・・・三歳六ヶ月・リミット半年
「じゃあ凪、いい子にしてるんだよ?」
「うん!」
「おばさん達の言うことをきちんと聞くんだよ」
「もう、兄さん大丈夫よ!凪ちゃん本当にいい子だもの」
「そうかい、じゃあしばらく凪のこと頼んだよ」
「任せて兄さん」
私からみて叔母にあたる喜和子さんと短い挨拶をした後、私の頭をなでて
お父さんはいってしまった。
「さぁ、凪ちゃん中に入りましょうか」
「うん」
今、私がいるのは東京都文京区にある一戸建ての前。
ここは、お父さんの妹にあたる喜和子さんご夫婦のお宅だ。
お父さんは何でも考古学のフィールドワークで海外にいくとかなんとか。
まぁ、家にそれらしい本がいっぱいあったから、そういわれれば別に不思議ではないんだけど、お父さんはこの三年半どうやって生活費を捻出してきたんだ?
・・・もしかして考古学者にも育休があるとか?
「喜和子、義兄さんはでかけたのかい?」
「えぇ、いま」
「せっかくだから羽田まで送っていったのに」
「いいのよ、兄さんって昔から風来坊みたいに一人でフラッと出掛けてたから見送 りってのにあんまり慣れてないみたいだし、“家から一歩出れば冒険の始まり” っていっつも口にだしてたから羽田にいく道のりも楽しみたいんでしょ」
言葉自体は何処かそっけない感じだが、やっぱり口調の端々には家族間のなんともいえない温かいものを感じた。
まぁ、今はこんなまともそうな会話をしているこの夫婦だが一度暴走すると誰にも
止められない暴走夫婦と我らが親戚一同には有名らしく、あの妻にしてあの夫その子供はどんな爆弾娘になるのか今から楽しみであると、苦笑い交じりで他の親戚が話しているのをよく聞くが、まさかそれが私にも飛び火してくる日が来るとはこのときはまだしらない。
「凪ちゃん遊ぼう」
リビングで夫婦の話を聞いていると、この家の爆弾娘こと橘 華火である。
にっこり笑うその笑顔は太陽から降り注ぐ光のごとく明るく、将来は美人さんになること請け合いだろうな、というくらい可愛い子なのだが・・・。
「ママ、外で遊んできていい?」
「晩御飯までには帰ってきなさいね」
「車には気をつけるんだよ」
「は〜〜〜い」
(ってちょっとまて!?)
は、華火ってたしか私と同じ三つだったよね!?
私みたいな境遇の子ならまだしも、普通の三歳児を二人で外に遊びにいかすなよ!
「じゃあ、いこ凪ちゃん」
ニコッと笑った華火は私の片手をギュッと掴むと物凄い力とスピードで私を外に連れ出すのであった。
まさに暴走夫婦と爆弾娘・・まさか、自分の父親もこんな一面を持っているんじゃないかと思うと一抹の不安をぬぐい切れず、当てもなく引きずられる私は涙した。
こいつ本当に人間か?
とか思うぐらいの猛スピードで走っていた華火が足を突っ張るようにブレーキをかけ、砂埃を舞わせながら減速して止まるとそこは数段の階段と文京区にこんな場所があったんだ、と思わせる杉並木が続いていた。
「この先にねぇ、華火が遊んでる場所があるんだ」
そうにっこり笑う華火だが、高い杉に覆われたこの道はまだ真昼間だというのに日の光があまり差さず、薄暗い印象を与える。
私ならまだいい。
黒髪、黒目の平凡な顔立ちだし、もし変質者に襲われて能力でなんとか逃げるぐらいはできるだろうが、華火は違う。
「どうしたの?凪ちゃん」
杉並木をみながら考え事をしていたせいか、心配そうに私を覗く華火の顔。
華火は先ほども思ったとおりすこぶる美人さんだ。
生まれたとき私は美人になるといった父さんにはわるいが、私は10人いれば10人とも平凡であると認識するだろう。まぁ多少親ばかのけがある父さんはきっと認めないが、事実はそうである。
だが、華火の場合は喜和子さんとその旦那さんである恭司さんのいいとこどりをしたようなそんな子だ。
目はくりっとして大きく、薄茶色。髪は色素が薄く栗色にもみえる茶髪のセミショート、天パがはいってるのか多少髪がウェーブしてるがそれもまた美少女を際立たせるエッセンスの一つ。うん、大人しくしていればそん所そこらにはいない美少女である。
「華火ちゃん、いつもここ通るの?」
「うん」
・・・まったく警戒心のかけらもない言い分に苦笑いもでない。
まぁ、三歳児に警戒しろなんて方が無理な話か。
「この先になにかあるの?」
「うん、古い神社があってねいつもそこで遊んでるんだ」
にっこり笑う華火。
・・はっきり言おう、今時の神社なんてかなり大きくなきゃ宮司すらいない場合が
ある。・・つまり変質者にとっては鴨が葱しょってやってきたようなもんだ。
「はっ華火ちゃん変な人が来ると危ないし、公園とかで遊ばない?」
「?変な人なんていないよ?、たまにアイスを買ってくれたり、アメをくれたりするおじさんならいるけど」
(・・・よく無事だったなこの子・・・)
「だから大丈夫だよ!」
にっこり笑いまたもや私の右手を掴むとぐいぐいと引っ張っていくのであった。
ため息をつきながらも、止めても無駄だと思い引っ張られながらついていくと
一分もかからなかったろうか、見えてきたのは緋色の鳥居。
だがイメージしていたよりも大分小さく、そして一本ではなかった。
華火についていきながらたどり着いた鳥居は大人二人並んで通れるかどうかといったもので、少し遠くからみた印象と代わらずあまり大きくはないようだ。
その先に連なるように並ぶのは目の前にある鳥居と同じく緋色の鳥居。
イメージとしたら京都の千本鳥居だろうか。
ただ、あそこまで数は多くなくせいぜ10本程度、・・でも、なんだろう・・。
(思っていたより空気が淀んでない)
あのあまり光を通さない杉並木のイメージでは、人はきていないのかと思ていた。人が動けば空気が動き、淀みも動く、だから人がある程度きているとこ
ろなどは邪気も一つにとどまりにくいものと、銀子さんがいっていた。
だが、逆に参拝客などの減った現代の神社仏閣は徐々に穢れや邪気を溜め込み始めているのだと・・。
「凪ちゃん!早く行こうよ」
どうやら鳥居の前で立ち止まっていたらしい私を、ちょっとむくれながらも引っ張ろうとする華火に、頷きなら鳥居を通ろうとすると・・。
『おやおや、また来たのかえこの子は』
通ろうとしたときにきこえてきた少ししゃがれた声に反応し、目線だけをそちらに向ければどうやら鳥居の前には狐がいたらしい。
伏見稲荷などでは、殆どの神社が狛犬ではなく狐が守りをするからあまり珍しい光景ではないんだけど、そのどこか呆れたようなでも嬉しそうな声が少し気になた。
鳥居をぬけると、少し広めの境内。
そこは思っていたよりも明るい居場所だったけど、やっぱりお社などは小さく参拝客は見えなかった。子供の遊び場としては好きそうな場所だけど・・。
「華火ちゃん、いつもここで遊んでるの?」
「うん、友達と遊べないときはここだよ」
にっこり笑う華火の言葉には嘘はいっさいないと思うけど、なんだろう何か違和感があるのは・・。
「凪ちゃん、何して遊ぶ!」
まぁ、こんな屈託のない笑顔を浮かべてるんだからそんな深刻なことでもないんだろうけど。
「何してあそぼっか」
この時の私は華火のことばっかり気にしていて、後ろから私達を見ていた存在に全然気がつかなかったんだ。
まぁ、よくよく考えれば気づかないのはかなりまずいことなんだけど、
何もなかったしよしとしておこう。