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白き剣姫の聖杯戦争 第三話 〜現代の赤枝の騎士・後編〜
作者:たまも   2012/09/29(土) 03:17公開   ID:79GucnjyPpk
槍兵と騎兵による死闘が演じられていたその頃、魔術師達は両者共に相手を睨みつけ、その場に立ち尽くしていた。
永遠に沈黙が続くかとも思われたが、不意に志保が動いた。

「・・・・・・・・・・・・何のつもりですか?」

眉根を寄せ訝しげに言うバゼット。
心なしか、視線が先程よりも冷たくなっている。だが、それも無理はない。

志保は、両手に持っていた小太刀を二本とも手放していた。
双刀は音を立てて地を転がり、新たな武器を手にすることもなく、志保は無手のまま微動だにしない。

自分から武器を手放すなど、どんな人間でも目を疑うだろう。誰しもがそこにどんな思惑があるのかと、嫌でも考えさせられてしまう。
場面次第では戦闘放棄の意思表示とも取れるが、他にそんな素振りは見えない。

知らず、バゼットの視線の温度は急激に下がっていく。
バゼットの剣呑とした視線を感じた志保は、わざとらしく肩を竦ませ、皮肉めいた笑みを浮かべて告げた。

「別に?貴女程度に武器は必要ないかなって思ったものだから」

その言葉に、バゼットは静かに激昂する。
無表情を装い、奥底から湧き上がってくる怒りを押さえ込む。

初めて会った人間に、あからさまに格下だと言われているのだ。武器なしでも、手を抜いても勝てると。
これで怒らない筈がない。
蛇足になるが、バゼットから見ても志保が思いのほか可愛らしく美人であったことも、それに拍車をかける一因となっていたのはここだけの話。

無論、それが挑発であることぐらいバゼットとて理解していた。
だからこそ、怒りを感じながらも思考の一部は氷のように冷えている。
伊達に封印指定執行者を務めていた訳ではないのだ。
とはいえ、言われてばかりというのも癪だ。口で反撃するくらいなら許されるだろうと、バゼットは言葉に感情を表さないよう起伏のない声で告げる。

「・・・そうですか。ならば、その認識を改めさせてあげましょう。もっとも・・・・・・」

バゼットは拳を振り上げ、腰を落とし構えを取る。
鋭い視線は志保を射抜き、濃密な殺気が辺りを包む。

「・・・その時には、貴女は口を利けなくなっているでしょうが」

「それは・・・・・・楽しみだね」

怜悧なバゼットの眼差しも殺気も何所吹く風。
志保に少しも堪えた様子はなく、相も変わらず口元は弧を描いていた。

「じゃあ、私も・・・」

志保は手を肩の位置まで上げ、握り拳を作りバゼットに向ける。
笑みは浮かべつつも、そこに愛らしさは微塵も感じられない。まともに目を合わせようものなら、その得体の知れない紅い瞳の前に震え上がり動けなくなっていただろう。

「先刻の私の言葉が嘘じゃないって、教えてあげるよ」

バゼットと志保の視線がぶつかる。
最早、互いに交わす言葉はない。

また暫く膠着状態になるかと思いきや、睨み合いもそこそこにバゼットが地面を蹴った。

先手必勝。
無闇な突撃は下策だろうが、バゼットに迷いはなかった。

(仕掛けてくる気配は無い・・・・・・受けに回るつもりですか。しかし、どんな策があるかは知りませんが、攻撃は最大の防御。何を考えていようと、打ち砕くのみ!!)

両手両足にルーンによる強化を施し、立ち尽くす志保に向け疾駆する。

志保はまだ動かない。
その様子に若干不気味なものを感じたが、バゼットは関係ないとばかりに腕を振りかぶる。

ルーンが付与されたその拳は、バゼットの体術と相まって大砲じみた威力を発揮する。
何の防御もせず身体に直撃を喰らえば風穴が開き、顔に直撃すれば相当惨い結果になることは必至。
そんな狂気の砲弾を装填したバゼットと志保の距離は、僅か数メートルまで迫っていた。
一足飛び込むだけで、そこはバゼットの距離。その距離を詰めるだけなら、正しく一瞬で事足りる。

だが・・・

「シッ!」

小さな呼気と共に砲弾を解き放とうとするバゼット。しかし、ついぞ大砲が放たれることはなかった。

「っ!?」

バゼットの体が、唐突に停止する。
いざ射程距離に入らんという刹那、バゼットは動力を奪われ地面に足を縫い付けられた。
何が起きたのか、バゼットには分からない。
ただ、停止する間際、ある言葉を耳にした。

――――――不倶

その言葉はまるで世界に浸透するようで、決して大きな声ではなかった筈なのに、バゼットの耳にもはっきりと届いた。

「――――――金剛」

続けて発せられる言葉。
その意味は分からなかったが、バゼットは確信する。
その言葉こそが、この現状を作り出しているのだと。これは、彼女の魔術なのだと。

「――――――蛇蝎」

三言目で、バゼットと志保の視線が交錯した。

そして同時に、志保は音も無く動く。
空気のような気軽さで、滑る様に白き闇が獲物へと迫る。
立ち尽くすバゼットの正面で、漆黒の外套が翻る。
気配すら感じさせないその姿に、バゼットは咄嗟に反応できなかった。
見えているのに。その姿を確かに視界に捉えているのに、志保が正面にいることを知覚できない。
例えようの無い寒気が奔る。
ここに来て、バゼットは己の失策を呪った。無闇に突貫するべきではなかった。
衛宮志保は、想像以上の曲者だ。
だが、今更それを理解したところで、時既に遅し。

「あ・・・・・・っが!?」

志保の拳は、無防備なバゼットの顎を容赦なく打ち抜いていた。
バゼットとて避けようとした。が、体は思うように動かず、背筋を走る雷鳴のような悪寒によって膠着状態から脱した時には、バゼットは宙を舞っていた。

バゼットは碌な受身を取ることが出来ず、派手に背中から地面に落下する。

(く・・・今のは、いったい・・・・・・?)

苦悶の表情を浮かべながら、バゼットはゆっくりと立ち上がった。
本来なら、先の一撃によって気を失っていても不思議ではなった。志保の身体能力は強化を施した状態であればバゼットにも引けを取らない。
それが立っていられるのは、拳が当たる直前に顔を背け、直撃を防いでいたからだ。

(っ・・・・・・中々いい拳でしたね。長期戦はもう無理でしょう。しかし、短期決戦にしても、先程のアレを攻略しない限りは・・・)

バゼットは思考する。
先の一撃が思いのほか効いており、長期戦は不可能。短期戦を仕掛けるにせよ、無策に突っ込めば先の光景の焼き増しになる。
この場を切り抜けるためには、自分から動力を奪った志保の魔術を看破し打ち破らねばならない。

とはいえ、それは限りなく難しい。バゼットは、先の一連の攻防で何も掴めてはいない。精々、突然体が静止したことくらいしか分からなかった。それが何の魔術かなど、想像もつかない。
空間固定の魔術、ではない。間に合わなかったものの、バゼットは静止状態から蘇生している。
動作を阻害する魔術には違いないだろうが、その効果は絶大だ。鈍くなるのではなく、完全に静止したのだから。

第一、バゼットは手加減などしていなかった。全力ではなかったかもしれない。けれど、本気の踏み込み、本気の打ち込みだった筈だ。
並みの魔術師なら反応は出来ても迎撃はままならず、ましてあれだけの魔術となると起動は不可能に近い。それこそ、キャスターのサーヴァントでない限りは。
ならば、考えられるのは自動迎撃の礼装か、あるいは前もってある程度詠唱を完了していたか。後者ならばともかく、前者であれば途端に旗色は悪くなる。
まあ、たとえ後者だとしても、そんな素振りはまったく見えなかったので可能性は零に近いが。

自動迎撃となると、その条件が鍵になる。それさえ判明すれば対処のしようもあるが、分からなければ何をしても意味はない。
先刻は、志保に接近すると魔術が発動した。仮に距離によって発動するなら最悪だ。恐らく、礼装の起動範囲はバゼットの射程外。

(起動範囲・・・・・・範囲、境界・・・・・・まさか)

バゼットの脳裏に、ある仮説が浮かぶ。もしその仮説通りなら、いよいよ敗北の色は濃くなってくる。
それに、不可解な点はまだあるのだ。
何故、志保の気配を全く感じないのか。見えているのに、そこに存在するという実感が持てないという異常。

(・・・・・・・・・悔しいですが、一旦退くしかありませんね。アレを使うにしても、起動するとは思えませんし。ランサーと合流を・・・)

あるいは、敢えて近接戦を棄て中遠距離戦に徹するという方法もあるが、バゼットの飛び道具といえば辺りに転がっている石や瓦礫を投擲するくらいしかない。
若しくは切り札を使用するという手もあるが、通常状態で使用すれば、それは銃弾と大差ない。威力こそ段違いだろうが、それ以前に気配が全く感じられない相手に中てる自信などバゼットには無かった。身構えてくれるならともかく、切り札は抜き打ちには向かず使用を気取られる可能性が高い。それに気付きながら黙って突っ立っている馬鹿はいないだろう。その点においては銃の方が優秀だ。
まして切り札は銃弾とは違い製造に時間が掛かり、数も少ない。無駄撃ち出来る代物ではないのだ。
それでも何もしないよりはマシなのだろうが、そもそもここで無理に打倒する必要もない。
敵は倒せる時に倒せばいい。退くことは決して恥ではない。

そこまで考えた所で、バゼットの様子を窺っていた志保が口を開いた。

「驚いた、アレから逃れるなんて。まぁ、この程度で終わってもらっちゃ困るけど」

涼しげな瞳をバゼットに向ける志保。
一撃を喰らい大人しくなったバゼットを見て、志保は内心ほくそ笑んでいた。
あの挑発も、多少は効果があったらしい。

と言っても、挑発自体は本来の目的の副産物に過ぎない。より正確に言うと言い訳だ。
志保が小太刀を手放したのには、無論理由がある。

問題は、バゼットが封印指定執行者であるということだった。
つまりは、そこらの魔術師よりも戦闘に特化した能力を有している可能性が高いのだ。戦闘中、下手をして投影品である小太刀が壊されでもしたら厄介だ。
ならばいっそ、小太刀から意識を外させたほうが良い。

その言い訳として、あんな挑発しか思い浮かばなかったのだが、上手い具合に嵌ったようで見事にバゼットは罠に掛かったという訳だ。
さらに、志保は既にバゼットの戦闘スタイルをある程度看破していた。
両手足に付与されたルーン、拳闘に似た構え。バゼットが近接戦を得意とする魔術師であることは容易に想像できた。
ルーン魔術は遠距離戦には向かず、解析してみたところバゼットは拳銃等の近代武器を所持していない。
それ以外に隠し種がある可能性は捨てきれないが、近接戦における志保の優位は変わらない。
志保とて、全ての手を曝け出した訳ではない。

(ま、油断は出来ないけど、反撃の暇さえ与えなければ・・・)

そう、バゼットがどんな力を持っていようと、使わせなければいいだけのこと。
ここからは、志保のターンである。

「では改めてまして・・・」

志保は、紅い双眸に光を宿し、厳かな口調で告げた。



「魔術師、荒耶志保―――――――――――――――――参ります」



言うと同時に、志保は闇に溶けた。

バゼットは志保の言葉の意味を理解する前に、再び地面に叩き伏せられていた。
視界の端に白髪を捉えた時には既に間合いに入られ、拳が顔面を捉えていた。
その間、僅か数秒。一瞬の早業だ。

(―――っ!?)

「おや?」

バゼットが直感的に危険を感じ、体に鞭打って跳ね起きた直後、それまでバゼットがいた地面に志保の拳がめり込んだ。
アスファルトが砕け散り、深く抉られている。

(な、なんて馬鹿力!?・・・・・・あのままだったら終わってましたね)

「まだまだ行くよ?」

「ッチィ!!」

くすくすと笑って、志保は再び闇と一体となる。
バゼットはそれを目で追うが、気配が無いせいか反応が一呼吸遅れる。
完全にバゼットのリズムは崩されていた。

志保が接近すると、再びバゼットの体は動力を失った。静止からの蘇生時間は短くなっているが、それでも致命的な隙だった。
正面から繰り出される拳を防ごうと腕を翳すが、次の瞬間には真横から蹴撃が襲う。
普段だったら引っ掛からないようなフェイントにも翻弄される。
加えて言えば、戦っているという実感さえ持てない。まるで独り相撲だ。
バゼットは、志保に良い様に弄ばれている現状に歯噛みした。

(やはり、こちらから飛び込んでもあちらからでも、同じ・・・)

静止の魔術は、バゼットの予想通り距離によって作用するらしい。
これで、バゼットが志保に近接戦で勝てないことが確定的となった。

「ほら、もう一度!!」

「っぐ!!」

よろめいていたバゼットは、志保の声に反射的に横に跳び退る。
だがしかし、その直後に体が突然停止する。

(迅い!?)

バゼットの瞳に、拳を振りかぶる志保の姿が映った。

「が、っはぁ!?」

志保の拳はバゼットの鳩尾に吸い込まれ、バゼットは数メートル吹き飛ばされた。

(う、くぅ・・・・・・手加減されて、これとは)

あまりの苦痛に嗚咽を漏らしながらも、足を震わせながらバゼットは立ち上がった。
最早、意地といってもよかった。
事実、立っているだけで精一杯だったのだから。

「へぇ。結構タフだね。まだ立てるんだ」

志保は本気で感心していた。殺さないよう加減はしていたが、倒すつもりで打っていたのだ。
恐らく、小細工無しの殴り合いなら敵わなかっただろう。

そんな志保の内心を知ってか知らずか、バゼットは気丈に振舞う。苦痛を堪え、表情に出さないよう憮然とした態度で口を開く。

「それほどでも・・・・・・それより、一つ訊きたいことがあります」

「ん?」

志保は、バゼットの言葉に興味を持ったのか、先を促す。

「その魔術は、結界、ですか・・・?」

若干の黙考の後、志保は口を開いた。
尋ねてはいるが、バゼットは既に確信を得ていると志保は感じていた。なら、教えても教えなくても同じことだ。

「・・・・・・うん、正解。貴女の動きを止めたのは、私の静止の結界」

「っ!?」

バゼットは息を呑んだ。
志保が答えると同時に、志保を囲う三つの円形の文様が浮かび上がった。
地面と空間、平面と立体に作用し、獲物を絡め取る蜘蛛の糸。生物であれば、円を象る線に触れた瞬間に動力を止める"三重結界"。

「・・・なるほど。道理で気配を感じないわけだ。まさか、結界を引き連れて移動するとは」

バゼットの声が震える。
結界とは即ち、動かないものを守る、動くことの無い境界である。それを自身を中心にして連れ歩く、という離れ業を志保は行っている。見えているのに気配を感じないのはその為だ。
こと近接戦において、英霊や死徒等の規格外を除けば、荒耶志保は無敵と言える。

「勝てないはずですね。最悪の相性だ」

そう言いながらも、バゼットは諦めていない。
自身の力で打倒することは難しいが、何も倒す必要など無い。ランサーと合流しても不利は変わらないかもしれないが、撤退なら十分可能だろう。

そんなバゼットを嘲笑うかのように、志保は妖しい笑みを浮かべて言った。

「そうね。でも貴女はよく耐えたから、おまけにもう一つ教えましょうか」

「え?」

「さっき、この"結界"を張った理由を言ったけど、アレね、もう一つあるの。それは、この"結界"の試験運用。それを、今から見せてあげる」

バゼットは一瞬何のことか分からなかったが、直ぐに戦闘前に自分が尋ねた内容だと気付く。
試験運用、という不気味な言葉から嫌な予感だけが募り、生き物としての本能が、逃げろ逃げろと五月蝿く警報を鳴らしている。
だが悲しいかな、まだバゼットはダメージが回復しておらず、満足に動くことが出来ない。

「覚悟はいい?」

志保は掌を前に突き出し、喜々とした声を上げる。
バゼットに否やはない。為す術など、残されていなかった。

「―――――粛」

短く呟き、ぐっと掌を握り込む。
すると・・・

「っづ、ぁ」

バゼットは、突然全身を襲ってきた衝撃に、思わず悲鳴を漏らした。全身を強く打ちのめされて、力なく膝をつく。
目に見えぬ攻撃。
攻撃の正体が何であったのか、バゼットは直感的に悟る。
空間圧縮。
バゼットが立っていた空間を握りつぶすという、非常識な荒業だ。

(馬鹿な。たった、アレだけの動作で・・・!?)

「もう少し、耐えてね」

今正に、倒れ行こうとするバゼットに、志保は非情な言葉を掛けた。
再撃。

「―――――惨」

呟きと同時に、今度は握っていた手を勢い良く開いた。
結果・・・

「っごぁ!?」

バゼットは正面から強い衝撃を受け、後方に大きく吹き飛ばされた。
先刻と同系統の攻撃。
違いは、全方位からではなく、一方向から押し出されるような衝撃。現実には在りえないだろうが、壁が突進してきたようなものだった。
空間干渉という言葉で説明するなら、空間に押し出された、もしくは弾き出されたという所だろう。

「って、ありゃ?」

意図した訳ではなかったが、バゼットが吹き飛ばされたのは、ランサーとライダーが戦闘している最中、しかもその中間だった。
どうやら、バゼットの登場でサーヴァント達の戦闘も中断したらしい。
ランサーがバゼットに駆け寄っている様子を見守っていると、バゼットとランサー、おまけにライダーの視線が志保へ向けられた。

とりあえず、何か言わなければならないような気がして、志保は妖しい笑みを浮かべて告げた。

「・・・・・・ふう、これなら何とかなりそう、かな?」





志保とランサー達に距離は十メートル程離れていた。

「ライダー」

志保に呼ばれ、ライダーは志保の下へと跳躍した。

「大丈夫・・・ではないみたいね」

「申し訳ありません。シホは怪我はありませんか?」

「私は大丈夫だよ」

そう言って笑う志保に、ライダーは安堵した。
ライダーの方は傷だらけだったので、志保は心配していたが。

「立てるか、バゼット」

「ええ。何とか・・・」

バゼットはランサーに支えられ、どうにか立っていられるという有様だった。
そんな状態にも関わらず、二人の志保を睨む視線は鋭く尖っている。
戦意は失われていないようだ。
だが、既に戦局は決している。それを認められないほどランサーもバゼットも馬鹿ではない。
バゼットは撤退をランサーに指示し、その機会を窺っていた。

ところが、その機会は思いもよらぬ形で齎されることとなる。

「えーと・・・ミス・マクレミッツ。提案があるのだけれど?」

「・・・・・・何ですか?」

バゼットは緊張を隠せない面持ちで返す。場合によっては、多少危険を冒してでも強引に離脱する必要が出てくる。

「この辺で分けにしない?その方がお互いのためだと思うのだけど」

「・・・は?」

予想外の言葉に、バゼットは間の抜けた声を零した。

「どういうつもりだ。お前等の方が有利だろうが」

バゼットの気持ちを代弁し、ランサーは不信感を隠さずに言った。
それも当然。
どちらが有利かと問われれば、それは明らかだ。
バゼットが戦力にならないのだから、ランサー一人で戦わなければならない。ランサーだけであれば生き残ることは可能なのだろうが、バゼットを守らねばならない以上、ランサーは思うように動けない。

「いえ、別に。聖杯戦争はまだ始まってもいないのだし、ここで貴重な戦力を失うのは勿体ないでしょう?」

ちなみに、何故志保が聖杯戦争が始まっていない、つまり七人が揃っていないことを知っているのかというと、監督役に直接電話をして確かめたからである。志保と監督役、言峰綺礼は知り合い以上友人未満の関係を築いており、その程度の情報の横流しは可能だった。二人の出会いの話はまたの機会に。

「つまり、俺達に他の組を潰させようって腹か。嘗められたもんだな―――――――次はないぞ」

ランサーは凄みを利かせるが、あまり効果は見られない。
志保は、あくまで飄々とした態度で言葉を続ける。

「それは怖いね。まぁ、当たらずとも遠からずって所かな。少なくとも、私は嘗めているつもりはないよ」

「何?」

「その槍。危ない気がするんだよね。マスターを倒しても、サーヴァントは直ぐに消える訳じゃない。仇討ちくらいは考えるでしょ?」

「ッチ・・・」

図星だったようで、ランサーは苦虫を噛み潰したような表情で視線を逸らした。

「で、どうする?ミス・マクレミッツ」

バゼットは一瞬考えるような素振りを見せたが、返せる答えなど決まっている。
そこにどんな思惑があれ、敗者に選択の余地など無い。

が、実際そう思っているのはバゼット達だけだ。
確かに一見志保達が有利だが、視野を広げてみると話はまた変わってくる。
まず一つとして、ライダーはランサーには勝てない。それは、現状のライダーの身体が物語っているだろう。
今回は偶々マスター側の決着が早かったというだけで、一歩間違えば志保は死んでいた。
更に先ほど志保が言った通り、仮にバゼットが命を落としてもランサーが戦いを止めなければ、その最悪の結果が待っている。
勿論そうなると決まった訳ではないが、危険は少ないほうがいい。

ならば、マスターの命を餌に交渉を試みる、というのが志保の結論だった。
こうなると、マスターは英霊にとって足枷でしかない。
そう。猛犬の枷を外してはいけないのだ。

「・・・・・・その提案、受け入れます」

「そう。良かった。じゃ、先にお暇させてもらおうかな」

その言葉と同時に、周囲を覆っていた結界が消失した。
志保とライダーは踵を返し、あっさりとその場を立ち去った。
次第に背中は遠くなっていき、闇に霞んで見えなくなっていく。
が、志保は唐突に振り返り、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「あ、後ろから刺すとか無しだよ?英霊さん?」

「・・・・・・誰がんなことするかよ」

ランサーはさらに機嫌が悪くなり、横目で志保を睨む。

「その言葉、信じるよ」

対する志保は、楽しそうにくすくすと笑い、そう言い残すと今度こそ闇に消えた。

「・・・貴方の負けですね」

「・・・小娘が」

バゼットが横目で見ると、ランサーは複雑そうな表情を浮かべていた。





「負けて、しまいましたね・・・・・・」

帰宅途中、ランサーに支えれたバゼットは、ぽつりと呟いた。
消えそうな、か細い声だったが、その声はランサーの耳に届いていた。

「なに、次は勝つぞ。必ずな」

「・・・はい。そうですね」

力強いランサーの言葉に、バゼットに自然に笑みが浮かぶ。
温かい気持ちに包まれながら、二人は夜の闇へと溶けていった。





こうして、前哨戦は幕を閉じた。
だが、"現代の赤枝の騎士"は聖杯戦争に参加することなく、冬木から姿を消すことになる。
それを知る者はまだ、誰もいなかった。


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