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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第22話:侍魂(サムライ・スピリッツ)
作者:蓬莱   2012/12/31(月) 17:34公開   ID:grfbwGagrIw
お引き取りください―――神父の口から発せられた拒絶の言葉に、思わず、近藤と凛は訳も分からず、唖然とするしかなかった。
だが、踵を返して立ち去ろうとする神父の姿を見て、近藤は慌てて後ろ姿を見せる神父を呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、神父さんよぉ!! 何で、いきなり、帰れなんて言い出すんだよ!! そりゃ、確かに、よっぽど怪しかったのか、俺はここに来るまでに数十回ぐらい警察官に呼び止められたけどさぁ!!」
「それはそれで色々な意味で問題はありますが…ただ、桜さんが聖杯戦争に参加するマスターである以上、護衛を任された私達としては最大限の警戒をしなければなりません。敵対するマスターの関係者であるなら、直の事です。それがたとえ…マスターの元姉であろうとも例外はありません」
「そんな…」

とりあえず、自分は怪しい人間ではないとアピールする近藤であったが、思いっきり怪しさ満点のアピールであったため、再び門の所までやってきた神父を別の意味で余計に警戒させてしまっていた。
とはいえ、神父が凛たちを桜に会わせないようにするのは、ただ近藤だけが怪しいという為だけではなかった。
現在、マスターである桜の立場は、倉庫街の一件において、多数の警察官を殺害した第六天の暴走によって、他の陣営から命を狙われるという最悪な状況に追い込まれていた。
一応は、蓮やマリィ、変質者などが、六陣営会談を設ける事で、他陣営が先走った真似をしないようにしているが、それでも、油断はできない状況だった。
事実、倉庫街での一件にて、ラインハルトと変質者の二人が防いだものの、桜はセイバー陣営のマスターに狙撃銃で暗殺されかけていた。
その事を踏まえた上で、神父としては、他陣営の誰か(主にセイバー陣営)が、凛と近藤を誘拐し、桜を騙し討ちするように暗示を掛けているという可能性がある以上、近藤と凛を桜に会わせるわけにはいかなかった。
もっとも、これは、凛を桜に会わせられないほど、桜の立場がいかに危険なものであるか分かってもらうための建前であり、神父は既に凛と近藤が暗示に掛けられていない事を、二人の心を読んで見抜いていた。
そして、神父は見抜いていたからこそ、直の事、凛を今の桜に会わせるわけにはいかなかった。
一方、そんな事は知らない凛は、桜に会えない事を知り、肩を落としながら項垂れてしまった。

「おいおい、いくらなんでも、そいつは言いすぎじゃねぇのか、神父さん!! 凛ちゃんは、ただ、桜ちゃんと親父さんを戦わせたくないから止めに来ただけで…」
「そう見せかけて、桜さんの情に訴えて、隙を狙う―――その可能性も十分ある以上、桜さんに会わせる事はできません」
「…っ!! あんたじゃ、話にならねぇな…いいから、そこを通し―――ドゴォ!!―――がぁっ!!」

とここで、普段は変態ストーカーだが漢気のある近藤は、神父の心無い言葉に怒りを露わにしながら詰め寄った。
だが、当の神父は、近藤の剣幕にも顔色一つ変えることなく、もっともらしい正論を述べながら、凛を桜に会わせられないとの一点張りだった。
これにはさすがに頭に来た近藤は、神父を無視して無理やり敷地内に足を踏み入れた瞬間、固い鈍器で肉を叩く鈍い音と共に、背中から地面に叩き付けられ、衝撃を受けた腹から全身がもだえるような激痛が襲いかかった。

「近藤!! しっかりして、近藤!!」
「だ、大丈夫だ、凛ちゃん…な、何だよ…今のは…」
「力づくは無意味という警告の意味を込めて最初は手加減をさせていただきました。もし、これ以上、あなたがこの敷地内に入ってきた場合、こちらも力づくで、阻止させていただきますので、悪しからず」

いきなりぶっ倒れてしまった近藤であったが、慌てて駆け寄ってくる凛を安心させるように宥めながら、ゆっくりと腹のあたりから響いてくる痛みに耐えながら起き上った。
そして、近藤が目の前を見るとそこには、近藤の腹に掌底を叩き込んだ神父が笑み―――獣が牙を剥くもっとも攻撃的な表情を浮べながら、敷地内に入れば容赦なく叩きのめすという物騒な警告してきた。



第22話:侍魂(サムライ・スピリッツ)



「へぇ…只の神父さんかと思ったら、結構やるじゃねえか。なら、こっちも本気で行かせてもらうぜ!!」
「ふぅ…こういう荒事は苦手なのですがね」

微笑みと共に警告する神父に対し、思わぬ一撃を受けた近藤は、弱みを見せぬまいと減らず口を叩きながら、腹に響く痛みに耐えつつ立ち上がった。
そして、今度は神父の攻撃に気を配りつつ、近藤は神父の攻撃を掻い潜っての強行突破を狙わんと一気に駆け出して行った。
ちゃんと人の話、いや、人語を理解できたのですかね、このゴリラ―――そんな事を思いつつ、神父は真っ向から突っ込んでくる近藤に呆れながら、突っ込んでくる近藤に合わせるように、近藤の顔めがけて、軽く拳を叩き込んだ。

「っ…さすがに今のは効いたぜ。だが、俺の本気は、まだまだ、これからだぜ!!」
「はぁ…仕方ありませんね。どうも、あなたでは話になりませんね。では、そこの御嬢さんにも分かるように教えてあげましょう」

ややカウンター気味に拳を貰ってしまったのか、鼻から血をダクダク流す近藤であったが、それでも闘志だけは折れておらず、服を脱ぎ捨て、何度でも殴られようとやる気十分の様子だった。
この近藤の姿を見た神父は、ため息を漏らしながら、凛たちに手っ取り早く諦めてもらうために、自分たちが何を相手にしているのか理解してもらう事にした。

「え、嘘…何なの、この反応…!?」
「今、魔力を少しだけ解放させてもらいました。あなたたちが今、何を相手にしているのか、これで少しは理解できましたか?」

次の瞬間、凛は持っていた手のひらサイズの方位磁石―――魔力針の針が神父に向かってまるで固定しているように一切揺れることなくまっすぐ指している事に気付いた。
この魔力針は強い魔力を発する方向に針を示す道具であり、同時にそれは、針の示す先―――神父から強力な魔力が放出されているという事に他ならなかった。
この事実に思わず息を呑んだ凛は、自分が何者であるのか理解させようとする神父の正体に気付き、まさかと思いながらも、その言葉を口にした。

「そ、そんな、あなた…サーヴァントなの…」
「お察しの通りですよ、御嬢さん。そして、サーヴァントを相手に、生身の人間が敵う道理などありま―――おりゃああああああああ!!―――って、何を!!」

サーヴァント―――震える声でその言葉を発した凛は、目の前いる神父に対し桁外れの恐怖を抱いた。
あくまで、神父は笑みを浮べたまま、自分の正体を言い当てた凛に向かって柔らかな声で話しかけているが、もはや、それさえも凛には恐怖の対象としか映っていなかった。
―――いやはや、私とした事が、いくら諦めてもらうためとはいえ、幼い少女に対して少々脅かしすぎたかもしまれませんね。
そう心の中で自嘲した神父はもはや用は済んだと踵を返そうとして―――一瞬のすきを突き、飛び込むような感じで敷地内に入ろうとした近藤に気付き、大慌てで近藤の脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。

「いっだいぃ…!! けど、いつもの、お妙さんの過剰な愛情表現に比べたら、屁でもねぇぜ」
「…あなたの彼女が、どんな愛情表現をしているのか想像しかねますが、下手に強がるのはやめた方がいいですよ。今ので、あばらの何本かは砕けた筈ですから」
「えっ…!?」

再び、門の外に叩き出された近藤は、いつも殺すような感じの照れ隠しをするお妙さんとのやり取りを引き合いに出しながら、神父の攻撃が効いていないと見栄を切って立ち上がった。
絶対、それは愛情表現ではないと思いつつ、神父はやせ我慢をしてまで立ち上がった近藤に向かって、先ほどの回し蹴りで肋骨を折った事を告げた。
神父の言葉に思わず、凛は近藤の方に目を向けると、確かに近藤は痛みを紛らわすように脇腹の部分を押さえていた。
普通の人間ならば、少し動くだけでも、立ち上がる事のままならないほどの激痛に襲われるほど大怪我である。

「だから、どうしたんだよ、神父さん?」
「何?」
「あばらが何本折れようが、それがどうしたんだよ。俺はまだ立っているんだぜ…だったら、やることは一つしかねぇだろ!!」

しかし、近藤はそんな痛みにも耐えながら、すでに勝ったつもりでいるであろう神父に、人を喰ったかのような不敵に笑みを浮べた。
怪訝そうな顔をする神父に対し、脇腹の痛みを紛らわせるように啖呵を切った近藤は再度強行突破を試みようと、敷地内へと踏み込んでいった。



数分後、その表情から笑みが消えた神父は、あり得ない状況に困惑を隠せないでいた。

「いい加減にしてもらえませんか…何度、挑むつもりなのですか? 何度、挑めば気が済むのですか?」
「何度でも、だよ…あんたが、そこを、通して、くれるまで…!!」
「もういい…もういいから、近藤!! これ以上やったら、死んじゃうわ!! 何回やっても無理なのよ!! 只の使い魔が、生身の人間がサーヴァントに勝てる訳ないんだから!!」

動揺を隠しつつ、ウンザリしたように呟く神父の視線の先には、神父の攻撃を何度も受けたために、上半身のあらゆるところに痣を作り、両腕を折られ、顔の形が分からなくなるほど顔が腫れあり、もはや満身創痍の状態になりながらも立ち上がった近藤の姿があった。
だが、意志だけは折れていない近藤は、不屈の闘志を宿した瞳で神父を見据えながら、フラフラと覚束ない足取りで前へと一歩一歩踏み出そうとしていた。
とここで、痛ましい近藤の姿に耐えきれなくなった凛が、近藤と神父の間に割って入り、身体を張ってでも、近藤を止めようとした。
もう気合とか根性でどうにかなる相手じゃない―――そう考えざるを得ないほど、生身の人間とサーヴァントとの歴然とした差を見せつけられた凛は、もはや、桜に会う事は出来ないと嫌でも理解せざるを得なかった。
そして、涙を流しつつ、無謀な行動を止めようとする凛に対し、凛の姿を真っ直ぐに見据えた近藤は―――

「ありがとよ、凛ちゃん。けど、こいつは、勝てるとか勝てないとかの問題じゃねぇんだ。こいつは、俺の持つ男の、侍としての魂って奴の問題なんだよ」
「近藤…」

―――自分の身を案じてくれる凛に優しく礼を言いつつ、それでも神父に挑むつもりである事を伝え、ゆっくりと凛の横を通って行った。
あぁ、もうちょっと齢喰ってれば、惚れちまうほどいい女になるだろうなぁ―――そんな場違いな事を考えつつ、近藤は、桜に会うという凛の願いを叶える為に、怪我で痛む体を無理やり動かした。
もはや、近藤を止める方法はない事を悟った凛は、ただ、一歩一歩、おぼつかない足取りで神父の前に行く近藤を見送る事しかできなかった。

「滑稽ですね…例え、万が一にでも、私がここを通したとしても、他の皆さんが立ちはだかります。それこそ、私と違い、一切の容赦なく、それこそ殺すつもりであなたを阻もうとするでしょう。つまるところ、あなたのやっている事は何の意味もないのですよ」

唯一残された気迫だけを頼りに挑まんとする近藤に対し、神父は、近藤の無様な姿を蔑むような瞳で見つつ、近藤の行動がいかに無意味なものであるかをあざ笑うかのように語った。
だが、この時、神父が、近藤に抱いた感情は侮蔑や嘲りではなく―――神父自身にも分からない謎の苛立ちを覚え始めていた。
―――先ほどまで、近藤に対し、それほど悪感情抱いていなかった筈にも関わらず、今になって、何故こうも私は苛立っているのだろうか?
不意に抱いた疑問が頭の中で駆け巡る中、神父は胸の内から湧き上がる苛立ちをただ募らせていった。

「だったら、そいつらも全員無理やりぶっ飛ばしてでも、凛ちゃんを桜ちゃんに会わせてやるだけさ…」
「いい加減にしなさい…」

一方、そんな神父の胸の内を知らない近藤は、神父の語るように如何なる障害や敵が待ち受けようとも、それらすべてを乗り越え、凛の願いを叶えると笑みを浮べて言い切った。
そんな近藤の姿を見せつけられた神父は、遂に湧き上がる苛立ちを抑える事が出来ず、思わず声を荒げて、こちらに向かってくる近藤を睨み付けた。

「どこにそんな意地を通す理由があるのですか? いえ、そもそも、たかが会っても間もない子供の為に、命を懸ける理由など何処にもない筈です!! わざわざ、成り行きで来てしまった異世界の、関わり合いのない騒動に巻き込まれて死ぬなど馬鹿げていますよ!!」
「神父さん…あんたのいう事はもっともなんだけどよぉ…ここで逃げ出しちまっても、俺ぁ、多分死んじまうんだよ…」

ここにおいて、苛立ちからくる怒りに駆られた神父は、近藤たちが話してもいない事まで口走りながら、諦めてしまえと訴えるように、近藤に向かって矢継ぎ早に責め立てた。
これは自分らしくない―――そう思いながらも、神父は何故かそうせずにはいられなかった。
そんな神父に対し、近藤はやれやれと言った表情で呟きながら、神父の目と鼻の先まで近づくと、自分に苛立ちをぶつける神父を見据えた。

「こいつはぁ、俺の仲間が万事屋から聞いた話なんだけどよ。男には、侍には、脳みそや心臓より大事な器官があるんだよ…」

そして、近藤が話し始めたのは、今の近藤のように、巨大な敵に挑まんとする万事屋が、それを止めようとする近藤の仲間に語った言葉だった。
―――俺にはなぁ、心臓より大事な器官があるんだよ。
―――そいつぁ見えねぇが、確かに俺のどタマから股間を真っ直ぐブチ抜いて俺の中に存在する。
―――そいつがあるから、俺ぁまっすぐ立っていられる。
―――フラフラしても真っ直ぐ歩いていける。
―――ここで立ち止まったら、そいつが折れちまうのさ。
たく、普段はちゃらんぽらんな癖に、何で、ここぞって、肝心な時にこう良い事言うんだろな、あの万事屋―――そう冬木市のどこかにいるはずの銀時に悪態をつきつつ、思わず笑みを浮べた。
そして、近藤は頭をゆっくりと後ろにそらしながら―――

「…てめぇの魂が折れちまったら、ただ生きていたって、どうしようもねぇだろうが!!」
「…!?」
「ぎぃぁ!!」

―――自分の想いを叩きつけるように、目の前にいる神父の頭に、身体に残った全ての力を総動員し、渾身の頭突きをぶちかました。
これは!?―――近藤の頭突きを受けた神父は思わず狼狽して、後ろに下がってしまうほど、動揺を隠せなかった。
例え、渾身の一撃であろうとも、生身の、瀕死の人間の一撃でしかない近藤の頭突きは、サーヴァントである神父からすれば蚊に刺された程度のものでしかないはずだった。
そうであるにもかかわらず、神父にとって、今受けた近藤の頭突きは、これまで体験したどんな攻撃よりも、心に叩き付けられるほどの重い一撃だった。
同時に、頭突きの衝撃により、軽く悲鳴を上げた近藤に、普通の人間、まして満身創痍の身体ならば即座に気絶して倒れても、おかしくないほどの激痛が一気に襲いかかった。

「そ、そしてえええええええええ!! 何より、真選組の看板背負った局長である俺がぁ!! 泣いている女の子一人の願い一つも聞けないで!! てめぇの命惜しさにただ逃げ出しちまったら!! 向こうの世界で俺の帰りを待っている連中に!! 会わせる顔なんて有るわけねぇんだよ!!」
「…それが、あなたが退かない何よりも大事な理由なのですか?」
「へっ、他に理由がなきゃ、悪いかよ、神父様!!」

だが、その激痛に苛まれる中であっても、何が何でも立ち上がるという意志の力だけで身体を襲う痛みに耐えながら、近藤は声を高らかに退けぬ理由を訴えつつ、後ろに下がった神父の後を追うように詰め寄っていった。
これこそが、近藤の持つ最後の武器―――近藤勲という侍の、漢の、決して折れる事のない魂だった。
故に、近藤の魂が折れない限り、近藤は、サーヴァントという勝ち目のない相手にでも臆することなく立ち向かい、満身創痍になるまで何度打ちのめされよと立ち上がれたのだ。
そんな自身の魂をかけて挑もうとする近藤に対し、神父は先ほどまで湧き上がっていた近藤に対する苛立ちの正体に気付きつつ、淡々と言葉を紡ぐように問いかけた。
まるで参ったかよと勝利宣言をするように答えを返す近藤に対し、神父は、何かに納得したようにポツリと一言だけ呟いた。

「…いえ、嫉妬してしまうほど、とても羨ましいですよ」
「え?」

次の瞬間、神父が近藤の身体を労わる様に優しく抱き止めると、予想外の行動に驚く近藤に対し、神父は近藤の言葉を受け入れるように、穏やかに笑みを浮べた。
それはどういう意味なんだ?―――そう問いかけようとする近藤であったが、まるで電流が全身を駆け巡るような衝撃を受けると同時に、近藤の意識は深い闇へと落ちていった。



次の瞬間、その場に立ち尽くしていた凛は、抱きしめられた神父の腕をすり抜けるように倒れた近藤へと駆け寄っていった。

「近藤!! しっかりして、近藤!!」
「う、うぅ…」
「大丈夫ですよ、彼の命に別状はありません…ただ、申し訳ありませんが、これ以上は、殺しかねない為、少々手荒ですが、彼の意識を絶たせてもらいました」

凛は、倒れた近藤の身体を揺さぶりながら、必死になって近藤に呼びかけるが、近藤は軽く呻くだけで起き上がる事はなかった。
そんな凛に対し、神父は出来うる限り、凛を安心させようと優しい声音で、近藤を気絶させたことを伝えた。
端的に言ってしまえば、神父の持つ他者の心や物に宿った情報を読む能力―――リーディング能力を応用して、自分の意識と近藤の意識を直接接続し、近藤の意識を強制的に落としたのだ。
神父自身の負担も考えると、神父としてもあまりいい手段とは言い難いものだったが、これ以外に近藤を止める手立てはなかった事と、これ以上近藤に攻撃を加えれば殺しかねかった為に止むを得ず、この手段を取らざるを得なかった。

「もっとも、かなりの重傷ですから、早く治療してあげてください、そこのお二方」
「え、二人って?」

とここで、神父は不意に左を振り向いたかと思うと、先ほどから、こちらの様子をうかがいながら、物陰に隠れている男女二人に対し声をかけた。
何の事か分からない凛が戸惑う中、神父の呼びかけに応じるように、物陰に隠れていた二人組が姿を見せた。

「すでに気付かれていたようですね、ァさん」
「やはり索敵能力に特化したサーヴァントと見るべきでしょうか、宗茂さま」

凛と神父の前に現れた二人組―――これまで凛の護衛として隠れて尾行していた立花・宗茂とァは、気配を消していたにも関わらず、自分たちがいることに気付いていた神父にそれぞれ一言だけ呟いた
そして、早速、宗茂とァは、凛のそばで倒れた近藤に駆け寄ると応急手当てを施し始めた。

「なぜ、彼を止めなかったのですか? もっと早くに止めていれば…」
「質問に質問で返すようで申し訳ありませんが…例え、私たちが止めたとしても、勲さんが、それを受け入れたと思いますか?」
「…」

とここで、近藤を治療する宗茂とァに対し、神父は、近藤が痛めつけられているにも関わらず、今まで様子見に徹していた宗茂とァを咎めるような口調で疑問を投げかけた。
だが、神父の非難めいた問いかけに対し、宗茂は声を荒げる事もなく、自身の非礼を詫びつつ、逆に反語表現のような形で、神父の問いかけに対する答えを返した。
そんな宗茂の言葉を聞き、神父は肩を落としながら、力なく首を横に振った―――恐らく、宗茂やァが止めに入ったとしても、近藤はそれをよしとせずに、神父に挑んでいたであろうと思いつつ。

「伝言だけ、私が凛さんの言伝を桜さんに伝えるだけ…それが私の許せる最大限の譲歩です」
「…ありがとうございます。恐らく、近藤様ならこう返したでしょう」
「勘違いしてもらっては困りますが…ただ、そうでもしなければ、また、何度でも、彼は無謀な突撃をしてくるでしょうから」

とここで、神父は、自分の攻撃に、ここまで耐えきった近藤へのささやかな報酬として、桜への言伝のみならば許可すると、近藤の治療を終えた宗茂らに伝えた。
譲歩の余地を与えてくれた神父に対し、ァが感謝の礼を述べると、神父はあえて偽悪的な言葉を使いながら、本音を隠すように憎まれ口を叩いた。

「では、凛さん。あなたは、桜さんに何を伝えるつもりなのですか?」
「…じゃ、じゃあ、神父様。桜に―――」

そして、凛からの言伝を預かろうと尋ねる神父に対し、凛は桜に伝えたいその言葉を神父に伝えた。



凛たちが間桐邸の門前から去った後、神父が間桐邸の中に戻ると、シスター服を着た一人の妙齢の女性が玄関にて待ち構えていた。

「…どうして、伝言してあげる気になったの、ヴァレリア?」
「仕方ないじゃないですか、リザ。ああでも、しないと、また来るかもしませんし。それに…」

ジッとこちらを見据えるシスター服を着た女性―――リザ・ブレンナーの問いかけに対し、神父―――ヴァレリア・トリファは肩をすくめながら、申し訳なさそうに申し開きをした。
もし、あのまま、何の譲歩もなく帰らせてしまえば、怪我から立ち直った近藤は、また、間桐邸に入らんと挑んでくるのは目に見えていた。
故に、ヴァレリアある程度の譲歩を与える事で、桜を凛に会わせないという最低限の目的を達成したのだ。
ただ、そういった打算だけで、ヴァレリアは、凛の伝言を預かったわけでなかった。

「思わず苛立ってしまった自分に対する罰とでも言いましょうか…何とも滑稽で情けない話ですね」
「そう…でも、帰ってもらって、正解だったかもしれないわね」

それは、あの時、自分らしくないと分かっていても、近藤に対する苛立ちを捨てきれなかったヴァレリア自身への罰でもあったのだ。
そして、ヴァレリアは、近藤に苛立っていたわけでない事もすでに理解していた。
―――私は近藤という男に苛立っていたのではなかった。
―――一人の少女の願いを叶えるためだけに自分に挑んだ彼のように、自身の命を懸けてまで信念を貫けずに…
―――愛しい子供たちを生贄に捧げて、真実から逃げ出してしまった自分自身が…苛立たしかっただけ。
―――そんな自分が、満身創痍となりながらも、一人の少女の願いの為にサーヴァントという人外の存在に挑み続けた近藤にかなう道理などあるはずないのに。
そんな事を考えつつ、小さくため息を吐き出しながら自嘲するヴァレリアに対し、リザは、ヴァレリアの心境を察しつつ、優しい目で頬笑んだ。
同時に、リザは、ヴァレリアが凛を桜に会わせなかったことについては正しい判断だと思っていた。
凛の願いの為に奮闘した近藤には申し訳なく思うが、もし、今の桜に―――心を壊されたあの少女に出会えば、間違いなく、凛の心に深い傷を追う事になるのは明白だった。
だからこそ、ヴァレリアとしても、凛と桜の双方の為にあれほど頑なに近藤らを間桐邸にいれまいと必死だったのだ。
そう―――

「戒、私が何で怒っているのか分かるわよね? はい、もしくは、ヤーの返事で答えなさい」
「あの、それって、拒否権はないって事じゃ…」
「ほう…貴様は、今の自分に、そんな贅沢なモノが与えられる権利があると思っているのか? たいそうな度胸だなぁ、トバルカイン?」

―――決して、今も客間にて、帰ってきてからずっと正座状態で待機している戒が、青筋を立てて、木刀片手にヤンキーコスをした、長い金髪をポニーテールにした碧眼の少女―――ベアトリス=ヴァルトルート=フォン=キルヒアイゼンと、戒を塵虫でも見るような凄まじい目つきで見下している、赤い髪をポニーテールで纏め、左半身に酷い火傷の跡がある女性―――エレオノーレ=フォン=ヴィッテンブルグの二人に取り囲まれているという修羅場的な状況を見られたくなかったからという訳ではないのだ!!
明らかに分からないとは言わせないぞという口調で問い詰めるベアトリスに対し、戒は恐る恐る手を上げて、申し訳なさそうにツッコミを入れた。
だが、戒のささやかな抵抗に対し、今度は、エレオノーレが寝言をほざくなと言わんばかりの口調で睨み付けると、常人ならば卒倒するほどの凄みを利かせた。

「はい…いや、さすがにあれは事故というか、緊急時でのやむを得ない事を言うか…」
「緊急時なら女の子の尻を揉んで良いと? すっごい理屈があるもんですねぇ」
「ほう…では、貴様は緊急時という事で女を誑かした挙句、事故という事で別の女と乳繰り合っていたというのか?」

―――間桐邸を廃墟にしない為にも、何とかこれ以上二人を怒らせないようにしないと。
戒としては、あくまで、自分の身の安全よりも間桐邸の住人に迷惑を掛けない事を考えながら、恐る恐るマルゴットへのナンパ(誤解)と正純に対するセクハラ行為(真実)についての申し開きという名の言い訳を始めた。
だが、ベアトリスは、半眼ジト目の状態で睨みつけながら、白々しいと言わんばかりの口調でぼやき、エレオノーレも同じく皮肉たっぷりの口調で聞き返してきた。
どう見ても、ベアトリスとエレオノーレは、戒の言い訳なんぞ聞く気はないという状態だった。

「戒…私は本当に情けなく思っているんですよ。手塩をかけて育てた弟子が、まさか、そんな破廉恥極まりない男になっていたんなんて…!! 師匠としてもう悲しくてぶった切りたい気分ですよ!!」
「いや、いっその事、キツイ一発を叩き込んで、その心まで腐った性根を綺麗さっぱり焼き尽くしてやる方がマシかもしれんぞ、キルヒアイゼン?」
「どうして、こうなったんだろう…」

そして、若干涙目になったベアトリスは、実に嘆かわしいという口調で木刀を突きつけながら、いい加減にしろと言うような口調で、自分の想い人である戒を厳しく糾弾した。
一方のエレオノーレの方も、可愛い部下の為に、戒の捻じ曲がった根性を叩き直してやると、獰猛な笑みを浮べながら、ベアトリスに手を貸すと言いだしていた。
もはや、僕に逃げ場なし―――そんな事を心の中で思いながら、これからどうなるかを想像した戒はただ遠い目をしながらポツリと呟くしかなかった。

「いやはや、なんともまぁ…」
「確実に子供には見せられないわね、この修羅場は…」

そのあまりに悲惨な修羅場光景に、ヴァレリアとリザは、ただ戦々恐々としながら見守る事しか出来なかった。
もっとも、自分達までもまきこまれないように決して二人の仲裁に入らないあたりは、ヴァレリアも、リザも結構ひどいと思うのだが。
とここで、ヴァレリアとリザは、修羅場が繰り広げられている部屋の片隅で膝を抱えながら、ジッと戒たちを死んだ魚のような目で見つめ続ける桜の姿を見つけた。

「あの、桜さん…見ていて楽しいですか?」
「うん…」
「そ、そうなの…」

ベアトリス達を刺激しないように恐る恐る小声で尋ねるヴァレリアに対し、桜は一言だけ呟きながら、コクリと頷いた。
別の意味で心配になってきたわね―――そんな事を考えながら、リザは、若干引き気味になりながら、桜の将来に不安を感じずにはいられなかった。



その頃、間桐邸を後にした凛たちは、ひとまず、怪我を負った近藤を安静にさせる為に、人気のない公園に立ち寄っていた。

「いやぁ、面目ねぇ!! まさか、宗茂さんたちに助けられちまうなんて…」
「いえ、これも護衛としての任務ですから。あの、ところで、怪我の方は?」
「ん、あぁ!! もう大丈夫っすよ!! 宗茂さんの持ってきた便利な道具のおかげで、もう体もすっかり治っちまいましたから!!」
「そ、そうなのですか…もう完治したのですか…」
「とりあえず、顔と脳以外の治療は必要なさそうですね」

数分後、意識を取り戻した近藤は、大けがを負った自分を治療し、ここまで連れてきてくれた宗茂達に礼を言いながら、頭を下げた。
それに対し、宗茂は頭を下げる近藤を宥めながら、近藤が意識を取り戻したことに安堵していた。
一応、宗茂が、近藤に怪我の具合を尋ねると、近藤はあれだけのけがを負ったにも関わらず、すっかり完治に近い状態にまで回復していた。
もっとも、頬をひきつらせながら作り笑いを浮べる宗茂としては、応急処置として簡単な治療用の術式を施しただけで、短時間で満身創痍の怪我を完治させるというある意味で人外じみた近藤の回復能力に冷や汗を流すしかなかった。
とりあえず、近藤が人間を装ったゴリラだった事を確信したァは、近藤の様子から治療の施しようのないくらい手遅れの部位以外は大丈夫である事を告げた。

「ごめんなさい、勲さん!! 私のせいで、こんな目に…」
「あぁ、気にするこたぁねぇよ。こいつは、ただ、自分の意地を通したかっただけなんだからよ」
「でも…」

とここで、それまで黙り込んでいた凛が、すぐさま、怪我から回復した近藤に頭を下げて、謝ってきた。
近藤は気にすることは無いと笑って返すが、それでも、凛の中には、ただ見ているだけしかできなかった自分に対する嫌悪や、自分のせいで近藤に大怪我を負わせてしまった事に対する罪悪感が未だに残っていた。
結局、自分が遠坂の一員として未熟者だった―――そんな自分の至らなさの性でこうなったと思い詰める凛に対し、ふと近藤は凛の頭の上に手を置くと、優しくなでた。

「だから、もう泣くのは無しだぜ。いつまでも、下向いて泣いていちゃ、何にもならねぇからよ」
「うん…!!」

何も気にすることは無い―――そう言い聞かせるように近藤は、落ち込む凛にむけて満面の笑顔を浮かべていた。
そんな近藤の気持ちが伝わったのか、俯いていた凛はまっすぐ近藤の顔を見つめ返しながら、涙を目に溜めたまま、笑顔で返した。
ちなみに、この時、ァが携帯電話にて、近藤がさりげなく凛に触っているという事を、葵に報告したのはまた別の話である。

「さて、これからどうしたもんかなぁ…」
「そうですね。あの神父様は、桜さんに話をつけてくれるようでしたが、他にも何か手立てを考えた方がよさそうですね」
「う〜ん…雁夜おじさんなら話は聞いてくれると思うんだけど…」

とはいえ、近藤の言うとおり、ヴァレリアに伝言を頼んだとはいえ、肝心の桜には会わせてもらえなかった為、桜に聖杯戦争を辞退してもらう事はできず仕舞いだった。
念には念を入れるためにも、宗茂は、ここは別方面から手立てを考えた方がいいと提案した。
そんな宗茂の提案に対し、凛は、自分と親しい間柄である間桐雁夜ならば自分たちの話を聞いてくれるのではないかと口にした―――もっとも、今、雁夜がどこにいるのか分からないという問題はあるが。

「ふむ…では、知って良そうな人間に聞くのが一番ですね」
「え、ァさん、何か心当たりがあるのかよ?」
「…」
「えっと、ァさん、何か心当たりが?」
「はい、宗茂様。すぐに手配します」
「無視した!? 今、ちょっとだけ、スルー入らなかった、ァさん!?」

とここで、凛の話を聞いたァは、雁夜の居場所を知っていそうな人物に心当たりがある事を口にした。
思わず、近藤は、何かいい方法があるのかとァに向かって尋ねるが、何故かァはまるで聞こえないと言った素振りで近藤の言葉を無視した。
だが、今度は、戸惑いがちに宗茂がァにむかって尋ねると、ァはすぐさま反応し、通神帯を通して、手掛かりとなりそうなその人物を呼び出し始めた。
何か俺、悪いことしたのかぁ!?―――さすがの近藤も、あまりのァの態度の違いに思わず泣きそうになったが、皆は話を進める為にあえて無視した。



「…という訳で、間桐雁夜の居場所についての情報を何か掴んでいないでしょうか?」
「なるほど、そういう訳で御座るか。って、御二方、葵殿の護衛はどうしたでござるか!?」
「それなら、ご安心を。すでに、ネンジ殿や伊藤殿、ハッサン殿が快く引き受けてくださいました」
「いや、何で、その人選で御座るか!? もはや、エロ同人並みの展開しか想像できない面子で御座るよ!?」

ァが呼び出してから十秒後、一時、偵察任務を中断し、ァの呼び出しに応じた点蔵は、宗茂から事のあらましを聞き、雁夜がどこにいるか尋ねられていた。
宗茂の説明を聞き、うむうむと頷く点蔵であったが、ここで、今も禅城の実家にいる葵に護衛がついていない事に気付いた。
慌てて葵の方はどうなっているのか尋ねる点蔵に対し、ァはネンジ達に護衛を任せたから大丈夫であると自信満々に答えた。
全部、色物メンバーで御座るうううう!!―――どう考えても、護衛として役立つのかと言わんばかりのメンバーに、点蔵は愕然としながら、自信満々のァにツッコミを入れた。
まぁ、このメンバーなら、敵としても別の意味で襲撃なんて掛けたくないと思うかもしれないが…

「それより、点蔵。あんた、雁夜おじさんがどこにいるのか分かるならさっさと教えなさいよ」
「こ、この赤い小悪魔、年上の自分を完全に舐めきって、さらりとタメ口を叩いてきたで御座る!! あ、それと間桐雁夜ならば、先ほど、アサシン殿からの連絡で未遠川の上流にある発電所に向かうのを見たという事で御座るよ」
「あ、そこはちゃんと答えてあげるんだ…」
「基本というか、骨の髄までパシリ属性ですから、この忍者。ですが、何故、そのような場所に…?」

そんなテンパりぶりを見せる点蔵に対し、凛はやれやれと言った様子で、小物を見るような目つきで、点蔵を見下しながら、さっさと肝心なことを話せと言わんばかりの口調で急かした。
思いっきり、年端もいかない凛にまでパシリ扱いされて、さらに愕然とする点蔵であったが、さり気無く、尋ねられていた雁夜の居場所についてはしっかりと凛たちに伝えた。
こいつ、絶対に山崎と仲良くできそうだなぁ―――近藤は気の毒そうにその身に沁みついた点蔵のパシリ振りを見て、そう思わずにはいられなかった。
もっとも、ァとしてはそんないつもの日常と変わらないので軽く流したが、マスターでなくとも、間桐の当主代行である雁夜がなぜ、聖杯戦争のさなかに、そのような場所に向かうのか疑問に思った。

「そこまで、自分にも、理由は分からんで御座る。ただ、雁夜殿たちの中に、綺礼殿の探っていた案件に重要なかかわりを持つ人物も同行しているとの事で、綺礼殿も別行動で発電所のところに向かっているところで御座る」

さすがに、そこまでの事情は、点蔵にも分からなかったが、ただ、雁夜達の中に、綺礼が探っていた一件―――聖堂教会のスタッフが次々に謎の失踪をしている一件に深く関わりのある人物がいる事が判明していた。
故に、綺礼も無視することはできず、アサシンの宝具の案内で雁夜達の向かっている発電所へと赴いていたのだ。

「よっしゃぁ!! そうと分かりゃ、行動あるのみだぜ!!」
「えぇ、そうね、勲!!」
「なら、決まりですね」
「やはり行かれますか、宗茂様」
「自分も、メアリ殿と連絡して、同行させてもらうで御座る」

色々と疑問はあるモノの、雁夜の行先を知った近藤達も、即座に、雁夜の向かったその発電所に向かう事にした―――自分たちの向かった先に、聖杯戦争の陰で蠢く陰謀の一端が待ち受けている事さえ分からないまま。
 

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