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白き剣姫の聖杯戦争 第三話 〜現代の赤枝の騎士・前編〜
作者:たまも   2012/09/29(土) 01:58公開   ID:79GucnjyPpk
志保とイリヤの邂逅から時は遡る。

彼女達が運命の出会いを果たしたその日、冬木市に足を踏み入れる、ある魔術師の姿があった。

名を、バゼット・フラガ・マクレミッツ。
男物のスーツに身を包み、髪をショートカットにした男装の麗人。
聖杯戦争の為、魔術協会から派遣された、封印指定の執行者である。

バゼットは、深山町と新都を繋ぐ冬木大橋の中ほどを一人歩いていた。

「ふむ、地方都市といっても、存外広いものですね。やはり、一日で全てを把握することは出来ませんか」

溜息を吐き、一人ごちるバゼット。
午前中のうちに冬木市に入り、街の様子を見て回ろうかと思っていたが、少し予定を変えねばならないようだった。

現在の時刻は正午過ぎ。町に入ってから今までずっと町を調査してきたが、中々成果はあがらない。
何故街を調査するのかといえば、街の構造、主要拠点を頭に叩き込むためだ。
理由は言うまでもないと思うが、バゼットは外来の魔術師。冬木の地理に詳しいはずがなく、たとえ地図があるとしても実際に目で見なければ分からないことは多々ある。
無論、地の利だけで勝負が決するわけではないが、例えば逃走時においては街の構造を知っていたほうが有利なのは明らかだ。また相手によっては、地形をうまく活用する者もいる。
故に、事前調査は不可欠なのだ。知らなかったから、調べなかったから負けたでは話にならない。

午前に見てきたのは深山町。主に、冬木の管理者である遠坂邸と御三家の一角である間桐家、柳洞寺の三つ。
一先ず重要なポイントを押さえ、その周りから全体を調べようとしたバゼットだが、それは失敗だった。
先刻も言ったが、冬木は意外に広い。いや、どんな地方都市といえど徒歩で走破するのは無謀だろう。出来なくはないだろうが、横断ではなく至る所を確認する必要があるため移動距離が尋常ではない。

深山町には住宅街が広がっており、他には学校施設と商店街などがある。
先刻述べた三箇所と、凛が通っている穂群原学園、商店街の他には見るべきものがない。が、だからといって住宅街を全く調べない訳にはいかないとバゼットは思い、ある程度の道筋は確認しようとした。

「それにしても、あそこまで注目を集めるとは・・・・・・私もまだまだですね」

バゼットは瞳を閉じ、数十分前の情景を思い浮かべる。

それは、住宅街を調べているときのことだった。
どこからともなく浴びせられる不快な視線。物陰、屋内、至る所から感じるその視線は、不審者に向けられるそれと同じだった。

(まあ、当然といえば当然ですか・・・)

真昼間の住宅街。そこを堂々とウロウロしていれば、警戒されるのは当たり前だ。
暗殺者ように、気配を完全に消すなどの技術でもあればよかったのだが、生憎そんな技能は有していない。素人なりに気配を殺すだけなら出来ないではないが、夜間ならばいざ知らず、昼間では限界がある。
通報されては敵わないし、バゼットはそそくさと退散するよりなかった。
こうして、一旦調査を打ち切ることになったのである。

「なに辛気臭い顔してんだ、バゼット?」

突如背後から聞こえてきた声に、バゼットは驚くことなく緩慢な動きで振り返った。

「・・・・・・無用心過ぎますランサー。誰かに見られたらどうするのですか?」

そう言うバゼットの呆れを含んだ視線の先には、青い装束に身を包んだ長身の男の姿があった。

虚空から滲み出るようにバゼットの背後に現れた彼の正体は、七騎のサーヴァントの一人。槍兵、ランサー。
バゼットのサーヴァントである。

ランサーは武器も持たず、ただ野生的な笑みを浮かべて立っているだけだというのに、異様なまでの存在感を放っていた。
それが、ランサーの英霊としての格の高さを物語っていた。並みの英霊であれば、ここまで異質な気を持つに至らないだろう。
惜しむらくは、聖杯戦争の開催の地が日本であったことか。仮に欧州であったなら、ランサーはもっと光り輝いていたであろうに。

「おいおい、心にも無いこと言うなよ。どうせ、誰も見ちゃいねーよ。お前も分かってるだろ?」

「そういうことではないのですが・・・・・・」

腰に手を当て、問題ないだろう、というランサーにバゼットは嘆息する。
確かにランサーの言う通り、冬木大橋にはバゼットたちの他に人影はなく、何者の気配も感じない。だがだからといって、おいそれとサーヴァントが実体化するべきではない。

キャスターであれば、冬木全体を監視出来たとしても不思議ではない。キャスターでなくとも、バゼット達に気付かれぬように監視することも不可能ではないだろう。

「そういう油断や慢心が敗北を招くのです。無論、どんな敵にも遅れを取るつもりはありませんが、この世界に絶対は無い」

「違いない。が、そう肩肘張ってたって仕方ねえだろ。そんなんじゃ、疲れるだけだぜ?」

厳しい口調で言うバゼットに、ランサーはあくまで飄々とした態度で返す。
そのランサーの表情には、油断や慢心はなく、確固とした自身が満ち溢れていた。絶対に負けない、必ず生き残ってみせるという強い思いが。問題があるとすれば、その根底にあるのが強者との戦いを欲する剥き出しの闘争本能だということか。
武勇を誇る英傑であれば、多かれ少なかれそういう所があるのかもしれないが。

「まったく、貴方という人は・・・・・・」

バゼットは、言葉に呆れを滲ませながらもランサーの言を否定するこは出来ない。
ランサーの言うことに一理あることは理解している。それが、自分を気遣って言っているのだということも。
だが、そんなランサーの甘言を素直に受け入れられない自分がいるのだ。
バゼットにとってランサーは、憧れの存在だった。幼い頃から彼の物語を読み耽り、いつしか憧れを抱くようになった。その勇猛さ、その潔さ、何より、その生き様に。

バゼットは、その憧れの存在に、ランサーに認められたかったのだ。
一人前の、赤枝の騎士として。
自分が彼のマスターであるという事実に多少気後れはする。だが、だからこそ毅然とした態度で向かおうと思ったのに、逆に気遣われては世話がない。
意地になっていることは自分でも分かっていたが、どうしても感情では納得できなかった。

(足手纏い、とまでは思われてないと思いますが・・・・・・肩を並べられる相手には程遠いでしょうね)

「よし。そんなに疲れてんなら、何処かで休もうぜ。向こうの街にはそういう店もあるんだろ」

バゼットが黙していると、ランサーは二カッと笑い、バゼットを置いて歩き出した。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!私は疲れてなど・・・・・・大体、貴方はそんな姿で何所に行くつもりですか!!」

「あ?あー・・・やっぱコレじゃ駄目か。バゼット、まずは服を」

「だから!そういうことじゃありません!!」

荒い息を吐いているバゼットを横目に、ランサーは大袈裟に溜息を吐いて見せた。

「な、なんですか」

「バゼット。いくらお前が疲れてないって言い張ってもな、こっちにはそうは見えないんだよ。仮に体力的に大丈夫だとしても、気疲れってものがある。お前はそれだ」

「な、何を根拠にそんな!」

「それ、だ。気ぃ張り詰めすぎなんだよ。何が原因か知らんが、少しは気を抜け」

ランサーに諭され、バゼットはまたも黙り込む。
不満げな瞳をランサーに向けるが、ランサーは意に返さない。
まぁ、ある程度原因についても察しはついている。自分を見つめる視線がどういう意味か分からないほどランサーは朴念仁ではない。

「分かったら行くぜ。すまんがバゼット、服の金出してくれ」

どうやら、ランサーの中では服を買いに行くことは決定事項らしい。心なしか楽しそうに見える。
バゼットは、仕方ないとばかりに肩を竦め、渋々了承する。

「ええ、分かりました。休憩を取ることにします。服を買うのは・・・・・・ま、まぁ、吝かではないですが、その必要があるんですか?」

「ん?どういう意味だ?」

意気揚々と歩を進めていたランサーは、振り返り首を傾げる。
何か問題があるのか、と視線が語っている。

「ですから、貴方の言い様だと、貴方も私と共に街を見て回るという風に聞こえるのですが」

「駄目なのか?」

「駄目なのかって・・・・・・・・・サーヴァントが現界して堂々と街を歩くなんて前代未聞ですよ」

真顔で言うランサーに、バゼットは呆れ顔。
魔術師であれば、ランサーを見てどんな存在か分かるだろうし、一緒にいるバゼットがマスターであることも露見してしまうだろう。
先程も言ったが、何所に監視の目があるか分からないのだ。
まして、敵のマスターに見つかったらどうするつもりなのか。もしサーヴァントを連れているなら、厄介な事態になりかねない。

そんなバゼットの内心を余所に、ランサーは気にした風でもなく、挑発的な口調で言い放つ。

「いいじゃねえか。下見も大事だろうが、どうせ戦る時は戦るんだ。それとも何か?準備が整ってなけりゃ戦えない性質か?」

「なっ!?そんなことはありません!!いついかなる時でも戦えます。何所から敵が襲ってきたとしても返り討ちにして見せましょう!!!」

バゼットは一息のうちに捲くし立てるように言い切った。
元々、街の調査にした所で危険が全くないとは思っていない。敵に見つかる可能性はあるだろうし、そのまま戦闘になることも考えられた。ただ、そういった危険を冒してでも調査する価値はあると思っただけ。見つかる可能性もそこまで高いものではないだろうし、そこから先は運だ。
たとえ見つかったとしても、それはそれで良し。襲ってくるのなら、返り討ちにするという心積もりだった。
とはいえ、それでも見つからない方が良いのだが。

「ならいいな。なに、堂々としてりゃいい。お前一人で下見するより、二人の方がデートみたいで余程自然に見えるだろうよ」

「デ、デデデデデデデ、デデ、デート!!!???」

ランサーのからかう様な言葉に、バゼットは頬が上気するのを隠せない。最早、正常な判断を下す思考は、バゼットに残されていなかった。

「なに突っ立ってんだ、バゼット。早く行こうぜ」

放心状態だったバゼットは、ランサーのその言葉で我に返り、先に新都に向かっているランサーを視界に入れた。

「ま、待ちなさいランサー!!デ、デートって何を考えているんですか貴方はぁ!?」

バゼットは頬を赤く染めたまま、口元に僅かに笑みを浮かべ駆けていく。

ふと空を見上げれば、雲の切れ間から陽の光が差し込み、細い光の筋が幾条か新都の地表に突き刺さっていた。
これが自然に囲まれた洋館や城であれば映えたかもしれないが、冷たいビル群では幻想的という言葉は程遠い。
それでも、何か特別なモノを感じて、バゼットとランサーは和気藹々と、口論とも思える会話を交わしながら新都へと消えていった。





バゼットが冬木の調査を始めてから二日。少々微笑ましいトラブルはあったが、ようやく大凡の調査は終わった。

現在彼等は、月と星々が瞬く夜空の下、深夜の海浜公園で小休止していた。
暗がりの中で盗人の如く気配を殺し、神経をすり減らして住宅街の調査をしたので、思ったよりも体力を消費していたのだ。

「さて、そろそろ帰りましょうか、ランサー・・・・・・・・・・・・・・・ランサー?」

バゼットは訝しむようにランサーを見る。
ランサーはバゼットから数メートル離れた場所に膝を着き、地面に手を翳していた。その表情は真剣そのもので、鬼気迫るものさえ感じた。

「バゼット」

「は、はい!」

突然名を呼ばれ、反射的に返事をするバゼット。
そんなバゼットには目もくれず、ランサーは立ち上がり、前方を厳しい表情で睨んでいた。その口元には、薄く笑みが浮かんでいる。

「今夜は眠れなくなるかもしれないぞ」

「へ!?」

「こりゃ大物だ。逃す手はないよな」

ランサーに言われ、バゼットはその意味を悟る。少し勘違いしそうになったが、文句を言っている場合ではなさそうだ。

「まさか・・・・・・」

「そのまさかだ。結界が張ってある。恐ろしく高度な奴がな。この向こうに何かがいるとみて間違いない。そいつは」

「マスター、あるいはサーヴァント、ですか。しかし、本当に結界が?私には全く感知できないのですが」

ランサーの言葉を疑う訳ではないが、結界が張ってあるなどとは思えなかった。ランサーに指摘された後でも、そこに結界が、境界があるなどとは認識できない。

「そりゃそうだ。俺だって、たまたま気付いたようなもんだからな。で、調べてみれば案の定って訳だ。正確にいえば、結界自体を感知した訳じゃねえ。感じただけだ」

「何をですか?」

「濃厚な戦の気配、っていやいいのか。とにかく戦場独特の空気がこっちにまで漂ってきやがった。ま、勘みたいなもんだがな」

バゼットは顎に手を添え、考えるような素振りを見せる。

「貴方に言葉を信じるなら・・・・・・結界の中では何者かが戦っていると?となれば、サーヴァントが?」

「そいつは分からねえが、誰かが戦ってるのは確かだ。で、どうするマスター」

バゼットは顔を上げ、真直ぐランサーを見つめる。

「・・・・・・・・・行きますよ。まずは結界の確認、および中にいるモノの確認。マスターとサーヴァントであるなら交戦を許可します。状況次第では即撤退。いいですね?」

「了解だ。マスター」

ランサーは獰猛な笑みを隠さず、その手に紅い魔槍を出現させる。
バゼットもグローブを嵌めて戦闘態勢を整え、ランサーの隣に並ぶ。

「行くぜ」



彼等が境界を越えた先で見たものは、紫の長髪に黒い装束に身を包んだ女性のサーヴァントと黒い外套を羽織った小柄な白髪の少女が、刃を交えている姿だった。



ここに、聖杯戦争の前哨戦の幕が上がる。
ライダーとランサー。志保とバゼット。
最初で最後の戦いが始まる。














NGシーン(舞台裏)

「デ、デデデデデデデ、デデ、デート!!!???」

ランサーのからかう様な言葉に、バゼットは頬が上気するのを隠せない。最早、正常な判断を下す思考は、バゼットに残されていなかった。

「なに突っ立ってんだ、バゼット。早く行こうぜ」

放心状態だったバゼットは、ランサーのその言葉で我に返り、先に新都に向かっているランサーを視界に入れた。

「ま、待ちなさいランサー!!デ、デートって何を考えているんですか貴方はぁ!?」



そんな、冬木大橋でラブコメしてる二人を遠い場所から監視する者があった。

柳洞寺のとある一室。
私室として与えられたその部屋で、キャスターは冬木大橋で行われている痴話喧嘩を辟易した様子で見ていた。

「・・・・・・何やってるのかしら。この子たち」

傷も癒え、すっかり回復したキャスターは、得意の魔術の用いて冬木市全体を監視していた。奇しくもバゼットの懸念は大当たりだった訳である。もっとも、キャスター自身はこの二人をどうこうしようとは思っていない。
ただランサーは厄介なので、さっさと他の組と潰しあってくれないかなぁ、とは思っているが。

「はぁ、もうたくさんだわ。私のことも知らずにイチャイチャしちゃって」

そう言って、キャスターはバゼットたちを監視するのをやめた。魔力は掴んだのだ。また見つけるのは容易い。

それよりもキャスターには気になることがあった。

「やはり昼には見られないようね・・・・・・・・・・・・いったい、何が起きてるの?」

冬木に人知れず、時には人に見せるように現れる謎の影。
その正体は、まだ誰も知らない。

終わり

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