作者:佐藤C
2012/10/22(月) 00:01公開
ID:fazF0sJTcF.
「せっちゃん、じゃ――ん♪どーや?」
「お・お嬢様、その格好は?」
さっきまでTシャツにスカートとブーツだった木乃香は、刹那が少し目を離した隙に装いを一変させていた。
簪と髪留めで髪をポニーテールに結え、普段は眉にかけている前髪を左右に分けて流している。服も花柄の着物と、黒塗りの厚底下駄に変わっている。おまけに和傘もさしており、大分ノリノリな様子であった。
「え?そこの貸し衣装屋で着させてもらったんやえー」
和傘をクルクルと回しながら笑って言う。少々行儀の悪い行いだが、それでも育ちの良さと言うべきか、彼女が持つ「品の良さ」は全く損なわれていない。
服装も相まって、今の木乃香はまさしく「お姫様」を思わせる佇まいをしていた。
――ここは京都シネマ村。
映画のセットで再現された町並みを、貸し衣装を着て…いわゆるコスプレをしながら見学する事ができるのだ。
(……お嬢様、本当にお綺麗になられた……って、何で私は顔を赤くしているんだ!?)ドキドキ
「せっちゃんも着てみ――♪」
「えっあっ…わ、私はこーいうのはあまり………!」
断ろうにも、彼女が木乃香に強く出られる筈もない。
「木乃香の護衛」という最優先事項は一体どうなったのか、いま刹那の周りに味方はおらず。
刹那は木乃香と二人きりで、シネマ村を観光する事態に陥っていた。
(ああもう!!アスナさん達は何処に行ってしまったんですかーーーーー!!)
刹那は文字通り背中を押される形で、半ば無理やり貸衣装屋の暖簾をくぐらされるのだった。
第二章-第18話 三日目、激突シネマ村
「…なぜ私は男物の扮装なのですか?」
貸衣装屋を出た刹那の、第一声はそれだった。
彼女の衣装は一見すると…というか、思いきり新撰組を思わせる武士の格好だ。袴に着物、胴当て・額当てを身に着け、その上に羽織を重ねている。
しかしそんな男物の扮装でも、凛々しく整った顔立ちの刹那にはしっかり似合ってしまっていた。
だがそれでも…彼女の腰に差された野太刀の夕凪、その長さは流石にミスマッチで………刹那は己が愛刀の姿を、「死ぬほどそぐわない」と心の中で涙した。
「似合うとるで、せっちゃん♪(にこー♪)」
「…あ、ありがとうございます(照れっ)」
それでも木乃香に褒められると、刹那は満更でなさそうに頬を染めるのだった。
……チョロイもんである。
「ほらほら、色々売ってるえー」
「そうですね。何かお土産でも……」
凛とした刹那とお嬢様の気品漂う木乃香。
刹那が美男子に見える事もあって二人は、傍目には仲の良いカップルに見えていた。
「ほ〜れせっちゃん、甘食あるえ♪ ハイあ〜ん♪」
「お、お嬢様っ……!」
何だかんだでそのうち刹那も、木乃香とのデートを満喫し始めるのだった。
…しかし何故このような事になってしまったのかと言うと―――時を少し遡る。
・
・
・
「う〜ん…このかと刹那さん、うまく仲直りできないかなぁ…」
まだ彼女たち5班が、全員で行動していた時のこと。
明日菜はカモを肩に乗せてうんうんと唸っていた。
(なあ姐さん、そんなに急いて仲直りさせる必要はねーんじゃねえか?
刹那の姉さんにも事情があるんだろ。今の状況だけでも随分な進歩だと思うけどなー、俺っちは)
「でも……やっぱり仲良くしてほしいわ。
どっちもお互いを大好きなのに仲良くできないなんて、そんなの嫌じゃない」
「なになに?何の話?」
…とまあ、ここでハルナが関わったのが原因というか、元凶というか……運の尽きであった。
「ふんふん、へ〜え………あの二人が実は幼馴染みで、けど今は何かの事情があって、桜咲さんはこのかと仲良くできないと……。
……フフフおもしろ…じゃない、成程ね! よーし!!ここはアタシらが一肌脱ごーじゃん!!」
「へ?」
こうして木乃香と刹那は意図的に5班から離され、二人きりのシネマ村観光と相成った。
そして木乃香の護衛のため明日菜が、覗き――もとい状況を見守る為にハルナ達が、二人をこっそり尾行している事は語るまでもない。
……木乃香が狙われているというのに、明日菜は状況に流され過ぎではないだろうか。いや、すっかりデート気分に染まった刹那も大概だが。
そして
首謀者のハルナさんと言えば、仲睦まじく寄り添ってシネマ村を練り歩く二人を見て、物陰で気持ち悪いくらい鼻息荒く興奮していた。
「…ハァ…ハァ……!…匂う…匂うよ!!
仄かに薫り立つ―――甘酸っぱい"ラブ臭"が「妄言はそのくらいにしとくですよハルナ」」
しかしハルナさんの暴走はこれに留まらず、彼女の思惑に乗せられた人間は他にもいた……。
◇◇◇◇◇
「いやー、思ったより色々あるんですね。昔の日本はこんなカンジだったんだ」
「は、ハハハハイ――…そそうですねー」
興味深そうにシネマ村のセットをきょろきょろと見渡しながら歩くネギ。
そして彼の隣を俯き加減で歩くのは………耳まで顔を真っ赤にしたのどかだ。
(ネ、ネギせんせーと、ふ、二人っきり―――……!!)
さて、今更ではあるが…このデートを仕掛けた首謀者も勿論みんなのハルナさんである。
〜犯行手順〜
@ネギとのどかを貸し衣装屋に放り込む
A二人はあれよあれよという間に店員に着替えさせられる
Bその隙に他のメンバーは姿を眩ます
あーら不思議!彼らが戻ると二人っきりの状況の出来上がり!!(笑)
……ハルナさん自重しろ。
「あのー、のどかさん?(ひょこっ)」
「わひゃいっ!?(びくぅ!)」
気づけばネギが心配そうにして、のどかの顔を覗き込んでいた。
「な、なななんでしょう!?」
(きゃ――!? ネ、ネギせんせーの顔がこんな近くに………っ!!)
「…さっきから下を向いて歩いてますけど、やっぱり恥ずかしいですか?」
その問いかけはまさしく図星で、のどかは熟れた林檎のように頬を染めて目を泳がせた。
何を隠そう今の二人の格好は、なんと忍者とくの一という
ペアルック。
貸し衣装屋の店員さん達、無駄に空気を読んでおられた。
そんなのどかに対してネギはというと、恥ずかしがる様子もなく平然と歩いている。
ただそれは「シネマ村ではコスプレをするもの」と、勘違い含めて割り切ってしまっているだけであるが。
……しかし直後、彼はのどかが漏らした本音に赤面した。
「は、はい……。で、でも大丈夫ですー。
こうしてネギせんせーと二人で歩けて、それだけで私、嬉しいですから………」
「の、のどかさん……」
……言った方も言われた方も、しばらく顔を赤くして歩き続けたのは言うまでもない。
幸か不幸か、二人は周囲――来場客やシネマ村の職員問わず――の微笑ましい視線に見守られている事に気づかなかった。頑張れ
若人!(サムズアップ)
『ネギ!!』
(…え!?アスナさん!?)
突如、ネギの頭の中に直接アスナの―――ひどく焦った声が響く。
それは仮契約カードからの念話通信だった。
◇◇◇◇◇
木乃香達が楽しく穏やかにシネマ村を観光していた―――その頃。
『似合うとるで、せっちゃん♪』
『…あ、ありがとうございます』
遥か遠方を視界に捉える、眼力のスキル「千里眼」。
仲睦まじく肩を並べる二人の少女を、その鷹の眼で睨みつける視線があった。
(……異常、なし)
木乃香と刹那、彼女達を護衛するため火の見
櫓―――平屋の屋根から突き出た塔の様な建物で、精々二、三人載せるのが限度の小さいもの――の上に身を潜める。
そうして高台から周囲一帯を監視する、衛宮士郎の姿があった。
『ほ〜れせっちゃん、甘食あるえ♪ ハイあ〜ん♪』
『お、お嬢様っ……!』
(…………。)
……ちょっとさみしいと思ったとか、そんな事はない。
(…そうだよな。あいつらが楽しんでるなら、俺一人が見張りをするくらい何てことないじゃないか)
『のどかさん。次はこっちに行きましょうか』
『は、はいー……///』
(……………。)
……「見なきゃよかった」とか、そんな事は思っていない。
『ねーねー!桜咲さんとこのかっていつからそーゆー関係なの!?』
『もう付き合ってるの!?』
『桜咲さん!!お二人の愛に私、感動致しましたわ!!』
『ですから違うんですってば委員長ーーー!!』
「…………フッ」
そうとも、「楽しそうだなあ」とか「寂しい」とか、そんな事は決して無いのだ!
「―――?」
その違和感に、彼は視線を彷徨わせた。
士郎は固有結界――自身の心象風景を確立し、外界に具現化する魔術――を会得している。
その影響か、彼は世界、空間、外界などに効果を及ぼす魔術の類を感知する事に長けていた。
何かが歯に挟まったような、どうにも「気持ち悪い」気配がする。
士郎はその出所を、感覚のみに従って探し始める。
すると彼の視線は、城を模した
建物に留まった。
「――――ッ!?」
背筋が凍り、全身の産毛が逆立つ。
身体が鳴らす警報の大きさに思わず櫓から飛び下りた。
―――ぱしゃん……。
…雨もなく、水と縁遠い高台には場違いな音が響く。それは……水溜まりの弾ける音。
飛び降りた士郎は、櫓の真下の瓦屋根に音をたてて着地する。
すぐさま彼は顔を上げ、櫓に現れた人物を鋭い眼で睨みつけた。
「…やあ、高い所から失礼するよ。"
千の剣"」
「……皮肉じゃない所が腹立つな。…アーウェルンクス」
木乃香を攫おうとする呪符使い、天ヶ崎千草。その仲間である白髪の少年。
フェイト・アーウェルンクスが、無機質な目で士郎を見下ろしていた。
◇◇◇◇◇
―――ザッザッザッザッ………!
それはシネマ村を闊歩する、妙に張り切った一団が大地を踏む音。
その顔触れは多種多様。
明治時代の洋風紳士に文学少女。
江戸時代の町娘、姫、芸者…更には用心棒に剣客。果ては戦国時代の武将まで。
見事に統一性のない仮装に身を包む、彼女達の目指す先はシネマ村の日本橋。
―――そう。彼女達は麻帆良女子中修学旅行生、3−Aの5班と、途中で合流した3班。
一団の中を歩く明日菜は苦い顔を、刹那は困った様子で苦笑いを浮かべていた。
・
・
・
『ホホホ。どうもー、神鳴流ですー。……じゃなかったです、そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございますー。
今日こそ借金のカタにお姫様を貰い受けに来ましたえ〜』
『(成程な、シネマ村の劇に見せかけて堂々とお嬢様を連れ去ろうというワケか…!)』
『そうはさせんぞ。このかお嬢様は私が守る!!』
『きゃー!せっちゃーんカッコえ――♪』
『ウフフ…そらしようがありませんな〜。
なら、このかお嬢様をかけて決闘を申し込ませて頂きます――…。三十分後、シネマ村正門横の「日本橋」にて――…』
『ねーねー!二人はいつからそーいう関係なの!?』
『桜咲さん!!お二人の愛に私、感動致しましたわ!!』
『よーし皆!二人の恋、私達が全力で応援するよーーー!!』
『野郎ども助太刀だーーー!!』
『わああ皆さん!?待ってください違うんですーーーーー!!』
・
・
・
――回想終了。
(こ、困るなぁ……。)
(全くウチのクラスは〜〜!)
刹那と明日菜の心中は穏やかではない。
一般人のクラスメートを巻き込む事は極力避けたい、だがその彼女達自身がすっかりやる気になっているのが問題なのだ。
そのうえ善意の行動だから、尚更タチが悪かった。
「ふふふふ、着きはったようですなぁ…」
「!!」
日本橋の正面に到着した一行は、声のした方へ視線を向ける。
「ぎょーさん連れてきてくれはっておおきにー。楽しくなりそうですな――♪」
太陽を背にして日本橋の中央に立つ、月詠がそこにいた。
既に太刀と小太刀を抜き、それを両手に携える。
確固として臨戦態勢をとりながら、彼女はその屈託のない笑みを崩さない。
それが不気味で仕方ない。
決闘と称して相手と対峙し、武器を執り戦意を滾らせ――にも関わらずこの少女には、どこまでも敵意がない。
あるのはただ『狂気』という名の……戦闘欲と害意のみ。
「ウフフ…このか様も刹那センパイも……ウチのモノにしてみせますえ――…♪」
言った瞬間、握る双刃が彼女の狂気に染まって煌めく。
無邪気で不気味なその笑みが、より一層深くなる。
「………せ、せっちゃん……あの人…なんか怖い……」
「…安心してくださいこのかお嬢様。何があっても、私がお嬢様をお守りします」
千鶴「桜咲さんかっこいいわねー、あやか」
夏美「演劇部に来てくんないかなー。もちろん男役で」
あやか「ええ、感動いたしました!!では行きましょう皆さん!!
そこな貴婦人、そちらの加勢はないのかしら?私達、桜咲さんのクラスメートがお相手いたしますわ!!」
((い、委員長ゥ―――――!!))
刹那と明日菜の心の悲鳴がシンクロする。
事情を知らない彼女の発言は、…少なくともこの場では、これ以上ないありがた迷惑だった。
「ツクヨミ…といったか?この人たちは関係な――」
「はいセンパイ♪心得てます〜。そちらの方々は、
この子達がお相手します〜」
「え゛」
月詠が左腕を広げると、その動きに合わせて無数の札が舞い落ちた。
(ア、アスナさん!ハリセンの用意を!!)
(え!?なんか嫌な予感しかしないんだけど!?)
「―――ひゃっきやこぉ〜!!」
―――BOMッ☆
音をたてて煙と共に、百鬼夜行ならぬ「ひゃっきやこう」が姿を現す。
何ともファンシーな風貌をした妖怪たちが、一目散に3−A一般人ズに襲いかかる―――!!
「きゃ〜〜!?」
「何このスケベ妖怪ーーー!?」
『おーっ、スゴイCGだ!!』
『さすがシネマ村のアトラクション!!』
明日菜「………。」げっそり
コミカルチックでアニメチックなデフォルメ妖怪に服を剥かれ、年端もいかない乙女達の白い肌が次々と露わにされてゆく。
まさか本物の妖怪や式神などと思わない周囲の野次馬たちは、少女達の痴態を尻目に歓声を上げて盛り上がる。
………そして一昨日、同じ目に遭った明日菜はとても疲れた顔をしていた。
「あーもう!何でこんなのばっかりなのよーーー!!
来たれ!!
喰らいなさいエロ妖怪―――!!」
半ばヤケクソで叫んで『ハマノツルギ』を召喚すると、明日菜はそれを滅茶苦茶に振り回して妖怪たちを殴り始めた。
「ほな、私達も始めましょか――センパイ♪」
……剣を交える事に異論はない。
だが刹那は、後方の妖怪騒ぎに冷や汗を流していた。
(マズイ、私が傍を離れてはお嬢様に危険が……)
「すみません遅れました!!ってどーなってるんですかコレ!?」
(!!)
野次馬の人混みや妖怪騒ぎで遅れたが、明日菜から連絡を受けたネギがようやくこの場に駆けつける。
のどかは野次馬の向こうで待たせて……もとい、野次馬に埋もれてたりしていた。
「先生、お嬢様を連れて逃げてください!ここは私とアスナさんが引き受けます!!」
「え、わ…わかりました!このかさん、僕について来てください!!」
「はえ?ネギ君いつ来たん?」
「―――行きますえ?セ・ン・パ・イ♪」
「あ、せっちゃ…」
「このかさん早く!!」
二本の刀が
空を裂く。
振り抜かれた斬撃は宙を翔け、姫を守護する剣士に鋭い牙を突き立てる―――!!
「
二刀連撃、
斬鉄閃!!」
「――フッ!!」
―――ガギィンッ!ガギギギギィン!!!
◇◇◇◇◇
「…その呼び方はやめてくれないかな。今はフェイトと名乗っているんだ」
そう言いながら、火の見櫓の壁の手摺りに腕を乗せる。
彼は士郎を見下ろしながら淡々と話し始めた。
「へえ。自分の呼び名に拘るような奴には見えないけどな」
対する士郎は頭上のフェイトを睨み上げる。
何でもないような会話に見えるがその実、士郎は敵意を隠しもしない。
相手は
木乃香を付け狙う危険人物で、先日の前科がある。何より……自分を見下ろす、少年の姿をした存在は………その実力の底が見えない。
士郎は既に、警戒の度合いを最大まで引き上げていた。
「…やれやれ、そう目の敵にしないでほしいね。僕は話し合いに来ただけなのに」
「話し合い?そんな事ができるほど良好な関係じゃなかったと思うんだが?」
「…フゥ、取りつく島もないか。無駄な争いは好きじゃないんだけれど」
自分を完全に敵視する士郎の反応に、フェイトは目を閉じて肩を竦める。
「は、ここまで説得力が無いのも珍しい。とても誘拐犯の言い分には聞こえないな。
―――安心しろ、こっちはくだらないおしゃべりをする気は毛頭ない――――!!」
……士郎が黒白の双剣を構えても、フェイトはそれを冷淡に見つめていた。
「10年前の、米国国際空港爆破テロ事件」
――――我が耳を、疑った。
「…………何だと?」
気づけば口から、困惑が漏れ出ていた。
(………まさか。)
「……ま、さか…………お前…!!」
これ以上なく混乱しながら問いかける。だが士郎は、何処かで答えを確信していた。
そんな彼の姿に反応も示さず、フェイトは無表情を貼りつけたまま決定的な言葉を紡いだ。
「そう、僕は知っているよ。あなたの家族がどうして死ななければならなかったのか、その『理由』を。
……いや、これは正しくないか」
彼がそのまま、言葉を続けようとして―――口を開く瞬間、士郎は。
――――彼がニイッと、おぞましく嗤った気がした。
「正しく言い直すなら―――……『どうして衛宮切嗣は殺されたのか』かな?」
「………!!」
目を大きく瞠り、歯をきつく食い縛って拳を握る。
そんな自分の在り様に自覚もないまま、士郎は服が背中に貼りつくほどの冷や汗を流していた。
「さて、話を聞いてくれる気になった所でお願いがあるんだ」
「さっきの話を教えるには条件がある。
それを呑むと約束してくれるなら、僕の知る全てをあなたに話そう」
背筋を伸ばし手摺りに右手を乗せ、左手をポケットに入れる。
そんなフェイトと対称に士郎は……全身から噴き出る汗が止まらない。
「僕等はこれから、あなたの義妹を誘拐する。………それを見逃して欲しい。」
「解るかい?何もする必要はない。
ただ見逃してくれれば良いだけだよ。僕達が近衛木乃香を攫う様を」
アーウェルンクスとは、ローマ神話に描かれる「禍いを幸福に変える女神」の名前である。
だが士郎は、頭上に佇み自分を見下ろす〈アーウェルンクス〉が………
―――人間を誑かす、悪魔にしか見えなかった。
◇◇◇◇◇
――キンッ!ギィン!!ガギキキキィン!!!
月詠が繰り出す白刃の嵐を、刹那は紫電の速さで以て完璧に捌ききる。
振るう剣は片や二刀、片や一刀。
しかし火花を散らす二人の剣士の力量は、全くの互角だった。
(…これでいい、このかお嬢様はネギ先生にお任せする。
いま私が為すべきコトは―――
月詠を斬り伏せる事だけだ!!)
躱し、逸らし、受け流し、弾く。
流した勢いは殺さない、そのまま転じて敵を裂く。
それはまるで刹那がよく知る青年が使う…"
守勢の剣"の再現だった。
「……随分とらしくない剣ですな〜。センパイはもっと激しい太刀筋の人やと思ってましたのに〜。
ああん、そないにウチを焦らしたいんですかー♪」
「言っていろ!!」
――ガギッ!!――ギキキキ………ッ!!
剣戟が唐突に止み、拮抗する鍔迫り合いが鈍い軋みを響かせる。
妖怪たちに服を剥かれるクラスメートの姿を見やり、刹那は吐き捨てるように呟いた。
「…最近の神鳴流は妖怪を飼っているのか?」
「あら、ご心配なく〜あの子たちは無害です〜。
ウチはただ……センパイと刀を交えたいだけ………♪」
刹那の睨みを意にも介さず、月詠は蕩けた眼をして甘い声で囁いた。
ひどく澄んだ彼女の瞳は……眼前で光る刃と、刹那しか映していない。
「…
戦闘狂か、付き合わんぞ!!」
―――ギンッ!!!
啖呵を切り、刹那が膠着した刃を振り払った。
「あらら〜♪そう言わずに〜」
『おおっ!!スゴイ殺陣だーーーー!!』
会話を交えながらではあるが、彼女達の斬り結びは紛れもない「殺し合い」だ。
…ただこの場合、この二人に互いを殺す気があるかは置いて……「本物の斬り合い」を目の当たりにした野次馬たちは、ただただ興奮して歓声を上げていた。
『おっ、あんな所でも劇が?』
『お父さん!お姫様が危ないよ!!』
『少年忍者頑張れーー!!』
だがこのとき聞こえた歓声は、刹那にとって到底無視できるものではなかった。
(……あんな所?お姫様……少年忍者……?)
背後を振り仰ぐと、そこには。
日本橋からそう遠くない城の天守閣、その瓦屋根の上に複数の人影が見えている。
それは………一昨日にも見た、眼鏡をかけた呪符使いの女。
加えて彼女が召喚したと思しき二体の式神と一体の鬼。
そして彼らと対峙する少年と少女…………それは紛れもなくネギと木乃香。
そこには、追い詰めた者と追い詰められた者の姿があった。
「…お嬢様!!!」
「他所見したらいけませんえー♪」
―――ガギィン!!!
「ぐ…っ!?」
(な…重い…っ!?今までとは段違いだ……!!)
「ああんもうセンパイ、自分だけ楽しまんといてください〜」
「!?」
呻きを漏らした刹那の前に、月詠の笑顔があった。
「散々焦らされた…お返しですえ……♪」
(―――にっこり)
刹那の背筋が総毛立った。
「―――
斬岩剣っ!!」
「――――ッ!!」
―――ギャギギギギギギィン!!!!!
危うく夕凪を折られる所を、何とかギリギリで受け流して回避する。
しかし猛攻は終わらない。
「うふふふふ…♪」
「く……!!」
この時を狙ったように、月詠の剣が更に速く重くなる。
刹那を決して逃さぬよう、彼女と付かず離れずの間合いを保って執拗に切り刻む。
木乃香達を助けに行けない刹那は、歯痒い思いに身を焦がし…それを見て月詠は笑みを深くした。
「ウチをそう簡単に振り切れるなんて思わんといてください…♪」
剣戟が、加速する――――。
◇◇◇◇◇
「さあ、返答を訊こうか」
未だ顔を俯かせたままの士郎は、彼の言葉に反応しない。
士郎を見下ろすフェイト。その構図は、この状況における精神的な形勢をも示していた。
「…確かに、家族を失ってからあなたの心の支えになったのは彼女達なんだろう。迷っても仕方ない。
でもやはり、血の繋がった肉親の死の真相を知りたいと思うのは当然だよ。
衛宮切嗣も、自分の本当の最期を
息子に―――」
――バキンッ…!
フェイトの顔の僅か数センチ横を、白い短剣が通過した。
「……こ、と…わ……る……っ!!」
奥歯が砕けるほど歯を食い縛り、――それでも士郎は揺るがぬ決意で返答した。
『生者が死者を貶めるのは悪だが、死者が生者を脅かすのは摂理に反する。』
それは士郎と同一人物である『彼』の言葉。それが全てを表している。
既に命なき死者の為に、生者の命を犠牲にする事は許されない。
もう居ない家族の為に…木乃香を見捨てる事など有り得ない……!!
本来ならば迷う必要すら無い筈だった。
けれど士郎は、数秒……ほんの数秒、迷ってしまった。
彼の奥歯を砕いたのは、そんな自身への怒り。
そして亡き家族への情を利用した………眼前の悪魔に対する怒りだ。
「
鶴翼、
欠落ヲ不ラズ…!!」
「!!」
一対にして一つの夫婦剣は互いに引き合う。
先ほど投擲した莫耶が士郎の持つ干将に引き寄せられ、白刃は旋回しながらフェイトの首を裂こうと迫る……!
――ブシュッ!!
「……へえ、面白い剣だね。魔力は感じるけど魔法じゃない…やはり
旧世界の『魔装兵具』といった所か」
莫耶は確かにフェイトの頸動脈を掻き切った。
だがその身体は「ぱしゃん」という音を残して、液体となって霧散する。
それは前回と同じ「水の
幻像」。
しかし幻影が実体を失っても、フェイトの声は煩わしく響いてきて未だ消えない。
『残念だったね。たぶんあなたは千載一遇の
機会を逃した』
『でも想定内だ。こちらの準備は完了した…後は最後の仕上げだけだよ』
「……!!」
―――やられた。
士郎は頭から冷や水を浴びせられた気がした。
フェイトにとって今までの会話は単なる遊びだ。
士郎をこの場に足止めして……時間稼ぎをするための。
……士郎はそう解釈したが、実はフェイトにとってもこの接触は想定外だった。
木乃香を捕らえる舞台となる「城」―――正確には、城に貼られた無数の「人払いの札」による異常―――に士郎が気づくのが、あまりにも早過ぎた。
(急いで時間稼ぎをする為に、とっておきの手札を使ってしまったよ。
もっと効果的に使える場面が来るまでとっておくつもりだったんだけど…)
(――でも、これで条件はクリアした)
『間に合うかな、"千の剣"』
最後にそんな台詞を残し、フェイトは水の
転移門を通って………ネギと木乃香を追い詰めていた千草の元へ転移した。
「……ええいっ、クソッ!!」
投影を破棄し、翻弄されてばかりの己に悪態をつきながら、思わず髪を掻き毟る。
そのまま素早く千里眼で、睨みつけるように城を捉えた。
鷹の眼に映るのは、天守閣の上に立つ和服の女と白髪の少年。
そして彼らに追い詰められる、
弟分と
妹。
「
来れ……!!」
衛宮士郎の左手に、黒塗りの弓が握られた。
<おまけ>
※ジョジョネタ。
フェイト
「ただ見逃してくれれば良いだけだよ。僕達が近衛木乃香を攫う様を」
士郎
「お…おまえらを見逃せば…あいつらを見捨てれば…ほ…ほんとに父さんのこと…を…教えてくれるのか……?」
士郎
「だが断る」
フェイト
「ナニッ!!」
士郎
「この衛宮士郎が最も好きな事のひとつは、自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ…!」
フェイト
「きっさまあ〜〜〜!!」
・フェイトが小物化したww
上記の台詞を言う敵キャラ「ハイウェイ・スター」。
その本体・噴上裕也が覚醒するエニグマの話が好きですねw(この話がわかる人いるかな…)
噴上裕也
「仗助の野郎〜気取りやがってぇ〜〜」
「これがもし!」
「『紙』にされたのがもし!」
「馬鹿だけどよぉーおれをいつも元気づけてくれる あの女どもだったらと思うと…」
「あの女どもの誰かだったらと思うと」
「てめーおれだってそうしたぜ!!」
〜補足・解説〜Q.見張りをしていた士郎は、なぜ月詠が木乃香達に接近している事に気付かなかったのか?
A.月詠があまりに堂々とした手段で移動&現れたので気づきませんでした、とさ。
具体的に言うと、乗っていた馬車の陰に隠れて月詠の顔が見えなかった事と、もっと強襲的な手段で木乃香を狙うのではという予想(思い込み)から出し抜かれる結果に…。
>「楽しそうだなあ」とか「寂しい」とか、そんな事は決して無いのだ!
今作品の士郎はまともな青春時代を過ごさなかったから……(涙
現在も懇意にしている同年代の友達は、過去編に登場したフィンレイくらいです。
>…やあ、高い所から失礼するよ。
>……皮肉じゃない所が腹立つな
だって皮肉じゃないもの。事実だもの。
>野次馬に埋もれてたりしていた。
そしてその後は人の流れに巻き込まれる(笑)
>それはまるで、刹那がよく知る青年が使う…"守勢の剣"の再現だった。
ただし刹那が使ったのは「士郎の真似事をした」程度の完成度。それでも二刀vs一刀という不利を強いられた彼女にとっては充分に有用だった模様。
ただし「とにかく防ぐ」(そして耐えつつ相手の隙を窺う)剣術なので、どうしても長期戦になりがち。だがそれすらも、月詠さんには「焦らされている」と感じる放置プレイとなったw
>『どうして衛宮切嗣は殺されたのか』
以後、この謎がストーリー本編で明かされる事はありません。
「もし士郎がフェイトの提案を飲んでいたら」というifストーリーを書くなら別ですが……そうなったら木乃香が死ぬBAD ENDになっちゃいますので。
……まあ本編でないだけで、設定話で明かす予定ですけどw
>衛宮切嗣も…自分の本当の最期を息子に―――
フェイトや『完全なる世界』が切嗣の死に関わった、という訳ではありません。
彼は「完全に無関係」で「ただ真相を知っているだけ」という存在です。あと切嗣の死の真相を知っているのはメガロメセンブリア上層部くらいでしょうか。おっとこれ以上はww
>生者が死者を貶めるのは悪だが、死者が生者を脅かすのは摂理に反する。
Fate/EXTRAのプレイヤーサーヴァント、アーチャー(赤)のセリフ。ただしうろ覚え。
彼は「stay nightのアーチャーと同一人物」と公式で言われているのをいい事に、エミヤと混ぜてやりましたぜw
>もう居ない家族の為に…木乃香を見捨てる事など有り得ない……!!
死者とか生者とか、倫理的な理由だけでフェイトの話を蹴ったようにも見えますが、それはあくまで大前提の話であり、やはり本来の理由は「木乃香が大事だから」です。そこらへんが上手く書けませんでしたね。
>彼の奥歯を砕いたのは、そんな自身への怒り。
「俺は何を迷ってるんだ此畜生!!」という、フェイトの誘惑に葛藤して踏ん切りがつかない自分への悔しさ、といった所でしょうか。この歯の食い縛りで決心をつけた感じです。
とはいえ家族を失った過去は士郎にとって間違いなくトラウマなので、迷っても仕方ないんですけど。
>もっと効果的に使える場面が来るまで(「切嗣の死の真相」というエサを)とっておくつもりだった
フェイトさんせいかくわるい。…流石フェイトさん性格悪い!!
大事なことなので二回言っ(ry
だってですね。原作でもネギを精神的に追い詰めて二ヤリと笑っちゃうヒトですからねぇ。
なので今の所は敵キャラ(というか悪役)として……嫌われていただく!!ww
【次回予告】
騒ぐ千草を意に介さず、ネギは木乃香に迫る矢を見て走りだす。
(詠唱は間に合わない!!せめて僕が…)
(――――盾に…!!)
少女に向けて一直線に進む矢の軌道。
それに重なるようにして、10歳の少年は躊躇いなく幼いその身を投げ出した。
―――ザシュッ!!
(!! そん…っ)
ネギは絶句して目を見開く。
木乃香を狙う矢は、彼女を庇おうと前に出たネギの―――大きく拡げた腕の下、脇腹の服を掠って貫通した。
「え!?ネギく…」
いきなり飛び出したネギに驚き、木乃香が声を上げる。
だがその台詞を言いきる事は無いのだろう。
―――矢は、変わらず木乃香に迫る。
投げ出した身は無意味に終わり、招く
未来は最初と何ら変わりない。
(こ、このかさ―――)
迫る脅威はいとも容易く、少女の体に突き刺さるという話――――。
次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」No.33
「第二章-第19話 三日目、決着シネマ村」
それでは次回!