『12月15日 視点者 アーク』
「ッチ、ここにもゾンビかよ……」
アークはUSPをゾンビの頭に銃口を向け、引き金を引いた。
ハンドガン系のUSPは黒い塗装が施され、グリップもアークの手にフィットするように微妙に調整されている。
サプレッサーを装着しているおかげか、激しい銃声は響かない。
力の抜ける音は、このゾンビだらけの市街地にすぐにかき消された。
フランスの首都パリ、花の都で有名なここに突如としてゾンビ化するウイルスが何者かの手によってばらまかれた。
今回のウイルスは『B−ウイルス』と呼ばれ、体液によって感染する。ウイルスの中でも安価に作られ、テロ組織には打って付けの兵器だ。
「(短期留学中にとはまた都合のいい話だな……)」
アークは黒髪と黒い瞳を落ち着かせ、目的地の大学の玄関でため息をついた。
彼がこんなところにいるのは、テロに巻き込まれたからではない、救助を要請されたからここに自分から望んで来ている。
太陽の落ちた夕暮れをアークは静かに見上げた。
ポケットからスマートフォン型の携帯端末を取り出すと、玄関のPCに認証コード合わせる。
認証コードが一致し、緑色でクリアの文字が表示され、画面下には『レイラ御令嬢』と表示される。
今回の目的は人命救助、アメリカ大統領令嬢、レイラ御令嬢の救出だった。
大学の門が開かれる。
ため息を吐き捨て、アークは走り出した。右手に持つハンドガンのUSPのほかに背中にはアサルトライフルのM60、腰には手榴弾が三つほどぶら下がっている。服は見た目もよく、ジャケットに下には白のワイシャツ、ベルトに黒いズボンという普通にしていればどこにでも居そうな服だがこれらすべてが防弾使用である。ミリタリーブーツは靴底とつま先に鉄板が仕込まれている、手元はレザーの手袋をつけ防寒対策などしっかり施している。
アークは要所を頭の中でもう一度思い出す。
・今回のミッションはレイラを救い出すために大学へ侵入
・大学の各棟を回りレイラを探し出す事
・この町からレイラを無傷で出る事
注意として、アメリカの支援が期待できないという事、アメリカは今、原因不明の電波妨害、通信妨害を受けて他の国々とのバイパスがすべて切られている、このためにレイラは正規軍に救助されずにたまたまイタリアで賞金稼ぎをしながら生活していた。
大学内は異様な腐敗臭と静けさが独特の雰囲気を滲ませていた。
アークは携帯をとりだし、レイラの番号に電話をかける。
「大学に着いた、今どこにいる?」
『図書館の地下の一番奥よ、うふふふふふ……』
最後の方以外は可愛らしい声だが、アークはその声を聞くと苦い顔をした。普段からあまり表情を出さないアークだったがこの時はなぜかしかめていた。
携帯をスリープモードにしてポケットにしまうと、図書館と書いてある、煉瓦が重ねられた外壁の建物の中に入る。
中は暖房が機能しているせいか、温かい。
慎重に一歩ずつ物音を立てずに一歩ずつ前に進むと大量の本が蔵書されており、右側には本棚、左側にはテーブルルームがあった。
「うぅ……」
ゾンビのうめき声が聞こえるがこちらには気づいていないようだ。回り道すれば見つかることは無いだろうと思いアークは机の置いてある方へ向かう。
難なく階段のところにまで来ると、USPの残弾数をチェックする、銃口内にある一発を含め、12発、控えのマガジンは三つ、M60もあるがサプレッサーをつけていないため使用は控えたいところだった。
ため息を吐き、USPを右太もものホルダーに納め、防火用の消火栓を開ける。
「ナイフの一本くらい持て来ればよかった……」
消火栓の中には非常用の両手斧があり、それを取り外し、階段の下へと降りて行った。
通路は一本道になっており、ゾンビも何体かいる。
静かに斧を構え、忍び足でゾンビの背後を取る。
グチャッ! と生々しい肉の裂ける音、耳の奥に残るような骨の砕け擦れあう音が少し響くが幸いにも他のゾンビは気づいていない。
血や脳髄がこびりついた斧を、持ち直し、静かに前へ進む。
「ウウッ……!!」
ゾンビがアークに気付いたのか、顔をこちらに向ける。
「チッ!!」
大きく振りかぶり、ゾンビの脳天に一撃を加える。
先ほどまで、なるだけ音を立てずに攻撃を加えていたが流石にさっきの一撃は大きな残響を残した。
「なかなか、思い通りにならねえな……」
斧を構え直し、次々やってくるゾンビ目でとらえ、一瞬の思考が頭中を駆け抜けた。
斧を両手から手放し、静かに口を開いた。
『ザ・ワールド』
アークの仲間に日本のアニメが大好きな奴がいた。
彼がアークの特技を見てこれからそれを使うときは囁けと言った。
ザ・ワールド
通常人間はどんなに感覚を研ぎ澄ましても、目で追い、脳で思考、それを体で実行するには約0.2秒の隙が生じる。
しかし、人間にはそれを超えるスピードで反応できる時がある。
熱い物に手で触れた時、手を引く時、ボールが自分にぶつかりそうなとき、無意識のうちに反応できるものがある。
後者は反応速度が早く、科学的には手で感じた信号が脊髄を通る瞬間に脊髄が危険信号を出して体を動かしている。この間は約0.1秒。
アークは数十秒だけ脳に信号を送らず、脊髄で思考し反応する特殊なスキルを持っている。
一気に視界がスローになり、アークは脚で地面を蹴ると、斧でゾンビの頭を叩き割り、そのまま手を離し、ホルダーからUSPを取り出し、片腕で構え、ゾンビの頭を狙い、数発打ち込む。
弾は一発も外すことなくすべてのゾンビの眉間を貫いた。
徐々に時間がアークを追うようにすべてのものが加速するように見える。
ゾンビの制圧を確認すると斧を片腕に持ちUSPをホルダーに再び収める。
コツコツと音が響く、地下の一番奥の部屋に来ると、アークはため息をついた。
ノックをする。
「開けるぞ?」
「いいわよ」
アークはドアノブを掴み、手前に引いた。
ドアが空き切った瞬間、アークは胸ぐらを捕まれ、状況が理解できないまま、唇に温かみを感じた。
「会いたかったわ、すっとずっと……会いたかった」
「お前、TPOって意味知ってるか?」
「場をわきまえてる状況に見える?」
「いや、それ以前にオレはお前を助けに来ただけで――」
「そんなことは、些細な事よ、大丈夫あなたなら嫌でも私を生きてなおかつ傷一つつけずにこのゾンビワールドから脱出させてくれる、そんなことより、どうせここに朝までいるんでしょ? ゾンビは日光を避ける習性を持っているし、ここならゾンビの一人も入ってこれない、ここは磁気遮蔽をする部屋で人間のストレスの感じやすさを研究するために鉄板を埋め込んでいるし、鍵さえ掛けちゃえば鉄の扉を開けることは出来ないわ、それも些細なことね、ところで、アーク、婚姻届にサインはまだ? いい加減にしないと勝手に署名して役所に提出しちゃうけど、もしあなたが裁判を起こしても、パパの力を借りてあなたを国際指名手配にして、刑務所に私と一緒に収監しちゃう、署名してもしなくても私は幸せだから。赤ちゃんは何人欲しい? やっぱり男の子と女の子二人ずつくらい欲しい、あなたが望むなら何人でも産んであげる、妊娠するまで毎日やってもいいよ、朝はちゃんとこんがり焼けたトーストにコーヒー、新鮮な野菜のサラダにベーコンエッグ、嫌ならあなたの好きな日本食を毎日作ってあげるわ、昼食もちゃんと毎日、日本見習ってお弁当を作るし、夕食は健康を考えてバランスよく作るし、あなたの嫌いな食べ物は一切入れない、お風呂も必ずあなたの丁度いい42.5度ピッタリに合わせるし、寝る時も疲れたあなたをマッサージして、休日は子供たちを連れてキャンプに出掛けてバーベキューしたり、あなたの手料理を作ってもらえるなら私はあなたになんでもあげるわ、あなたがいれば私はそれだけでいいの、あなたのことは愛してる、だから好きって言ってよ、お願い、それが叶えられるなら何が欲しいの、私にあげられるものなら何でもあげる、ジュエリー、お金、地位、名誉、何が欲しいの? ねえ聞いてる? ねえ、どうしたら私を好きになってくれるの?」
長い彼女の髪がアークの頬をくすぐる。彼女に悪意はない、だから突き放す事が出来ない。
アークは自分がどんな人間で、どういう仕事しているかよく知っている。結婚なんか出来るはずもない。
「……お前に相応しいのはオレじゃない」 アークは正直に言うとレイラのことを他の異性よりは気にしている。ここまで彼のことを想っていてくれる女性はレイラのほかにだれも居ない。
「いいのよ、私があなたを相応しいと思ってるから、それでいいのよ、どうして素直になってくれないの!」
大声を上が部屋に響く、アークは人差し指を立て静かにレイラを見つめた。
「出る時にゾンビの群れは嫌だろ?」
「うん……ごめんなさい」
レイラはアークの胸に顔を近づけそっと寄り添う。顔が胸を這い、脇を這い、アークの腕に落ち着く。
アークはそっとレイラから離れ、近くのテーブルにUSPとM60と斧を置いた。
「いきなり、押し倒すな、お前だと分かってなかったら銃殺しているところだぞ」
アークは再びベッドに戻り、腰を置いた。
「ごめんなさい……でも私……」
「……お前を傷つけたくない」
アークは言葉を放ったあとに顔を少し赤くした。
「やっぱり、私のこと好きなんでしょ、最初から言ってくれればいいのに、あなたは相変わらずクールでシャイなんだから、このまま一生ここで暮らすのもありかな、私は一向に構わないし――」
「いや、ここから出る」
アークは一瞬揺らいだ心を叱咤罵倒した。
「それで、話は真面目になるけど、脱出の算段は立っているの?」
レイラの視線に冷気が帯びる。
「一応、大学の駐車場にある車を適当に乗って、ドイツの空港まで行けば何とかなるだろ、市内は滅茶苦茶になっているが、ウイルスがピンポイントに設置されてたらしく混乱する間もなく全員ゾンビになっていた」
「そう……やっぱり多くの人の命が……」
「今に始まったことでもないからな、今も昔も、そして未来も人の手によって人が死ぬ、犠牲の上で平和が保たれていることを忘れるな」
アークは静かな空間で呟いた。
「今日はもう寝ろ、明日は早い」
「うん……」
アークは近くにあった金属製の椅子に腰かけると静かにため息をついた。
USPのマガジンの残りは6発、銃弾の厄介なところは一発につき一体のゾンビまたは変異型のゾンビを倒す事が出来ないということだ。
うまく立ち回っても二体くらいにしか貫通しない、
M60もあるが、圧倒的に足りない、もともとなけなしの装備だったがアークも顔をしかめる。
「(さて、どうしたものか……ここに居ればまず襲われることは無い、救助を呼ぶにしてもこの状況では難しい……)」
と内心で呟くと、静かに目を閉じる。部屋にある置時計を見ると夜の11時を指している、日が昇り、まともに行動できるようになるまであと九時間はかかる。
「(いや、まて、たしか……フランスでは今、警備員の重装備化が推進されていたな、この大学にはたしか……)」
携帯端末を取り出し、大学の間取り図を開く。
図書館から少し離れたところに、大きめの間取りで三角形の屋根している警備室が存在していた。
この大学は門前で分かる通りかなり厳重な警備体制を敷いている、おそらく教授たちがかなり価値のある研究しているためだろう、設備もかなり進んでいる、最先端を集めているところが、警備を置いていないわけがなかった。
アークはUSPを手に取るとマガジンを外し、新しい物に交換しホルダーに突っ込み、斧を片腕に鉄の扉を開いた。
廊下に出ると、態勢を低くし周りの様子を見て、安全と判断し薄暗い、通路を静かに進んでゆく。
階段を上り先ほど来た道を戻る、コツコツと靴底がリズムを刻む。
先ほどの図書館の窓からは月の光が煌々と差し込んでいる。そっと覗くと外には大量のゾンビが密集している。
「(やっぱ、無理か……ん?)」
ゾンビの群集の奥にある一台の車にアークの目は留まった。
静かに斧を床に置き、丁寧な手つきでゆっくりと窓を開け、ホルダーにあるUSPを構え、片目を閉じる。
風の流れ、弾丸わずかなぶれ、息を殺し引き金に指をかける。
ふっしゅ、と気の抜けた音がアークの耳をくすぐる。
ガラスの割れる耳障りな甲高い音が周りに響く――
そして追うように、大音量の警報が周りに音をまき散らした。周囲のゾンビは音を聞いいた瞬間、まるで獲物を追うライオンのように一目散に車へと飛びついて行った。
斧を拾い上げ、少し時間を置いてから図書館のドアを開ける。周囲のゾンビは大体が車の方に群がっている。
斧を両手で持ち、ダッシュで図書館を出る。
警備室まで距離にして800メートル、障害物や、戦闘を考慮して大体10分でたどり着けるだろうとアークは目測で計算する。
速度を緩めず、周りを確認しながら少しずつ目的地へ移動する。外は月の光で外の木々や建物がある程度はっきりと見える。
「ウウッア!!」
這いずっているゾンビが急に起き上がる。
「チッ――!」
走っている右足で地面を蹴りあげ、左足でゾンビの曲がった脚の太ももにを蹴りそのまま右足で顔面を踏みつけ、地面に着地する。
顔面を踏んだ瞬間、不快な人から出てはいけない音が聞こえたことから首の骨が折れたのだろう。アークは振り返りもせず、そのまま走る。
車の陽動が利きずらくなっているところを見ると、大分走ったのだろう、三角形の屋根が視界に入るとアークは走るスピードを上げる。
ゾンビがこちらに気づき、何体かがこちらに走ってくる。
移動速度はゾンビの方がやや劣るが、応戦すればアリみたいに続々にゾンビがやってくるだろう。
「答えは決まってる」
斧をぶん投げる、空をまった斧はゾンビの胴体に当たり、その場に倒れた。アークは両手を振ってダッシュで警備室の中に入り鍵を閉めた。
「はぁ……はぁ……」
アークは胸を上下させ呼吸する、建物の中に入ればゾンビに襲われることは無いだろう。
「ウウッ!!」
暗闇の中からゾンビがアークに飛びかかる。
両肩を掴む腕が万力のようにアークを締め付ける、白い歯をちらつかせ皮膚の剥げた顔を近づける。必死にもがくがゾンビは離れようとしない。
「ウォォッ……!」
「クソ野郎がァ!!」
なんとか右腕を振りほどくとホルダーからUSPを取り出し、迷うことなく頭を撃ち抜く。
ゾンビがその場になだれ落ちるように倒れると、アークは電気をつける。
蛍光灯が点滅放ち、徐々に光源が安定してゆく。
「流石、重装備化推進」
アークはニヤリと笑い、冷や汗を一滴垂らした。
目の前に広がるのは、大量の銃と大量の弾薬そして――
「トラックか……」
アークが銃や弾薬を積み込み中型の屋根付きトラックを図書館前に運ぶまでの時間は五分も満たなかった。
レイラのところに戻り、携帯端末で目覚ましをセットし、二つ並べた椅子の上で目を閉じた。
第二話 終わり