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白き剣姫の聖杯戦争 第三話 〜現代の赤枝の騎士・中編〜
作者:たまも   2012/09/29(土) 02:23公開   ID:79GucnjyPpk
「ん?・・・・・・ッライダー!!!」

ライダーと切り結んでいた志保は、自らが作り出した結界空間内に侵入者が現れたことを感知し、その動きを止めた。
志保は両手に小太刀を持ち、ライダーは鎖のついた釘状の武器を手にしていた。

「どうしたのですか?シ・・・・・・なるほど、そういうことですか」

志保に合わせて動きを止めたライダーも、視界の端に侵入者の姿を捉え、志保と共に無粋な侵入者に目を向ける。

「どうしますか?」

「彼等次第、かな?・・・ま、あの様子じゃ結果は見えてるけどね」

困った様な表情を見せる志保の視線の先には、二つの影があった。
紅い槍を携えた青い騎士。男物のスーツを身に纏った女性。

「マスターとサーヴァント・・・・・・あれはランサーかな?」

「恐らくそうでしょう。アレの相手は私に」

「うん、お願い。とりあえず様子を見てからだけど、適当に戦ったら引くから無理はしないで」

若干強張った顔で言う志保に、ライダーは柔らかく微笑んで、はい、と言うと志保の斜め前へと庇うように歩み出た。

それを見た志保は苦笑を隠せない。
どうやら、緊張を見抜かれてしまったらしい。
それを少し気恥ずかしくは思うけれど、嫌な気はしない。むしろ嬉しいとさえ思う。
そんな場違いな感想を抱きながら、志保は眼前の敵を見据える。

恐れは無い、と言えば嘘になる。

志保が恐れるのは、何よりも自分の死。
そして、それと同じくらい恐れているのが、大切に思っているヒトの死だ。
敵や自分と関わりのない人間が、どれだけ死のうが構わないという志保だが、その対象が身内となると話は別だ。

ライダーと出会って二日ではあるが、ライダーは線の内側、失いたくない側の存在になっていた。
それこそ聖杯戦争を勝ち残り、役目を終えて消えるのも、許容できないほどに。
無論、それが自分のエゴでしかないことは、志保とて十分に理解している。
それでも、消えて欲しくない、生きて欲しいと思う。
随分身勝手ではあるが、それが志保の願いだった。

ただ、それは同時に弱さでもある。
出来ることなら戦わずに済めばいいと、つい都合のいいことを考えてしまう。それがほぼ不可能に近いことを理解しながらも、心の何処かで祈っている。
だがそれは、殺し合いにおいて致命的な隙を、迷いを作る要素になる。それでは本末転倒だ。
ならば、どうするのか。

弱音を吐いた所で、何が出来る訳でもない。何かが、劇的に変わることなどありはしない。
だとすれば、為すべきことは決まっている。
恐れるのではなく、恐れを呑みこんで己の糧とする。
失いたくないから、守る。戦う。

ただ、それだけ。

ひたすらに、信念を貫き通すだけのこと。
酷い矛盾を抱えていても、意思を曲げることなど許されない。
他の何を犠牲にしても、どれだけ歪んでいても、その意思だけは曲げられない。
必要なのは、結果を掴み取る覚悟。それ以外は、何も要らない。

(何が何でも勝つ・・・・・・・・・・・・それが、私の抱く歪みかくご、なんてね)

志保は内心で苦笑しつつ、決意を新たにする。

決して負けない、死なせない。無理だろうが何だろうが、諦めない。その為なら、どんな手段でも講じよう。
たとえ相手を殺すことになろうが構うものか。守るために殺すのは間違っている、なんて戯言を吐くつもりはない。容赦なんてしてやらない。自分達を脅かすのなら、全力をもって排除しよう。

思考を、スイッチを切り替える。
人間から、魔術師へ。

ほんの少し揺らいでしまったが、そんな時間はもう終わり。
答えなど、最初から自分の中にあるのだ。境界の、線の内側の人間が一人増えただけで、何も変わってなどいない。
己の全てを掛けて守り通すだけだ。

そんな想いを胸に、敵とライダーを前にして、志保は不適な笑みを浮かべた。





一方のライダーも、志保と同じ様なことを考えていた。
志保は守るべき存在。我が身を犠牲にしてでも、守って見せると。
違うのは、自身の犠牲を容認していることか。

(まあ、シホは許さないでしょうが・・・)

出逢ってたった二日ではあるが、ライダーは志保の歪みの一部を理解していた。
それは、志保が自身の過去と思いを教えたからではあるが、話を聞いただけでも志保の異常性を感じ取るには十分だった。
ライダーが思うに、志保の在り方は常人と同じように見えて、その実は全く異なる。

死ねない。生きなければならない。死なせたくない。生きていて欲しい。

これらは一見、日常の世界を生きる人間ならば、自殺志願者でもない限り持っていて当然の想いだ。
が、良く見てみるとその違いに気付く。

普通は、死ねない、ではなく、死にたくない。生きなければならない、ではなく、生きたい。

勿論、全ての人間にこれが適用される訳ではないだろうが、大半は当てはまるだろう。
普通の人間は、感じ方はそれぞれ違うにせよ"死"を受け入れている。自分が死ぬということを認めている。
だが、志保は違う。
"生"を義務とし、"死"を拒絶している。
自分は生きねばならず、決して死ぬことは許されない。
それが、志保の根底にある思い。
問題は、そう思い込んでいるのではなく、自身の在り方にまで昇華してしまった事だ。
成ってしまった経緯はどうあれ、こうなってしまっては、もうどうしようもない。
最早、志保の生き方を変えるのは、誰であっても不可能だろう。

そして志保はそういう生き方をしているせいか、人の死、殊更身内の死には敏感になっていた。
自分の身に危険が及んでも省みず、矛盾を抱えてでも、助けようとするほどに。
その原因は、志保の一番身近にいた二人の男の死にあるのだが、それはまた別の話。

ともあれ、そういう訳で志保の生き方は酷く歪だと言えるのである。

ライダーがそれを理解した上で志保を助けたいと思ったのは、過去、ライダーにも死なせてしまった大切な人達がいたからというのが理由の一つ。
それと、もう一つ。



私はライダーにも生きて欲しいんだ、と儚げに笑った志保が、どこか哀しげで独りに見えたから。



それが何故かはライダーにはまだ分からなかったが、その物憂げな表情はライダーの脳裏に深く刻まれた。

何気ない小さな切欠ではあったが、ライダーはその笑顔の中に自分が抱いていたものと同種の、深い哀しみがあるように感じられた。心の奥底で、寂しいと叫んでいるように見えた。

勘違いではないだろう。その姿が、嘗ての自分と重なって見えたのは。

志保を助けたいと思うには、それだけで十分だった。

その時より、ライダーは志保の味方となった。
志保を変えることは出来ないかもしれないが、その哀しみを少しでも和らげることが出来るなら、喜んで力を貸そうと、ライダーは固く心に誓った。

(問題は、私が生き続けなければならないことですか)

一つ息を吸い、ライダーは眼前の敵を睨む。

容易く勝たせてくれる相手ではないだろう。
彼等だけではない。この先の戦いを考えるなら、肉を切らせて骨を断つ、くらいの覚悟でなければ生き残ることすら難しい。
負けられない、なんて甘い覚悟なんかでは・・・・・・いや

(その考えこそが"甘い"のですね。シホを助けるというなら、同じ場所に立つことが大前提。なら・・・・・・)

ライダーは、心を切り替える。

敗北と死は思考の外へ。勝利と生のみを思考の中心に据える。
自身が犠牲になる可能性を切り捨て、生き残る可能性を模索する。
そこに、いかなる矛盾が生じようとも、真直ぐ結果だけを追い求めよう。
どんな状況であっても諦めず、どんな手段を用いてでも、必ず生き残って見せよう。

志保と共にあると決めたのなら、それくらいは当然だ。

そう思うと、ライダーの心は、すっと軽くなった。
今の今まで、思考がぐるぐる回っていたのが嘘のように穏やかだ。

ライダーは、薄く口元に笑みを浮かべる。
志保と同じ境地、とは少し違う気もするが、それでも志保に近づけた気がして、心が昂揚してくるのを感じた。

ああ、これなら大丈夫。迷うことなど、もう、何もない。
己の全てを掛けて、志保を守り通す。ただ、それだけ。

自分よりも後に生まれた小柄な少女に、考え方を変えられるのも悪くない。そんな、もう二度と訪れないであろう不思議な感覚を味わいながら、ライダーは不適に微笑んだ。

偶然か必然か、白と黒の主従は同じ表情で敵を待ち構えていた。





「よう、面白そうなことしてるじゃねえか?」

ランサーは、志保たちから十メートルほど手前で足を止めた。ランサーなら一足で詰められる距離だ。

「第一声がそれ?もう少し違う言葉があるんじゃない?」

志保はランサーを油断なく見据え、挑発的な言葉を口にする。

「そうか?お互い、大体のことは察しがついてると思うがな」

「まあ、ね。でも、確認ぐらいはしておきたいのだけど」

口元に薄く笑みを浮かべる志保を見て、ランサーは獣じみた笑みを濃くする。
どうやら、この状況で憮然とした態度を崩さない志保を気に入ったらしい。

「待ちなさい、ランサー。後は私が話します」

「あ?・・・・・・分かったよ」

後ろで成り行きを見ていたバゼットだったが、その表情は厳しく、それを見たランサーは渋々後ろへ下がった。
バゼットは横目でランサーを一瞥すると、つい口から出そうになる溜息を呑み込んで、志保へ視線を向ける。

「すみません。サーヴァントの非礼をお許しください」

「別に構わないのだけど・・・貴女は?」

志保は、堅い態度のバゼットに多少苦笑しながら尋ねる。

「私は、バゼット・フラガ・マクレミッツ。協会から派遣された魔術師です。以前は、封印指定の執行者をしていました」

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

志保は、まさか本当に名乗られるとは思っていなかった為、間抜けな声をあげ目を丸くする。しかも、素性まで明かしてくるとは予想だにしなかった。
事の真偽は後で調べれば分かることではあるが、何の躊躇いもなく言うあたり、自分に余程自信があるのか、あるいは重度の阿呆か。どちらにしても一筋縄ではいかなそうだと思い、志保は内心嘆息を零した。
まあ、志保にはそれ以前の問題として、バゼットの言葉の中の一部に聞き捨てならないものがあったりしたのだが。

(封印指定執行者?・・・・・・・・・拙いなぁ。仕事じゃなければ問題ないだろうけど、協会に報告されるのは避けないと・・・・・・いっそ殺るか―――いや、私に執行者が倒せるか?)

「シホ?」

「はっ・・・いや、うん。大丈夫、何でもないよ」

ライダーは、呆然としている志保を不審に思い、心配そうに声を掛ける。
対する志保は、慌てて取り繕う様な態度を取る。
ライダーは、何か言いたげな表情をしていたが、状況が状況だけにそれ以上言葉を重ねることはしなかった。

「・・・・・・では、貴女の名前をお聞かせ願っても宜しいでしょうか」

バゼットは、志保が再び意識を自分に向けるのを待って、口を開いた。
その視線は、言外に、私が名乗ったのだからお前も名乗れ、と語っていた。

志保としては、それに応じる必要は感じなかったものの、一応答えることにした。
自分の名など調べようと思えば、いくらでも方法はあるだろうし、知られて困ることもほとんどない。
協会には、いずれ別口で名が伝わる。家を襲撃されるにしても、その方がかえって都合がいい。時間は稼げるかも知れないが、それは遅いか早いかの違いでしかない。
最悪、バゼットが危険だと判断すれば、ここで潰せばいいだけのこと。
だとすれば、ここで雰囲気を険悪にするくらいなら、いっそ教えた方が幾分マシだ。

「・・・衛宮志保。今は、こう名乗っておきましょうか」

悪戯っ子のような笑みと共に紡がれたその言葉に、若干引っかかるものを感じたバゼット。だが、いちいち気にしてもいられない。
まず、訊かねばならないことがある。

「では、ミス・エミヤ。単刀直入に訊きます。この結界を張ったのは貴女ですか?」

「ええ、そうよ」

「何のために?」

「私がサーヴァントとどこまで戦りあえるのか、それを知りたかったからよ。だから、見つからないように結界を張って、彼女に手伝ってもらってたの。予行演習って所かな」

「っな!?」

「ほう・・・」

笑顔で語られた言葉に、二つの声が零れた。
言葉をなくした様な表情のバゼットと、興味深そうな表情のランサーである。
バゼットはランサーを軽く睨むが、当のランサーは何処吹く風。肩を竦めて口を閉ざしている。
仕方なくバゼットは志保へ向き直り、剣呑とした表情で尋ねる。

「正気ですか?一介の魔術師が、英霊に勝負を挑むと?」

「至って正気だよ。これでも私は、多少腕には自信があってね。どこまでやれるか試してみたかったんだ。無論勝てるとまでは思っていないけど、もしある程度通用するなら戦術の幅は広がるし、確認したほうがいいでしょう?」

違うかしら、という表情をバゼットに向ける志保。

バゼット自身、宝具抜きでならサーヴァントとも対等に戦える戦闘能力を有しているからこそ、その言葉には理解できることがある。
戦闘者としては、どこまで通用するか興味はあるし、英霊と実際に拳を交えれば、取るべき行動もおのずと見えてくるだろう。

実際、志保が語ったことは9割ほど真実だった。
説明していないのは、何故この場所だったのかということと、もう一つ。どちらにも共通して言えるのは結界が関係していることだが、そこまで教える義理はない。

「それで、成果はあったのですか?」

「さあ、どうだろうね。試してみる?ミス・マクレミッツ」

両者の間に、一触即発の空気が流れる。
バゼットは無表情。志保は口元は弧を描いているが、目は全く笑っていない。

そんな緊迫した空気を破ったのは、後方で紅い槍を肩に預けて佇んでいたランサーだった。

「そろそろ、そんな茶番は止めにしたらどうだ?」

「っ・・・ランサー?」

戸惑うバゼットを余所に、ランサーはバゼットの前へと歩み出る。

「結界を張ったのがこいつ等、それだけ分かればいい。他にサーヴァントの気配もない。で、マスターとサーヴァント同士が揃っている。となれば、やることは一つだろう?」

獰猛な笑みを浮かべ、槍を構えるランサー。

「シホ、下がってください」

それに即座に反応し、志保を背にして構えるライダー。

「やれやれ、血気盛んとはこのことかな。もし、これが罠だったらどうするつもり?」

呆れた表情を浮かべ、諭すように言う志保。

もしも、志保がアーチャーのサーヴァントなどと協力していた場合、ランサーはかなり不利になる。乱戦に持ち込もうとも、その狙撃能力をもってすれば状況を変えることは容易い。
もっとも、アーチャーのクラスに該当するからといって狙撃が得意とは限らないのだが、可能性があることは変わらない。

しかしランサーは、そんなことは関係ないとばかりに言い放つ。

「罠ごと食い千切るまでだ。第一、こんな場所で、こんな分かりにくい罠を張る意味はないだろ」

自分達の存在に気付いて即興でうち合せをした可能性もあるが、そんな真似をするよりも油断しきった所を奇襲した方が効果的だ。
ランサーとて英雄。気が逸って冷静な判断が出来なくなることはない。

「そりゃそうだ」

そう言って、志保は情けない表情を浮かべて苦笑する。
やはり、予想通りの展開になりそうだ。戦闘は避けられそうもない。

「ライダー」

「はい。予定通り、ですね」

志保とライダーは、たった一言交わしただけで戦闘準備を終えた。





その一方でバゼットも、もう会話は不可能と感じたのか、諦めたように嘆息してグローブを嵌め直す。

「バゼット!」

「わかっています。ランサーはあのサーヴァントを。ミス・エミヤは私が」

「あの御嬢ちゃんにも興味があったんだが・・・ま、了解した」

少し不満そうな声音のランサーに、バゼットは淡々とした調子で告げた。

「そんなに戦いたいなら、さっさとあのサーヴァントを倒してしまいなさい」

その方が私も楽だ、と呟き、バゼットの顔は冷酷な戦闘者のそれになる。

「そうならん事を祈る。それじゃつまらんからな。が、戦るからには殺らせてもらう」

そうして、バゼットとランサーも戦いの準備が整った。





両者睨み合ったまま暫し静寂の時が流れる。
深夜の海浜公園。一切音が無い世界で、最初に動いたのはライダーだった。

「っ――――――!!」

地を蹴り、一直線にランサーに接近する。
続いて、志保とバゼットがサーヴァント達から距離を取った。
英霊同士の戦いを邪魔するつもりはないし、巻き込まれては洒落にならない。

「気をつけて、ライダー」

「頼みましたよ、ランサー」

それぞれの相棒にしか聞こえないように言葉を掛け、魔術師達は共に奔る。

戦闘に巻き込まれる恐れのない位置まで移動した魔術師達は向かい合う。
舞台は整った。ここなら、存分に戦える。
互いを睨みつけ、否が応にも緊張が高まっていく。

封印指定級の魔術師と、封印指定執行者の戦いが始まろうとしていた。





今だ動きの見えない魔術師組みと違って、サーヴァント組みの戦いは熾烈を極めていた。

「そらっ!そんなもんかぁっ!!」

「クッ!?」

先手を取ったライダーではあったが、既に攻守は逆転していた。
次々に繰り出されるランサーの刺突を、ライダーは紙一重で避け刃で弾く。その手数と速さの前に、防戦を強いられ、とても攻勢に転じることは出来ない。
まして、防いでいるといっても、完全に捌いているわけではない。

「うっ・・・!!」

また、ライダーの腕を紅い閃光が掠め、絹のように白い肌に紅い筋が刻まれる。
こうして、防ぎきれずに負った傷は数知れない。そのどれもが掠り傷程度とはいえ、無視できるものではない。傷が積もり重なれば、やがて戦闘に支障をきたすことは目に見えており、そうなれば何時致命傷を負ってもおかしくない。

だが、それでもライダーはよく凌いでいるといえるだろう。
突きとは、点の攻撃だ。
正確な距離感も掴めず、何時攻撃が届くかさえ判然としない。
さらに、ランサーの刺突は正に神速。それを、まるで嵐のような連撃で繰り出してくるという規格外。
時間差で放たれるその刺突は、点ではなくいっそ面の攻撃ともいえよう。

そんなランサーの猛攻を辛うじてとはいえ、凌いでいるライダーの技量と敏捷性も目を見張るものがある。
あるいは、視覚が封じられているからこそ出来る芸当なのかもしれない。

「ハッ!」

一息に襲い掛かる牙は三つ。
どれも同時に現れたように見え、ライダーは二つの点を躱し一つは頬を掠める。

(・・・っこの、ままでは、ジリ貧ですね。ですが・・・・・・)

ライダーは待っていた。
ランサーが突きではなく、槍を横凪に振るうその時を。

ランサーは時折、不意を付くように横凪を繰り出すことがある。その速さも莫迦に出来ないものがあり、直撃を貰えば死鎌の如く命を刈り取ることも出来るだろう。
とはいえ、それは人間であればの話。ライダーも含め、大概の英霊ならば致命傷には程遠い。

(まあ、それでも十分に脅威なのですが・・・)

まともに攻撃を受ければ、姿勢を保つことが出来ずに吹き飛ばされるだろう。
だが、それこそが好機。
勿論吹き飛ばされるつもりはない。受ければ吹き飛ぶなら躱すしかない。その勢いを利用して、一気にランサーから距離を取る。
ライダーが狙っていたのはそれだった。

横凪というのはモーションが大きく、次の行動に移るまで若干タイムラグがある。英霊を吹き飛ばすほどの威力があるなら尚更だ。

ライダーは最初に横凪を躱した時にそれに気付いたが、実行する前にランサーは突きを放っていた。
そう。若干のタイムラグといっても、ランサーはその時間を限りなく零にしている。
つまり、横凪からの追撃が異常に速いのだ。恐るべき技量、槍兵の名は伊達ではないらしい。

(でも、確かに一瞬の隙はある。ならば、やるしかないでしょう)

隙といっても攻撃出来るほどではなく、本当に刹那の間だ。
それでも、その一瞬の隙を利用するしかない以上、泣き言は言っていられない。

いったい何合刃を交わしたか、ライダーは分からない。
苛烈な連撃を何とか凌ぎながら、全身の感覚を研ぎ澄まし、その時を待つ。

そしてついに、その時は来た。

「オラァッ!!」

裂帛の気合と共に振るわれる横凪。

ライダーは慎重に槍の軌道を読み取り、タイミングを合わせ後ろに大きく跳躍するために力を溜め込む。
だが・・・

(遅、い!?)

横凪は、若干勢いが弱く遅い。
おかしいと感じたライダーだが、既に回避行動に移っていたためどうしようもない。
とはいえ、遅いのなら好都合。戸惑いを感じつつも後方へ飛び退る。
筈だった。

「なっ!?」

「せりゃぁ!!」

ランサーは、横凪を放った態勢から即座に身体を捻り、片足を持ち上げる。脚が撓り、流れるような動作で鉞の様な蹴りが、宙に浮いた状態のライダーを捉えた。

ライダーは咄嗟に腕を交差させ、蹴撃を受け止める。

その一撃で数メートル蹴り飛ばされたものの、後ろに跳躍していたことが功を奏したようだ。
威力が軽減され、ライダーは無事足から着地することに成功した。
ライダーは、それからさらに距離を稼ぐため後方へ跳ぶ。

「いい反応するじゃねえか、ライダー」

ライダーがその声の方向に視線を向けると、ランサーが楽しそうに嗤っていた。

ランサーに、追撃を仕掛けようとする素振りは見えない。
どうやら、始めからこうして仕切り直すつもりだったようだ。

(やはり、近接戦では敵うべくもありませんね・・・いえ、それより)

「それほどでもありません。それより、何故私がライダーだと?」

志保は、ランサー達と出くわしてからほとんどライダーとは呼んでいない。幾度か言ったかもしれないが、どちらにしてもランサーたちには聞こえないような小声だ。読唇術でも使えれば分からないでもないが、槍兵が読唇術を嗜んでいるとは考えにくい。

「なに、簡単なことだ。見てくれはアサシンにも見えるが、アサシンが真っ向から俺の槍を捌けるものか。それに、セイバーやアーチャーの動きとも思えんからな。消去法でいえばライダーしか残っていない」

笑みを崩さぬままで言うランサー。
確かに、通常の聖杯戦争で喚び出されるアサシンであれば、ランサーの猛攻に耐え切るのは難しいだろう。何処かの殺人鬼が言っている通り、|暗殺者(アサシン)が真っ正直に戦っては意味がない。彼等は直接的な戦闘能力が三騎士等に及ばないかわりに、気配遮断などの暗殺能力に長けているのだから。
もっとも、どこにでも例外はいるもので、ランサーはこの聖杯戦争中に、そんなイレギュラーと刃を交えることになる。

「なるほど・・・」

そう言いながら、ライダーは考える。
仕切り直すことは出来たが、果たしてこの後どうするか。
真っ向から戦っては勝てないのは既に分かっている。
敏捷性と機動性に自信はあるが、相手はランサー。最速の英霊である。目で確かめた実際のランサーのスピードとから考えると、足で撹乱することは難しい。
せめて、宝具を使えれば、まだ正気はあるのだが。

(しかし、あの子は・・・・・・・・・志保の援護があればあるいは・・・)

ライダーの切り札ともいえる宝具は、使用するまである程度の時間を要する。その隙を逃すランサーではない。志保の援護さえあれば、その時間を稼ぐことは可能かもしれないが、志保はランサーのマスターと戦闘中。とても援護を望める状況ではないだろう。

ライダーが必死に思考を巡らせていると、ランサーがそれを遮るように無情な言葉を紡いだ。

「さて、そろそろ考えは纏まったか、ライダー。次は、最初っから全力で行くぞ」

こちらの思考を読まれた、あれでまだ全力ではなかったのか、という思いが脳裏を奔る。

「っ・・・・・・」

ライダーは、無言で構える。
その間も、思考を続けているが良い手が浮かばない。
焦りばかりが募り、表情にも焦燥が表れる。

ランサーは身を沈め、突撃するために足に力を込める。
笑みはなく、獲物を狩る獣のような冷酷な表情が浮かんでいる。

殺気が充満し、逃げ出したくなるような緊張感が漂う中、二騎の英霊が今正に飛び掛らんと身構える。
互いを観察し合い、仕掛ける機を窺う。

そして、緊張が頂点に達したその刹那、同時に地を蹴った。

しかし、両者が再び激突することはなく、その間に飛び込んでくる人影があった。

それは・・・・・・・・・・・・

「っ!・・・おい、バゼット!?」

「・・・・・・・・・これは」

ランサーは驚愕の表情を浮かべ、ライダーもその人影に驚いている。

その人影とは、口端から血を流し、苦痛の表情を浮かべるバゼットだった。

ランサーは、ライダーを警戒しながらバゼットに駆け寄った。

「無事か、バゼット」

「ラ、ンサー・・・・・・彼女は・・・・・・・・・強い」

苦悶の表情で、切れ切れになりながらもバゼットは言った。
その視線はランサーに向けられておらず、ただ一点を見つめていた。

ランサーも、その視線の先へと目を向ける。

ライダーもまた、ある確信を胸に抱きながら、バゼットを吹き飛ばしたであろう人物へ視線を注ぐ。



「・・・・・・ふぅ、これなら、何とかなりそう、かな?」



そこには、悠然とした態度で妖しく微笑む、傷一つ無い志保の姿があった。



こうして、英霊達の戦いは中断され、一方の魔術師は地に沈み、一方の魔術師は悠然と佇む。
戦いは、終局へ向けて加速していく。
前哨戦の終わりは、すぐそこまで迫っていた。

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