高校に入学して一ヶ月ぐらいが経過しただろうか。
とりあえず、心配していた騒動も起きず、私の入ったクラスも可も無く不可もなく、それなりに目立つ生徒もいるが、至って平和なものである。
「凪!お昼休みだよ〜お弁当食べよう」
ニッコリ笑いながら告げる華火にクラスがざわつくぐらいは、まぁ大目に見よう。
だが、今日はそんないつもの風景に、違いがあった。
「・・・・・華火、後ろに誰かいるの?」
教室のドアから声をかけてくる華火の後ろに、誰かの頭がひょっこり出ているのが判るし、なんだろうこの感じたことのある魔力は・・・。
「うん、今日は噂の万里谷ちゃんを連れて来たんだ!一緒にお昼食べてもいいでしょ」
無邪気に笑いながら、後ろにいる万里谷さんの手をにぎり、廊下から二列目に席に
座る私に近づいてくる二人だが・・・どうしよ、心情的にはすっごくお断りしたいんだけど・・・。
「あっ、あの万里谷 祐理と申します。以前は助けていただきありがとうございました。橘さんに誘われ、厚かましくも来てしまったんですが・・ご迷惑ではなかったですか?」
私の顔を見ると、一瞬目を見開くも慌ててお辞儀をし、挨拶をする万里谷さん。
あのくたびれサラリーマンから何も聞いていなかったんだろうか?
前にあったときは少し遠くにあの男の魔力も感じたから、組んでるとばかり思ってたんだけど・・。
「あぁ、前に道聞いてきた人って万里谷さんだったんだ・・いままで全然気が付かなかった。偶然だね、同じ高校に通うことになるなんて」
まぁ、真実なんて今聞くわけにいかないし、なによりも・・何も感じなかったはずの彼女が、何処か怯えているように感じる。
「えぇ〜、万里谷ちゃんと凪って知り合いだったの?」
隣から椅子をもってきて万里谷さんようにおくと、華火は定位置とでもいうように私の前の席の椅子をクルリと向きを変え、席に座る。
「あっ、いえ・・前に一回道をお尋ねしたことがあって・・」
万里谷さんは苦笑い気味に華火に告げると、たったまま少し困ったように私を見つめてくるのだが、私は彼女が何故そのような目で私を見つめてくるのか、皆目検討がつかないでいた。
「万里谷さん、折角華火に引き摺られてここまで来たんだし、一緒にお昼たべよう」
答えなんてでないけど、とりあえずそのまんま立ちっぱなしにさせるわけにもいかないので、華火が持ってきた椅子を勧めると、小さくペコっとお辞儀をし、椅子に座る万里谷さん・・表情は硬いまんまだったけど・・。
「さぁ、お昼食べよう!!華火おなかぺこぺこだもん」
華火が陽気にそんなことを言うと、やっと万里谷さんの表情が柔らかくなり、クスクスと笑い始めていた。
「もう、橘さん・・女性がそのようなこというもんじゃありませんよ」
そんなことを言いながらも、笑っている彼女は学校一美人だと言われるのも判るくらい華やいでいたし、それに少しむくれる華火もまた彼女に負けないぐらいの美人だと思う。
・・それは判るが男子よ・・その鼻息を何とかしないと通報するぞ。
「凪、なに睨んでるの?」
「なんでもない」
華火は首を傾げるも、私は首をふり何も答えない。
言ったところであまり意味の無いことは今まででちゃんと理解しているつもり。
華火がどこまで理解しているかわからないけど、この子は案外ちゃっかりしてるし、強運の持ち主であることは小さい頃からのことでわかっているので、大丈夫だろうと認識することにしている。
「あの・・橘さんと仲がおよろしいんですね。あの・・」
「あぁ、私は稀龍 凪。そうだね、華火とは従姉妹だし小さい頃からよく一緒にいるから」
おずおず、と聞いてくる万里谷さんに一応笑って答えるも・・何故だろう、さっきまで華火に笑っていたのに、私にはかなり表情が硬いのは・・えっと、えっ?もしかして何か感ずいてるとかない・・よね。
お弁当を机に出しながら、万里谷さんの表情の硬さに戦々恐々としていたんだけど、既にもぐもぐ食べ始めていた、華火が・・うん爆弾を投下しやがった。
「万里谷ちゃんって凪のことが恐いの?」
「えっ!!」
まさかの直球というか、本人の前で言ってしまうというか・・うん、華火あんたは正真正銘の大物か、本物の馬鹿だよ・・うん。
「えっと・・そんなことは・・」
「ふ〜ん・・でも、大丈夫だよ?凪って結構ぶっちょうずらだけど、弱いものいじめするような子じゃないし、ましてや万里谷ちゃんに噛み付くような野生児でもないから、安心して良いよ」
華火のめちゃくちゃな説明に、万里谷さんは苦笑いしながらも・・おずおずと頷いてくれた。
「ちょっと、華火。私そこまでぶっちょうずらじゃないんだけど?」
「そう?」
そんな会話をしながら、今日のお昼は終了したんだけど・・最後まで、万里谷さんの私たいする態度は変わることはなかった。
もしかしたら何か感ずいているかもしれないけど・・。
「向こうがアクション起こすまでは・・どうしょうもないか」
教室から出て行く、二人の背中を見送りながらポツリと言う。
この言葉は彼女達には聞こえなかっただろうが、私もまた彼女達が廊下でしていた会話を聞くことはなかった。
「あの・・・橘さん」
「ん?なに万里谷ちゃん」
二人で自分達の教室に戻るために廊下を歩いていると、万里谷は華火の少し後ろでたち止まり、華火に声をかけ、華火もその声にニッコリと笑いながら振り向いた。
「橘さんは稀龍さんとよく一緒にいらっしゃるんですよ・・ね」
「うん、大体は・・まぁ、でも一緒にいるってより華火が凪に引っ付いてるって感じなんだけど」
表情の暗い万里谷に首をかしげながらも、なんでもないように答える華火に、万里谷は困惑したような、それでいて何処か沈んだような声と表情で華火に尚も言葉を紡ぐ。
「あの・・このようなこと聞くのは大変失礼なんですが、稀龍さんといて何か変なこととか起こったことはありませんか?・・恐い思いをしたこととか、普通じゃ考えられないことが起こったこととか・・」
「ん〜・・変なことは・・・・ないと思うよ」
「そう・・ですか」
「ねぇ、万里谷ちゃん・・万里谷ちゃんがそんなこと聞く理由って、さっき凪を恐がってたのと関係があるの?」
少し苦笑い気味に聞く華火の表情に、申し訳なさそうにする万里谷だった。
「・・すいません。なんとも、申し上げることができないんです」
「あぁ、別に気にしないでいいよ?華火がちょっと気になっただけだし」
「・・あの、嫌に感じませんか?お友達が恐がられたり、根掘り葉掘り聞かれて・・」
しょんぼりしながら尋ねる万里谷にたいし、華火はあっけらか〜んとしながら万里谷を見てしゃべりだす。
「だって万里谷ちゃんは凪を傷つけたくってそういうこと聞いてるわけじゃないでしょ?」
「え?・・それは・・はい」
「なら、いいんじゃない?怯えるにしても人間合わない人間もいるんだから、恐いと思っちゃう人もいるでしょ。でも、華火は二人が仲良くなってくれればいいなぁ、とは思うけどね」
「・・橘さんはすごいですね」
大らかに言う華火に万里谷もニッコリ笑い答えるも、その時初めて華火は少し悲しそうな笑顔をむけた。
「それは・・違うよ。万里谷ちゃん」
「え?」
「すごいのは・・華火じゃないよ」
「橘さん?」
「・・うんん、なんでもない。万里谷ちゃん予鈴がもうすぐなっちゃうし、早く行こう?」
先ほど表情を綺麗に引っ込めて笑う華火に、万里谷は首をかしげながも一緒に教室へと戻っていくのであった。
そんなことがあってから三週間は経っただろうか、万里谷さんは何時もではないにしても、ちょくちょく華火に連れられてお昼を共にするようになった。
まぁ、なんにしても怯えるような素振りはなんとなく緩和されつつあるも、やはりなにかを伺うようなそんな雰囲気は垣間見えた。
だが、それ以上のアクションを起こすこともなく、正史編纂委員会のほうも私に何かをしてくる様子はない。
だから、これからもつつがなく日々は過ぎると思ってたんだけど・・。
「・・・・あれ、何!?」
放課後、職員室に用があり少し遠回りをして下駄箱に向かっていたときに、廊下で見かけたのは・・。
「華火と・・・・もう一人の神殺し?」
一本向こうの渡り廊下に彼らはいた。
この距離じゃ何を話しているのかは判らないが・・とりあえず・・。
「・・なんか、違う神の気配も感じるんだけど・・・何故に?」
華火と話ている男子からは、微弱ではあるが神の気配も感じる・・ただ、権能を簒奪した時の様に、体の中から感じるといったわけではない・・・。
なにやら謎な気配に首をかしげながら、かなり二人を見つめていたのだろう。
華火は何気ないようにこちらを向き、ニコッと笑って私に手を振り彼に何か言って走ってこちらによってくると、彼もまた私に一瞥してペコリと軽くお辞儀をしたあと、華火を少し探るように眺めそのまま廊下を歩いていってしまった。
「華火、さっきの人って華火の知り合い?」
「ん?ん〜違うよ?さっきそこで見かけたの」
首をかしげながら答える華火に、私も首をかしげ、さらに問いかける。
「見かけたから、話しかけたの?」
「うん・・なんかあの男子、万里谷ちゃんとはまた違う感じの変わった人だったし・・それに・・」
「それに?」
「なんかね・・・さっきの男子とは違う感じを、男子のポケットからするような気がしたんだ」
「・・ポケット」
「うん・・で、それがなんか気になって、さっきの男子に言ったの、何をポケットにしまってるの?って」
「それで?」
「ん?えっとビックリしたみたいだけど見せてもらったよ。なんか石でできたメダル。真ん中に蛇を髪にした女の人が描かれてるみたいだったけど・・実際はわからないなぁ・・結構古そうなものだったし・・でも・・」
「でも?」
「なんかね・・あれ、誰かを呼んでるような・・そんな気がした。いつもはなんか違うってだけしか、わかんないだけどなぁ」
「・・・そう」
何かを呼ぶメダル・・しかも、それを持つのは神殺し・・。
「いい予感しないなぁ・・」
「え?」
「いや、こっちの話」
ポツリと本音を漏らし溜息をつくと、華火が首を傾げてきたので軽くあしらい、ぶうたれる華火をなだめながら、頭の隅で感じていた。
さっき感じた神の気配といい・・多分この予感は外れることはないだろう・・と。
草薙護堂は教室に向かう廊下を歩きながら、ポケットにあったメダルを右手に持ち、眺めていた。
昨夜、静かの先輩にあたる万里谷とい人から電話があり、このゴルゴネイオンを持っていくため学校に持ってきたんだが・・。
「あの子・・いったいなんだったんだ?」
掃除が終わり、渡り廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
「ねぇ、そこの男子!」
振り返ると、栗色の髪を携えた可愛い女の子が、少し息をきらしながらそこに立っていた。
「君、ポケットに何しまってるの?」
「は?」
「だから、ポケット!何か変わったものしまってない?」
いきなりそんなことを言われ、眉をひそめるも、そういえばと思い出した。
昨夜電話で呼び出され、ゴルゴネイオンを持ってきていることと・・それがポケットにあることを。
俺はこの子もあの変な魔術師や結社とかいうやつらの仲間なのかと思い、ポケットにしまっていたゴルゴネイオンを彼女に見せると、その子は何も言わずじっとメダルを見ると、フッとこちらに目線を合わせてきた。
「君自体もすっごく変わってるけど・・このメダルも相当変わってるね」
「?・・これが何か知ってて声をかけてきたんじゃないのか?」
「知らないよ。すっごく変わった感じがしたから声をかけただけ」
それじゃあ、この子は魔術師の仲間とかじゃない・・のか?
それだけ話すと、彼女はフイッと何かに気づいたのか、もう一本向こうの廊下を見て、手を振って振り返り、笑顔でじゃあねと俺に声をかけ向こうへ行ってしまった。
俺も廊下の向こうを見てみると、そこにはさっきの女の子と、黒髪の物静かそうな子が一緒にいるのが見え、黒髪の子がこちらを向いたので軽く会釈をしてから、さっきの女の子に目をやり、そのまま教室に向かったんだ。
「それにしても・・普通の子にわかるものなのか?こういうのって」
メダルを眺めながら首をかしげるも、答えが出るわけがなく、今から会いに行く万里谷という人といい、カンピオーネなんてものになってから変なことに巻き込まれてばかりだと、溜息をついてしまった。