夕日が空を紅く染める、そんな空を見上げながら昔ながらの商店街の道を歩いていた。
「な〜ぎ〜!先に行っちゃうなんてひどいよ」
ポンッと肩をたたき、軽い調子で声をかけてきたのは従姉妹の華火。
十歳になった今もとびっきりの美少女で・・・そしてとびっきりの爆弾娘である。
「ごめん、でも他の子と楽しそうにしゃべってたし・・明日の準備もしなくっちゃ
いけなかったから」
「あぁ!!あしたからギリシャだもんね。・・でも、いいなぁ誕生日を海外ですごすなんて。しかもギリシャなら曰くありげなものがいっぱいありそうだし!」
華火は目をキラッキラに輝かせながら、まだ見ぬオカルト系曰く有な道具に思いを馳せているようだ。
華火は私が轢き逃げにあったとき以来オカルトに興味を持ちはじめ、私なんかよりも率先して恭司さんの“曰く有”骨董品めぐりについてゆくようになった・・。
最近では・・。
「この前ね、骨董市にお父さんといったらまたそれっぽいものをみつけたんだ!」
・・・骨董品店が見つける前に自分でみつけてきてしまうのだ。
しかも、私も華火がいう物を見てみると・・どれも、おどろおどろしい魔力をおびていた。
だが、華火自体はそれが視えてるわけではないらしく、ただなんとなく他とは違う気がする・・と思うらしい。
『この子はなんて言うか・・時たまいるんだよ。魔力も霊力も巫力も持ってないくせに、本能でかぎ分けちまうような奴がさ』
華火とは逆隣にいる銀子さんが、華火をみながら呆れたように言葉を紡ぐ。
ちなみに、私がこっちに越してきていらい銀子さんはしょっちゅう私のところに遊びに来ている。・・・すこぶる暇なようだ。
(・・・んじゃあ、ある意味華火は天才ってこと?)
「それでね、小さい鏡だったし模様も綺麗だったからお父さんが買ってくれたの!」
「それは、また・・・えっと、太っ腹だね、恭司さん」
・・あ〜あ、魔力の作用が吉であれば良いけど・・凶事の場合もあるのに・・。
てか、そっちの方が多そうなのに・・。
「ん〜でも、そんなに高くはなかったよ?売ってたおじさんも早く売りたがってたみたいだし、とっても安かったんだ」
「・・・・そうなんだ」
・・それって・・・。
『まぁ、この子も視えてるわけじゃないからねぇ・・・ドンマイ!!』
(もう・・・やだ)
ギリシャに行く前に頭痛のタネがまた一つ増えてしまった。
「あっ、凪は明日のことで忙しいだろうけど、夕飯はうちで食べるんでしょ?」
「うん、そのつもり・・。喜和子さんにはいつも本当に悪いとは思ってるんだけど」
「そんなこと思う必要なんてないって!お母さん凪が来るの楽しみにしてるんだから。“華火なんかよりもずっと根性が座ってる”って」
・・・それは、どんなとこをみてそう思われてるんだろう・・・。
私はずっと喜和子さんの家にお世話になるわけにもいかず、いったん前に住んでたマンションに戻ったんだけど、父さんは仕事の関係上どうしても海外で生活することが長くなるし、私も日本に残っていたかったため、妥協案として喜和子さん夫婦の住まいの近くにあるマンションの一室に引越しすることになったのだ。
「でも、どんなところなんだろうねぇ、ギリシャって」
「ん〜・・お父さんが言うにはギリシャ本土とは、はなれてる島に行くみたい。石の要塞とか遺跡も残ってるのんびりとした島・・とか言ってたけど・・」
「ふ〜ん・・なんて名前の島なの?」
「たしか、リムノスだったかレムノスだったか・・・そんな島」
『・・・どんな場所に行くんだとしても・・気をつけな。・・海の向こうじゃ
私や杉、トヨウケヒメ様でさえあんたを助けてやることは出来ないんだからさ』
低く、低く言う銀子さんの言葉に耳を傾けるも、すぐに忘れてしまった。
そんなことめったにあるわけないって・・・。
でも、私は馬鹿だった。
現実にありえないなんてこと、あるわけないって・・この世界に来ることで一番最初に学んだのに・・私はそれをまだ、ちゃんと認識できていなかったんだ。
成田からアテネまで飛行機を乗り継いで、計20時間・・・しかも、それから大きな船に乗り・・大体1時間半ぐらい揺られて・・やっとたどり着いた・・。
「・・なんで、こんなとこまで一人できてるんだろう・・私」
船に降りて最初に呟いたのはその一言。
いや、目の前に広がる屋根が朱色だが、どこか落ち着く感じのする港町・・そして
そのバックにそびえるのはまるで港町に突き刺すようにさえみえる、異様な形の小高い山。だが、その山は形だけではなく迫力もまた異様に感じた。
そんなところに来て、最初に言う言葉はあれかよ!!って私でも思うけど・・でも・・。
「せめて、アテネまでくらい迎えに来てくれたって良いでしょうに!!」
自分でもビックリするぐらい低い声でぼそりと呟き、フェリーから離れるように歩いていくと、フェリー乗り場に程近いところにあったベンチに座るおばあさんの姿が目に入った。
“随分と気が立ってるねぇ、お嬢さん”
「・・・・・」
“でもねぇ、あまり気が立ってると折角見えるものも視えなくなってしまうよ”
「・・えっ?」
“お嬢さん、覚えておきなさい・・鏡はね真実を映し出すものだよ”
「・・・・」
“・・・・だが、波立つものには、何もうつらないし、何も視えない”
「?何が言いたいんです?」
“よく覚えておきなさい”
おばあさんがそういうと、いきなりの強い強風が吹き荒れ砂が目に入らないように顔を手でかばう。しばらくすると強風がやみ顔から手を外すと・・おばあさんの姿はどこにもなかった・・。
「・・・てか、私・・ギリシャ語なんてわかんないはずなんだけど・・」
まるで、頭の中に直接意味を打ち込まれたような感覚が今になって気持ち悪く感じたが、それ以外にも思うことは多々ある。
鏡って?波立つものにはつらないし、視えないってどう意味?・・真実ってのはいったい?しかも・・・
「あれって確実に・・人間ではない・・よね」
妖や精霊・・はては神までも私が話したり、彼らが私を認識していない限りは私のことが判らないように、この万華鏡がしてくれてるはず・・。
肩掛けポシェットに入っていた万華鏡を取り出し、手のひらで転がしながら見てみても壊れたようには見受けられなかったし・・魔力も十分補給してあった。
「・・映らないといったら・・この万華鏡もいっこうにみえないなぁ・・」
華火のことがあって、この万華鏡は完成したはずなんだけど・・この六年なんべん中を覗いても、真っ暗なまま・・。
トヨウケヒメに聞いてもけんもほろろで答えてはくれなかったし。
万華鏡を覗きながら、大きなため息をついていると車のクラクションが大きくなった。
「凪!!ここまでこれたんだね!!君ももう立派な大人だ!!」
黄色い軽自動車から降りてきた父さんは満面の笑みをうかべながら、私を抱きしめそういってくれたんだけど・・。
(10歳の娘に何させてんだよくそジジイ!!)
なんて、思ったり思わなかったり・・。
まぁ、そこまで言わなくとも、はっきり言って中国やハワイみたいに飛行機一本でこれる場所でもないし、殆ど英語も話せない、それをなんとか、聞きたいことは本の単語を指差し懸命に伝えてやっとこさ、ここにたどり着いたようなもんなのだ・・。
普通の10歳児じゃここまでくるどころか・・アテネまでいけたかどうか・・。
「お父さんのそういうところ・・本当に喜和子さんとそっくりだよね」
「喜和子と僕は兄妹だからね」
(・・・ぶっ飛びぐあいなんて正に兄妹だよね・・・)
ニッコニコで笑っている父さんは私がこんな事を思ってるなんて一切気づかず、
ご機嫌で私の荷物をもち、車に乗せてくれた。
「ここは決められた時間のバス以外殆ど交通手段がないんだ。だからここで
は車が必須なんだよ」
そんな豆知識を披露しながら、車のハンドルを操作する父さん。
父さんが運転する車に乗ったことはなかったけど、なかなかの安全運転である。
「・・そういえば、お父さんって普段この島で仕事してるわけじゃないんだよね?」
「・・・・・」
「なんで、わざわざこの島なの?」
流れてゆく風景を見ながら、何気なくきいたことだったんだけど・・、父さんは笑って何も答えてはくれなかった。
ただ・・・その笑顔は、生まれてきた時に最初に見た笑顔と同じもののようにかんじた。
車はどんどん住宅地のような・・家が密集されている場所を進んでゆく。
ホテルってこういう住宅密集地にあるもんだっけ?
車が止まったのは、明らかに一般の集合住宅だろうと思わしきところ。
「・・・お父さん、ここ普通のアパートに見えるんだけど・・」
「ん?あぁ凪には言ってなかったっけ?この島じゃホテルよりもレンタルルームのほうが主流でね、ここの一室も海水浴客用のレンタルルームとして貸し出してたんだよ」
「ふ〜ん」
白く、だが時間の経過と共に汚れたのだろう、少しくすんだ白のかべにはカラースプレ
ーで描かれた大きく大胆な落書き・・・だが、海外だからだろうか、その落書きが汚い
とは思わず、どこかこの町になじんでいるような、そんな気がした。
「さぁ、疲れただろう?早く部屋にいって休もう」
父さんはにっこりと笑い、私の手をひく。
この六年考えていたことがあった。
“子供なんていらなかった!!渚さへ生きていれば・・良かったのに・・”
・・あれは多分父さんの本心。
いい子ぶる気はないけど・・・お父さんがそ思ってもしょうがないことだと思う。
まだみぬ子供なんかより、目の前にいる最愛のひとの方が大事だ。
でも、人間の感情とは難しい・・憎いと思う気持ち、許したいと思う気持ち、逃げたいとおもう気持ち。様々なものが混在し・・そして、一つに決めようとすると決まって痛みを伴う・・。
「・・・考えても埒が明かないことだけどね・・・」
父さんに案内された部屋のベットに寝転びながらこんなことを考えてしまうのは、
車のなかで、父さんのあんな笑顔をみてしまったせいだろうか・・。
あの、泣いているような笑顔。
でも・・あの目は・・。
「凪、夕食はそとで食べよう」
ニッコリ笑う父さんの顔には、車内で見たときのような感じは微塵も感じなかった。
「・・・うん!」
こうして、今日という日は過ぎ去る。
明日は私の誕生日。
昨日の疲れもあった所為か、私は昼過ぎまで眠ってしまったらしい。
「凪、折角の誕生日を寝て過ごすつもりかい?」
いつもなら自分で起きるのに、今日に限ってはお父さんに起こされてしまった。
「いまからじゃ、ブランチになるけど・・食べておいた方が良いと思うんだけど・・どうかな?」
着替えを済まし、お父さんがいるリビングに行くと、父さんはソファーに座りながら今日も快晴である外を眺めながらそういった。
たしかに、こんな日を寝て過ごすのはもったいない・・例え自分の誕生日じゃなくともそう思えてしまうほど、空は青く・・窓から見える海は輝いて見えた。
「そうだね・・もちろん、外で食べるんだよね」
「もちろん、こんな日に外で食べないのは損だからね」
そんなやりとりを経て、訪れたのはこじんまりとしたカフェバーだったが、蓄音機からはゆったりとした音楽がながれ、カウンターのおじさんも優しそうな方で私はとても気に入ったんだ。
頼んだパスタを待ちながら、周りを見渡していたときに父さんに話しかけられたんだけど、その顔に・・表情はうかんではいなかった。
「ねぇ、凪・・誕生日のお祝いは夜やらないかい?」
「ん?」
「・・どうしても、これから連れて行きたいところがあるんだ」
「・・・いいよ」
「どこに?とは聞かないんだね」
「そういう野暮なことは聞かないほうがいいって、学んだから」
(昨日車内でね)
「フフフッ、やっぱり凪はもう立派な大人だね」
それから、二人で頼んだ海老のトマトソースパスタを美味しくいただき、その店を出たんだ。・・うん、海に囲まれているおかげか、海鮮がべらぼうに上手かった。
今度きたら別のも頼んでみよう!
店をでて、父さんの車で向かったのは港でみたあの異様な形の小高い山。
遠くからみるとわからなかったが、近くでみるとなんとなくわかった。
あの異様な形は、山頂部分が人の手で造られた要塞になっていたのだ。
ただ、その要塞までたどり着くには大分遠く、申し訳ていどにある道も結構な傾斜になっていた。
「これ、上るの?」
「うん、そうだよ」
軽く言う父さんの脛をおもいっきり蹴りつけてから私は上り始めたのだった。
「っっった!!!!なにすんの、凪!!」
「自分の胸に聞いてみろ!!!」
父さんは私に蹴りつけられた右足をすこし引き摺りながらも上がり始めるのであっ
る。ざまぁ、みろ!!
「・・この島には変わった神様が伝えられてる島なんだよ」
気をとりなおし、私の隣を歩きながら語る父さんの顔は、大好きな物を紹介する
子供のような顔をしていた。こういうときは、どんなときでも、好物に飛びつける
思考回路が羨ましくもある。
「ある神話ではこのリムノス島に神様が落ちてきたとされてるんだ」
「・・何の神様がおちてきたの?」
「ん〜元来は雷と火山の神様っていわれてたらしいけど、後に炎と鍛冶の神様と
されたらしいよ」
「へぇ〜・・鍛冶の神様なんてのもいるんだ」
「そうだね、戦の神様とか豊穣の神様とかならよく聞くけど、鍛冶の神様はちょっとマイナーかもね。・・でね、その神様の名前がヘーパイストスって言うんだけど・・その神様の姿は結構様々伝えられていて、赤い帽子を被り、片手には金槌をもった男だとされていたり、足が悪く馬にのった青年だとも言われてるんだ。」
「・・・どっちかっていうと、金槌もった男の方が鍛冶のイメージだよね」
てか、なんで足の悪い青年が鍛冶の神様なのかよくわからないけど、とりあえず要塞の頑丈そうな門までたどり着いたので、そのへんは頭の隅においやった。
「やっと、カストロが見えてきたね」
「カストロ?」
「要塞って意味だよ。・・ここからもう少しあるくんだけど・・カストロからみた風景は格別綺麗なんだ」
そういう顔は、さっきの子供みたいな顔ではなく・・どこか悲しげな横顔に思えた。
中に入ると、案外広く・・ただ、かなりもろくなっているのか少し崩れているところもあった。それでも石畳と石で出来たトンネルなんかは今まで経てきた長い歴史を、言葉ではなくその姿で語っているような・・そんな気がする。
さらに坂を上っていくと、見張り台のような開けた場所に出て、驚いた。
青い海と港、そして朱色の屋根をした家、白い壁の建物、それがまるで一枚の絵のように広がっていたんだ。
「・・・・すごい」
その一言しか言葉はでない・・だけど、それで十分な気がする。
「・・そうだね、ここは昔と変わらない。・・美しいまま・・」
悲しそうに笑うお父さんの顔がそこにはあった。
「ねぇ、凪。君は昨日聞いたね・・どうしてこの島だったのかと」
「・・・うん」
「この島はね、昔凪のお母さんである・・渚と一緒に来た島なんだ」
初めてお母さんの話を語るお父さんの顔は、先ほどは悲しそうな顔をしていたのに、今はまるで感情が抜け落ちたかのように何も浮かべてはいなかった。
どうして、お母さんの話をするときにそんな顔をするのかはわからないけど・・でも、どんな話しだろうと・・私は、聞かなければならないと・・そう、感じた。
「いつか、この島に凪をつれてきたいとは思ってたんだ・・でも、まさかこんな
早くにつれてくることになるなんてことは・・・全然予想してなかったけど」
「・・・・」
「ねぇ、凪・・・いつからかは正確にはわからないけど・・君は気づいていたんじゃないか?・・・・僕が君に向けていた感情に・・・」
「・・・・」
「僕が・・・・君を憎んでいたことに・・・」
「・・なんとなく、でも気づいたのは最近だよ」
(ほんの・・・六年前)
いや・・きっとそれ以前から気づいてはいたんだと思う・・でも、気づかないふりをして、考えることを放棄し蓋をしめた。
それを自覚したのが、六年前。
でも・・気づいたのは、それだけじゃないんだよ?
「僕は・・君が憎かった。憎悪すらした。・・君が生まれなければ、渚は死なずに僕のそばにずっといてくれた・・・そう思うと、憎くて憎くてたまんなかった。」
「・・・・」
「・・何故、何も言わないんだい?」
「何か言う必要があるの?」
「!?だって、だって僕は、君を傷つけるようなことを言ってるんだよ!?僕のように恨み言や責める言葉だって君の中にたまっているはずだ!!」
何をそんなに必死になっているのかというぐらい・・お父さんは、必死に自分を傷つける言葉を言えと言うが・・・。
「・・私も心や感情があるから、実のお父さんに憎まれたり恨まれたりしてたらやっぱり傷つくし、悲しいけど・・」
「じゃあ!!」
「なんていうか、私のなかじゃもう結論はでちゃってるんだよ」
「?」
怪訝そうな顔をする父さんに、少し笑いをこぼしながらも前を真っ直ぐむきながら、いままでにないぐらい、率直な言葉を父さんに向けた気がする。
「私は自分で“生きる”って決めたの。誰かの犠牲で成り立っている命だとしても
そう、決めたの。・・だから、お父さんにどれだけ恨まれても、憎まれても、
私はただこの道を進む・・それだけよ」
「・・・」
眉間に皺をよせ、睨むようにして私をみる父さんだけど、その瞳だけは真実を語っているように思えた。
「憎んでも憎みきれず、許すにしても許しきれず・・中途半端なまま歩みをとめ、
そんな自分がますます汚く見えた。・・だから懺悔でもするかのように、私に
罪の告白をした・・お父さんが私に今日この話しをした理由ってこんなところ?」
「っ!?」
「・・甘ったれてるんじゃないわよ」
「・・何を言って・・」
「お父さんはどうしたいの。憎みたい?憎まれたかった?許されたかった?それとも別れるための切欠がほしかった?どの道にしたって自分で決めなさい。私に押し付けるな」
「なっ!?・・」
「私の反応をみて決めるつもりだったんでしょ。・・どんな決め方してもいいけど、言い訳のときに“凪が”なんていわれるのは真っ平ごめんよ。お父さんはどの道に進んでも痛かったから、戻ってきて私に決めさせようとしてる。そうすれば言い訳が出来るから、言い訳が出来れば痛みを回避できると思ってる。自分の子供を憎む痛み、自分の子供を愛せない痛み、許したい痛み、自分を醜いと思う痛み、子供の前から逃げる痛み・・そんなこと迷惑なうえに、出来るわけないでしょ。どんなに言い訳並べたって、自殺ですら痛みを伴うのよ?・・痛みを伴わない道や方法なんてあるわけないでしょ」
「・・・なんでそんこと言うんだよ」
ここにきて初めて泣き笑いではなく・・泣いている父をみた。
「最初は本当に君を憎んでいた、でも自分の子供だ・・可愛くないわけがない。
だから、許して全力で愛そうと思った。でも、この子の所為で渚が死んだと思うと
愛し切れなかった。だから、年々渚の面影が出てくる君の前から逃げた・・でも、会えないと苦しかった。他の女性を愛そうとした・・でも、どうしても渚の面影を追ってしまう・・どうしたところで、苦しくって・・何かを失う。・・なら僕はどうすればいい?どれをえらんでも後悔しそうで・・決められない。・・だから
いっそ君に決めてもらおうと思って何が悪い?」
「悪いなんていってない、迷惑だっていってるの。どの道に進んで、どんな結果になっても、それは私のものじゃなくお父さん、あなたのものなの!それがたとえ痛みでも苦しみでも・・でも、それだけじゃない。幸せだって喜びだって全部お父さんのもの、私のものじゃない。私のものは私が選んだ道にあるの。お父さんと過ごす喜び、離れる寂しさ、華火と笑いあう幸せ、お父さんに憎まれる悲しさ、喜和子さん達がくれる温かさ、・・お父さんと同じ世界で生きてる嬉しさ・・全部私のもの、お父さんのものじゃない。・・だから、結果の言い訳に私を使われるなんて、迷惑よ!」
「・・フフッあはははははは」
大分ひどいことを言った自覚はあった。
それでも、全部言い切ったら・・・壊れたように父さんは笑い出した。でも、その顔はまるで憑き物でも落ちたかのようにはつらつとしていた。
「迷惑か・・迷惑・・あははははは、まさかこんな時に渚と同じことを言われるとは思わなかったよ」
そういって、涙をぬぐいながら父さんは私を真っ直ぐに見つめ、私も父さんの目をみた。
「・・凪、君はやっぱり渚の子だね。真っ直ぐに前を見つめ、本質を失わず言い訳をしない。彼女もそういう人だったよ」
「・・なんだか、憑き物が落ちたかのような顔をしてるけど・・結論がでたわけじゃないんでしょ」
(十年苦しんだことを、ほんの少しの会話でなんとかなるとは思わないし・・)
「・・気持ちの整理は付けられた。・・なにより、凪の言葉で僕の心は救われたよ」
「・・・救われた」
(・・そういえば、私も父さんの一言で救われたんだっけ・・)
「それに、今自分が望んでることも・・ようやくわかったような気がするし。」
「ん?」
「僕は渚を失った悲しみを伴っても・・凪と一緒にいたい。・・それがようやくわかったんだ」
「・・そっか」
「一緒にいてくれるかい?」
「あら、そんなことも聞かないとわからないなんて、父親失格ものよ?」
互いに笑ってた・・そんな結果が出たことにホッとした。
あんな偉そうなことを言ってても、やっぱり私は父さんと一緒にいたかったんだ。
「・・凪、これ」
ふいにお父さんが自分の鞄から取り出したのは、シルバーのペーパーナイフだった。
「・・お父さん、これは?」
「渚が肌身離さず持ってたものだよ。・・どんなことになろと、これだけは渡そうって決めてたんだ」
少し困ったような、ホッとしているようなそんな顔で私にそれを渡す父さんだが、多分これは父さんが思っている以上に、私の心に動揺を与えた。
「・・お母さんが・・これをもってたの?」
「?そうだけど」
父さんが不思議そうにするのはしょうがない、これは一見ただのペーパーナイフだ。
女性が持つには飾り気が無く、柄と刃のところしかないシンプルなもの、ただそれだけ。
でも・・。
(これ、そうとうの魔力が練り込まれてる・・)
・・多分これの用途は・・。
「ねぇ、お父さん・・このペーパーナイフについてお母さん何か言ってなかった?」
「ん〜・・大事なものとは言ってたけど・・あっあと、護身用ともいってたかな」
「・・・・」
護身用・・ね。
「それがどうかしたかい?」
「・・うんん、なんでもない。お父さんもうそろそろ行かない?風もでてきたし、もう日も暮れる」
ペーパーナイフを肩からかけていたポシェットにいれ、手を握ると父さんも嬉そうにしながら手を握り返し頷いた。
「そうだね、行こうか」
二人並んでもと来た道を帰りながら、今夜はどんなふうに誕生日を祝おうか、とか
明日はどうしようか、などたわいのない会話をしながらあるいていたのだが・・
石のトンネルを抜け、門のほんの少し手前まできたときに・・ふっと上を見ると!!
「父さん!?危ない!!」
とっさに父さんの体にタックルをして、二人で地面に転がり込むみ・・目を今までいたところに向ける・・。
「痛いなぁ、凪。いきなりどうしたの?」
「・・・」
私は父さんのその問いに答えることが出来なかった。
反動で砂埃が立ち周りが見えなくなっていて、父さんにはまだ理解できていないようだ。
てか、子供と大人が地面を転げただけで、こんな砂埃たってたまるか!!
察しろよ!!?
私の目線の先にとらえていたのは、成人男性の10倍の大きさはあるであろう剣と落下の衝撃で粉々に破壊された石門。
この巨大な剣が最悪の訪れを意味していた。