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敵であり、獲物であり、友である 第十二話 ゴルゴネイオン
作者:時雨   2012/12/17(月) 23:16公開   ID:wmb8.4kr4q6
目の前にある長い長い階段に護堂は溜息をつきながらも、上り始めるのであった。

ことの始まりは、昨夜夕食時にかかってきた一本の電話である。
祖父と妹の静花と一緒に夕食を食べてたときにかかってきたのが、静花の茶道部の先輩だという万里谷という子からだった。
その電話では詳しい要件は言わなかったらしいが、最後の東京に持ち帰ってきたもの、なんて言い方されれば、俺がこの間ローマから持ってきたメダルのことしかないだろう。

「エリカに押し付けられたのはやっぱ失敗だったな…一日で二回もこのメダル関連で変なこと言われるし、呼び出されるし。思ってた以上に危険な物なんだろうな」

階段を上りながら、ポツリ、ポツリと呟く護堂のその姿には、他者からみても哀愁が漂っていることが見て取れるほどであった。

「……神社で待ち合わせってのは……」

静花から伝言された待ち合わせ場所として言われたのが、今上っている階段の上にそびえる神社、七雄神社だった。
静花の部活の先輩っていうなら、待ち合わせ場所は学校ってのが普通なんだろうけど…。

「やっぱ他の生徒を巻き込まないためってのも……あるんだろうなぁ。しかし・・社会勉強の為に神社で巫女さんのバイトってのは…」

まぁ、旧華族の出の山の手のお嬢様っていうくらいだから、一般庶民とは感覚が違うんだろうけど……。
野球をやってたおかげで体力には自信があるけど、まさか待ち合わせでこんな長い階段を上るはめになるとは思わなかった。

これから巻き込まれる…いや、既に巻き込まれた事象のことを考えると頭を抱え込みたくなるので、微妙に焦点のずれたことを考えながら現実逃避をしていた護堂だが、つらつらと考えているうちに待ち合わせ場所である神社が見えてきてしまった。


鳥居を潜り境内の中に入ると、出迎えたのは巫女装束の少女だった。

「よくいらして下さいました、草薙護堂さま。カンピオーネである御身をお呼び立てした無礼、お許しくださいませ」

深々と頭をたれる少女。
その少女こそ、ここに護堂を呼び出した万里谷 祐理本人であった。
彼女は学校で着用している制服とは違い、これぞ巫女さんといった白衣と緋袴といったいでたちで立っていた。
流石といえるのは、彼女がその格好に負けていないことだろう。
着せられている雰囲気は一切無く、それどころかピンと背筋を伸ばした彼女の美しさと、どこか芯の強さを感じさせるしなやかさが、彼女をいっそう美しく際立たせていた。

「えっと、君が万里谷さん?」

「はい、万里谷 祐理と申します。昨日はいきなりお電話をおかけして、失礼いたしました」

やや薄い茶色の長い髪が揺れる。

昨夜、この子から電話がかかってきた時に電話に出たのは、妹の静花だった。
俺はそのまま夕食を食べてたんだけど、電話が終わるやいなや、静花は俺の前まで駆け寄ってきて…胸座つかまれすっげぇすごまれた……。
曰く……。

「なんで、中等部で憧れの的のあの!、あの!!万里谷先輩からお兄ちゃんに電話がかかってくるのよ!!?」

とか……。

「万里谷先輩っていったら、学校で並び立てるものはいないってほどの美人で頭もいいうえに、旧華族でのお嬢様なのよ!!!お兄ちゃんがちょっかいを出せるような相手じゃないんだからね!!!!」

など……。

静花は実の兄である俺をどんな目で見ているのやら……。
だけど、確かに静花が騒ぐのも判る気がした。
俺の知り合いの中で抜きにでた美人といえばエリカ・ブランデッリだけど、目の前にいる子も全然負けていない。
あちらが大輪の椿だとすれば、この気品高い少女は咲き揃う桜の可憐さがあった。

「君は魔術師たちの仲間でいいんだよな?ヨーロッパにいるみたいな」

「はい。……あまり十把一絡げにくくられたくはないのですが、そのご認識で大きな誤りはありません。私は武蔵野を守護する巫女のひとりとして、この社でお勤めをしております。ささやかですが呪術の心得もございます」

なるほど、それのカモフラージュでバイトか…でも社会勉強ってのはどうだろう。
……そういえば、彼女が日本の魔術師達の仲間だとすると…

「なぁ・・君は何か聞いてないか?」

「は?」

「今日、君以外に誰か俺に話しに来る奴がいるとか、そういうの…」

いきなりこんことを聞いたからびっくりしたんだろう、目の前の少女は目をパチパチとして、わかりやすく驚きの表現をしてくれているけど…この様子だと彼女は何も聞いていないんだろう。

「いや…何も聞いてないならいいんだ」

「…だれか草薙さまに会いにきた方が居られたのですか?」

真っ直ぐこちらをみて聞いてくる彼女に嘘をつける奴がいたら、教えて欲しい…。

「……えっと、会いに来たっていうより声をかけられた・・かな。ちょっと変わった声のかけられかたをしたから、君達と関係でもあるかなって思ったんだけどさ、知らないんならいいんだ・・多分、俺の勘違いだったと思うし」

「………そう…ですか」

少し伏し目がちになりながら、考え込んでしまった彼女に俺は慌てて話題を変更しようと、周りを見渡した。

「ええっと、今日は万里谷さん一人だけ?誰か人はいないの?」

周りを見渡してみると、結構管理は行き届いているみたいなのに、この境内で少なくとも俺の視界に入る人間は目の前にいる万里谷さんだけ…。
もし、こんなことが静花にばれたらどんな目にあうか…てか、こんな綺麗な子と二人っきりってのは…俺には難易度が高すぎる…。

「はい、今は私ひとりしかおりません。ですから、御身の逆鱗に触れるような失態がありましても、罪は私ひとりのものとなります。どうぞ、お怒りは我が身のみに下されるよう、ご寛恕を請いとうございます」

「…………は?」

「荒ぶる魔王たる御身のお怒りは、私ごときでを殺めたところで収まるものではないと承知の上で申し上げます。何卒、関りなき無辜の民を戯れに踏み潰すような真似は、お慎み下さいませ。慈悲と共に寛容を示すお振る舞いは、王者の仁徳にございます。全ての咎は、どうか私ひとりにのみ帰するものとご容赦ください」

やたら畏まった口調で訴えられた。
…………これはもしや諫言というやつ…か?
暴君や暗君に対し命を賭して家臣が戒めの言葉を奏上するっていう…あれ?

「ツッコミどころ満載でどこから言っていいか困るんだけど…まず一つ、俺が君をどうするって言うんだよ!?俺はネロでも董卓でも織田信長でもないんだぞ?
誰も殺したりするか!!」

げっそりしながら護堂が言うも、美しい巫女さんは、真摯な瞳でトンチンカンなことをいいはじめた。

「…それはつまり、命を奪うだけでは飽き足らないという意味なのでしょうか?」

………何故だろう?
この娘はとても聡明そうなのに、決定的に察しが悪いのは…。
お嬢様ってのは、ここまで一般人とは思考回路が大きく異なっているものなんだろうか?

「いや、だからそうじゃなくって!!俺はごく真っ当な文明人で、荒っぽいことが嫌いなんだ。……そのあたり理解して欲しいんだけど…」

「………はい、もう覚悟は決めております。私をお嬲りあそばすのであれば、お望みのままになさいませ。すぐには楽にさせないと、おっしゃりたいのでしょ?」

「やっぱわかってない…俺に拷問の趣味はないっての!!」


ここで護堂は奇妙な点に気が付いた。
たとえ魔術師といえども、自分がカンピオーネであることを知る者は少ないはずだ。
数日前,ゴルゴネイオンをわたされたローマでさえ、エリカとの決闘で権能を見るまでは明らかに疑っていたのに…。

「君はどうして、俺がカンピオーネだと断言できるんだ?」

「それが私の力ですので…。私の目は、この世の神秘を読み解く霊眼なのです。…以前、草薙さまの同胞たるヴォバン候ともお会いしたことがございます。カンピオーネ…羅刹王の化身たる方々を見誤るはずがないんです……」

護堂は、最後はまるで自分自身に言い聞かせるように言う万里谷の言葉に首をかしげながらも、納得したようだ。

この娘は、噂にきく東欧の大魔王と遭遇した経験があるのか!

「あぁ、それでか。そいつの話しなら俺も聞いたことがある。たしか、時代遅れの魔王気取りで、我が儘し放題の偏屈じいさんだろ?そういうヤツはカンピオーネの中でも少数派のはずだぞ。いっしょにしないで欲しいんだけど」

同類のカンピオーネの知り合いが、ひとりいる。
まぁ……あちらはあちらでダメ人間だが…。
陽気なラテン気質のチャラ男といった感じなんだが、それしか見えてないと痛い目にあう。あれはヘラヘラ笑いながら剣で斬りかかってくるような人間失格男だ。
ただ、人当たりは抜群に良かった。

「ご謙遜を。あなたさまがシチリアやミラノ、ローマに下されたお怒りの激しさは私も承知しております。あれほどの破壊の数々、まさに魔王の所業です」

「い、いや……べつに腹いせで壊したわけじゃないんだけど…そうだ、それより万里谷さん、その話し方はやめてくれないか?俺と同じ一年生なんだろ。タメ口でいいよ、俺もそうするからさ」 

トンチンカンな発現もかなり気なるけど、同じ年の少女にバカ丁寧な敬語を使われているのも同じぐらい気になるし、なんだか落ち着かない。
そんなことを思っての提案だったんだけど、目の前の少女にはめちゃくちゃ怪訝そうな顔をされてしまった…。

「申し訳ございません、私の口の利きように至らぬところがあったのですね。失礼をいたしました。…ところでタメ口とは何のことでしょう?」

なんと、お嬢様の辞書には載ってない言葉だったのか。
護堂はすむ世界の格差を痛感した。

「えっと、敬語はなしにしようってこと。俺は君のことを万里谷って呼ぶから、そっちも呼び捨てでいいからさ」

「そんな!?…困ります。身分だってちがいますし、男性を呼び捨てで呼ぶなんてしたことありませんし……」

恥じらいながら言う万里谷と胸座をつかんですごんでくる妹をくらべ、本当に同じ国の女性だろうかとちょっと気が遠くなる護堂であった。

「身分って、いつの時代の言葉だよ。…別に俺そこまで畏まられるほどたいした人間じゃないぞ。もし呼び捨てが慣れてないなら無理しなくってもいいけど、出来るなら様ずけはやめてくれ、あともう少しラフな言葉で話してくれると助かる」

「はぁ…努力いたします。その…草薙…さん」

こちらの反応をうかがう万里谷に、護堂は頷いた。
同い年の子にさん付けされるのもむずがゆい気がするけど、様ずけされるよりは百倍ましかと思い直す。

「では、草薙さん……お願いがあります。あなたがローマから持ち帰ったという神具を、お見せいただけませんか?」

真面目な表情に戻って万里谷が訴えた。

「それは全然かまわないけど、なんで万里谷がこのメダルのことを知ってるんだ?
 …もしかして、このメダルってそんなに有名か、それとも判りやすいのか?」

「草薙さんはご自分のことを過小評価しすぎなんです。カンピオーネであるかもしれないものに監視がつくのは当たり前のことなんですよ。実際・・・」

「実際?」

「いえ……なんでもありません。とにかく、カンピオーネであるだろう人物が魔術の本場であるヨーロッパに渡るのがわかって、そのまんま行かせるわけが無いじゃないですか。日本の関係者がその動向を気にしするに決まっています」

「ってことは、ローマに行った俺に監視が付いてたってことか!?」

護堂は心底驚いた。
まさかそんな連中がいるとは、まったく想定してなかったのだ。

「多分…少なくとも日本の調査員がローマに派遣されたのは事実です。その結果、草薙さんが現地の魔術師達に何かを託されたという情報が、私達にもたらされたのです」

「調査員って、誰が送り込むんだよ!?」

「正史編纂委員会です。…彼らは日本の呪術師や霊能者の情報を統括し情報操作する秘密組織です。文部科学省や国会図書館、他にも宮内庁や神社庁、警視庁などから識者を招き構成されています。私のような呪力をもつ巫女や神職には彼らに協力する義務があるんです。」

そういえば、前にエリカから聞いたことがあるかもしれない。
欧州で魔術師が隠れて暮らしているように、日本にも魔術師がいるはずだと。
だが、ヨーロッパと違って政府直属の組織が監視・統括しているため一般の人間が知ることはまずない・・とも。

まぁ、魔術や呪術に神々…どれも知られたら大パニックを起こすようなことだ、たとえ表舞台に出たことがあったとしても、隠蔽や情報操作をするってのも当然と言われればそうなのかもしれない。

「私が草薙さんをお呼びたてしたのは、あなたが真のカンピオーネかどうかを見極めるためでもあったんです」

「そっか、万里谷たちも大変なんだな」

話を聞いて護堂は同情した。
能天気なラテンの国の魔術師達を見慣れていたせいか、しがらみの多そうな万里谷たちが気の毒に思えたのだ。
せめて、この件では協力的な態度をとろう。
そう決心して、護堂はポケットからゴルゴネイオンを取り出した。

黒曜石のメダル。描かれているのは蛇を髪にもした女性の肖像。
それを一目みるなり万里谷はハッと息を呑んだ。

「やっぱり危ない物なのか?これ」

「おそらくは。古い、ひどく古い神格にまつわる聖印です。蛇神、オロチの印…いえ、もっと根源的な、母なる大地と巡る螺旋の印……」

目を細めながら万里谷が言う。

「これは只の直感ですが、このメダルは北アフリカで出土された物かもしれません。エジプト、アルジェリア……その辺りのことが、なんとなく思い浮かびます」

「思い浮かぶ?……友達はこれのことをゴルゴネイオンってよんでだけど、万里谷はこれについて詳しいんじゃないのか?」

「いいえ。私は欧州やアフリカの神格については、殆ど存じあげません。ただ霊視と霊感を頼りに、漠然と思い浮かんだことを口にしているだけです」

それにしては、エリカが言っていたことと酷似しているなぁと思いながらも、頭の中にちらつくのは、今日の放課後に声をかけてきた少女のこと。


「君自体もすっごく変わってるけど・・このメダルも相当変わってるね」


彼女はこのメダルを見せる前から異変に気が付き、見た後もこのメダルがただの物ではないこと・・それに、俺のこともほのめかしていた…。


「知らないよ。すっごく変わった感じがしたから声をかけただけ」


あの時は知らないといってたから、魔術師とは関係なくってただの偶然かとも思ったけど…。万里谷は霊視と霊感を頼りに口にしただけだって言うし…もしかしたら、あの時の子もそういった力を持っていたのかも知れない…。

「…草薙さん?」

「え!?あっ…ごめん、ちょっと考え事してた。えっと、それで……」

放課後に会った子のことを考えていたら、思って以上に意識が飛んでたみたいで、
気が付いた時には目の前に綺麗な万里谷の顔が近くにあり、ビックリした。

「…草薙さんに一つ、お尋ねしたいことがあります」

万里谷は改めて、護堂に尋ねる。

「これは明らかに『まつろわぬ神』の神具です。カンピオーネであるあなたが、それに気づかないはずありませんよね?」

「んっと…やっぱ、そうだよな。神様がらみのヤバイ品…だよなぁ」

「あなたは、この東京に禍つ神を呼び寄せるおつもりなのですか!?地元住民の安全を、何だとお思いですか!!」

晴天の霹靂。
頷いた瞬間に雷が落ちた。
護堂はまじまじと、万里谷の気品あふれた美貌を見つめ直した。
さきほどまでは、淑やかな大和撫子といった風情だったが、怒った彼女の迫力は半端でなく、思わず首をすくめてしまうほどだ。

「そ、それは心配だったんだけど、大丈夫じゃないか?これを欲しがってるのって、あっちの女神様らしいから。この国の国名や位置も知らないはずだぞ」

「大丈夫じゃないか?・・そんな曖昧な考えで、この国に要らぬ危険を持ち込まないで下さいませ!!」

万里谷の冷たい視線に射すくめられ、護堂はたじろいだ。
まずい。
彼女との対決は、かなり分が悪い。
目の前の少女との相性が最悪に近いことを、護堂は本能的に察してしまった。

…この子はエリカとはまったく異なるタイプの天敵だ!?

「大いなる力には大いなる責任も伴います。だというのに草薙さんはあまりにも無責任ではありませんか!こんな曰くありげな神具を愛人の女性にせがまれるがまま故国に持ち帰るだなんて…」

「愛人!?だっ誰のことだよ、、それ!?」

「おとぼけになられても無駄です!この調査書にも書かれています」

万里谷はズイッと護堂の目の前に束になった書類を差し出した。


エリカ・ブランデッリ 魔術結社<赤銅黒十字>に所属。……

「……草薙護堂の愛人・・・はぁっ!?!!」

「草薙さん、魔王の力を利用し、女性を意のままにしようとするだなんて恥ずかしい行為だとはおもいませんか?」

「意のままになんてしてないっての!?むしろ逆!俺が好き勝手に弄ばれてるんだ!!」

「まぁ、草薙さんたら女性に責任を擦り付けるなんて、ますます男性の風上にも置けませんね。…嘘に嘘を重ねるのも、いい加減になさいませ。」

いつのまにか万里谷は微笑んでいた……ただし、目は笑っていない。
もし、夜叉女が存在するなら今の万里谷のような微笑みを浮かべていただろう…。
それほどまでに冷酷で美しい、能面のような微笑だった。

言い知れぬプレッシャーに思わず後ずさる護堂だったが……その時気づいてしまった。
軽やかな足取りでこちらに近づいてくる、やたらと見覚えのある人物に。         

待て!?なんでお前がここにいる!!!

「わたしの護堂をいじめるのは、いいかげんにしてもらえるかしら。いい?護堂を愛するのも、苛むのも、オモチャにするのも、この<紅き悪魔>にだけ許された特権なの。あなたごときが手をだしていい人じゃないのわ」

いるはずのない、聞くはずのない少女の声。
驚く護堂の視線の先には、話題の当人…エリカ・ブランデッリの姿があった。




赤みがかった金髪は長く美しく、どこか豪奢な王冠めいた印象がある。
だが、それだけではここまで目立たない。
エリカを引き立てているのは、身にまとう華麗な雰囲気なのだろう。
衆目を集めることが当然といった不遜さと、気高いまでの誇りの高さ。
両者が絶妙なバランスで釣り合う、覇気に満ちた表情が生み出すものだ。

「どうしたの、護堂?メドゥサに見つかった侵入者のような顔をして」

蜜と黄金を溶かしたような声で、エリカが言う。
だが、耳に心地のいいはずの声に、護堂は溜息をついた。

「そりゃあ会うはずのない人間に出くわしたらこんな顔もするさ。おまえ、ここは東京だぞ?ミラノじゃないんだぞ?こんなところまで油を売りにきた理由はなんだよ」

「理由?あいかわたずバカな人ね。遠距離恋愛中の恋人が来たのよ?愛する人の顔をみにに決まっているでしょ?」

ついにエリカが傍までやってきた。
黒のタンクトップに紅いカーデガンを身にまとい、下はデニムのパンツ。
そんな格好をした少女と古めかしい神社の境内。
似合いそうもない組み合わせのくせに、不思議と違和感がない。
どんな状況でも主役になりおおせてしまう、図太さ故だろう。

「こっちへ来て、護堂。貴方がいるべき場所は、いつでもわたしの傍なのだから」

妖艶に微笑みながらそういうと、エリカは護堂の腕に自分の腕を絡ませ、自分に引き寄せた。

「ここは我らが祀る神のお社です。ふしだらなことはお慎み下さいませ。
 エリカさんも草薙さんもおわかりになりますよね?」

能面のように微笑む万里谷は顔こそ笑ってはいるが…。

「あら、わたしたちの関係は知っているのでしょ?恋人達の逢瀬を邪魔するなんて
無粋な女がすることよ?」

「おい、エリカ!?…悪い、万里谷すぐにこいつにも言い聞かせるから」

万里谷の夜叉女の冷笑をエリカはあっさり鼻で笑い、護堂はみのすくむ思いでエリカに言い聞かせようとする。

「エリカ、ここは万里谷の言うとおりだ。お前だって教会で悪ふざけはしないだろ?」

「あら、神聖な場所で愛を確かめ合うことの何がいけないのかしら?
たとえば結婚式とか」

エリカに日本の常識をといても、笑ってかわされるしまつ…。
ちなみに、ここまでの会話は全てに日本語である。
エリカの日本語は文法、発音、共に完璧。
というわけで、万里谷はバッチリ内容を理解している訳で…。
いや、他国の言葉でも意味はなかったかもしれない。
高位魔術師であるエリカは多言語を短時間で習得する術を見につけているらしい。
ちなみにカンピオーネになった俺もまた例外ではないようで、ローマに行ったときなどにも重宝した…だが、万里谷の目は見据えるだけでも人を殺せそうなほどに、俺に腕に引っ付いているエリカ…いや、もっと詳しくいえば、ぐいぐい押し付けてくる豊満な胸のあたり…。

「草薙さん、そろそろ場所を移されたらいかがでしょう?あなたという方のいやらしい性根はもう十分理解いたしました。もう、私の用でしたらけっこうですから」

護堂は万里谷には慌てて、引っ付いてくるエリカには真剣な顔と声音で訴える。

「ちょっ、万里谷!?エリカ、いいかげんにしないと俺は怒るからな。頼むから、真面目にやってくれ」

「ふふっ、少しはマシになったじゃない。さっきまでの捨て犬みたいな顔とは大違いよ。うん、わたしの護堂はそうでなくっちゃね」

エリカは微笑んで身を離す。
多分エリカなりに助けてくれたのだろうが、…もう少しやり方を考えて欲しいものでだ。
贅沢は承知の上だが…心の中でぐらい文句は許されるだろう。

「ちょどう、万里谷とお前からわたされたゴルゴネイオンについて話してたんだ。…もしかして、お前が日本に来たのもアレが関係してんじゃないのか?」

「鋭い。A評価をあげてもいいわね。……実は、わたしよりも先に来たものを追いかけて、日本まで飛んできたのよ」

「……来たってなにが」

訊くべきではない、訊いてはまずい…だけど、訊かなくてもなんとなく予想できてしまう自分が憎い…。
万里谷も万里谷で、なにやら目を見開き、顔面蒼白状態だ。
もしかしたら、彼女も霊感や霊視かなにかで予感したのかもしれない。

「もちろん『まつろわぬ神』が」

「…やっぱりか」

エリカが答えると同時に万里谷は嘆息していた。
それはそうだろ、一番最悪だといっていた状況が目の前で起こっているんだから。

「なんであいつが日本までこられるんだ?俺を追っかけてきた訳じゃないんだろ?」

この疑問にエリカは肩をすくめる。
結局、神々の限界を窺い知ることなど人間には不可能なのだ。
そう感じたのだろう。

「その点に関してはわたしたちが甘かったみたい。海を越えたぐらいじゃ誤魔化せなかったみたいね。…まぁ来てしまったものは仕方がないし、撃退の方法を考えましょう」

「他人事みたいに言うな。神様を連れ込んだ罪は、お前と俺の共犯なんだからなっ!?」

「そっそれで、降臨した『まつろわぬ神』は今どこに?名前は?神の御名はなんとおっしゃるのですか!?」

護堂にわかってるわよと頷いたエリカは、万里谷の方へ向き直った。

「少し前から話しを聞いていたんだけど、あなたは霊視術の使い手みたいね。ちょうどいいから、どこの神が来たのか宣託してちょうだい」

「宣託?そんなことができるのか?」

「多分ね。今ここにゴルゴネイオンもあるし、その子が真の霊視術師なら可能なはずよ」

対峙する神の名前を知ると知らないとでは、大きな差がつく。
その手の経験は少ない護堂だが、神名の重要性はみをもって学んでいた。

「…ということなんだけど、もし良かったら頼めないか?いや、ことの元凶は俺たちだし、頼めるぎりじゃないってのはわかってるんだけど、この通り」

なるべく誠実そうに見えるように念じながら、目の前にいる万里谷に頭を下げる護堂。

万里谷はその姿をみて、あきれ果てたといわんばかりに大きな溜息をはいた。

「仕方がありません…その石をお貸しください」

右手を護堂の前に差し出し、今度は少し苦笑い気味だったがちゃんと笑ってくれた。
護堂はそれに答えるように少し笑い、万里谷の右手にメダルをわたす。

「悪い、頼む」

万里谷はわたされたメダルをそっと両手で握り込み、胸の辺りに持ってくると静かに目を閉じた。

「夜…夜の瞳と、銀の髪をもつ幼き女神……いえ、幼いのではなく、その齢と位を剥奪された女神…故に幼く、故にまつわず…」

一言も教えていない女神の特徴を、万里谷が呟く。
これが霊視の力なのかと、護堂は感嘆した。まるで千里眼ではないか。

「その御名は…まつろわぬ神の御名は……えっ!?」

不意に目を見開いた万里谷は絶句した。

護堂とエリカは目配せをした。…多分それほど驚くべき名前だったんだろう。

「視えたようね。どうだった?…もしかして、あなたも知っている女神さまとか?」

「えっえぇ…でも、何かの間違いです。…だってこの女神はゴルゴンの敵のはず…
 それに私のような者でも知っている…」

「日本の巫女でさえ知っているビックネーム。で、その神の名は?」

続けてエリカが問う。
その鋭い眼差しには、少し前までの甘さはかけらもない。

「…アテナです。日本に到来した女神の御名はアテナのはずです……信じられません」

見る者全てを石に変えたという、蛇髪の妖女メドゥサ。
この女怪を討ったのは英雄ペルセウス。
そして、彼を導いたのが智慧と戦いの女神アテナ。それがギリシア神話の筋書きだったはずだ…。
厄介そうな神の出現に、護堂は頭をかきむしりたくなった。



護堂はアテナの名が判明した直後、慌ただしく七雄神社を飛び出していった。

「で、王と話してみて印象はいかがでしたか?万里谷さん」

拝殿の影か声が聞こえ、万里谷が慌てて振り返ると、そこにはいつものように胡散臭い笑顔を携えた、甘粕がそこに立っていた。

「あっ甘粕さん。いつのまに…」

「いえ、私は最初っからいましたよ?みなさんが気が付かなかっただけでね」

くたびれた背広のポケットからタバコを取り出すと、一本口に銜えすいはしめる。

「それで、さきほどもお聞きしましたがあの少年王の印象はどうでしたか?」

「…大雑把で少し優柔不断そうな感じはしましたが…悪い印象ではありませんでした」

伏し目がちにうつむきながら答える万里谷に、タバコを銜えながらもニッコリ笑う甘粕は、ゆっくりと万里谷に近寄っていった。

「それは上々です。…ゴルゴネイオンのこともありますので、ばたばたする前にもう一つお尋ねしたいことがあります」

「…稀龍さんのこと…ですね」

手で緋袴をギュッと握り、少し苦しそうな顔をする万里谷に、甘粕は苦笑いを浮かべる。

「……そんなに恐ろしいですか?稀龍さんは」

甘粕が静に言うと、バッと先ほどまで下を向いていた顔を上げた。

「な…んで」

「なめてもらっちゃこまりますよ?これでも私、忍なもんで。他人の機微には敏感なんですよ。あの方に会ったときの貴女の反応には気がついてました」

口に銜えたタバコに手をそえ、口からタバコを離すと空に煙をはきだした。

「それで…なにかわかりました?」

「いいえ、最初にお会いしたときと同じで、あの方からは何も感じませんでした。…でも…」

「でも?」

「稀龍さんはとてもいい人です。…ぶっきらぼうな所はありますが、とても優しい方」

伏し目がちに、そしてどこか悲しそうに小さな声で呟く万里谷。
その彼女の姿は、まるで仲間を裏切っているようなそんなやるせなさが、体から染み出しているかのように、悲しげな雰囲気だった。

「…それでも、彼女が恐ろしい…ですか」

「………はい。何故かはわかりません。いままで頭に何かが思い浮かんだろしたことは霊視でよくありましたが…こんな、こんな漠然と心に染み出してくるような物を私はいままで感じたことがないんです」

万里谷は今にも泣き出しそうな顔で、甘粕に訴える。
それは、まるで目の前にいた幽霊を信じまいとする幼子のような…。

「ですが、稀龍さんはとてもいい方です!?魔王など…そんな恐ろしい方とはとうてい…」
 
四年前にあったヴォバン候を思い出し、顔を青ざめながらも顔を何度も小さく横に振る。
そんな万里谷の姿を見ていた甘粕だったが、苦笑いを浮かべながらもその口から紡ぐ言葉はどこまでも、冷静なものだった。

「万里谷さん、きついことをもうしますが・・今はもうそんなことを議論している時間はなくなってきているんですよ」

「!?」

「草薙 護堂この方がカンピオーネということは、もし稀龍さんもカンピオーネだった場合この日本に二人のカンピオーネが存在することになります…そうなると色々と対処が変わってくるんですよ。こちらとしても」

「…と、いいますと?」

「もし…二人の王が対立したらどうです?たぶん日本の勢力は真っ二つに割れるかもしれませんし、そうならないにしても二人の王に仕えるとなると、こちら側にもいらぬことを考えるやからが出るかもしれません。付き合い方もそうですし、様々な場面を考慮しても、早く真実がわかったほうが対処もしやすいってもんです」

空を見上げながら糸目の彼の目が薄っすらと開き、万里谷をみつめる。

「っ…甘粕さんはまるで彼女がカンピオーネであることを確信しているようにおっしゃるんですね?私も何も感じられませんし、他国の魔術師の方だって彼女からは何も感じなかったのですよね…なら…」

「そう…ですね。それなら、それで有難いことではあるんですよ。私の仕事も減りますから…ただ」

「ただ?」

「長年こういうことをやっていると、知らないうちにそういうことに対して勘が鋭くなるんですよ」

うっすらと開いた目のまま、彼は笑った。
いつもの胡散臭い笑みではなく、それはまさしく獲物を狙い狂気を楽しむような…。
だが、そんな顔をみせたのは一瞬で、錯覚でもおこしたのかと思うほど、今はいつものような胡散臭い笑みと糸目を携えた甘粕がいた。

「…まぁ、忍びの勘といいますか。なんとなく強者に対して敏感になるんですよ。
万里谷さんも、もしかしたら無意識のうちに、神様の気配とかに怯えているのかもしれませんし、可能性は高いと私はふんでます」

「っ…そうですか。ですが、どちらせよ早急に結論を出すのは無理だとおもいます」

「そうですね。とりあえず、今は近づいてくる厄災が先決ですね」

いつものように、にっこり笑う甘粕に少しホッとしながらも、神妙に頷く万里谷だった。


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今回の内容は原作とこの話をクロスさせるために必要だとおもい、原作にちょこちょこオリジナルをくわえるという形をとりました。
これを書いてて改めて思ったことは、プロの作家さんってすごいんだなぁってしみじみ思いました。
こんな私の書くつたない文ですが、機会がありましたらまた読んでいただけると幸いです。
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