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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第21話:密談と訪問
作者:蓬莱   2012/12/22(土) 23:23公開   ID:.dsW6wyhJEM
翌日、ウェイバーとライダーは、キャスター陣営との同盟を結ぶために、キャスター陣営が拠点としている、とある一軒家に到着していた。

「確か、キャスターのマスターが拠点にしている場所って、ここだよな…」
「うむ、ここで間違いないぞ、ますたぁ」
「でも、ここって…」

キャスター達との対面を前に、ウェイバーは、キャスターの悪名を知っている故なのかやや緊張した面持ちで、隣にいるライダーに尋ねた。
それに対し、キャスターのマスターである真島との親交があるためなのか、ライダーはウェイバーの心配をよそに、軽く笑みを浮べながら答えるが、ウェイバーはもう一度、目の前にある家に目を向けた。

「何か、マフィアとかギャングみたいな、物騒な雰囲気がするんだけど…」
「ここの家主である藤村雷画殿も、真島殿と同じく任侠者ではある故にそう思うかもしれないな」

ここに入らんとする者を威圧するような物々しい作りの武家屋敷と門を前に、気おされてしまったウェイバーは、呼び鈴を押すことを躊躇した。
もっとも、ライダーは、生前に、色々とそういった荒くれ者達との親交がある故なのか、さして気にするようなそぶりを見せなかった。
それどころか、ライダーは、不安そうにしているウェイバーを安心させるように明るく笑いながら、ウェイバーに代わって呼び鈴を押した。

「はぁ〜い、どちら様でしょうか?」
「初めまして。わしは、徳田竹家と言うのだが…すまぬが、ここに真島殿は居られるだろうか?」
「あ、真島さんですね。今、呼んできますんで、ちょっと待っていてください。真島さ〜ん、お客様ですよ〜!!」

ライダーが呼び鈴を押してから数秒後、門の扉が少しだけ開かれ、この屋敷には似つかわしくない軽い出迎えの言葉と共に、扉の間からウェイバーとさして変わらぬ齢の少女がひょっこりと顔を出してきた。
門から出てきた少女に対し、ライダーは日本ではあまりに有名な自分の真名を隠すために偽名を使いつつ、真島がこの屋敷にいるのかを尋ねた。
すると、ライダーが真島の客であると知った少女は、すぐさま、真島を呼びに門を閉め、屋敷中に響き渡るような声で、真島の名を呼びながら、屋敷の方へと戻っていった。

「何か色々と騒がしい感じだけど…誰?」
「恐らく、真島殿の話を聞く限り、あの娘は、ここの組長である雷画殿の孫娘である藤村大河殿だろうな。なるほど、真島殿の言うとおり、確かに元気で気持ちのいい娘だな」
「元気があるというか、むしろ有り余っているというか…」

門越しから聞こえてくる少女の大きな声に呆れつつ、ウェイバーは、この屋敷について真島からある程度の事を教えられている筈の、隣にいるライダーに少女が何者なのか尋ねた。
ウェイバーの問いに対し、真島との話の中でこの屋敷の家族構成を聞いたライダーは、門から出てきた少女が、藤村組組長である藤村雷画の孫娘である藤村大河である事を告げた。
真島の言葉通りの大河の姿に、ライダーは見どころのある娘であると好意的な印象を抱き、逆にウェイバーは、大河の余りある活力あふれる様に、若干引き気味だった

「よぉ、待たせたなぁ、お二人さん」
「真島殿に、キャスター殿、急な用件で押しかけてきて申し訳ない」
「気にすんやないで。後で、わしと、ガチで喧嘩やりあう時に貸しを返せばいいからのう」

それから数十秒後、大河からの呼び出しを受けて、上機嫌な様子で真島はキャスターを引き連れて門から出てきた。
ライダーは、押しかけ同然の急な訪問をしてしまった非礼を詫びるが、真島はいずれ、ライダーとの再戦を決定するかのような物騒な言葉を交えながら、ニッカリと笑って返した。

「…わざわざ、ここまで、この私を尋ねてきたようだが、それ相応の用件なのだろうな、ライダーのマスター?」
「うぅ…ちょっと、ここじゃ、話しづらいから場所を変えよう」
「そうか。なら、ちょうど、ええ店があるやけど、そこに行こうや」

一方、キャスターはあくまで笑みを浮べたまま余裕の態度を取りつつ、この拠点にやってきたウェイバーを品定めするような目で問いかけた。
自分が試されている事に身を竦ませたウェイバーは、話の内容が内容なだけに、できる限り人目のつかない別の場所で話をしようと提案した。
深刻そうな表情で提案するウェイバーに対し、真島は何やらキナ臭いものを察したのか、すぐに条件に合いそうな場所に、話し合いの場所を移すことにした。

「ふむふむ、なるほどね〜v」
そして、ウェイバー達とのやり取りにこっそり聞き耳を立てていた大河は、すぐさま、携帯電話で連絡を取り始めた。



第21話:密談と訪問



真島たちに動きがあった―――伊達からの連絡を受けた雁夜達は、真島たちが来ると思われる開店前の居酒屋<鬼音磯六>の前に来ていた。

「…ここで間違いないんですよね、雁夜さん?」
「あぁ…さっき、伊達さんから連絡があってな。伊達さんの話だと、真島たちはここに来るはずなんだけど…」

そして、首からカメラをぶら下げて、真島たちがここに来るのか雁夜に尋ねる少女―――蓮の仲間である綾瀬香純に対し、雁夜は間違いないと頷いた。
なぜ、香純がここにいるかと言えば、真島たちが接触した相手というのが、以前、香純が海浜公園にて出会ったライダーのマスターであるウェイバーである事が切っ掛けだった。
雁夜からこの話を聞いた香純は、何れウェイバー達も参加するであろう六陣営会談にむけての事も踏まえたうえで、蓮から護衛役を就けることを条件に、見習いカメラマンとして、雁夜に同行してきたわけなのだが…

「…香純ちゃん、気のせいかな。さっきから、やたらと視線を感じるんだけど」
「雁夜さんもですか? 確かに周りの注目を集めているというか…なんというか…」

とここで、遂に耐えきれなくなった雁夜が、香純に向けて周囲の人々の視線が自分たちに向けられている事を告げた。
これには、香純も気付いていたらしく、ややウンザリとした表情でぼやいた。
実際に、雁夜と香純の言葉通り、ここに来るまでの道中で、雁夜と香純は、ほぼ全てのすれ違った道行く人々の、ものすごい密度の視線にさらされていた。
なぜ、こんな事になったかと言えば、理由はただ一つ。

「ふむ、いったい、何が原因なのだろうな?」
「「いや、間違いなく、お前(あんた)の性だよ(です)!!」」

そして、雁夜と香純は、この視線の集中砲火の原因である、自分たちの背後で不思議そうに首を傾げる、短く切りそろえた黄金色の髪を持つ男―――護衛役として同行した黄金の獣ことラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒに、同時にツッコミを入れた。
本来ならば、雁夜と香純は、蓮か第一天、蓮の仲間やラインハルトの部下であるサーヴァント達に護衛役として就いてきてもらう筈だった。
だが、アインツベルンの森にて何をやらかしたのか、第一天はそのままアインツベルンの城に残り、帰ってきた蓮や戒も妙なテンションの巨乳娘を人質としてお持ち帰りさせられてしまった事で、この浮気(誤解)に怒った女性陣に対し、事の説明という名の言い訳をしなければならなくなってしまった。
これにより、女性陣の大半が蓮や戒の説教に回り、残りのメンバーも煽ったり、宥めたり、フォローを入れたり、八つ当たりされたり、身代りにされたりと身動きが取れなくなってしまった。
という事で、香純の話からライダーに興味がわき、色々と暇を持て余していたラインハルトが、雁夜と香純の護衛役として同行してきたわけなのだが、結果はご覧のとおりである。

「ふむ…私の見る限り、特に目立つような問題はないと思うのだが…」
「いや、服装そのものには問題はないんですけど…」
「明らかに顔立ちが美形すぎて、どう変装しようと、変装しきれていない…というか、街行く周りの女性たちから黄色い視線が集中しているぞ、ラインハルト!?」

とはいえ、ラインハルト本人としては、どこに問題があるのか分からない様子だった。
一応、ラインハルトも、これから会う伊達たちの前では、雁夜の知り合いであるフリールポライターということで振舞う為に、当世風の衣装をまとい、もっとも特徴的で目立つ黄金の長髪を短くして、なるべく目立たないように変装していた。
確かに、香純の言うとおり、服装そのものには問題なかったが、問題はラインハルトの容姿にあった。
ぶっちゃけてしまえば、妬ましそうに言う雁夜の指摘通り、某変質者から人体の黄金比とも称されるほどの眉目秀麗さを持つ故に、ラインハルトが、どんな変装をしようとも、ラインハルトの容姿を引き立たせるものでしかなかった。
それが原因で、ラインハルトとすれ違った街行く人々―――特に若い女性たちの視線を釘付けにしてしまっていたのだ。
雁夜の指摘に、フムと頷いたラインハルトは、しばし、周囲に目を配らせると―――

「特に気にすることもあるまい。所詮、女など駄菓子にすぎん。欲しい時に手に入るのだ。いちいち拘ることもあるまい」
「色々助けてもらっているのにあれだけど、一度ぶん殴っていいか? 世の非モテ男の為に、一回だけぶん殴らせろ、この超絶美形!!」
「というか、こんな台詞をのたまっても、周りの女性は怒るどころか、黄色い悲鳴をあげて、悶絶するって…さすが全覇道神中抱かれたい男ランキングNo1の実力は伊達じゃないか」

―――それほど騒ぐことでもないという口調で、世の男性(非モテ限定)の過半数を敵に回しそうなセリフを真顔で言い切った。
リア獣、爆発しろ!!―――桜を助ける為に手を貸してもらっている身の上とはいえ、やや非モテの部類に入る雁夜は、怒りの血涙を流しつつ、ワナワナと拳を握りしめながら叫んだ。
だが、事実として、香純の言うとおり、普通ならば怒ってもいい言葉さえ、女性を一発で昇天させる惚れ言葉となってしまうほど、ラインハルトの美貌は凄まじいものだった。
だから、イケメンって奴は!! それもこれも全部、時臣の性だ!!―――この厳しい現実からくる非モテ男の遣る瀬無さを、雁夜は心中において、半ば八つ当たりじみた感情で仇敵である時臣に怒りをぶつけるしかなかった。



その後、周囲の視線に耐えながら、店へと入った雁夜達は、ある程度の事情を聞かされていた店主の案内で、伊達たちがいる部屋へと通された。

「よぉ、雁夜、来てくれたか!! ん、そっちの二人は?」
「あ、伊達さん。え、えっと、こっちは、俺の知り合いで―――」
「春人。獅子金春人だ。フリールポライターとして活動している。雁夜とは一年前に知り合った」
「初めまして、同じく雁夜さんの知り合いで、見習いカメラマンの綾瀬香純です」

その後、案内を終えた店主が去った後、雁夜達が部屋に入ると、雁夜に軽く挨拶する伊達と雁夜の見知らぬ青年―――伊達の後輩らしき刑事が仕込んであるカメラの映像を見ながら、部屋で待っていた。
とここで、伊達は、雁夜の連れてきた見知らぬ二人―――ラインハルトと香純がいることに気付くと、二人が誰なのか尋ねてきた。
突然の質問に思わずしどろもどろになる雁夜であったが、すぐさま、フォローに入ったラインハルトと香純は、伊達に向かって簡単に自己紹介した。
ちなみに、ラインハルトの場合は、この世界では色々と有名すぎる名前という事もあり、獅子金春人(命名者:賢姉)という偽名を使う事にしていた。

「おう、よろしくな、お二人さん。俺は、京浜新聞社会部の記者をしている伊達真だ」
「どうも、冬木市警察署捜査一課の秋巳大輔です。ま、今は謹慎中の身の上だけど、よろしくな」
「どうも、よろしくお願いします。ところで、伊達さん、どうして、ここに、真島が来ると?」
「あぁ、そいつは、大輔の伝手でちょっとした情報提供者がいてな」

一応、二人が雁夜の知り合いという事で納得した伊達と後輩の刑事―――秋巳大輔は、雁夜達に同じように自己紹介をした。
とここで、雁夜は、真島がこの店に来ることを、伊達が何故知ったのか尋ねると、伊達は真島たちの情報をまわしてくれた協力者について説明した。
伊達の話によると、謹慎同然の強制休暇を取らされた後、大輔が独自に聞き込みを行っていた際に、偶然、真島らしき男が自分の家に滞在しているという話をしてくれた女子高生に出会ったのが切っ掛けだった。
大輔としては、真島についての情報を得られた事までは良かったのだが、唯一の誤算はその女子高生がとんでもなく行動力の溢れる少女であった事だった。
その後、半ば強引に大輔から事情を聞きだした女子高生は、なんと自分も捜査に協力すると言いだしたのだ。
当然のことながら、大輔は民間人を危険にさらすけにはいかないと拒否したが、結局、その女子高生の熱意と勢いに気おされて、しぶしぶ協力してもらう事になったのだった。

「そういえば、その情報提供者の娘さんの名前―――大輔さん、どこですか!!―――え?」
「お、噂をすれば、来たようだな」
「ここにいたんですね、大輔さん!!」

とここで、雁夜は、その大輔の協力者である女子高生の聞こうとした瞬間、ふすまを隔てた通路の奥から、こちらにも響いてくるような大きな声―――声色から少女と思しき声が耳に飛び込んできた。
何事かと驚く雁夜に対し、大輔はもはや慣れた様子で誰が来たのかが分かった様子で呟いた。
と次の瞬間、部屋のふすまが勢いよく開かれたと同時に、この冬木の街でよく見かける、学園の制服を着、竹刀袋を肩に掛けた少女が殴りこむような勢いで姿を現した。

「えっと、伊達さん…この子がもしかして…」
「どうも、初めまして、藤村大河です。皆さん、今日一日、よろしくお願いします!!」
「大河ちゃん、大河ちゃん…声が、声が大きいから…」

突然現れた少女の勢いにやや押され気味の雁夜に対し、少女―――藤村大河は気合の入った大きな声であいさつした。
とはいえ、一応、今回はあくまで隠れての尾行なので、少し汗をかきつつ、大輔は大河に少し落ち着くように注意した。

「あぁ、それなら、大丈夫ですよ。店のお爺ちゃんの話だと、まだ来ていないみたいですし。それに、私たちがここにいる事は、お爺ちゃんが内緒にしてくれるはずですから」
「ごめんな、大河ちゃん。後で、何か奢るから。伊達さんの必要経費という事…」
「おいおい、勘弁してくれよ…」

しかし、大河はさして気にすることもなく、部屋のふすまを閉めつつ、この店の店主に話をつけてきたことを伝えた。
とりあえず、大輔は色々と協力してくれる大河に、伊達の奢りという形で礼をすると言った―――当然のことながら、軽く頭を抱える伊達の非難めいた視線を受けつつ。

「大丈夫なのかな…こんな調子で…」
「結構ではないか。悪くはない。私が見るに、中々に見どころのある娘であるな」
「へぇ…っとどうやら、向こうも来たみたいですね」

色んな意味で駄目かもしれない―――雁夜も色々と先行きの不安になるような面子に落ち込みそうになっていた。
もっとも、ラインハルトとしては、大河の行動力に見どころを感じたのか、中々好印象の様子だった。
ラインハルトの大河に対する高評価に感心する香純であったが、ここで仕込んでおいたカメラから真島たちがやってきたことを伝えた。


一方、雁夜たちに監視されている事など知らないウェイバー達は、店主の案内でとある部屋に通されていた。

「ここって…こんなところでいいのかよ?」
「安心せいや。ここの店主の爺さんには、話はつけてあるんや。それに、朝っぱらから、こないな時間に飲みに来るような奴はそうそうおらん」
「まぁ、念のために建物の周囲に人払いの結界は張っておいた。さて、そろそろ、本題を聞こうか」
「うん、分かった。実は―――」

流されるようにここまで来たものの、街中の飲み屋の一室で密談することに不安に感じたウェイバーは、落ち着かなさそうに、ここを紹介した真島に尋ねた。
そんなウェイバー対し、真島はさして気にする風な素振りを見せずに、気にせず話を進めろと、ウェイバーを落ち着かせようとした。
さらに、キャスターから人払いの結界を張り、店内に人が入らないようにした事を聞くと、ウェイバーはようやく話を―――バーサーカーの居場所を探る過程で見つけた異常について説明し始めた。

「―――という訳なんだけど」
「ふ〜ん…わしは魔術っちゅうもんは、からっきし分からからのう…んで、キャスターの嬢ちゃんどうなんや?」
「…少なくとも真っ当な魔術師のやり方ではないな。だが、当たり前の魔術師の思考であるほど盲点を突かれる手ではある。もっとも、個人でこれだけの事をできるとは思えんがな」

緊張しながらもウェイバーが一通り説明を終えた後、真島は魔術師としての知識がまったくないので今一つ理解できないでいた。
とりあえず、大変な事態になっているという程度で受け止めた真島は、自分よりも魔術の事に詳しいであろうキャスターに首を傾げながら尋ねた。
一方、キャスターは、魔術師としての立場から、ウェイバーが見つけたこの事実に不穏なものを感じずにはいられなかった。
本命の工房を隠すために、あえて複数の場所から魔術の痕跡をばら撒く―――このやり口を考え見るに、魔術は秘匿すべきという大原則を無視しているため、真っ当な魔術師の仕業とは思えなかった。
だが、それ以上に驚くべきは、情報収集に特化したアサシンや監督役である聖堂教会の目を掻い潜り、これだけの大仕掛けな仕込みができる組織が動いているという事だった。
それだけに、ウェイバーの得た事実は、この聖杯戦争の動向を左右しかねないほどの重要な情報だった。

「しかし、小僧―――見かけによらず、随分と優秀な魔術師なのだな」
「皮肉かよ、それ…こんなの魔術師のやり方としちゃ、下の下の方法だって、あんたなら分かるはずだろ…」

それだけに、初歩的な錬金術の実験でこの事実に辿り着いたウェイバーの功績に、キャスターはしげしげとウェイバーを見ながら、やや素直ではないものの、称賛の意味を込めた褒め言葉を贈った。
しかし、ウェイバーとしては、キャスターの言葉が皮肉にしか聞こえなかったのか、不満そうに呟きながら、そっぽを向いた。
知略を尽くして敵の裏をかき、互いの奇跡を競い合う魔術勝負を想像していたウェイバーとしては、才能のない凡人がやるような地道な調査で得られた成果に屈辱めいた後味の悪さしかなかった。

「何言うとるんや、坊主。そねん自分を卑下するもんやないで。そもそも、他の連中で、坊主でも思いついた事に、気付いとる奴はおらんのやろ? そないな間抜けに比べたら、坊主は大したもんやで」
「その通りだ、ますたぁ。歩みは小さくとも、この一歩は間違いなくますたぁの見つけた情報のおかげだとわしは思うぞ」
「まぁ、貴様がどう思おうと構わんが…この私が他者に対しての称賛など滅多にないものだぞ。その意味が分かるな、ウェイバー=ベルベットとやら?」
「…あ、ありがとう」

だが、自分の功績をつまらないものと卑屈そうにするウェイバーに対し、真島、ライダー、キャスターはそれぞれの言葉でウェイバーを評価した。
―――卑屈な態度を取るウェイバーに呆れながらも、子どもを褒めるように豪快な笑みを浮べる真島。
―――ウェイバーが、今後の展開を左右する情報をもたらしてくれたことに真剣な顔つきで称えるライダー。
―――蠱惑的な笑みを浮べながら、含んだ言葉でウェイバーという魔術師が優秀である事を認めている事を伝えるキャスター。
言い方は違えども、自分を褒めてくれる三者三様の言葉に、ウェイバーは泣きそうになる自分の顔を見られないように俯きながら、か細い声で感謝の言葉を口にした。

「まぁ、それはさておき…バーサーカーの魔力による反応ではない事は確実だろうな。奴は倉庫街の一件以降、間桐邸に引き籠っているはずだからな」
「そうなのか!? いや、何で、そんなことを知っているんだよ?」

とここで、話を元に戻したキャスターは、発電所の廃墟近くから得た魔力の残留痕がバーサーカーのモノではない事と、バーサーカーが間桐邸にて引き籠っている事を伝えた。
これには、ウェイバーも、自分の予想に反し、間桐陣営があの危険極まりないバーサーカーを手元に置いているという無謀な行為に驚くしかなかった。
とここで、ふと、ウェイバーはキャスターがなぜ、その事を知っているのか疑問に思い、キャスターに尋ねた。
ウェイバーの質問に対し、何かを考え込むように、ふむと少しだけ頷いたキャスターは―――

「簡単な事だ。一昨日、バーサーカーが呼び出したサーヴァントからその事を教えられただけだ」
「あぁ、そう…って、えぇえええええええええ!? ど、どういう事なのさ、それ!?」
「…端的に言えば、バーサーカーを打ち倒したいのは、私達だけではないという事だ」

―――蓮たちからバーサーカーの動向を聞いたことをあっさりと打ち明けた。
あまりに自然な形でキャスターが答えたのでそのまま流しそうになったウェイバーは、言葉の意味を再確認すると大声で驚きながら、キャスターに事情を問い詰めた。
色々と表情豊かで騒がしい小僧だな―――ウェイバーの驚き振りをそう評価しながら、キャスターは、アインツベルンの森で蓮たちが語った事を話し始めた。
―――蓮達がバーサーカーに召喚されたものの、第六天が聖杯を獲得するのに協力するつもりはない事。
―――バーサーカーのマスターである間桐桜を助けるという目的がある事。
―――そのために、第六天を討ち果たすための方策を決める為に、近いうちに六陣営合同会談を開こうとしている事
―――すでに、セイバー、アーチャー、ランサーの三陣営(マスターの意向完璧無視)がこの会談に参加する事。

「―――そういう訳で、マスターと話し合った末、彼らに協力する事にしたのだ」
「そ、そんな事が…でも、大丈夫なのか? 相手は、あのバーサーカーの呼び出した連中なんだろ?」
「少なくとも嘘はない筈だ…あれだけの力を有し、騙し討ちをするほどの理由も考えられん。それに…あの女神の抱擁は、まるで母親に抱きしめられるような温かい抱擁だった。少なくとも、あの女神に邪な偽りなどない事は確かだ。できれば、もう一度味わいたい…」

そして、キャスターは、真島との相談のうえで、蓮たちに協力することにしたのを、ウェイバーに教えた。
これには、ウェイバーも、キャスターの話を聞き、自分の知らないうちに、事態が予想以上に進んでいる事を思い知らされた。
ただ、あのバーサーカーの呼び出したサーヴァントという事もあり、ウェイバーも罠ではないかと不安そうに尋ねるが、蓮たちの実力を、身を以て味わったキャスターはきっぱりと罠の可能性を否定した。
ちなみに、何故か、キャスターは黄昏の女神ことマリィに関して熱く語っているようだったが、踏み込めばドツボにはまるような展開になると予想したウェイバーはあえて突っ込まなかった。
ぶっちゃけ、マリィについて語るキャスターは、頬を染め、恋い焦がれるような遠いまなざしという、お姉さまに恋する百合系少女まっしぐらな雰囲気を醸し出していた。
とまぁ、それは、さておき、この魔力の痕跡がバーサーカーのモノではないと判明したものの、その先が問題だった。

「んで、その怪しげな発電所からたれ流されとる魔力の残滓は何やちゅう話になるんやな」
「人が寄り付かない廃墟ってことなら確かに工房としちゃ最適な場所なのは確かだろうな。でも、こんな大がかりな手を使ってまで、他陣営が工房を作る理由もない…」

不思議そうに首を傾げる真島の言うとおり、この発電所の廃墟近くの川で見つかった魔力の痕跡は何なのかが、以前分からないままだった。
ウェイバーも、一応、他陣営の作った工房ではないかと考えたが、如何にかく乱のためとはいえ、複数の場所から魔術の痕跡を垂れ流すという、魔術の秘匿を絶対とする魔術師のセオリーから外れ、あまりに大がかりなやり方に疑問を感じずにはいられなかった。
そのことを踏まえたうえで考えると、残る可能性は一つしかなかった。

「残るは、セイバーのマスターを窮地から救った謎のメイド仮面か…」
「そもそも、倉庫街の一件においても妙な介入はあった。そのことを踏まえれば、有りえん話ではないか」
「でも、僕たちを助けたりすることに何の目的があるんだ?」

そして、ライダーは、キャスターの話で出たアイリスフィール達を救った正体不明の死徒―――通称:メイド仮面の名を口にしながら呟いた。
また、キャスターも、倉庫街の戦いにおいても、バーサーカーが暴走した際に、どこからともなく発煙筒が投げ込まれていた事を口にした。
あの時は、他陣営による援護だと考えたが、セイバー達から話を聞く限り、マスター達も援護する余裕はなかったらしく、そもそも、マスター達の居た場所からでは、発煙筒が届くはずもなく、その可能性は極めて低かった。
ただし、発煙筒を投げた相手が、メイド仮面のような人外の力を有する死徒であるならば、話は別だった。
もっとも、これだけの情報だけでは、ウェイバーの指摘通り、メイド仮面達が自分たちの窮地を助ける理由や何のために大がかりな隠蔽工作を仕掛けたまでは分からなかった。

「何を企んでいるかは見当もつかんが…ライダーらと共に、その発電所の廃墟を調べる価値はありそうだな、真島?」
「そうやな。ここのところ、暇やったからのう。ひと暴れありそうな、こないなキナ臭い話…坊主と一緒に探りをいれんのも悪ないからのう」
「え、それって…」

目的は不明だが、メイド仮面らが何かを企んでいる―――これを見過ごすのは危ういと判断したキャスターは、その問題の発電所の廃墟に向かう事を、マスターである真島に提案した。
対する真島も久しぶりに大暴れできる機会がある事を期待しつつ、このキャスターの提案に賛成した。
このキャスターと真島のやり取りを聞いたウェイバーは、自分たちの名前を口にしながら話をしていたことに、これがウェイバー達に対する一つの答えであることに気付いた。

「いずれ、六陣営との共同戦線を組むことを考えれば何も問題はあるまい」
「そういう訳やから、これから、よろしく頼むで、坊主」

私(わい)はお前らと一緒に組むぞ―――こちらを試すように不敵な笑みを浮べたキャスターと豪快に笑みを浮べた真島は、それぞれの言葉で、ライダーたちと同盟を受け入れた。
最初からライダーらに好意的な真島はともかく、キャスターとしては、今回の件において、ウェイバーによって発電所の廃墟の一件が分かった事、蓮たち以外でライダーのみが六陣営協同でのバーサーカー討伐を思案したことを踏まえた上で、ライダーたちの同盟が有効であると判断したのだ。

「ありがとう、真島殿、キャスター!! これより、“絆”を結んだ仲間として共に戦おう!!」
「まぁ、バーサーカー倒すまでちゅうのは忘れんなよ。わしとしたら、あの腐れ外道が前座で、本命のあんたとの殴り合いが楽しみなんやからのう」
「あぁ、もちろんだとも!! 互いに全力を出し切る事で結べる“絆”もあるのだからな!!」

このキャスターと真島の同盟受け入れに、ライダーは真っ先に二人に礼を述べながら、握手をするために手を差し出した。
対する真島は、あくまでライダーとの真剣勝負こそが自分の本懐であることを告げて、ライダーに釘を刺しつつ、ライダーの手をガッチリと固く握り返した。
互いに全力を出し切ったうえで闘い尽くす―――その想いと共にライダーと真島は、互いを好敵手であると認めながら、漢同士の熱い誓いを立てた。

「あっちは盛り上がっているけど…あんたはそれでいいのかよ、キャスター?」
「ふぅ…元より、私の願いなど、あの女神の抱擁を受けた時点で意味を失っている。だから、今は、バーサーカー討伐のついでにマスターの意向に従っているにすぎん」

異様な盛り上がりを見せるライダーと真島に何となく居心地が悪そうになったウェイバーは、やれやれと言った表情で暑苦しそうに呆れるキャスターに、恐る恐る話しかけた。
これで度胸があれば言う事なしなのだが―――そう思ったキャスターは、少しだけウェイバーの反応を楽しみつつ、余裕の表情を保ったまま、今の自分に聖杯を欲する理由がないことを伝えた。
マリィによって、精神錯乱スキルを取り除かれたキャスターの中では、すでにあれほど狂わんばかりに望んでいた人類鏖殺という願いは意味を失っていた。
正直な話、キャスターとしては、バーサーカーの一件が片付き、真島とライダーとの決着がついた後、何をしていいかも分からず、どうしようかと先が見えないでいた。

「何か雰囲気が変わったよな、あんた…」
「そうか…? いや、そうなのだろうな」

倉庫街で会った時より余裕のある態度を見せるキャスターに、ウェイバーは、自分の想像していた邪悪な魔女というイメージとはかけ離れたキャスターを見て、緊張による反動からなのか肩透かしを食らったように呟いた。
そして、キャスターも、ウェイバーの言葉に頷きながら、先ほどまでの蠱惑的な笑みではなく、年相応の少女のような表情で微笑み返した―――隣の部屋で自分たちの会話を盗み聞きしている連中に注意を払いつつ。



そして、ウェイバー達が部屋から出て行ったあと、隣の部屋にてウェイバー達の会話を盗み聞きしていた連中―――雁夜達は、突拍子のない話に困惑の色を隠せないでいた。

「えっと、どういう事なんですかね?」
「正直なところ、キナ臭い以前に、胡散臭いとしか言いようがないぜ」
「まぁ、俺も、あの光景を見ていなかったら、信じられなかったでしょうけど…」

キャスター達の話の内容に今一つ着いて行けずに首をひねる大河対しても、伊達は何とも言えず、想像していた以上に現実離れした話に何とも言えない微妙な表情で露骨に怪しむしかなかった。
一応、倉庫街での一件でバーサーカーの暴走に巻き込まれた大輔としては、現実味のない話ではあるが、ある程度は事実として半ば無理やりに受け止めるしかなかった。

「やっぱりか…どうするんだ? さすがにこれ以上、伊達さん達を巻き込むわけには…」
「そうですね…さすがに、これ以上は―――ふむ、行くぞ―――え?」

一方、困惑する伊達たちとは違い、聖杯戦争についての事情を知る雁夜は、聖杯戦争絡みの一件である事を知り、別の意味で困惑していた。
もし、これ以上、不用意に、この一件に深く関わりすぎれば、魔術の秘匿を旨とする魔術師であるマスターたちによって、伊達たちに何らかの危害が及ぶ可能性が充分にあった。
どうすれば、伊達たちをこの一件から遠ざけられるか?―――この難題に雁夜と香純が頭を悩ましていると、不意にラインハルトの促すような声が耳に飛び込んできた。
何事かと思った香純が前を見ると、そこには荷物の準備を終えたラインハルトが立っていた。

「行くって…まさか、あいつらの後を追うつもりなのか!?」
「当然だ。それ以外に、どうしろというのだ?」

ラインハルトの言葉に呆気にとられかけた雁夜はまさかと思いつつ、このまま、伊達たちと一緒に、ウェイバー達を尾行するつもりなのか問い詰めた。
雁夜としては、てっきり、ラインハルトも、これ以上伊達たちを巻き込まないようにするものとばかり思っていた。
だが、ラインハルトは、雁夜の予想に反し、このまま、伊達たちを同行させることをあっさりと肯定し、他にやるべきことなどないという口ぶりで首を傾げた。

「正気なのか!? あいつらの会話からして、どう考えても、頭のヤバい奴の話としか言いようがないだろ!?」
「ふむ…それでどこに問題があるというのだ、雁夜よ」
「それでって…」

これには、雁夜も伊達たちを連れて行こうとするラインハルトを止めようと、聖杯戦争に関することを伏せつつも、ウェイバー達が危険人物である事を訴えた。
だが、ラインハルトはそれにどのような問題があるのかと言わんばかりの態度で一切揺らぐこともなく、平然としていた。
あまりに堂々としたラインハルトに言葉を失う雁夜であったが、ラインハルトはさして気に留める事もなく、直も言葉を続けた。

「雁夜よ。我らの目的は、この事件の真相を暴くことにあるはずだ。ならば、その一端を掴んでいる彼らを追う事に何の問題がある。それにな、今の私は記者として、いかなる時も全力でもって真相を暴くことに命を懸けねばならぬ。ならば、そのような危険に恐れてどうする?」
「そ、それはそうだけどな…」

やるからには全力を以て挑む―――変装とはいえ、今のラインハルトは、フリールポライターという立場である以上、全力でその役割を演じるつもりだった。
故に、ラインハルトは、伊達たちと共に事の真相を明らかにするために、一切妥協するつもりなどなかった。
まともかと思ったけど、別の意味ですごい面倒くさい性格だぁ!!―――そんな心中を隠しつつ、今更ながら、ラインハルトを連れてきたことを後悔し始めた雁夜は、なんとか伊達たちからも、ラインハルトを止めてもらおうと視線を送った。

「すごいです、春人さん!! まさに真実を追い求める記者の鑑ですね!! 私、感動しちゃいました!!」
「ほう…卿はついて行くつもりのようだが、良いのかな?」
「当然です!! 関わった以上、最後までお付き合いさせてもらいます」
「良い返事だ。それで、卿らはどうするかね?」

そして、真っ先に反応した大河は、雁夜の期待とは裏腹に、ラインハルトの見せた記者魂に感動し、強引にラインハルトの手を握りながら、やる気を漲らせていた。
さすがのラインハルトも、よもや、この中で一番若い少女が真っ先に賛同するとは思っていなかったため、もう一度、念を押すように確認した。
それでも、胸を張りながら付いて行くと言い切った大河を見て、ラインハルトは少しだけ笑みを浮べた。
配下として迎えるには、少々無鉄砲ではあるが、こちらを退屈にはさせぬ中々面白い娘だ―――そう大河を評価したラインハルトは、物怖じしない大河の姿勢を称賛しつつ、伊達と大輔の方に目を向けた。

「まぁ、事件に関わっちまった以上は、女子供に後を任せて、さよならって訳にはいかねぇからな」
「俺も行きますよ。民間人に丸投げしちゃ、警察官としては税金泥棒の誹りは免れませんからね」
「ふむ、結構だ。己の職務に誇りを持つ者として敬意を払いたいところだ」

そして、伊達も大輔も、自らの意思で危険な場所に向かおうとする大河のような女の子を置いて逃げ出すような恥知らずな男ではなかった。
記者として、警察官として、それぞれの立場から、伊達と大輔は、ラインハルトと同行することにした。
これには、ラインハルトも、己の職務を果たさんとする伊達と大輔の姿を見ながら、満足そうな顔で二人をたたえた。

「では、追うとするか、雁夜よ。まさか、このまま、残るとは言うまいな?」
「あぁ、もう好きにしろよ…くそ、本当に連れてくる相手を間違えたかしれないな」
「一応、ある程度は予想していましたけどね…カリスマ性はA++だし」

ここにきて、伊達たちの賛成を得たラインハルトは、早速、ウェイバー達の後を追わんと、未だにしり込みしている雁夜を促した。
こうなってしまっては、自分の力ではどうすることもできないと判断した雁夜は、心底、ラインハルトをこの場に連れてきてしまった事を後悔しながら、しぶしぶついて行くしかなかった。
一方、香純の方は、色々とラインハルトのカリスマ性の高さを知っていたため、諦めたような表情でついて行った。
そして、雁夜達が店から出て行った後―――

「…もしもし、急を要する用件が―――」

―――店主の老人は、誰もいなくなったのを見計らい、どこかに連絡を取り始めた。


ちょうど、その頃、電車を乗り継いで冬木の地にやってきた凛と近藤は、無事に欝蒼とそびえたつ洋館―――間桐の姓となった桜の居る間桐邸の門前に立っていた。

「ようやく着いたわね…もう、何度、お巡りさんに呼び止められたと思っているのよ!?」
「ハハハ…俺ってそんなに怪しいのかなぁ。あ、でも、凛ちゃんだって改札口で半泣きになってたじゃん!!」
「…あ、あれは仕方ないの!! 魔術師はああいうのに苦手なんだから!!」

もっとも、ここに着くまで道中の事について、少しだけ頬をひきつらせた凛は、隣にいる近藤を半眼で睨みつけながら、うんざりした表情で文句を言った。
実は、近藤と凛がこの間桐邸までに辿り着くまでの間、すれ違った警官及び駅員などから、近藤は幼女を誘拐しているロリラ(ロリコンなゴリラの略)と間違わられて、職務質問はもちろんの事、警察署に連行される事が何度もあったため、予想以上の時間を喰ってしまったのだ。
何で、この世界の人間ってゴリラ扱い率が高いんだろう―――そんな事を考えていた近藤は、あまりに不条理な現実に泣きそうだった。
とはいえ、ここに辿り着くのが遅れたのは、近藤の言うとおり、魔術師の家に生まれた宿命なのか、致命的な機械音痴である凛が切符販売機や改札口にて想像を絶する悪戦苦闘ぶりを繰り広げたためでもあるのだが。
これには痛いところを突かれたのか、視線をそらす凛だったが、すぐさま、誤魔化すようにポカポカと近藤の身体を叩きながら、勢いで捲し立てた。

「まぁ、それより、早く、呼び鈴を押そうぜ」
「う、うん…分かっているわよ」

とりあえず、これ以上警官が、通りがからないうちに用を済ませたい近藤は、凛に門前の呼び鈴を押すように促した。
近藤の言葉に促された凛は、門前の呼び鈴を押そうとしたが、不意にボタンを押す直前に、その指が止まってしまった。

「…怖いのか、凛ちゃん?」
「だって、もう、桜は―――ピンポーン―――え?」

とここで、呼び鈴を押すことに躊躇する凛に気付いた近藤は、何かに怯えるように震える凛に向かって尋ねた。
近藤の問いかけに対し、立ちすくんでしまった凛は口ごもらせながら俯いてしまった。
確かに、かつて、桜は凛の妹だったかもしれないが、今は養子に送られた間桐家の人間なのだ。
これまで、桜は自分の妹ではなくなったと言い聞かせていた凛としては、今更、桜に会う資格が自分にあるのかと思ってしまったのだ。
どうすればいい?―――そんな考えが凛の頭の中で駆け巡った瞬間、不意に呼び鈴の鳴る音がした。
凛が慌てて、顔を上げると、そこには、あっさりと呼び鈴を押した近藤の姿があった。

「ちょ、ちょっと、近藤!! な、何しているのよ!?」
「大丈夫だって、凛ちゃん。そう深く考えなくても、どんなに離れていても、他所の家の子になったって、桜ちゃんは凛ちゃんの妹だろ? 姉ちゃんが嫌いな妹なんていやしねぇよ」

自分が意を決する前に、呼び鈴を押してしまった近藤に対し、若干涙目になった凛は大慌ててで詰め寄った。
だが、呼び鈴を押した近藤は慌てる凛とは対照的に、慌てる凛を宥めながら、これ以上凛が不安がらないように豪快に笑って返した。
何を根拠に言っているのよ、馬鹿…―――不満そうに唇を尖らせる凛であったが、その一方で、一歩を踏み出せない自分の後押しをしてくれた近藤に少しだけ感謝していた。
とここで、間桐邸の玄関の扉が開き―――

「はい、どちらさまでしょうか?」
「神父って…誰なんだ、凛ちゃん?」
「そんなこと知るわけないでしょ!! 私も初めて見たんだから」

―――そこから現れたのは、やや中年に差し掛かった年代特有の草臥れた様子の、神父服を着た男が、近藤と凛がいる門前のところまでやってきた。
何者かを尋ねる神父服の男に対し、近藤は思わず凛の方を見るが、間桐家についてある程度の事を知る凛も知らない様子だった。

「あの、申し訳ありませんが…あなた方は…?」
「あ、えっと、実は―――」

とここで、再度、聞き返してきた神父服の男に対し、近藤はとりあえず、この神父服の男が、間桐家の関係者かもしれないと思い、神父服の男にここに来た理由を話し始めた。

「そうですか…それで、桜さんに会いに来たという訳ですか」
「そうなんっすよ。ところで、桜ちゃんは何処に…?」
「桜ちゃんでしたら、今、家の中に居ますよ。色々と物騒ですからね」

やがて、近藤の説明を聞き終えた神父服の男は、なるほどと頷きながら、近藤たちが桜に会い来たことを分かってくれたようだった。
とりあえず、すぐに警察に連絡しない分だけ、物わかりのいい人だ―――そんな事を心中で考えながら、桜の居場所を尋ねる近藤に対し、柔らかい笑みを浮べた神父服の男はあっさりと間桐邸に桜がいることを告げた。

「あぁ、そうなんっすか!! なら、早速、桜ちゃんに―――お引き取りください―――え?」
「聞こえませんでしたか? 私はお引き取りくださいと申し上げたのです」

間桐邸に桜がいることを知った近藤は、早速、桜に会わせてもらおうと頼みかけた瞬間、近藤が頼もうとする前に、はっきりとした拒絶の言葉が遮った。
思わず、驚いて目を丸くする近藤に対し、神父服を着た男はそれまでの微笑みの表情を一転させ、二人を桜に会わせないという拒絶の言葉と共に、冷たいまなざしで近藤と凛を見据えていた。












おまけ

間桐邸の門前にて何やら不穏な空気が漂い始めている頃、その間桐邸の中では、関わる者すべてを震え上がらせるほどの、想像を絶する修羅場が形成されていた。

「蓮…ちゃんと話を聞いている?」
「はい…」
「藤井君、さっきからそればっかりしか言ってないよ」
「はい、すみません…」
「すみませんって言葉は、もう聞き飽きたんだけど。他にいう事があるんじゃないの?」
「はい…ごめんなさい」
「って口では何回も謝っているけど、本当に反省しているのかしらね?」
「いや、本当に反省しているから!! 本当に!! 確かに、巫女さんの尻もんで乳ガン見したのは事実だけど…アレは不幸な事故だったから!!」

ぐるりと取り囲まれる中で少年―――藤井蓮は何時間も、周囲から途切れることなく送られる冷たい視線に晒されながら、ただひたすらに正座した状態で俯いていた。
―――未だに頬を膨らませながら怒る金髪の少女に返事を返した。
―――内心に溢れる怒りを抑えつつ静かに問いかける不思議系少女のツッコミに、この状況の中で、何十回も口にした言葉を繰り返した。
―――もうその言葉は聞き飽きたと冷静さを装いつつ、燃え盛る剣をチラつかせながら問い詰める、燃えるように紅い髪をした少女に、もう何百回も口にした言葉を只管繰り返した。
―――本当に反省をしているのか不満そうに愚痴をこぼすナイ乳少女に、もはや数えるのも億劫そうになるくらいの土下座を繰り返しながら謝り続けるしかなかった。
だが、これだけ蓮が謝っても、蓮を取り囲む少女の怒りは収まるどころか、ますます、そのボルテージを鰻登りに上げていた。
なぜなら―――

「うふ、恰好つけたがる割に、意外と女の子の扱いはうぶな方なのねv このギャップ嫌いじゃないわ、素敵!!」
「だから、お前は、さりげなく、俺の頭に乳乗せるなぁああああああ!! 勝手に人質とか言い出して、こっちに来るかと思えば…お前ら、誤解するなよ!! 俺が連れてきたんじゃないからな!! 勝手に付いてきただけだからな!!」
「「「「…(絶対零度の視線」」」」

―――時臣達が勝手な事をしないようにと人質として、どういう訳か蓮に惚れてしまい、蓮に無理矢理ついてきたハイテンションという名の狂人巨乳娘こと、葵・喜美が見せつけるように、蓮の頭の上にその立派なモノを乗せているのだから!!
いい加減にしてくれぇ!!―――そう心の中で泣きそうになりながら、蓮は後ろでしがみ付く喜美にむかって離れるように言いつつ、自分がお持ち帰りした訳ではない事を、只管にその様子を冷たい目で見る4人の少女に言い訳という名の弁解をした。
普通ならば、このおいしい状態を喜ばない男はいないだろうが、今も冷たい視線で蓮を睨み付けている、怒れる阿修羅となった4人の少女の前では、大紅蓮無間地獄に匹敵する最悪の状況でしかなかった


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