『12月15日
斬谷 海樹』
「で、今日は何を買うんだ?」
茶色い髪にそこそこ顔立ちの整った青年がハンバーガーを食べながら、海樹は聞いた。
「とりあえず、服とアクセ、クリスマスも近いし」
同じてテーブルでハンバーガーを食べている姫川 詩織は白いワンピースに下には寒さ対策レギンスを着ている。今日は日差しもありそこまで寒く無かった。
「クリスマスつってもどうせお前今年もオレん家だろ?」
ハンバーガをテーブルに置きコーラを飲む。
「オシャレしていかないとお母さんがうるさいの、海樹の家行くならって」
「別にオレ彼氏じゃないのにな」
周りを見ると、手をつないだカップルがゴミのようにいる、ショッピングモールの中はクリスマス商戦に挑んでるのか、服やアクセサリーの40%引きとかをやって人を取り込もうとしていた。
各いう海樹たちもその割引セールに便乗し、ショッピングモールに来たのである。
「海樹も服とか買わなくていいの?」
「いいよ、別に、服なんか」
海樹は面倒くさそうに言うと残りのハンバーガーを口に押し込む。
「そう言わないで、買うわよ、クリスマスくらいちゃんとオシャレしないと!」
「……わーったよ」
二人が席を離れると、ショッピングモールを散策することになった。
財布を確認すると、現金が結構残っており、金がないという理由で詩織の攻撃を回避できなかった。
海樹はオシャレとかに興味がなく、これと言って趣味もないためか、月の小遣いも余っているくらいだ、逆に詩織はあまり活動的ではないが、衝動買いが多く月末はよく海樹に泣きついてくる。見かねて海樹もついつい金を貸してしまうが一度も返ってきたことがない、海樹も半ばあきらめているがその額を合計すると笑えない金額になっている。
「オシャレって言っても、オレ何着てもダサいし」
「そんなことないから安心して、私がコーデしてあげる!」
海樹は諦めを含んだ頷きを一度した。
黒っぽい茶色い髪の毛は短めにして、そこそこの顔立ち特徴的なものは無く普通、黒いダウンジャケットを着て下はジーンズでカジュアルな服装している。
中肉中背、容姿普通、成績普通、趣味は運動とゲームと読書、これもまた普通だった。
「って、聞いてるの?」
「ん、ああ、聞いてるよ、たしかフランスでバイオテロがあったとかなんとか、アメリカがサイバーテロで機能してなくて絶賛暴動中とかだったな」
「全く聞いていなかったのね……海樹はどんな服着たいの?」
「そうだな……」
わずかに沈黙が走る。
「黒系で頼む」
「わかった、こっち来て」
海樹は詩織に手を引かれ、歩き出した。
海樹は詩織にコーディネートしてもらい、一式を買う事となった。
すっかり日も落ち込み、帰り道をとぼとぼ歩いている二人は両手に買い物袋を持っていた。4つあるうちのひとつが海樹の服、残りの三つが詩織のものだった。
「沢山またかってどうせタンスの肥やしになるんだろ?」
「う……そ、それは……いらなくなった古着は売ってるもん!」
詩織は的確に突かれて、言葉に詰まった。
「おい、それ絶対、元取れてねえよな? 今日なんかいオレの財布をご利用しましたか?」
皮肉を混ぜながら、頭一つ小さい詩織を見る。
「返すって言ってるでしょ……」
「早くしてくれよ」
「細かい男は女の子に嫌われるよ」
海樹は心で「細かいレベルの金額じゃねえ!」という毒づきをため息にして吐きだした。
「ねえ、海樹、好きな女の子とかいる?」
詩織の突然の質問に海樹は、言葉が詰まった。詩織の目の奥が笑えていなかったこともあってか余計に言葉が出てこない。
「いや、いない……」
「ふーん、そっか」
「どうしたんだ、急に?」
「別に、なんでもない」
急に詩織は浮かない顔をしたように見えた、夕暮れが落ち込み影暗くなったためかどことなく暗い。
「じゃあ、私、ここで」
詩織は分かれ道の海樹の行く方向とは別の道を指をさし、手を振った。
「家まで送る、荷物もあるぞ」
「大丈夫これくらいだったら一人で持てるし、家までもう50mもないし、着いたらメールするから」
詩織はにっこりと笑う。
「そっか、じゃあな」
海樹は詩織と別れ帰路に立つ、師走の風が顔を切るように吹き付ける。
車のエンジン音と自分の足音、猫のように身を縮める。静けさが寒さをより強く感じさせる。
「寒みぃ……」
ぽつりとつぶやく焦げ茶色の少し伸びた髪が揺れる、家にはもう間もなく到着する、地味に遠い道のりをすたすたと歩いて行く。
「ただいま」
ドアを開くと、風の脅威から逃れ、頬に温かみを感じる。
「お帰りなさい、どうだった? デートは?」
母、
『斬谷 愛華』が上機嫌で海樹にほほ笑む。
「特に何もねえよ、ただ買い物して金貸しただけだ」
「あららら、残念、お母さんもうちょっと期待してたのに〜」
何を言ってるんだコイツ……と言わんばかりの視線を愛華に向ける。
無言のまま、自分の部屋に戻り、服を脱ぎ捨てベットの上に寝転がる。枕元の時計はまだ夕食の時間ではない、時計をもとに戻し、携帯を充電しそのまま目を閉じた。
暗転――――
気がつくと8時過ぎになっている、寝起きのせいかぼんやりとする。意識が鮮明になるにつれ、耳元で響き渡る携帯の着信に気がついた。
携帯を掴み、発信を誰だか確認せずに開いた。
「はい? もしもし?」
『海樹……助けて……港、4番……』
ノイズに掻き消えそう声が海樹の頭を貫いた。
海樹は周りを見る、先ほど脱ぎ捨てた服は愛華が持って行ったらしく、残っていた買ったばかりの服を取り出し、裾を通す、携帯を充電器ごと引き抜くと丸めて財布と共にポケットに突っ込む。
階段を慌ただしく降り、玄関を飛び出した。
場所はどこか知っている、ここからさほど遠くない。
裏路地を通り、沿岸線の道路に出ると、港の方へ迷いなく進んで行った。
「ここか……」
赤く塗られた、全長400mの巨大なタンカーがそこにあった。
掛け橋が入れと言わんばかりに誘っている。海樹は迷いを無く船の中へ入っていった。
カッ カッ カッ カッ カッ
金属製の橋が小刻みにリズムを刻む。
甲板に上がるが、人影が見当たらない。
「「いやぁ!!」」
甲板中央部、貨物用エレベーターから複数の仮面をつけた男たちが詩織を囲んでいる
もちろん騒いでいるのは詩織、幸い怪我はなさそうだった。
海樹はクレーンの影に隠れ、様子をうかがう。男たちもそうだが、この船自体にも違和感があった。小さい時から様々な船を見てきた、原油タンカーでも物資タンカーでもないこのタンカーに――。
『『グルルルルッゥアアアアアア!!!!!』』
地面から貫けるような雄叫びと共に船が地震のように激しく揺れる。下からは鉄球がぶつかるような雄叫びが聞こえる。
衝撃により、詩織を取り囲んでいた男たちが転がりまわる。海樹は好機と図って一気に詩織の元へ駆けつける。
「詩織!! 大丈夫か!!」
「海樹!!」
詩織の腕を掴み、先ほど通った掛け橋へ走る。
「ウソだろ……」
強い揺れのせいで掛け橋のボルトが抜け落ち、海へ落ちていった。
仮面をつけた奴らも一分も待たずに来るだろう、海樹は唯一の脱出手段を失った。
「おい、お前、手を上げろ!!」
仮面の男たちの一人が銃を片手にそう言い放った。詩織の前に立ち、男たちを睨み付けた海樹は舌打ちをする。
相手は銃を使い、こちらは丸腰、八方塞だった。詩織の表情も険しくなっている。
どうすればいい……大人しく捕まっておくか……と心の中で呟く。
「そんな、わけにもいかねぇか!!」
海樹は大きく踏込みなけなしの格闘の知識で男にアッパーを喰らわせる。クリーンヒットしたらしく、男は宙に浮かび船の甲板に落下した。
他の男が銃を構えるが発砲する気配がなかった。
「おいおい、マジかよ……こいつら……」
白目がどす黒い赤色に染まり両頬にはぎょろぎょろと動く目のようなもの、顔の一部は腐り剥がれ落ちて骨が見えていた。
―― 生物兵器
「あらあら、ネズミが一匹入り込んだと聞いたら、随分荒い男ね、まぁいいわさっさと捕まえてそうねえ……番犬の餌にでもしなさい」
「お前、名前は?」
「私はキャンディー、あなたみたいな低俗で不作法で芸術という物をまるで知らないような奴とは縁もゆかりもない、貴族よ――」
偉そうな口調で言いやがってなんだよこいつ……いや待て、こいつ貴族だから偉いな、つまりこの船のボスか? とか海樹は自問自答していた
「貴族の出身、失礼した、オレはそういう人たちと接することは一生無い人間だからな」
「ほう、自分の立場を分かっているというだけでも褒めて見逃してやるところだが、生憎見られてしまったのでな――」
黒いゴスロリ衣装のまるで人形のようなスタイル抜群のキャンディーが男たちに目で指示した。海樹は状況が掴めていないためか首を傾げたが直後に後頭部に鈍い衝撃が襲いかかった。朦朧とする意識、うっすらと聞こえる詩織の悲鳴が海樹の脳裏をわずかによぎった。
誰かのぬくもりを感じる、記憶が曖昧になる、視界がぼやけピントが合わない、痛みは無く、視界の端から徐々に暗闇が押し寄せてくる。ぬくもりが誰のものかわかったとほぼ同時に海樹の意識は奥底に消えて行った。
―― 暗転
海樹は夢を見た、首筋に鋭い針のようなものが刺さる夢、特に痛いわけでもない、身体の中に何かが入ってくる、徐々に気持ち悪くなる、身体が思うように動かない。そんな夢だ。
「……夢か…」
薄暗い大きな空間、地下の倉庫だろう。無機質な倉庫は底冷えしており甲板いるときより寒い。
詩織が遠く、ざっと20mほど先で枷をつけられそのまま気を失っている、胸を上下させているところから海樹はそう判断できた。
夢のせいか異様に首に違和感がある、気分もあまり優れないし身体も気だるい。
「詩織――」
呼びかけても返事をしない、仕方なく立ち上がり詩織の元へ向かう。
コツコツコツ――
床の鉄板が反響する。一定のリズムを刻んでいる。
ゴツンッ――
頭に小さな衝撃を受ける、手を前に出してみると透明なガラスで遮られていた、よく見るとかなり分厚く、素手で壊れる様子は無い。
海樹はガラスを叩き、詩織を起こそうとする。
数十秒叩き続けてようやく、詩織の眉間に皺が寄った。ぬるりと起き上がると目をこすり、暢気に欠伸をしている。
しばらくして、海樹の存在を見つけると一瞬で顔が青ざめた。
「海樹!!逃げてッ!!」
詩織がいきなり悲鳴に似た大声上げる、後ろを振り返ると――
右腕から肩にかけて何かに思いきりまるで、トラックにでも引っ張られる感覚が伝わり、空中に放り出されると共に腕の引っ張られる感覚が無くなった。
空中を舞い、何メートルか吹き飛ばされた後、鉄製の壁に背中を打ち付けた、衝撃が体を伝わり、肺の中の空気が1ミリリットル残らず身体に押し出された。
倒れた体を起き上がろうとしていた時に、事実に気づく。
「ない――」
起き上がろうとしたとき人は大抵、両腕を地面に付き体を支え足で立ち上がる、一般人ならそれが一番妥当な行動であることは明白である。
「そんな、海樹……」
嗚咽を漏らしながら、パニックになる詩織の声が耳に響いてくる。
「「グルルルルルッアアアッ!!」」
詩織の声と共に、耳に入れたくないうめき声、薄暗い船内にようやく目が慣れてきたのか輪郭がはっきりと海樹はわかった。
犬のような四足の太い脚、大きさだけでもトラックほどあるだろう、体表は毛ではなく甲殻類のようなキチン質のようなゴツゴツとしたところどころ突起物がある。爪は鉄のような質感だろう、大きく鋭い牙と牙の間には海樹の身体一部、右腕が挟まっていた。
死の実感――
海樹に待ち受ける運命は九割九分、間違いなく死、本能がそう告げている、万が一あの犬のような化け物を倒したとしても、右腕の大量出血で間違いなくショック死するだろう、引き千切られた痛みは恐怖と緊張で感じる事さえできなかった。
海樹は立ち上がり、左手で自分の首筋を撫でる、飛び散った自分の肉片が首についてどうにも気持ちが悪かったからだった。
「ん? 絆創膏?」
首筋に覚えのない絆創膏が貼ってある。覚えがなかったがそんなことを気にしている場合ではなかった。
目の前の死に不思議と恐怖はなかった、自分の人生は、普通の学生生活を過ごし普通の会社で仕事して、普通の奴と結婚して、普通にただ普通に生きていくだけだっただろう。
死を実感するのはこれで二度目、一度目は詩織の右足を襲ったチェーンソーの事故、以来、海樹は後ろめたさから、罪滅ぼしと思っているところがある。
傷跡は大きく足に障害が残っている、歩くことは出来ても走る事が出来ない、服もショートパンツやミニスカートは穿けない、生活の自由、服装の自由、そう言う類のものを海樹は詩織から奪った。
あのチェ−ンソーを死の間際に思い出し海樹は苦虫を噛んだような顔になる、ため息をついて、右足で船の底を蹴り上げた。
せめて、最後に詩織に――
海樹はその思いだけで、もう一度詩織の元へ走りだした。
「グルルルルルウウウウアアアアア!!」
化け物が海樹を追いかける、異常な身体能力が海樹の体を襲うまでそう時間は必要ではなかった。
身体を押し倒された海樹は右足を化け物の口の中に突っ込む、化け物は異物が口に入り込み開いた口を一瞬にして閉じた。
もちろん、海樹の右足は口の中に残ったまま。
右手、右足もない、無くなった部分から血が噴き出している。幸い化け物は海樹の足を餌と認識し口の中でしゃぶるように味わっている。
左足と左手だけで詩織の元へ這いずる、当の詩織は幼馴染みがあまりに残酷で無残なその姿に口を押えた。
ようやく、透明な壁に指が触れる、たどり着いた海樹は安堵し、スイッチが切れた様に手を降ろす。指先からわずかに風を感じた。
少し手探りで風の吹き出しを見つけると、丸く切り抜きがあった。その穴に手首まで突っ込み、体力の限界かそれ以上力が入らない。
「海樹、私こんなの嫌だよ……」
わずかに指先に感じる人肌の温もり、そして零れ落ちる涙が。
「すまねえ、次会うときは――」
グチャ――
咀嚼する音が聞こえる、下半身の感覚は無かった、そこから二秒たたずして海樹は暗闇に飲み込まれた。
最後の言葉もかけられずに”海樹という人間の命”がこの世界から消えて行った
第三話終わり