一誠の横に並んで一緒に歩く。
「途中まで一緒に行きましょう・・・戦いに行く訳じゃないですよね?」
「あぁ・・それは安心してくれ・・ちょっと気になる事が在るから、それを調べてくれとリンディさんに言われただけなんだ」
「気になることですか?」
「そう・・確認さえ終わればリンディさんに連絡とって終わりなんだよ・・確認はすぐに終わるだろうか…」
「え〜、迷える子羊にお恵みを〜」
「どうか、天の父に代わって哀れな私達にお慈悲をぉぉぉぉっ!!!」
『・・・・・・はい?』
聞こえて来た声に小猫と一誠は揃って疑問の声を上げ、ゆっくりと声の聞こえて来た方に目を向けて見ると、路頭に迷ったように道行く人々に祈りを捧げる白いローブを着たゼノヴィアとイリナの姿を目にする。
ゼノヴィアとイリナは揃って相当困っていると言うように道行く人々に祈りを捧げるように懇願しているが、人々は奇異の視線を向けるだけで関わりたく無いと言うように通り過ぎて行く。
「・・なんて事だ・・これが超先進国で経済大国の日本の現実か・・・幾ら声をかけても誰も声をかけてくれようとしない・・これだから信仰の匂いもしない国は嫌なんだ」
(いや!普通にお前達の行動は明らかに不審者以外の何者でもないからな!!白いローブ姿で、明らかに刃物が入っていると言わんばかりの白い布で覆われた物を持っているんだから!!)
毒づいているゼノヴィアに対して一誠は心の中で突っ込んだ。
唯でさえ詐欺などが騒がれている社会の中でゼノヴィアとイリナの行動は、怪しい行動以外の何ものでもない。このままゼノヴィアとイリナを放置しておいたら確実に警察が来て職質を受けるだろうと一誠と子猫が頭を抱えていると、ゼノヴィアを慰めるようなイリナの声が耳に届いて来る。
「ゼノヴィア。路銀の尽きた私達はこうやって、異教徒どもの慈悲無しでは食事が摂れないのよ?もう、パンの一つも買えないんだから」
「フン・・・もとはといえば、お前が詐欺紛いのその変な絵を購入するからだろうが?」
その言葉に一誠と子猫はゼノヴィアの指差す方に外国風の人間が貧相な服を着て、頭に輪っからしきものを乗せ、背景に赤ちゃん天使がラッパを持っている絵が壁に立掛けられてるのに気がつく。
明らかに最近描かれて、どう見ても二束三文ぐらいの値打ちもつかない下手な絵に一誠と小猫はまさかと思いながらイリナに目を向けて見ると、イリナが怒ったようにゼノヴィアを睨む。
「何を言うの!この絵には聖なるお方が描かれているのよ!展示会の関係者もそんな事を言っていたわ!!」
(明らかに詐欺だろうがあぁぁぁぁぁっ!!!!)
余りの事実に一誠はイリナに向かって内心で叫んだ。
エクスカリバーが奪われたのかと考えて気になって来て見たのに、実際はイリナが活動資金を使い込んで何処にも泊まることが出来なかったのだと一誠は悟った。
アレが自身の幼馴染の成長した姿なのかと、一誠は思わずその場で膝を屈めると共に頭を抱えてしまう。
「・・ねぇ、小猫ちゃん?・・・・あの二人って、昨日部長や俺達に啖呵を切った二人じゃないよね?世界には同じような顔をしている人間が二、三人いるって言うし・・ソックリさんだよね?」
「・・気持ちは分かりますけれど・・兵藤先輩・・間違いなくあの二人は昨日私達が会った二人です」
「・・何だかさぁ?・・俺が最近会う人間って、アーシア以外にまともな人が居ないんだけれど・・『ミルたん』に『スーザン』・・その他にも依頼で呼び出された人達は変わった人達ばかりだし・・俺何かした?」
「元気を出して下さい」
地面に屈みながら本気で落ち込んでいる一誠の頭を小猫は優しげに撫でた。
この時に道行く人々が一誠と小猫にも奇異の視線を向けていたが、落ち込んでいる一誠と慰めている小猫は気がつかず、物騒なゼノヴィアとイリナの言葉を耳にする。
「・・・絵の事は一先ず於いておくとして・・まずは腹を満たそう。そうしなければエクスカリバーの奪還どころではない」
「そうね・・・それじゃ、異教徒を脅してお金を貰う?主も異教徒相手なら赦してくれそうなの」
「それは完全に犯罪だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
流石に耐え切れなくなった一誠は、イリナの言葉に対して全力で突っ込んだ。
突然の一誠の突っ込みにイリナとゼノヴィアは驚いたように目を見開くが、一誠は深々と溜め息を吐くと共に二人に声をかける。
「ハァ〜・・・これから食事するんだけれど、君達も一緒にするか?」
「ムッ・・・・・良いのか?」
「俺は幼馴染が新聞に載るような事態を起こして欲しくないよ・・いや、本気で」
「イッセー君?・・まさか、食事を奢るからって・・私達に厭らしいことはしないよね?」
「しないっての!と言うか、知り合いが街中でこんな事をやっている方が恥ずかしいわ!!」
『こんな事?』
一誠の言葉にゼノヴィアとイリナは揃って顔を傾けた。
その様子に一誠は自分達が何をやっていたのか分かっていないゼノヴィアとイリナに本気で頭を抱え、小猫は何とも言えない雰囲気に一誠の肩を慰めるように手を置くのだった。