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白き剣姫の聖杯戦争 幕 間 〜赤の主従〜
作者:たまも   2012/10/12(金) 02:38公開   ID:8YA7Hr6Ij6Y
海浜公園での戦闘から数日後、一月三十一日。
深夜の遠坂邸で、とある儀式が行われようとしていた。

冷たく、静謐な空気が漂う地下室。
薄暗く一切音の無いその空間に、赤い衣服を身に纏った魔術師、遠坂凛が佇んでいた。

凛を中心として特徴的な魔法陣が描かれ、紅い燐光が暗闇を照らす。
詠唱も半ばまで済み、いよいよ佳境。

ここで気を抜く訳にはいかない。決して失敗は許されない儀式なのだ。
凛はさらに精神を研ぎ澄ますため、瞳を閉じる。

「――――――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、
 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら応えよ」

詠唱に呼応するように、地下室内に満ちる魔力の濃度が増していく。
紅い光が荒れ狂い、凛の魔力を根こそぎ奪い取ろうとする。

凛の額に汗が滲む。
自身の生命力が、何者かに食い潰されるような感覚。
そんな感覚に苛まれながら、凛は確かな実感を得ていた。

凛が挑むのは英霊召喚の儀式。
いかに聖杯の補助があるとはいえ、人の身で英霊を召喚するというならこのくらいの代償は当然だ。
逆に、これ程でなければ不安に思ったことだろう。

「――――――――誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者、
 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ」

儀式も大詰め。
閉じていた両目を見開き、慎重に、高らかに、最後の呪文が唱えられる。

「天秤の守り手よ――――――――!」

詠唱の完了と共に、魔力が膨れ上がり、地下室を照らしていた紅い光が爆ぜた。



―――――・・・本来なら、この後サーヴァントが現れて儀式は完了、となるのだが、凛の場合は少しばかり違っていた。



数十分後。遠坂邸の居間。
そこには、荒れ散らかった部屋の掃除・・・いや、修理に勤しむ一人の男の姿があった。

「・・・・・・やれやれ、何で私がこんなことを」

そう文句を漏らしながらも、淀みない動きで瓦礫を片付けているのは、弓兵のサーヴァント"アーチャー"である。
褐色の肌に色が抜け落ちたかのような白髪、精悍な顔つきで猛禽類のような鳶色の瞳を持つ彼は、桁外れの魔力を帯びる存在、紛れも無い英霊であった。
このアーチャーを召喚したのが凛であることは明白だが、何故彼がこんなことをしているのかといえば、単に不運であったとしか言いようが無い。色々な意味で、だ。

まずは、どの様な経緯を経てアーチャーが片づけをしているのか説明せねばなるまい。
そもそも、アーチャーが召喚されたのは地下室ではなく居間。その荒れ散らかった部屋のソファーに、厚顔不遜な態度で座していた。
恐らく、遠坂邸上空に出現し墜落、天井を突き破ったものだと思われる。
そんな経験をしたのは、聖杯戦争史上アーチャーが初めてだろう。

そして、その後駆けつけた凛との口論の末、理不尽にも部屋の片づけを言い渡されることとなった。
アーチャーに非が全くないかと問われれば違うかもしれないが、仮にも英霊に片付けを命じる凛も大概である。
まあ、ある意味、凛に召喚された瞬間から定められた宿命なのかもしれない。
幸運"E"は伊達じゃない。

「しかし・・・・・・凛、か」

アーチャーはそう呟くと、片付けの手を止め先刻のやり取りを思い出す。

遠坂凛。
その名を聞いた瞬間、様々な出来事、思い出が雷光の速度で脳裏に再生された。
遠坂凛という存在、過去、想い、絶望、後悔、怨嗟、希望、そして―――――――――――――

「――――――私が、衛宮士郎に敗けた、だと?」

脳裏に過ぎるのは、荒れ果てたアインツベルン城での決戦。その結末。
衛宮士郎の剣に貫かれる、自分の姿。

潔くその結果を受け入れられるかは別として、確かに、鮮明な記憶があった。
あの剣の感触を、アーチャーは憶えている。衛宮士郎の理想に敗れた事を、朝焼けの中での凛との誓いを、間違いなく憶えている。
その記憶が、とても偽りだとは、幻想だとは思えなかった。

だが、それは本来なら決して在り得ない事だ。
凛との会話では混乱を表に出さないようにしていたが、改めて考えると然しものアーチャーも頭を抱えたくなった。

何故なら、その記憶はこの第五次聖杯戦争の記憶。この先―――――未来で起きた事象の記憶だったのだから。

いったい何故、アーチャーが未来の記憶を持っているのか。

仮説ではあるが、アーチャーには心当たりがあった。

(並行世界の私の記憶、なのだろうな。だが、座に戻れば記憶は記録として処理されるだけの筈だ。仮に本体の私が心変わりしていたなら、こんな疑問を持つ筈が無い。ならば、本体の私はこの記録を閲覧していないということだ。本体のコピー、サーヴァントとして召喚された私がこの記憶を持っているのは不自然・・・・・・・・・・・・が、まあ、イレギュラーとして考えるなら可能性が無い訳ではないか。犯人の目星もついているしな)

サーヴァントの記憶とは、"英霊の座"に在る"本体"の記憶と聖杯によって与えられる情報で構成される。
ここでいう本体の記憶は、大まかに言えば生前の記憶と記録の閲覧による思考のことだ。極一部の英霊を除き、どんな英霊であってもそれは変わらない。
勿論、守護者であるアーチャーも例外ではない。
抑止の守護者として現世に召喚された場合は、意思など存在せず世界の傀儡となって害悪を排除する掃除屋として機能し、座に帰還するとその記録だけが残る。
サーヴァントとして意思を許されていても同じことだ。
いくら意思があるといっても、所詮は分身体。仮初の意思、仮初の肉体に過ぎない。
絶対に、記憶が引き継がれることなど無い。本体が、その記録を蓄積し閲覧するだけなのだ。

ちなみに、その未来の記憶だが、恐らくこの世界の未来ではない。記憶の中のアーチャーには未来の第五次聖杯戦争の記憶がなかった為、その時点で並行世界の出来事であると断定できる。

つまりは、本体が記録を閲覧していたなら、アーチャーが未来の記憶を知らないという事は在り得ない。疑問を持つ筈が無い。
要するに、本体はまだ記録を閲覧しておらず、その記憶は無いという事だ。

だが、事実としてアーチャーには記憶がある。
その理由を無理矢理にでも推理しようとすると、かなり強引で乱暴な説が必要になる。

(端的に言えばイレギュラー。失敗、不完全な召喚による何らかの誤動作、といった所か。召喚時、何かの手違いで余分な記録がダウンロードされてしまった、と考えるのが自然だろうな。思い出せる記憶も穴だらけで、全てを憶えている訳ではない。まあ、事故として片付けるのは少し苦しい気もするが・・・・・・凛だからな。あるいは、"遠坂凛"という名称が|引き鉄(トリガー)になったのも、それに関係しているのかもしれんな)

凛が原因と考えるのは早計かもしれないが、遠坂家の"うっかり"の呪いを嘗めてはいけない。アーチャーもそれは重々承知しているため、無茶な仮説でも否定しきれないのだった。

何にせよ、どんな仮説を立てた所で凛に話すことは出来ない。せめて、敵の情報があれば良かったのだが、生憎とそんなものはなかった。あるのは、印象的な場面とその結果に関する僅かな情報のみ。

それ以外は特に問題はないのだから、黙っているほうが得策だろう。不明瞭な情報を与えて余計な混乱を招くよりは余程いい。万が一問題が発生した場合は考慮する必要があるだろうが、今はまだ、自分の胸に閉まっておこうと思うアーチャーだった。

「ふむ。まずはこの部屋の修繕が先か。朝までに終わらせなければ、何を言われるかわかったものではないな」

そう言って、アーチャーは苦笑を零した。
何せ、口論の末とはいえ、貴重な絶対命令権の一つを"絶対服従"という曖昧な命令で消費してしまったマスターである。
あまり納得はいかなくとも、素直に従っていた方が後のためだろう。

諦めの境地に至ったアーチャーは、それまでの余計な雑念は捨て去り、修繕作業に没頭した。

(どうせなら、荒れる前より清潔感に溢れた空間にしてみせよう)

もしその姿を見た者がいたなら、その瞳はさながら戦場に向かう戦士のような光を宿していた、と語ったことだろう。
ある意味、この荒れ果てた部屋こそが、アーチャーの最初の戦場だった。





翌日。
すっかり元通り、むしろ輝きを増し綺麗になった遠坂邸の居間には、一人紅茶を楽しむアーチャーの姿があった。
勝手に茶器や茶葉を拝借したものの、一仕事を終えたアーチャーならばそれくらいは許されてもいいだろう。
居間を元通りにしたどころか、軽く遠坂邸全体の清掃までこなしてしまったのだから。
本人曰く、つい勢いで、だそうである。

「・・・遅いな」

針が一時間進められていた時計を元に戻し、正常な時間を刻む時計を見ながら呟くアーチャー。
既に太陽は中天を過ぎ、現在時刻はおよそ十四時。

遠坂凛は、未だにベッドの中にいた。
どうも英霊を召喚したことで大分消耗していたらしく、この時間まで起きてこなかった。
アーチャーもそれは理解していたのでほうっておいたのだが、まだ目を覚まさないとなると心配にもなってくる。
かれこれ十二時間以上寝ているのだ。

「かといって、様子を見に行く訳にもいかんしな・・・」

下手をすれば、寝起きの凛に見つかる可能性もある。
この様な場合におけるアーチャーの懸念はよく当たる。たとえ記憶が磨耗していても、身に染み付いた危機感知能力は健在だ。もっとも、生前はその能力を上手く活用することは出来なかったが。

アーチャーがどうするべきかと逡巡していると、何者かが階段を下りて来る音が聞こえた。

(ふぅ、起きてきたようだな・・・・・・・・・そういえば、確か凛は・・・・・・よし)

暫くすると、居間に幽鬼が侵入してきた。
ふらふらと覚束ない足取りのその幽鬼は寝癖もそのままに、一直線に台所を目指していた。

そこへ、アーチャーが牛乳が注がれたコップを差し出す。

「・・・おはようマスター。まずはミルクでも飲んで目を覚ましたまえ」

「・・・・・・ん」

幽鬼、凛はアーチャーには目もくれず、差し出されたコップを無造作に受け取り、一気に飲み干した。

「目は覚めたかね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・んぉあ!?あ、ああアアああ、あ、アーチャー!!!???」

「如何にも、私はアーチャーだが。何だ、君はまたセイバーの方が良かったとでもいうのか?」

不満顔で、わざとらしく肩を竦めて見せるアーチャー。

「んなこと言ってんじゃないわよ!!あ、アンタ、どうして!?」

完全に目が覚めた凛は、物言いたげな表情でアーチャーを指差しながら口をパクパクさせている。
急な事態に頭の回転が追いつかないらしい。
その顔は、羞恥で真っ赤に染まっていた。

「どうして、か。私は、マスターが寝惚けているようなので眠気覚ましにミルクを薦めただけなのだがね。あぁ、勝手に冷蔵庫を漁ったのは謝ろう。家主が起きてこなかったので了解が取れなかったのだ」

「ぐ・・・」

悔しげに口を歪める凛。
他にいくらでも言いたいことはあるのに言葉に出来ない。

どうやら、今回の口論の勝者はアーチャーに決まりそうだ。

「さて、落ち着いた所で朝食・・・いや昼食は何がいいかね?」

「・・・・・・・・・は?」

「材料はそこそこ揃っているが、今から作るとなると簡単なものほうがいいか。炒飯でも構わないか?」

「え?いや、アンタ、作れるの?」

「ああ。それなりの腕前だと自負している。まぁ、君の舌に合うかどうかは保障できかねるが・・・・・・・・・・・・・・・そうだ、君の学校には私から欠席の旨を伝えておいた。何、心配することはない。遠坂家の親戚ということにしておいたからな、安心するといい」

「ああ、そう。ありがと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい!?」

この後、アーチャーVS凛、第三回戦が繰り広げられたことは言うまでもない。



数日後、赤の主従は、青き槍兵と邂逅することになる。
アーチャーとランサー・・・・・・それと―――――――――
残るサーヴァントは、あと、一人。


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>555 様
 ありがとうございます。リアルがちょっとアレなので更新はこれからまた期間が空くかもしれませんが、また応援してくださると幸いです。
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