アクアは高鳴る心臓をごまかすように階段を早足で上がっていた。
すぐに祭壇の前にいるアランとリリスが見えた。
二人とも真剣な表情でこっちを見てる・・・。
(リリスまであんなに真剣に・・・)
アクアは緊張の色を濃くしながらも足を止めずに上がり続けた。
何で最初に行っちゃったんだろう・・・
アクアは最初に転生の儀をする事を後悔した。
きっと今の自分を他の人が見ればさぞ面白く見えるんだろうなと考えていると目のはしにニヤニヤしているドレイクが見えた。
(緊張してるから笑わないで下さい!)
心の中で叫んでも意味はないと分かっていても叫び、ドレイクを睨んだ。
だが、ドレイクは気づかず笑いながら手を振りかえしてきただけだった。
アクアはため息をつき前に視線を戻しつつ、コツコツと踏み出すたびに響いている靴の音を聞きながら階段を上がった。
「こちらへ」
アランは短くそう言うとリリスと横に移動した。
「[真現石《しんげんせき》]の前にひざまづいてください」
アランの言葉にアクアは戸惑った。
「あの・・・真現石って目の前の石ですか?」
「その石のことよ、さっさとひざまづきなさい」
そう聞くとリリスが偉そうに腕を組んだまま床を指差した。
(あなたには聞いてないわよ)
目だけでアクアは訴えたがリリスはそしらぬ様子で「始めるわよ」とアランと話をしていた。
「・・・ぅぅ」
アクアは手をぎゅっと握りしめながらリリスを親の仇をみるような顔で睨み、小さく唸った。
リリスはその様子に気づいていないかのように振る舞い、片目を閉じ頭を掻いている。
そんな2人の様子にアランは苦笑いを浮かべた。
そして唇を噛んで怒りを堪えているアクアに申し訳なさそうな顔をしながら小さく手を合わせた。
咳払いをした後仕切り直すように静かに厳かな口調でアランが聞いた。
「それでは始めますが、よろしいですか?」
「はい」
「では・・・まずは祈りのポーズをとってください」
言われたままにひざまづいまま両手を握るようにして合わせた。
「次は私達が言うことに続いて唱えてください。
その後は石に触れて終わりです」
「はい・・・」
少し声が震えたのを感じとりアクアの肩にアランが手を置いた。
「リラックスしてください、簡単な言い回しですし、すぐに終わりますよ」
「ありがとうございます・・・」
アランの励ましにアクアが素直に喜んでいると後ろからリリスが嫌みに言った。
「失敗されると面倒なのよねぇ、後もつっかえてるし〜」
「リリス」
アランの声に舌打ちして口を閉じた。
その様子にアランは目頭を押さえ唸った後アクアの方を向くと口を開いた。
「始めます」
アランがそう言うとリリスも声を合わせ唱えた。
「「全てのの神と全ての魔神に感謝と畏敬の念を持って新たな人生を歩むことを誓います。
そして天使であろうとも悪魔であろうともその運命を受け入れます」」
それに続くようにアクアが唱えた。
「全ての神と全ての魔神に感謝と畏敬の念を持って新たな人生を歩むことを誓います。
そして天使であろうとも悪魔であろうともその運命を受け入れます」
アクアは言い終えた後石に触れた。
ヒヤリとした感触と共に石が輝きだし形が変わりだした。
アクアは驚きながら一歩退がると何が起こるのかを見守った。
数分で形が整い、その姿を現した。
そこには白い羽を広げた子供の天使の彫像があった。
笑みを浮かべまるで今にも動きだしそうなほどリアルな彫像にアクアは目を奪われた。
(すごい・・・まるで生きてるみたい)
それを後ろで見ていたアランは嬉しそうな顔で手を叩いていた。
逆にリリスは忌々しそうに天使像を見上げ何かを呟くと元の場所に戻った。
状況の読み込めないアクアはアランを見た。
「これであなたは天使に転生しました」
「え?どこにも変化はありませんけ・・・」
アクアが何気なく背中に触れるとそこに鳥の羽のような感触があった。
「・・・え?」
アランに視線を戻すとなにか言う前に説明を始めた。
「気づいたと思いますがあなたには羽があります。
後、あなたが天使に転生したと分かったのは真現石が天使の彫像に変化したのとその白い羽を見たからです。
単純に言えばあの石が変化したのが悪魔であれば悪魔、天使であれば天使と言うことになります。
まだ話さなければならないことがありますが、それは全員が転生したら話しますので」
「は、はい」
「では、これで転生の儀は終了です」
アクアはいきなり色々な事を言われ少し困惑した返事を返した後静かに階段を降りた。
「アクアー!」
下に降りるとドレイクを筆頭とするたくさんの死者達にアクアは囲まれた。
「な、何ですか?」
アクアは戸惑いながらも聞くとドレイクが興奮したように答えた。
「何って、その羽の事にきまってんじゃねぇか!」
ドレイクはそう言うといきなりアクアの羽を触りだした。
そしてその後に続くように他の死者達も触りだした。
「やめてください!」
アクアは大声で叫んだが、全員羽に夢中になっていて、聞く耳をもたない。
「本物だぜ」
「やわらかーい」
「真っ白で、きれーだな」
「ハァハァ、幼女に天使・・・」
と最後はおかしかったが、死者達はさまざまな感想を言いながらアクアを物扱いした。
その扱いにアクアは顔を空に向け叫んだ。
「もーーーーーー!」
うんざりしたような声をあげた後、アクアは死者達の輪の中に埋もれていった。
その様子を遠巻きにムラサメは見ていた。
(途中何が起きたか分からなかったが・・・危険はなさそうだな)
そう結論付けたムラサメはひっそりと誰にも気づかれることなく階段を上がった。
祭壇に着くとリリスが近づいてきた。
「あら〜待ってたわよ、色男さん」
そう言いながらムラサメの腕に絡んできた。
自然な動作でムラサメの腕を胸の谷間に誘導した。
豊かな胸の谷間に手を挟んでいたが特に気にすることもなくアランを見た。
「転生の儀はしないのか?」
「したいんだけど・・・」
アランはそう言いながらいまだに腕を絡ませてるリリスを横目で見た。
ムラサメは何が言いたいのかを把握しリリスの手をほどいた。
「・・・さっさと離れろ」
「嫌よ」
駄々をこねて離れないリリスにアランが呟くように呼んだ。
「・・・リリス」
「チッ、うるさいわね。
分かってるわよ」
リリスが吐き捨てるようにアランに言うと隣に移動した。
「始めますが、大丈夫ですか?」
「ああ」
ムラサメが返事をすると先ほどアクアに言ったように真現石の前にひざまづかせ唱え始めた。
それをアクアと同じ手順で唱えたムラサメは静かに真現石に触れた。
アクアと同じように石が輝き変化した。
それを一歩後ろに下がったムラサメは興味深そうにその様子を見た。
しばらくするとその姿を現した。
「な!」
「何よ・・・アレ」
リリスとアランが驚きに見開かれた目でムラサメの背中の翼と彫像を交互に見た。
そこには何枚もの黒い翼を持ち剣を掲げたままの状態の天使の姿があった。
アランは無意識にその名を呼んだ。
「堕天使・・・ルシファー・・・」