作者:佐藤C
2012/11/23(金) 17:00公開
ID:fazF0sJTcF.
本山に着いた九人が通されたのは、本殿内部のとてつもなく広い大広間。
体育館ほどもある広さの床は全て板張り、対する天井は眺めても美しい組入天井が見てとれる。
それでも関西呪術協会―――
R毘古社のほんの一部なのだから、どれだけでかい神社なのかと声を大にして言いたいものだ。
「うっひゃー、スゴイ歓迎だねえ」
「コレはどーゆーことですか?」
手入れの行き届いた光沢のある床を歩きつつ、ハルナと夕映は首を傾げるようにネギに訊く。
現在、広間の端には和装の礼服を着た巫女達が正座して、和楽器を奏でながらネギ達を出迎えていた。
「えと、そのー…実は僕、修学旅行とは別に仕事があって」
「「秘密の任務!?」」
「誰もそんなことは言ってない…」
「ハハ…」
はしゃぐハルナと朝倉に、士郎が疲れたようにボソリとツッコむ。
隣を歩く刹那は苦笑しながら、そんな彼に相槌を打った。
彼らが行き着いた先には、大広間の更に奥へと続く大階段が見えている。
その手前に用意されていた座布団に正座して、少しばかり待っていると………
「お待たせしました」
階段を下りてきて現れたのは、狩衣――和装の普段着――に身を包む眼鏡の男性。
髪は黒い短髪で、額は広く、頬が少し痩せこけていて……どこか疲れているような印象を抱かせた。
彼こそ関西呪術協会の長にして、近衛木乃香の実父。
そして衛宮士郎の養父でもある――――近衛詠春。
「ようこそ明日菜君、このかのクラスメイトの皆さん。…そして担任のネギ先生」
彼は一同を見渡すと、温和で柔らかい微笑を浮かべた。
「お父様!! 久しぶりやー!!」
「ははは。これこれこのか」
木乃香が詠春に飛び付いて、
父娘は久しぶりの再会を喜んだ。
「こんなお屋敷に住んでる割には普通の人だねー(ひそひそ)」
「てかちょっと顔色悪いカンジだけど……(ヒソヒソ)」
「…………し、渋くてステキかも……!!」
小言とはいえ、ハルナと朝倉が本人を前に失礼な事を言っていると思えば、
明日菜は衝撃を受けたようにして詠春に見入っている。
そんな三人は置いておいて、ネギは自分の仕事を果たすべく詠春に近づいた。
「あ、あの、長さんこれを…。
―――東の長、麻帆良学園学園長・近衛近右衛門から、西の長への親書です。お受け取りください」
「……確かに承りました。ネギ君、大変だったでしょう」
「い、いえ」
その労いの言葉に、魔法関係者にしか伝わらない意味合いが含まれている事には、夕映達は気づかなかった。
ネギの前で詠春がさっそく封筒の封を切る。
すると正式な文書二枚の他に、筆で書かれた一枚の………メモ書きが入っていた。
『下も抑えれんとは何事じゃ しっかりせい婿殿!! ぷんすか』
そのメッセージの下には(ご丁寧に)、怒った近右衛門の落書きが(無駄に巧い絵で)描かれていた。
(はは……相変わらずお義父さんは手厳しい)
つい浮かべそうになる苦笑を隠して、詠春は親書を懐に仕舞う。
そして彼は、じっと自分を見上げるネギに顔を向けた。
「………いいでしょう。東の長の意を汲み、東西の仲違いの解消に尽力するとお伝えください。
任務御苦労!ネギ・スプリングフィールド君!」
「…ハ、ハイ!!」
「お――!何かよくわかんないけどオメデトー先生!!」
「ご苦労様――!!」
「え、えへへー。皆さんありがとうございます!」
(…何で
3−Aはこんなにすぐ盛り上がって騒ぐんだ……?)
士郎の呆れを余所に、詠春は淡々と話を進める。
「もう日が暮れ始めています、今から下山するのはお勧めしません。
今日はこのかと一緒に君達も泊まっていくといいでしょう。歓迎の宴を御用意致しますよ」
「え――っやった―――!!」
「ラッキー!!」
「えっ…ちょ、ちょっと待ってください皆さん!僕たち修学旅行中ですよ!?」
「ネギ君、それほど険しくないにせよ山の夜道は危険です。
それに心配はいりませんよ、お義父さんから先生方に話が行っている筈ですから」
詠春は近くの巫女に指示を飛ばし、一行を客間に案内させる。
そして大広間には…その二人だけが残された。
「………昼間、会ったぞ。"アーウェルンクス"」
「! ………アレは…ナギが倒したハズです。
同一人物だとは……思いたくないのですがね………」
…たった二人しか居ない広間に満ちるのは、決して静けさだけでなかった。
◇◇◇◇◇
神社の敷地内の目立たない場所に、明かり一つ点いていない木造の平屋があった。
その平屋の……更に下に地下牢がある事は、関係者しか知り得ない事である。
……そこに今、一人の女性がいた。
肩から鎖骨にかけて胸元をはだけさせた…露出の高いノースリーブの着物。
黒い長髪を顔の両脇から流し、残りの髪を首の後ろで一つに縛る……眼鏡をかけた妙齢の女性。
覇気の無い様子でだらしなく壁にもたれかかっていた彼女―――天ヶ崎千草は、自嘲気味に言葉を零した。
「………………はっ、無様やな」
東との和平を謳う長。
そんな長に不満を持ち、東の打倒を
嘯きながら具体的には何もしない重鎮達。
だから自分が力で西を取り纏め、東の魔法使い達を打倒しようと決起した――…いや、する筈だった。
極東最大の魔力を持つ、「木乃香お嬢様」の力を利用して………。
「…それで行き着いた先が……灯り一つ無いブタ箱かいな……」
木製の太い格子の向こうには、窓から望む三日月がやけに……綺麗で。
こんな日になると千草は…今では思い出したくもない、楽しかった頃の記憶が鮮明に甦る。
「………ごめんなぁ、父様、母様。こんな娘で……」
……二十年前、「新世界」で大きな戦争が起きて……千草の両親はそれに加わり帰らぬ人となった。
魔法使い――西洋魔術師の戦争によって、千草は天涯孤独となった。
彼女の両親を殺したのは、間違いなく魔法使いだった。
(そんな…八つ当たりみたいな
仇討ちせんと馬鹿やって、失敗して捕まって………なんや、そこらの小悪党やな)
「………せやから……
罰が当たったのかもしらんな……」
「僕はそうは思いませんね」
千草はぎょっとして周囲を見渡す。
……物思いに耽り過ぎて気づかなかったのだろうか。千草をじっと見つめる彼は、目立つように牢の真ん前に立っていた。
白髪の少年、フェイト・アーウェルンクスが。
「捜しましたよ千草さん。早く出てきてください」
「………は? な…ちょっ、ちょお待てや新入り!?
アンタどーやってココ見つけて…てか見張りは…そや、そもそもどうやって結界抜けて本山に入っ――」
ガチャ。ギィッ…
「これでもう出られます。見張りの人には眠って貰っているだけですよ。
…ああ、その前にここの鍵を拝借しましたけど」
……千草は何だか、訊いたら負けの様な気がしてきた。
「さあ早く。計画の成功は目の前です」
「……!!」
千草はハッとした。
この本山を守護する結界はこれ以上なく頑強で、だからこそ木乃香が本山に入る前に捕らえようと、千草は躍起になっていた。
しかし今、その内側に彼女は居る。
そして結界の堅牢さ故に…内部の警備は逆に手薄。
警備の者は結界を過信して、間違いなく油断している事だろう。
ならば木乃香一人を連れ去るくらい難しくない。
そのまま「あの場所」まで辿り着ければ―――。
(………計画が…ほ、ホンマに―――成功が、目の、前に…!?)
…潰えたと思った野望。だが一転して示される実現への道筋。
突如提示された現実に困惑する千草の心に……その無機質な声は、容易に染み渡った。
「行きましょう千草さん。貴女がいなければ始まりません」
月光を背にして自分を導く少年が、千草にはまるで天の遣いのように見えた。
「――く。くくくく……っ! そうか…まだ、まだ終わってないんか……!!
あははっ――――あはははははははははははははははははははははははははははははははははははっっ!!!」
千草は目元を片手で覆い、天を仰いで狂ったように笑いだす。
…ひとしきり息を吐くと、彼女は笑みを浮かべたまま牢の出口をくぐり抜ける。
そして流し眼でフェイトを見やって、見下ろした。
「新入り。あんた最高やわ」
「では僕は、あなたに最高の仕事を期待します」
「はっ、当然」
大願成就の、時は来た。
彼女は白髪の少年を従えて、地上へ繋がる階段に悠々と足を向ける。
あれほど綺麗だと思っていた月のことは、もはや彼女の頭になかった。
第22話 三日目、長い夜のはじまり
その頃、ホテル嵐山。
日が完全に暮れた頃には、自由行動を終えた生徒達が戻ってきて、再びホテルは学生で騒がしくなっていた。
「まったく、学園長先生はお孫に甘い!
修学旅行中に孫を実家に泊まらせる教師がどこにいるというんだ、学校の団体行動を何だとお考えか……!
しかも時間が遅くなったからとはいえ5班全員と…ネギ先生まで一緒に泊まるなど…!あとなぜ朝倉も一緒に居たんだ、班行動はどうした!?」
そんな中、教師の鑑の代名詞…新田教諭が、盛大に愚痴を零しながらホテルの廊下を歩いていた。
「……うわぁ、ホントに機嫌悪いねー新田」
「相当
御冠でござるな」
「えーと…日本では"触らぬ神に祟りナシ"、だったアルか?」
「オオ、
古にしてはよく勉強しているネ。ちゃんと合ってるヨ」
「あー!バカだからって馬鹿にし過ぎアル!」
僅かに開いたドアの隙間から、2班の面子――超、葉加瀬、五月、古菲、美空、楓――がこっそりと廊下の様子を窺っていた。
「とりあえず、とばっちりが来ないうちに閉めましょう」
―それじゃあ、部屋に戻りましょうか―
「うむ、京都の素材を上手く肉まんに使えないか引き続き検討するヨ。もしくは京都を感じさせる風味であればヨシ。
修学旅行から帰ったのち――麻帆良で「京都風肉まん」を発売する為にネ!」
「フフフフ、麻帆良学園中華屋台『
超包子』! 世界の全てに肉まんを―――っ!!」
(………
要注意生徒・
超鈴音……特に妙な行動は無し……)
楽しそうに自室に引っ込んだ彼女達に………鋭い眼を光らせる、一人の男の影があった。
(…それにしても新田先生荒れてるなー、まあ真面目なあの人なら無理ないか。
でもネギ君達の安全を確保するための措置だし…。………今夜も晩酌に付き合ってあげよう。
さーて、僕は引き続き生徒達の警護をしなくちゃ)
木乃香を守る刹那や、親書を持たされた親善大使のネギとは別に、
麻帆良学園の修学旅行生を護衛するため派遣された……
魔法先生の瀬流彦は、新田教諭を追って静かに歩いていった。
◇◇◇◇◇
「士郎、君も一緒に入れば良かったのでは?」
浴衣姿で部屋に戻った詠春が言う。
彼は先ほど大浴場で、ネギと男の裸付き合いをしてきた所だ。
……だが、壁の柱に寄り掛かって胡坐をかく士郎はと言えば…そんな養父に若干呆れを見せていた。
「……あのさ、少し油断し過ぎじゃないのか? 俺は嫌な予感がして仕方ないんだが……」
「そう気を張っていては疲れますよ。
安心しなさい、ここの結界は過去に破られた例がありません」
「……記録上は、だろう?」
「ハハ、用心深いですね。しかし反論もできませんか」
詠春は苦笑して、座布団を敷かずに机の傍に座りこんだ。
実は何気に、この二人は意見が対立する事が多い。
木乃香の事でも、士郎は詠春と違い彼女にさっさと「魔法」を教えるべきだと思っていた。
とはいえ…どちらの言い分も正論である事を、この二人は嫌というほど解っているが。
「はあ…用心するに越した事はないだろうに。まあいいや、それじゃあ俺も風呂に入ってくる」
「ええ、ゆっくりしてきなさい」
「ああ」
詠春に背を向けて、挙げた左手をヒラヒラと振りながら士郎は部屋を出て行った。
「………フゥ」
(…切嗣の事……きちんと受け入れて、吹っ切ってくれたようですね)
ここ数日、詠春は木乃香の事だけでなく、士郎の様子も気にかけていた。
しかしもう大丈夫そうだと安堵して、彼はホッと息を吐く。
そしてそのまま、膝に手を付けて立ち上がった。
「さてそれでは…
養子の忠告を聞いて刀の用意でも―――」
―――――ッ…――。
(ッ!?)
咄嗟に後ろを振り返る。
そこには………誰も居ない。埃ひとつ浮いていなかった。
「………気の所為ですか? いや…しかしそれにしては…」
「衰えたね、近衛詠春。」
「!!」
さらに…背後――――!!
――――ボフンッ!!
そんな鈍い音が聞こえた時には、既に和室は白い煙で満たされていた。
煙の正体は……触れたものを石へと変える"石化呪文"、『
石の息吹』。
それをまともに受けた詠春を冷やかに見やる、白い髪の少年が畳の上に立っていた。
「やはり二十年も経てば人間は衰えるか。それとも平和に浸かり過ぎたのかな?」
「…舐めないで頂きたい!!」
「!!」
フェイトは僅かに目を見開く。
『石の息吹』を物ともせず、煙の中から飛び出した詠春が――彼に腕を振り上げる!!
“神鳴流奥義――――斬魔掌!!”
―――ズシュッ!!
"気"の刃を纏った手刀がフェイトの胸元を斬り裂いた。
(浅いか…!? いや、この手応えの無さは――)
「幻影、ですか………!!」
苦虫を噛み潰したように詠春が呟くと、パシャンという音を残してフェイトの姿が掻き消えた。
(くっ、些か守護結界を過信していたようですね……!)
「拙い、このか………!」
焦りを含んだ詠春の独白が、部屋の中に虚しく響いた。
◇◇◇◇◇
通された客室で自由に過ごす、3−Aの5班と朝倉達。だがそこに、明日菜と刹那の姿がない。
するとそこに明日菜がやってきて、襖を開けて室内を覗き込んだ。
「…このか、ちょっといい? 刹那さんが話があるって言うんだけど……」
「せっちゃんが? うん行くー」
「「!?」」
「こ、こんな夜更けに刹那さんがこのかを呼び出し?」
「ということは……!」
「「いよいよ告白かーーーー!?」」
「何の話をしてんのよっ!? このかも照れるんじゃないの!!」
(アホばっかです……)
(あ、あはははー…)
盛り上がるハルナと朝倉、それに冷めた反応を見せる夕映と、苦笑するのどか。
そんな一同を捨て置いて、明日菜は頬を染める木乃香を連れて退室した。
・
・
・
『…刹那君』
『こ、これは長!私のような者にお声を……!!』
『ハハ…そう畏まらないでください。変わりませんね君は』
『話は聞きました、このかがチカラを使ったようですね。
しかしそれで君が大事に至らなかったのなら、むしろ幸いでした』
『このかには普通の女の子として生活してもらいたいと思い秘密にしてきましたが…いずれこうなる日が来たのかもしれません。
刹那君…君の口からそれとなく、このかに伝えてもらえますか』
『……長………。』
・
・
・
二人は縁側の廊下を歩きながら、そこに面した庭の桜を眺めていた。
「わあ、夜桜綺麗ねー」
「うん、ここけっこー遅くまで咲いとるんや」
久しぶりの実家を楽しそうに木乃香は語る。
彼女の横顔を見ながら明日菜は、立ち聞きしてしまったネギと詠春の会話を思い出していた。
『この度はウチの者達が迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。
生憎どこも人手不足で、腕の立つ者は西日本全域に出払っているんですが…明日の昼には部下達が戻りますので、残りの奴らをひっ捕らえますよ』
『は…はい! …あ、あのー…それで、あのお猿のお姉さんはなぜ、このかさんを狙ったんですか?』
『お猿……天ヶ崎千草のことですか。
その…彼女には西洋魔術師に対する恨みのようなものがあって…いや、困ったものです。
彼女は、切り札が欲しいのでしょう』
『切り札?』
『はい、薄々お気づきとは思いますが……。
近衛家で最も濃い血を受け継ぐあの子…このかには、凄まじい呪力――"魔力を操る力"が眠っています。
その力は君のお父さんのサウザンドマスターを凌ぐほど。その力を上手く利用すれば西を乗っ取り、東を討つことも可能だと考えたのでしょう』
『ですから今回のような事が起きないようにと、このかを遠く安全な麻帆良学園に住まわせ、あの子にもその事を秘密にして守ってきたのですが………』
(………はあ、このかがそんなワケありだったなんて………)
(でもよく考えたらそうよね。
学園長も「魔法使いのネギ」のことを知ってたみたいだし、孫のこのかも関係あって当然―――)
「どうかしたんアスナ?」
「え!? う、ううん何でも!」
「? 変なアスナやなー」
不思議に思ったものの深くは考えず、木乃香はそのまま明日菜の前を歩いていく。
明日菜は彼女の背中を見ながら、再び考えを巡らせる。
(で、このかはそれを知らないのよね……。…刹那さんの話っていうのはきっと…)
―――ゴツンッ!
「あだっ」
廊下を歩く明日菜の額に、硬い何かがぶつかった。
彼女はバランスを崩してその場に尻餅をついてしまう。
「え?アスナ大丈夫ー?」
一体何にぶつかったのか、二人は揃って辺りを見渡した。
「いたたた、一体なんだってのよ……」
二人が揃って見つめる視線の先には……僅かに開いた襖がある。
そこから廊下に突き出しているソレに、明日菜は額をぶつけたのだと推測できた。
――その時点で、二人は言葉を失った。
「ソレ」は………
人間の腕だった。
襖の奥に広がる、異様な光景。
和室の中で巫女達が……まるで何かから逃げ惑う様な体勢で、恐怖の表情をして―――固まっている姿が見えた。
…知っている。二人はコレを知っている。
何故ならほんの数時間前、彼女達はコレを目の当たりにしたばかりなのだから。
巫女達は一様にして、石像と化していた。(な…ど、どうして……。ここは安全じゃなかったの!?)
困惑しながらも……
敵が、来たと。
明日菜は否応なく理解した。
◇◇◇◇◇
『……あれ?僕の父さんのコトを御存知なんですか?』
『君のお父さんですか? フフ、よく存じてますよ。
なにしろあのバカ………ナギ・スプリングフィールドとは、腐れ縁の友人でしたからね』
「うーん、このかさんのお父さんが、父さんの友達だったなんてねー」
刹那は、魔法に関すること全てを木乃香に打ち明けるため、ネギと明日菜も含めた四人で集まる事にした。
余計な人が来ないだろうと考えて集合場所を風呂場とし、ネギとカモはそこに向かって歩いていた。
「親書も渡せたし、明日は父さんが京都で住んでた家に案内してくれるって言ってたし!
目的は全部果たしたねカモ君!!」
「おうよ、これでやっとゆっくり出来るな!」
学園長から任された仕事は無事に終わり、個人的な目的を果たせる見通しも立った。
ネギとカモは満足して、意気揚々と廊下を進んでいた。
『―――きゃあああああっ………!?』
そこに突如として、金切り声をあげたようなけたたましい悲鳴が轟いた。
「!? 今のは!?」
「悲鳴だぜ、嬢ちゃん達の部屋の方からだ!!」
聞こえた叫びは、間違いなくのどか達のもの。
ただならぬ気配を感じ、ネギは急いで彼女達の部屋に駆ける。
―――ガラッ!!
躊躇わず襖に手をかけて、
「どうかしました…か………」
…ネギは……息を呑んで絶句した。
「あ、兄貴…こりゃあ………!!」
それは昼間の……或いは六年前の。
――――既視感。既視感。既視感。既視感。 視界が赤く明滅し、ネギは嫌な感覚に囚われる。
体中から脂汗が噴き出して止まらない――…!
―――ネギの生徒達は全員、石になっていた。「…あ、あ――朝倉さん…!? パルさん……の…のどかさん!!」
「落ち着け兄貴!!敵だ!!敵が来たんだ!!」
「で、でも皆が!!」
「先ず落ち着けって!!石化ならきっと長のオッサンが解いてくれる!!
それより敵に備えるんだ!!」
「で、でも…
本山に居れば敵は手を出せないハズじゃないの!?」
「来ちまってるモンはしょうがねえだろ!? 今は分析より対処だ!!しっかりしろよ兄貴!!」
喚くようにして無意味な掛け合いを演じる二人。
カモに諭されてようやく落ち着くネギだったが……込み上げてくる自責の念に唇を噛んで拳を握る。
(くっ…僕のせいだ……僕のせいで生徒の皆を………!!)
「ハッ…!そうだアスナさん達は!? ――『
念話』!」
ネギは慌てて仮契約カードを取り出した。
「アスナさん! アスナさん!!」
『ネ、ネギ!? あ、そうかカード…!』
突如頭に響いた声に明日菜は驚き声を上げる。
そしてカードの念話機能を思い出して、それを頭にかざして回線を繋いだ。
『ネギ、あんたは大丈夫なの!?
屋敷中の人達が昼間の刹那さんみたく石になって………!!』
「きっと敵が来たんです、気をつけて!!」
『や、やっぱり……!でも何でよ、一件落着じゃなかったの!?』
「とにかく、狙われてるのはこのかさんです!!予定通りお風呂に集まりましょう!!」
『わ、わかったわ!!』
「…『
杖よ』!!」
通信を切って間髪入れずに、ネギは杖を呼び出して手に構える。
「…よし、早く明日菜さん達と合流しないと!行くよカモ君――」
すると廊下の角から、いきなり何かが飛び出した。
「…刹那さん!?お風呂場にいたんじゃ」
「ただならぬ気配を感じて飛び出して来ました!!何があったんですか!?」
「それが…!」
「ネ、ネギ君……刹那君………」
「「!?」」
自分達の名を呼ぶ声に、二人は驚いて振り返る。
するとそこには、関西呪術協会の長―――詠春が彼らの後ろに立っていた。
「長! …っ!?」
…だが。詠春の姿を確かめて、刹那は思わず息を呑む。
「…
抵抗はしたのですが……平和な時代が続いた所為でしょうか、不意を喰らってこのザマです。
……かつてのサウザンドマスターの盟友が…情けない………!!」
「そんな…!」
「お、長…っ!!」
二人に話しかけた時点で詠春の体は既に、下半身が完全に石に変わっていた。
…恐らく彼はもう限界だ。
会話している間にも石化は進み、みるみるうちに体が石に変じていく。
「…ネギ君…刹那君………白い髪の少年に気をつけなさい。格の違う相手だ……。
並みの術者にならば…本山の結界もこの私も……こうも易々と破られたりは…しない………。」
呻くように…託すように。
詠春は最後の力を振り絞ってその助言を二人に残す。
「……貴方達二人では辛いかもしれません………学園長に……連絡を………」
「すまない……このかを頼み…………ます…」
………ピシッ…………。
…その言葉を最後にして、詠春は完全に…灰色の石像へと変わり果てた。
「……長………。」
……風に揺れて夜桜がざわつく音だけが…二人の周囲で響いている。
関西呪術協会のトップ…近衛詠春の石化。
それが齎す絶望感に、二人は自然と無言になる。
どうしようもなく重い沈黙が、二人の上に圧し掛かった。
破られる筈のない結界を越えて、敵が侵入した。
呪術協会の味方は詠春以下、全員が石化した。
目の前に横たわる現実は「圧倒的に劣勢」という…これ以上なく冷たい結果だ。
だが……。
『すまない……このかを頼み…………ます…』 自分の愛娘の命運を、他人に委ねるしかない無力感。
そして任せるその相手が…娘と同じか、それより小さい子供というその事実。
あの一言を絞り出した詠春の心情は……いったい如何様なものであったか。
「…刹那さん、木乃香さん達とは予定通りお風呂で集まる事になってます」
――それを思えば。
ネギと刹那に、こんな所で打ちひしがれている暇などなかった。
「…わかりました。行きましょう先生!!」
「はい!!」
場を支配する静寂をどちらともなく破り捨て、二人は共に駆け出した。
木乃香を、守るために。
◇◇◇◇◇
「はっ――はっ…はっ……!!」
夜の帳が落ち切った山林を、月明かりだけを頼りに走りぬけるその人影。
(い、一体これはどういうことですか………)
息はとっくに切れている。肺は悲鳴を上げていて、心臓は既に爆発寸前。
それでもそんな、小柄な体で必死に彼女が目指すのは――とにかく遠くへ。少しでも……!
(皆とカードゲームをしていたあの場から…まだ数分……!!)
寝巻きの浴衣を乱しながら、目に入る汗を鬱陶しげに払いのける。
混乱した頭を抱えながら――…夕映は、ただただ必死に走り続けた。
(部屋に妙な男の子が来たと思えば―――いきなり煙が出てきて皆が石に………!!)
『ゆえっち、あんた逃げろ!!あんた小っこいし頭回るし体力あるだろ!!』
『で、でも…』
『いいから!助けを呼ぶんだゆえっち!!』
(朝倉さんが逃がしてくれなければ私も今ごろ………)
思い至ってゾッとする。
そして非現実的な――しかし紛れもなく目の前で起きた現実に、彼女はとうとう耐え切れずに叫び出した。
「…しかし朝倉さんっ!!
こんな非常識な事態に対処してくれる所など日本の何処にも―――!!」
ふと、その時。
夕映は自分の知る非常識な――もとい、超人的な力を持つ友人達を思い出す。
(そうです、あの人達ならあるいは……!!)
何とか咄嗟に持ち出してきたケータイを開き、夕映はある人物に向けて発信する。
(…たとえこれが夢でも!まずやるべきは問題への対処です!!)
電話が繋がるまでのコール音が、とても煩わしかった。
・
・
・
――パーララ パラララ パララララ〜♪ パラ――(ピッ)
「もしもし長瀬でござる。おや、バカリーダー?」
ホテル嵐山のロビーは賑やかだった。
消灯時間が迫っているにも関わらず、それを気にしない生徒達が楽しそうに談笑している。
…もう少しすればきっと、彼らに新田先生の雷が落ちるのだろう。南無……いや、怒られて当然か。
「む…?どうした夕映殿、まずは落ち着くでござるよ。落ち着いて……」
長い脚を組んでソファに座る楓は、テーブルのポテトチップスを一枚取って続きを促す。
電話の向こうで焦る夕映を宥めながら彼女は、緩やかに脚を組み直して背もたれに背中を預けた。
「…ふむ…つまり………」
「助けが必要でござるかな?リーダー」
「? どーしたアルか」
「…何かあったか楓?」
ロビーに居合わせた古菲と真名が、楓の呟きを聞き入れた。
・
・
・
・
―――バチッ
麻帆良学園の学園長室に、碁石を打つ音が響いた。
「……ぬ?
………待っ「待ったはナシだ」…ケチじゃのう、年上のクセに…」
―――トゥルルルルルル……
盤上を睨みながら顎鬚を梳く、近右衛門の携帯電話に着信が入った。
「(ピッ。)…もしもし、わしじゃが。
…おお何じゃ、ネギ君か!どうしたのかのぅそんなに慌てて。そうじゃ、親書の方はどう…」
「っ何じゃと!? 西の本山で………何と!?婿殿――…西の長までが!?それは一大事じゃぞ!!
――いや…少し待つのじゃネギ君、士郎はどうしたのじゃ!?」
「………成程、それで助っ人か……しかしのうタカミチは今海外じゃし………」
「今すぐそこへ急行できる人材は――……。…ほ!」
近右衛門の目の前で………打って付けの少女が、ソファに胡坐をかいて座っていた。
「……ん?何だジジイ」
「わかった、必ず助っ人をそちらへ送る。それまで何とか耐えてくれい!!」
「おい、何だというんだ。向こうで何かあったか?」
電話を切った彼に対し、少女は快訝な表情を浮かべて問う。
すると豊かに蓄えられた口鬚の裏で…口角を二ヤリと上げて、近右衛門は彼女に言った。
「特別任務じゃエヴァンジェリン。お主に今から京都に行ってもらいたい」
「………ほう?」
意外な言葉に、エヴァンジェリンも笑みで返した。
…この日、この時。
彼らにとって忘れようのない――――長い夜が、始まった。
<おまけ>
「その手腕、もはやストーカー」
――カポーン…。
大浴場に、男二人が歓談する声が響いている。
詠春「このかの事、よろしく頼みますよネギ先生」
ネギ「はい、わかりました。」
しかしこの場にいたのは、実は彼らだけではなく……。
明日菜「……………何で隠れてるの私達?」
大浴場の室内庭園に置かれた大岩。
その陰で明日菜と刹那が、裸で組んず解れつしながら隠れていた。
彼女達が先に入浴していた所に、誤って詠春とネギがやって来た時……焦った二人は何を考えたか、咄嗟に身を隠してしまったのだ。
刹那「ス、スミマセンいつもの癖で…(こそこそ)」
明日菜「…いつも?」
刹那「はい、学園でお嬢様を護衛する時の…(こそこそ)」
聞いた明日菜は、心の中でひっそりと涙した。
明日菜(……ずっとそーやって…陰からこのかを守ってたのね………ホロリ)
ちなみに、このあと夕映達まで誤って入って来て、大浴場が更に混乱するのは余談である。
木乃香「父様のエッチーーー!!なんでアスナと一緒に風呂入っとるん―――!!」
夕映「こ、このかさん。お父上は何もしていませんよ?」
詠春「………。」
ネギ(あ、長さんちょっと落ち込んでる…)
〜補足・解説〜《今話について》
幾つかオリジナル描写を挟みつつ、流れが少々違うだけでほとんど原作通りのストーリー、そして士郎の出番が少ない。
…………ですが。
それが『ネギま!―剣製の凱歌―』です!!(開き直り)
ただ、原作を知らない・読んでいない読者様の事を考えると、今回の様な状況説明的な描写を省く事は憚られる訳でして……。
私がもっと上手く書ければいいのですが。
今回は「次回への準備回」という事で、読者の皆様には寛大なご容赦を頂ければと思います。
次回以降をお楽しみに!
>どれだけでかい神社なのか
古い時代に建立されて、今も残る由緒ある神社というのは、馬鹿デカイものが多いですよね…。
まあ神話の時代では装飾技術が発展していなかったでしょうから、規模を大きくする事でしか「神様の社」に相応しい荘厳さを表現する事ができなかったのでしょう。
>それほど険しくないにせよ山の夜道は危険です。
舐めたらダメですよ、本当に。山での行動は午後三時頃には終えるようにと恩師から教わりました。
というか三時でも遅いです。午後二時くらいだと余裕があっていいですね。
でもその後がメチャクチャ暇なので、トランプや本が欲しくなりますが。
>お義父さんから先生方に話が行っている筈ですから
「身代わりの紙型」をホテルに送って誤魔化していた原作とは異なります。
だって何の拍子で解けるか分からないような術(分身)を、一般人のただ中に放り込むとか…。
原作でも、一般人のクラスメートにすらバリバリ違和感を持たれていましたし。
>八つ当たりみたいな仇討ち
自覚はありますが止まりません。
自身の胸で燻り続ける「許せない」という思いを、隠せず、仕舞っておくこともできず、忘れる事も出来ず、吐き出す事もできず。どこかにぶつける事しか選べなかった。
私は、千草がきっとそんな心情だったのではと思っています。
……まあ、そのために他人に迷惑をかけたり傷つけたりした時点で、彼女は庇いようのない「悪」に堕ちてしまったのでしょうけれど。
そして善悪については、Fate・ネギま!共に原作内で濃ゆーく語られているのでここでは割愛。
>千草にはまるで天の遣いのように見えた。
第18話の士郎と対比すると面白い。
>京都風肉まん
「京風肉まん」っつーのが実在するらしいです。私は知りませんでした。
>世界の全てに肉まんを―――っ!!
>特に妙な行動は無し…
中学生が屋台をチェーン店で経営していても決しておかしな事ではない。
麻帆良ではよくあること。
>この二人は嫌というほど解っているが。
お互い魔法世界で色々経験しましたから、互いの言い分どちらも理解できる所はあるんです。
ただしその上で、士郎は魔法界の内側で木乃香を守るべきと、詠春は外に遠ざけて守るべきと考えた結果なのです。
木乃香の生い立ちを考えれば、木乃香を「魔法」との関わりから切り離す事はできない。だったらきちんとした知識と自衛手段を与えるべき……というのが士郎の考え。
対する詠春は士郎の言い分を理解しつつも、だからこ木乃香を「魔法」から遠ざけて、普通の幸せを掴んで欲しかった。
……ただしその手段として、(安心・信頼して木乃香を預けられるのが近右衛門しかいなかったとはいえ)彼女を麻帆良に預けたというのは失敗だったと思います。仮にも麻帆良は関東魔法協会なんですから、(原作を読んだ上での結果論かもしれませんが)魔法に巻き込まれて木乃香が魔力に目覚める可能性は予測できたでしょう。
>刹那さん!?お風呂場にいたんじゃ
>ただならぬ気配を感じて飛び出して来ました!!
あー、明日菜・木乃香とすれ違いになってたんですね。
原作は何度も読んだんですけど、今まで理解してませんでした(何だと
>ネギ君、士郎はどうしたのじゃ!?
次回を待て!
次回はきっと…彼の出番が存在する!!(笑)
>明日菜と刹那が、裸で組んず解れつしながら
原作の入浴シーンとガールズトークをカットしたお詫びに、僅かばかりのお色気をw
………本ッ当に僅かですが。
【次回予告】 ※あくまでイメージです。実際の内容とは異なります。
「…みんなを石にして、刹那さんを殴って、このかさんを攫って、アスナさんまで………!!
先生として…友達として……! 僕は、許さないぞ!!」
「…やめたほうがいいネギ・スプリングフィールド。
近衛詠春も衛宮士郎も既に石になっている…君に勝ち目はないよ」
「そんなに痛い目に遭いたい言うんやったら、ここでお嬢様の力の一端を見したるわ。
本山でガタガタ震えとったら良かったと後悔するで」
「――オン。キリ、キリ。ヴァジャラ。ウーンハッタ……!」
呪文が終わると、川の浅瀬の
水面が輝き――光と共に喚ばれ出でるは異形の軍勢。
それは千万無量の大群にして、同時に千軍万馬の大軍。千姿万態の
兵達――――。
「あんたらは、
千体の鬼共とでも遊んどき」
次回より、「ネギま!―剣製の凱歌―」京都決戦編・開始!
「第二章-第24話 京都決戦・壱 千鬼万来」
それでは次回!!