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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第16話:抱きしめる優しさと支える強さ
作者:蓬莱   2012/09/30(日) 21:54公開   ID:.dsW6wyhJEM
松陽を救出し、銀時の精神世界を後にした銀時ら一行は、現在、銀時らはルビーの先導で第一天のいる精神世界を目指していた。
ちなみに、ホライゾンを除いた武蔵勢の一行は、色々と胃痛で苦しむ時臣をほっぽりだしたままだったことを思い出し、事情を報告するついでに現実世界に一足早く戻っていた。

「…何か、色々と納得できねぇ。何で、俺まで巻き込まれなきゃいけないの。俺は止めたんだぜ。届けようとしただけなんだぜ」
「…いや、本当に巻き込んでごめんなさい、坂田さん」

とここで、ここまでの道中、正純によるお仕置き(メギドラオン)に巻き込まれた銀時は、いつもの天パがより一層もっさりしたような爆裂アフロで不満そうに愚痴をこぼしていた。
まぁ、さすがの銀時といえど、パンツを返そうとしただけなのに、メギドラオンの直撃を喰らえば、愚痴の一つを言いたくなるのも無理はなかった。
そんな銀時に対し、正純のお仕置きに巻き込んでしまった戒は、同じく爆裂アフロ状態で頭を下げながら、申し訳なさそうに謝るしかなかった。

「おいおい、銀時。いくら、シリアスな空気に我慢できなかったからって、セクハラはよくねぇぞ」
「おい、こら、待てよ、全裸。どの形でふざけた事言ってんだ、コノヤロー!! というか、俺は無実だっての!!」
「なぁ、葵。とりあえず、一発殴ってもいいか? いいよな? 良いに決まっているよな?」

もっとも、アーチャーはいつもの調子で笑いながら、不機嫌そうな銀時にむかって軽口を叩いていた。
だが、あくまでお仕置きに巻き込まれただけの銀時としては、全裸姿で街中を歩いたり、ドS幼女にナニを乗せたりなどやらかしたアーチャーにだけは言われたくなかった。
一方の正純、日ごろから、色々とアーチャーに色々とため込んでいるものがあるのか、いつでもアーチャーの身体に叩き込めるように、笑顔で握り拳を固めていた。

「まぁ、この際、正純様に対するセクハラ疑惑は保留しておくとしてしましょう。この爽やか系天然タラシは、何者なのですか?」
「あぁ、そういえば、そうだよな。俺もまだ、戒って名前しか聞いてなかったよな」
「色々と納得できないことが多すぎるけど…彼女の、第一天を知る上では、僕たちの世界の事は、ある程度は話しておくべきだろうね」

とここで、アーチャーの股間に下から突き上げるようなパンチを叩き込んでいたホライゾンは、若干毒舌スキルを発揮しながら、自分の見知らぬ人物である戒に向かって尋ねた。
それは銀時も同じく思っていた事らしく、松陽救出戦においては状況が状況であったため、聞きそびれていたが、銀時達も戒についてはその名前と能力、味方である事以外何も分からないままだった。
そして、銀時らの疑問に対し、ホライゾンの毒舌に若干落ち込みかけていた戒は、気を取り直しつつ、第一天の精神世界へ行くまでに、今後の闘いに必要となりうる事前情報を伝えることにした―――

「そして、この先の闘いの中で、僕達と戦うことになるはずの君達が何と戦おうとしているのかという事も含めて」

―――この聖杯戦争において、最大規模の戦闘となるバーサーカーとの総力戦のために。


第16話:抱きしめる優しさと支える強さ



その頃、現実世界では、キャスターと蓮との戦いを見守っていたランサー達は、蓮にビンタを叩き込みながら現れたマリィの姿を離れた場所から眺めていた。

「あの子から流れ出している魔力、いえ、神気は…!?」
「という事は、あの盛大にビンタをかましたあの子も、神様ってことなのかしらね」
「随分と可愛らしい神様じゃない。ね、アラストール?」
「…」

マリィから周囲にあふれ出す神気を感じ取った浅間は、感じる力の本流の質は違えども、マリィもまた飛び抜けた神格を持っている事に驚いていた。
一方、喜美とは何やら蓮にむかって怒っているマリィの姿を愛らしく思ったのか、微笑ましそうに見ていた。
ランサーも喜美と同じく可愛らしい神様の登場に笑みを浮かべていたが、アラストールとしては、喜美たちのように余裕を保っていられるような心境ではなかった。
確かに、今は味方として助太刀しているが、今後の状況次第では蓮たちが敵に回らないという保証などどこにもないのだ。
今回のキャスターとの戦いにおいて発揮されたその力は、アラストールさえも脅威を感じざるを得なかった。

「なら、私たちもあそこに行こうかしらね」
「待て、ランサー!! まだ、キャスターは健在だぞ」
「心配性なのね、マダオ系堅物宝石。けど、私たちが着くころにはもう終わっているわ」

とここで、ランサーは何を思ったのか、蓮たちのところへ向かい始めていた。
このランサーの行動に、アラストールが慌てて止めようとするのも無理はなかった。
そもそも、マリィの介入で有耶無耶になっているが、未だにキャスターは倒されていないのだ。
アラストールとしては、人類鏖殺という妄執を支えとして戦うキャスターが、蓮たちに追い詰められた事で、自爆同然の攻撃を仕掛けてくる可能性があると警戒していた。
だが、アラストールの言葉に対し、喜美は、前を行くランサーに代わって答えるかのように即座に駄目だしをしつつ、この戦闘が終わるという何やら確信めいた言葉を口にした。
そして、それは、浅間も、喜美と同じく、自分たちが向こうにたどり着くまでに決着はついていると予感していた。

「多分、キャスターを止められるのも、救えるのも、あの人だけだと思います」

そして、その鍵を握る人物―――マリィを真剣な眼差しで見据えながら、浅間は静かに何かを託すかのように言った。



一方、浅間達に期待されていることなど知る由もないマリィの前で―――

「本当にすみませんでした!!」
「うわぁ、必死だなぁ、蓮の奴…あぁ、後ろの随神相まで土下座かよ」
「戦友…」

―――ビンタを受けた頬をはらしたままの蓮は、随神相と一緒に、必死に謝罪と土下座のダブルコンボで只管に謝りまくっていた。
もはや、先ほどまでの神神しさが最底辺まで大暴落した蓮の姿に、司狼とミハエルは若干呆れ返りながら、生温かい眼で見守っていた。
だが、このような事態になったのは、マリィ曰はく、(ほぼ事故同然の)フリン行為に走った蓮に原因があるので仕方がなかった。

「まぁ、そりゃ、幼女を言葉責めした挙句、固くて太いもん(随神相の腕)をブチ込んで黙らせて、御姫様抱っこして助けた巫女さんの尻もんで、乳をガン見すりゃ、そうなるわな」
「司狼!! こっちが必死になって宥めているのに、ややこしくするじゃねよ!! つうか、言葉の選び方に悪意がありすぎ―――蓮!!―――はい…」

とここで、マリィの怒りっぷりに頷いた司狼はかなり脚色を交えながらも、的確に蓮のフリン行為を簡単に解説した。
相棒である司狼のまさかの裏切り行為に怒った蓮は土下座していた顔を上げて、司狼にむかって抗議した。
だが、話はまだ終わっていないと主張するようなマリィの一声で、蓮は情けないほど弱弱しい声で返事を返すと、再び土下座体勢を維持し続けるしかなかった。
とはいえ、蓮たちとしても、いつまでも、このやり取りをしている状況ではなかった。

「ふぅ…それで、あの娘はどうするつもりだ? まだ、決着はついていないぞ」
「…大丈夫だよ。多分、あの子は分からなくなっているだけだから。本当に自分がしたいことも、自分自身の願いも…だから―――」

とここで、戦友に助け船を出すために、ミハエルがため息をつきながら、親指で自分たちの後ろにいるキャスターを指さした。
キャスターは、もはや戦う事さえままならない満身創痍の身体を、狂気の域にまで達した執念だけで無理やり立ち上がらせていた。
だが、マリィは、見る者を震え上がらせるキャスターを、胸が締め付けられるように痛々しく思った。
マリィからすれば、今のキャスターの姿は、まるで何かを見失って、訳も分からずに、ただ必死になって泣き叫ぶ子供のようにしか見えなかった。
だから、マリィは、何かを決意した表情で、ミハエルに言葉を返しながら、心配そうに自分を見る蓮にむかって答えた。

「―――私があの子を救うから…私に任せて、蓮」
「ああ、分かった、マリィ…頼んだぞ」
「うんv 後で、香純達も話があるみたいだから、覚悟してねv」
「うわぁ…」

心配しないで、大丈夫だから―――柔らかな笑顔で答えるマリィに、こうなったら止められないと悟った蓮はマリィに託すことにした。
不安がないと言えば嘘になるが、蓮はそれ以上にマリィの事を信じていた。―――なぜなら、全てに絶望し、憎悪するキャスターを救うのは、善人も悪人も分け隔てなく、全ての人間の幸せを願い、優しく抱きしめると誓ったマリィにしかできない事だから。
また、司狼も、マリィの意を汲んだのか、全てをマリィに任せることにしたので、既に自身の宝具を解除していた。
そして、さりげなく、まだ、お仕置きは終わってないからねvという死刑宣告同然の言葉を蓮に伝えたマリィは、ゆっくりとキャスターの元に歩み始めた。

「本気か? ふん…救うだと、この私をか? このバビロンの魔女が随分と舐められたものだな…」
「本気だよ。だって、一人で泣いている女の子が目の前にいるだから」
「…っ!? それが舐めているっていうのだ!!」

一方、魔法陣を展開させた魔法陣を展開させたキャスターは、こちらに近づいてくるマリィに不快感を露わにしながら吐き捨てた。
気に入らない―――キャスターの願いを否定した蓮に見せた激しい憤怒とは違い、マリィと対峙したキャスターの中に、心の底から他者を否定するようなドス黒い感情が渦巻いていた。
だが、マリィは自分を否定するキャスターにむけて、相手を安心させるような穏やかな笑みを浮かべていた。
まるで自分を安心させるようなマリィの笑顔を見た瞬間、キャスターは、導火線に火が付いたかのように激昂した。
そして、キャスターは、近づいてくるマリィに向けて、自分に近づくなと威嚇するように、マリィの周囲に魔法弾を放ち、こちらに向かってくるマリィの足を止めようとした。

「貴様のような偽善者の憐みなど要らない!! 私は、ただ、あの人の、ヴェラードの願いを叶えれば、それでいい!! それだけでいい!!」
「だったら…何で泣いているの? 痛いから? 苦しいから? それとも、自分でも本当は何がしたいのか分からないから?」

苛立つキャスターは荒ぶる激情に身を任せながら、こちらに近づこうとするマリィに訴えるかのように叫んだ。
―――神の救いなど要らない。
―――そんなモノなど最初からない事は当の昔に知っている。
―――だから、罪に穢れたこの世界から魂を救済する為に世界を滅ぼすのだ。
―――自分にそう教えてくれた、愛しいヴェラードのために!!
だが、マリィは、キャスターの言葉に臆することなく、逆にキャスターに何かを思い出させるように語りながら、一歩一歩キャスターの元に近づいて行った。

「黙れぇ!! ヴェラードの願いを、人類鏖殺による魂の救済を叶える為に、私はここにいる!! その為に、私は聖杯の招きに応じて、ここにいる!! 数百年もの間を、この願いを果たすためだけに、この忌まわしく不死の肉体にすがりついてでも、私は生きていたのだ!! それが間違いであるはずがない…あって良いわけがない!!」

だが、今のキャスターには、自分の敵である相手にさえ救おうとするマリィの言動が、只々自分を苛立たせるだけだった。
キャスターにとって、善悪関係なく救おうとするマリィは、惨めに生き恥をさらし続けるキャスター自身の在り方、ヴェラードの願いそのものを脅かす存在だった。
故に、断じて、マリィの行動や言葉を、キャスターは見過ごすことなど、まして、その在り方を受け入れることなどできるはずもなく、虚勢を張るかのように己の正しさを訴えた。

「…だったら、どうして、あなたは英霊として座に召し抱えられたの?」
「―――えっ?」

だが、マリィがキャスターに向かって問いかけた言葉が、キャスターの思考を止めてしまった。
そもそも、キャスターがサーヴァントとして存在している事自体に大きな矛盾があった。
キャスターは、生前、<虚無の魔石>を体に埋め込まれたことで、何百年の時を経ても老いることなく、いかなる手段を用いても死なない身体―――不老不死の肉体を有していた。
だが、サーヴァントとは、死後において人間を超えた存在に昇格した魂である“英霊”の分身を現世に呼び出したものだ。
それならば、何故、不老不死の肉体を有するはずのキャスターが、死んだ後にしかなれないはずの英霊となったというのか?

「香純が言っていたよ。この世界では、一部の例外を除いてだけど、英霊として座に召し上げる以上、招かれる英雄は既に死を経験しているはずだって。だから、思い出して!! 自分がどうやって死を迎えたのかを!!」
「あ、違う…私は、不老不死の肉体を、でも、なぜ、死ん、だ? なぜ、私はここにい、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

次の瞬間、大切なことを思い出させるように訴えるマリィの言葉によって、再び、キャスターの頭の中に、大音量の雑音が唸りを上げてあふれ出し、キャスターの頭に割れるような激痛が走った。
―――痛い痛い痛い痛い<そう、自分は■を経験している>痛い痛い痛い!!
―――煩い煩い煩い煩い煩い<私を■したのは、■しい■■■■■と同じ■を持つ■■だった>煩い煩い煩い煩い煩い!!
―――知らない知らない知らない知らない知らない<知らないんじゃない。ただ、大切なことを■れているだけ>知らない知らない知らない!!
―――黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ<■■■■■自身がもう■■■■を望んで■■い問う事さえも…>黙れ黙れ黙れ黙れえええええええええ!!
もはや、目を血走らせ、絶叫を上げるキャスターの精神は完全に錯乱し、まともな思考ができない状態にまで追い詰められていた。

「私は間違っていない!! 誤ってなどいない!! 私はヴェラードのために!! それ以上、しゃべるな!! 何もしてくれなかった癖に!! だから、私の邪魔をするな!!」
「―――っ!!」
「マリィ…!!」
「私なら大丈夫だよ、蓮。心配しないで―――この子は私が救けるから!!」

もはや、まともに考えることなどできないまま、暴走寸前となったキャスターは、喚くように吠えたてながら、マリィにむけて魔法弾を弾幕状にばらまいていた。
そのうちの幾つかが、マリィの腕や脚、頬を掠めるのを見た蓮は、マリィを守るために駆け出そうとした。
しかし、飛び出そうとする蓮を、傷を負ったマリィは静かに制すると、必ず救うという決意の言葉と共に錯乱するキャスターの前に立った。

「来るな…寄るな…!! 幸せなどあるはずがない!! これまでもそうだった!! 今も!! まして、この理不尽でしかない世界で!!」
「違うよ。どれだけつらい過去があっても、どんなに理不尽な現実でも諦めちゃ駄目なんだから。いつかはきっと幸せになる明日が来るよ。だから―――」

傷だらけになってもこちらにむかってくるマリィの姿に、恐ろしさを感じたキャスターは何かを訴えるような震える声で、マリィを拒絶しようとした。
だが、マリィに恐怖を抱くキャスターとは対照的に、マリィは優しく諭すような口調でキャスターに語りかけながら―――

「え?」
「―――ちゃんと立っていられるように、ちゃんと幸せになるまで、私が、あなたを…皆を抱きしめるから…大切なことを思い出させてあげるから」

―――呆けたような表情を浮かべるキャスターを優しく抱きしめていた。
次の瞬間、マリィの宝具の効果なのか、キャスターは、自分の頭の中に渦巻いていた雑音が一気に消え去るのを感じた。
そして、キャスターは生まれ変わったような感覚と共に、自分が何を忘れてしまっていたのかを全て思い出していた。

「あぁ、そうだったな…私が死んだのは、人類鏖殺の願いをとめたのは、あの人の、ヴェラードの転生体というべき少年だったからな」

憑き物が落ちたような儚げな表情を浮かべたまま、キャスターは自分が死んだ時の事を思い出していた。
人類鏖殺の願いが成就する寸前、狂喜するキャスターの前に、見るからに脆弱な少年―――ヴェラードの転生体と呼ぶべき少年が現れたのだ。
予期せぬ愛しい人との再会に喜ぶキャスターであったが、その喜びはすぐさま悲しみにとってかわった。
よりにもよって、ヴェラードの転生体である少年は、キャスターがヴェラードの為に叶えようとした願い―――人類鏖殺の願いを打ち砕くと告げてきたのだ。
次の瞬間、愛する人に否定された悲しみを振り払うかのように激昂したキャスターは、ヴェラードの転生体である少年との死闘を繰り広げた。
そして、互いの譲らぬ想いをぶつけ合った末に、己の魂さえも投げ捨てた少年の突き立てた刃によって、不老不死の源である虚無の魔石を打ち砕かれたキャスターは、ヴェラードと交わした約束―――不老不死の身体を持つキャスターに殺すという事を果たしてくれことに喜びながら、数百年にも及ぶ長き生に幕を閉じたのだ。

「…大事なこと、思い出したみたいだね」
「あぁ…当の昔に、ヴェラード自身に否定された願いを叶えたところで、どうなるものでもあるまいに」

ようやく、大切な事を思い出せたキャスターは、心配そうにこちらを見るマリィに向けて独り言をつぶやくかのように自嘲した。
キャスターが自分の死に関する記憶を失っていた原因は、固有スキルである精神汚染:Dによるものだった。
固有スキル:精神汚染は、効果としては精神干渉系魔術を防ぐ代わりに、サーヴァントの精神を錯乱させるという代償があった。
そして、キャスターの持つ固有スキルである精神汚染:Dは、低確率で精神干渉系魔術を防ぐ代わりに、キャスターの持つ一部の記憶―――自分の死に関する情報を失わせていたのだ。
恐らく、真島が叩きのめしたという青年が実行したサーヴァント召喚の儀式がよほど杜撰なものだったことが原因なのかもしれない。
だが、キャスターにしてみれば、そのような事など些事に等しかった。

「つくづく、愚かな小娘だな私は…バビロンの魔女が聞いてあきれるわ…」

今のキャスターにとって、何より許しがたかったのは、形は違えども、ヴェラードが自分との約束を果たしてくれた事―――不老不死の呪いに囚われていた自分を殺してくれた事さえ忘れてしまっていたことだった。
あまつさえ、ヴェラード自身が否定した人類鏖殺の願いを必死になって叶えようと戦う様は、キャスターにすれば、もはや滑稽としか言いようがなかった。

「もういいはずだ…すでに、私に勝ち目などない。否、この聖杯戦争を戦う意味さえもな。少なくとも…そこにいる男ならば、いつでも私を殺せたはずだ」
「…気付いていたのかよ」
「ふふふ…精神汚染でまともに思考できなかったあの時なら、ともなく、今の私にあの程度の演技ではな。さぁ、もはや勝負は決した。終わらせるがいい」

やがて、これ以上戦う意味を完全に失ったキャスターは、何もかも呆れめたような口調で、これまでの動向を見守っていた蓮にむけて止めを刺すようにつぶやいた。
俺ってそんなに演技が下手なのか?―――そんな内心を隠しつつ、極めて落ち着いた口調で尋ねる蓮に対し、キャスターは自分との闘いで見せた蓮の演技を思い出しながら、早く自分を殺すように促した。
だが、蓮は、首を横に振ふりながら拒否し、キャスターに向けて突き出された背中の刃をおさめ、元の少年の姿に戻ると臨戦態勢を解いた。

「こっちの事情があって、あんたを殺すことはできないんだ…死にたがっているあんたには悪いけどな」
「随分と勝手な言い分だな…だが、敗者の義務だ。従ってやらぬ訳にはいくまい」
「うん、だから…」

わざとキャスターに嫌われるようにと憎まれ口を叩く蓮としては、少なくとも、第六天を倒すまでは、戦力となりうるサーヴァントを減らすつもりはなかった。
まぁ、先ほどまで戦っていた時のキャスターなら、ともかく、大切なこと思い出せた女の子を傷つけたくないという感傷もあったのだが。
あくまで、偽悪的に振舞おうとする蓮に苦笑したキャスターであったが、自らの敗北を受け入れると、蓮に弱気なところを見せないようにあえて強気な口調で答えを返した。
そして、二人のやり取りを見ていたマリィは、優しい口調で話しかけながら―――

「…好きなだけ、泣いていいよ」
「…っ!! つくづく、神というのは残酷なものなのだな。今になって、このような巡りあわせをするのだから…本当にたちが悪い…」
「迷惑かな…?」
「…」

―――泣き出すのを我慢しているキャスターに柔らかな笑みを浮かべたまま、子供をあやす母親のように優しく抱きしめた。
不意打ちのようなマリィの言葉に、キャスターは少しだけ戸惑い、憎まれ口を叩きながら、情けない表情を見られまいとマリィの胸に顔を沈めた。
だが、マリィが少し困った顔で、キャスターを抱きしめたまま問いかけると、キャスターは無言で首を横に振った。
そして―――

「う、ううっう、うあ、あ、うあああああああ、―――――――――――!! 」

―――誰よりも優しい女神の抱擁を受けながら、マリィの胸にうずくまって、キャスターは声を張り上げるように泣いた。
そこには、人を、世界を、神を憎みながら、唯一愛した男の妄執のために数百年の長い時を生きていた魔女の姿はなかった。
今、マリィに抱きしめられているのは、溢れる思いを吐き出しながら、大声を上げて泣きじゃくる一人の少女だった。
いつまでも、いつまでも。

「終わったみたいですね。けど…」
『これは、どういうことなのだ?』
「見たら分かるでしょ、アラストール。男でも女でも、本当に良い女に抱きしめられるのを嫌う奴なんていやしないわよ」

ちょうど、その時、ようやく、蓮たちのところに駆けつけた浅間達は、目の前の光景―――マリィの胸にうずくまって、大声で泣くキャスターの姿を見た。
いったい、どういうことなのかと困惑した声で尋ねる浅間とアラストールに対し、相も変わらずこういうことに疎い相棒であるアラストールに呆れつつ、ランサーは笑みを浮かべながら、楽しげにからかうように教えた。
そして、ランサーと目を配らせた喜美もいつものように笑みを浮かべながら―――

「そう、あえて言うなら、巨乳説得というやつよ!!」
「「「「「あえてでも、それは言うなよ!!」」」」」
(シャナでは…無理があるか)

―――空気をぶち壊すとんでもない事言った瞬間、マリィとキャスター、ランサーを除く一同からのツッコミが入った。
直、喜美の言葉を真に受けたアラストールだけは二代目の炎髪灼眼である少女で巨乳説得をやったら、どうなるかを真面目に考えていた。


女神の抱擁により、現実世界における最大規模の戦いが幕を閉じたころ、銀時たちは、戒から戒たちいた世界の説明を受けていた。

「まず、僕らの世界においても、この世界における“根源”と似たようなものは存在していた。まぁ、構造そのものは違うみたいだけどね」
「“根源”? 何だよ、そりゃ?」
「銀時…聖杯からその辺の知識はもらっているはずよ…」
『一応、説明しておくよ。“根源”というのは、“根源の渦”とも呼ばれる万物を司るとされる次元論の頂点にある“力”のことだよ。そして、この世界の魔術師たちが目指す最終目標でもあるんだ』

まず、ウザい変質者からある程度の情報を教えられていた戒は、この世界における“根源”を引き合いに出しながら説明を始めた。
しかし、サーヴァントであるなら、聖杯からある程度の知識を得ているにも関わらず、銀時は首を傾げながら、まるで聞き慣れない言葉を聞いたような反応をした。
遂にボケ始めたのかしらなどと思ったセイバーが呆れた口調で呟くと同時に、何やら目をあやしく輝かせていたネシンバラが、数少ない出番を待っていたと言わんばかりに通神帯を通して、特に誰も頼んでもいないのに、“根源”についての解説をした。

「そうだね。そして、僕らの世界における“根源”―――すなわち、“座”も同様に万物を司る性質を持っていた。いや、立ちの悪さで言うなら、数段上の代物だと言った方がいいかな」
「なぁ、それは、俺の時に使ったあの腐食毒をまき散らしたりする技とも関係あるのか?」

とりあえず、ネシンバラの補足説明に礼を述べた戒は、自分たちの世界においての万物を司るモノ―――“座”について、色々とわけありなのか、複雑そうな表情で語った。
とここで、戒の様子を見て、何やら察した銀時は、精神世界において、戒が見せた能力が関係しているのではと戒に質問した。

「ある程度ね。あれは、“創造”―――聖遺物とよばれるモノを介して、自分の渇望が反映された自分だけの世界を造り出す能力だ。種類は二つあって、僕の祖父や叔母のように自分の周囲を造り出した法則で塗りつぶし、異界とする覇道型と、僕のように自分自身を造り出した法則で満たし、一個の異界とする求道型の二つに分けられるね」
「えっと…つまり、どういう事よ?」
『分かりやすく言うなら、自分の願いが反映された自分や世界を造り出す能力だろうね。能力者の持つ渇望が、外に向いた渇望なら覇道型の創造が、逆に内に向いた渇望なら求道型の創造が発動するってところだね。まぁ、こちらの世界で言うところの固有結界というものが一番近い術じゃないかな』 

銀時の言葉に頷きながら、戒は自身の宝具でもある能力―――“創造”について出来る限り簡単に説明をした。
それでも理解しがたい部分があるのか、難しい表情をした銀時は頭を軽く掻きながら、解説役であるネシンバラに尋ねた。
銀時に解説を求められたネシンバラは、色々と通じるものがあるのか、即座に戒から説明を受けた“創造”について理解し、自分なりの解釈を交えながら、銀時にも分かるように説明した。
そして、ホライゾンは、ネシンバラの説明にフムフムと頷いた直後―――

「…つまり、ネシンバラ様のような痛々しい脳内妄想そのものになったり、脳内妄想を垂れ流すような厨二病患者が蔓延る世界なのですね」
「「「「「うわぁ…痛い…」」」」」
『ちょ、どうして、そこに僕を引き合いに出すのかな!?』
「あ、うん…まぁ、あながち間違いじゃないんだけどね…」

―――自身の固有スキルである毒舌:Cを、厨二病という共通項目があるネシンバラと戒に対して発揮していた。
さらに、身内からも痛い目で見られるという追撃を受けたネシンバラは、慌てて問い詰めた。
そして、戒も決して間違いではないが納得もできないという具合に言葉を濁しながら、苦笑した。

「そして、この“創造”より上の位階…それが、使用者の渇望が神域までに到達することで、能力を永続的に展開することのできる―――“流出”もしくは“太極”だ。この位階に達した時、使用者は文字どおり神格であり、神と言っても過言じゃないだろうね」
「つまり、第一天のねえちゃんやバーサーカーみたいな奴のことか?」
「そうだ。そして、僕らの言う“座”は、神格となった者の法を流れ出させている事象の中心であり、宇宙の中核。大雑把にいえば、どんな願いも叶えられる全能の神になれるシステムと言った方がいいかな」
「神様ねぇ…」

ぼやくように呟いた銀時は、戒から“座”についての説明を聞きながら、あまりにも現実離れした話に今一つ実感できないでいた。
まぁ、銀時自身も、サーヴァントとして聖杯戦争に参加している時点で充分すぎるほど現実離れしているのだが。
それにしたって、自分の望んだ願いに沿って作られる世界というのは、色々と痛い奴が考えそうな妄想の産物と言われても仕方のない代物である。
正直、痛い。

「なるほどなぁ…良かったじゃん、ネシンバラ。あっちじゃ、お前も神様になれるかもしれないんだぜ」
『ははは…それって、僕が治療も手遅れなほど重度な厨二病だって意味にも取れるんだけど…』
「いや、まぁ…間違ってはいない…間違ってはいないんだけど…」

一方、話を理解しているのか微妙な感じでうんうんと頷いていたアーチャーは、戒たちの世界に一番馴染めそうなネシンバラに嬉しそうにお祝いの言葉を贈った。
だが、さすがのネシンバラも、末期的な厨二病患者たちが蔓延る世界の神様になれるなどと言われても嬉しい筈がなく、頬をひきつらせながら乾いた笑みを浮かべていた。
ついでに、戒も改めて自分たちの世界がよその世界からすれば、ドン引きされるほど痛い世界であると気付かされ、ぶつぶつと呟きながら、膝をついて落ち込んでいた。

「では、第一天様が“座”を支配した神ならば、どのような世界を生み出したので?」
「…彼女はその言葉通り、“座”を支配した初代の神だ。そして、そんな彼女が望んだ世界は―――」

とここで、ホライゾンが手を挙げながら、これから助けに行く第一天についての事を聞くために、色々と立ち直れないままでいる戒に質問した。
色々と自分を励まして、生まれたばかりの小鹿のように立ち上がった戒が、ホライゾンの疑問に答え始めると同時に、銀時たちは第一天の精神世界へと突入しようとしていた。
そして、戒の言葉を聞きながら、第一天の精神世界へとたどり着いた銀時たちが目にしたのは―――

「―――人を善と悪の二種類に分け、善と悪の闘争が永遠に続く世界“二元論”だった」

―――どす黒い闇を思わせる漆黒の鎧を纏った軍勢と輝く光を思わせる純白の鎧を纏った軍勢がぶつかり合いながら、戦火を交えている光景だった。


元々、戒たちの世界における最初の神―――第一天は、“座”というシステムが生み出され、それを巡って戦乱が生じていた時代の人間だった。
万物を司る神へとなれる“座”を巡る戦いは熾烈を極め、戦いに身を投じた第一天はその中で、多くの人間を殺してしまった。
長引く戦乱の中で、膨れ上がる罪悪感に押しつぶされかけた第一天は、多くの屍を築きながら、“座”へと就いたとき、ある渇望を理として流れ出した。
―――己が殺した者は悪であり、故に悪を殺めた己は善である。
独善的な性格であった第一天は、多くの人を殺めたという事実から逃れる為に、この戦乱を善と悪の戦いとすることで、自分の殺した者は滅ぼすべき悪とし、その悪を滅ぼした自分は正義であると信じた。
そして、第一天の願いを理とした“座”は、人類を善と悪の二つに分け、互いに永劫戦い続ける世界―――二元論を造り出した。

「じゃあ、つまり、あの女は自分が悪くないと言いたいだけに、こんな世界を造り出したっていうの?」
「そういう事だろうね」
「何なのよ、それ…!! そんなのただの独善じゃない!! ただ、あの女は、殺した相手を悪と断ずることで、自分の犯した罪から逃げているだけじゃない!! そんなの単なる“独善”よ!!」

眼下で繰り広げられる善と悪の闘争を目の当たりにしながら、表情こそわからないが、セイバーは声に怒りを込めて、先導する戒に尋ねた。
そして、セイバーの質問に、戒があっさりと頷くと同時に、セイバーは堰を切ったかのように怒りをあらわにしながら、こんな世界を願った第一天を非難した。
そもそも、セイバーは、祖父である初代村正がとある異国人との会話の中で、己の善を盲信し、敵の善を悪とみなし排除する“独善”こそすべての闘争の原因であると結論した。そして、仕手が“独善”に走ることを防ぎ、人々に闘争そのものの悪性を知らしめるという切なる願いを込めた善悪相殺の誓約を、セイバーも初代、二世と同じように課していた。
そんなセイバーからすれば、己の独善を守るためだけに、多くの人々に無限の闘争を強いる世界を造り出した第一天は碌でもない邪神そのものだった。

「逃げか…それでも、第一天はそうせざるを得なかったんだと思う。僕は“座”が造られた時代に起きた争乱をよく知らない。だけど、第一天がそんな願いを“座”に託さなければいけないほど追いつめられていたのは確かだと思う。君たちにそれを詰る権利はあるのかい?」
「…っ!!」

だが、戒はセイバーの怒りを静かに受け止めながらも、第一天がセイバーのいうような邪神ではないと思っていた。
むしろ、第一天はそう願わなければならないほど酷い戦乱によって、精神的に追い詰められたか弱い女であると考える戒は、事情なども一切知らずに、怒りに任せて、第一天を非難するセイバーにくぎを刺した。
落ち着かせるように尋ねる戒の言葉に、セイバーも思わず押し黙ってしまうが、それでも簡単に納得できるものではなかった。

「でも、やっぱそいつは良くねぇよ。だって、自分が一番つらいだけなんだしさ」
「たくっ…正義だと言い張り続けて、それかよ。自分の都合の悪い事を全部、親のせいにする中学生かよ、コノヤロー」

そして、セイバーと同じように、寂しい笑みを浮かべるアーチャーや面倒くさそうに天パを掻く銀時も、第一天のやり方に納得できないと同時に、第一天の生き様にやるせなさを感じていた。
アーチャーと銀時は知っていた―――自分の罪と向き合う事がどれほど辛い事なのかという事を、それ以上に自分の罪から逃げ続けるという事がはるかにつらいという事も。

「お取込みの最中に申し訳ないでやすが、どうやら見えてきたでござんす…お取込み中でござんすが」

とここで、これまで会話に参加していなかった外道丸が、皆に第一天のいる場所―――“座”の中心にて、第一天と見知らぬおっさんが言い争っているのを、指をさした。


今、一つの渇望から新たな世界を造り出すために、一つの渇望によって形作られた古い世界が終わりを迎えようとしていた。
これこそが、後に延々と続くこととなる座の交代劇の始まり―――“二元論”の理を持つ第一天と、“堕天奈落”の理を持つ男―――後の第二天との“座”の支配を賭けた闘争だった。

「終わりなの、か…」
「そうだ。お前の負けだ、善なる神よ。お前の世界はもう終わるのだ…この愚かな世界は…ここで潰えるのだ!!」
「愚かではない…っ!!」

弱弱しい口調で呟きながら、膝を屈する第一天に対し、厳しい口調で語りかける第二天は堂々とした振る舞いで仁王立ちをしていた。
これまでの闘争の中で、第一天と第二天の両者ともに拳を交えるどころか、相手に触れないままで、互いに睨み続けることで、壮絶な鬩ぎあいを続けていた。
互いの渇望がぶつかり合い、その激突によって互いの領域を奪い合う闘い―――これこそが、“座”を巡る闘いの正当なものだった。
とここで、すでに多くの領域を奪われ、第二天の言葉に屈しそうになった第一天ではあるが、それでも自身の正義を証明する為に戦い続けようとした。

「討つべく邪悪がいるのだ!! そうでなくば、己が正義を許容できない、できるはずがない!!」
「ならば、その為に、善である我らは、民を守れず、兵を生かせぬまま、果てることない邪悪との戦いに、敗亡の淵で永劫あがき続けろと!! そのような何一つ守れぬ正義など、もはや不要だ!!」

必死になって自分の領域を取り戻さんと反論する第一天であったが、第二天は、第一天の言葉に揺らぐ気配すら見せず、さらなる怒りを込めた一喝によってさらに自分の領域を失うこととなった。
善でありながら悪を滅ぼせない自分への悲憤、善でありながら悪に虐げられるという世界の不条理によって生じた第二天の渇望は、“座”を支配する第一天の渇望をすでに超えていた。

「ならば、我は悪を喰らう悪に堕ちよう!! それを以て、全ての悪を一掃する!!」
「私は、私は…!!」

それこそが“堕天奈落”―――悪を討つためにこちらも悪になるという思いから生じ、全ての人間に原罪を植え付ける理だった。
もはや、この勢いのまま、第一天の持つ領域を根こそぎ奪わんとする第二天を前に、それでも自分の正義を信じるしかない第一天は必死になって、第二天の渇望に贖おうとした瞬間―――

「それでも、私は―――このぉ独善馬鹿女ぁ!!―――うぼぉあ!?」
「え? えええええええええええええ!?」

―――褐色の肌とエルフを思わせる長い耳、白髪のロングヘアーに、第一天に勝るとも劣らぬオパーイを持った女の飛び蹴りが、第一天の背中に炸裂した。
いきなり現れた乱入者によって、奇妙な叫び声と共に蹴り倒された第一天を見て、さすがの第二天も事の成り行きとキャラを忘れるほど驚いていた。
とここで、蹴られた背中を手でさすりながら起き上った第一天は、蹴りを叩き込んだ乱入者である女の声が、聞き覚えのある声―――セイバーの声であることに驚きを隠せないでいた。

「き、貴様…セイバーなのか!? なぜ、貴様がここにいる!? どうい―――パァン!!―――なっ!!」
「ふざけてんじゃないわよ、あんた…!! 散々、人を悪呼ばわりして、その癖、自分が悪くないって逃げているんじゃないわよ!!」
「なっ、貴様…!! どういう意味だ…!!」
「言葉通りよ。善であるために討つべき邪悪が必要だから、善と悪が争う世界を造った? はっ、これが逃げ以外のなんだというのよ、この独善―――バチーン!!―――やったわね…!?」
「先に手を出したのは、お前だ!! それから、まだ一発残っているぞ!!」

蜘蛛の姿から人間の姿へと変わったセイバーに、第一天がどういうことなのか問い詰めようとした瞬間、第一天は張り詰めたような音がすると同時に、赤くなった頬に痛みを感じた。
一方、第一天の頬を引っ叩いたセイバーは、今までため込んでいた不満をぶちまけるようにこんな碌でもない世界を造った第一天を罵った。
そして、セイバーの言葉に声を荒げる第一天を、セイバーがさらに罵声を重ねようとした瞬間、今度は第一天のビンタがセイバーの頬に叩き込まれた。
赤くなった頬に手を置きながら、キッと睨み付けるセイバーに対し、第一天は先に手を出したセイバーこそが悪いと険しい表情で言い返した。
もはや、言葉は通じない―――セイバーと第一天は、互いにそう感じながら、今、やるべきことが一つであると感じていた。

「上等よ!! あんたの腐った性根が治るまで、何度でもどついてやるわよ!!」
「抜かせ、妖甲!! 正義のビンタで、邪悪な貴様の傲慢をこの場で打ち砕いてくれる!!」
「え、あの、ちょっと…まだ、こっちの話が―――「「こっちが先よ!! 後にしろ!!」」―――はい…」

そして、セイバーと第一天が怒りの咆哮上げると共に始まったのは、どこまでも人間らしい、互いに相手をののしり合い、互いの胸ぐらをつかみながらの殴り合いだった。
いきなり始まった女同士の喧嘩に、第二天は声をかけようとするが、セイバーと第一天に一喝されると素直にその場で体育座りの状態で待つことにした。



一方、突如、第一天の姿を見た瞬間、人型になったセイバーが走り出したので、慌てて追いかけてきた銀時らもセイバーと第一天との派手な喧嘩に出くわす羽目になっていた。

「まさか、こんな展開になるなんて…」
「Jud.まさか、セイバー様が、巨乳系エルフ耳褐色娘という多重属性持ちとは正直予想外でした」
「そっち、そっちなのか!?」
「銀時は知っていたのかよ?」
「…前に、セイバーが怒って、お仕置きってことで、足でヤられたときにな。あの時は、色んな意味で本当にヤバかった」

どうして、こんな事になったと頭を抱える戒に対し、ホライゾンはうんうんと頷きながら、人型になったセイバーの姿に自分なりの感想を述べた。
明らかにツッコミどころを間違えているホライゾンに、魔法少女状態の正純はすぐさまツッコミを入れた。
一方、派手にやっているなぁと第一天とセイバーの喧嘩を眺めていたアーチャーは、人の姿になれることを知っていたのか、何やら青ざめた様子の銀時に尋ねた。
アインツベルンの城にいた頃の事を思い出しながら、実際にセイバーの足技の餌食になった銀時は、あの時に味わった恐怖を思い出し、ガクガクと膝を揺らしながら、打ち震えていた。
ちなみに、この会話を現世で聞いていた一部の武蔵一般生徒は、“エルフ耳ねえちゃんとのフラグ折っちまったぁああああ!!”、“足、脚ってどんだけぇマニアックなの!?”、“鈴さんの事さえ、鈴さんの事さえなければぁ…!!”と悲嘆に暮れていた。

「それで、どうするつもりですか? あ、セイバー様のラリアットが決まりました」
「そうでござんすね。現実世界のほうも気がかりでござんす。おお、今度は第一天様の地獄突きが炸裂したでござんす」
「まぁ、実況中継ごっこは置いといてだな…はぁ、しゃねぇよな」

ルビーと外道丸が呑気にセイバーと第一天のプロレス技を織り込み始めた喧嘩を実況中継しながら、銀時にこの状況をどう打開するのか尋ねた。
そして、銀時は、女同士の喧嘩に関わるのは御免なんだよなぁとぼやきつつ、未だに派手な喧嘩を続けるセイバーと第一天の元に向かっていった。



―――互いになぐり合う事、数十回。
―――互いに罵り合う事、数百回。
それでも、セイバーと第一天は、お互い意地にかけて、自分から一歩も退くことはまったく無かった。

「はぁ、はぁ…このぉメンヘル馬鹿女ぁ!!」
「ぜぇ、ぜぇ…腐れ外道鉄屑娘ぇ!!」

これで決着を着ける!!―――セイバーと第一天の両者は、罵りの言葉と共に最後の攻撃に打って出た。
息を荒く吐き出しながら、セイバーは拳を固く握りしめながら、第一天の鼻っ柱を砕かんと拳を叩き込まんとした。
対する第一天も、真っ向から向ってくるセイバーと刺し合うために、セイバーの拳に向けて、その拳を粉砕する為に拳を突き出した。
そして、互いの拳がぶつかり合おうとした直前―――

「「いい加減くたば―――ゴン!!、ゴン!!―――痛っ!!(あう!!)」」
「はい、そこまでー。お前ら、男を取り合って、暴れ回る奥さんと浮気相手ですか、コノヤロー。少しは外野見ろよ、あのオッサン、何か放心状態になっちまったぞ」

―――不意に振り下ろされた銀時の拳が、セイバーと第一天の頭に直撃した。
まったく予期していなかったまさかの不意打ちに、セイバーと第一天は思わず、頭をさすりながら、お互いにその場で涙目になって蹲った。
そんなセイバーと第一天に対し、銀時は、ボッチ状態で体育座りをしながら、膝を抱える第二天を指さしながら、これ以上の喧嘩は泥沼確実なので止めるように言い聞かせた。
そして、銀時は、この幻想に囚われた第一天の目を覚ますために、未だにうずくまったままでいる第一天を見下ろしながら語りかけた。

「んで、第一天のねえちゃんよ…俺にはあんたが犯した罪の重さなんざ想像もできねぇよ。けどな、重さに耐えられねぇからって、そこから逃げるのはやっぱ無しだぜ」
「…っ!!」

―――自分の罪から逃げ続けることを止める為に、ちゃんと自分の罪と向き合えるようにする為に。
静かに語りかける銀時の言葉に、一瞬だけ体を固くした第一天は自分を見下ろす銀時の顔をキッと睨み付けた。
だが、銀時は第一天の視線に怖じることもなく、それでもしゃべるのを止めようとはしなかった。

「人間にゃ誰だって抱え込みたくねぇ事は山ほどあるよ。けど、それが嫌だから逃げ出したところで、逃げ切れるもんじゃねぇよ。例え、自分では逃げ切れたと思ったとしても、そいつは勘違いだ。そいつは、逃げ出そうとする奴に足枷みたいに引き摺られながら、最後に逃げた奴に追いついてくるんだぜ」
「だったら、だったら…認めろというのか!! 自分が悪である事を!! それで、それでいいのか!? そんな重みに耐えながら生きることなどできるはずが…!!」

規模そのものは違うかもしれないが、銀時も攘夷戦争の折に、敵である幕府軍や天人軍との戦いの中で多くの人間を殺した。
攘夷志士の中には第一天のように自分達こそが正義であると標榜する者たちがいた。
だが、銀時には、相手を悪とみなすことで、犯した罪から目をそらし、自分は悪くないのだと言い訳をしているようにしか見えなかった。
どんな大義名分を掲げようと、人というのは、自分が犯した罪からは逃れられないし、逃げ続けられたとしても、自分の罪に追いつかれやしないかと怯えて生きていくしかないのだ。
だからこそ、銀時はそんな生き方よりも、大切なモノと一緒に、重荷になろうとも自分の犯した罪を背負って生きる道を選んだ。
そんな銀時の言葉に動揺しながらも、これまで自分為したことを守らんとする第一天は必死になって、銀時に向かって問いただした。

「上等だよ。そんなもん全部抱え込みながらでも、俺は生きてやるよ。人間ってのは、大なり小なりそういうもん抱えているもんだからよ」
「…勝手なことばかり言うな。私の事など何一つ考えもしないで…!!」

それでも、銀時はいつものように軽く笑みを浮かべながら言い切った。
殺された人間からすれば、ただの自己満足だという誹りを受けるかもしれない。
だが、それでも、銀時は、自分の生き方をまっすぐに貫いていけるならば、それでも良いと考えていた。
殺された人間の愚痴は、まっすぐに人生を全うした後、あの世でじっくり聞けばいいのだから。
そんな銀時の言葉に打ち震えながら、第一天は銀時から顔をそむけるように、地面にうつむきながら、言葉を振り絞るように叫んだ。

「貴様は何も知らないから、綺麗ごとばかり言える!! 私がどれだけ多くのモノを殺めたのか!! 一度抱え込めば、立ち上がれぬまま、耐えられるモノも知らないくせに…!!」
「さっき言ったはずだぜ。あんたが背負いたくないもんもの重さは分からねぇ。そして、俺が、あんたの代わりに、そいつを肩代わりして、背負うこともできねぇが…」

惨状に目を背けなければ、悪だと断じなければ耐えられないから、第一天は自分が正義であるために討つべき邪悪が存在する渇望を元に世界を造り出した。
それほどまでに重い罪を知らない人間に、第一天は、自分の罪を背負えなどと言われても受け入れられるわけがなかった。
きっと二度と地面に叩き付けられたまま、自分は二度と立ち上がれなくなってしまう。
そう思い、眼をそむけたまま、泣きじゃくる子供のように何も見ず、何も聞こえないように蹲る第一天に対し、やれやれと言った表情で屈んだ銀時は、第一天を真っ直ぐに見つめながら―――

「…背負い込んで崩れそうになっているあんたを立ち上がらせて、歩けるぐらいに支えるぐらいの事は幾らでもしてやるよ」
「え…?」
「だから、てめぇを騙すのはもう止めとけよ。それに、俺だって、泣いている女に胸を貸す程度の甲斐性ぐらいはあるつもりだぜ」

―――励ますような言葉と共に、第一天の手を握りながら、第一天の身体を抱えるようにして支えながら立ち上がらせた。
銀時に体を支えられて立ち上がったまま、間の抜けたように驚く第一天であったが、優しく慰めるような銀時の言葉に思わず胸の奥が熱くなるのを感じた。
これまで、第一天には自分を肯定してくれる人間はいても、罪悪感に押し潰される自分を支えてくれる人間はいなかった。
だから、初めて、自分を支えてやると言ってくれた銀時の言葉が、第一天にとっては、知らぬうちに涙を流すほど、どうしようもなく嬉しかった。

「…すまん、ナラカ。やはり、私はどうしようもなく悪い女のようだ」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない…少しだけ、このままでいさせてくれ」

不意に、第一天はかつて、自分を認め、互いに愛し合った男の名を口にしながら、囁くように謝った。
これを聞いた銀時は、第一天が何を呟いたのか尋ねるが、第一天は首を横に振りながら、銀時の首に腕を回した。
そして、生前を含めて“座”に就いている間、第一天が言えなかったその言葉をポツリと口にした。

「ごめん、なさい…ごめんなさい、ごめんなさい…!!」
「泣いとけよ。好きなだけ泣いとけよ。あんたは泣いたっていいんだからよ。んで、気が済むまで泣いたら、また笑えばいいんだからよ」
「う、あ、あああ…あっ――――――――――――!!」

次々とあふれ出してくる涙に頬を濡らしながら、第一天は咽喉を詰まらせながら、目を背け続けていた者たちに詫びるように謝り続けた。
―――生前において、自分勝手な独善から、悪であると断じて殺して者たちへ。
―――“座”についてから、悪であると押し付けた者たちへ。
―――善でありながら、自分の理によって悪に虐げられることになった者たちへ。
これまでため込んでいたものを吐き出すように懺悔し続ける第一天の身体を支えたまま、銀時は静かに泣きじゃくる子供をあやす様に、大粒の涙を流して、大声を上げて泣く第一天の頭を優しく撫でながら、泣きやむまで、第一天の身体をしっかりと支え続けた。

「やれやれ、これで一件落着ってことでござんすかね」
「そうだな…とりあえず、あそこで体育座りしている第二天さんには事情を説明しておくか」
「なんか、あのままだと、別の渇望で流出しかねませんしね。あ、何か空間にののワさん書き始めましたよ」

どうにか丸く収まったかとぼやく外道丸に頷きながら、正純とルビーは、何かを悟りきった目で虚空に何やらどこかで見た事のあるキャラの絵を描く第二天に事情を説明することにした。
一応、第一天の精神世界であるが、正純としても、いきなり乱入された挙句、放置プレイされた第二天の姿を見て、さすがにあのままにしておくのは後味が悪かった。

「それにしても、不思議な人だね、銀時さんは…彼らが入れ込むのも分かる気がするよ」
「Jud.不思議と人を引き付けるという意味では、トーリ様に通じるものがあります。普段のダメダメ振りも含めてですが」
「結構キツイね、君…」

一方、戒とホライゾンは、泣きじゃくる第一天を支える銀時の姿を見ながら、それぞれ自分なりの感想を口にしていた。
若干、ホライゾンは、ここぞとばかりに毒舌スキルを発揮したので、さすがの戒も苦笑するしかなかった。

「どうかしたのかよ、セイバーのねえちゃん?」
「何でもないわよ…何でも…」

その中で、只一人セイバーだけは、何事かと尋ねてくるアーチャーを適当に返事を返しながら、銀時と第一天の姿をなるべく見ないように目を背けていた。
まるで、それは一番触れられたくない過去を必死に思い出さないようにするかのようだった。


この後、銀時たちが現実世界に戻るまでにわずか十秒間の時が過ぎていた。
そして、その十秒間の間に、ある一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。

「…」
「…」
心臓が止まり、大地に倒れ伏した敗者を、敗者を打倒した勝者がそれを見下ろすという結末を以て。


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